西暦2203年5月7日
断線していたワールドネットワークが回復すると、全世界規模で被害が明らかになっていった。
人口密集地に配備された異界流入妨害装置が効力を発揮し転移の妨害に成功、内陸部での被害は皆無であった。
反面、沿海部の被害は大きく幾つかの湾岸都市は壊滅的な被害を受けることとなった。
この事態に連邦政府は直ちに戦時体制を発令、これまでと同様に流入異世界を特定しだい中性子弾頭弾道弾による絨毯爆撃が計画された。
しかし、転移空間追跡に失敗し即時反撃は行えなかった。
連邦軍は大損害を受けた海軍の再編を急ぎつつも、受け身の防御態勢に甘んじるしかなかった。
そんな中、攻撃直前に極東にて捕獲されていたという異世界人が連邦軍本部のある北米へと輸送されようとしていた。



5月10日 太平洋
八百境軍港を母港とする極東第2艦隊は残存艦を集結させ、横須賀を母港とする極東第3艦隊と合流、戦力の再建を図った。
とは言え、航空母艦2、戦艦1、打撃巡洋艦3、イージス巡洋艦1、ミサイル巡洋艦3、イージス駆逐艦1、ミサイル駆逐艦5、駆逐艦17という数は通常編成に足りない程度でしかなかった。
極東第2連合艦隊として再編成されたこの艦隊の最初の任務は、重要貨物を積んだ陸戦艇……ペンシルボックス級の1隻である〈リラクタント〉を連邦軍本部のある北米まで護衛することとなった。
ペンシルボックス級水陸両用万能型機動要塞。
全長911m、全幅708m、全高237mの超巨体を誇る半重力浮遊機動要塞だ。
俯瞰すればHの字に見える巨大な車体に多数の火器と大積載量を備えた連邦陸軍の中枢戦力である。
390mを誇るスーパーキャリアーすら並べば艀に見える……と言えばその大きさも多少は想像し易いだろう。
最早海上に屹立する壁にしか見えないその周囲に、ゴマ粒のような艦艇が展開している。
連邦海軍特有の近接火器を重視した密集陣形だ。
その中でも多少は目立つ粒……〈クニャージ・スヴォロフ〉は陣形の中衛、〈リラクタント〉の前方、距離にして約6000mにて警戒行動を行っていた。
「しかし、あの娘目覚めませんでしたなぁ」
艦橋脇から海を眺めていたソフィアの後ろから洋三が声をかける。
彼の言う通り、戦闘直前に保護した少女は異世界人認定された時も、情報部に引き渡す時も目を覚ますことはなかった。
「結局引き渡すだけだったな。ま、楽ではあったが」
ソフィアも大して気にしていない様子で答えた。
こう言っては何だが、文字通り戦うフネである戦艦にああいった珍客は重荷でしかない。
尋問の為の設備も、収容する為の部屋も無い。
敢えて言えば独房はある。
当然、そこにぶち込んで置く訳にもいかないだろう。
早々に引き渡せて正直ありがたかった。
「しかし、敵さんも酔狂ですなぁ。何だって地球に攻め込んだのやら」
「あの後何も無いからな、宣戦布告も要求も何も。しかし、こちらからも何もアクション出来ないのは辛い。ICBMぶち込めれば楽なんだが……」
「いやぁ、上手く行きませんなぁ」
思わず吐いた溜息は、ターボプロップエンジンの轟音に混じって消えた。

海上を行く艦隊のさらに外縁、CAP機周回線よりも僅かに艦隊側。
早期警戒管制機E‐11B セラーアイ、コールサイン〈イール3〉が哨戒活動を行っていた。
「周囲に敵影無し」
レーダー員の定時報告の声を聞き、機内の空気が僅かに弛緩する。
「やっぱ平和が一番ですわ」
「いや全く」
コ・パイロットの暢気な言葉にレーダー員の一人が頷く。
「全く、戦争なんぞする奴の気が知れないですよ」
「しかも巨人でな」
「本当にそうだ、巨人とつるんで何がしたいのやら」
「奴らとはホント分かり合えないですよ、あいつら人間のことオモチャ程度にしか考えて……」
段々と巨人への悪口合戦になりつつあった所に警報が鳴り響く。
一瞬で空気が引き締まった。
「方位1‐7‐7より高度50で艦隊に接近する所属不明の高速飛翔体確認」
「ジェット推進航空機と断定。総数64、速度約430kt。……脅威α群と認定」
「艦隊までの距離約800000」
「CAP機、一時後退」
「艦隊より迎撃機発艦開始」
レーダー画面が淡々と戦況を映し出し、レーダー員がやはり淡々と読み上げていく。
「旗艦より指令です、敵艦隊を捜索せよと」
「了解、指定空域の索敵を開始する」
〈イール3〉は大きく機体を傾けると、敵機が現れた方角へと移動を開始した。

連邦海軍の主力艦上戦闘機F‐27C スーパーゼフュルス52機が編隊を組んで敵機へと向かう。
ゼフュルスは制空特化型の艦上機で、カナード装備の前進翼機であることと武装が全て収納式であること以外は普遍的な戦闘機にしか見えない。
しかし、搭載した電子装備や簡易ながら重力制御システムを搭載することによって距離を選ばない高い空戦能力を持つに至った高性能機である。
この機体群が敵機までの距離180kmまで接近すると、早期警戒管制機〈イール5〉の支援を受けて長AAMにより先制攻撃を仕掛ける。
ウェポンベイから1機8発の〈アムラームⅡ〉が発射され、敵機を追尾する。
これを探知した敵機は同程度の射程を持つ長距離対空ミサイルを装備していないようで、全機が回避行動を選択した。
しかし、編隊を乱して散開する敵機の努力虚しく少なくない数が墜落していく。
混乱する敵編隊にゼフュルスが急速接近し格闘戦を仕掛け、DH110 シービクセンに似た外観の戦闘機がそれを迎え撃つ。
しかし、電波吸収材による高いステルス性と重力制御の補助による非常識な機動力を持つゼフュルスを敵機は捉えることが出来ない。
長距離ミサイル戦に続いて格闘戦においてもゼフュルスに軍配が上がった。
遂に対艦ミサイルを抱えた攻撃隊にゼフュルスが迫り、ミサイルを発射する。
無情にも艦隊に届くことなく、攻撃機は次々と撃墜されていった。

〈クニャージ・スヴォロフ〉CIC
「要撃隊は敵護衛部隊と近接戦闘開始。CAP機、敵攻撃隊へ向かいます」
「迎撃目標指示来ます」
旗艦であるW・E・マイヤー級イージス巡洋艦〈浅間〉から目標割り振りが届き、戦闘システムが狙いを定める。
〈クニャージ・スヴォロフ〉に備えられた4基のランチャーが発射管を斜めに起こし、戦闘態勢に入ったことを示す。
「SAM発射準備完了」
「あぁ」
ソフィアが頷くと、再びCIC内は空調の音と電子音だけが残った。
初戦のような焦燥感は無く、張り詰めた緊張感だけが漂う。
相手に巨人が居ないだけで幾分か気は楽になるものだ。
ソフィアはレーダー画面に目を向ける。
と、迎撃部隊が戦う空域とは別の方角からほぼ同数の敵機が接近するのが映った。
「新たな対空目標捕捉!方位1‐6‐1、距離800000より高度50、速度430ktで接近中!」
「数は61!反射波より交戦中の敵機と同型であると思われます!脅威β群と認定!」
「迎撃機第二波緊急発進中!」
空母の甲板に待機していた戦闘機が慌てて出撃し、格納庫から残る機体も引き出される。
航空母艦に搭載される艦載機の数は108機程。
内ゼフュルスは40機であるから、2隻で80機。
CAP機は各空母より8機ずつ計16機。
第一次攻撃隊の迎撃で52機が展開しているため、残数はたったの12機となる。
そこで第2連合艦隊は、敵艦隊への打撃力が不足するのを承知で戦闘攻撃機も迎撃に参加させることとした。
かつて日本国で運用されていたF‐2改を艦載機に改造したデルタ翼でカナード付の機体……F/A‐2B スカイ・マンタが対空兵装で準備され、リニアカタパルトによって空へと撃ち出される。
こちらも空母1隻につき40機。
2隻から24機ずつ合計48機の機体が出撃し、12機のゼフュルスと合流して敵機迎撃に向かう。
迎撃準備が終わるや否や、安堵する暇も無くオペレーターが悲鳴を上げた。
「さらに方位1‐3‐7より新たな対空目標!距離800000!高度50にて速度430ktで接近中!数65!」
「脅威γ群と認定します!」
「何!?」
「敵には何隻空母が居るんだ!?」
「狼狽えるな!連邦軍人は狼狽えない!」
「いや、お前が狼狽えるな」
ソフィアは呆れ顔になりながら言い、レーダー画面を眺める。
前回と違い長距離索敵に成功しているのに加え、艦隊のECMにより長距離攻撃は無効化している。
艦隊の位置はおぼろげに確認出来ても、航空機搭載の電子機器では電子妨害を突破して艦船をロックオンすることは出来ない。
現状敵が艦隊攻撃を仕掛けようと思うのならば、中SAM、短SAM、そして近SAMやCIWSによる個艦迎撃、と三段階の迎撃網全てを突破して第二次大戦バリの接近攻撃をしなければならない。
そして、連邦艦隊はそれの実行を躊躇う理由は無かった。
『全艦対空戦闘攻撃開始!』
敵機との距離が500kmを切るとイージス艦先導の下、各艦から一斉に対空ミサイル〈ガントレット〉が発射された。
発射された〈ガントレット〉が到達する寸前……距離約300kmの地点で敵機の内44機が一斉に上昇する。
対艦ミサイルの発射態勢に入ったのだろう。
が、ミサイルが放たれることは無かった。
前述のECMがレーダー誘導を妨害しているのだから当然だ。
敵機の困惑が見て取れそうな程、動きが乱れる。
そこに容赦なく100発を超えるミサイルが突入し、次々と敵機を血祭りに上げていく。
レーダー画面から面白いように赤の輝点が消えていく。
数秒後、生き残った20機程の敵機は反転し撤退して行った。
が、それと入れ替わるように、別の編隊が現れる。
「新たな対空目標方位2‐3‐7!距離800000!数は62!高度50にて速度430ktで接近中!脅威δに認定!」
「もし敵の空母がこちらと同程度ならこれで3隻目だな」
ソフィアが呆れて肩を竦めた。
これまでの攻撃で敵は250機以上の航空機を投入している。
敵が連邦軍と同程度の空母を持つのなら、艦隊を防衛する機体まで考えれば3隻は確実にいる。
しかし、今は艦隊の防衛が最優先だ。
〈クニャージ・スヴォロフ〉のランチャーに再びSAMが装填された。

2時間後
とうとうミサイルの1発も艦隊に到達する事無く、敵機は撤退した。
α群は全滅、β群は2機残して壊滅、艦隊に直接ぶつかったγ群とδ群も合計して40機程度が離脱を果たしたのみだ。
対してこちらの被害はゼフュルス1機、スカイ・マンタ3機を失うに留まる。
第2連合艦隊は艦載機を収容すると補給、整備を行い、スカイ・マンタ各機に対艦兵装を積み込む等反撃の準備を開始した。
艦隊が態勢を整えている間に〈イール3〉が敵艦隊の所在を掴む。
艦隊から見て方位1‐8‐0……丁度南の方角、距離は約1200000。
340m級の母艦型5、160m級の艦24、それに300m級の大型輸送艦が1。
大破壊以前の米軍空母戦闘群と同じく20km程の間隔で散開した超巨大輪形陣だ。
強力な電子機器と長大な射程を持つ対空ミサイルを装備するならば妥当な陣形である。
これを受け、CAP機を除くゼフュルス56機、スカイ・マンタ64機、電子戦機ES‐6 センチュリー2機の攻撃隊が直ちに出撃を開始。
編隊を組んだ攻撃隊はセンチュリーの電子支援を受け、低空で侵攻。
ここで再び敵は、位置は掴めても攻撃できない歯痒さを経験することとなる。
艦載電子機器ですらセンチュリーの電子妨害を突破出来ず、敵の長距離対空ミサイルは沈黙。
当然、対空火器での弾幕など想定外の戦術であり、接近した所で有効射程外だ。
迎撃に出た戦闘機50機もゼフュルスによって撃退され、有効な迎撃方法は皆無となる。
敵艦隊の陣形の合間を潜り抜け、攻撃隊は無傷で攻撃位置へと到達した。
敵空母1隻に対して10機の編成で襲い掛かる。
残る機はセンチュリーと共に随伴艦へと向かい、敵の漸減を目指す。
ここまで接近、散開すれば流石にセンチュリーのECMも全ての機を防衛することは出来ない。
空母は搭載された対空ミサイルで迎撃を試みた。
しかし、絶対数が全く足りない。
チャフやフレアによって完全に回避され、最早裸と変わらない状況に追い込まれる。
真っ先に攻撃を開始したのは対艦ミサイル装備の機だ。
距離にして5000まで肉薄して1機につき6発、翼や機体に懸架された空対艦型の〈シーダート〉を発射。
射程を10000まで切り詰めた代わりに弾速はマッハ4にまで増大、炸薬量も1.7倍となった最早艦載型とは別物のミサイルだ。
1隻に対し24発が発射され、凄まじい速度で突入する。
速射砲も両用砲も無く、30mmCIWSを艦の周囲に4基装備しただけの敵空母はこれを落とすことが出来なかった。
敵艦直前でほぼ垂直に上昇すると、800kgの巨大な槍は次々と甲板に突き刺さった。
格納庫にまで達したミサイル達は次々と炸裂し、艦を内側から破壊する。
舷側に設置されたエレベーターやあらゆる開口部から爆炎が吹き出し、一瞬にして空母としての機能を奪う。
艦橋に刺さった場合は悲惨そのもので、アイランドが木端微塵になったうえ根本から爆発で抉り取られてCDCごと艦から脱落してしまう。
ただの浮かぶ鉄箱になってしまった空母だが、それにすら航空隊は容赦しない。
残る機は空母との距離2000にまで接近し、機体に懸架された2発の「魚雷」を投下した。
Mk.77長魚雷と呼ばれる直径660mmの鋼鉄の銛は着水すると80ktまで加速、敵艦の真下まで進むと磁気信管を作動させて400kgの高性能爆薬を爆発に変換した。
10発以上のこれを食らい、10万tを超えるであろう巨体が僅かにだが浮き上がり、今度は急速に沈んでいく。
全く同じ光景が5つ同時に現出し、5隻の巨大空母が太平洋へと没していった。
同時に敵の護衛艦にも攻撃隊が襲い掛かる。
個艦防空能力に頼らねばならない状況で敵艦は酷く脆弱であり、一方的に撃沈されていく。
特に至近距離で便りになる対空火器が速射砲2~1基とCIWS2基では話にならない。
最早戦況は決した。
弾薬が余った機は最後の1隻……超巨大輸送艦に迫る。
接近すると、戦闘支援艦を彷彿とさせる艦影が見えて来た。
武装はCIWSのみらしく、弱弱しい火線を射程外から撃ってくるだけだ。
対艦ミサイルで射程外から撃沈しようとした時、艦の中央に設置されているヘリ甲板らしき部分が開放され、何かが盛り上がった。

『巨人だ!巨人が乗ってやがる!』

『殺れ!今の内に沈めろ!』

パイロットの悲鳴と〈シーダート〉の発射は同時だった。