§24.自らに襲いかかる厄災


残暑が厳しい日々が過ぎていく中、大祐は休み明けテストの勉強に勤しんでいた。
夏は天王山という言葉通り、ここで力を蓄えなければあとあと痛い思いをすることを大祐は理解しているからだ。
久方ぶりに真面目モード全開で取り組んでいる大祐のもとに彩香がひょっこり現れる。
彩香「あら・・・、勉強してるのね?」
大祐「そう。悪い、姉貴。」
大祐の愛想ない返事に彩香が多少いらついたのを大祐は肌で感じ取る。
とはいえ、勉強を必死でやらねば後々まずいことになりかねないため、大祐は彩香を無視し続ける。
彩香「ふーん。じゃあ、勝手にするわ。」
その彩香の発言の後、大祐が勉強していたデスクライトの明かりが消えてしまう。
大祐は彩香の方を振り返りながら強い口調で抗議しようとする。
大祐「姉貴! 何するん・・・」
振り返った大祐の先には、彩香の巨大な素足が2つ鎮座していた。
ミニチュアの操作盤を使ったわけでもないのに一体どういうことなのか。
困惑している大祐の上空に彩香の巨大な素足が運ばれる。
大祐「え、ちょ、姉貴、何するんだよ!」
彩香「私に向かって随分、乱暴な言葉遣いよね・・・」
大祐「ごめん、ごめん。謝るから許してよ!!」
彩香「そうだ、こうしましょう。」
その瞬間、彩香は大祐の前にしゃがみ込み、大木のような指で大祐を摘み上げる。
大祐「うわああっ、な、何するんだよ!」
小さな大祐は、彩香の顔面近くまで運ばれていく。
彩香「あんたは、このサイズ変換機で小さくされたの。わかる?」
彩香が「あんた」というときは決まって不機嫌な時だ。
大祐が勉強する機会はほぼ絶望的であることを悟りながら、彩香の左手を眺める。
彩香の左手には、妖しげな機械が握りしめられていた。
いまいち状況が飲み込めていない大祐へ彩香の説明は続く。
彩香「あんたの態度が良くないため、これから罰を執行します。」
大祐「んな、無茶苦茶な・・・。」
大祐の発言が彩香に聞こえたのか、彩香の大きな親指が大祐の腹部を押しつける。
大祐「グフォッ!!」
彩香は苦しさに悶える大祐を摘まんだまま自分の部屋へと移動し、大祐を床へと降ろした。

大祐「え・・・、ここは?」
大祐が降ろされた場所は、市立図書館だった。
どうやらここはミニチュアの中の市立図書館のようだ。
ここで、大祐は恐ろしい仮説が頭をよぎる。
よもやこのまま踏み潰されることはないとは思うが、彩香は生身のまま小さくした大祐をそのままにしてミニチュアを破壊する気ではなかろうか。
大祐は血の気が引いていくのを実感する。
彩香「大祐、わかってるわね?」
大祐「な、何が?」
彩香「精一杯考えるのよ? 踏み潰されたらそこで本当に終了だからね?」
大祐「ま、待ってよ! 本当に踏み殺されたらどうする気なんだよ!」
大祐は、怒り気味に彩香へと怒鳴りつけた。
彩香「んー、たぶん大丈夫でしょっ!」
彩香が言う「たぶん」はあてにはならない。
大学にも合格しているはずの姉ではあるが、このアバウトな性格には毎度恐れ入る。
彩香「じゃあ、行くわよー!」
そう言うや否や、大祐の周囲は一気に闇に包まれる。
彩香は、大祐が生身であろうがなかろうが、一切の容赦をしないようだ。
大祐「信じられん・・・。とにかく逃げなきゃ!」
大祐が猛ダッシュで逃げ出すと、程なくして大祐が先程までいた場所は彩香の巨大な素足によって踏みしめられる寸前であった。
ズシイイン!!
大祐「うわわっ!!」
彩香「あら、おしかったわね。じゃあ、もう一発。」
彩香の目から逃れなければ、このままずっと追いかけられることになる。
大祐は、図書館近くにあった地下道へと急いで入りこんだ。
彩香「あっ、ウソ!? そこだと見失っちゃう!!」
彩香の二歩目がピタリと宙で止まる。
大祐が街中を逃げ回ることを想定していた彩香は、大祐が地下道へ入り込むことを予想していなかった。
このままでは、本当に大祐を圧死しかねない。
彩香は深呼吸して心を落ち着かせて、地下道の出口を思い浮かべてみた。
彩香「うー、無理だ・・・。この地下道だと出口が3か所あるはず。」
その地下道からは、巨大な彩香が出現したことによってひっきりなしに人が逃げ惑っている。
この状態から生身の状態の大祐一人を探し出すことは困難だ。
彩香「仕方ないなー。サイズ変換器の倍率を変えようかなー。」
ニヤニヤとほくそ笑む彩香はサイズ変換機へと手を伸ばす。
彩香「うーんと、10分の1サイズとかにすれば、地下道を突き破るんじゃないかな?」
どんなときでも冷静に考えることができるのは、彩香の長所なのかもしれない。
彩香はサイズ変換器を操作して、大祐をさらに焦らせようとしていた。
しかし、次の瞬間サイズ変換器は彩香の全身をを一閃する。
彩香「えっ!? ど、どういうこと?」
彩香は、サイズ変換器を操作ミスし、自らをも100分の1サイズへと縮小させてしまったのだ。
彩香「し、しまった・・・。どうしよう・・・。」
とにもかくにも、彩香はミニチュア内へと歩を進めてみた。
彩香「う、うわ・・・。」
彩香の目の前には、先程自身が踏みしめた巨大な足型が広がっている。
極限までに圧縮された建造物や植物、道路など、凄惨な状況に彩香は思わず息を呑みこむ。
周囲に人影もいなくなり、急激に心細くなった彩香は、大祐を呼び続ける。
彩香「ね、ねえー、大祐ー。もう出てきてもいいのよー。どこー?」
彩香の叫びに答えてくれる人物はなく、周囲に空しく彩香の声だけが響き渡る。
おそらく、先程の巨大な彩香の出現により、図書館一帯からは、人っ子一人いなくなったのであろう。
巨大な足型の前で彩香はただ一人呆然と立ち尽くしていた。

???「彩香ー、入るわよー。」
ふいに彩香を呼ぶ女性の声が玄関から聞こえる。
ギュギュッ!
ズシイイン!!
明らかに何者かが履き物を脱いで家の中に入ってきた。
彩香「え、ええっ! どうしよう、隠れなきゃ!!」
小さくなった彩香は全速力で近くにあった中学校目指して走り出す。
ズシイイン!!
ズシイイン!!
巨大な人物が歩く重低音はダイレクトに小さな彩香に伝わり、彩香はすっかり怯えまくっていた。
???「彩香ー?」
そして、ミニチュアの街を通り越したはるか後方に巨大な女性の姿が出現する。
サイズ変換器を貸してくれた舞佳だったのだ。