サイズ変換器
作:いと小さき人


共に18歳である坂本貴明(さかもとたかあき)と佐藤穂波(さとうほなみ)は付き合っている。
ある日、2人は昼食をとるべく近くで新規に開店したラーメン屋に足を運んだ。
その店は、1か月ほど前に開店したラーメン店でダシがうまいと評判であった。
2人は店に入ると、座敷に通された。
程なくして、20代くらいの女性ウェイトレスが座敷にお冷を運びにやってきた。
ショートヘアーの大柄な女性で、貴明はきれいな生足に釘付けになってしまった。
貴明(うわぁ、綺麗なヒトだなぁ・・・)
そのウェイトレスは、両膝をつけ2つのお冷をテーブルへと運ぶ。
ウェイトレス「注文が決まったら呼んでください。」
そのウェイトレスの声にハッと我に返り、急いで穂波の方を向く。
貴明がウェイトレスに注目していた最中、穂波はメニューに釘付けだった。
そして、お冷を置いて、早々にそのウェイトレスはいなくなってしまった。
穂波「ねえ、貴明は何を注文する?」
貴明「よーし、この特製味噌ラーメンを食べるよ。」
穂波「じゃあ、私は塩ラーメンにするから注文しておいて。」
貴明「うん、わかった。」
穂波「私はお手洗いに行ってくるね。」
注文が決まり、穂波はお手洗いへ赴き、貴明はテーブルに置いてあったブザーに手を伸ばす。
穂波が立ち上がり、座敷の入り口付近に歩を進めると、何やら小さい物体が蠢いていた。
それは1匹の体長2~3㎜程度のアリらしき生き物であり、ウロチョロと移動していた。
ベタッ!
そんなアリの近くに黒いソックスに包まれた穂波の足が振り下ろされる。
穂波の足のサイズはたった23cm程度だろうが、アリから見ればとてつもない大きさのはずだ。
しかし、それでもアリは何もなかったように移動をしている。
ザッザッザッ・・・
そんなとき、貴明がいる座敷に向かって足音が近づいてきた。
ウェイトレス「お呼びですか?」
ベタッ!
注文を取りに訪れたウェイトレスが座敷に入った瞬間、アリの姿は消えてしまった。
貴明が急いでウェイトレスの足元を見回しても、アリの姿を確認することはできなかった。
ひとまず、落ち着いて注文しようと貴明はメニューに目を通す。
貴明「え、ええーっと、味噌ラーメンと塩ラーメンを1つずつお願いします・・・。」
ウェイトレス「はい、わかりました。味噌ラーメンと塩ラーメンですね。」
そのウェイトレスが立ち去った時、貴明は衝撃を受けた。
座敷の入り口には、惨めにもペチャンコにされた小さな黒い物体があったからだ。
もはや原形をとどめてなく、アリだったのかどうかもわからない。
注文を取りにきたウェイトレスに気付かれることなく踏み潰されてしまったのだ。
貴明は、綺麗な容姿の女性の全く正反対な野蛮な行動に興奮を覚えていた。
そんな貴明は興奮を抑えることができずに、その潰されたアリを間近で見たい衝動に駆られた。
そして、貴明は自分のポケットから「物体サイズ変換器」を取り出す。
変換器を座布団の上に置き、サイズを1cmに設定して、貴明は一気に自らのサイズを縮小させた。
ズゥン、ズゥン、ズゥン・・・
そんな小さな貴明がいる座敷に、大きな足音が近づいてくる。
穂波だ。
穂波は、貴明が小さくなっていることも知らず、座敷の入り口付近に無造作に足を下ろす。
ズシンッ!
貴明「うわわっ!!」
穂波の黒いソックスが近距離に落とされたものの、貴明はその衝撃に何とか耐えることができた。
そのまま穂波は気づくことなく、自分の座席に戻ってしまった。
貴明「ふう、危なかったな・・・。踏んづけられたら洒落にならないからな・・・。」
小走りで先程の踏んづけられたアリのもとを目指すと、貴明は再び大きな足音を耳にした。
ズゥン、ズゥン、ズゥン・・・
おそらくは、先程のウェイトレスが注文の品物を持ってきたのであろう。
身の危険を察知した貴明は、踵を返してサイズ変換器のもとを目指した。
しかし、程なくして巨大なウェイトレスが座敷に登場する。
ズシンッ!
貴明の後方にウェイトレスの巨大な右の素足が着地する。
息を切らせながらも、貴明は大急ぎで自分が座っていた座布団を目指す。
ズシンッ!
再び強い衝撃が後方から響く。
これは、ウェイトレスのもう一つの巨大な素足が着地したのだろう。
やがて、上空から声が響く。
ウェイトレス「注文の品物をお持ちしました。」
穂波「あ、こちらにお願いします。」
ウェイトレス「はい。」
ズズゥゥン!!
貴明「うわわっ!!!」
ウェイトレスの両膝が床に着地する。
ゴトッ・・・、ズザザッ・・・
貴明の上空では、正体不明の轟音が響いている。
これは、ラーメンをテーブルに置いている音ではなかろうか。
様々な不安に駆られていた貴明の周囲は程なくして明るさを増した。
貴明が安堵の表情を浮かべ後方を振り返ると、ウェイトレスは立ち上がっており座敷を出る寸前であった。
九死に一生を得たと安心した貴明はホッと胸を撫で下ろし、その場に座り込んだ。
ウェイトレス「あ、伝票を置いていきますね。」
ズシンッ!
ズシンッ!
まさに一瞬であった。
踵を返したウェイトレスは、一気に小さくなっている貴明へ接近する。
油断していた貴明の周囲は一気に暗くなり、貴明の上空はウェイトレスの足の裏で覆われてしまった。
貴明「う、うわあああ!!」
物凄いスピードで貴明の周囲は闇が濃くなっていた。
必死に助けを乞う貴明の声は、ウェイトレスの足の裏に吸収され聞こえるはずもない。
さらには、猛烈にくさいにおいが辺りを支配し、貴明は強制的にウェイトレスの想像を絶する足のにおいを嗅がされた。
貴明「た、助けてー!!ウェイトレスさ・・・」

ズンッ!
ウェイトレス「!!」
何かを踏み潰した感触を得たウェイトレスは、一瞬顔をしかめたものの、そのまま軽く足を払い業務に戻った。
穂波「もうっ!貴明くんはどこに行ったのかしら・・・。」
もう二度と戻ることのない貴明を穂波はしばらく待ち続けたのであった。

(終)