ガタゴトと揺れるバスの中。
ワイワイ、きゃいきゃいと笑い声、話し声が溢れる中、
一人の女性がマイクを持つと皆が黙る。
それほどまでに皆この日を待ちわびていたのだ。

バスガイドと思わしき女性が話し始める。
「皆様、本日は修学旅行で我が社を選んで頂き誠にありがとうございます。
皆様が楽しめるよう、私どもも精一杯やらせて頂きます」
10代の女の子達を見回しにこやかに笑う。
彼女の笑顔は、大人の落ち着いた雰囲気を醸し出す。

「さて、長々と挨拶したいところですが、それは先生だけにして、
皆様お待ちかねの例のものをお配りしたいと思います」
彼女はここで一呼吸おき、溜めた。
そして、座席に置いてあったあるものを胸の前に持ってくる。

「きゃあー!」
女子達から歓声があがる。
彼女が取り出したもの。それは小人型のヌイグルミ。
今世間で話題のAIが投入された小型ヌイグルミだった。

海外のセレブや日本の有名人達がSNSにこぞってアップすると
またたく間に人気に火がつき、このような体験ツアーまで組まれるようになったのだ。

「2泊3日の修学旅行中、この子達を一体ずつお貸しします。
存分に使用してお楽しみ下さい。
それでは今から配りますので…」

ヌイグルミ開発を開発した三つ葉株式会社の広報を務めるユカリは
ダンボールにギッシリと詰まったヌイグルミを配り始めた。

「ね、ねぇルリちゃん。なんで皆こんなに興奮してるの?」
普段からあまりテレビや携帯を使わない、真由は良くわからない
と、首を傾げながらルリに聞いた。
「真由は本当に流行に鈍感だよねー、てか前も教えたじゃん」
もー、と頬を膨らますルリに軽く謝る。

「トルトはただ話すヌイグルミじゃないの。
ほぼほぼなんでも出来ちゃう高度なヌイグルミなのよ」
どう?と目を輝かす。
「なんでも出来るのか。すごいんだね」
とりあえず同調する。
だが、その説明では良く分からないのが本音。

「表面はシルクで出来てて、中にはビーズのようなものが詰まってるんだって!
それを小さな機械が電気信号なんやらで操って動くんだよ!
だから触り心地はフワフワだけど、硬さがあって
なんてゆーか…
とりあえず凄いのっ!!」
途中から説明するのが面倒臭くなったのだろう。
「あんまり分かんない」
必死に説明してくれるルリちゃんが途中から笑えてきた。
「ちょっとなんで笑うのよー!」

なんやかんやしてると自分の元にもトルトが配られる。
「はい、どうぞ。楽しんでね」
バスガイドさんの美しい笑顔を向けられる。
とても奇麗な女性だった。
かなりスタイルが良いが、エロさを感じさせない。
それを上回る気品のせいかも。

「ちょっと真由!せっかくトルト触れるんだからもっと嬉しそうにしなさいよっ」
すっかり手に握っていたヌイグルミを忘れていた。
自分的にはこのだらしない胸や肉の付いたお尻をどうにかして、
バスガイドさんのようになりたいと、思考がとんでいた。

「あっ、うんっ。ホントだ。肌触りいいかも」
シルクで出来ているというだけあってスベスベだった。
大きさは赤ん坊程度だろうか。
上下逆さにしたり、振ってみたりする。とても軽い。
ぎゅっと握ると中でビーズのようなものが動き形が変わる。
だがあちこち触ったり観察しても、とても100万を超える代物には見えなかった。

「はい、それでは皆様ご注目!ちゃんと行き渡ったかなー?」
また騒がしくなっていた車内が急に静かになる。
「それではAIを起動してもらいましょう。
もう既にご存知の方が多いと思います。
やり方は簡単。自分の名前を言ってからトルトに息を吹きかけて下さい。
それで起動されます。では、どうぞ」

周りが一斉に名前を言って息を吹きかける。
「ほら、ボーっとしてないで、真由もやるのよ」
周りを見てた真由はルリに促されて従った。
顔の前にトルトを抱きかかえ名前を言う。
「真由」
そしてハァーっと息を顔に吹きかけた。
すると驚いたことに、一瞬顔を歪ませ、トルトが揺れる。
そして話し始めた。
「こんにちワ、僕はトルト。よろしくネ
真由さんのことハなんて呼べばイーカナ?」

「えっ!?ル、ルリちゃん!ヌイグルミが喋った!」
ニヤーっとルリは笑い、そして自分のトルトを起動した。
「あ、あの真由って呼んでくれればいーです」
少しドキドキしながらそう話し掛ける。

するとトルトはしっかりと自分の言葉を理解して返事した。
「リョーカイしたヨ。真由って呼ぶネ」
その理解度にびっくりする。
もっと高度な会話も出来るのだろうか?
「今日から2泊3日で修学旅行なの…」
期待が高まり会話をしたいがゆえ話し掛ける。
「タノシイ修学旅行になるとイーネ。僕とイッパイ想いでツクロう」

その返事の精密さに驚く。
携帯なんて比較にならない。
「よく、わかりません」なんて返ってこない。
これは100万してもおかしくないのかも、
そんなことを思い始めた。

「ルリちゃん、これすごくよく話すよっ!凄いよっ!」
そう言ってルリちゃんに目をやるとトルトを持っていない。
「あれ?ルリちゃんトルトは?」
にっひっひ。見てみ?と自分の腰のあたりを指差す。
「…ん?座布団なんてルリちゃん敷いてた?」
「これ、トルトだよーん」
自慢げにルリがいいな柄腰を上げるとペタンコになったトルトがいた。

「ちょ、ちょっとっ。こんな高価なヌイグルミ踏んじゃ壊れるよっ!」
ルリに指摘するも、尚も彼女は笑った。
「これもトルトの人気が出た理由だよ。
お尻の形にフィットして抜群の座り心地なの。
有名人がよく座った後のお尻の形をアップ下の見たことない?」

確かに見たことがある。
そしてそれを自分はなんだか可愛そうだと思っていた。
「すごいフィット感だよ。全く無理がない感じ。
ずっと座ってても腰が痛くならないし、
腰の骨にもいいんだってさっ」
ほらっ、真由もやってみなっ!立って立って。
そう言って半ば無理矢理立たされ座席に自分のトルトを置かれる。

こうして見ると小人が両手を広げて待っているようにも見える。
だが、やはり可愛そう。自分の重さに耐えられるのだろうか?
こんな小さな体で。
そんなことを思いながら躊躇っていると、なんだか、トルトが一瞬顔を歪ませたように見えた。
「あれ?ルリちゃん今、私のトルト表情変えなかっ…」

言いかけたその時、バスが大きく揺れる。
「きゃっ」
その拍子で思いっきり座席に腰を打ち付けた。
「いたた…ん?痛く…ない」
だいじょぶ?ルリが声をかける。
「うん、だいじょぶ。トルトが全部受け止めてくれたみたい。」
軽く腰を浮かせて、再度座り直す。
完璧なフィット感。お尻が包み込まれている用な錯覚。

本当に人に合わせる事が出来るんだ。
何時間座っててもお尻が痛くなることは無さそうだった。
バスが休憩場所に寄るまでその感触を真由は楽しんだ。

遡ること数時間前。
幼馴染で同僚であるユカリと口論していた。
「おまっ!ばっかじゃねーの!?そんなの嫌に決まってるだろっ!」
「だーかーらー、しょうがないでしょっ!発注ミスったって言ってんじゃんっ
協力してよ!給料出るって言ってるし、こうして頭下げてんじゃん」
そう言いながら腕組みしている。
どこをどうみたら頭を下げているのか。

「無理だからな、そんなの無理に決まってる。
絶対やらないぞ」
キレ気味だったユカリは手のひらを返したように猫なで声になった。
「ねーおねがーい。もうマサしか頼れないのぉ。ねっ?」
ススス、と近寄り腕に抱きつく。柔らかい感触。
「イヤだ。」
尚も断る。すると本性を表した。

「あっそ、じゃあいい。もうアンタになんか頼まない。
その代わり社長にあのこと言うから。」
あの事とは経費を少しばかり飲み代に使ってしまったことだろう。
2万円だったし当時はたいしたことないと考えていたが、
冷静になって、犯罪を犯したのだと身が凍った。
だが、それはユカリとて同罪。
何故ならコイツと一緒に飲んだからな訳で。

「あ、あれはお前も同罪だぞ!」
「いーもーん。どうせこのツアー失敗して私クビになるし」
完全に開き直ってる。
「他に方法があるだろ?鹿児島から取り寄せたり、
今から部品集めて作ったり…」
他にも…と言いかけてユカリが口を挟んだ。

「あんたが考えたことは全部私も考えたのっ!
何よっ!あんたが困ってた時、何度助けてあげた?ねぇ!
なのに私が困っても助けてくれないなんて…」
それを言われるとなんとも返せなくなる。
小さいことから、7000万の損害を出しそうになったときまで
常にユカリが助けてくれた。

「うっ、でもお前…トルトに変身するって…
どゆことか分かってんの?
しかも10代の女子高生だろ?バレたら犯罪だぞ?
クビが飛ぶだけじゃ足らない…」
するとヘラっと笑う。
「バレなきゃいーのよ、バレなきゃ。
それにあんたも女子高生とあれやこれや出来るんだから嬉しいでしょ?」
ポンっと肩を叩かれる。

こーゆー鈍感なところとかもクソ腹が立つ。まるで自分が相手にされていないのを再認識させられる。
「…わかった。やりゃいーんだろやりゃあ」
完全にヤケクソだった。
「さーっすがっ!はい、じゃいってみよー」

「お前に言われんでも…」
そう言ってトルトに変身する。
「よっ!相変わらずお見事っ」
上からユカリの声が聞こえる。
「どうなっても知らんぞ?こんなこと上手くいきっこないんだから…」
見上げて目を逸らす。

スーツを着ているユカリが仁王立ちしながら自分を見下ろす。
膝上までのスカートから中な見えることはないが、
なんだがすごくエロティックで目を合わせられなかった。
ぜひアシを閉じて頂きたい。

「まぁ、とりあえずやるだけやってみるけど
駄目だったら紛失したとかなんとか言って途中で回収してく…えぇーー!?ぶっ」
ブツブツと下を見ながら話している最中に
頭を掴まれる。ぶわっとユカリの腰の高さまで浮き、
椅子に放り込まれたと思ったら既にユカリのヒップが自分目掛けて迫っていた。

「ま、待て!準備がまだ…」
グジャっという身体の中のビーズが移動する音。
ユカリの尻に敷かれてお尻に合った形に変形していた。
「うん、座り心地はトルトね。他の機能もまぁマサなら大丈夫でしょ」
「ゔー」
反論しようとするも、ユカリの尻に合うように顔が歪み、上手く声が出せない。

「はい!よし!もう時間ないしダンボールに詰めるわよ!」
立ち上がったユカリの尻が離れていく。
段々と自分の顔が元の形に戻るのさえ待たずすぐ様引っ掴まれた。
そしてダンボールに他のトルト同様梱包される。

「ちょと待て!やっぱ無理だっ!コレ思った以上にキツい!」
そう言った自分の言葉を聞き流し、彼女は自分をダンボールよ暗闇に押し込んだ。
「無事終わったらなんか奢ってあげるからっ」
その声を最後にして、彼女は話しかけるのをやめた。

暗闇で揺れること数時間、かなり緊張していた。
「それでは配りまーす」
というユカリの声に更に緊張を募らせる。
本当にこんなこと上手くいくのだろうか。ユカリに数秒座られただけでも
どんでもなく辛かった痛い、苦しい、辛い。
三重苦が襲いかかる。
「バレたら警察、バレたら警察」
その言葉を繰り返しながら、久しぶりに見る光に目が眩む。
そして抱きかかえられながら、決して動くまいと決意を新たにトルトになり切った。

動かない。微動だにしない。
大きな手が脇に差し込まれ、まるで赤子の様に抱きかかえられる。
それだけでも恥ずかしいのに、目の前にいたのは美少女だった。
パチリとした目に泣きぼくろ、10代特有のツヤのある肌。
鼻は高く、潤ったくちびる。化粧はほとんどしていないだろう。
それなのにこの整った顔は美少女と言わずなんと言うか。

隣にいるルリと呼ばれる女の子と話しているが、美人を鼻にかけている感じもない。
「天使か?」
そんな天使に身体のあちこちを観察される。
(ぶっ!)
急に腹を握られ、思わず声が出るのを堪えた。
そんなこんなでAI起動。
自分も三つ葉の社員であるからもちろん流れは知っている。
名前を聞かされ息を吹きかけられる。

大きな口が動いた。
「真由」
その後に熱い吐息を吹きかけられる。
白い歯、舌のりの無い赤いベロ。
それなのに息は人間臭い。やっと彼女が天使でないことを確認する。

とりあえず美少女なのは良かった。
だが、これからやらなければならないことを考えると緊張で身体が震える。
トルトのことはもちろん、この修学旅行のスケジュールもユカリと一緒に組んだわけで
全て頭に入っているからこそ、恐ろしいのだ。

真由と呼ばれる女の子の座布団として30分使われたあと、
まだ車内にいたくそバスガイドのユカリに文句を言った。