§4 彩香の誤算

大祐「ただいまぁ~」
予備校から帰ってきた大祐はへとへとになっていた。
先ほど体験した奇妙な出来事が自分の中でも消化できず、妙に頭を悩ましているからだ。
自分の部屋にバッグを置いてから彩香の部屋に向かった。
大祐「姉貴~! ミニチュアの街、返してよ~。」
大祐が彩香の部屋を開けると、ちょうど彩香はベッドに横になって眠っていた。
Tシャツに短パンというラフな姿で眠っている彩香を見て、大祐は少し顔が緩んだ。
少し目線をずらすと、彩香の足が無造作に伸ばされ、足の裏を覗ける格好になっていた。
改めて彩香の足の裏を覗きこむ。
体温が高いのか、足の裏全体が赤みがかって汗ばんでいた。
(さっき、この足の裏に潰されかけたんだよなあ・・・)
そんなことを考えているうちに大祐は少し呼吸が早くなった。
そして、横になっている姉貴を尻目に大祐はミニチュアを探し始めた。
大祐「しかし、姉貴はミニチュアをどこに置いたんだろう?」
しばらく探していたとき、再び大祐の意識は遠のいた。

一方、彩香は、大祐が自分の部屋に来ることを予見していた。
大祐が先ほど感じた体験からすれば、自然と事の詳細の確認をしたくなるとふんだのだ。
彩香の予想通り、大祐は部屋を訪れそのまま物色を始めた。
女の子の部屋を勝手に探し回ることに多少の苛立ちを覚えた彩香ではあったが、そのままタイミングを計っていた。
そして、大祐が後ろを向いた時を狙って、素早くベッド下に隠してあったミニチュアを操作したのだ。
彩香「さぁて・・・、今度は・・・。」
しかし、彩香に誤算があった。
なんと、ミニチュアを操作した途端、部屋にいた大祐が意識を失い倒れかかってきたのだ。
彩香「ちょ、大祐! どうしたのよ?」
大祐を抱きかかえながら、彩香はこのとき初めて気が付いた。
彩香「あ、本体は残るのね・・・。精神(?)みたいなものがミニチュアに行くのか・・・。」
ひとまず、彩香は大祐の本体を大祐の部屋のベッドへと移動させた。
続いて、彩香はミニチュアから2cm程度の大祐を取り出し、床に置いた。
彩香「どうしよっかなぁ・・・。」
そのときであった。

ピンポーン

彩香「あらっ、誰かしら。」
来客を告げる呼び鈴が鳴ったものの、ミニチュアの大祐をそのままにするわけにもいかない。
彩香は小さな大祐をひとまずトイレにあるスリッパの中に隠した。

ピンポーン

再び呼び鈴が鳴る。
彩香「はーい。どうぞー。」
典子「ごめんください。」
彩香「あらー、典子ちゃん。いらっしゃい。」
伊藤家を訪問したのは、大祐の幼馴染である柳田典子(やなぎだのりこ)であった。
大祐の1歳下の18歳で、セミロングヘアーで背が大きく、バスケットボール部に所属している高校3年生だ。
典子「大祐くん、いますか?」
彩香「いや、いないけど・・・、どうしたのかしら?」
典子「宿題を教えてもらう約束なんですよ。おじゃましまーす。」
彩香「ええっ!? ちょ、ちょっと・・・。」
困惑する彩香をよそに典子はそのまま大祐の部屋へと向かった。
このまま行けば、意識を失っている大祐と直面し、大騒ぎになる。
彩香「あ、いや、待って。」
典子「ん、どうしたんですか?」
大祐の部屋の付近まで行った典子は歩みを止める。
彩香「と、とりあえず、リビングで待ってくれる?」
典子「はい、わかりました。」
彩香(やばい! 今のうちに、ミニチュアの電源を落とさなきゃ!)
彩香は、典子をリビングに誘導してから、自室に戻ろうとした。
典子「あ、でも、トイレ借りますね。」
彩香「いぃっ!? ちょっと待って!」
典子は勢いよく、大祐の部屋の隣にあるトイレのドアを開ける。
そして、スリッパを履くため、その大きな26cmもの右の素足を持ち上げた。

大祐「うぅ~ん・・・。」
大祐の記憶はまたも途切れ途切れになっている。
しかも、先程まで彩香の部屋にいたのに、今度は床がやや硬い広めの平面に投げ出されていた。
大祐「こ、これはいったい・・・?」
ズズウゥゥン!!
困惑する大祐の真横で、とてつもない轟音が響く。
慌てて、大祐が音の出た方向を見ると、なんと巨大な素足が自分のいた平面と別の平面を押し潰して鎮座していたのだ。
加えて、その素足からはむわっとした足のにおいが充満していた。
大祐「お、おえぇ~。な、何だ、これは?」
ズザザザッ!!
やがて、その巨大な素足は平面を押し潰しながら、真横の空間を占拠した。
しかも、踵部分がはみ出している。
よほど、大きな素足の持ち主なのだろう。
大祐が、その持ち主の顔を見ようと上空を仰いだ。
しかし、時同じくして、大祐目掛けてその大きな素足が大祐を踏み潰さんと猛烈な勢いで落下してきたのだ。
大祐「うわあああ!!」
大祐は大急ぎで素足と逆方向に走り出す。
ズズウゥゥン!!
大祐のすぐ後ろに巨大な爪先が着地する。
彩香の素足と異なり、すらっとした指が5本綺麗に揃っていた。
この素足の持ち主は、人差し指が長く、指だけでも軽々と大祐を飲み込めそうな迫力をもっていた。
しかし、このままでは、この巨大な素足にひねり潰される。
そう思っていた大祐の意識が再び遠のく。

彩香「はぁ、はぁ、はぁ・・・。間に合った・・・。」
間一髪、彩香は自室に戻り、ミニチュアの電源を落とした。
トイレ内の典子からは何も悲鳴は聞こえないところをみれば、大祐は潰されずに済んだのだろう。
そうこうしているうちに典子がトイレから出てきた。
典子「あぁ、すっきりした。あれ、息を切らしてどうしたんですか?」
彩香「な、なんでもない・・・。」
さすがの彩香もこの一件には反省し、ミニチュアを使うときは周囲に誰もいないことを確認してから使おうと固く心に誓った。
そして、事情も全く分からない大祐は、その後目を覚まし、何事もなかったように典子に宿題を教えていた。
ただ、大祐は、終始どこか納得がいかない憮然とした表情で、機嫌はすこぶる悪かったようだ。