「…………?」

「おい、もう必要なモノはもう全部拾ったぞ。何探してるんだよ?」

「ちょっと、剣を。お兄ちゃん、知りませんか?」

「けんだぁ?図書券でもなくしたのか?」

「そっちじゃなくて刀剣類です。両刃剣なんですけど……」

「そんなの持ってたのかよ、見たことないぞ。どんくらいの長さなんだ?」

「大体10000mくらいの……」

「そんな剣まず地球上に存在してないわ!」














ある日、とあるエルフの村に人間の男が訪ねてきた。
彼は自らを歴史研究家と名乗り、話を聞きたいと言ってきた。
村長はそれを快諾し、自らの家に彼を通した。
「さて、あなたは何を聞きたいのかね?」
「はい、かつてこの世界にあったという剣と、それを引き抜いて行ったという女神サクラバヒメノの話を教えて頂きたいのです」
「ほぅ」
エルフの老人は塞がりかけた目蓋を薄く開き、男性を見る。
「あれは人間の間でも語り継がれているのではないのかね?」
「えぇ。でも、僕は真実が知りたいのです。女神が人々を救うために剣を振って、魔族の国を滅ぼした……なんて信じられないんですよ」
「確かに、あれは人間や亜人を救うためではなかったでしょうなぁ」
「?」
「ではお話ししよう、昔何があったか」





その光景はこの世界の人々にとっては昔からの日常だった。
その大陸には巨大な剣が突き立っていた。
普段は雲が邪魔をして半分以上見えないほどの巨大な2本の剣。
かつて邪神を征伐した神が使用していた……などとも言い伝えられる。
現在はその足元が魔族の国となり、刀身自体にも龍が巣食っているため、人間をはじめとする魔族と対立する種族は近づくことすら出来ない。
もちろん、魔族がその剣をどうこう出来るという訳でもなく、この世界の誰もがその剣が何であるかを知らなかった。

エルフの村
その日、ふらりと現れた少女にエルフ達は警戒を隠さなかった。
そのレオタード?鎧?ドレス?とにかく普通の服装ではなかったことで旅人にはまず見えず、それに拍車をかけていた。
「あの……」
「それ以上近寄るな!」
「えーと……」
数人が槍や杖を構え、少女を牽制する。
その少女……姫乃は困惑を隠せず、どうしようかとその場で思案していた。
ただ、ちょっと道を聞きたかっただけなのだが。
「まぁ、待ちんさい」
遠巻きに姫乃を囲んでいたエルフ達の後ろから年老いたエルフが現れる。
周囲の若いエルフ達が頭を下げるところを見ると、ここの村長のようだ。
「お嬢さん、こんな辺鄙な村に何か御用かな?」
「申し訳ありません、少々道に迷ってしまって。森を出られる道のりを教えていただければすぐにでも立ち去りますので」
「ほう、旅人ですかな?」
「ん~?そうですね、そんなモノです」
エルフの老人はその長い耳をヒクヒクと動かし、微笑む。
「それならこの村で一休みでもしていきなさい、今からでは森を出るのは夜になってしまいますぞ」
「村長!」
周囲からは驚きの声が上がる。
当然、姫乃もしかめ面を浮かべる。
「あまり歓迎されてないようですが……?」
「ほっほっほ、お気になさるな。それに、ただのジジイのお節介ですから」
「はぁ」
それでも、と後込みする姫乃を尻目に村へと戻って行ってしまう村長。
「ほれ、お客様をもてなす用意をせんかい」
村長は楽しそうに、後ろで事の推移を見守っていた女性の一人に声をかける。
村人たちが困惑する中、仕方ないという風に姫乃は、村長について行くことにした。

夕食をご馳走になった後、村長と向き合って食休みがてらに話をしていた。
「剣の現在の所有者……ですかな?」
村長の困惑気味の声に姫乃は頷く。
「えぇ。知りませんか?」
「所有者……とは言えませんが、剣のある土地を中心にマーシャオル帝国があります」
「まーしゃおる帝国?」
はい、と村長は頷く。
「現在、この大陸で最大規模の勢力を誇る魔族の国ですじゃ。そこの皇帝であるギャリオン・デ・マーシャオルが今の持ち主と言えばそうなるでしょうな」
「…………」
「お茶です」
考え込む姫乃の前にカップが置かれる。
先ほど村長に声をかけられていた女性が、お盆を持ちながら警戒心も露わに姫乃を見ていた。
彼女は村長の娘なのだそうだ。
「頂きます」
頭を下げてから、お茶を飲む。
不思議な味のするお茶だった。
「確か、サクラバヒメノと申されましたかな?」
「はい」
「サクラバヒメノさん、悪いことは申しません、もしギャリオン帝と会おうと思うなら止めておくことです。彼は魔族至上主義で、人間は家畜程度にしか思っておりません。会っても最悪殺されるだけでしょう」
村長は暗い声でそう言ったが、姫乃は特に何も心配していなかった。
「ご忠告ありがとうございます。でも、私にもやりたいことがありますから」
「……そうですか」
村長もそれ以上は止めず、ただお茶を啜るのに終始した。

その翌日
「この者をお連れください、マーシャオルの国境までご案内しますので」
村長がムスッとした表情を浮かべるエルフの若者を紹介する。
「それからコレをお持ちください。件の剣とは比べ物になりませんが、丸腰よりはマシでしょう」
さらに一振りのロングソードタイプの両刃剣を渡してくれる。
「何から何まですいません、なんとお礼を言ったらいいか」
恐縮して何度も頭を下げてしまう姫乃を見て、笑みを浮かべる村長。
「気にしないでくだされ、客も来ないで退屈していたジジイのお節介ですじゃ」
村はずれまで見送ってくれた村長に手を振って別れを告げる。

それからしばらくして

「サクラバヒメノさんって言ったっけ?」
案内の若者……リックというらしい……は本当に嫌そうに姫乃に話しかけてきた。
「はい」
「なんだってまたマーシャオルなんかに行きたいんだ?いや、まぁ槍を向けちまったお詫びはしてぇけどよ」
「失くし物を探してるんですよ。以前どこかで落としまして」
「それがマーシャオルにあるのか?」
「えぇ」
訝しげに姫乃をジロジロと見るリック。
「ふぅん、まぁいいや。あと少しでロック鳥の……!」
「?」
前方を見て、突然動きを止めピクリとも動かなくなってしまうリック。
その背中越しに巨大な影が見えた。
「何ですか?これ」
5m程の背の緑色の巨人……と言えば伝わるだろうか。
牙が覗く口から唾液を垂らし、こん棒を引きずって来る。
「トロール……何でこんな所に……?」
リックが冷や汗を浮かべながら後退りする。
が、姫乃は呑気なままだ。
「はぁ、トロールですか」
「おい、逃げるぞ。剣程度じゃ勝て……っておい馬鹿!やめろ!」
剣を抜いて走り出した姫乃に大慌てで声をかけるリック。
当然だ、たかが一人の剣士の攻撃でトロールを殺し切れる訳がない。
まず剣がその筋肉に弾かれてしまう。
が、姫乃は勇敢……いや、無謀にもトロールに斬りかかった。
「はぁ!」
分厚い筋肉と硬い肌に弾かれて、無防備になったところをこん棒で殴られる……リックのその予想はしかし、大きく外れた。
肉を裂く生々しい音と硬質な何かが折れる甲高い音、そしてトロールの悲鳴が重なる。
あまりに強力な膂力で振られたロングソードは、トロールの腹を三分の一程度切り裂いた所でほぼ半分から折れていた。
「チッ、ナマクラが」
手に残った柄側を投げ捨てて詰まらなそうに舌打ちする姫乃を、呆然と見るリック。
それから起こったのは、当然ながら一方的な虐殺。
トロールが鳴き声を上げながら振るってきたこん棒を裏拳で弾き返し、よろめいたところに拳を叩き込む。
内蔵や骨を粉々にされて吹っ飛ばされたトロールがやっと止まったのとほぼ同時に追い付き、その頭に踵落としを振り下ろす。
非常に丈夫なはずのトロールの頭は、粉砕されながら体内にめり込む。
ほんの数瞬で巨人は死体と化した。
それをやってのけた姫乃は汗の一つもかいていない。
無惨な死体を晒すトロールに振り返りもせず、涼しげな表情でリックの下へと戻って来る。
「さぁ、行きましょうか?」
乱れた髪を整えつつ、リックに声をかける。
「あ……あぁ」
完全に呆けた表情で彼は姫乃を見ていた。

「おぉ、ロック鳥!」
巨大な鳥の背で意味のよく分からない感嘆を上げる姫乃。
他にも龍や馬等の乗り物がこの世界にはあるが、龍より楽で馬より早いロック鳥は、重宝される存在である。
リックはそれを操りながら、後ろに恐る恐る声をかける。
「なぁ、アンタ……いったい何者なんだ?」
「?」
「あの動きは人間じゃない。ドワーフでも魔族でも……。アンタいったい……」
「…………」
無言になった姫乃の気配を後ろに感じ、藪を突いてしまったかと後悔する。
しかし、返って来たのは困惑混じりの呻きだった。
「うぅむ、自分が何者であるか、と聞かれても私は答えを持ち合わせていません。確実に人間ではないし、生物のカテゴリに入っているかも怪しいですし。かと言って機械ではないですし。正直自分でもよく分かりません」
「ふぅん」
姫乃の曖昧な答えに、リックも曖昧に頷くしかなかった。

関所の魔族達は、姫乃が目を覗き込んで「通しなさい」と一言言えば誰もが惚けたようになってホイホイ通してくれた。
気付いた時には帝都まで来ていたうえ、アレヨアレヨと言う間に謁見まで取り付け、今や玉座の前に二人は居る。
なぜ付いて来てしまったのか、リックは頭を抱えながら自問自答していた。
当然、姫乃は彼のことなど何一つ考慮してくれない。
堂々と謁見へと向かった。


2mはある黒い皮膚と分厚い筋肉に包まれた巨体と鬼のような容貌を持つ男が玉座から、跪く二人を見下ろしている。
この大陸を飲み込まんとする大帝国の長、ギャリオン・デ・マーシャオルだ。
「あの剣は昔自分が落としたものだから返して欲しい、と?」
重低音声で姫乃の願いを繰り返すギャリオン。
「はい」
巨体の皇帝は姫乃の返答を聞き、地獄の底から響いてくるような嘲笑を上げた。
「貴様のような小娘があの剣の持ち主だと?面白い冗談だ。ならば勝手に持っていくがいい、万が一にでも抜けるのならな」



そして現在



「追い出されましたね」
「当然だ!侮辱罪で打ち首にならなかっただけマシだわ!」
リックの怒鳴りを華麗にスルーし、姫乃は城の背後にそびえる剣を見上げた。
数十km離れているはずだが、今日は雲が無いためここからでもよく見える。
「しかし、言質は取りました。明日にでも持って帰ります」
「ハァ!?」
何を言ってるんだコイツは!?と目を剥くリック。
その視線の先で姫乃は涼しげな表情だ。
「ここに居ると危険でしょう。リックさんはすぐに帰った方がいいと思いますよ」
「この……!!」
リックはアホ娘が!と叫びたくなったが、トロールをその身一つで粉砕したことを思い出し、溜息を吐いて心底から呆れた表情を浮かべる。
「勝手にしろよ、俺は知らねェからな」
「はい。ここまで案内ありがとうございました」
頭を下げる姫乃に背を向け、リックは歩き出す。

翌日

もしかしたら、という淡い希望?を持って街外れで待っていたリックだったが、姫乃が来る気配が微塵も無かったためロック鳥で帰路についていた。
「あんなの抜ける訳ないじゃないか」
振り返ると、高さ400kmはある巨大過ぎる剣が見えた。
形状は若干変則的だがロングソードタイプ。
もしあれを引っこ抜くならば、その使用者は外気圏か熱圏にいなければならず、宇宙や大気圏の概念を微塵も知らぬリックであっても不可能だと理解出来た。
不可能なはずだった。
使用者が常識の範疇の存在だったなら。
「は?」
その光景を見て、リックは間抜けた声を上げた。

前兆も何も無くそこに姫乃は居た。
その剣を使うに相応しい巨体で、世界を覆うように存在していた。
地上に被害を与えないために滞空していたが、その光景を見たほとんどの者はその巨体に世界が滅ぼされるのを容易に想像した。
当然帝都や剣周囲の魔族の街、刀身低層部に巣を構える龍達は大混乱に陥る。
「これから剣を回収します。危険ですので、周囲の方々は注意してください」
姫乃はそう忠告し、面白そうにクスクスと微笑みながら剣の周囲の混乱がさらに激化するのを眺める。
この剣を引き抜くつもりだと理解したのだろうが、もちろん、逃げる時間など与えるつもりは無い。
まずは右の剣……帝都の真正面にある剣に手をかけ、引き抜く。
巨大な重低音を響かせながら剣が持ち上がり、数千年単位で日の光を浴びていなかった切っ先が地上に出現する。
周囲にあった街はプレートごと捲れ上がり、住民の悲鳴や絶叫を響かせながら地面と混ざって壊滅する。
刀身部の龍の巣のうち、比較的脆いものも崩れる。
その中に居た、又は刀身の至近を飛んでいた龍は、音速を軽く超える剣に衝突し擦りおろされる。
さらに、強固に刀身にこびり付いた巣を除去するために、姫乃は勢いよく剣を振り上げた。
この時は姫乃も、これ以上別に被害を拡大させるつもりは無かった。
ただ、切っ先の十数kmだけがまだ地面に埋まったままだった、それだけだ。
「あ」
姫乃の間抜けな声をBGMに、剣は進路上の全てを切り裂き、粉砕し、消し飛ばす。
塵にも満たない魔族達は瞬時に血煙と化すか、瓦礫に飲み込まれるか、様々な物体と共に空中に打ち上げられるか、強制的に割り振られた。
当然、真正面に存在した帝都など真っ二つに切り裂かれ、申し訳程度に残った両端部分は衝撃波をマトモに受けて地面から剥がれて吹き飛んだ。
生存者などいる訳もなく、ギャリオン帝も城と共に事態を理解することも出来ずに粉微塵になった。
剣が宇宙に打ち上がった頃には大陸のど真ん中に巨大な渓谷が出来上がっていた。
「申し訳ありません、ちょっと間違えました」
剣に引き裂かれて打ち上げられた有機物、無機物が進行方向へ飛んでいくのを見ながら、姫乃は苦笑した。
その先にある都市や街、村、砦、港、森、山、川、海、とにかく広範囲に、無差別に、大小様々な残骸が落下しさらに被害を拡大させていく。
「まぁ、仕方ないですね。では、もう一本も回収します」
左の剣にも手をかけながら、地面に向かって宣言する。
この光景を見ていたもう片方の剣の周囲の魔族達は、その声を聞いて恐慌状態に陥った。
だが、残念ながら姫乃は彼らを気遣う心など欠片も持っていない。
今度はその場で高速で捩じる。
周囲のモノが一つの例外も無く一瞬で剣に潰される。
地面には巨大な縦穴と、その周囲に様々なものが堆積した山が出来上がる。
龍達は刀身で小さな赤い染みとなって全滅していた。
それを引き抜き、宇宙空間に解放する。
「それでは約束通り二本とも返して頂きましたので帰ります。それでは」
地上に向かって頭を下げ、それから瞬間移動でその場から消えた。
残ったのは、巨大な渓谷と縦穴を作られた大陸と、数万に上る魔族の苦痛と怨嗟の呻きだった。

「なんだよ……コレ」
かつて帝都があった大渓谷の淵に立ち、リックは呆然と呟いた。









「これで終わりじゃ」
エルフの老人……リックが疲れたように溜息を吐いた。
歴史家の男は頭を抱えている。
「それが事実なら、かつての大帝国は女神が剣を拾っていくついでに滅んでしまったと言うのか……?」
男の絶望した表情に、苦笑を向けるリック。
「女神……か。アレがそんなイイ者だったとは到底思えないがね」
「では、何だったと?」
「さぁ……なぁ」
男の疑問に、リックは遠い目で曖昧な返事を返した。





「なに?この剣」

「もしかしてヒメの……!」

「ヒメの?」

「おい、ヒメ!この剣邪魔だからどっかにしまっとけよ!」

「えぇ~?こんな狭い仮設住宅のどこにしまえと?」

「狭いからだろうが!」

「……はい、分かりました」