§9 危険な刺客
彩香「もう、どこいってたのよ!?」
帰宅した大祐を彩香が多少苛立ちながら待ち構えていた。
どうやら彩香の部屋から勝手にミニチュアを持ち出したのが原因のようだ。
とはいえ、もともと大祐の所有物なのだが。
大祐「あぁ・・・、ちょっとね・・・。」
そう言うが早いか、大祐は部屋まで駆け上がった。
彩香「あっ、ミニチュア置いてきなさいよ!」
彩香の叫びなど無視して大祐は部屋に鍵をかけてしまう。
部屋に戻った大祐はふと気がつく。
手の平サイズの機械が一つ床に置かれていたのだ。
そういえば、ミニチュアの操作パネルにはもう一つ接続機器があった。
昼間、プロジェクターに直接つないだが、その接続機器は使用していない。
そこで、彩香が部屋に戻ったのを見計らって、大祐は自分の部屋の前に操作盤を置いた。
そして、自分の部屋のカーペットに接続機器やらをつけ、パネルで設定をしてみた。
「認証」
大祐は思わず笑みがこぼれた。
間違いなく、パネルには認証の文字が浮かんだ。
早速、サイズを100分の1にして様子を窺ったのだが、部屋一面に広がるはずのミニチュアの街は出現せずに、大祐の部屋の光景が変わらずそこにあったのだ。
大祐「あれ、どうしたんだろう・・・。」
大祐は、狐につままれたような顔で部屋に一歩踏み出した。
そのときであった。
周囲の景色が一瞬グラッと揺れたかと思うと、再び大祐の目の前に部屋のテーブルなどが出現していた。
しかし、先ほどと少し様子が異なり、だだっ広い空間にテーブルやらクッションやらが無造作に置かれている状況なのだ。
大祐は、この状況が全く飲み込めないでいた。
床下は茶色いフローリングのようなものが敷き詰められており、上空も左右も広大な空間に支配されていたのだ。
大祐「こ、ここは、どこなんだろう・・・。」
困惑していた大祐に、大きな轟音が響く。
ガチャン、ギイイイ・・・。
その瞬間、目の前の大きな扉が開け放たれ、そこに巨大な女子高生が出現したのだ。
大祐「う、うわあああ!!」
大祐は、その余りに巨大な女子高生の出現に尻餅をついてしまった。
女子高生「ただいまあ。」
背がやや高く、スラリとした体型の女子高生は、何の躊躇もなく眼前の巨大なローファーから大きな黒いソックスに包まれた足を出す。
大祐の前方をその巨大な女子高生のソックスが作り出す影、臭いが一気に支配する。
大祐はたまらず走り出す。
そして、大祐が先程までいた場所は暗くなり、女子高生の大きな足が振り下ろされる。
ドシイイン!!
大祐「うわあああ!!」
巨大な女子高生は、大祐に遠慮することなく思い切り巨大な足を踏み下ろす。
そして、巨大な女子高生は大祐に構うことなく、ズシンズシンと足音を響かせながらその場を後にした。
大祐「こ、ここは、一体どこなんだろう?」
ミニチュアの街どころか、巨大な女子高生が出現することに大祐の思考回路はパンク寸前であった。
大祐は、訳が分からぬままその巨大な廊下を進んでいった。
大祐「あれっ? 誰かいる・・・。」
余りに広大な空間でわからないが、どうやら洗面台か脱衣場といったところのようだ。
先ほどの巨大な女子高生が制服から私服に着替えていた。
女子高生「あぁ、この天気だとすっかり蒸れちゃうわ。」
巨大な女子高生の発言とともに大祐の上空は黒い布状の物体に覆われた。
やがて、黒い布上の物体は大祐の周囲に被さったのだが、その瞬間強烈な異臭が辺りを襲った。
大祐「うおえっ、な、なんだこのにおいは・・・」
物凄い臭気とともに強烈な湿気が立ち込める。
大祐は新鮮な空気を求め、無我夢中で走り出す。
周囲をどう移動したかわからないが、大祐は何とか光が見える方向に出ることができた。
女子高生「ヤダ! 何、こいつ?」
やっとの思いで這い出た大祐に向かって上空から声がかけられる。
そして次の瞬間、巨大な女子高生は大祐を先ほどまで覆っていた黒い布上の物体を軽々と持ち上げてしまう。
大祐が上空を見上げると、巨大な女子高生とバッチリ目が合ってしまった。
大祐「あ、あわわわ・・・。」
女子高生「お姉ちゃーん、ティッシュペーパーあるー?」
程なくして、今いる場所とは別の方向から答が返ってくる。
女子高生の姉「あら、美紀子帰ってきてたの? リビングにあるんじゃないの?」
美紀子「取りに行くわー。」
美紀子という巨大な女子高生は、再びズシンズシンと足音を響かせてその場からいなくなった。
しかし、このままだと間違いなく美紀子に「虫」として処分されてしまう。
大祐は大急ぎで脱衣場から廊下へと出ようとした。
すると、大祐の進行を阻むように巨大な人間の素足が前方に出現していた。
ズシイイン!!
大祐の前方には、巨大な2人の人影が見えていた。
おそらく、美紀子とその姉の2人が脱衣場にいるであろう「虫」を処分しに来たのだ。
大祐は半ばパニックになりかけながら、もと来た道を逆走した。
美紀子の姉「で、どこにその虫がいるのよ。」
美紀子「私が脱いだソックスの下から這い出てきたのよ、もう!」
巨大な彼女らにとってそんなに大きい空間とは言えない脱衣場に2人が侵入しようとしている。
大祐は慌てて浴室の中に逃げ込んだ。
美紀子の姉「どこにもいないわよ?」
美紀子「どっかに逃げたのよ、きっと!」
美紀子の姉「もう、せっかく踏んづけてやろうと思ったのに!」
美紀子「ええーっ、よくそんな残酷なことできるわね。」
大祐は息を殺しながら、巨大な彼女らの会話に耳を傾けていた。
このまま浴室に隠れていれば、何とか見つけられずに済む。
大祐は祈りにも似た思いで、事の成り行きを見守っていた。
美紀子の姉「浴室の中にはいないかしら?」
そう聞こえた次の瞬間、大祐の周囲は突如として暗闇を増した。
大祐が上空を見上げると、なんと美紀子の姉と思われる人物の足の裏が急速に落下してきたのだ。
ズシイイン!!
大祐「ヒィ、ヒャアアア!!」
大祐は思わず悲鳴を上げた。
美紀子の姉「あー、こいつね!覚悟!!」
大祐が上空を仰ぎ見ると、巨大な素足が大祐を覆い尽くしていた。
大祐「う、うわあああっ!!」
大祐は、悲鳴を上げながらうずくまった。
彩香「・・・・・・、大祐、大祐? 大丈夫なの?」
大祐が目を開けると、そこには彩香がいた。
大祐「う、ううっ・・・。姉ちゃん? ここは?」
彩香「あぁ、良かったわ。部屋でうつぶせになって倒れていたのよ。」
大祐「へっ、そうだったの?」
彩香「とりあえず、ミニチュアの操作盤の電源を切ったんだけど・・・。何があったの?」
どうやら、彩香がミニチュアの操作盤の電源を切ってくれたようだ。
間一髪、彩香が電源を落としてくれたおかげで大祐は踏み潰されずに済んだ。
大祐「さ、さすが姉貴・・・。」
彩香「はぁ? 何言ってんのよ、気持ち悪いわね。」
一方、脱衣場の2人は------
ズン!
美紀子の姉が足を振り下ろしたものの、踏んづけた感触は何も感じられない。
足の裏をひっくり返してみても、先程の虫は忽然と姿をくらましていたのだった・
美紀子の姉「あれー?さっきの虫はどこに行ったのかしら・・・。」
美紀子の姉はくまなく浴室を探しまくっていた。
美紀子「でも、絵美お姉ちゃんって、サディズムな性格してるわよね。」
絵美「えっ、そうかしら・・・?」
美紀子と絵美は、絵美が自宅に持ち帰ったミニチュアのシートによって、小さな大祐に危険を与えていたことに気が付くはずもなかった。