§5 大祐のよからぬ企みその1


涼しげな風が吹くこともなく、じめっとした暑さがただただ続く午後の昼下がり・・・。
まさに大祐の予想した通りの天候となり、大祐も内心驚きを隠せずにいた。
そんな最中、彩香は身支度を整えて、どこかに出かけようとする。
おそらくは、図書館などに行き、必要なデータを収集しに行くのではなかろうか。
大祐「姉貴―、どこに行くの?」
彩香「んー? 図書館に行くー。」
思いもよらない間の抜けた返答に大祐は調子が狂うものの、構わず話しかける。
大祐「あ、そうなの・・・。僕、今日は郁也の家に泊まりに行くんでよろしくね。」
彩香「へ? 泊まりなの?」
大祐「そうそう。前々から約束してたからさ。」
彩香「それは都合いいわ。私もレポートに集中できるし。充分楽しんでらっしゃいな。」
大祐「はいよ~。じゃあ、今日の夜は戸締りを忘れないでね。」
彩香「OK-。」
こうして、彩香は図書館に向かっていったのだった。
そこで、満を持して大祐は工具を片手にエアコンの室外機へと移動する。
室外機のカバーを外して、細工をすること約20~30分。
不快指数の高い環境は大祐の額から汗をほとばしらせたものの、容易く機械をいじることには成功した。
ニヤニヤとほくそ笑みながら額の汗を拭う大祐は、時計に目をうつす。
大祐「今が16時くらいだから、約10時間後に内部が故障すればいいわけだな。」
時間を確認した大祐は、家の中へと戻ると自分に必要なものを用意した。
リュックには外履きと懐中電灯にスマホ、冷たいペットボトル3本、菓子パンを入れる。
続いて、ミニチュアの街の機械一式と擬人蚊の機械、それにサイズ変換器を用意する。
サイズ変換器はこの日のために友人の郁也から借りてきていた。
ミニチュアの街を持っていくのは、念には念を入れてのことであった。
午前2時ころにエアコンが故障した際、ミニチュアを使って強制的に大祐を呼び寄せる可能性が考えられたからだ。
彩香の言う事を聞かなかった場合は、即座にあの素足で踏みつぶされることであろう。
大祐としては、その可能性を事前に潰しておきたかったのだ。
こうして、大祐は、用意した道具を部屋の中央に集め、サイズ変換器を用いて200分の1サイズに縮み、道具を丁寧に整理していた。
この時点で、大祐も油断しきっていたであろう。
計画は立てているときが一番楽しいものであり、計画を遂行中のときは自分の置かれている状況を客観視しずらいものだ。
そう、このとき、既に時間は16時30分にもなっていたのだ。
地に足が付かない状態の大祐を諌めるように、勢いよく玄関のドアが開かれる。

ガチャッ、バターン!

彩香「あれっ、鍵が開いてる・・・。大祐、いるのー?」
図書館に行っていた彩香が帰宅したのだ。
しかも、玄関のドアに鍵をかけ忘れるという失態。
大祐の気持ちが明らかに浮ついていることの表れであった。
大祐「しまった!怪しまれ・・・。」

ズッズウウウン!!

大祐の言葉を遮るように凄まじい床から突き上げるような重低音が周囲に響き渡る。
彩香の巨体は見えていないが、靴を脱いで廊下に片方の足を着地させたのであろう。

ズウウウン!!

大祐「うおわっ!!」
重低音が2回響いたということは、彩香の巨体が廊下に君臨していることを意味する。
微小サイズの大祐は慌てて床の道具をリュックに詰め込み、ベッド下目がけて走り出した。
大祐のいる位置は部屋の中央付近だったため、ベッド下までは約1m程度ある。
200分の1サイズの大祐からすれば、距離にして200mはある。
基本的に30秒も走れば、小さな大祐でもベッド下に潜れる距離である。
しかし、部屋の外には巨大な彩香がいるのだ。

ズシイイン!!
ズシイイン!!
ズシイイン!!

大祐「うわあああ。姉ちゃん、歩かないでくれっ!!」
彩香が踏み出す1歩は、小さな大祐がいる部屋の中の地面を小刻みに揺らす。
彩香を震源とする地震のおかげで大祐もまともに走ることができない。
ろくに部屋の中央付近から移動ができない大祐は、焦りを感じ始めていた。
彩香「もしかして、大祐、部屋の中にいるのかな?」

ガチャリ。

大祐の部屋の扉が開け放たれると、廊下にいる巨大な彩香の全容が明らかになった。
やがて、彩香の右足が横にスライドし、左足が部屋の中へと侵入し始める。
左の巨大な素足が作り出す影に大祐は思わず息を呑みこむ。
微小な大祐からすれば、自身の24倍もの巨大な素足が出現し、床へ落下し始めているのだ。

ズッズウウウン!!

大祐「ぐわあああっ!!」
廊下の着地とは比較にならない衝撃が大祐を襲う。
やがて、もう一つの素足が部屋の中へと入りこむ。

ズッズウウウン!!

とうとう、彩香の巨体は大祐の部屋の中へと入りこんでしまう。
部屋の中央付近にいた大祐は、その身を隠せることなく巨大な彩香と対峙してしまったのだ。
大祐は彩香の上半身を見上げるも、あまりの圧倒的なサイズに言葉を失っていた。
彩香「部屋の中はキレイになってるか・・・。出かけたんだろうけど、鍵はかけてくれないとな・・・。」
巨大な彩香は、大祐の部屋の中をじっくりと分析していた。
彩香の足下にいる大祐は、とにかく気づかれないようにゆっくりとゆっくりとベッド下へと移動していた。
大祐は視線を巨大な彩香の素足に向けたまま、後方へと下がっていっていたのだ。
彩香「さてっと、レポートでもやるかなあ~。」
両方の手で頭を抱えた彩香は、ズシズシと質量感の溢れる足音を周囲に振りまきながら部屋を後にした。
彩香がリビング方向に向かったことを確認すると、大祐は腰が抜けたようにその場に座り込んでしまった。

大祐「プハァッ・・・、危なかった・・・。」
一歩間違えてたら彩香に見つかり踏み潰されていたかもしれない状況に、ようやく冷や汗が体を伝い始める。
大祐「油断大敵だった。気ぃ引き締めていこう。」
大祐は気持ちを新たに彩香の巨体散策を行う決意を固くした。
こうして大祐は、200分の1サイズのままベッド下に潜り込み、時が成就するのを待っていた。
一方は、彩香は、データの整理と分析を実直に続け、着々とレポートの作成を実施していた。
黙っていても汗が滲んでくる暑さの厳しい夜の中、大祐はひたすら待ち続けていた。


(続く)