〈クニャージ・スヴォロフ〉CIC
『サカタハルミジャン!』
『パマギーチェ……パマギーチェ……』
『あかん、もたへん!』
どう考えても怪我人一人出ていそうにない声を聴きながらソフィアは頭を振った。
「余裕だな貴様ら……」
呆れながらインカムを付け直すと、艦橋に詰めている洋三の緊張感の無い声が聞こえて来る。
『実際被害はありませんよ。ホップアップしたのは全部第一主砲天蓋に当たりましたし。あぁ、でも窓何枚かにヒビが入りましたな』
「右舷に命中したのもバイタルパートで完全に弾き返しました。塗装くらいは剥がれたかも知れません」
「兵装、電子機器共に異常無し」
『浸水確認出来ず』
『怪我人は……退避時に二人が転倒。頭を打ったので自力で医務室に向かっています』
ただでさえ重装甲な戦艦の特に分厚い主砲天蓋と舷側装甲帯でミサイルを受け止めた結果、損傷無しだ。
機関の損傷も皆無、速力の低下も無く変わらず12ktで湾外に向かって進み続けている。
「誘引装置が働いてくれたな」
「全くです」
誘引装置……正式名称は九九式電子欺瞞装置。
回避不能な誘導弾を舷側装甲帯や主砲等の重装甲帯にワザと命中させるように誘導する電子戦兵器だ。
戦艦のような重装甲艦はこれで敵ミサイルを文字通り弾き返すのだ。
しかし、装甲の無いミサイル艦は無傷とはいかなかった。
特に被害が大きかったのは、ドックに入ったまま迎撃に参加していた艦だ。
相互支援が出来ずに次々に被弾し、巡洋艦以下10隻以上の艦が破壊され松明と化している。
海上に居た艦も相当数に被害が出ており、数隻は沈没しつつある。
「〈沖波〉撃沈!巨大生物にやられました!」
「!」
さらに巨大生物が傍若無人に暴れ回り、被害を押し広げている。
艦橋にランスを突き刺されたうえビームを撃ち込まれた駆逐艦が真っ二つになって沈んでいくのがモニター越しに見える。
「ヤロウ、好き勝手しやがって……!」
今度は煙を吹くテスタルド級巡洋艦の背中に取り付き、ランスでマストをへし折っている。
「まだ衛星戦闘システムは復帰しないのか?」
「衛星通信は断絶状態。回復の兆候はありません」
「他基地との通信も死んだままです。こりゃ、奇襲受けてんの我々だけじゃないかも知れないっスよ」
「だろうな」
あまり嬉しくない状況を再確認して内心溜息を吐く。
そこにさらにダメ押しの報告が届く。
『滑走路被弾!八百境航空基地機能喪失!以後、作戦総指揮は陸戦艇〈リラクタント〉より発令する!』
「あちゃー、飛行場やられたかぁ」
「艦長……」
「…………」
誰もが不安を表情に滲ませて艦長席を見ている。
当のソフィアは端然としたまま、小さく呟くように声を発した。
「まだ我々は負けた訳ではない。次に奴が飛び上がった時が勝負だ」
周囲を見渡し、大きく頷く。
「主砲SHS弾装填!射撃用意!」
「了解!全主砲、振盪砲弾を収納せよ!SHS弾装填!」
『SHS弾装填!』
振盪砲弾は、その名の通り相手を振盪させることで粉砕する。
振盪する距離が長く、範囲が広いほど威力を増す性質を持っており、戦艦や戦車のような中が空洞の物体よりも巨大生物のような一つの塊に威力を発揮する。
さらに、内側から表皮に達すると体内に反射して振盪が増幅する効果もある。
100m級ならピンク色のムースに、1000m級なら消滅する程で、40m級という比較的小型サイズに対して効果は少し薄めだが、それでも普通なら木端微塵に出来る。
しかし、今回の敵は被害を拡散させてしまう特性を持っている為、折角の振盪が無効化されているのだ。
対してSHS弾ことMk.81徹甲榴弾は弾体がE鋼と同じ分子から設計された人工重合金製で、50.8cm砲弾だと総重量4000kgに達する。
本来なら超大型の地上、水上目標貫徹用の砲弾だが、100m級巨大生物の頭をかち割るには十分な威力がある。
黒光りする砲弾が揚弾機によって引き上げられ、砲身に詰め込まれる。
巡洋艦の艦上を滅茶苦茶に破壊する巨人に向けて砲身が鎌首をもたげた。
「砲術長、準備は?」
『万全でさぁ!』
「よろしい」
今度こそ吹っ飛ばしてやろうと巨人を睨み付けるソフィア以下CIC要員達。
そして、その瞬間は訪れる。
燃え上がる巡洋艦から不敵な笑みを浮かべる巨人が浮き上がった。
こちらを舐め切っており、優雅とも言える飛び立ちようだ。
速度も遅く、戦車砲でも捉えられそうだ。
それに合わせて砲身が仰角を上げる。
「テェー!」
『主砲発射ぁぁ!!!』
右舷を睨む9つの砲門から炎が迸り、砲弾が放たれた。





レサス級駆逐艦〈エキスプレスⅡ〉艦橋
艦隊最後尾に展開しており運良く被弾ゼロだった大型駆逐艦〈エキスプレスⅡ〉は〈クニャージ・スヴォロフ〉を援護しようと沈む僚艦を避けつつ前進していた。
「かんちょぉ!〈スヴォロフ〉が!」
見張りの一人が絶叫しながら空中を指差す。
そこには戦艦主砲を食らって爆炎に飲み込まれる巨人の姿があった。
「や……やりやがった!」
これまでと比較にならない量の銀の光が散り、次いで巨大な腕とランスが海上に落下する。
爆炎が晴れると、千切れた左腕を庇い顔を歪める巨人が居た。
二の腕から千切れた腕の断面と、抉れた左脇腹から出血したかのような量の銀粒子が零れている。
「まだ生きてる!」
「支援だ!SSM全弾発射!テェー!」
「前部VLS開放!SSM全弾発射!ランチ!」
艦首側装備61セルの内40セルのVLSが次々と開き、発射炎を立ち上げながら対艦ミサイル〈シーダート〉が発射される。
SAM顔負けの機動性で飛翔すると巨人の脇腹傷口に次々と突き刺さる。
戦艦主砲弾と比べて貫通力こそ大きく劣るが、破壊力は勝るとも劣らない。
巨大な爆炎が再び上がり、巨人が苦悶の表情で銀粒子を吐き出す。
再び〈クニャージ・スヴォロフ〉から主砲が放たれ、胸に巨大な穴を穿つ。
体内にめり込んだ所で信管が作動し、内蔵された高性能炸薬が無慈悲にエネルギーへと変換される。
轟然と爆発が吹き上がり驚愕に歪む顔が爆炎に消えた。
上半身が爆散すると、残った下半身も銀色の光となって消えていく。
爆発音の余韻が消えると、湾上空はこれまでと違って静寂に包まれる。
これまでの轟音が嘘のように静まり返ってしまった。
「勝った……」
誰かがポツリと呟いて一拍、湾全体から歓声が上がった。
『イィィィィヤッホゥゥゥ!』
『勝った!勝った!勝ったぞぉぉ!』
『万歳!万歳!』
『ハラショーぉぉ!ハラショーぉぉぉぉ!!』
『ブラボー!おぉ……ブラボー!!』
無線機が壊れたのかと思う程の大音量が響きまくり、歓声が聞こえ続ける。
『全軍に通達、周囲に敵影を確認出来ず。航空隊は良久野飛行場まで退避。艦隊は湾外で集合せよ。警戒態勢は崩すな』
陸戦艇〈リラクタント〉からの無機質な言葉がその中に混じり、どうにか戦いが一段落したことを戦場に知らせた。










テスタルド級ミサイル巡洋艦

連邦軍の主力巡洋艦。
外観はオールバニ級ミサイル巡洋艦に酷似。
イージス・システムこそ搭載していないが、近接防御性能が高く艦サイズも大型のため中規模艦隊の旗艦としても重宝される。

全長 220m
全幅 23m
速力 35kt

127mm五四口径単装速射砲オート・メラーラ
2基

30mmCIWSトゥーラ
4基

20mmCCIWSアムリェート
2基

VLS
32セル×2

324mm三連装短魚雷発射管
2基

六連装チャフロケットランチャー
4基




ブレーメン級打撃巡洋艦

砲を主兵装とした打撃型の巡洋艦。
外観はアラスカ級大型巡洋艦とデモイン級重巡洋艦を足して2で割ったような姿。
ただし煙突は2本。
戦艦と比べコストで勝り、簡単な対地支援任務、対巨大生物作戦に投入される。

全長 247m
全幅 28.2m
速力 36kt

20.3cm五五口径三連装砲
3基

12.7cm五四口径連装両用砲
6基

40mm四連装機銃フラック27
4基

20mmCCIWSアムリェート
4基

四連装多目的装甲ボックスランチャー
4基

六連装チャフロケットランチャー
4基

自走デコイ投下装置
2基




レサス級駆逐艦

連邦軍が剣型駆逐艦と共に主力として量産している艦。
外観はスプルーアンス級駆逐艦に酷似。
イージス・システムは装備していない。

全長 172m
全幅 17m
速力 38kt

127mm五四口径単装速射砲オート・メラーラ
2基

30mmCIWSトゥーラ
4基

VLS
61セル×2

324mm三連装短魚雷発射管
2基

六連装チャフロケットランチャー
4基

艦載機
回転翼機
2機