フェリペ 中央通り
魔道士達の死体を踏みしだき、クリーグが前進する。
その前面に魔道士達が隊列を組んで行く手を阻もうとしている。
魔道士達が射撃杖を構え、クリーグを睨みつけた。
「撃てぇ!」
身の丈ほどもありそうな杖から光が溢れ、先頭のクリーグに向かう。
『効かないってんだよ雑魚共がっ!』
が、その攻撃も鎧に弾かれて無効化される。
逆にクリーグの射撃杖が光り、数倍の威力の魔術弾が放たれると魔術師達の隊列の只中で大爆発が起こる。
部位ごとに分かれた死体がバラバラと降り注ぎ、周囲に悲鳴が上がる。
「ダメです!こちらの火力では全く効きません!」
「後退!後退しろ!」
指揮官の悲鳴を聞いて、秩序も何もなくマーシェ軍は逃げ出した。
それを押し退けるようにシュバニアの戦車隊が前進する。
大型砲塔と車体側面のシュルツェンが特徴的なナルツィセ戦車だ。
「シャイセ!カエル食いの役立たず共が!」
『車長!敵が突っ込んできます!』
「各車各個射撃!フォイア!」
ナルツィセの76mm砲が火を吹き、先頭のクリーグを撃ち倒す。
が、その後ろから次々とクリーグが迫ってくる。
『ダメだ!手数が足りない!』
『こう狭くちゃ上手く散開出来ん……!』
「後進!微速後進!撃ち続けろ!」
射撃杖の攻撃を弾きながら、戦車隊は後進する。
それに伴ってクリーグは前進する。
このままでは押し込まれる!
その時、クリーグ部隊の後方で轟音が発生する。
次々と100mm以上の榴弾や88mmと思われる徹甲榴弾が撃ち込まれ、クリーグが悲鳴を上げる。
さらに鉄路を走る列車の音。
「七七鉄大!」
『来やがった!あのアホ共街中に来やがった!』
『ハーッハッハ!バカだ!本物のバカだ!』
歩兵に機関銃を撃ちまくり、クリーグを蹴散らしながら街中を進む〈アイゼン・マウルベーレ〉に戦車長が手を振ると、指揮車の上で機関銃を振り回す美女が笑顔で手を振り返した。




Dokokokokokokokokokoko!

「フゥッハッハー!逃げる奴はクリーグだ!逃げない奴は訓練されたクリーグだぁ!」
両手に持ったMG41重機関銃2挺を撃ちまくりながらフルメタルっぽい叫びを上げるヒメノ。
その射線の先では帝国歩兵やクリーグが悲鳴を上げて逃げ回っている。
反撃しようとしたクリーグは眼球や額、関節部にスナイパーライフルもかくやという正確さで銃弾を撃ち込まれ血飛沫を撒き散らすだけの肉塊に変わっていく。
それ以前に〈アイゼン・マウルベーレ〉の各所に装備された砲や機関銃が引切り無しに火を噴いていて、反撃する暇などありはしない。
おかげで大通りがボロボロだが、とにかく目立つので避難所から敵を遠ざける効果もあった。
『後方より新しい敵!クリーグ兵3……いえ、4接近!さらに5確認!』
「後方は省みず前進せよ!各車前方へ火力を集中!突破します!」
汽笛を上げ、〈アイゼン・マウルベーレ〉が夜闇に吠える。
「敵が多過ぎる!一体どこから侵入したんだ!?」
指揮車の増設機関銃を撃ちまくりながらサカキが叫ぶ。
「降下してきたのでしょうか?」
「どこから。〈リデューズ〉以外来てないぞ」
ヘルマンの疑問にサカキが答える。
「……あぁ!停車!停車して!」
ヒメノの叫びに〈アイゼン・マウルベーレ〉が緊急停車する。
その右側には〈リディユツキー・リディーズ〉の主砲によって吹き飛ばされた住宅街とその真ん中の抉られた地面。
そして、弾痕を覆うように光る魔法陣があった。
転送魔法の陣をより大きく複雑にしたような図形が不気味に明滅している。
『あれは……!』
ゲルラッハが戦車のハッチ上からそれを睨み付ける。
その瞬間、一際強く明滅した陣からクリーグと歩兵が湧き出た。
「超長距離転送魔法陣!〈リデューズ〉の主砲で撃ち込んだのか!」
サカキが驚愕し、冷や汗を浮かべる。
『砲弾で魔法陣なんて反則過ぎます!』
クランシュタインの叫びが聞こえてくる。
数十キロ離れた地点をも結び付け一瞬で移動可能な転送魔法だが、熟練の魔導士が敵陣深く潜入し展開するのに手間暇がかかるこの陣を作成することは現代では不可能となっていた。
それを砲弾に封じ込め敵陣に撃ち込めるとなればそれは戦場を変えかねない発明だ。
しかし、20.3cm以上の口径の砲弾でなければ使用出来ない上、1発で中型装甲飛行船と同等というふざけた生産コストのおかげでこの後量産されることはなかった。
それを終戦まで知らなかった各国軍はこの戦闘の後帝国の飛行船や砲兵隊を徹底的に殲滅したため、帝国の物流は完全に滞り戦場はより凄惨さを増すのだが……。
ヒメノは魔法陣を睨み付けると、鋭く腕を振り下ろした。
「目標右の敵魔法陣!全砲射撃せよ!」

KABOOOON!

沸き上がった敵軍諸共魔法陣は木端微塵に吹き飛ばされ、その効力を失った。


当初こそ〈リディユツキー・リデューズ〉が捨身で放った転送魔法陣搭載砲弾による奇襲が功を奏し優勢だった帝国軍だったが、市内に突入した装甲列車部隊に種明かしをされてしまうと一瞬でメッキが剥がれた。
外部からの侵入が無いと踏んだ防衛隊司令部は外縁防衛部隊や高射部隊の対空戦車、その護衛の歩兵までもを市内に突入させ帝国軍の制圧に向かわせた。
まともな対装甲火力も無く数も揃わない帝国軍はこの時点で攻勢限界点を迎えることとなる。
そんな中、少数の帝国軍部隊が市内の奥へと向かっていた。


「突破しました!後は基地まで真っ直ぐです!」
「全く、トンだドライブだったな」
ヒメノの満面の笑みにサカキが苦笑を返す。
敵を蹴散らしながら市内を横断するという暴挙を完遂してみせた第七七鉄道大隊は、損害軽微のまま魔術工房を中心に急造された基地の近くに辿り着く。
誰もがこの大戦果に勝鬨を挙げようとした時、前方で爆発が見えた。
『前方!輸送列車が襲われてやがる!』
ゲルラッハの声にヒメノは双眼鏡を覗き込む。
「あれは……この間拾った『荷物』!」
横転した貨車の脇に投げ出された大穴の開いた装甲コンテナの表面に火花が散る。
少数の帝国軍の歩兵部隊がそれに取り付こうと機関銃や小銃を乱射しているのだ。
列車の残骸を盾に、さらに数の少ない友軍部隊が必死に阻止攻撃を行っているのが見える。
「友軍を援護します!歩兵部隊展開!」
『ヤー!』
今まで銃眼や車両上で戦っていた歩兵達が待ってましたと言わんばかりに飛び出し、遮蔽物に取り付いて敵部隊へ攻撃を開始する。
敵部隊は後方に突如現れた装甲列車に驚愕し、対応する間もなく全滅した。
「救助急いで!歩兵部隊は周囲の警戒!」
そう叫びながらヒメノも飛び出し、コンテナ脇で血を流して倒れ伏している男を担ぎ上げた。
頭と膝から先の無い右足が包帯で固められている。
傷痍軍人だろうか?
「もう大丈夫です!今助けますよ!」
そう声をかけると、男は聞こえるか聞こえないかの声量で嘆息した。
『放って置いてくれた方が助かるんだけどね……』
「……え?」
その声は確かにリディア語だった。


戦闘は既に残敵掃討の段階に入り、周囲の脅威は無くなっていた。
〈アイゼン・マウルベーレ〉は基地に向かって、警戒は怠らず低速で向かっていた。
その指揮車の中。
先ほどの列車隊で生き残ったのは歩兵数名と機関車の運転手のみで、指揮官クラスは全滅していた。
仕方がないので歩兵隊最先任の曹長の意見を聞いて基地に向かうことにしたのだ。
その曹長が、怪訝な表情でヒメノの質問に答えていた。
内容は、リディア語を話す負傷者が列車に乗り込んだかどうか……だ。
「……では、出発する時には彼は居なかったと?」
「はい、自分はそのような人物が列車に乗り込む所を見ておりません。ですから、彼が乗っていたならば……」
曹長はそこで言葉を切ったが、その場にいるヒメノやサカキ、ヘルマンらにはその先が予測出来た。
乗り込んでいないはずの人物が列車から出て来たのならば、彼は乗客ではなく……『荷物』だ。
皆が黙りこくっていると、件の彼を治療していた筈の兵が指揮車に入って来た。
「隊長、あの人が隊長に話があると言っています」
「……分かりました」
ヘルマンにこの場を頼み、サカキと共に彼を治療している後方の車両に移る。
そこには、椅子を組み合わせた簡易のベッドに寝かされた『荷物』が居た。
『……あぁ、貴官が隊長だったのか』
包帯の合間から覗く目でヒメノを見ると、呟くようにリディア語で言った。
「第77鉄道大隊隊長のヒメノ・U・フィッシャー少佐です。貴方は?」
『僕は……リディア帝国陸軍第一神兵混成旅団司令官のミロン・リチャフスキー少将。いや……正確には「だった」かな。ハルディホムではお世話になったよ』
口角を皮肉気に歪めるリチャフスキーと名乗る男性。
「ハルディホム……。あの時のリディア軍の……。でも、神兵旅団の指揮官はクリーグでは?」
防諜も何もあったものではない。
リディア帝国は、すでに内情を各国に知り尽くされている。
魔術にばかり警戒し科学技術を軽視した結果、シュバニアや日彰のスパイはほぼ野放し状態なのだ。
『あぁ、そこまで知ってるなら話は早いね。そう、僕も以前はクリーグだったよ』
「だった?」
リチャフスキーの言葉にヒメノは首を傾げる。
それが可笑しかったらしく、彼はクツクツと笑って目を細める。
『そう、クリーグの呪いの解けた無力な雑魚さ』