八百境市旧市街地
この地域は、巨大少女に侵入される前に自衛隊が到着したため被害を受けずに済んでいた。
碁盤の目のように整備されていた新市街地と違い、ランダムかつ家の大きさもバラバラなそこを姫乃は歩いていた。
もちろん人間サイズで。
手には二振りの剣が布に巻かれておさまっている。
目的はこの剣の保管場所。
その場所とは……


旧家が並びどこか厳かな雰囲気が漂う中、非常に浮いた施設があった。
武家屋敷なのだが、アンテナだのパラボラだのなんかよく分からない棒だのが屋根から突き出ているのだ。
庭には大きなモーターらしきものや、それから伸びる太いコードや、それを雨から保護するためのブルーシートやらですっかり景観が損なわれている。
その門の名札には「大湊野」と記されている。
姫乃はその門に設置されているチャイムに指を伸ばす。
『……はい』
インターホンから疲れているとすぐ分かる若い男の声が響いてきた。
「こんにちは、桜庭です」
『あぁ、姫乃か。どうぞ』
「お邪魔します」
男の声の許しを得て、姫乃は武家屋敷の門をくぐった。

姫乃と同年代なんだろうが、無精髭と細面のせいで老けて見える。
白衣が似合ってるんだか似合ってないんだかよく分からない。
大湊野 賢樹、姫乃のクラスメイトである。
「で、何の用だ?親父なら地下だぞ」
緑茶の入った湯呑を食卓に置いて姫乃の向かいに座る賢樹。
「別に重三さんでなくても問題ありませんよ」
「ん?」
食卓の上に剣を置く。
「……えーと?」
「ケンイチとケンジです、可愛がってあげてください」
「可愛がって……え?ナニコレ?」
困惑する賢樹に懇切丁寧に説明する姫乃。
「ケンイチとケンジです」
やっぱり説明不足かも知れない。
「いや、名前じゃなくて。何なんだよこのRPGに出てきそうな馬鹿デカイ剣は?」
「私が昔使っていた剣です。ちょっと保管場所に困ったので置かしてください」
「いや、昔って何時だよ。て言うか保管場所って」
「いいでしょう?これだけ大きな家なんですから。今私の家は仮設住宅で狭いんですよ」
「いや、まぁいいけどさ」
後頭部を掻きながら了承する賢樹に頷く。
「ありがとうございます。お礼は追々しますから」
「別にいいけどよ。いや、親父が欲しがるかも」
お茶を啜ってから、悪い笑みを浮かべる賢樹を見る姫乃。
「それにしてもお疲れのようですね。どうかしましたか?」
「あぁ、実は……な」
賢樹は顰め面を浮かべた。
「この間巨人が現れただろ?もし俺達が作ってるロボが完成してたらもしかしたら……とか思っちまってさ」
半眼を賢樹に向ける姫乃。
「たかが日曜発明家程度が作った機械で如何にかなる相手だったとは思えませんが」
「日曜発明家言うな。まぁ、そうかも知れんけども」
黄昏る賢樹を半眼で眺めながら、煎餅を頬張る。
巨大な振動が二人を襲ったのはその時だった。
二人とも座ったまま数cm浮き上がってしまった。
「地震!?」
膝立ちになった賢樹の叫びは、再び発生した激震に否定された。
「地震じゃないな。何だ?」
「賢樹さん、テレビテレビ」
「!」
テレビを点けたら、特番が始まっていた。
テロップには「怪獣出現」と書かれている。
貝と蟹とサソリを合わせてあまり割らない感じの怪物が、壊滅している港から瓦礫の山と化している工業区に上陸している。
『見てください!巨大な生物が再び八百境市に出現しました!まるでSFXのようです!目測ですが、40mはあります!』
ヘリからであろう女性アナウンサーの叫びがテレビから響いてくる。
「どうした賢樹!?何があった!?」
その最中、中性的な容姿をした白衣の男が部屋に飛び込んで来る。
口髭が絶望的に似合っていない。
彼が賢樹の父である大湊野 重三だ。
「親父!これ!」
「何ィ!?クソ!ワクワクジェノサイド号はまだ完成していないのだぞぅ!あ、姫乃君いらっしゃい」
「お邪魔しています」
「和んでんな!」
賢樹の突っ込みに重三がシリアスな顔に戻る。
「そうだったな。二人は避難しなさい、私もすぐに行く」
「だけど親父!折角あそこまで作ったワクワクジェノサイド号と武器が……」
「奴さんがここに来るとは限らんさ。それに、命さえあればもう一度作れる」
「…分かったよ」
二人が劇画調でシリアスなやり取りをしている横で、顎に手を当て何事かを考えている姫乃。
「姫乃!」
賢樹の声に顔を上げ、二人を見る。
「もし武器だけでも完成しているなら、私が戦ってもいいですよ」
「「はぁ?」」
姫乃の言葉に大湊野親子は首を傾げた。


「これが対巨大生物用人型兵器ワクワクジェノサイド号だ」
「ほぅ」
地下にある巨大な格納庫の一角に、人型はしているが内装のモーターやら骨格やら剥き出しの機械が寝かされていた。
「それからドキドキタイラント号、ザクザクリッパー号だ」
「ワクワク以外は馬鹿には見えないんですね」
「「…………」」
空っぽの格納庫を見てさらっと毒を吐く姫乃。
「で、完成している武器は3つですか」
「どうやって使うんだよ」
40mサイズの人型が使う日本刀が横たわっているのを横目に、賢樹が投げやり気味に聞いてくる。
「それは、こうやって」
一瞬で40m程度まで巨大化して日本刀を拾う。
大湊野親子は呆然とそれを見上げた。
何が起こったか把握していない感じだ。
「それでは行ってきます」
そんな二人を尻目に、姫乃は瞬間移動で地上へと向かった。


地上に出た姫乃は、いつもの判断に困る服装になって怪獣と相対した。
足元はただの瓦礫の山だから特に気を配ったりはしていない。
『あぁ!見てください!巨大な少女が現れました!先日の人物とは違うようですが、今回はいったい何の為に現れたのでしょう!?』
「…………」
後ろで好き勝手言っている報道ヘリを鬱陶しく感じながらも刀を構える。
『武器を持っています!まさか、怪獣と戦うつもりなのでしょうか!?』
「てやぁ!」
気合い一発、二枚貝の隙間を狙って横に倒した刀で刺突する。
怪獣は姫乃の速度について行くことが出来ず、その攻撃をマトモに食らった。
「GURYYYYYYYY!」
噴き出した青い血液が周囲を染める。
「そのまま死になさい」
悲鳴を上げる怪獣を冷たく見下ろし、刀を振り上げ……

バッキンン!

……ようと捻った刀は半ばから折れ、一抱えはありそうな破片が周囲に降り注ぐ。
「…………」
『あぁ!武器が壊れました!しかも少女も消えました!逃げたのでしょうか!?』


大湊野家居間
「折れたのですが……!」
無表情のまま、ほぼ半分の長さになっている刀を畳に叩き付ける姫乃。
意外と大きな音を立てて、刀は畳に突き刺さる。
「いや…その…あんな使い方だと折れるんじゃないかなぁ……と」
正座で目を泳がせながら弱気に言い返す賢樹。
ちなみに重三は逃げた。
姫乃はそっぽを向いている賢樹の顎を指でツイと持ち上げ、無理矢理目を合わさせる。
「別に賢樹さんを折っても私としては一向に構わないのですが?」
「次!次は大丈夫だと思うから!それはカンベン!」


「現在自衛隊の攻撃ヘリ部隊が現場に……あ!現場から再び緊急速報です!現場の八坂さん!?」
『八坂です!再び巨大少女が現れました!今度は槍を持っています!再びとつげ……またもや折れました!甲羅に阻まれたようです!そして再び撤退!最早何をしたいのかよく分かりません!』
「…………えー、現在自衛隊の攻撃ヘリ部隊が現場に向かっています。先日のような活躍が期待されます。近隣住民の皆さまは慌てずに避難誘導に従ってください」


「折りますね」
「たんま!ちょっとたんま!弁解の機会を!」
「聞きましょう」
正座している賢樹を冷たく見下ろす。
「えーとですね、あんな硬度の敵を矛で突くのは……」
「では叩けと?より折れますよね」
「ギャー!アイアンクロー!」
賢樹の顔面を握り潰さん勢いで掴んで持ち上げる。
「最後の武器に賭けます。賢樹さんの命も賭かってますからね」
メキメキメキッ!
「俺の命を手折る気だなチクショー!あ、なんか気持ちよくなってきたかも」


弾帯が轟音を立てながら翻る。
重々しいモーター音を響かせ、銃身が回転する。
キュッと唇を引き締め、姫乃はその巨大なガトリング砲を構えた。
「さぁ、私に恥をかかせた罪、償ってもらいます」
『どう考えても自業自得です!』
「五月蝿いですよ、マスゴミ」
ジト目で背後のヘリに吐き捨てる。
「GYRYYYYYYYYYYYYY!」
鳴き声を上げる怪獣に銃身を向ける。
「今、バラバラにしてあげますよ」
そして、引き金を引いた。

DOGOOOM!

『暴発しました!ガトリングガンが暴発しました!暴発です!派手に暴発しました!』
「何度も言わないでくださいよ」


「折りますね」
「ギャー!コブラツイスト!アバラが折れる!」
「天丼は二回までって言われてるじゃないですか。どうするんですか?もう使えないじゃないですか」
「別に芸人じゃないからいいだろ!?」
「全く持ってその通りです」
バキ!
「ガフ!?」
賢樹を昏倒させ、一息吐く。
「さて、少しは本気を出しますか」


対戦車ヘリコプター隊の攻撃は甲羅に阻まれ、怪獣にダメージを与えることは出来なかった。
その直後には、自衛隊のF‐2改とF‐35DJ、在日米軍のF/A‐18Hが長距離対艦誘導弾で怪獣の足留めを行った。
流石にこれは多少のダメージを与えられたらしく、怪獣は甲羅にこもって攻撃を耐えていた。
しかし、数十分もすれば対艦弾も無くなり、航空隊は撤退せざるを得なくなる。
陸自の機甲部隊は、現場に到着するまでまだ時間がかかる。
甲羅から足と尾を引きだし、再び旧市街地へと動き始める怪獣。
もう駄目だ、誰もがそう思った時、突然街が影に覆われる。


羽虫の攻撃は防御せねば危なかったが、その程度だった。
とにかく今は空腹を満たしたい。
地上に群れている微生物で腹を膨らまそう。
そう彼は考えていた。
そんな時、背後にあの奇妙な生物の気配を感じた。
自分にダメージを与えたかと思うと、武器を壊したり自爆したりと奇行ばかりのアレ。
今度は何をするのかと振り返ると、視界には黒い壁しか入らなかった。
「GA!?」
見上げると、あの奇妙な生物が「座って」こちらを「見下ろして」いる。
その事実に、彼は本能から恐怖した。


167kmになった姫乃は、海上で女座りをしながら工業区を覗き込む。
シールドっぽいものを張っているので、津波が街を襲ったり、衝撃波が周囲を振るわせたりしていない。
「ふむ、問題無しですね」
それを確認して、舌舐めずりする。
海上についていた右手を持ち上げ、人差し指を伸ばす。
「消えなさい」

轟音。

工業区は怪獣ごと押し潰されて沈み込んでいく。
その周囲が捲れ上がり、港はクレーターの一部と化す。
新都心の辛うじて立っていた傾いたビル群は一つ残らず倒れて瓦礫となり、一拍遅れてクレーターに飲み込まれる。
しかし、人の居る地区や他の場所はピクリとも振動せず、衝撃波が襲いかかって来ることも無かった。
「フン、雑魚が調子に乗るからです」
巨大な縦穴と化した工業区を冷笑しながら見、それから街を見る。
正確には街の上空を飛ぶヘリを見る。
「それからマスコミの皆さん、変な報道をしたら……分かっていますよね?」
クスリと笑い、現れた時と同じように一瞬で消え去る。
残ったのは崩壊した地区と無事な地区がクッキリと分かれた八百境市だけだった。


翌日
『先日出現した怪獣は、颯爽と現れた巨大美少女によって倒されました』
「ほら姫乃君!美少女だってよ!テレビで言われてるよ!」
重三の必死の言葉は、しかし姫乃の心に届きはしない。
「私が美少女なのは当然のことです。今更ですね」
「そうでしたー!ごめんなさーい!」
メキメキと頭蓋が握り潰される異音に重三は震える。
「息子ー!助けてー!」
「知るか!昨日はさっさと逃げやがって」
残酷な笑みを浮かべ、手に込める力を増す姫乃。
「2対1で処刑は可決されます」
「数の暴力だー!ギャー!」
重三の悲鳴を聞いて、やっぱり親子だなぁ、なんて場違いなことを考える姫乃であった。