「ん~?」
朝が苦手な姫乃だが耳元で盛大に鳴り響く携帯の着信音には目を覚まさざるを得なかった。
「え~?」
傷だらけな旧式の携帯がパカリと音を立てて開く。
「めーる?」
差出人にはmad scientist(息子)と表示されている。
『大変だひめのいますぐたすけ』
「!?」

ZUDOOOOOM!!!!

光と共に轟音が響き、マンションの一室から黒い何かが飛び出して音を置き去りにしながら空へと消えていく。
粉砕された窓から青年が顔を出し、黒い何かが消えた方向に拳を振り上げた。
「ぐぉぉらヒメェェ!窓突き破って飛んでくなって何度言ったら分かるんだぁぁぁ!」

黒衣の姫乃が呆れ顔で茶を啜るマッド日曜発明家共を見ている。
溶けそうな勢いで二人はくつろいでいた。
「あんなメールが来たから急いで来たのに……」
「助けて欲しいのはホントだ」
賢樹が煎餅を皿から取りながら言う。
「実は<バリバリ>の<バリバリ>を<バリバリバリバリ>」
「煎餅食べるのやめなさい!」




「で?助けて欲しいって言うのは?」
「いやなに実はね、W.G号が完成してね。試験運転したいのだよ!」
バサァ!と白衣を翻し、無駄にポーズを決めながら重三が言う。
「へぇ、完成したんですか」
湯呑にお茶を注ぎながら興味無さそうに答える姫乃。
「興味……ないのか?」
「正直死ぬほどどうでもいいです」
賢樹の質問にお茶を啜って答える。
「くくく……そう言ってW.G号に負けるのが恐ろしいのだろう?」
重三が眼鏡をかけ直す仕草の真似をするのを冷たい目で見上げる。
「もうそれでいいです」
「え?いいの?」
「…………」
姫乃が100km超になったのを知っている賢樹としては、それはないなぁという表情を浮かべている。
と言うか、重三も知っているはずだ。
「そこは挑めよ!無謀な戦いを挑めよ!」
「…………」
(どっちが無謀なのやら)
「分かりました、やりましょう」
「うぇぇ!?」
どうでもよさそうながらそう答えた姫乃に賢樹が呻く。
「いやいや、そっちから言ったんじゃないですか」
「いやいや、俺としては別に戦うつもりは」
「アーハッハッハッハ!見ていろ!巨人なぞ我がW.G号で一蹴してくれるわ!」
((空気読めよ))
二人のジト目に気付く様子もなく、重三は高笑いを続けた。


テキトーに地球をコピーした空間。
人っ子一人いない偽八百境市の都心に40mの人型ロボットと40mの姫乃が相対している。
『ルールは特に無し!どちらかが「参った」と言うまでだ!』
赤青黄で塗装されたいかにもな外見のロボットの天頂部に装備されたスピーカーから重三の声が聞こえてくる。
「了解」
姫乃は無表情で頷くと、すぐ隣のビルを引っこ抜くと持ち上げる。
「えい」
10階程度(約35m)の鉄筋コンクリの塊が轟音と破片を撒き散らしながら凄まじい勢いで水平に飛翔する。
『おんぎゃぁぁぁ!?』
パイロットをしているという賢樹の絶叫がスピーカーから響き、存外機敏な動きでW.G.号は回避行動をとった。
右の路地に飛び込むW.G.号の背後を掠めたビルはアスファルトや中央分離帯、左右の建築物を粉砕しながら着弾し、それなりの高さを誇るビル群を道連れに薙ぎ倒す。
『いきなり過ぎ……ってなんじゃこりゃぁぁ!?』
中層ビルに大型の車両、通勤電車、飛行機や中型船。
悲鳴を上げる賢樹の目の前のモニターに映し出されていたのは、大小様々なものを両手から次々と放つ姫乃の姿だった。

轟音と共にビルにトレーラーや貨車が突き刺さり、大型タンカーが全て押し潰す。
高層ビルが住宅地を薙ぎ払いながら落下して一拍遅れて球形タンクが着弾、爆発する。
数分もしないうちに八百境市の都心部から新住宅街にかけての地域は地獄に限りなく近い状況となっていた。
姫乃は最初の位置から一歩も動いておらず、対してW.G.号は爆炎と黒煙と瓦礫の中で中破しながら倒れ込んでいた。
『親父、やっぱ無理だって。参ったって言っていいか?』
「このバカタレ!最初から諦めてどうする!?」
『散々やっただろ!?アンタの目は節穴か!?』
姫乃のシールドっぽいもので守られた大湊野邸の居間で重三が顎を摘む。
「こうなったら……全武装使用自由!徹底的にやれ!」
『こっちが徹底的に……まぁいいや』

周囲は暗闇に包まれよく見えない。
約2.5kmの物体が上に圧し掛かっているのだから当然だ。
「それが顔面に攻撃した理由ですか」
金属や木材、コンクリートの潰れる不快な音に混じって姫乃の冷やかな侮蔑の声が大音量で聞こえてくる。
「女の子の顔に攻撃したってことは、覚悟…出来ているのですね?」
遠景からだと、16.7kmになった姫乃が腰に手を当てながら街の一角を踏み潰そうとするのが良く見えた。
「ま……待ちたまえ姫乃君!悪かった!謝るから!」
ブーツの底の中心付近……大湊野邸の庭で腰を抜かしている重三の悲鳴に、姫乃は瞑目して溜息を吐いた。
「塵の言うことなど聞く気になれません」
轟音と共にブーツが接地し、広大な範囲が押し潰されて沈み込んでいく。
たかが男一人の悲鳴など衝撃波に飲み込まれてかき消えてしまった。
『……あーあ』
コクピット以外の部分を完全に破壊されたW.G.号の中で、その光景を見ながら賢樹は溜息を吐いた。




包帯男と化した重三が布団の中で呻いているのを横目に姫乃と賢樹はお茶を飲んで一息ついている。
「すみません、ついカッとなってしまって」
申し訳なさそうに俯く姫乃に、賢樹も首を横に振って答える。
「いや、俺が悪かった。まさか光線が顔面に当たるとは……」
「…………ところで、壊れてしまったW.G.号は?」
「…………」
賢樹は、ガックリと項垂れて地下格納庫を映しているモニターを指差した。
「結局……こうなった」
「…………コレジャナーイ!」
大湊野邸に姫乃の悲痛な絶叫が鳴り響いた。