§16 自業自得

あくる朝、大祐の目覚めはあまり良くなかった。
今日ぐらいはゆっくりと過ごしたい気分でいっぱいであった。
そんな大祐はミニチュアの街を回収しようと彩香の部屋を訪れた。
大祐「姉ちゃん、おはようー。」
彩香は、ベッドの上でぐっすりと寝ていた。
昨日、大祐の生命を幾度となく奪った荒々しい表情はすっかりと消え失せ、優しい寝顔を覗かせていた。
そそくさとミニチュアの操作盤とシートを回収し、大祐は自分の部屋へと戻ろうとした。
大祐「そういえば・・・。僕以外の人も小さくなるのかな?」
ふとわいた疑問である。
ミニチュアの操作盤をカーペットに連結させることで、シートにその部分が再現されているのだから、そこにもし人がいれば同様に小さくなるのではなかろうか。
そう思った大祐は、ミニチュアの操作盤を寝ている姉の部屋のカーペットに連結する。
そして、操作盤を起動させて、シートを置いてある自室に戻る。
すると、案の定そこには、小さくなったテーブルやベッドと共に小さくなった彩香がいたのだ。
大祐「うおー、すげーじゃん。」

ピンポーン♪
興奮している大祐のもとに呼び鈴が鳴り響く。
大祐「はーい、どちら様ですか?」
ガチャッ!
典子「あっ、大祐ー。おはよー。」
大祐の家を訪問したのは、幼馴染の典子であった。
休日の早朝から訪問した典子は手に勉強道具を携えている。
大祐「ん、もしかして・・・。」
典子「あったりー。勉強教えてほしくて!お邪魔しまーす!」
そのまま勢いよく典子は運動靴を脱ぎ、その大きな素足で家の中へと入った。
大祐は、典子の大きな素足に目を奪われていた。
健康そうなオレンジ色をしていて、湿気が高そうな印象を大祐は感じ取っていた。
大祐「で・・・、ええっ!? 今から勉強するの・・・?」
典子「うん、そうだよ。今日は暇って大祐が言ってたじゃん。」
典子の唐突な提案に、大祐はしどろもどろになっていた。
大祐「あぁ、うん・・・。そうだったね・・・。じゃあ、リビングでやろうか。」
典子「よろしくお願いしまーす。」
典子をリビングに誘い、大祐は部屋に戻って筆記用具や勉強道具などを取りに戻った。
大祐「いやぁ、びっくりしたな。とりあえず、荷物を取ってからミニチュアの電源を落とすか・・・。」
典子「ねえー、大祐ー。」
部屋にいる大祐に向かって、典子は話しかける。
大祐「は、はい?」
典子「トイレ借りてもいいー?」
大祐「あ、あぁ、トイレなら気にしないで使ってー。」
こうして、リビングを出た典子は、彩香の部屋の前にある操作盤に目が行く。
典子「ん? 何かしら、これ・・・。」
典子は目の前にある操作盤に気が付いたものの、さして興味を示さなかった。
典子「何なんだろう。まぁいいや。」
そのまま典子は立ち去り、大祐の部屋の向かいにあるトイレへと入っていった。
時同じくして、大祐も道具を持ってリビングへと足を向ける。
大祐(姉ちゃんは、大丈夫だよな・・・)
ふと彩香のことが気になった大祐はそのまま彩香の部屋へと入る。
大祐が戸を閉め、1~2歩進んだところで、大祐の記憶は途切れた。

ズゥン、ズゥン・・・
下から響きわたる重低音に大祐は気が付いた。
大祐「あ、あれ・・・? ここは?」
大祐の目覚めを待って、彩香が血相を変えて近づいてくる。
彩香「あ、大祐!! 大変よ、私たち小さくなってるみたい。」
大祐「ええっ!? ウソでしょ?」
彩香「だって、周りを見てごらんなさいよ!」
確かに、彩香の部屋を超えた範囲には、さらに巨大な壁やら天井やらが確認できる。
彩香「なんで、私が小さくなってるの?!」
半ギレ状態で大祐に迫るも、大祐もこの状況を受け入れるのに時間がかかっていた。
ズゥゥン、ズゥゥン・・・
小さくなっている2人が状況を整理しようと必死になっている中、先程の重低音が大きくなってきた。
大祐「これは、もしかして典子・・・?」
彩香「典子ちゃんが来てるの?」
大祐「あ、あぁ、さっき勉強したいって言ってて・・・。」
彩香「じゃあ、典子ちゃんに助けてもらおう!」
そう言うと、彩香は猛ダッシュで半開きになっている巨大な扉に向かった。
大祐「あ、姉ちゃん! 待ってよ!!」
冷静な判断ができていない彩香を、大祐も追う。
ズシィィン、ズシィィン・・・
明らかに先程よりも重低音が大きくなってきている。
おそらく典子は大祐がどこに行ったか周辺を探しているのだろう。
そして、リビングやキッチンにいないことを確認して・・・
ズシイイン!!!
彩香「キャアアア!!」
大祐「うわああっ!」
半開きになっている扉の向こう側に巨大なヒトの素足が出現、そのまま勢いよく着地した。
ギイイイイ!
その轟音と共に、巨大な典子の全貌が明らかになる。
2人のはるか前方にある赤々とした巨大な素足を基点に、上空へと肌色の柱が走り、圧迫感さえ漂う巨大な肉体が露わになっていた。
その絶望的な体格差を間近に見ても、彩香は諦めることなく懸命に典子に向かって助けを求めた。
彩香「下を見て!! 典子ちゃ・・・」
ズシイイン!!
その彩香の言葉を遮るようにもう一つの巨大な素足が大祐の部屋へと侵入し、着地する。
彩香「キャアアア!!」
典子「ここにもいない・・・。大祐、どこに行ったんだろう・・・」
典子の声が部屋に響き渡る。
典子「きゃっ! 足下に何かいる!!」
その言葉に彩香も大祐もはっとして上空を見上げる。
眉を顰め、いぶかしそうに床を見つめる典子の顔がそこにはあった。
彩香「の、典子ちゃーん!!」
大祐「典子ー!! 僕たちは下にいるんだ!!」
典子「アリ・・・? アリが2匹いるのかしら・・・。」
彩香「な、何を言ってるのよ! 私たちよ、気づいて!!」
典子「人間の足下でチョロチョロと動きまわって・・・。」
明らかに典子の顔が不機嫌そうな表情に変わっていた。
しかし、典子の発した『人間の足下』という言葉に彩香も大祐もショックを隠せずにいた。
彩香「ウ、ウソでしょ・・・」
大祐「の、典子! よく見るんだ!」
典子「窓から放り投げてあげましょう。」
そう典子が言った次の瞬間、上空から巨大な手が降臨してくる。
その巨大な指で小さな彩香と大祐を摘まもうとしているのだ。
彩香・大祐「!!!!!」
その行動に彩香も大祐も一目散に逃げまわった。
小さな彩香と大祐の周囲では、バチンバチンと指どうしがぶつかりあっている。
しかし、いくら巨大とはいえ、典子が正確に指で摘まもうとするのは難しいものがあった。
典子「んもうー。」
典子は、悔しそうな声を上げながら再び立ち上がる。
大祐「はぁ、はぁ、はぁ・・・。」
彩香「何とか、逃げ切れた・・・。」
彩香ははるか前方で様子を窺っている大祐に大きく手を振った。
それに答えるように大祐も両腕を使って、○印を作った。
2人がそんな些細な喜びに浸っているなど微塵にも感じていない典子は再び口を開く。
典子「別にいいや、こんな虫けら。」
ズシンズシンと足音を響かせながら、典子はその巨体を後にしたのだった。
彩香「た、助かった・・・」
大祐「い、今のうちにミニチュアの電源を落としてくるよ!」
命からがら逃げることに成功した2人であったが、とにかくミニチュアの電源を落とすことで一致した。
大祐が無我夢中で走り続け廊下に出ると、ちょうど、典子はリビングに入る直前であった。
大祐「よし、そのままリビングにいてくれよ・・・」
典子「もう! 帰ろうっと。」
ようやく彩香の部屋が目前まで迫ったとき、なんと典子が帰り支度を済ませ接近してきたのだ。
ズシーン、ズシーン!
大祐「うわわっ!!」
迫りくる典子に対して、大祐は一瞬前進すべきか、後退すべきか思案に暮れてしまった。
その大祐の考えの間隙をついて、典子は一気にその巨大な素足を大祐へと差し出す。
ズッシイイン!!
大祐「うわあああっ!!」
大祐の真横に猛烈な勢いで典子の素足が着地する。
着地の衝撃で、小さな大祐はゴロゴロと盛大に転げまわる。
典子「あれー、またアリがいる。」
回転の収まった大祐が周囲を見渡すと、大祐はちょうど典子の素足が浮かび上がろうとしている光景を目の当たりにした。
典子「まあ、汚れるけどいっか。ペチャンコにしちゃえ。」
大祐「ま、待って!!」
その言葉に大祐は、必死に逃げようと試みる。
しかし、ぐるぐると回転した大祐は、まともに逃げることなどできず、その場を右往左往するしかできなかった。
そんな大祐に何の容赦もなく典子の26cmもの素足が降臨してくる。
大祐「うわあああ!!」
ズッシイイイン!!!

典子「あー、1匹始末できた。」
ピーピーピー!
その瞬間、ミニチュアの操作盤から警告音が発せられる。
典子「えっ、ええっ、どういうこと?」
その警告音に驚きを隠せないでいる典子は、急いでその操作盤を見渡す。
そして、とりあえず電源と思しきボタンを押して、その警告音を止める。
典子「ヤバ、急いで帰ろう!」
突然の警告音に何かまずいことをしでかしたと勘違いした典子は大急ぎで大祐の自宅を後にする。
しかし、その大祐の犠牲のおかげで2人は元に戻ることができた。
大祐は典子に踏み潰された感触にしばらく悶えてはいたのだが。