§7 彩香の圧倒的な力

彩香の爪先はゆっくりと「く」の字に曲がり、すべての足の指の爪が見えるような格好になった。
そして、彩香の巨大な素足は大祐のいる小学校の方向に向かって摺り足で接近を始めたのだ。
バキバキバキッ・・・!
足先で街を破壊しながら悠然と接近してくるその様は一種の怪物のようであった。
ゴゴゴゴゴ・・・。
大祐は、巨大な素足が繰り出す地響きを肌で体感していた。
逃げる人々や住宅を次々に飲み込んで行く巨大な素足。
その歩みを止めることなく猛然と巨大な素足が近付いてくる。
このシチュエーションだけでも大祐は、凄まじい興奮を覚えていた。

大祐「さて、さすがに元に戻らないと・・・。」
大祐のサイズにして50~60m前方にまで巨大な爪先が接近してきたため、大祐は脱出を計ることにした。
しかし、大祐はこのとき激しく後悔した。
なんと大祐の腕にユーザーベルトが巻かれていないのだ。
先程、200分の1のサイズに設定する際、ベルトを外して部屋に置いてきてしまったのだ。
彩香の巨大な素足が間近に迫る中、大祐は腰を抜かしてしまった。
大祐「ヤバい・・・。部屋に置いてきたんだった・・・。」
ゴゴゴゴゴ…。
巨大な爪先は変わらぬスピードで接近してくる。
ここで初めて大祐は自らに死が近付いていることに気がついた。
大祐「あ、姉貴・・・! 待って!! 中止だ!!」
大祐の必死の叫びもサイズが小さすぎて、彩香には届くはずもない。
巨大な爪先は、大祐の20~30m先にまで近付いていた。
大祐「姉ちゃーん! 助けて!!」
グワシャッ、メリメリメリッ、ドゴオオン!
巨大な爪先の破壊は全く止まる気配を見せない。
もはや、一刻の猶予もない。
大祐は、小学校から出て自宅に戻ることにした。
物凄い破壊音をたてながら巨大な爪先が接近する。
大祐「す、すいません!通してくださーい!」
巨大な素足から逃れるため、大勢の人達が走り出している。
その流れに逆らって必死に大祐はミニチュア内の自宅を目指す。
ミニチュア内の自宅は、巨大な爪先の進行コースからは外れている。
何とかそこまでたどり着けばと懸命に人の流れをかいくぐる。
やがて、人の波が途絶えて、大祐は道路の交差点に出ることができた。
大祐「ハァハァハァ・・・。」
ズドドドドオッ・・・。
凄まじい轟音が辺りに響き渡ったため、大祐が頭を上げた瞬間、付近のビルが崩落して中から巨大なヒトの足の指が出現した。
大祐「う、うわあああっ!!」
大祐目がけて崩れたビルのコンクリート片が降り注ぐ。
ドゴーン! スガーン!
大祐「うわあ、助けて!!」
上から降ってくるコンクリート片もさることながら、数m先には巨大な5本の指先まで見える。
このままでは、大祐は眼前の巨大な爪先に磨り潰されてしまう。
大祐は自宅に戻ることを諦めて、再び小学校を目指して走り出す。
懸命に走る大祐に気付いたのか、突然、巨大な爪先の進行が止まった。
大祐「あれ? どうしたんだろう・・・。」
今度は、大祐の右方向一帯が一気に暗くなる。
そこになんと50m程の全長を有する巨大なヒトの素足が出現したのだ。
大祐に構うことなく、悠然とその巨大な素足は地面に着地した。
ズドオオン!!
ガラガラガラッ…!
ひときわ大きい崩落音が周囲を包み込む。
なんと、先ほどまで屋上で待機していた小学校が巨大な素足の着地の衝撃に耐えられず、崩壊してしまったのだ。
これで、大祐は2つの巨大な素足から逃げ出さねばならなくなった。
しかし、軽いパニックになっている大祐に一筋の光明が差す。

彩香「大祐ー。大丈夫ー?」
はるか上空の彩香から、足元にいるであろう大祐へ呼びかけがあったのだ。
大祐「おぉ、姉貴ー。さすが・・・。」
彩香「このまま街を破壊しても大丈夫なの?」
大祐「ダメダメダメ!! ちょっとだけ待ってくれ!」
彩香「もし、ダメなら私の素足に登ってきてくれる?」
彩香の唐突な提案に、逃げ出していた大祐は再び巨大な爪先を目指すことにした。
しかし、爪先の近辺は、崩れたビルのコンクリート片などで覆われ、すぐには接近できる状態ではなかった。
大祐「うわっ、これじゃ行けないじゃん。仕方ない、もう一つの足を目指そう!」
遠回りではあるが、先程着地した巨大な素足を目指したほうが得策と判断した大祐は全速力で走り出した。
ちょうど、もう一つの巨大な素足は大祐のミニチュア上の自宅近辺にある。
一石二鳥ということもあり、大祐は全速力で走り出した。

彩香「ねえ、大祐、登らなくてもいいの?」
全速力で走る大祐に非情な言葉が投げかけられる。
もうこの時点で、彩香の提案から1~2分ほど経っていたのだ。
大祐「姉貴ー! 待って、待ってくれー!」
彩香「ミニチュアの操作盤に異常はないから、大祐は大丈夫だと思うけど・・・。」
彩香にしてみれば、1~2分は長いかもしれないが、小さな大祐にとってはあっという間の時間なのだ。
大祐「あと、もう少しなんだよ・・・!」
大祐のあと20~30m先にもう一つの巨大な爪先が見えてきた。
彩香「よしっ、安全な位置に避難してるんしょう! じゃあ、いきますか!」
大祐「えっ!? 姉貴!!」
次の瞬間、大祐の前方にあった巨大な素足は一気に上空に持ち上がり、徐々に大祐の上空を侵食し始める。
あと少しのところで到達できた大祐はガックリと肩を落としてしまう。
しかし、そんな愕然としている大祐に容赦なく巨大な素足は迫る。
巨大な素足が作り出す大きな影にすっぽりと大祐は覆われてしまった。
前方に5本の足の指が見えていることから、このままでは確実に彩香に踏み潰されてしまう。
大祐「や、やばい! 姉貴に踏み殺される!!」
ここにきて、大祐は初めて死と直面していることを悟った。
大祐「姉ちゃーん! 助けて!!」
大祐の小さな叫びも巨大で肉厚な足の裏に阻まれ、全く彩香には聞こえていない。
そして、巨大な踵から地面にめり込んでいった。
ズズウウン!!
大祐の周囲は深い闇に覆われ、もはや風前の灯であった。
上空の肌色の平面は猛然と地面に振り下ろされる。
家々が次々に破壊されていく様は、小さくなったからこそ見える圧巻の様相ではあったが、命が奪われるとなれば話は別だ。
大祐は、後悔と恐怖と不安とあらゆる気持ちが交錯していた。
そのとき、ふと見上げると、大祐の自宅も彩香の巨大な足の裏によって破壊される寸前であった。
大祐「あぁ、ユーザーベルトが・・・。」
これで、完全に大祐の生き残りの可能性はゼロになった。
ところが、次の瞬間、大祐は意識が遠のいてしまった。

彩香「・・・・・・! ・・・・・・!」
彩香「大祐、起きてよ!」
大祐が目を覚ますとそこには心配そうに覗きこむ彩香の姿があった。
大祐「あれ・・・? 姉貴、どうして・・・?」
彩香「ごめんなさい・・・。どうやら私たちの家を踏みつぶしたのが悪かったみたい。」
彩香によると、ミニチュアの自宅を踏み壊した瞬間、ミニチュア本体の操作パネルに「エラー」が表示され、大祐も元のサイズに戻ったらしい。
しかも、大祐に巻かれたユーザーベルトもエラーの状態になっていたのだ。
彩香「もう、このミニチュアは使えないみたいなのよね・・・。」
大祐「え、ええーっ!? マジで・・・?」
彩香「ううっ、でも半分あんたのせいなんだからね!」
彩香は、今後ミニチュアを使用できないことに深く落胆し、それぞれの部屋に戻った。
しかし、大祐はユーザーベルトのおかげで九死に一生を得る形になったこともあり、さほど落胆はしなかった。