三話 ええ!最強種族って、こういう意味かよ!


「にしても、凄く変わった世界だなー」

 足下の煙を手で払いながら、オレは辺りを見回す。
 小さな凹凸と緑の地面で覆われたこの世界を見ていると、突然スカートのポケットの中が震えだした。
 全く、何でTS転生なのかな? まあ、最強の種族は女性しか居ないから仕方ないんだけどさ。
 
 スカートのポケットからバイブレーションするスマホを出す。
 異世界と言ったらスマホだよね。などとそんな事を考えながら、着信相手を見る。
 ケースケじゃん。やっぱり先に転生してたのか! 通りで辺りを見まわしても見かけなかった訳だ。
 スマホの通話ボタンを押す。

「おー!ケースケ今どこ?」
『メルル!俺が良いというまで動かないでくれ!』

 意気揚々と電話に出たオレだったが、ケースケは何か様子が変だ。
 何故か切羽詰まった感じの口調で、そこから動くなと言われた。

「……どうしたの?何かあった?」
『何かなんて処じゃねえ!』

 オレにそう告げるケースケは、何かに命を狙われているかの如く必死の声で、オレは不安になる。

「……何か困ってるなら、すぐ行くよ?」

 そう言い、立ち上がろうと足を立てるとスマホの方から必死な声で制止される。

『あー!お願いだから動かないでくれ!』

 何故かオレが見えているかの如く制止すケースケ。
 だが、どれだけ見渡してもケースケの姿を見当たらない。
 不信に思い問いただす。

「ちょっと、まるでオレが見えてるみたいじゃん。どこかに居るの?」
『ああ!そんだけデカけりゃどこに居ても見えるわ!お願いだからじっとしてくれ!』

 そんだけデカけりゃどこに居ても見えると、謎の言葉を言うケースケ。
 その言葉を聞いて、少し不安になってくる。

「……どういう事?」
『なあ、お前から見て、この世界はどう見える?』

 ケースケは質問を質問で返してきた。
 オレから見て、この世界はどう見えるかって……?
 周りを見渡す。
 空は青々としていて、足元には小さな凹凸と緑の地面。その地面の近くには白い煙が見える。
 あれ……? この景色、どこかで……

「小さな凹凸と緑の地面に、白い煙が見えるよ?でも、どこかで見た事あるな……」
『そら、写真だよ!』
「写真かー!どんな写真だっけ?観光の名所にあったっけ……」

 ケースケ言われて写真で見た光景だ!と思い出すが、どんな写真だったか思い出せない。
 オレが知ってる写真だから、おそらく有名な観光地の写真だと思うんだけど……
 そう思っていたが、ケースケからまさかの言葉が返ってきた。

『ちげーよ!航空写真だよ!軍事情報とかの類の!』

 航空写真?なんで、目の前の光景が航空写真?
 ケースケの言葉を疑問に思いながら、もう一度辺りを見る。
 確かに凹凸の地面は沢山の山脈の航空写真に似ていて、明るい緑の地面は芝生の航空写真の景色に似ていて、濃い緑の地面は木々が連なる森の航空写真に似ていた。
 足元の真っ白な煙は雲にも見える。

「あっ……」

 現状を理解した。
 そして、事の大きさも理解した。
 必死な声でケースケが制止する理由も、今理解した。
 理解したからこそ、どうすればいいか分からなくなった。 
 だって、この航空写真でしか見ない光景が目の前に広がるという事は……

「もしかして、すっごいおっきい……?」
『今のメルルは、どこに居ても分かる程の大巨人だよ』

 そんなケースケの言葉にオレは言葉を失う。
 互いに沈黙するオレ達。
 長い沈黙の末、オレは声を絞り出すことが出来た。
 
「……ねえ、どうしたらいい?」

 今、迂闊に動くことはできない。
 間違ってケースケを踏みつぶしたとなれば、オレはこの先この世界で生きていける気がしない。
 不安の混じる声でスマホ越しのケースケに聞く。

『とりあえず、俺の言う通りに動いてくれ……』

 方や、ケースケの声には凄い安心を得た声が聞こえてきた。
 
「……分かった」

 そう答えると、ケースケは事細かに動きの指示を出し始める。
 オレはケースケの指示に従い、細心の注意を持って動くのだった。
 
 ●●



 
 
「にしても、デカすぎるだろ……」
『オレだって、こんな事になるなんて思ってなかったんだって!』

 十分離れた距離でそんな事を言うメルル。
 体育座りをしながら俺が居るであろう場所を見つめているメルルは、困った顔をしている。
 まあ、俺も突然身長が百六十キロメートルを超える巨大な少女になったら同じ顔をする筈だ。

『というか、これって最強の種族って言うのかな…… 今のオレって、只の大巨人なだけじゃん』

 不思議そうな顔をしながら、そんな事を言うメルル。
 まあ、本人から見たら、ただ自分が大きくなっただけだろうけど…… 俺から見たら神の如き力だ。
 破壊神の類だけど。
 
「十分最強だろ。俺から見たら、まるで天変地異だぞ……」
『そうかな……』

 メルルはそう呟きながら、何気なしに近くにあった標高八千メートルはありそうな山脈をデコピンで弾いた。
 バゴオオオ!と世界の終わりの様な破壊音を響かせながら、エベレストクラスの山脈が一瞬で吹き飛ぶ。
 そんな破壊神の如き力を見せつけながらも、メルルは何事もなかったかの様にため息をついた。

「今お前が吹き飛ばした山だって、俺からしたらエベレストと同じ位の高さなんだぞ?まじで天変地異を見てる感じだよ」
『オレからしたら、十センチも無い砂山だし……』

 メルルは俺の感想に心底どうでも良さそうに答える。
 俺とメルルの認識のギャップに気迫されてしまい、今のメルルが凄く遠い存在に感じてしまっている俺が居た。
 あれほどの天変地異を起こしても、メルルにとってはどうでも良い事なのだろう…… 自身のちっぽけさを感じてしまうな。
 今の俺なら、メルルを崇め始めても不思議に思わない。

『で、これからどうしよう?』

 メルルはぶっきらぼうな態度で俺に聞く。
 そうだな…… とりあえず、俺は町に行きたい。
 だがその前に、自身の手札を確認しないとな。
 
「とりあえず、俺は町に行こうかと思う…… んだけど、その前に」
『……その前に?』

 俺はつまらなそうにしているメルルに言う。

「異世界と言えば!」
『と言えば?』
「ステータス!」
『あるの!?』

 先程までつまらなそうな様子だったメルルが食いついてきた。
 異世界に来てステータスと言う存在を知ったら、誰でも胸が躍る。たとえ、破壊神の様な大きさの少女でも。
 あんな存在になっても、メルルはメルルなんだな…… 人はそう簡単に変わらない様だ。

『ねえ!ステータスって、どうやるの!?』

 俺の気持ちに露知らず、遠くでメルルは轟音を響かせ辺りを破壊しながら身を乗り出している。
 ほんと、メルルの近くは地獄絵図だろうな。
 
「ステータスオープンらしいぞ」
『まじで!? よーし…… ステータスオープン!』

 メルルはそう言うと、楽な姿勢に体勢を変える為、地面をぐちゃぐちゃにかき混ぜながら楽な姿勢で座り、ステータスオープンと唱えた。

『おお、ホントにステータスが出たよ!』

 そう言いながら虚空を見て喜ぶメルル。
 なるほど、ステータス画面は他人には見えないのか。 
 
「何か使えそうなスキルは有るか?」
 
 遥か向こうに鎮座しているメルルに問うと『うーん……』と悩みながらステータス画面を睨みだした。
 
『えっと…… “ピンポイントスキャン”とかは使えそう。あ!“パーティー位置確認”があるよ! 説明的にケースケの位置が分かりそう!』

 メルルはそう言うと、目を閉じで集中する…… スキルを使うのかな?
 やがて瞳を開けて周囲を見渡し始めた。
 雰囲気を見るに、スキルの使用は成功した様だな。
 しばらく見渡していたメルルだったが、突然ピタッと俺の居る場所に目が止まった。

『……そこにいるの?』
「ああ、今お前が見ている場所だ」
 
 メルルにそう返したが、正直言って俺は落ち着いていられない。
 あれほどの絶対的な破壊神に、ピンポイントで見つめられるのだぞ? 恐ろしいにもほどがある。
 でも、あいつはメルルなのだ。これくらい慣れてあげないと、可哀そうだよな……
 なるべく緊張を悟られないように会話しないと。

『おお、そこかー! さっき本当に近かったんだね……』
「……まあな」

 そう答えた俺は、先ほどまでメルルに気が付かれないで擦り潰されるのでないかと言う恐怖と葛藤していた事を思い出す。
 あの時はホントに必死だった。
 自身の上を巨大な太ももが通過したときは、マジでちびりそうだった…… 
 いや、正直に言おう! ……少し漏らしたよ。
 仕方ないじゃん! 俺を擦り潰してもメルルには感触さえ残らない程の圧倒的な肉体が轟音と共に近くを通ったら、だれでも漏らすだろ!?
 抗うこともできない程の質量を持った巨大な太ももが上を通るんだぞ!
 誰だって怖いだろ!

 巨大なメルルを眺める。
 とりあえず…… 俺もステータスを確認するか。