「はい、と言う訳で我々が君の新しい家族だ。これからよろしく」

「お……おにーちゃ」

「なした?」

「おねーちゃも……」

「ん~?どしたの~?」

「おかーさ、おとーさ」

「「?」」

「あの……私は……ヒトじゃないです……」

「…………」

「…………」

「あぁ、奇遇だな、俺は物心ついた頃から孤児院育ちだったぜ」

「ちなみに私はストリートチルドレンでスリやってた時にとーさんに捕まって養子にされて日本に連れてこられたわよ」

「お父さんなんて親に捨てられたから親戚の家で育ったぞ~?」

「お母さんはお姉ちゃんとおんなじ。ただ、養子じゃなくて妻にされちゃったけどね」

「でも……」

「子供はそーいうの気にしなくていーの!」

「そうそう、それより飯食おうぜ」

「うは~!肉だ肉だ~!」





「……ぁ……ぁりがと……」










20XX年某月某日

「臨時ニュースを申し上げます。八百境市に巨大な少女が出現したとのことです。身長約100mの少女は「小人はオモチャ」、「全て破壊する」等と発言し、無差別攻撃を開始しました」

「こちら現場の八坂です!現場は地獄としか言いようがありません!巨大な少女の攻撃によって八百境市の新都心部は壊滅状態!死者はすでに千名を超えるようです!あ!見てください!対話を試みようとしたあのヘリの残骸です!」

「航空自衛隊は有力な対地攻撃力を有していません、苦戦は必至でしょう」

「トレボーより各機、陸自が攻撃するには人口密集地が近過ぎる。何とか目標を街の外に誘き出せ」

「空自の奴らが命賭けてやってくれたんだ!絶対外すんじゃないぞ!撃ち方始めぇ!」

「やりました!自衛隊の勝利です!大きな損害を出しましたが、少女の撃退に成功しました!」

「言葉を絶する凄惨さです。現場では未だ遺体の回収すら行われず、死臭で満ちています」

「倒壊した家屋は2000を超え、最終的な死者の数は1万に上っています」




八百境市総合病院跡
巨大少女の攻撃によって病院も破壊され、患者やスタッフ達百数十名も犠牲になっていた。
その亡骸が今も埋まる瓦礫の横、巨大な足跡が幾つも残る駐車場は仮の病院となっている。
あちこちから苦悶の呻きや怨嗟の絶叫が上がり、さながら野戦病院と言った体を成していた。
その中を、黒みがかった金髪を膝近くまで伸ばした少女が走っていく。
自称ヒトではない少女、桜庭 姫乃である。
しばらく走っていくと、一人の女性の前に立ち止まる。
「お姉ちゃん、水です」
「…………ありがと」
褐色の肌に灰色の瞳の少女、桜庭 雪香が疲れた笑みを浮かべながらミネラルウォーターのペットボトルを受け取った。

姫乃は雪香の横に座る。
「どうですか?お兄ちゃんは」
「右手と右足は駄目だって。失明も避けられないみたい。でも、手術するための部屋も機材もないから……」
そこまで言って、雪香は表情を歪めた。
「大きな病院に移さないと……死んじゃうかもって……」
「…………」
姫乃の端正な顔はピクリとも動かず、その感情は読めない。
「なんなのよあの女!何の権利があってこんなことするの!?私達が何かしたって言うの!?」
「戯れの行為でしょう。街を破壊したり人を殺すことが彼女にとっての娯楽であり……」
姫乃が淡々と説明し始めるが、すぐに怒声で遮られる。
「そんなこと分かってんのよ!!大きかったらヒト殺してもいいって言うの!?兄貴が死にかけてるのにアンタは!!」
そこまで言って、雪香は悲しげに俯く。
「…………ごめん、怒鳴ったりして」
「いえ」
「ごめん、今は一人にしてくれる?」
雪香は俯いたまま、泣き出しそうに震える声でそう言った。
「はい。お姉ちゃん、ごめんなさい」
「…………ん」
雪香は小さくだが、頷いた。


「お兄ちゃん、具合はどうですか?」
地面に敷かれただけの薄い布団の上、右腕と右足を付け根から添え木され、目も包帯に覆われている青年、桜庭 彰はその声に顔を傾けた。
「ヒメか?今は大丈夫だよ」
「そうですか」
苦しげに答える彰の左手を握る姫乃。
「父さんと母さんは?」
「明日には日本に帰ってくるそうです」
「そうか……、なんとか間に合いそうだな」
サバサバとした笑みを浮かべ、呟くように彰は言った。
「そういうこと言うのはやめてください、皆悲しみます」
「でも、無理だろ?」
「…………」
困ったように言う彰に反論出来ない。
「ごめんなヒメ、もうお兄ちゃんは……」
「言わないでくださいやめてくださいお願いだから生きてください何でもします…だから…だから……!」
ギュッと、彰の手を強く握る。
「お前はあんまり我がまま言わないと思ってたんだがな。そんな子はお兄ちゃん嫌いになっちゃうぞ?」
「嫌われても憎まれてもいいです。お願いします、死なないでください」
彰は悲しげな笑みを浮かべ、手を握り返す。
「ごめんな、ヒメ。本当にごめん」


「ヒメ、ご飯」
駐車場の外れに一人佇む姫乃の背中に、雪香は乾パンの缶詰を差し出す。
「ヒメ」
「お姉ちゃん」
振り返らずに、姫乃は口を開いた。
「……なに?」
「私は今まで我慢してきました、殺したいのだって、壊したいのだって。お兄ちゃんが、お姉ちゃんが、お父さんが、お母さんが、学校の皆が、隣のおじさんが、角の本屋さんが、唐松屋の喫茶店が、石屋の商店が、中央図書館が、自然公園が。皆々大好きだったから」
そう言って振り返った姫乃は、とても楽しそうな、綺麗な笑みを浮かべていた。
「でも、あの少女は全部奪っていきました、私はあの少女を許せません。そして、それを口実に破壊と殺戮に酔います。もう我慢出来ないんです」
「ヒメ、あんた何言って……」
「行ってきます、お姉ちゃん」
「ちょっと!ヒメ!」
突然ブレザーから奇妙な服装に変わった姫乃は、そのまま浮かんで消えてしまった。
「ヒメ……、あんた本当に……?」
一人残された雪香は、呆然と姫乃の居た空間を見ていることしか出来なかった。



地球とは違う星
とある国の都市
そこで少女は、眼科から離れながらブツクサ文句を言っていた。
「あの小人ども生意気過ぎ。次は全部踏み潰してやる」
榴弾砲が直撃し、少々傷ついた目には眼帯が装着されている。
そう、彼女が八百境市を攻撃した少女だ。
ある日突然瞬間移動と巨大化の能力を手に入れた彼女は、幾つかの星へと出向いてはストレス発散として暴れまわっていた。
当然、自らが触れてはいけないモノを叩き起こし、あまつさえ怒りを買ったなどとは思いもよっていない。
その傲慢さは、正しく報われることとなる。
始まりはそのすぐ後だった。
最初に気付いたのは少女の居る国とは別の国だった。

その国の偵察衛星網が、衛星軌道上に約10000mの物体が出現したのを感知した。
その物体はかなりの速度でこの星に迫っているのを確認したその国は非常警戒警報を発したが、その時その物体はすでに大気圏に突入していた。
物体は大気圏に突入してから異常なまでの減速したことから人工物ではないかとの見方もされ、スクランブルした航空隊の報告が待たれた。
『こちらシュトフル1!信じられん、ターゲットは巨大な女だ!』
「シュトフル1、こちらスペリアコントロール、報告は正確に行え」
『了解、報告を続ける。ターゲットは人間の女性に酷似した外見を持つ。髪は非常に長く、黒い全身タイツのようなものを着用しており肌の露出はほとんど無い。羽及びそれに類する部分は確認出来ないが、マントとスカートが……』
「こちらスペリアコントロール。シュトフル1、君はふざけているのか?」
『本当だ!信じられないほど巨大な少女なんだ!……何だ?こちらに手の平を…………』
そこまで言って、そのパイロットからの通信は途絶えた。
「シュトルフ1、ロスト!」
「まさか、撃墜された……?」
司令が小さく、呆けた声を上げる。
「どうしたシュトフル1?報告を続けろ」
しかし、それに答えたのは、彼の二番機であり今までずっと黙っていたパイロットだった。
『こちらシュトフル2、シュトフル1は撃墜されました。巨大少女の手の平から何かが発射され……』
酷く怯えた、震える声で報告が続く。
「報告は正確に行え!何が発射されたというんだ!?」
『分かりません!目標の手の平に昔本で見たような魔方陣のようなものが現れて……。駄目だ!完全に捕捉されている!』
「落ち着けシュトフル2!状況を報告せよ!」
「目標が機動を開始!馬鹿な……目標は……!」
『目標の機動は当機を完全に凌駕!後ろに張り付いて……クソ!遊んでやがる!』
「シュトルフ2!退避しろ!」
『もう無理だ!あの女笑ってやが…………』
一瞬の破壊音を残し、通信が途絶する。
「シュトルフ2……ロスト……」
「直ちに全部隊を稼働状態に移せ。それと……上に報告だ」
司令の声が沈黙の中に響いた。



身長10000mになっている姫乃は、何の躊躇も無く人口密集地に着地した。
黒色のブーツが着地し、街を押し潰す。
建物も車両も人間も、一緒くたに圧縮され原型を失う。
続く衝撃波でさらに広範囲が粉砕され、被害は倍加していく。
地上の惨状を「感じて」、姫乃は笑みを浮かべる。
そして、全世界に自身の姿を投影する。
誰もが茫然とそれを見ているのを確認してから口を開く。
「お初にお目にかかります、私は桜庭 姫乃と申します。先日、私の住む町があなた方の中の一人に攻撃され、少なからず被害を受けました。ですので、その報復としてこの星を滅ぼします。抗っても、許しを請うても無駄ですので、よろしくお願いします」
そう言って頭を下げてから、一歩踏み出した。
誰もが理解出来ぬまま、影に覆われる。
少し勢いを付けてから、降ろす。
無慈悲な破壊が人々の頭上に降り注いだ。


少女が気付いた時、別の都市の空中に浮かんでいた。
「は?ここどこ?ぅぁ!?」
そこは丁度巨大なブーツに圧縮された地区と、衝撃波に磨り潰された地区の狭間だった。
大量の瓦礫とそこかしこに残る赤い染み。
数十m位置をずらせば、ただ平坦な深々とした窪地があるだけ。
そこについさっきまで建物があり、人々が活動していたなどとはとても信じられない光景。
『見えますか?』
「!?」
突然頭に響いた声に驚いて左右を見渡すが、人影は無い。
『あなたはそこでこの世界が破壊されるのを見ていてください。あぁ、安心してください、最後にはキチンとあなたも殺して差し上げますから』
楽しげな声が脳内に響くと、その声はあの巨人の声と酷似しているのにやっと気付いた。
なぜあれだけ巨大になりながら声量だけ大きくなって声音が変わらないのか……という疑問は少女の中には生まれなかった。
「なんで……?」
そして、少女にはなぜこんなことをされるのか心当たりが全く無かった。


少し大股気味に右足を進め、街の一区画を踏み潰す。
それから元の位置まで引き戻す。
音速を超えながら街を磨り潰していくブーツの下に、悲鳴も怒号も命乞いも消えていく。
やっと事態を把握した人々は、姫乃から離れようと各々の移動手段を使い始める。
姫乃はそれを笑顔で見下ろす。
「抗うのは無駄だと言ったはずですが……。まぁ、いいでしょう、生物としての最後の権利を存分に行使してください」
そう言うと、郊外に向かって歩き出す。
当然足元など考慮せずに進んでいく。
クシャクシャと建造物や人々を踏み潰しながら街の外縁につくと、足を延ばして爪先だけで地面を横に薙ぐ。
山間部にかかっていたこの街の動脈の一つである幹線道路が簡単に寸断され、上に乗っていた車ごと粉砕される。
それを何度か繰り返し、主要な道路の全てを、そこに通っていたモノごと破壊し尽くす。
街の隔離を終える頃には、街の郊外が巨大な足跡だらけになっていた。
再び姫乃は街の中央に戻ってくる。
当然だが避難は完全に滞り、多数の人間が残っている。
それを見て、姫乃は満面の笑みを浮かべる。
「フフ。さぁ、早く逃げないと殺してしまいますよ?」
そう言って大通りの上に足を掲げ、群衆の上に何気なく降ろす。
再び数百人の悲鳴が地面ごと押し固められた。


少女は、目の前の破壊行動を見て愕然としていた。
人間が無惨に殺戮されていくのを見て、へたり込んでいた。
少女は姫乃に強制的について行かされ、その足元を見せ付けられていた。
「なんで!?どうして!?私が何したって言うのよ!」
巨大過ぎる姫乃に、自分を完全に棚に上げた抗議の声を上げる。
しかし、返って来たのは侮蔑と殺気に満ちた冷たい声。
『最初に言いましたよね?あなたは私の街と家族を傷付けました。だから、絶対に許しません』
「え…………?」
そこで、少女はやっと自分のしていたことに思い当った。
「そんな……嘘でしょ……?や……やめて!」
『おや?あなたが言っていたことですよ?「小人は皆私のオモチャ」です、「弱いのがいけない」んですよ』
「そんなこと……させない!」
少女は叫びと共に巨大化しようとした……が、1mmも大きくなる気配がしなかった。
「なんで……?」
少女の悲痛な疑問は巨大な破壊音にかき消され、誰の耳にも届かなかった。


「おや?」
街の大半を踏み潰し終え、次の街に移ろうと思っていた頃、姫乃は小さな刺激を感じた。
腰から広がるスカートに似た装飾部と背中のマント、その右半身部分に小さな爆発が幾つも発生している。
その延長線上を見れば、対艦ミサイルを装備した攻撃機が多数、編隊を組んで続々とミサイルを発射し続けている。
他にも対地ミサイルを抱えた爆撃機や、数十tは爆弾を搭載出来るであろう大型爆撃機が多数接近してきていた。
「無駄だ、と言ったはずですが」
姫乃は楽しそうにそう言って、走りだした。
ただ走っただけだが、捕捉出来る速度ではなかった。
漫画か何かである、一瞬で相手の後ろに現れるということをこの巨体でやって見せた。
当然足元は巨体の高速移動による直接打撃と衝撃波で大きく抉れ、生存者の存在を皆無にさせていた。
もちろん、勇敢にも立ち向かってきた彼らもすぐに同じ世界へと送るつもりだ。
「まずはあなた達からですね」
A‐10になんとなく似ている爆撃機の編隊を手刀で横薙ぎにして殲滅する。
全身タイツのような服装の中、唯一余裕のある寸法の袖部分だが、その柔らかそうな表面に衝突した瞬間に機体が破砕される。
1秒にも満たない時間で破片すら残さず全滅する。
すぐにその少し上を飛んでいた攻撃機の編隊に、回し蹴りをぶつける。
どうせ全身タイツのような服装をしているから、スカートの中を見られても構わない。
まず、腰の装飾部分もスカートと言うよりはマントの亜種みたいなものだ。
やはり瞬時に殲滅し、しかもその動きで翻るスカートに絡め取られて、中高度にいた大型爆撃機数機も巻き込まれる。
生き残りが慌てて高度をとって高高度の編隊と合流しようとするが、彼らも逃がすつもりは無い。
彼らは高度約22000mにいるため地面からは届かないが、そんなこと姫乃にとっては些細なことだ。
予備動作も全く無しで飛翔し、笑みを浮かべながら彼らを追い抜く。
編隊の後方上空から黒いグローブに包まれた手の平を向け、目を細める。
「消えなさい」
直径1kmを超える魔方陣が手の平の前の空間に出現し、直後巨大なエネルギーが解放される。
最初の戦闘機を落とした時とは比べ物にならない威力。
数十数百の光に分かれ、その一筋が爆撃機編隊を飲み込む。
他の光は弧を描きながら地上に着弾し、巨大な爆発に変質する。
直径百数十km、地下数kmに渡りそこにあった都市、そこに居た生物、そこにあった地形、全てを原子や分子にまで粉砕し蹂躙した。
「あはははははは!」
姫乃はその光景を眺め、澄んだ笑い声を上げる。


さっきまで居た大陸を殲滅した姫乃は、少女の住む街までやってきた。
瞬間移動をしたため、その地方都市は姫乃が接近していることすら分からなかった。
街の住人が気付いた時、すでに姫乃は郊外に立っていた。
「やめてお願い!謝るから!もうしないから許して!ごめんなさい!ごめんなさい!」
その街が自分の住居と家族のある場所だと気付いた少女は、不様なまでに泣き叫び、謝罪し、懇願する。
しかし、それは姫乃の嗜虐心を刺激する異常の意味は無い。
「ふむ、確かにこのままただ皆殺しにするだけでは面白くないですね。あなたにも反撃のチャンスをあげましょう」
足元に浮かぶ少女に笑顔を向ける。
「今からあなたを解放します。どんな手段でも私を撃退出来ればもうこれ以上は何もせずに帰りましょう」
少女は内心歓喜の絶叫を上げた。
そしてすぐに巨大化した。
最大サイズの30000m。
姫乃の3倍。
すぐに潰してやる。
そして、コイツの故郷であろう自分を傷付けたあの星にすぐに復讐してやる。
そう思い、愕然と自分を見上げているであろう姫乃を探す。
「さぁ!逆転よ!あんたの身の程を…………」
そこまで言って、少女は顔色を真っ青にした。
その視線の先には姫乃の顔がある。
少女の背は、顎の下に敷かれた拳すら超えていない。
虫けらを見るような冷たい笑みを湛えた瞳が少女を捉えている。
姫乃は音も無くさらに巨大化し、寝そべって少女を見下していたのだ。
体は幾つもの都市を押し潰し、広がった髪は山河を切り裂く。
マントやスカートですら地盤を沈下させ、地形を変えていく。
「身の程を、何ですか?」
巨大な声が響くが、それで発生するはずの爆風や衝撃波は無い。
それで少女や街を潰すのは詰らないと思ったからだ。
少女はガタガタと震えながら姫乃を見上げる。
「おねがい、いのちだけは」
少女の震える声を聞いて、姫乃は笑みを深めた。
「許しを請うても無駄ですよ」
重低音と共に片手を顎の下から引き抜き、人差し指で少女を押し潰す。
それだけで少女の後方の街まで地盤がめくれ上がり、そこに住む住人を殲滅した。

数分後
姫乃の目の前には、さっきまでいた惑星が飴玉程度の大きさで浮かんでいる。
まだ無事な方の半球を見ながら、最後の宣告を始める。
「それでは、最終段階に入ります。生き残った方々には、これから私の糧となってもらいます」
惑星の表面から困惑が沸き上がってくる。
残っている住人達は未だ事態を飲み込めず、当然ながら姫乃の言葉の意味も理解出来ていない
「簡単に言いますと、この星を食べ、皆さんを吸収します」
姫乃の端的な物言いに住人達はやっと理解し、そして恐怖と絶望と怨嗟の声を上げ始める。
しかし、姫乃はそれを欠片も意に介さない。
「いただきます」
ただそう言って、艶めかしく舌を延ばして星を絡め取り口内へと導く。
長めの舌が岩盤を砕き、地殻を粉砕し、マグマもマントルも核も掻き混ぜる。
当然、生存していた四〇億程度の人類をはじめとした生物は皆すでに磨り潰され唾液と混ざり合い、原型を残しているものは皆無だ。
恍惚とした表情で右頬に右手を当て、うっとりと味わう姫乃。
しばらく口内で転がした後、たっぷりの唾液と混ぜ合わせた星のなれの果てを飲み込む。
それからしばらく、姫乃はゆっくりと下腹部をさすりながら満足げに宙をたゆたっていた。



それから数日後 八百境市仮設病院
『奇跡としか言いようがありません!死亡が確認されていなかった行方不明者が次々と瓦礫の中から救助されていきます!衰弱した方は少数いるようですが、ほとんどの方は怪我も無く……』
「♪~」
テレビから流れてくるレポーターの興奮した声をBGMに、鼻歌を歌いながら姫乃はりんごの皮を剥いていた。
「なぁ、ユキに聞いたんだが、ヒメはあの日どこかに消えたんだって?」
すでに目の包帯を外し、両手足とも快方に向かっている彰が怪訝そうに声をかけてくる。
「えぇ、ちょっと」
何でもないように返事をする。
その答えに、雪香が不審そうに姫乃を見る。
「まさか、この奇跡はあんたが起こしたなんて言わないわよね?」
「さぁ、どうでしょうか」
姫乃は妖艶な笑みを二人に向け、胡乱に答えるだけだった。