悠暦1942年3月20日
敵襲を退けた後、<扶桑号>は修理と改装を受けフィッシャー戦時少佐を指揮官に据えて第七七鉄道大隊へと編成された。
<アイゼン・マウルベーレ>と改名され、アルジュ防衛の為に急遽現地防衛軍の指揮下に組み込まれたのだった。


アルジュ郊外
稜線に配置された簡易の偽装格納庫
「128mmに格下げだなんて……」
砲車から伸びる幾分細く短くなった主砲を見てヒメノが嘆息する。
「我儘言うな、威力は十分ある」
通信機を整備しながらサカキが答える。
残念ながら補給が続かないという理由で140mm砲は撤去され、代わりに対飛行船用高射砲である128mm三八口径砲と換装。
幸運だったのは、硬式飛行船を相手にするために最初から被帽徹甲弾や徹甲榴弾のような貫通力の高い砲弾が用意されていたことだろう。
57mm砲も撤去され、40mm機関砲に換装されている。
56mmの砲弾はあるのだが、57mmは生産されていないので仕方ない。
12.7mm機関銃も軒並み7.96mmに乗せ換えてあるし、指揮車に至ってはセンサーやレーダーをほぼ撤去した。
「どれもこれもビンボが悪いんや」
ガックリと肩を落とし、悲しげにヒメノは呟いた。
「諦めろ。電子技術に関して日本とシュバニアじゃ100年以上の差があるんだから」
「…………」
再び溜息を吐いて外に這い出すと、偽装のために網や藪をかけた対戦車砲や予備の丙型砲車が広大な地雷原を半包囲するように配置されているのが遠目に見えた。
ルアムからアルジュへと続く街道の中で唯一戦車や装甲車のような重車両が軽快に動ける場所だ。
接地圧の関係から戦車以上に気を付けねばならないクリーグ兵には絶対通らねばならない場所となる。
射出車をフル稼働させて分厚い複合地雷原を敷設し、さらに新旧各種野砲と丙型砲車の予備、トーチカや塹壕でクロスファイアポイントをあちこちに設定。
これでどうにか出来なかったら……白旗を上げるしかないだろう。




3月26日朝 アルジュ駐留軍司令部
「司令、敵の攻勢を確認しました」
「そうか」
副官のテレゼ・D・ケプファー少尉があまりに事務的に言うのでアルトマンも事務的に返す。
「迎撃を前線部隊に指示。直ちに戦闘用意」
「了解しました」
いつもの訓練みたいで、逆に司令部の人間は落ち着かなかったが、この二人には関係無いようで二人揃って全く表情を変えなかった。




同日昼 トーチカ12内部
鉄道輸送の何と偉大なことか。
戦車100両以上と同数かそれ以上の装甲車。
タンクデサントが山となり、その前をクリーグが百数十人突き進んで来る。
これらの装備はルアム山脈を貫く大陸横断鉄道の支線によって運ばれて来たのだろう。
クリーグさえ居なければ集結地となっていた橋頭保など築かせる前に戦車で吹っ飛ばせたのだろうが……。
今更何を言っても仕方が無い。
まさに地面が鳴動していると例えるべき光景には冷や汗しか出ない。
下手すれば悲鳴も出るかもしれないが、それは出してはいけないだろう。
深呼吸しながら照準器を覗き続ける。
<敵軍さらに接近!>
「まだだ……もっと引き付けろ」
履帯と巨大な足の作り出す震動と轟音に膝が笑うのを堪えられそうにない。
が、ここはジッと我慢あるのみ。
あと少し……あと少し……。

ゴゥ……ン!!

クリーグの一人が対戦車地雷を踏み、片足を吹き飛ばされて絶叫しながら倒れる。
地雷原だ!とでも叫んでいるのか先頭のクリーグが身振り手振りを交えて停止を指示している。
<そんなデカイ図体で立ち止まっちゃ撃ってくれって言ってんのと同じだぜ>
誰かが舌舐めずりせんばかりに呟いた。
<全軍撃ち方始め>
<フォイア!フォイア!>
冷たく淡々とした声に続き、叫ぶような命令が飛ぶ。
慌ててインカムを摘む。
「撃てぇ!」
絶叫と共に偽装の隙間から伸びた75mm砲の砲身から砲弾が放たれる。
周囲からも一斉に砲火が上がり、驚愕の表情を浮かべるクリーグ達を爆炎と黒煙で覆い隠した。
轟音と絶叫。
逃げ出そうとするクリーグがまた地雷を踏んで倒れ込む。
動くことも出来ず砲火にさらされてハチの巣になる奴もいる。
クリーグも慌てて反撃しようと武器を構えるが、トーチカを貫ける火力を持っていない。
<ヒャッハー!食い放題だぜぇ!>
誰かの叫びの通り、完全に鴨撃ちだった。
「無敵の巨人様」を先頭に立てて攻め込んだせいで、後方の戦車隊は射線を遮られ撃つことが出来ない。
逆にこちらから見ればクリーグの巨体は射撃訓練の的より簡単に砲弾を当てられる。
しかし、何時までも撃たれっぱなしな訳も無い。
渋々と言った様子で戦車が前進し、歩兵を降ろし出す。
そこに機関銃や小口径砲が殺到し歩兵を吹き飛ばす。
濃密とは言えないが、それでも死者を量産する程度には十分な弾幕が張られた。
<奴らを近寄らせるな!接近させなけりゃ勝てる!>




ルアム山脈付近 大陸横断鉄道支線脇旧路線上
大陸鉄道の3本ある支線の脇に敷かれた旧路線を、<アイゼン・マウルベーレ>が走っていた。
後方に兵員車と戦車搭載貨車を連結している。
守備隊が敵主力を引き付ける間に装甲列車と戦車で敵橋頭保を破壊する為に密かに出撃したのだ。
もうそろそろか、とヒメノがハッチを開けて外に出ようとしたその時だった。
『前方!ポイントに敵車両!』
「!」
先頭警戒車に配されているヘルマン曹長から無線が入る。
急いでハッチから身を乗り出すと、その威容に圧倒された。
「停車!緊急停車です!」
慌てて発した命令を受け、ブレーキ音を響かせながら<アイゼン・マウルベーレ>は停車した。
それから再び双眼鏡を覗き込んで敵を観測する。
コチラの指揮車よりも全長がありそうな炭水車と、その前後にドイツ軍のA7Vに似た機関車。
まず前方に向けて指揮車が繋がれ、その次には車体からこぼれ落ちそうなほど大型の砲を搭載した砲車。
ヒサ車に似た砲車、平貨車に戦車砲塔を載せたような砲車2両、やたら大口径の機関銃を載せた警戒車らしき背の低い車両に線路資材を載せた貨車。
後ろに向かっては、電源車らしき大型車1両、砲車1両、四連装機銃搭載貨車1両、平貨車砲車2両、資材貨車1両。
計16両編成の凶悪な外見の装甲列車だった。
「ZK6!」
『ちょっ!?ZK6ってことは156mm砲装備ですか!?』
リディア帝国軍の誇るZK6タイプ装甲列車。
156mm砲1基、105mm砲2基、78mm砲4基、33mm機銃4基、14mm四連装機銃1基、12.7mm機関銃7基、7.7mm機関銃5基を装備したまさに陸上戦艦だ。
それがポイント部分に居座り、砲塔をこちらに向けている。
「総員戦闘配置についてください!全砲車徹甲弾装填!目標、2時の敵装甲列車!」
『本気か!?』
工作車に乗るハンネンが悲鳴のような声を上げる。
「当然ですよ!奴を倒さねば先に進めません!」
128mm砲2基、88mm砲6基が砲身をZK6に向ける。
『全砲門射撃準備完了!』
奇しくも装甲列車同士がお互いに腹を見せた状態で殴り合う光景がそこに出現した。
「戦車降車!」
『ヤー!戦車降車!』
ゲルラッハの声と共に後ろに連結していた貨車の側面壁が倒れ、それを足場に戦車が地面へと降りる。
それから間を置かずに敵の砲が光る。

ズドッ!ズドォォ! ガギィィン!

「うわわっ!」
周囲に爆炎が上がると同時に弐号甲砲車の側面に砲弾が命中し大きく揺れる。
命中したのは105mm砲弾で、装甲板が十分弾ける威力だった。
『こちらコウ砲車Ⅱ!被弾するも損害軽微!』
「了解!今度はこちらの番ですよ!優先目標大型砲車及び指揮車!全砲門……撃ぇぇ!」

ガガァァン!

一斉射撃が行われ、敵装甲列車の周囲に爆炎が上がった。
『命中弾無し!』
「連続射です!早くしないと敵に知られて……」
『5時に車両確認!VB‐77!』
『ヒィィ!?重戦車かよ!』
『うろたえるな!たかが百貨店野郎だ!』
「ゲルト1、2は速やかに敵戦車を撃破し、装甲列車の背後に回り込んでください!」
『ヤーボール!任せときなフロイライン』
草原を踏み躙りながら無限軌道が唸り友軍戦車が敵戦車を狙う。
VB‐77に装備された76mm砲と47mm砲の砲門が光る。
『撃て!撃ち返せ!』
ゲルラッハの怒鳴りと共に重戦車レーベンツァーンの90mm砲が火を吹く。

バン!ドン! …………ズガァン!

多砲塔戦車の薄っぺらい装甲で90mm砲弾を受け止めきれる訳も無く、大穴を開けて吹き飛ぶ。
砲塔がシャンパンコルクのように吹き飛ぶ。
が、それを見物する暇も無い。

ガンガンギンガンゴンゴンゴンゴン!!

ゴギィン!

「!」
断続的かつ満遍なく機関銃の銃撃に晒されているところに砲弾が飛来し指揮車が大きく揺れる。
危うく双眼鏡を落としそうになって慌てて握り直す。
『さっきから全然命中しないのに滅茶苦茶被弾してるんだけどっ!?』
「練度不足ですね、完全に」
小さく呟き、溜息を洩らす。
次の瞬間、ボゴン!と嫌な音が右から聞こえてきた。
続く轟音と閃光と熱。
88mm砲塔とクルー達が玩具のように空を舞う。
『ヘイ砲車Ⅰ被弾!大破!』
『直撃!?』
156mm砲弾が直撃したようで、対140mm砲防御の装甲が見事に抜かれた。
『ヤロウ!』
仕返しとばかりに放たれた128mm砲弾が敵の砲車を捉えた。

ゴガァァン!!

爆炎があがり、156mm砲の砲身が力なく下がる……と同時に後方の平貨車砲車も吹き飛ぶ。
『命中!命中!』
「やった!」
やっと砲撃が命中しだすと、決して厚いとは言えないZK6の装甲はボコボコと穴だらけになる。
弾薬に誘爆したらしく盛大に爆発を起こすと、生存者の脱出が始まった。
「逃げる者は無視してください!戦車隊は!?」
『すまん、数だけは多くて手古摺った!』

ゴガァァン!!ガッシャァァ!

敵戦車を撃滅して戻って来たゲルラッハ達が体当たりでZK6の残骸を線路から排除する。
「戦車搭載貨車は現時点で破棄!戦車は自走で追随してきてください!前進!」
燃え盛るZK6の残骸を脇に見ながら<アイゼン・マウルベーレ>が走って行く。
そこに再び警戒車から絶叫が聞こえてくる。
『11時方向、クリーグ!』
「!」
騒ぎを聞きつけてか数人のクリーグが接近してきた。
「全武装クリーグ兵を狙ってください!速度このまま!」
機関銃で牽制射撃しつつ40km/時で走り続ける。
轟音と共に線路周辺で爆発が発生し、敵弾の着弾を知らせる。
「撃ち返してください!」
『フォイア!フォイア!』

ドンドン!ダン!

生き残っている砲が火を吹くが、弾は敵の後方に流れる。
『よく狙え!』
「敵が射撃体勢になったら撃ってください!」
そう言った直後、敵の一人が射撃杖を構える為に立ち止まるのが見えた。
「今です!フォイアァァ!」

ドン!ガン!ズンズン! ……ゴシュ!

顔面に直撃し、肉片と脳漿が撒き散らされて巨体が倒れる。
他の巨人達が信じられないものを見たという表情で固まる。
「今です!急速前進!」
砲を撃ちまくりながら列車が加速する。
『……見えた!』
未だ半没陣地どころか分散配置も出来ず山盛りの物資と第二陣のためと思われる大量の車両やクリーグ用装備。
それを運んできたのであろう馬鹿デカイ機関車にどこまでも続く貨車。
『ゲルト1、2は先行する!撃てぇ!』
レーベンツァーンの90mm砲から榴弾が放たれ、物資を吹き飛ばす。
歩兵達が慌てて配置につこうとするが、128mmの榴弾をくらって吹き飛ぶ。
「オツ砲車は徹甲弾を装填!敵機関車を砲撃してください!」
『ヤーボール!』
軍用装甲機関車も88mm砲弾を目茶苦茶に撃ち込まれてへたり込む。
砲弾を撃ちまくっていると、弾薬に誘爆したらしく大爆発を起こした。
『ひゃっはぁぁぁ!』
『見たかクソ巨人共が!』
『ブンダバー!イヤッホォォ!』
炎が集積物資全体に広がり大火災と化し、戦車や装甲車をも飲み込み誘爆させていく。
「全車撤退!撤退です!」
火炎竜巻となりつつある火災を背景に装甲列車と戦車が慌てて後退していく。
それは非常に不様で、そして誇らしげな撤退だった。














重戦車 レーベンツァーン

90mm五〇口径砲を搭載した大型の試作戦車。
それに対する装甲も施されており、攻防共に高い能力を誇る。
その分重量が重いため速度は遅いが、超信地旋回は可能。
現代戦車に迫る車体サイズは迫力の一言。




VB‐77

76mm砲1基、47mm砲3基、7.7mm機銃4基を備える巨大戦車。
サイズこそ大きいが、重量軽減のため装甲はスカスカであり速度も非常に遅い。
砲塔同士射線を阻害しあったり、被弾した際の乗員脱出が困難であったりと多砲塔戦車の弱点は残らず網羅している。
唯一意味があるとすればその巨体による威嚇効果とプロパガンダ効果だが、それもクリーグの出現によりお役御免となった。




ZK6

大陸戦争時のシュバニア軍装甲列車の活躍に目をつけた帝国軍が開発した重武装装甲列車。
過剰なまでの重武装と装甲列車にしては重装甲を持つ。
その大口径砲による砲兵的運用も可能であり、まさに陸上戦艦とあだ名されるだけの威容を有していた。
生産数は少なく、時代が戦車に移ってからは後方任務が多くなっていた。