お読みになられる前の注意書き

この話だけ現在の所時系列がおかしくなっていますが、
最終的にはうまいこと調整しますのでご了承下さい。
7章がないと理解できないストーリーにはなってない....はず。
(後に持ってくるはずのこの8章が先に書けちゃったもんで)
7章うpしたらこの注意書きは削除します。



8.「襲来」
 熱戦が繰り広げられた夏の甲子園の決勝戦も数日前に終わって、
長くて短い夏休みもいよいよ、終盤に差し掛かったある日のこと。
朝から司は、「箱庭」の中で久しぶりに電車を走らせていた。
ここ最近は、自分自身の一人旅やら真美が作り上げた「街」のお披露目式やら、
祖父母が住む父親の故郷へのお盆の帰省やら、夏休みの宿題のレポートやらで
「箱庭」に長時間入り浸って電車を走らせる暇がなかったのだ。
昨日、ようやく課題レポートが大体完成し、
高校の夏休みの宿題にケリがついたところで、
こうして「箱庭」で自由気ままに電車を運転して過ごしているのだ。
久しぶりに味わう爽快感に思わず鼻歌を口ずさんでいた。
「今日は、あの『巨人姉妹』がここにやってくる予定もなく、
こうして誰にも邪魔されずに幸せな時間をすごせるんだ〜♪」
司の頭の中で思っていたことが、勝手に歌になっていた。
歌の中の「巨人姉妹」とは当然ながら、真美と奈央のことだ。
ちなみに、今日を含めここ数日間の午前中は、奈央は塾の夏季講習があり、
真美の方は友達の家に遊びに行っているらしい。
「今日は、あの巨大女二人組がやってこないとわかっているとウキウキしてくるぜ♪」

 普段から奈央と真美は、司のように縮小化することなく、
「巨人」としてこの「箱庭」に遊びにくる。
そのため、今日みたいに司が「小人」になって電車を運転するには、
彼女達「巨人」がいると少々不都合なのだ。
もちろん司の本音としては、奈央と真美が、ここに「巨人」として入ってくることには別に文句はない。
奈央は自分の妹だし、真美は自分から招待したのだから構わないと思っている。
ただ、少し前から、奈央と真美が二人揃って「巨人」の状態でいることが
少し恐く感じるようになったのだ。
何せ、彼女達の足の大きさだけで30メートル以上はあるのだ。
そして身長は200メートルを優に超えている。
この前、そんな二人が「箱庭」の中を歩いている様を「小人」視点で電車の運転中に、
何気なく眺めていたら背筋が寒くなったのだ。
一瞬、二人が「箱庭」を襲う大怪獣に見えたのだ。
もちろん、そんなことは実際には有り得ないと即座に否定できるくらい、司は二人を信用している。
ただ、どこか頭の片隅が拒否反応を示したのかもしれない。
司が忘れてしまった過去の出来事が原因なのかもしれない。
幸いなことに、この不快感は大したものではなく、少し落ち着けば症状は緩和される。
ただ、あまり気分のよいものではないのは確かだった。
それからというもの、二人が同時に「巨人」として、
「箱庭」にいる時は、極力、運転を控えて、
この気分の悪さは、一時的な気の迷いだと結論付けて、もう気にしないことにしたのだ。
それが功を奏したのか、それ以降、不快感を感じることはなかった。


 さっきからずっとそんなことを考えていたら、いつのまにか
司の運転する列車は、真美と奈央が作り上げた「街」のあたりを走っていた。
この前、初めて、ここに通されたときはあまりの出来ばえに驚いた。
まさか自分が旅行に行っているたった五日間で奈央が手伝ったとは言え、
ほぼド素人の真美がここまでのものを完成させるとは夢にも考えていなかったからだ。
悔しいながらも司は、出来ばえを褒めてやるしかなかった。
本当のところは、「箱庭」にまた一つ華やかの場所が出来上がっていたので、司自身も実は気に入っていたりするのだ。
ただ、その気持ちを真美には素直には伝えていない。
司は、少しばかり真美の隠された構成センスに嫉妬してしまっていた。
それと、後は単に、司がそういった気の利いた言葉を言うほど出来た人間でもなく
加えて彼がそういう場面ではどうしても照れてしまう性質だからだ。


 と、昔の事をあれこれと思い出している間、
司は前方に対する注意が疎かになっていた。
司が気がついた時には、何かとてつもなく巨大な物体が、列車前方の線路上を塞いでいた。
司は、衝突を避けるために慌てて、急ブレーキを掛ける。
キィーっという特有の音が周囲に響きわたり、
ようやく列車がストップした。
あと十数メートルでぶつかるところだった。
命が助かったところで線路を塞いでいるこの巨大な物体の正体に気がついた。

 巨大な「靴」だった。
形からして女性物のパンプスだろうか。
ヒールの高さだけでも10メートルはありそうだ。
それが「どーん」と二本の線路を塞いでいるのだ。
そして巨大なパンプスからは黒色のストッキングを履いた脚が、
女性らしい丸みを帯びた曲線を描いて上に向かって伸びている。
司が今現在立っている場所からでは、
この巨大な靴の持ち主の顔ははっきりと見えない。

 さて、気になるのはこれが誰の足かということである。
そもそもこの「箱庭」は家の中にあり、
外部の人間が簡単に侵入してくるはずがないので、
おそらく司の顔見知りであるはずだ。
 
 まず始めに奈央かと思ったが奈央はまだこういった靴を持っていないので却下。
それに、線路上に「巨人」が足を置いてしまうミスなんて、
少なくとも、「箱庭」には慣れている奈央では絶対にしない。
 
 では真美はどうだろうか?
真美はまだこの「箱庭」に不慣れな面もあるが、慎重な性格ゆえに足元には十分注意するはずだ。
それに、今日のこの時間、彼女は友人の家に遊びに行っているはずだから、
わざわざ友人との予定をキャンセルしてまで、司の家に来る可能性は限りなくゼロに近い。
となると、まさに今、「巨人」になって「箱庭」に侵入し、
その巨大な足で線路を塞いでいるのは誰だ!?
司は、正体を確かめるべく列車から降りた。

司が上を見上げるとそこには、
真美とも奈央とも違った若い女性の巨大な顔があった。
「やっほー、司♪久しぶり〜遊びに来てやったよん♪」
「のわっ、夏姉ぇ。な、なんでここにいるんだよ?」
巨大な足で線路を塞いでいたのは、藤沢夏姫(ふじさわなつき)-司と奈央の従姉にあたる女性だった。
彼女は今は、都内の名門私立大学に通っている大学生だ。
司は幼い頃から彼女のことを「夏姉ぇ」と親しみを込めて呼んでいた。
夏姫とは祖父母の家で顔を合わせることはよくあったが、
司達の家まで、やってくることはあまりなかった。
夏姫がしゃがんで司の方に顔を近づけてきた。
「あれっ?おばさんから、今日私が来ること聞いてなかったの?」
「そんな話はぜんぜ〜ん聞いてない」
「ありゃりゃ、ごめんごめん。
 てっきり知ってるもんだと思ってた。
 司が『箱庭』にいるって、おばさんから聞いてここに来たんだけど、
 ついつい、足元への注意が疎かになって線路塞いぢゃった♪
 私は、あまりここに入ったことがないからね...、びっくりさせちゃったね」
夏姫は、苦笑いしながら司に謝罪する。

「危うくもうちょっとで、夏姉ぇの足に激突して死ぬところだったんだから。
 とにかく、夏姉ぇもここに小さくならずに入ってきたら、
 ゴ○ラとかキング○ドラなんかの巨大怪獣と同じようなもんだから気をつけてくれよ」
「ハイハイ、今度から気をつけま〜す♪
 ねぇ〜、ところで司。
 このままのサイズだと話しにくいと思うんだけどなんかいい方法ない?」
「ん〜それなら、俺が元の大きさになるか、
 反対に夏姉ぇが小さくなればいいと思う」
「それじゃ、私を小さくしてちょうだい。
 ただし!せっかく、私が怪獣気分を味わってるんだからあまり小さくしすぎないでよ」
 というわけで、夏姫はさっきの5分の1ほどの大きさ
 (それでもまだ身長50メートルはある!)まで縮小した。
周囲の建物は、夏姫の胸あたりまでの高さしかない。
「うん、なんだか、この大きさの方がさっきよりもいい感じ。
 じゃ、私の手に乗って」と夏姫は司の目の前に、自らの巨大な手のひらを差し出した。
「へっ?」
「アンタをどっか、丁度いい高さのビルの屋上まで連れて行ってあげるの。
 そこで話の続きをしましょ。ほら、グズグズしないで早くして」
「なんで俺がそんなことやんなきゃなんねーんだよ」
「姉に従うと書いて従姉のお姉さん。つまり私のことね。
 つべこべ言わずに私の言うとおりにしなさい。いいわね!?」
「ったく〜、わかったよ〜。言う通りにしないとまたどうせろくな事になんないから言われた通りにやってやんよ」

 返事をしてすぐに、司が差し出された巨大な手によじ登る。
夏姫が年上のせいか、司は会話のイニシアチブを完全に握られていた。
司を乗せた夏姫の手がだんだん上昇していく。
落とされないように、司は張り付くばっていた。
手のひらの上昇が夏姫の顔の高さで止まり、
「司、こっち向いて」と彼女に呼び掛けられた。
司が声に反応して、振り返ると前方から突然、猛烈な風が吹き付けた。
「うわっ」
「おっきなお姉さんの突風攻撃♪」
口をすぼめて息で司を攻撃するとは、この巨大女、完全にノリノリである。
どちらかと言うと「小人」の司は、夏姫に完全にもてあそばれているという方が正しい。
司が、声を荒げて抗議をするも
「どう?怖かった?驚いた?」と夏姫は気にも留めずに、笑顔で尋ねてくるのだから恐ろしい。
「夏姉ぇ、マジで恨むよ。死ぬかと思ったんだから」
「はいはい、ゴメンゴメン。これでいい?」
「謝り方に誠意が感じられないんですけど」
「謝ってあげたんだから文句言わないの。
でもね、司がそんなに小さいとついついいじめたくなっちゃうの。
まるで、昔に戻ったみたいだね♪」
「俺にとっては、夏姉ぇが楽しそうに語る日々は単なる地獄でしかなかったんだけど...」
「あらやだ、司ったら、あの甘くて懐かしく、そして切ないあの夏の日々を地獄だなんて」
「俺にとっては、プロレス技を掛けられたり、
 のしかかられて馬にされた苦い記憶でしかないんですけど…」
「私は、そんな野蛮な真似をした覚えなんてございませんわ、ホホホ」
「夏姉ぇめ、完全にとぼけやがったな」
「司君ったらヒドいわ。お姉さんをそんな風に言うなんて」
口調をガラリと変えて妙な演技をし始める。
「夏姉ぇ、ふざけるのもいい加減にしたらどう?」
「んもう、司はノリが悪いわね。
 じゃ、今から歩き始めるからしっかり捕まっててよ。
 私の手から下に落ちても、知らないからねっ」


 夏姫の大きな手に乗せられて司は軽々と運ばれる。
夏姫の指一本でさえ、今の司の体より、確実に大きくて太い。
別に、夏姫の指が特段に太い訳ではない。
若い女性らしい細く長くスマートに伸びた夏姫の美しい指。
それでも、小さな司には大木のように感じられてしまう。
司が腕を回しても、恐らく両腕の先同士が届くことはないだろう。
これでも夏姫は通常の3分の1程の大きさに縮小している。
でも奈央は、大体「箱庭」には縮小せずにそのままの大きさで入ってくる。
そして、昔から司は小さくなって奈央の遊び相手になってあげていた。
もっとも、身長200メートルを優に超す奈央の遊び相手になってやるのは大変だったが...
何回か死に掛けたことがあるくらいなわけで。
だから、司の本音としては現在の夏姫の大きさなんて、
奈央と比べたらかわいいもんだといった感じがする。
「夏姉ぇ〜、足元ちゃんと見て歩いてよ。
道路には車とかいっぱいあるんだから蹴飛ばしたり...」
「えっ、司?今、何か言った?」
夏姫は、手元にいる司の声に気を取られてしまった。
丁度その時、夏姫の足が路上に停車していた
(というよりか置いてあったと言うべきか)模型の自動車を蹴飛ばしてしまった。
蹴飛ばされた自動車は近くに止まっていた車に次々に衝突していって、最後にビルに激突して停止した。
「あちゃ〜やっちゃった」

「な〜つ〜ね〜ぇ〜。
だから、足元には注意しろって言おうとしたのに...」
「わ、私は全然悪くないわよ。
 こ、こんな狭いところに車が置いてある方が悪いのよ。
 絶対そう!つまり、車を置いていた司の自業自得!」
「ちょっ、夏姫ぇ!!こっちに責任転嫁すんなっ!
 夏姉ぇが怪獣みたいに、『箱庭』の中をどかどか歩くから、こういうことが起こるんだよ!」
「う、うるさーい。年上の私に口応えした上に、怪獣呼ばわりするなんて...司、覚悟しなさい!」
そういって夏姫は自由だった右手の指を司の体に絡ませて、「軽く」握りしめた。

「な、夏姉ぇ...く、苦しい」
司は、首から下の体の自由をほとんど奪われて、
それでもなんとか少しだけ動かせる足をバタバタさせて、夏姫の手の中でもがいていた。
だが、いくら司が逃れようと抵抗しても、巨大な夏姫の指はびくともしなかった。
「ふふ〜ん♪お姉さんに逆らったから、こういう風に痛い目に合うのよ。
まっ、でもこれ以上いじめるのはかわいそうだから、
今日のところはこれくらいで許してあ・げ・る♪」
夏姫は司を握り締めていた指の力を抜いて、司を解放してあげた。

 昔から、司は祖父母宅などで夏姫と会う度にいじめられてきた。
当時は泣かされぱなっしだったが、お互いに成長した今ではそんなことも自然となくなっていた。
「いつの間にかアンタに身長は抜かされちゃったし、
それにアンタは男の子だから、もう力で敵うはずもないし...
なんかさびしいなって思っていたら...
人形みたいにこんなに小さくてかわいらしい司を見つけたから
つい...その...いじりたくなっちゃって...ほ〜ら、うりうり♪」

巨大な夏姫の人差し指が司の股間につんつんと一応やさしく、触れた。
自分の大事な部分を突然触られて、思わず声を上げて飛びのく。
「うわっ、いきなり何すんだよっ」
「ただの悪戯♪司も男の子だからここに『かわいいもの』をつけてるのかな〜って♪
もっと言うとキレイなお姉さんを見て興奮して、ズボンにテント張ってたりしないかな〜なんて思ったり♪」
「そんなわけ...ないだろっ」
「おやおや〜、私の目にはズボンのあたりが、膨らんできたように見えるんだけど気のせいかな?」
「男はココに刺激を受けると反応してしまうんだから、し、仕方ないだろっ。セクハラすんな、この野郎!!」
「司君は変態さんだね。親戚のお姉さんに大事なところをいたずらされてコウフンしちゃうなんて♪」
「あーもう!なんで今日はそんなに俺をいじろうとするんだよ!」
「だって、司をいじめるのが楽しいんだもん。
それに、中々いいリアクションしくれるからもっといじめたくなるし♪
よーするにアンタの存在自体が『いじめて下さい』と言わんばかりに私のS心を刺激しちゃうのよね〜。
『いじめられっこオーラ』があるのよ。
もしかして学校でもいじられキャラ?」
「いや、そんなことはないって。
オレをいじめるのは夏姉ぇと...いや、夏姉ぇぐらいだって」
「ふ〜ん、それは本当のことなのかな?
司が見栄張って嘘を吐いてるとも考えられなくはないわけだし....
まぁ、いいわ。そんなこと」

 夏姫が司を手から降ろすのにどこかいい場所がないかと周囲を見回すと、近くの住宅街の中に学校を見つけた。
隣接する校庭も夏姫が立ち入るには十分な広さがあった。
学校の周囲に立ち並ぶ家々を踏み潰さないように、幅の狭い路地に慎重に足を降ろしていく。
路地の幅は、夏姫の足の幅より少し広さくらいしかない。
数本の路地と十数戸の家々を跨いでいってようやく学校のすぐ横の道路に到着した。
それから夏姫は、校舎のそばにしゃがみ込んで、まずは屋上に司を降ろした。
そして夏姫は再び、その場で立ち上がった。
黒のストッキングに包まれたすらっとした夏姫の脚が校舎の横に高くそびえ立っていた。
そこから、軽く校舎をまたいで足を校庭側に持っていく。
この校庭はそこまで広くはないものの、
夏姫が腰を下ろすことができるくらいの余裕が十分にあった。
「よいっしょっと」
夏姫が校庭に腰を降ろした。
巨大なお尻の着地の衝撃が小さな揺れとドスンという音に変わって周囲に伝わる。


 屋上に設置されていた金網越しに、座っている夏姫の巨大な顔と目があった。
模型の学校であるからだろうか、転落防止用の金網の高さは司の首の位置ぐらいまでしかなかった。
下に転落しそうで恐怖感があった。
ただその分、顔を外に出すことが簡単に出来たので夏姫と会話はしやすかった。
「ここは本物の小人の街みたいだね。
 ビルも家も学校もあって、車までちゃ〜んとあるんだから。
ガリバーみたいに小人の世界の街中を歩くのは気持ちいいね」
夏姫は「箱庭」を気に入ったようだ。
「で、今日は何しにウチに来たんだ?」
「何しにって、司に会いに来たんだけどな〜」
「それは、絶対に嘘だろ。さっさと本当のこと話したら?」
「アンタ、ほん〜っとに素直じゃなくなったわね。まったく、もう〜」
夏姫がなぜか溜め息を吐いた。
「確かにアンタに会いにきたわけじゃないのは事実じゃないわよ。
まぁ、単純に言うとウチの家族みんなでこのあたりに買い物にきて、
近くにアンタの家があるから寄ってくってことになっただけなんだけどね」



現実世界とはそっくりなようで、全てのもの大きさが全く違う、この小さな「箱庭」の世界。
夏姫は「箱庭」の中のミニチュアの街を歩いたり、
「小人」の司と遊んでるうちに、ある種の優越感を感じたのだろう。
司だって「箱庭」の管理をする時には、
当然ながら縮小化することなく「箱庭」に足を踏み入れる。
だから司も夏姫の言うことに共感できた。

「ねぇ司。ちょっと元の大きさに戻ってみてもいい?
どうせなら色々大きさ変えてこの世界を探検してみたいしね」
「仮に、俺がダメって言ってもどうせ無視するつもりだったんだろ?
もう、勝手に好きにしたらいいよ」
夏姫には何を言っても無駄だということがわかったのか
司は夏姫の好きなようにさせることにした。
「ありがとう〜♪流石は司だね〜。
お姉さんのいうことはちゃんと聞いてくれるね♪」
今までの発言を180度ひっくり返すようなことを言って、
夏姫はやけにうれしそうな表情を浮かべた。
「じゃ、少ししたらまたここに戻ってくるね。
えっと元の大きさに戻るスイッチは...」
夏姫が、手に持っていた縮小機をまだ慣れない手付きで操作する。
しばらくすると、夏姫の体が次第に大きくなっていった。
元々、巨大怪獣サイズはあった夏姫の巨体がさらに巨大化していく様は壮大だ。
もしも夏姫のそばにいるのが司ではなく、
「箱庭」や「巨人」になれていない人間なら生命の危機に感じられるかもしれない。
さっきまで夏姫の体全体で占領されていた校庭は、
今となっては夏姫の左足だけで占領されていた。

夏姫のもう一方の足は校舎を挟んで反対側に置かれていた。
たまたま、足が置かれた場所は空き地だった。
夏姫がうまく空き地を見つけたようだ。
建物や家屋が、夏姫の足で踏み潰されるようなことは何とか免れた。

さて今、夏姫は校舎の真上で両足を少し開いて立っている。
少しといっても、実際には、足と足の間は100メートル近くはある。
そして、司の頭上には夏姫のスカートが悠然と翻っていた。
ということは、もちろん夏姫の直下にいる司には、中身が丸見えだった。
「司、私がここから動く前にスカートの中を見たら、学校ごと踏み潰すから。
アンタの考えてることはすべてお見通しよ!」
真上から降ってきたのは夏姫からの死の警告だった。
おそろく踏み潰すというのは、冗談であろうが司には冗談には聞こえなかった。
夏姫は、司がいるはずの場所を把握していた。
司のおよそ150倍はある夏姫の巨体から発せられた声は、
周囲の大気を震わせるほどの音量だった。
さっきまでの夏姫の声の音量とは、比べものにならないほどデカい。
夏姫から死の宣告を受けたからと言って、司だって男だ。
夏姫の足元という絶好のポジションにいるというのに、
多少脅された程度でみすみす見逃すわけにはいかない。

これが妹の奈央のスカートの中だったら、
さすがに覗くことはしないだろう。
(たまに見えてしまうことがあるができる限りみないようにしているが
やっぱりどうしても見えてしまうことがある。コレは不可抗力だ)
ちなみに一週間前見えてしまった時には青と白の縞パンだった。
司の「息子」は正直者なのか、ついつい「反応」してしまった。
自分が兄として少し情けなくなった。

 だが、しかーし。今回の相手は夏姫だ。
性格と口に多少問題点があるが、
黙っていれば基本的にはキレイなお姉さんである。
この超ローアングルな場所から夏姫の覗いてはイケないところを、
あえて覗き見る価値は十分にある。
加えてさっきから、夏姫からは散々嫌がらせを受けている。
その反撃として頭上に目を向けてスカートの中を一瞬見るくらいなら、
夏姫は許さないにしても、神様は許してくれるはず。
司は自分にかなり都合のいい言い訳を考え出して、自分自身を納得させた。
「ちょっと、司。私がどのあたりを歩いていいか教えなさい。
教えてくれないとそこらへんをテキトーに歩いてくから。
建物踏み潰しちゃっても知らないわよ」
「女王様」は、さらに巨大化してもっと傲慢になったようだ。
「箱庭」を傲慢な巨大女王様の魔の手....じゃなくて魔の足から守るため、
渋々、司が現在いる位置から一番近い「巨人」用歩道が通ってる場所を教える。
「ありがとっ」
「女王様」も小人に礼を言うくらいの優しさは、一応持っていたようだ。

 
 思いきって頭上を見上げると上空にピンク色の部分が見えた。
夏姫の下着だ。しかも女の子らしいピンク色。
夏姫の好みは乙女チックだったので司には以外に感じた。
それは実にすばらしい光景だった。
男なら興奮しない者はいないだろう。
今晩のオカズが瞬間的に決まった。
それに、司としては先程からヤケに高圧的な態度を取って、
自分をコケにする夏姫のスカートの中を見れたことで、
少しはリベンジできたような気がした。


 その一方、夏姫は本当に司がスカートの中を覗き見ていることには、全く気付かないまま歩いていった。
夏姫自身、まさかあの司が上を見上げて本当にスカートの中を覗くとは予想していなかったからだ。


 先程から何度も小さな地震-震度で言えば2か3くらい-と同じような揺れが続いている。
この揺れは全て、夏姫が歩くことによって発生している。
数秒ごとに夏姫の巨大な足が地面に達する度に揺れる。
夏姫のように「小人」になったことのない人間にはわからないだろうが、
「巨人」が歩くだけで本当に地面が小さな地震と同じくらい揺れるのだ。

 夏姫の姿は、彼女が歩いているところから「小人」の感覚からして数㎞離れた、
司がいるこの場所からでも十分に確認できた。
視界を遮るような高い建物がないのでよく見える。
それ以前に、夏姫の大きさがこの「箱庭」の世界で異質だからだとも言える。

しかしながら、自分自身が歩く姿がこんなにも壮大なものだと、夏姫は気づいていないだろう。
今のこの光景をカメラの録画して映像として見せればきっと驚くだろう。
一度、「小人」の視点に立って目撃しなければ想像しがたい。
今ごろ、夏姫はきっと大怪獣気分を味わってることだろう。
確かに模型の街並みを上から見下ろしてみたり、
「巨人」になって「箱庭」の小さな街並みの中を歩りたりすると、
言葉では表しにくい優越感を感じるのは司も同意できる。
問題は、その優越感が度を過ぎると色々と厄介なことが巻き起こることだ。
そのことを証明する前例は、真美の一件だ。
あの時は、何とか真美を説得できて事無きを得た。
説得できてなければ真美との仲も取り返しの付かないものになっていたはずだ。



 「箱庭」に慣れていない人間が長い時間いると元の世界に戻ったとき、物の大きさが変に感じられる。
特に関係はないが、実際に物の大きさの感覚が異常に感じられる病気があると聞いたことがある。
確か、「不思議の国のアリス症候群」とか言う中々洒落た名前だった。
時差ぼけと同じように人間の感覚が狂うことによって引き起こされる症状なのかも知れない。
この調子だと夏姫も後で感覚の不一致に襲われることになるだろう。
通常の感覚を取り戻すまで、それなりに時間が掛かる。
医薬品のCMのように『「箱庭」は使用上の注意をよく読み、用法、用量を守って正しくお使いください』
とでも言ってあげたほうがよかったのか。



 それにしても、夏姫は中々戻ってこない。
さっきはすぐに戻ってくると言っておきながら、
もう既に15分以上は過ぎている。
いかんせん、縮小機を夏姫に奪われた上に、
一人ぼっちでいると何もすることがなくて退屈なのだ。
それに夏姫が小さな街並みの中で何かやらかしてしまわないかと心配でならない。
服の裾が引っ掛かっただけで、沿道の建物が倒れたりすることもあるのでヒヤヒヤする。
だから「箱庭」に慣れていない夏姫には、本当に、本当に注意して歩いて欲しかった。
仕方なく、夏姫の姿を目で追っているのだ。
最も、夏姫が何かをやらかしてしまった時に、
この大きさだと司が夏姫の行動を制限できるはずがなかったので
無意味と言えば無意味だった。

 何か夏姫を呼び戻す方法がないか、司は考えを巡らせ始めた。
携帯で彼女を呼び出すことをまず最初に思いついたが、ここ「箱庭」は地下なので電波が届かないので、これは不可。
だからと言って、他にトランシーバーのような特別な通信機器を持ってるわけではなかった。
なんとなくポケットの中に何か使えそうなものがないかと探り始める。
するとポケットの中で手が何かを探り当てた。
「おっ、これは...フムフム...となると...いいこと思いついたぜ〜」
司は、ポケットの中から「ある物」を取り出して操作し始めた。

それは、ラジコンのヘリコプターのリモコンだった。
このラジコンは元々、屋外で飛ばすために買ったものだが、
最近では公園でラジコンを飛ばすことが、禁止されたりして使う機会が減っていた。
ただ部屋に置いておくのは、実にもったいないと思っていた。
そこで何か有効な使い方はないかと考えた末に、「箱庭」の中に置くことにした。
そのままの大きさだと、「箱庭」の世界との縮尺が合わなかったので、その点は縮小機を使って調節した。
プラモデルの戦車と一緒に並べておいてみると、ちょっとした軍隊の基地っぽくなって気に入っていた。


 その後、鉄道模型に同じようにヘリコプターに超小型カメラとスピーカーを付けたら、
なんだか色々と面白そうだということになって、
機体にカメラとスピーカーを取り付ける改造を施すことにしたのだ。
ただし、取り付ける場所は機体の下部にした。
機内に取り付けてみても、ヘリコプターの機内から見える映像はおそらく「箱庭」の壁しか映らないと考えたからだ。
機体の下部なら、真下に広がる街並みが綺麗に撮影できるはず...
というわけで、改造したヘリコプターに搭載したカメラで模型の町並みを撮影した映像を実際に見てみると
まるで本当に街を空中撮影したかのような映像だった。
それからは、「箱庭」の中で鉄道模型だけではなくヘリコプターも操縦するようになった。

 「確かヘリコプターの機体はいつもの場所に停めていたはずだから、うまいこと操作して,,,,」
今いる場所からでは目視確認はできないので、
とりあえずヘリコプターを高く上昇させてから位置を確認することにした。
しばらくすると司の視線の先にヘリコプターが見えてきた。
「あとは、これを夏姉ぇのいる方に気づかれないように低空飛行で操縦して....」
司が計画した悪戯は徐々に進行していく。
低空飛行でヘリコプターが夏姫に気づかれないまま近づいていった...


 無事に夏姫に気付かれずに接近させることができた司は、夏姫をびっくりさせるためにヘリコプターをその場で急上昇させた。

 すると夏姫は突然急上昇してきたヘリコプターを避けようとして足元への注意が一瞬、疎かになった。
すると、見事なことに夏姫が足元にあった何かにつまづいた。
「き、きゃーーー」
夏姫が悲鳴を上げるが、一度バランスが崩れた体勢をそこから立て直すことはもはや不可能だった。
ヘリコプターを操作していた司の目には、その光景がスローモーションで目に映った。
人がこける瞬間をあんなにもはっきりと見たことはなかった。

 次の瞬間には、夏姫の十数万トンもの巨体が、地面に叩きつけられていた。
腕が近くのビルに直撃して倒していき、
道路上にあった何台もの自動車が夏姫の下敷きになった。

 それから、凄まじい音量の轟音と震動が順を追って司がいた場所に到達した。
さっきから夏姫はただ歩くだけで地震を起こしていたのだから、
全体重によって引き起こされたこの揺れは、今までの揺れとは比べ物にならない。
その場に立っていられなくなった司は思わず地べたにへばり付いて、この揺れをやり過ごした。



 「痛たたた...車が下敷きになって体のあちこちに食い込んじゃって痛いし〜」
夏姫が地面に打ちつけたところに手を当てて起き上がる。
「つ〜か〜さ〜、ヘリコプターなんかを近づけていきなりビックリさせないでよ。危ないでしょ〜が
っていうか、実際にこけちゃったじゃないの、まったくもう〜」
「巨大女が当機に気付いた際、驚いて勝手に転んだ模様。
なお、巨大女が転倒したことにより付近一帯に甚大な被害が出た恐れあり」
堅苦しいように見えて、半分ちゃかした感じのする口調で現在の状況が実況された。
「へっ?」
夏姫は一瞬、今流れている音声が何について言っていることだか判らなかった。
「繰り返す、巨大女が道路上で転倒した模様。
転倒時の衝撃で付近に甚大な被害が出た恐れあり」
当然ながら、この実況は「巨大女」こと夏姫の耳にも入るわけで...
夏姫はヘリコプターのスピーカーから流されてる実況の意味をようやく理解した。
夏姫の顔が恥ずかしさと怒りのため真っ赤になっていった。
ブチッ、ぶちっ、ブチッ。
何かがキレた音がした。
それも一つだけではなく、複数。
実にいやな予感を催す音だ。
「ふ〜ん、司ってば私に対してこんなことしちゃうんだ〜」
一見すると優しげにも聞こえる口調ではあったが、
実際の夏姫の心の中は、司に対する怒りで煮えたぎっていた。

 キレた夏姫の行動は非常に素早かった。
夏姫がすくっと立ち上がり、そして高度を下げていたヘリコプターを見つけるや否や
逃げる時間を与えることなくヘリの胴体をガシッと鷲づかみにした。
「ふ〜ん、これね。さっきから何やらいろいろと私の悪口を垂れ流ししているのは。
わざわざ、スピーカーを装着したラジコンを使ってまで悪ふざけをするなんて。やるわね...」


 巨大な女の手がヘリコプターの胴体を鷲掴みにしている。
司が、ヘリコプターの操作をしようにもがっちりと掴まれていて動かせなかった。
まるで、どこぞのB級ハリウッド映画のような光景になっていた。
「わっ、夏姉ぇ〜ラジコン離せー」
「さっきからこの私に向かって、ずいぶんと生意気なことをベラベラしゃべるのは、どの口かしら〜?
一度、しっかりとお仕置きしてあげないといけないとね〜」
夏姫は、ヘリコプターの胴体の腹側に付いてある小型スピーカーを取り外そうとする。
「ちょっ、スピーカー外すな、夏姉ぇ!
また取り付けるのメンドーなんだから!」
「私に生意気な口を聞いた罰よっ!」
夏姫がスピーカーを取り外そうと悪戦苦闘するも、
スピーカーは機体にしっかりと固定されているので中々上手くいかない。
「マジで壊そうとすんな、とにもかくにもやめてくれー」
「うるさいうるさーい。
アンタが全部悪いんだからさっさと謝りなさいよー
早く謝らないと、このラジコンを下に落とすわよ」
二人は距離と体の大きさを超越して口喧嘩をしていた。

「ねぇ、お兄ちゃん達はさっきから何してるの?」
そこに、たまたま奈央がやってきた。
いや、「たまたま」と言うよりむしろ司と夏姫の間に割って入るタイミングを覗っていたと言う方が正しい。
どうやら塾の夏季講習が終わって、家に帰ってきていたようだ。
「ウチに帰ってきてみたら夏姫お姉ちゃんが、今日、遊びに来てるってお母さんから聞いて、
それでお兄ちゃんと二人『箱庭』にいるから気になって来てみたけど...」
奈央はラジコンのヘリコプターを片手に大人げない行動を取っている従姉と、
姿は見えないものの何処からともなく声だけは聞こえる兄に困惑気味だった。
「あっ、奈央ちゃん、久しぶり〜。元気してた〜?」
夏姫はヘリコプターを鷲掴みしたままで、奈央に声を掛けた。
「えっ、うん」
自分の出した質問の答えが得られないまま、
夏姫につられて返事をする。
「奈央ちゃん、また身長伸びた?」
今度は、邪魔になったのか手に持っていたヘリコプターを無造作にビルの屋上に置いた。
夏姫の膝より下の位置にあるビルの屋上にはしゃがまないと手が届かず、
彼女がヘリコプターを乱暴に扱ったために、置いた後に機体が右に傾いてしまった。
「夏姉ぇ〜、ラジコンを乱暴に扱うなー」
スピーカーを通じて司の声が届いたが、夏姫に完全無視されて虚しく響き渡るだけだった。

「えっと、春に測った時で...170.5センチだったかな...」
「じゃ、私よりも17センチも高いね。いいな〜」
「それより、お兄ちゃんはどこにいるの?
さっきから声だけは聞こえるんだけど...」
「司ならあっちの方にある学校の校庭にいるはずよ」
「夏姫お姉ちゃんありがとう。
それじゃ、お兄ちゃんを回収してくるね」
「どういたしまして♪
あっ、気をつけてよ、さっきの私みたいに何かに躓いてコケたら危ないんだから...
って、奈央ちゃんはここに慣れているからそんなドジは踏まないか、ハハハ」


 夏姫が後ろから見守る中、学校に置き去りされた司を回収するために奈央は、
「巨人用歩道」から自分の靴よりも小さな建物がひしめき合って立ち並ぶ一画に入っていった。
本来なら、現在の奈央の大きさであれば、
こういった混み入った場所には侵入禁止なのであるが、
今回は司を救出するという大義名分があるので、問題はなかった。
高い部類に入るビルでも奈央の膝より、
かなり下の位置ぐらいの高さしかない。
うっかり足を置いたら潰れてしまいそうだ。
その中を、建物にぶつからないように器用に足を動かして、
司が取り残されている学校に少しずつ近付いていく。
こうやって小さな建物の間を縫って歩いていくのは、
自分の巨大さをひしひしと感じられるので奈央は好きなのだ。


 しばらくして学校のある場所が見えてきた。
三階建ての校舎を真上から見下ろしてみる。
奈央の巨大な影が校舎全体を覆う。
屋上に小さな人影を見つけた。
こっちに気づいたのか、司が見上げ返してきた。
「ちび兄ちゃん。今から校庭に足を降ろすから、10秒以内に校舎の中に避難してね」
「小人」の兄のために、注意を促す。
司が避難し始めたのを確認してから足を移動させる。
ほんの少し足を持ち上げるだけで校舎のよりかなり高い位置にくる。
着地の衝撃で地震を起こさないように、
ゆっくりゆっくりと上から足を降ろしていく。
そして、奈央の巨大な足は静かに地面に達した。

 校舎の中に避難していた司には,着地の衝撃はほとんど感じられなかった。
「危ないからもう少し待っててね」
再度、注意を促す。
奈央は気配りがよく出来る妹だと、司はつくづく思う。
それに、中学生になっても、まだ「お兄ちゃん」と呼んでくれる。
ここがよく出来た妹の証だ。
でも、未だに「ちび兄ちゃん」と呼ぶのはやめて欲しいとも思うのであった。
ここが玉にキズなのだ。

 それとなぜだか、奈央は学校用のローファーを履いてきていた。
外行きでもないのに、履き間違えてそのままに履き替えずにきたのかも知れない。
さて、本来なら制服と合間って年頃の女の子を
より魅力的に見せる黒いローファーも30メートルもの大きさともなると、
もはや要塞かとも思えてくる程の存在感がある。
加えて黒の単一色なので、重厚感、威圧感が抜群にある。
このくらいの大きさ、革の厚さがあれば、戦車からの攻撃ぐらいではキズ一つ付きそうにもなさそうだ。

 「ちび兄ちゃん、もう出て来ても大丈夫だよ」
奈央に呼ばれて、司が避難先の校舎から外に出る。
奈央は、さっきより小さくなってしゃがみ込んで待っていた。
司からしておよそ25倍程の大きさだろうか。
一応、奈央の身体は校庭の中に収まっている。
「今から私と同じくらいの大きさに戻してあげるから」
それから「縮小機」のスイッチをリバースに変えて、
司を自分と同じサイズまで大きくした。
「サンキュー、奈央」
自分を助け出してくれた妹に感謝する。
いいタイミングで奈央がやってきていなかったら、
ここで少なくとも、数時間は過ごさなければならなかっただろう。
助けを呼ぶにも、ここは地下なのでケータイの電波はまったく届かないのだ。
「じゃ、とりあえず夏姫お姉ちゃんがいるところまで戻るね」
「あぁ、そうだな。まずは、ここから出ないとダメだな」
そこから近くの「巨人」用歩道まで狭い路地を通り抜けて、
この場所で、司は本来の大きさに戻ろうとした。

 「ねぇねぇ、ちょっと待ってよ、お兄ちゃん。今のままの大きさで、夏姫お姉ちゃんのところに行ってみない?」
「なんでそんなことするんだ?
俺達は見ての通り、まだ通常の6分の1の大きさなんだぞ。
奈央だって見えるだろう?
俺達の6倍はある夏姉ぇがど〜んとあそこにそびえ立っているのがさ」
司と奈央は、今、「箱庭」の人間のおよそ25倍の大きさだ-ウル○ラマンと同じくらいだと考えればいいだろう。

 「だからこそ、面白そうじゃない?
今、私とお兄ちゃんは『小人』からすると、
もちろん今は誰もいないけどね、いるとすればの話ね。
そうすると私達は 『巨人』と同じでしょ?
でも、夏姫お姉ちゃんからしてみると、えっーと、大体2,30センチの小人になるわけでしょ?
こういうのって面白いなぁ〜って思うんだけど...」
「ん、まぁな。でも、俺にしてみれば面白いというよりか変な感じがするな。やっぱり。
あっ、それとも何だ?夏姉ぇと同じ大きさに戻って人形サイズの俺を見てみたいとか?」
「別に、お兄ちゃんじゃなくてもいいんだけど、それはやってみたいの」
「相手はおれじゃなくてもいいって言っても、
夏姉ぇが今から俺と同じ大きさになるわけにもいかないんだから、
結局は俺がやってやるしかないんだろ?」
「....うん」
「しょーがねーな、付き合ってやるよ。
奈央がこういうことが好きなのはよく分かってるからさ。
但し、今は無理だから後でな。それでいいか?」
「うん、ありがとう。お兄ちゃん」
「ちょっと〜二人とも、おそ〜い」
夏姫が待ちくたびれて、シビレを切らしていた。

 司の目には夏姫の黒ストッキングに包まれた脚しか見えなかった。
足元にあるのは、長さが1メートル以上はあるパンプス。
さっきは危うくこれにぶつかって仕舞うところだった。
そこから首が痛くなるほどの角度まで曲げないと、
夏姫の顔を眺めることはできなかった。
そして今の夏姫の顔には優越感から来る笑みがこぼれていた。

 数字の上では、夏姫は司の約6倍の大きさでしかないが、
こうして見上げると数字以上に大きく感じる。
司が感じている威圧感はさっきとさほど変わらない。
これでもウルト○マンとほぼ同じ大きさなのに、まるで自分は「小人」のように感じるのだ。
夏姫がもし地球を侵略しようとする宇宙人なら
ウル○ラマンでも逃げ出すかもしれない。
そう考えると、ウル○ラマンと同じ大きさで地球を侵略しにくる怪獣たちは意外とフェアだ。
司の妄想が妙な結論に至った
奈央にとっては今の状態が楽しいものなのかもしれないが、
司はこの大きさのまま留まったことを後悔した。
この小ささだとどうせあの巨大怪獣女-夏姫にまた弄られるのは目に見えている。
そうだ、これから心の中で夏姫のことを
巨大怪獣女と呼んでやろうと司はひそかに決めた。
口から破壊光線は出したり、目に見えた破壊行為はしないけど
「箱庭」の住人を脅かしていることは確かだ。
怪獣とは、実にかわいらしくない呼称。
しかしながら、今の夏姫には相応しい。
本人にこの呼び方が知られたら、何をされるかわからない。
バレたら、ただじゃ済まないだろう。
それでも司は「まっ、心の中で呼ぶだけだし夏姉ぇにバレるわけないよな」
と甘く考えていた。

 それから司と奈央は元のサイズに戻った。
そばに居た夏姫を見下ろして、
「へぇ〜、案外夏姉ぇって身長低かったんだな〜」
と夏姫の頭に手を置いてポンポンと軽く叩いていた。
元の身長では司のほうが性別の差もあってか夏姫と比べて圧倒的に高かった。
今までとは反対に司の顔に優越感から来る笑みがこぼれていた。
「むぅ〜司の癖に生意気なことするなんて...絶対に許さないんだから。覚えておきなさいよ」
「これで形勢逆転だな、夏姉ぇ」
さっきから夏姫の威勢がなくなっている。
顔を膨らましている夏姫の横で司は、ニヤニヤしていた。


それから、久しぶりに3人が揃ったことで話が盛り上がる。
さっき奈央がここに来るまでの話やら、
普段司と奈央で「箱庭」でどうやって遊んでいるとか他愛もない話をした。

しばらくして、司がさっき夏姫がこけて倒してしまったビルを元通りにしに行くと言ってその場から離れた。
司が離れたのを確認してから
 「奈央ちゃん、ちょっとこっちに来て」
と夏姫が手招きをして、奈央を呼び寄せた。
奈央が夏姫に呼ばれて傍に近付いていき、
なにやら女同士でヒソヒソ話をし始めた。
奈央が夏姫の言うことにコクコクと頷いている。

数分後、司が二人がいる地点に戻ってきた。
すると「司〜、ちょっとこっちに来て〜」と、
夏姫が先程と同じように手招きしながら司を呼んだ。
「なんか用があんのかな」と司は油断してしまった。
その油断が命取りに繋がってしまった。
司は自分を呼んでいる相手が、策士でいじめっ子で司に対してはドSの夏姫だということを忘れていた。
なんだか前にもこんなことがあったような気がするが、司は何の警戒心も抱かずに二人がいる方に歩み寄っていく。

 と、夏姫ではなく、隣にいた奈央が縮小機を司に向けてスイッチを押した。
「ヘッ?」
司の体がゆっくりと小さくなっていく。
「あわわわわww夏姉ぇ一体何しやがった!?」
「何驚いてんのよ。いつも小さくなって遊んでるんじゃないの?
そんなに小さくしたわけじゃないから心配しなくていいわよ、フフフ」
司の身長が130センチくらいにまで、小さくなったところで縮小化が止まった。
これは、司が小学校3,4年生だった頃の身長だ。
モデル並みの170センチという長身の奈央は当然として、
女性としても低身長の150cmちょっとの夏姫よりも頭一つ分くらいは小さい。
「これなら誤って踏み潰すこともなく、
チビな司を思う存分可愛がってあげられるわね〜」
にんまりとした夏姫の顔には、悪意がたっぷりと含まれた笑みが溢れていた。
またまた形勢逆転だ。

 「さてと、さっきからずーっとお姉ちゃんに向かって生意気な口を聞いている
悪い男の子はごめんなさいをしないといけないよね?」
体格面で優位に立った夏姫。
じわりじわりと司に迫っていく。
司は冷や汗を掻きながら、夏姫を見上げている。
二人がこんな感じで向き合うのは何年ぶりだろうか。
司は、小学生の時に夏姫におもちゃにされて弄ばれたトラウマが甦ってきた。
「あわわっわぁ」
言葉にならない叫びを上げつつ逃げだそうにも、
夏姫に腕をしっかりと掴まれているので逃げ出すのは不可能だった。
「逃げようなんて思ったらダメよ。
お姉ちゃんが満足するまでしっかりと可愛がってあげるんだから♪」
やけに夏姫がお姉さんぶった振る舞いをする。
「な、奈央ー助けてくれ〜。
このままだと命とか貞操の危機だか(ry...」
「お兄ちゃんがんばってー」
奈央は無邪気な笑顔でこう返した。


中条司。彼の女難の人生はまだ始まったばかりかもしれない。