§2 興奮と恐怖と

現実に戻った大祐は、居間で彩香と2人で夕食を食べた。
彩香「ねえねえ、あのミニチュアってすごいわねぇ。」
大祐「えっ・・・。う、うん、確かにすごいよね。」
彩香「ご飯食べ終わってから、もう一度そのミニチュア見せてよ。」
大祐「ああ、別にいいよ。」
どうやら姉の彩香は、ミニチュアに興味を持ったようだ。
まさか、そのミニチュアの中に縮小した大祐がいたなどと夢にも思っていないであろう。
大祐は複雑な心境でご飯を食べていた。

やがて、彩香は大祐からミニチュアを借りて、自分の部屋へと持ち帰った。
大祐「なるべく早く返してよ?」
彩香「わかってるって~♪」
彩香は、ミニチュアの街を抱きつつ、急ぎ足で部屋に戻った。
部屋に戻った彩香は、ニコニコと微笑みながらミニチュアを設置した。
彩香「え~っと、起動のボタンはこれだったっけ?」
彩香は何個かのボタンを無作為に押した。
すると、ミニチュアは起動をはじめ、再び整然と街並みが完成した。
彩香「うわぁ・・・、何度見ても凄いわ。」
ゆっくりと街全体を見終わった彩香は、徐々に町を破壊したい衝動に駆られ始める。
彩香「このミニチュアって確か何度でも再生するんだよね~。」
彩香は興奮を抑えきれずにミニチュアのビルを指で弾いたところ、ビルはいとも簡単に崩落してしまった。

その頃、大祐はベッド上で揺れる頭を正気に保とうと必死だった。
何故かはわからないが、寝起きのような状態で、大祐の意識はボンヤリとしていたのだ。
しかし、次の瞬間、大祐は現実に戻る。
ドゴォォン!!!
凄まじい轟音が外から響き渡ったのだ。
大祐「な、何だ?」
急いで大祐が部屋の窓を覗くと、夜のはずなのに辺り一面が明るい。
しかも、はるか遠方で巨大な人の指が街のビルを破壊していたのだ。
大祐「ええっ!? どういうことだ?」
大祐は自室を出て、勢いよく彩香の部屋の戸を開く。
案の定、彩香の姿がない。
どういう事情が分からないが、大祐はミニチュアの街に入ったようだ。
とにもかくにも、大祐は着の身着のままで家の外を出た。
外は阿鼻叫喚の様相で、物凄い勢いで人々が逃げ出していた。
大祐「うわっ、どうしよう・・・。」
今後の動向に悩んでいた大祐の周囲が暗闇に覆われる。
なんと、上空を彩香の顔が占拠したのだ。
そして、街中に大轟音が響き渡る。
彩香「ミニチュアの街の皆さん!」
上空の彩香の口が声を発する。
恐ろしいまでの大きな音量に大祐は思わず耳を塞ぐ。
近所の人たちも不安そうに上空を見上げている。
いったい、この巨大な人間は何をしようとしているのか、皆怪訝そうに上を注視している。
彩香「皆さん、私の足の裏を見てね。」
やがて、巨大な彩香の顔は遠のき、変わって巨大な彩香の足の裏が2つも出現した。
大祐は、この状態でも興奮冷めやらぬ状態であったが、彩香が何を考えているかわからず、ただ上空を仰いでいた。
彩香の両方の足の裏は、軽くミニチュアの街の半分を覆い尽くしていた。
大祐も、巨大な素足が作り出す影の中にすっぽりと入っていたのだ。
すっかり油断していた大祐に向かって、彩香は非常な言葉を発する。
彩香「では、これから皆さんを踏み潰します。」
街の住民全員に突然の死刑宣告が上空から浴びせられたのだ。
大祐「はあぁっ!?」
大祐は急いで家の近くに置いてあった自転車に飛び乗り激走した。
大祐「姉貴のやつ、何考えてるんだ!?」
怒りに満ちた大祐の形相も、後方に見られた光景でみるみる青ざめていった。
彩香の足の裏が5階建てのビルのすぐ真上に設置され、いつでも落下できる体勢になっていたのだ。
大祐の前方は、彩香の巨大な足の指が5つもそびえ、地上にその影を暗く落としている。
このままでは、彩香によっていとも簡単に踏み潰されてしまう。
大祐の自転車はさらに加速する。
彩香「それでは、5、4、3・・・」
上空から死のカウントダウンが聞こえてきたものの、何とか、影から抜け出すことができた。
大祐が充分に危険区域から離れたと判断した次の瞬間、
彩香「2、1・・・」
ズドーン!!
猛烈な衝撃が大祐の後方から襲う。
おそるおそる目を開けると、街に大きな素足がめり込んだ状況を目にすることができた。
自転車から降り、その場にへなへなと座り込んでしまった。
あまりにも無力な自分に呆然としたのち、眼前の巨大な素足に徐々に苛立ちが込み上げてきた。
大祐「何するんだよー!!姉貴のばかー!!!」
大祐は、目の前の彩香の足の指を蹴り上げた。
ギロッ!
大祐は、この小さな叫びや行動など彩香に届くはずはないと考えていた。
しかし、大祐が蹴った瞬間、彩香の巨大な瞳はしっかりと小さな大祐を捕縛していた。
彩香「なぁに、こいつ? 私に向かって勇気あるわねぇ・・・。」
次の瞬間、彩香は一気に勢いをつけてその場に立ち上がった。
大祐は言葉を失ってしまった。
高さにして、60~70mはあるだろうか。
巨大な彩香は、腰に手を当て、仁王立ちで小さな大祐を見下ろしている。
今の大祐は、彩香にとってあまりにも無力だ。
やがて、彩香の巨大な素足がゆっくりと持ち上がる。
街の中央部分には彩香の足の形がくっきりとついていた。
しかも、粉々に粉砕された建造物、ベッタリとミンチにされた人間、もう言葉では表現するのも難しい状況だった。
彩香には、この惨劇が見えているのだろうか。
大祐が眼前の光景に息を呑んでいると、突然周囲が暗くなった。
彩香「さよなら、小人さん」
彩香が言い終わると同時に、巨大な素足が小さな大祐めがけて落下してきたのだ。
大祐の7~8倍近くもある巨大な素足は、大祐をプレスしようと猛接近する。
大祐は、全速力で巨大な素足が作る影から逃げ出す。
ズシーン!
ガシャーン!
巨大な素足は大祐の自転車もろとも地面に振り下ろされた。
彩香にとって、足もとの自転車などハリガネでできたおもちゃくらいにしか見えていないであろう。
再び、巨大な素足が大祐めがけて持ち上がる。
大祐「う、うわあ!!」
ズシーン!
ズシーン!
彩香は、容赦なく眼下の大祐に自身の足を踏み下ろす。
彩香の足のサイズはたかだか24cmしかなく、一般的な女性のサイズでしかない。
しかし、3~4cm程度しかない今の小さな大祐にしてみれば、充分驚異的だ。
ズシイイン!!
ひときわ力強く彩香の素足が振り下ろされる。
大祐「うわああ!!」
大祐は、その場に倒れこんでしまった。
彩香「チョロチョロと逃げ回って・・・!」
彩香「今度こそ!」
地面に倒れた大祐めがけて、彩香の巨大な足の裏が迫る。
もう生きた心地がしない大祐は、必死に汗やら涙やらをふいていた。
そのとき、ユーザーベルトが巻かれた腕に気が付いた。
大祐「あっ!! そっか!!」
大祐は意識を取り戻すと、ベッドから起き上がりタオルで汗を拭った。
一歩間違えれば彩香に殺されかねない状況だったことに改めて大祐は身震いしていた。

彩香「あら、どうしてそんなに汗まみれなの?」
大祐「うわあ!!」
彩香「えっ、どうしたのよ?」
大祐「いや、なんでもない・・・」
彩香の突然の来室に、大祐は戸惑いを隠せないでいた。
彩香「しかし、このミニチュアは実に精密に作られてるわ。」
大祐「そうでしょ? すごいよね。」
彩香「ほら、見て。この車。」
そう言うと、彩香は、自身の華奢な親指と人差し指に軽々と摘ままれた黒の乗用車を差し出した。
彩香「運転手もいるの。ここまで再現されてるのね。」
しかし、大祐がよく見てみると、乗用車の中の運転手は、必死に手を組んでいて命乞いをしているようだった。
大祐「姉貴、解放してあげなよ。」
彩香「え、なんで。」
大祐「だって、運転手が可哀想だよ。」
彩香「えー、ミニチュアでしょ、これ?」
次の瞬間、彩香は黒の乗用車を手放した。
これ幸いと、黒の軽乗用車は急発進で逃げようと試みていた。
すると、あろうことか、その黒の軽乗用車の上に彩香は自分の足をかざした。
ズン!
そして、充分な質量を有する自分の大きな足を乗っけてしまったのだ。
ミシッ、ミシッ・・・。
彩香が体重をかけているのだろう。
黒の軽乗用車からは不気味な破壊音が聞こえてくる。
彩香「ふう、やっぱり壊れないわね。」
彩香が諦めて自分の足をどかすと、軽乗用車の運転手が猛ダッシュで逃げ出していた。
おそらく、車は諦めて、自分の命を優先したのだろうか。
大祐「姉貴、運転手・・・」
彩香「こいつめ!」
ズシッ!
ビチャッ!
力強い一歩と共に、鈍い音が響く。
大祐は思わず興奮してしまった。
彩香の一歩が、いともたやすく運転手を踏み潰したのだ。
彩香「あらあら、大丈夫かしら・・・。」
棒読みにも聞こえる彩香の声に、大祐はドキドキしていた。
そして、彩香が足を上げると、そこにはペチャンコになった小人が佇んでいた。
彩香はそれを無造作につまむと、ゴミ箱に投げ捨てた。
彩香「それにしても、大祐はこんなミニチュア買ってどうする気だったの?」
大祐「ええっ・・・!!」
先ほどの姉の行動に性的興奮を覚えた自分がよもやサイズフェチであることを口にすることなどできず、しどろもどろに返答してしまった。
大祐「あ、うん。ほら・・・、ミニチュアが、好きだしね(?)」
彩香「??? そうだっけ? まあ、いいけどね。」
程なくして、彩香が大祐の部屋を立ち去った。
姉の彩香の凄まじさを体感させられた大祐は、興奮とともに恐怖感を抱き、その日は眠りについた。