§10 大祐のよからぬ企みその6 ~彩香の胃の中へ~



彩香の唇に咥えられた中指の先には、彩香の分泌液に捕縛されている小さな大祐が付着している。
彩香は中指を咥えた程度でしかないため、外からの光が上唇と下唇が合わさった隙間から漏れていた。
そのため、彩香の広大な口内を否が応にも見せつけられたのだった。
虫歯ひとつない白い歯が整然と並んでおり、その周囲を暗めの赤色の粘膜が取り囲んでいる。
粘膜は、彩香の唾液で濡れているためか、所々光が反射しているように見える。
と、次の瞬間、大祐の優雅な鑑賞は、ここで唐突に終了する。
2万分の1サイズに縮んだ0.4㎜程度の大祐は、ここで新たなる危機に直面したのである。
大祐の周囲を、別の赤色の物体が覆ってしまったのだ。
そう、彩香の巨大な舌である。
緩やかな曲線を描きながらも高低差を感じる彩香の舌は、さながら台風などで時化ている海を彷彿とさせる。
彩香の舌は、何の躊躇もなく、ねっとりと中指を包み込む。
同時に中指の先端付近についていた大祐は、分泌液ごと舐めとられてしまう。
彩香の分泌液ごと巨大な舌に舐めとられた大祐の周囲を、種類の違うねっとりとした液体が襲う。
これは、おそらく彩香の唾液のはずである。
酸味のある濃密な分泌液を拡散させるべく、彩香の唾液はとめどなく量産される。
しかも、口内だからなのか空気も蒸し暑く、呼吸も息苦しい。
大祐の周囲はあっという間に彩香の唾液に覆われ、蠢く舌の動きに呑まれてしまう。
大祐「グフォッ、ガハッ・・・、ねえちゃん!! たすけて・・・」
彩香の唾液が大海原のように襲い掛かり、大祐の生命も風前の灯となっていた。
懸命に擬人蚊の羽をはばたかせようと試みるも、唾液の粘着質な水分がその動きを止めてしまう。
なす術もなく、大祐は彩香の口内を喉の方向へと追いやられていく。
大祐「ねえちゃんっ!食べられちゃう!!」
ゴクリ
彩香の喉がひときわ高く音を鳴らす。
たかだか0.4㎜しかない大祐は、そのまま彩香の唾液と共に胃へと落下していったのであった。
彩香「はぁ・・・、なんか落ち着かないな・・・。」
弟の大祐を軽々と飲み込んでしまったことに気付くこともなく彩香はそのまま横になった。

一方、小さな大祐は必死に抵抗するも、彩香の食道の蠕動運動に敵うこともなく、着実に胃へと運ばれつつあった。
0.4㎜しかない大祐は、猛烈に焦りを感じていた。
この超微小サイズでは、下手をすれば、胃に到達した瞬間に体の一部が溶けてなくなってしまうのでないのか。
いや、むしろ、彩香の胃液が協力すぎて体全体が瞬時に蒸発してしまうのではないか。
そんな負のイメージが大祐を襲い、大祐は猛烈に擬人蚊の羽を動かそうと試みていた。
幸い、食道の動きによって、彩香の唾液や分泌液などは広がり、大祐が溺れる心配はなくなっていた。
ドクン、ドクン。。。
胃へと運ばれる途中、彩香の心音がひときわ大きく聞こえてくる。
彩香の体内にいることをまざまざと体感させられるのと同時に、大祐は自らがいる位置も理解することができた。
心臓周辺を通過したということは、もはや胃が間近に迫っているはずである。
大祐「くっ、何とか脱出しないと!!」
大祐が、食道壁に手をかけて勢いを止めようとするも、蠕動運動によって軽く受け流される。
足で突っ張ろうとしても、彩香の唾液がぬるぬると絡みつき、踏ん張りがきかない。
もはやどうすることもできない状態になっていた。
そして、とうとう胃への入り口である噴門に到達してしまう。
噴門に刺激があったのか、すぐさま胃への入り口は緩められ、勢いよく唾液や分泌液にまみれた大祐は胃へと吐き出される。
大祐はこの瞬間を逃さなかった。
彩香の体内にいたため光もなく、自身が置かれている状況は手や足やらの感覚でしか理解できなかったが、噴門の小さな通り道を抜け、体が解放されている感覚を感じている。
間違いなく、大祐は彩香の胃に到達したと確信を持ち、持てるだけの力で羽をはばたかせる。
視界が開けていないものの、大祐は宙を浮いている感覚を覚える。
その1・2秒後、ピチャピチャと音が響く。
これは、彩香の唾液や分泌液が胃壁に落下した音であろう。
大祐「た、助かった・・・。」
大祐は、背負ったリュックからライトを取り出そうとする。
しかし、突如として大祐の体が落下を始めたのだった。
大祐は、大急ぎで羽をはばたかせようとするが、羽のある感覚がない。
大祐「10分経過したのか!?」
どうやら、10分を経過し、擬人蚊の効果が切れてしまったようである。
このままでは、胃液の海へ真っ逆さまに落下することとなり、間違いなく即死となるであろう。
大祐は、必死で宙をもがくも、重力に逆らうことなどできるはずもなく、そのまま胃壁へと落下してしまった。
大祐「うわああっ!!」
ピチャッ。バシャッ。
胃壁に落下した大祐は、胃液の海を想像していたが、海どころか水たまりのような深さの液体に下半身を濡らし、半ば呆然としていた。
しかし、胃液であることには変わらないため、急いで立ち上がり、リュックからライトを取り出し周辺を照らしてみた。
大祐「あ、そうか。擬人蚊の効果が消えたから、僕の体も少しは大きくなったのか。」
擬人化の装置を使って200分の1のサイズ、サイズ変換器を使って100分の1のサイズと2段階に縮小していたため。今の大祐は100分の1サイズに戻っていたのである。
約2㎝程度の大きさに回復した大祐は、即死を免れたものの、黙っていれば彩香の胃液によって消化されることには変化がないのであって、死へのカウントダウンが多少引き伸ばされただけなのである。
彩香の広大な胃の空間の中で、大祐は次に起こすべき行動を慎重に考え始めたのであった。


(続く)