§15 阿鼻叫喚

今まで散々な目にあった大祐は、ここで原点に返ることにした。
以前、大祐は、彩香の巨大な素足から逃げ出したり(第7話)、通常サイズで彩香の残酷な遊びを見たり(第8話)したことがある。
そこで、今回は自身の安全をきちんと確保したうえで、ミニチュアの中から彩香の残酷な遊びを見ることを考えた。
この考えに彩香も乗り気になり、早速、この案を試すことになった。
大祐「いい? 僕は市民体育館に避難しているからね。」
彩香「サイズはどうするの?」
大祐「200分の1でどう?」
彩香「わかったわ。でも、私が気づかずに踏み潰しちゃったらあんたのせいだからね。」
大祐「うっ・・・、もちろん、わかってるよ。」
そして、大祐はユーザーベルトを操作してミニチュアの中へと入っていった。
大祐が市民体育館に移動する時間を確保しつつ、彩香はどういう方法を取ればいいか、思案を巡らせていた。

大祐「ううっ・・・。」
ミニチュアに潜入した大祐は、起き上がると急いで自転車に跨った。
大祐が向かう市民体育館は、大祐の自宅から500m程離れている。
屋内には体育館が2つ、プールやスケートリンク、広大な野球場やグラウンド等が備えられている。
大祐が市民体育館に到達すると、駐車場はほぼ満車になっていた。
どうやら、中学校のサッカーやら野球やらの大会が同時に開催されているらしい。
市民体育館の玄関付近には、アイス売りやら弁当売りやらがおり、賑わいを見せていた。
そんな微笑ましい光景には目もくれず、大祐は市民体育館の屋上を目指した。
すると、程なくして、外から大きな悲鳴や怒号が聞こえてきた。
おそらく、巨大な彩香が出現したのだろう。
屋上まで到達した大祐が急いで街の全景を見回したとき、大祐は言葉を失った。
なんと、市民体育館のグラウンドをヒトの巨大な素足が覆っていたのだ。
大祐の眼前には、巨大な爪先がかなりの近距離にまで迫っていた。
大祐「ええっ・・・? 市民体育館に避難するって言ったじゃん・・・。」
不安に包まれた大祐に構うことなく、その巨大な素足はゆっくりと下降していった。
グラウンドには、多くの中学生、応援の家族、審判や運営のスタッフがいる。
蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げ出す人々。
そんな人々を嘲笑うように巨大な素足が降臨していく。
ズッズウウウン!!
大祐「うわああっ!!」
猛烈な地響きとともに、砂煙が周囲を覆い、辺りは闇に包まれた。
屋上で倒れこむ大祐は、視界が不良であることも手伝って悲鳴を上げていた。
ズウウッ、ズウウッ、ズウウッ!!
外からは変わらず轟音が鳴り響く。
やがて、砂煙も収まり、辺りに光が差し込んだため、大祐は改めて街の全景を見ようと試みる。
大祐「うおっ・・・。」
大祐は、目の前の光景を食い入るように凝視した。
目の前にあったグラウンドには、巨大な足型が残されていたのだ。
5つの指の跡、綺麗な土踏まずのカーブ、力強さも感じる踵付近。
まさに壮大なスケールの芸術作品といえるかもしれない。
猛烈な興奮に包まれた大祐は、我を忘れて、目の前の足型を鑑賞していた。
大祐「さすが、姉貴・・・。これはすごい・・・。」
無我夢中で携帯やデジカメを使って巨大な足型を撮影していると、上空から彩香の声が響き渡る。
彩香「皆さん、こんにちは!」
大祐「おっ、姉ちゃん・・・。何をするんだろう・・・?」
彩香「この街は、これから全て私に踏み潰されます。」
大祐「はぁっ!?」
彩香「ということで、市民体育館に私の足型を作りましたから、急いで避難してください。」
ズッドオオオン!!
その彩香の言葉の後、街の中央部に巨大な素足が一気に振り下ろされた。
大祐「姉貴! 約束が違う!!」
冷静さを失っていた大祐は、急いで市民体育館の屋上から逃げ出した。
ズシイイン!!
ドスウウン!!
ドシイイン!!
次々に繰り出される彩香の攻撃は、大祐から冷静な思考を奪うのにさして問題はなかった。
街から逃げ出してきた他の人々同様に、大祐も巨大な足型の中へと避難することにした。
しかし、思いのほか事態は深刻だった。
大祐が彩香の作り出した巨大な足型に近づいても、市民たちは避難しようとしていない。
むしろ、巨大な足型を取り囲むように右往左往していた。
市民A「とにかく、ロープか梯子を!!」
市民B「衝撃を和らげるクッションみたいなものは?」
大祐「ど、どうしたんですか? 逃げないんですか?」
市民C「見てごらんよ。こんなの避難できないじゃないか!」
巨大な足型は、地面から10m程もめり込んでいたのだ。
そのまま、飛び降りれば大けがをすることは間違いない。
そこで、数人の若者がその断崖絶壁を降り、避難の経路を作ろうとしていたのだ。
しかし、巨大な彩香が素足を振り下ろす度に猛烈な振動が襲い、遅々として進行しないのである。
大祐(くっ・・・! 姉貴はこの状況が分かっていないのか?!)
それでも、苦難を乗り越え、どうにかロープや梯子などをセッティングし、市民の避難が始まった。
そんな大祐たちを含む市民のもとへ暗闇が接近してくる。
そう、彩香の巨大な素足が市民体育館の方向にやってきたのだ。
大祐が周囲を見渡すと、もう大半が更地になっていた。
いよいよ、市民体育館近辺を踏み潰すべく、その巨大な素足が登場したのだ。
ズッシイイイン!!
彩香の巨大な素足が市民体育館の間近に振り下ろされる。
その瞬間、避難をしていた市民の多くが転落する。
ズザザザザッ!!!
着地した巨大な素足はそのまま摺り足をして、駐車場にあった乗用車や近辺の住宅をなぎ倒す。
余りの凄惨な破壊力に大祐は、恐怖で泣き出していた。
そして、泣きながらロープを握りしめ、彩香の巨大な足型の中へと避難をしたのだった。
市民D「さあ、こっちへ!!」
大祐「あ、ありがとうございます!!」
市民D「何とかみんなで頑張ろうや!」
大祐「はいっ!」
市民の一致団結した行動に大祐は感謝の気持ちしかなかった。
そして、この残酷な状況を作り出す彩香に強烈に嫌悪感を抱き始めた。
彩香「さて、これで市民体育館以外は踏み潰したわね。」
上空から一仕事を終えた彩香の言葉が発せられた。
彩香「ん? まだ、足型の近辺に人だかりがあるわねー?」
市民E「おおーい!! 逃げろ―!!」
市民F「早くー!!」
大祐「踏み潰されちゃう!! 急いで!!」
大祐たち含め、市民は一斉に叫び始めた。
壁面を降りて避難する市民たちのスピードも加速する。
避難していた市民たちも続々と足型の中央付近に集合する。
しかし、その市民たちの行動を大きく裏切るように彩香が発言する。
彩香「よかったわねー。」
市民たち「えぇっ!?」
大祐「何、どういうこと?」
避難していた市民たちに一斉に不安感が宿る。

彩香「それでは・・・」
彩香が言葉を発した瞬間、足型に避難していた市民たちの上空に巨大な足の裏が出現する。
その巨大な足の裏からは、土埃や木材の破片、圧縮された車の断片などが落下し、市民たちに降り注ぐ。
避難していた市民たちは一斉に壁面のロープや梯子を目指した。
彩香「避難していたあんたたちがはずれでしたー!!」
彩香「この足の型に、私がもう一度この麗しい素足をはめ込みます!」
ゴゴゴゴゴ
さながら効果音が付くとすれば、こんな感じだろうか。
足型にいる大祐たち目がけて、200倍もの大きさを有する足の裏が接近してくる。
汗ばんだ足の裏はそのほとんどが黒ずんでいるのに、土踏まずの部分は異様に白い。
巨大なつま先部分では指の裏が黒ずんでいるが、その他の部分はオレンジ色に染まっており、体温が高いこともうかがえる。
大祐はつとめて冷静に彩香の足の裏を観察していた。
やがて、巨大な足の裏が足型をぴったり覆い尽くそうとするために、光が失われ始める。
それに伴い、市民たちの叫び声も強まる。
そんな最中、大祐はユーザーベルトで逃げ出すべきか葛藤していた。
今までは、自分の命を守ることが最優先ではあったが、今回のようにみんなで協力して得た命なだけに勝手に逃げ出すのは失礼にあたると感じていたのだ。
大祐(どうすればいいんだ・・・)
そうこうしているうちに、巨大な足の裏は、壁面を崩しながら大祐に接近してくる。
皮膚と地面がこすれあうごとにズウウッと不気味な音を立てている。
悩んだ大祐は、ユーザーベルトを使うことをやめて、市民たちと一緒に逃げ出すことにした。
大祐「皆と一緒に逃げなきゃ!!」
ズウッ、ズウウウン!!
その大祐の決意の直後、大祐の眼前は巨大な爪先に塞がれてしまった。
そこで、大祐は、逆方向を目指して走り出すことにした。
後方を振り返った瞬間、大祐は間髪入れず巨大な足の裏に押さえつけられる。
大祐「ぐわあああ!!」
小さな大祐にすれば固い足の裏の皮膚がメリメリと大祐を押さえつける。

ピーピーピー
彩香「あらっ? 不器用な奴ねー、また私に踏み潰されたのね。」
自身の足の下で大祐の成長を促すドラマがあったことなど微塵にも感じていない彩香は、無造作にミニチュアの再起動のボタンを押す。
彩香「あれ程、市民体育館に避難するって言ってたのに・・・。」
彩香「やっぱり、私の素足に踏み潰されたかったのね。ド変態なんだから。」
彩香「でも、もっと踏みにじってやればよかったわ。フフッ。」
状況を理解していない彩香は、大祐の繊細な気持ちなど理解してはなく、自身の起こした行動には満足していた。