幼さの残る容姿の少女が腰まで海水に浸し、ニヤニヤと笑みを浮かべている。
その視線の先にはタンカーらしき船影。
ただし、その縮尺がおかしい。
少女に対して船は300cm程度しかない。
だが、蹴立てる白波や甲板の人影がそれが本物であることを示している。
そう、少女の方が異常な大きさなのだ。
2050年代中盤から世界各地に出現し、未だに出現し続ける巨大生物……人類に敵対的な、平均的な人類の十倍から数万倍の巨体を誇る人間らしき生命体やSFXに登場するかのような奇怪な巨大生物……そんな化物の一体。
100倍倍率に分類される、この世界に現れる巨人から考えればそれなりの巨体を持つ異界の怪物は、非武装の船舶にとっては致命的な存在だ。
少女が船に向かって歩を進めると乗組員達は顔を青ざめ絶望に呻く。
巨大な手が拳を握りながら持ち上がり、船に振り下ろされようとしたその時、風切り音が聞こえてきた。
少女が怪訝な表情を浮かべるか浮かべないかという瞬間、その可憐な顔の上半分が爆散した。
しばらくして、残る部分も木っ端微塵になる。
首から下はしばらく海上に屹立していたが、主が消失したことにやっと気付いたようで血液を吹き出しながらゆっくりと倒れ込み巨大な水柱を立ち上げた。


高速油槽船〈イステリア・ステイシーⅢ〉船橋
「船長!右舷に戦艦です!」
クルーの歓声を聞き、報告を受けた船長だけでなく船橋に居る者達全員が右を見る。
視線の先には灰色に塗装された無骨なフネがタンカーとは桁違いの速度で突き進んでいるのが見えた。
「こりゃぁ、本当に戦艦だ」
船長が驚き、哄笑を上げた。
長大な砲身を3本束ねた砲塔や山脈の如き艦上構造物が、ミサイルを主兵装とするフネとは違うことを如実に示している。
舷側には速射砲やCIWS、機銃が針鼠の様相を呈している。
艦中央にはおざなりと言うか付け焼刃と言うか、何基かの固定式の箱型装甲ミサイルランチャーが装備されているので一応近代化されているのが分かる。
艦首には国連から受け継がれた地球連邦所属を示す国籍旗、艦尾には連邦海軍所属を示す白地に剣を前で交差させた青い球をオリーブの葉が囲んだ軍艦旗。
艦種分類を知らない者が言う軍艦を意味するそれではなく狭義での「戦艦」だ。
「ありゃファーゴ級だな」
「船長、軍艦に詳しいんですか?」
「まぁ、海に出て長いとそれなりにはな。おい!あのフネに発光信号を送れ。『海の女王の加護に感謝する』とな」
「イエッサ!」




戦艦
長大な艦体に巨大な砲を積み、それに耐えうる鋼鉄の鎧を纏う海上の女王。
西暦にして1940年代後半にはその戦略的、戦術的価値を大きく減じ、第二次世界大戦後には消滅した艦種だ。
人類の敵が人類である限り復活することが無かったであろうこの兵器がなぜ現役でいるか。
それは2050年代の巨人/巨大生物の出現を端に発する「大破壊」が原因だ。
2050年代当時には、すでに日本で地上支援を目的とした限定的攻撃兵器として戦艦が運用されていた。
地上攻撃のみを目的としたフネだったが、突如出現した巨人や怪獣に対してその主砲は大きな威力を発揮した。
そのことから米国はモスボール状態だったアイオワ級を航空戦艦化して現役に復帰させた。
だがそれも所詮は金持ちの国の贅沢か政治的な妥協の産物でしかなく、対巨大生物戦闘の主流になることは無かった。
しかし、西暦2077年。
一万倍倍率という途方もない巨大さを有する巨人の世界と地球の南極が空間歪曲で連結してしまう。
相手の技術レベルは地球でいう旧石器時代程度と非常に低く、人類側のコンタクトに全く反応出来なかった。
だからこそ、地球に侵入してきた場合は破滅的な事態が発生すると予想され、さらに空間歪曲の影響でそのままでは地球も相手側の世界も消滅することが予想された。
人類は禁忌に手を染める。
次元消滅兵器の大量投入により相手の世界は次元崩壊し消滅、この世から消え去った。
ただ巨大であるというだけで、人類のエゴで1億の巨人達はこの世界から抹消されたのだ。
まるでその罰であると言わんばかりに、次元崩壊の影響を受けた地球は天変地異に見舞われる。
世界はズタズタになり、人類の60%が死亡した。
この災害は後に「大破壊」と呼ばれ、文明の崩壊に繋がる。
だが、例え文明が崩壊しても、致命的に技術が低下しても、数十億の人口が失われても、巨人や怪獣の侵入が止むことはなく人類は戦い続けなければならなかった。
大破壊以前の超兵器だけでは対処しきれなくなった人類は急ピッチで文明……技術の復活を急いだ。
その過程で、列車砲、要塞、そして戦艦等の巨大兵器は復活する。
急速な進化を遂げたそれらは兵器進化史の徒花として奇形化していった。
そして、西暦2200年。
2000年代初頭程度の文明まで復興を果たした地球は、未だに不毛な戦いを続けていた。