§3 策士・彩香の演出

翌朝、大祐は授業を受けるために予備校へと向かった。
姉の彩香は、あのミニチュアが気に入ったようで、もう少し貸してほしいと言ってきた。
再び、殺されかねない状況に至るのはたまらないため、大祐はユーザーベルトを置いた状態で貸すことにした。

彩香「さて、まずは説明書をしっかり読まないと。」
一方、大学の授業が休みになった彩香は、ベッドに横になって分厚い説明書を隅々まで読みあさった。
小一時間は経過しただろうか。
彩香が淹れた紅茶も3分の2はなくなっていた。
彩香「へえ・・・、あいつ、自在にミニチュアに入れるんだぁ・・・。」
大祐以上にミニチュアの操作方法を熟知した彩香は、早くミニチュアの街を操作したい衝動に駆られていた。

彩香「ミニチュアのサイズも変えることができるのね。」
彩香は手慣れた手つきで、早速ミニチュアの街を操作した。
彩香の目の前には、見覚えのある住宅街が出現する。
これは、大祐の意識に基づいて作られた街である。
彩香はさらにミニチュアの街の操作を続ける。
すると、ミニチュアの街はグングン小さくなり、米粒ほどの住宅がびっしりと敷き詰められていた。
彩香「あらぁ~、こんなに小さくなるんだ。」
よく目を凝らして見ると、さらに小さい黒い粒がいろいろな方向に移動している。
彩香「黒いのは、ヒト・・・? いや、車だわ・・・。」
再び、彩香が街を操作すると、今度は、ドールハウスのような大きさの家が彩香の目の前に出現した。
彩香「うわあ、これって私の家じゃない。」
大祐の意識に基づくため、当然基本は大祐も彩香も住んでいる家になる。
改めて、ミニチュアの街の精巧さに彩香は驚いていた。
さらに彩香は操作を続ける。
今度は、大祐の部屋をはじめとする2階の部屋がミニチュアいっぱいに広がる。
しかも、大祐の部屋にある机、ベッド、本棚まどすべてが精密に再現されている。
彩香「ふぅ~ん、なかなかすごいじゃない、この街」
ひとしきり操作を終えた彩香は小さい街並みを眺めながらニヤニヤ笑っていた。
しかし、ここで一つの疑問が彩香に浮かぶ。
彩香「大祐がこのミニチュアを購入したのは何故かしら・・・。」
彩香がふと目を下ろすと、小人たちが一斉に見上げ、何かを言っているようだった。
彩香「あぁ~、巨大な私とかを真下から覗くためだな・・・。」
彩香「よし、サイズフェチの人に少しだけ力を貸してあげようかしら・・・」
そう言うと、彩香は大祐がいるであろう予備校にミニチュアを移動させた。

チャラララ~♪
大祐の携帯電話から着メロが鳴り響く。
大祐は急いで予備校の教室を出てトイレへと駆け込む。
電話の相手は彩香だ。
大祐「なんだよ・・・、姉貴からか・・・」
と、次の瞬間、大祐の意識が朦朧となる。
(ん?何だ、眩暈か?)
そして、そこから大祐の意識は遠のいた。

大祐「ううぅ~ん・・・」
大祐が気が付くと、そこには広大な空間が広がっていた。
足下は、板張りというかフローリングのような床である。
ゆっくりと上体を起こし冷静に考えても、ここがどこかよくわからない。
バターン!!
突然の轟音に思わず大祐はしゃがみこむ。
大祐がゆっくりと音の出た方向を振り向くと、何と巨大な彩香が聳え立っていたのだ。
大祐「え、ええっ?!」
しかも、昨日とは明らかにサイズが異なる。
少なく見積もっても100m近くはあるようだ。
彩香「あれ~? 床に何かいるわね・・・。」
彩香の目は、間違いなく自分をとらえている。
そう確信して、彩香の巨大な素足に目をやると、素足の周辺に自分以外にも小さい人間がいることを確認した。
その小さい人間たちは蜘蛛の子を散らすように、懸命に逃げていた。
大祐「こ、これは、いったい・・・?」
大祐は、ますます自分の置かれている状況が飲み込めない。
ミニチュアの街にしては、家もビルもない。
ましてや、これほど巨大な彩香がいるなど理解にも苦しむ。
状況が飲み込めずに動けなかった大祐に彩香が口を開く。
彩香「もう、またアリが入ってきたのねー。」
そう彩香が言った瞬間、小さい人間たちの上空に彩香の巨大な足がセットされた。
彩香は小さい人間たちに向かって確かに「アリ」と言い放った。
そして、目の前の状況を考えると大祐は少しずつ血の気が引いていった。
大祐「え・・・、まさか・・・。」
大祐がにらんだ通り、彩香はその小さい人間たちに向かって足を振り下ろした。
ドスゥゥン!!!
大祐「うわあああ!!!」
大祐は、一目散に振り返り、巨大な彩香から離れようと試みた。
ドスゥゥン!!!
ドスゥゥン!!!
ドスゥゥン!!!
次々に爆音が後方から響く。
おそらく間髪入れず彩香が足を振り下ろしているはず。
逃げ出している大祐に向かって、さらなる衝撃が走る。
彩香「あら。1匹逃げ出したわね。ちょっと、待ちなさいよー。」
ズシィィン!
何と、巨大な彩香に気づかれてしまったのだ。
大祐は、脇目も振らずとにかく走り続けた。
彩香「生意気なアリねぇ。ベッタリと踏んづけてやるんだから!」
大祐「えぇえっ!?」
ズシィィン!
ズシィィン!
後方から物凄い地響きと衝撃が迫ってくる。
命がけで逃げ続ける大祐は、徐々に逃げる先が狭まっていることに気が付いた。
横方向は巨大な本の山が積まれており、逃げる方向は一方向しかなかった。
ズシィィン!
それでも、彩香から逃れるため、懸命に走り続けた。
しかし、とうとう行き止まりになり、周囲を本の山が覆っていた。
思案に暮れる大祐の周囲が暗くなった。
大祐「うわあああ!!」
ズシイイン!!
大祐のサイズにして10倍以上もの大きさを有する巨大な素足が真横に着地したのだ。
彩香「逃がさないわよ!」
このままでは、彩香に踏み潰されてしまう。
大祐は懸命に周囲を見渡した。
そのとき、本と本の隙間を通れることに気が付いた。
大祐は、死に物狂いでその隙間を目指した。
彩香「あっ!待ちなさい!!」
本と本の隙間は白い大きな布状のもので覆われていた。
大祐は身を隠す一心で急いで、その白い布が作り出す空間に身を潜めた。
ズシーン、ズシーン。
巨大な足音が大祐の周囲で響いていた。
大祐は白い布の中で息を殺しながら状況を見守っていた。
彩香「まあ、いいわ。さて、靴下を履こうっと。」
その瞬間、彩香の巨大な手が一気に白い布上のものを掴んだ。
大祐「うわわわっ!!!」
大祐はゴロゴロと転がって、その空間の最下層まで落ちていった。
最下層の部分は、袋状になっておりかなり足の臭いが充満していた。
この白い布上のものが靴下だったとは夢にも思わず、大祐は痛恨の声を上げた。
このまま彩香に靴下を履かれれば、間違いなく大祐は圧死する。
大祐は、無我夢中で靴下を登ろうと試みるが、足場が悪いことも手伝ってなかなか上には進まない。
そうこうしているうちに、上空に巨大な爪先が出現した。
大祐「あ、姉貴・・・。」
大祐は腰を抜かしてしまった。
このままでは、間違いなく彩香に殺される。
そう考えると、必死に上空に向かって叫び続けた。
大祐「あ、彩香姉ちゃんー!!! 待って、助けてー!!」
(そろそろ解放してやるか・・・。)
彩香は、本の山の影に隠してあったミニチュアの街を操作した。
靴下の奥深くまで確認したが、小さな大祐どころかゴミひとつなかった。
彩香は、自分の作戦が成功したことに笑いがこらえきれずにいた。

彩香「ああ、面白かった。あいつ、今頃どうしてるんだろ・・・。」
彩香は、自分の部屋を片付けながら今の出来事を回想していた。

まず、彩香はミニチュアの縮尺を変え、大祐の部屋を設定した。
次に、ユーザーベルトを身に着けていない大祐のため、大祐が今いると思われる場所を座標で入力する。
しかし、ミニチュアに大祐は現れない。
そこで、彩香は大祐に電話を掛ける。
おそらく大祐がいる場所は、予備校のどこかの教室。
電話をかければ、1階にあるであろうトイレへと移動するはず。
電話を掛けながら、再度大祐がいるであろう座標を入力。
すると案の定、大祐はミニチュアに出現した。
小さくなった大祐は意識がない状態のため、そっと手でつかみ上げる。
片手で収まるほどの大祐に、彩香は不敵な笑みをこぼす。
やがて、部屋をセッティングし終わると、ミニチュアの縮尺を変えて大祐をさらに縮める。
この段階で、大祐は彩香の指で摘まめるほどの小ささ約2cm位になっている。
彩香は、その小さい大祐を床に置き、自身は部屋の外へと待機する。
そのとき、あらかじめミニチュアからつかみ出しておいた十数人の小人たちも床の上へと置いておいたのだ。
やがて、小さい大祐が目を覚ます。
彩香は部屋のドアを開け、これ見よがしに力強く床を踏みしめる。
小さい大祐は振り返り、事の一部始終を見て大慌てで彩香から逃げ出す。
さらに恐怖感を植え付けるために彩香は床をドスンドスンと力強く踏みつける。
やがて、計算通り小さい大祐は、朝脱いだ靴下の中へと逃げ込む。
それを見越して、小さい大祐を潰してしまわないように靴下を履くといったところだ。

彩香の計算通りに事が運んだものの、意識を取りもどした大祐は、予備校のトイレの中で必死に考え抜く。
しかし、どう考えても事の顛末がわからない。
ユーザーベルトがない状態で何故に小さくなったのか。
しかも、ミニチュアの街がどこにもなかったことにも理解が回らない。
大祐は、首を傾げながら予備校の教室に戻った。