〈クニャージ・スヴォロフ〉はゆっくりと離岸しつつ、主砲を上空の歪曲反応へと向けた。
艦橋設備頂上部に設置されたレーダー/レーザー/光学複合測距儀が二時方向に振り向き、それに連動して50.8cm三連装砲が回転する。
大型砲とは思えない身軽さと滑らかさで砲身が空中に狙いを定めた。
同じく離岸したブレーメン級打撃巡洋艦〈ジョーレ・ギベレ〉が20.3cm三連装砲を空に向ける。

〈クニャージ・スヴォロフ〉CIC
「転移体、形状はヒト型!全長約40m……25倍倍率!」
電子音と空調だけが響いていたCIC内に鋭く声が響く。
歪曲空間のその先、異世界か、平行世界か、はたまた別の惑星かは不明だが、そこから地球にやってこようとする存在が電子の目で明らかにされていく。
「数1!なおもエネルギー反応増大!」
「全兵装、立ち上げ完了!」
「照準をエネルギー反応中心へ指向!各兵装連動!」
「何時でもイケますよ!艦長!」
「……」
オペレーター達の報告に無言で頷き、モニターを見遣るソフィア。
空間が歪み、放電を繰り返しているのが見える。
陸海空の戦力がそれを注視する中、突然歪みの中心が激しく明滅した。
現用の対艦ミサイルと比べれば遥かに劣る速度で赤黒く光る光線が迸り、艦隊後方をばく進する空母〈神鶴〉に突き刺さった。
傍目からは爆沈に見える程の閃光が迸るが、艦の周囲に張られた電磁防壁が膨大なエネルギーを完全に弾き返す。
閃光が治まれば、何の損傷も無いスーパーキャリアーの雄姿が海上にあった。
『〈神鶴〉より各艦へ!当艦への被害皆無!航行戦闘共に支障無し!』
戦意高揚の為にワザとだろう、広域通信に乗せて力強い声が聞こえてきた。
『転移体を敵性巨大生物と認定!顕現しだい全軍は持ち得る全火力により目標を殲滅せよ!全軍の武運を祈る、人類の未来に光あれ』
戦場に居る全ての将兵に総司令部から命令が伝えられ、殺意が一点に向かって指向された。
「エネルギー極大化!転移体、顕現します!」
「全艦撃ち方用意!」
歪みから意気揚々とそれは現れた。
オペレーターの報告通り、40mの巨体を持つヒト型の物体。
白銀の甲冑に身を包んだ美貌の少女が、赤い髪を靡かせながら身の丈程もあるランスを構え、薄く笑っていた。
残念ながらその神秘的なまでの美しさに見惚れる者は誰一人居なかったが。
『水上砲打撃部隊攻撃開始』
旗艦〈浅間〉から短く淡々と命令が下された。
「主砲、撃ち方始め!テェー!」
『主砲、撃ち方始め!!!』
ソフィアの声に続き、伊丹の絶叫が艦内に響き渡る。
直後、それらをも凌駕する大轟音が甲板から発した。
艦首側全6門の主砲から2200kgの振盪重弾頭徹甲弾が時速3000kmを超える速度で撃ち出され、巨大生物が反応する暇を与えず着弾する。
続いて〈ジョーレ・ギベレ〉からも砲撃が始まり、巨大生物は爆炎と黒煙に巻かれながら後方に向かって盛大に吹き飛ぶ。
鎧が砕けたのか、銀色に光る粒子が周囲に撒き散らされ、キラキラと光るのが見えた。
「命中!全弾命中!」
艦内が歓声に沸き、誰もが明るい表情を浮かべた。
「よくやった、砲術長」
『なぁに、これ位当然ですっ!!』
ソフィアの賛辞に伊丹が嬉しさを滲ませた声で答える。
艦内も一瞬弛緩した空気が流れる。
が、次の瞬間にそれも凍り付いた。
「目標の被害判て……敵巨大生物に被害無し!」
「!」
モニターの向こうに、目を疑う光景が見えた。
爆炎を振り払うように空中で態勢を立て直す甲冑姿の巨大生物は、驚愕をありありと顔に浮かべて艦隊を見ている。
しかし、砕けた筈の甲冑には傷どころか煤の一つも付いてはおらず、神々しい光を纏ったままだ。
40mクラスの目標が戦艦の砲撃を食らって無傷とは、さすがに連邦軍にとっては想定外だ。
特に振盪弾頭砲弾はエネルギーシールドの類を完全突破し、命中すれば文字通り振盪を起こし目標を粉砕する超兵器だ。
それが効かないとなれば……。
いや、1発で撃破出来ぬのならば火力で圧殺するのみ。
ソフィアも思わず絶句するが、すぐに表情を引き締める。
「全武装使用自由!テェー!」
『オールウェポンズフリー!』
『両用砲、射撃開始!』
『SAM、SSM攻撃開始!』
『CIWSコントロールオープン!』
『主砲射撃続行ぉぉ!!』
〈クニャージ・スヴォロフ〉は艦全体が白煙と発砲炎に包まれ、傍からは被弾でもしたかのように見えただろう。
煙を引き裂いてミサイルや砲弾が飛び出し、巨大生物に次々と突き刺さる。
それに鼓舞され、気圧されていた友軍も立ち直り一斉に攻撃を開始した。
地上からは要塞砲や高射砲、小口径レールガン、中、短SAMが撃ち上がり、空中からはAGMや誘導爆弾が降り注ぎ、海上からは大口径砲、小口径砲、CIWS、SAM、SSMが殺到する。
40mの巨体は爆炎に包み込まれ、僅かに舞い散る銀色の光が着弾を示していた。
その爆炎を裂いて巨人が滑空を開始。
艦隊を狙ってランスを構えるが、背後に回った航空機にAGMを叩きつけられ態勢を崩す。
素早く背後に振り返るが、今度は地上からの対空砲火に包まれる。
当然振り返れば艦隊と航空隊からの集中砲火。
四方八方に赤黒い光線を発射するが、艦艇は元より航空機や車両にまで搭載された電磁防壁がそれらを弾き返す。
「艦長、あれを!」
「!」
純子の声に促されて艦長席の個人モニターを覗き込む。
拡大すると、巨大生物が着る甲冑が白銀から灰色に変色しているのが分かった。
「どうやらあの鎧は攻撃を粒子に変換して周囲に拡散する特性があるようです。手や顔、ランスに命中しても同様の効果が見受けられますので、鎧の効能かは断定出来ませんが……」
「そして、変換は有限である……と?」
「推測の域は出ませんが……或は」
「よし、攻撃を続行しろ!ヒトの家に土足で上がる無粋な輩は槍衾がお似合いだ!」
おぅ!とクルー達が力強く頷き、いよいよ攻撃は激しくなる。
その時だった。
低く鋭いビープ音が鳴り響き、〈クニャージ・スヴォロフ〉が「レーダー照射により捕捉された」ことをCIC内部に知らせた。
あまりに突然の出来事に目を見開くソフィア。
オペレーターが血走った眼でモニターを睨む。
「レーダーに感!1時、2時、10時の方向、高度20に高速飛翔体、SSMと思われる!当艦隊に接近!総数は200を超える!」
「距離10000!21基が本艦への突入コース!変則機動で突っ込んできます!本艦到達まで32秒!」
素早くモニターを切り替えると、艦隊に接近するミサイルに次々とマーカーが合わさる。
高度を細かく変えながら蛇行して突入してくる。
下手に巨大生物を相手にするよりやっかいな相手だ。
そしてこの近距離、もはやSAMは間に合わない……!
「各対空砲は接近中のSSMを迎撃せよ!電子妨害!ECM出力全開!」
「了解!両用砲及びCIWSは接近中のSSMを迎撃!至急!」
「ECM開け!出力全開!」
「両用砲全自動射撃、撃ち方始め!」
「ファイア!ファイア!」
舷側に備えられた両用砲が即座に迎撃を開始した。
射撃速度40発/分の砲が連装式で両舷8基、あっと言う間に空中が黒煙で埋め尽くされる。
「敵弾1基撃墜成功!」
「さらに2基撃墜!」
「1基撃墜!さらに1基!」
猛烈な弾幕の中に次々と巨大な火球が発生する。
「2基撃墜成功!残数14!」
「敵弾本艦到達まで20秒!」
「アムリェート、トゥーラ、全自動射撃開始!」
次いで1門につき分速10000発を誇る連装20mmCIWSや、分速6000発と発射速度はやや劣るものの大威力を誇る単装の30mmCIWSが猛烈な弾幕を展開する。
「フラック27、ピアノガン、セミオート!」
かつての対空戦車〈ヴィルベルヴィント〉に似た外観の機銃と八連装のQF2ポンド砲Mk.Ⅸことピアノガンが続いて射撃を開始する。
両用砲と合わせ、もはや艦上空は火山の噴火さながらだ。
「3基撃墜成功!」
「さらに1基撃墜、残数10。さらに接近!」
「2基撃墜!」
「1基撃墜!CIWS射撃継続中!」
「1基撃墜!残数6!」
「ダメコン班、着弾に備えよ!」
それらの迎撃を突破してなおも接近する殺意の塊。
レーダー画面がそれを無感情に映し出す。
自艦を示すマーカーに向かって特大の矢が疾走して来た。
「さらに1基撃墜成功!……阻止限界点です!」
「敵弾残数5、2時より接近!……間に合わない!」
「右舷総員退避!総員衝撃に備えぇ!」
ソフィアの叫びから一拍置いて、モニターが白光で埋め尽くされた。





八百境航空基地 第4高射要塞
往年の城塞を思わせる鉄筋コンクリート製の巨大な箱、最上部のレーダー塔は高さ50mに達する。
それに設置されたカメラは港の戦闘の様子を余さず記録していた。
「艦隊が……」
誰かが茫然と呟く。
SSMの大群の奇襲によって艦隊は炎の海に沈んだ。
防空能力が手薄になったところで甲冑の巨大生物が肉薄し、無事な艦に襲い掛かる。
最初に犠牲になったのは先頭を進む剣型駆逐艦だ。
慌てて砲を向けるが間に合わない。
無遠慮に艦首側VLSの上に40mの巨体が着地した。
VLSは甲板ごと無残に踏み抜かれ、艦そのものも大きく歪む。
轟音を立てながらつんのめるように傾く駆逐艦の艦橋にランスが捻じ込まれ、光線が発射される。
電磁防壁と言えど内部への直接攻撃は想定外だ。
エネルギーが容赦なく艦内を焼き尽くし、爆発へと変換される。
煙突とアンテナが捩じ切れながら吹き飛び、ヘリ格納庫から炎が噴き出す。
キールがへし折れたようで、爆炎を上げながらグズグズと沈降していく。
巨大生物は嘲笑を浮かべながら飛び上がり、次の獲物の物色を始めた。
「艦隊を支援する!ミサイル戦用意!」
「待ってください!レーダーに高速飛翔体を捕捉!ステルス攻撃機と思しき反応!数12!飛行場への突入コースを直進して来ます!」
「!」
B‐2を小型化したような外観の攻撃機がモニターに映ると、高射要塞の指揮所は蜂の巣を突いたような騒ぎに見舞われた。
艦隊が大きなダメージを食らった今、飛行場まで破壊されてはここの防衛は不可能になりかねない。
しかも、飛行場には第二次攻撃隊が出撃準備の真っ最中だ。
「敵機を阻止しろ!全武装射撃開始!」
「了解!」
即座に高射要塞の全武装が起動し、4基の155mm六〇口径連装砲、8基の12.7cm五二口径連装砲、12基のフラック27と40mm連装機関砲、12セルのVLSから射撃が始まった。
第1、2、3高射要塞、それに周囲の高射部隊も攻撃を開始する。
二〇式高射レーザー照射システムのレンズが光り、先頭を飛行する3機が焼け溶ける。
短SAMの攻撃を避けきれずさらに4機が撃墜される。
そして、自走高射機関砲や高射砲等対空砲の弾幕に突っ込み、1機、また1機と墜落していく。
しかし、主力である高射部隊の大半が巨大生物攻撃のために沿岸部に駆り出されており、根本的な弾幕の薄さはカバー出来ない。
「敵機2、弾幕を突破します!」
「マズい……!」
その瞬間、敵機がハッキリとレーダーに映った。
弾倉が開き、反射波が大きくなったのだ。
敵機の腹には直方体が2つぶら下がっている。
「ボムディスペンサー……!」
「やらせるな!迎撃しろ!」
「間に合えぇぇぇ!」
飛行場直掩の高射砲と自走高射機関砲、近SAM部隊が僅かながら射撃を開始する。
だが、抵抗虚しく敵機から黒い塊が計4つ、放り投げられた。
「退避!退避だ!退避ぃぃぃぃ!」
黒い箱から小型の爆弾が凄まじい勢いでばら撒かれ、滑走路が爆炎に包み込まれた。
燃料弾薬を満載した航空隊が飲み込まれ、誘爆で木端微塵になっていく。
耳をつんざく轟音が響き、管制塔が倒壊していった。