某アパート
ここには血の繋がりが全く無いという奇妙な一家が住んでいる。
この奇妙な家族、相互関係は非常に良好である。
矢鱈若く(二十代後半から三十代前半)見える、少し痩せ気味で優しげな目の世帯主桜庭三郎太氏。
その横に座る色白で銀色の髪と薄琥珀色の瞳が神秘的な女性。
さらに輪をかけて若く見える(と言うか幼女に見える)妻の桜庭セラフィア嬢。
向かいに座っている精悍な男性が長男の彰氏。
家族の中で最も背が高く体格がいいのが分かる。
その隣の、褐色の肌に灰色の瞳と髪を有する女性が長女の雪香嬢。
とてもスリムで健康的な体の女性だ。
そして末女の姫乃。
豪奢な金髪と紅い瞳の鋭い目をした美貌の少女。
そして何より、人類など歯牙にもかけない力を有する絶対者。
彼女は人間などチリかゴミ程度にしか思っていないが、親しい者には非常に友好的だ。
でなければ、この家族の枠組みにいることなど無かっただろう。

本日、大湊野家長男こと自分、賢樹はその姫乃に誘われそのアパートに来ていた。
具体的には夕飯をご馳走になっている。
いつも我が家に入り浸っているお返しなのだそうだ。
テーブルに並ぶ肉じゃがだの焼き魚だのを突きながら他愛もない話に興ずる。
姫乃はセラフィアさんと一緒におかわりのご飯を盛ったり減ったお茶を補充したりと甲斐甲斐しく動いている。
それだけ見れば、数億人を笑顔で殺戮する巨人と同一人物だなんて誰が思うのだろうか。
「ところで賢樹君、君は我が家の末娘をどう思うかね?」
「は?」
三郎太さんが唐突にそんなことを言い出した。
今更だが、自分と姫乃は幼馴染だ。
猫をかぶって人間のフリをしていた頃から、彼女が巨人だと知ってからもそれなりに仲良くさせてもらっている。
「どうって……幼馴染です」
なぜか全員(特に姫乃)がコチラに注視するのを感じながら、当たり障りの無い答えを出す。
「アンタには失望したわ」
「えぇ!?」
突然雪香さんが呆れたように吐き捨てた。
彰さんとセラフィアさんは苦笑しながらそれを見ている。
「アンタみたいなパッとしないイマイチな奴になんでヒメが会いにむがごが」
「わー!わー!」
姫乃が慌てたように雪香さんの口を塞ぎ、裏返った声を上げる。
「ま、イマイチは言い過ぎだな」
「大丈夫よ賢樹君、貴方は磨けば光るタイプよ」
彰さんがクツクツ笑いながら言い、なぜかセラフィアさんには慰められた。
はぁ、と生返事をしながら頷くと、姫乃が姿勢を正しながら顔を赤くする。
「私は賢樹さんと非常に良い友人関係を築かせてもらっていますが、別にそれ以上の感情は……」
そこまで言った時、テレビに姫乃の姿が映った。
いや、正確には巨大化した時の姫乃だ。
資料として、護衛艦を握り潰すシーンがニュースで繰り返し流されている。
以前安価で巨人であることを証明するなどとアホなことを言い出し実行した際のモノだ。
「コイツも何考えてるのかねぇ」
雪香さんが眉を顰めながらそんなことを言った。
「ウチのヒメそっくりなんだからもう少し気を使って欲しいよ」
「向こうはそんなこと考えちゃくれないさ。それに、ヒメだって人間じゃない訳だし?」
「そうですね」
三兄妹の会話に違和感を覚えた。
いや、何となく理解は出来たが。




アパートの一室
「え?えぇ、確かに暗示のようなものです」
場所は私に宛がわれた物置改造の自室。
家族が私の巨大化について知らない理由を賢樹さんに推測され、それに肯定の意を示す。
「普通の人は巨人の私と普段の私の因果関係に思考が及ぶことはありません。そうでもしないと今頃とっくに色んな組織からマークされていますよ」
そう言うと、賢樹さんはフムと考え込みました。
「お前って出来ないことあるのか?」
「ありますよ、私だって全能ではありません」
即答すると、余程以外だったのか腕を組んでウンウンと唸り始めてしまう賢樹さん。
「いったいどの辺に限界があるのか想像すら出来ん。本当に全能じゃないのか?」
「違うと言ってるでしょーが!」
「じゃぁどの辺なのか説明してくれ」
「えぇ~」
説明と言われてもどうすれば……。
「じゃぁ……手を出してください」
「へ?こうか?」
差し出された手を掴み、賢樹さんの存在をちょっと弄る。
「うわ!?何だコレ!?……なんか世界中のことが見えるような触れるような……?」
「問題無いみたいですね。では、行きましょうか」
「え?おわ!?」
賢樹さんの間抜けな声をBGMに、二人で部屋から消え去りました。

月面
「はい、まずは月です」
「……は?」
瞬かないけれど満天に広がる星と、どこまでも広がる荒涼とした岩場。
そして、青く輝く星。
素直に美しいと思える、小さくて儚い存在。
「あれ……地球か?」
「すごく綺麗ですよね。たまに見に来るんです」
気の抜けた間抜け面のまま呟く賢樹さんに答えるけれど、聞いているのかいないのか。
「ここは月面だと言うのか?」
「だから最初に言ったじゃないですか」
苦笑と言うより引き攣って笑みに見える表情を浮かべる賢樹さん。
そんなに意外でしたか?
「秒速38万kmか。光より早いな」
「まぁ、そうなりますね」
物理的な移動ではないので、そう言えるか疑問ですが。
「でも、この程度じゃないんだろ?」
「そうですね」
再び賢樹さんの手を取って転移を行う。

不明空間
「あちらに見えるのが」
「銀河系か……」
私の言葉を遮って無感情に言う賢樹さん。
正確には銀河団と言うのでしたっけ?
もう感覚が麻痺してしまったのかと振り返ってみると、腕時計で時間を計っているところでした。
「正確な距離は分からんが1秒以内で超10万光年か」
「いえ、これは私達の住んでる……と言うよりも人類の知るいかなる銀河系でもありませんよ」
「……何光年離れたんだ?」
「さぁ?」
正確な数字なんて出すのが面倒なばかりなので肩を竦めて見せる。
呆れたような表情の賢樹さんを伴ってさらに遠方に足を伸ばしてみる。
ここから先に行くのは久しぶりです。

???
どぼん!と水に入った感覚。
周囲は全くの暗闇に包まれ、視覚や聴覚などは全く役に立ちません。
とは言っても、私や私に近い存在となっている賢樹さんには問題ありませんが。
「どこだここ?海の中か?」
「ここは宇宙の外です」
「はぁ!?」
グルグルと周囲を見渡す賢樹さん。
気体が全く存在しないので気泡は発生しません。
「なんか途轍もなく巨大な泡がある。まさかアレが……?」
「えぇ、宇宙です」
フワフワと巨大化を続ける気泡のような物体……私達が住む太陽系のある銀河を内包した宇宙。
「ってことは超2000億光年か。人類の計算が正しければ」
「どうなんでしょうね、正確な数字は分かりませんよ」
再び腕時計を見る賢樹さん。
まだ考えることを放棄していないようですね。
「というか、宇宙の外は液体に満たされてるのか」
「海水に似てるんですよね。舐めてみます?」
「止めとく」
そう言いながらも、懐からメモを取り出して湿らせています。
それで持って帰るつもりなのでしょう。
「あの遠くに見える…ってのは何か違うけど、あそこにあるのは別の宇宙か」
光年で表すのも馬鹿らしくなるくらい遠方にある別の気泡を見る賢樹さん。
その顔は未知のモノに触れる狂気と驚喜に輝いています。
「そうですね。もう帰りますか?」
「いや、ここまで来たんだ。折角だから最後まで行ってくれ」
「了解」

????
「今度は真空か!」
心底楽しそうな賢樹さんが興奮気味に叫びます。
「これはガラスか!?透明度が凄いな!」
地面に這い蹲り拳でコンコンと叩く姿は鬼気迫るものがありますね……。
「この中にあの液体があるのか。と言うことはここが果て?」
「果て……という表現は面白いですが、残念ながらここは果てではありませんよ」
はい、と手を差し出すと今度は勢いよく握ってきます。
賢樹さんの好奇心の沸いたものへのガッツき具合はトンデモナイです。
今度は意識の同一化というか同調というか……取り敢えず私と感覚を共有させる。
それから、賢樹さん命名「果て」が直径2cm程のビー玉に見えるサイズまで巨大化しました。
周囲には手を伸ばして掻き集めれば20個くらいは集まりそうな密度で「果て」が浮かんでいます。
それぞれはほとんど動くことなく、その場に浮いているのが分かります。
「いきます」
スッと両手を前に伸ばして両手を広げると自分の感覚では1m程度の直径の魔方陣が現れ、パリパリと放電を始める。
『おい、何を……』
賢樹さんの疑問を待たずにエネルギーを解放する。
大気中ではないので音はしませんでしたが、実際はどんな音がするのでしょうか?
光速を遥かに超える速度で放たれた黒い波は進路上の「果て」を全て飲み込みながら深淵の奥へと消えていきます。
「ふぅ。これが私の限界ですね」
消し飛んだ「果て」を再生させながらそう言うけれど、返って来るのは完全な沈黙だけでした。

自室
「よし、帰ってこれ調べてみる」
湿った紙をビニール袋に入れながら賢樹さんが弾んだ声で言いました。
そこには、私への恐怖は微塵にもありません。
「貴重な経験だった!本当にありがとう!」
「ひゃぇう!?」
賢樹さんは子供のような笑みを浮かべて私を抱きしめてから、インドア系とは思えない速度で飛び出ていきました。
跡には、顔を真っ赤にしてへたり込む私しか残っていません。
……やっぱり賢樹さんはマッドサイエンティストです!