§5 九死に一生を得る

ミニチュアを購入してから3日目。
大祐は、寝ぼけ眼の状態で予備校に向かった。
ミニチュアの街を購入してから、どうも体調がすぐれない。
ボーっとしている大祐に向かって元気のいい声が浴びせられる。
絵美「おっはよう! っと、どうしたの?」
大祐「あぁ、絵美ちゃん。実はこの頃、よく眠れなくて・・・」
大祐に気軽に話しかけたのは、同じ予備校に通う佐藤絵美、19歳の女の子だ。
大祐と同じクラスで、春から席が前後となり、何かと話すようになった。
絵美「大丈夫? 顔色悪いわよ。」
肩にかかるかくらいの栗色の髪の毛がふわっと舞い、心地よい香りが大祐に届く。
大祐「だいじょぶ、だいじょぶ。今日は金曜日だし、何とか乗り切るさ。」
確かに大祐は寝不足であったものの、絵美との会話で多少なり癒されていた。

予備校の授業が始まる。
大祐は、眠気を抑えつつ懸命に講師の話を聞き、ノートを取っていた。
やがて、大祐の眠気はピークを迎え、大祐は目線を下に落とした。
大祐は、一瞬目が覚めるような思いを感じた。
前に座っている絵美がサンダルを脱ぎ、右足を左足の後方に組み、足の裏が丸見えになっていたのだ。
大祐(おぉ、絵美ちゃんの足の裏なんて初めて見るなあ)
大祐はいつしか絵美の足の裏に見入ってしまっていた。
よく見てみると、絵美の脱がれたサンダルの上に小さいアリが登っているのを確認できた。
大祐(ああ、危ないなあ。絵美ちゃんに潰されるぞ・・・)
アリのサイズはだいたい5~6㎜ほどである。
それに対して、絵美の素足は少なく見積もっても23cmはある。
小さいアリからすれば、40倍近くもある巨大な素足が上空でブランブランと揺れているのだ。
この光景だけで、大祐は興奮してしまっていた。

そのとき、携帯のバイブが大祐に振動を与える。
こんないいときに誰からかと携帯を見ると、彩香からであった。
『今日は何時に帰ってくるの?』
特にどうでもいい内容であったため、適当に返事をする。
『今日は5コマ目まであるよ。夕方まではかかる。』
すぐさま、大祐は彩香にメールを返す。
しかし、彩香からメールは返ってこなかった。
やがて、大祐が絵美の足もとに目をやると、絵美の素足はサンダルに収まっていた。
(!? あれっ、アリはどこにいったんだろう?)
大祐が慌てて絵美の足もとを探すと、無事に小さいアリは脱出していたようだ。
ちょうど、絵美の右の素足と左の素足の間のところを懸命に逃げているように見えた。
大祐がほっと胸をなでおろした次の瞬間、絵美は右足を持ち上げ真横に振り下ろした。
まさに一瞬であった。
小さいアリにしてみれば、何があったかわからないまま死を迎えてしまったのだ。
何とも残酷な光景に大祐は思わず息を呑んだ。

彩香「ふ~ん、前の女の子の生足に見入ってるわね。」
そんな光景を彩香はミニチュア越しに見ていた。
今日はたまたま大祐がユーザーベルトを装着したまま、予備校に行っていた。
そして、ミニチュアを操作することで、リアルタイムで大祐の行動を観察していたのだ。
ミニチュアの操作に関しては、大祐以上にマスターしているといえよう。
彩香「何だろう? 前の女の子の足もとをキョロキョロと・・・。挙動不審ね~。」
ここで、彩香は一計をめぐらすと、大祐に電話を掛けた。
前回のことを考えれば、大祐は予備校の1階のトイレに移動するはずである。
彩香「大祐に奉仕してあげるからね・・・。」
彩香は不敵な笑みを浮かべながら、大祐の移動を待った。

大祐「・・・。あれ? また、記憶が曖昧だ・・・。」
大祐が目を覚ますと、またも見慣れない場所にいた。
下は、ベタベタと油っぽいような地面である。
大祐が思い切り地面を叩くと、パリッとひびが入る。
ポテトチップスだ・・・。
大祐は確信して、ひび割れた地面をなめてみる。
確かに塩気のある食べ慣れた味がする。
ズシィン!!
ズシィン!!
突如として背後から、地響きが伝わってくる。
大祐がくるりと後ろを振りかえると、なんと一つのビルほどもあろうかというショートケーキが遠方に座していたのだ。
よく見ると、そのショートケーキ近辺に小さい人だかりが見える。
そのショートケーキの近辺にもポテトチップスが数枚落ちており、これまた小さい人たちが乗っかっているようだ。
ズシィィン!!
ズシィィン!!
改めて、地響きが近づいてきているのを肌で体感する。
明らかに何者かがこちらに接近しているようだ。
大祐はポテトチップスの陰に隠れながら、こっそりと様子を窺った。
バターン!!
はたして、巨大なドアは勢いよく開かれた。
彩香だ。
またも100m以上はあろうかという巨大なサイズでの登場であった。
巨大な彩香の登場と共に大祐はすぐさま地獄に落とされた。
彩香「また、アリが!! もうっ!!」
彩香の巨大な素足が持ち上がったかと思うと、足もとのポテトチップスを小さい人がいたまま粉々に踏み潰してしまったのだ。
バキャッ!ビシッ!
そして、巨大な素足は次々に床に振り下ろされた。
ズシイイン!!
ドスウウン!!
バスウウン!!
とうとう、ショートケーキ近辺のポテトチップスは全て破砕されてしまった。
大祐は、恐怖のあまり腰を抜かし、動けなくなってしまった。
ズシイイン!
ズシイイン!
巨大な彩香は、ショートケーキを足の間に置くような形で仁王立ちする。
ショートケーキに乗っかっている人たちは懸命にケーキから離れようと走っているのが見える。
彩香「このショートケーキも食べられないわね・・・。」
そういうと、彩香は巨大な素足をショートケーキの上空へと移動させた。
大祐にとって、一つのビルほどはあろうかというケーキを軽々と彩香の素足は覆ってしまう。
しかも、ケーキから逃れようとしている小さい人たちも漏れなく素足の作る影の中に入ってしまっている。
ここにきて、ようやっと大祐は気が付いた。
自分がポテトチップスの上にいることを。
おそらく、姉に気づかれるまもなく、一気に踏みつぶされてしまう。
そう思うと、大祐は急いで逃げ出した。
彩香「えいっ!!」
彩香の掛け声と同時に、ものすごい衝撃が大祐を襲う。
ドゴオオオオン!!!
大祐は、その衝撃で転倒してしまった。
後方を窺い見ると、ショートケーキは彩香の巨大な素足によってメチャメチャに踏みつぶされていた。
そして、大祐めがけてクリームの塊が飛んできたのだ。
大祐「う、うわああ!!」
ベチャッ!!
大祐はものの見事にクリームの中に埋没してしまった。
彩香(いけない、大祐を見失ったわ!!)
一方、上空の彩香は口にこそ出さなかったが、大祐を見失ってしまった。
彩香の進行方向に大祐は逃げていたのだが、いまのショートケーキへの一歩で完全に見えなくなってしまった。
彩香(どうしよう。ミニチュアは、私の前方にあるのよね・・・。)
しかし、足もとは飛び散ったクリームだらけ。
下手をすれば、クリームの中にいる大祐を潰しかねない。
(と、とりあえず、ポテトチップスから逃げてたから、その近辺に足を下ろすのは大丈夫よね・・・)
彩香は、先ほどまで大祐がいたポテトチップス目がけて巨大な素足を下ろすことにした。

大祐「ぷはっ!!」
大祐はどうにかこうにかクリームの中を移動して、顔だけ出すことに成功した。
すると、周囲が薄暗くなっていることに気が付いた。
大祐が目だけを上方向にずらすと、なんと巨大な足の裏が上空に存在していた。
大祐「えええっ!?」
彩香は、床下のポテトチップスもろともクリームに埋もれた大祐を踏み潰さんとしていた。
彩香の巨大な爪先が接近しながら下降している。
もはや、一刻の猶予もない。
もう、ポテトチップスのあった場所は、彩香の巨大な足が作り出す影の中にすっぽり覆われてしまっている。
大祐が懸命にクリームから這い出てきたとき、上空の3分の2は彩香の巨大な足の裏に覆われてしまっていた。
彩香の巨大な素足はゆっくりと、それでいて確実に下降をしている。
大祐「あ、彩香姉ちゃあん!!」
大祐の叫びは、彩香の広大で肉厚な足の裏にすべて吸収されてしまう。
着実に彩香の素足は、床に向けて降りてきている。
彩香の巨大な素足は、大祐を覆いつくし、圧死させようと迫ってきている。
普段のか細く柔らかそうな彩香の足の裏はもはや見る影もない。
どす黒く、圧倒的な質量感を放つほど、巨大な存在として大祐の前に立ちはだかっている。
大祐は、もうなす術なく立ち尽くしていた。
姉に虫けらとして殺されてしまう。
自分の命が風前のともしびなのに妙に興奮が冷めやらない。
大祐「あ、ユーザーベルト・・・。」
彩香の足の裏が眼前に迫ってきている中、大祐はユーザーベルトを思い出した。
大祐は、藁にもすがる思いで、今一度ユーザーベルトを操作しまくった。
すると、何故か大祐の意識が再び遠のいた。

パリン!
彩香が床のポテトチップスを踏み潰したと同時にミニチュアの操作盤が点滅し始めた。
彩香「ミニチュアの操作盤が点滅しているわ。どういうこと?」
彩香は足元に細心の注意を払いながら、ミニチュアの様子を窺った。
彩香「あ・・・、大祐が現実世界に戻ったんだ。」
彩香「ということは、私がミニチュアを使ったことバレちゃったかな・・・。」
複雑で苦い顔をしながらも、彩香はフードクラッシュに多少の快感を味わえたことに悦びを感じていた。