「トリックオアトリート!」
 三人の子供達の声が,薄闇に沈んでいく街の中で響く.
中頃を過ぎた秋が寒風を運んできていたが,そこここの家の前で子供達は同じように元気な声を響かせていた.
家々にはカボチャをくりぬいて中に蝋燭を入れたランタンが飾られ,街中にはマントやら尖がった帽子やらを被った悪戯っ子たちで溢れている.
 今日はハロウィンなのである.

「あらあら,いらっしゃい.今度のお客さんはカボチャの子と魔女のお嬢さんなのね」
 木造の玄関がきしみながら開かれると,背は低いが横に大きい女性が三人を出迎えた.
「おばさん,ジャックランタンって言ってよ!」
「まぁ,それは失礼したわね」
 二人のジャックランタンのうち,オレンジ色のカボチャを被っている方が女性に訴える.
女性はふっくらとした笑顔で答えていた.
「それじゃ,失礼をしたお詫びに,皆にはこれをあげましょうかね」
 そう言って,女性は一包みのパンプキンパイと二つの飴を三人に手渡した.
片手に乗ったパンプキンパイは,出来上がったところだったのか暖かみが残っていた.
「ありがとう,おばさん!」
 三人が声を揃えて言う.
「はいはい.遅くなると寒くなるから,風邪を引かないようにね」
 女性はそう言って,最後にまたにっこりと笑顔を残して家の中に戻っていった.
 
 家を離れた三人は,少し離れた場所にある道脇のベンチに腰を下ろすことにした.
カップケーキのようなパンプキンパイを口に入れると,まだ残っている温もりが身体の中で広がっていくようだった.
 暫くして,オレンジのカボチャが二人に話しかけた.
「またパンプキンパイかー.もっと良い,甘いケーキとか出してくれる所ないのかなぁ」
「パンプキンパイに飽きたなら,あたしがもらってあげても良かったのに」
 黒と赤に彩られた裾の長いコートと三角帽子を着た少女が,薄く冗談めいた笑いを浮かべてオレンジのカボチャを振り返る.
オレンジのカボチャは,飴玉を一つ包みから取り出して,大きく裂けた口の中へ入れた.
飴玉は親指二個分の大きさだったので,カボチャの口には小さかったが,中にいる少年の口にはやや大きかった.
「ほほろでお」
「……は?」
 オレンジのカボチャの気の抜けたような声に,魔女の少女が思わず笑いをこぼす.
「ところでよ」
 オレンジのカボチャが注意深く言い直した.
「お前,よく今日のに参加できたな.着ていく衣装が無いって言ってなかったっけ?」
 そう言って,魔女の少女越しにもう一人のジャックランタンに話しかける.
こちらは他の子供たちと違い,唯一緑色のカボチャ頭をしたジャックランタンだった.
被っている本人の身体と比べて若干カボチャが大きいため,より子供っぽい印象がある.
加えて,オレンジのカボチャの目や口がギザギザしているのに対し,緑色のカボチャは丸く彫られていた.
オレンジのカボチャはそれを見たとき,"間抜けな感じ"という印象を受けたと言う.
「昨日までは,そうだったんだけどね」
 緑色のカボチャの丸い口からパンプキンパイを食べる少女は,その手を一旦ひざの上に置いた.
「"昨日までは"?」
「うん」
 オレンジのカボチャと魔女の二人が,緑色のカボチャに興味を示すようにして向き直る.
緑色のカボチャの中では,少女が少し寂しそうな表情を浮かべていたが,二人に見えたのは"間抜けな"緑色のカボチャの表情だけだった.
「これね,元々は,家だったみたいなの」

 * * *

 一週間前のその日,少女は何か仮装に使えそうな物はないかと物置に入った.
物置は最近掃除されていなかったらしく,溜まった埃によって石畳の床には少女の靴跡が刻まれていた.
天井の隅にはクモの巣が張ってあったり,高窓から差し込む日差しに無数の埃が浮かび上がっていたりして,少女はすぐに息苦しさを感じていた.
しかし,仮装衣装に使えるようなお金が無く,手芸などにも自信のない少女には,何か使えそうなものを探す必要があった.
ただ,物置にはカシ材の棚に木彫りの彫刻が沢山並んでいるだけで,仮装衣装に使えそうな物は無いようにも見えた.
 少女は落胆し,埃で白っぽくなっている床に視線を落とした.
その隅で,彫刻の一つが揺れたことに少女は気付いた.
(気のせい?)
 そう思いながらも,少女は奥にある棚の方へ向かった.
下から二段目にある丸い彫刻品.
それが,さっき勝手に揺れたように見えた物だ.
少女と向かい合うように丸い穴が三つ開けられていて,それぞれ低い位置に一つと少し高い位置に二つが横に並んでいる.
それは,まるで目と口を表しているかのように見えた.
少女はしゃがみこみ,それを手にとってもっと良く見ようと持ち上げてみた.
 その途端,彫刻品が短い声をあげた.
「キャ!?」
 少女は思わず手を離してしまい,彫刻品は石畳に吸い寄せられるように落下し,パキッという音が物置内に響いた.
 それからはまた,何も無い静けさが物置内を包んでいた.
少女は,足元の彫刻品を得体の知れない物のように見ていたが,やがて意を決して確認するためにその場に屈みこんだ.
そして,もう一度彫刻品を持ち上げてみた.
 今度は声は無かった.
その代わり,割れた底と一緒に人形のようなものが床に転がってきた.
その人形がひとりでに動いたため,少女はまたしても短い悲鳴を上げて彫刻品を床に投げ出してしまった.

 人形は,人形ではなかった.
間違いなく生きていて,しかも少女と同じように手があり,足があり,目や鼻や耳があり,服も着ていた.
その姿は二十代の後半か,さもなくば三十代前半ぐらいの若い男性で,ちょっと古い感じの服を綺麗に着こなしている印象である.
もしも普通に見かけるなら古物商でもやっていそうな雰囲気だが,少女の目の前にいる男性は,少女の広げた掌と同じぐらいの大きさだった.
 彫刻品は物置の入り口まで転がって,そこで大人しく止まっていた.
 少女は戸惑いながら,小さな男性が自分を見上げてくるのを見つめていた.
男性は眼鏡をかけているようだった.
少女が原因で二度も床に落下したが,幸い眼鏡は無事だったらしい.
ただ,身体の方は強く打ったらしく,立ち上がるのにはかなり苦労していた.
少女は,その様子を一心に見守る以外に,何も思いつかなかった.
「あなた,誰?」
 ようやく思いついた言葉.
僅かに震えているようだった.
男性が一度,眼鏡を直すように指先を顔の前に持っていった.
「それを聞いて,君はどうするんだい?」
 男性が返事を返してきた.
その声は真っ直ぐ少女に向けられたもので,少女のような動揺はなさそうだった.
 却って,少女の方が戸惑っていた.
確かに,名前を聞いたところでどうするつもりだったのだろうか.
突然物置に現れたこの男性と,これからご近所付き合いでもしようと思ったのだろうか.
 いや,そうではない.
尋ねたのはそんなことのためではない.
聞きたいことは,もっと根本的なこと——例えばなぜこの男性はこんなに小さいのか——である.
「あの,えっと……」
 少女は一瞬迷った後,再び男性に話しかけた.
「あなた,何者なの? あなたみたいな人,初めて見るから……」
「僕みたいな人? それはどういう意味かな」
「あ,えっと,あなたみたいに……小さな人」
「ふーん」
 男性は静かにそれだけを返した.
小さな男性のその目が,一瞬鋭くなったような感覚を少女は感じていた.
何だろうか,この小さな身体から感じる存在感のようなものは…….
見慣れない生き物にうろたえ,戸惑い,困惑しているのは少女の方だった.
 だが,少女は気付いていないだけで,男性もまた精一杯だった.
彼の目の前にいるのは女の子とはいえ,山を見上げるようにしないと顔が見えない巨人である.
今はまだ狼狽している少女も,互いの立場を正確に把握すればどのような対処だって出来ることに気付くはずだ.
その瞬間,彼の選択の権利は全て消えてしまう.
今,男性の持っている権利は,体格差を意識させないような気丈な振る舞いだけだった.
気丈に,かつ少女を傷つけないような振る舞いである.
そして,それは今のところ成功しているようだと,男性は感じていた.
 男性が沈黙してしまったので,少女はまた困っていた.
どう尋ねればいいのだろうか?
或いは,この小さな男性をどのように扱えばいいのだろうか?
少女にはそれが分からなかった.
そもそも,このような小人が実際に存在するのだろうか? 夢でも見ているのではないだろうか?
 不意に,男性が少女に背を向けるように振り返った.
「あ,あの——」
 咄嗟に声を出した少女.
「どこ,行くんですか?」
 すると,男性は上半身だけ振り返り,少女を見上げてきた.
片方の手を物置の入り口へと伸ばしている.
「君が放り投げた,アレの様子を見に行くんだ」
「アレ……って,カボチャみたいな,アレですか?」
「カボチャ? 違うよ.アレは僕の家なんだ」
「家?」
 少女が聞き返したのに構わず,男性は入り口の方へ歩き出していた.
男性の歩みは遅く,亀が這って歩いているようなものだった.
少女は立ち上がると,入り口まで早足で戻り,彫刻品を手に持って元の場所に戻ってきた.
そして,立ち止まっていた男性の傍に彫刻品を置いた.
 少女がその場にしゃがみ込んで男性の様子を伺うと,彼は咳き込んでいた.
少女がかき乱した埃に囲まれ,喉をやられたらしい.
小さいながら,激しく咳き込む音が物置の中で反響している.
「あの,大丈夫ですか?」
 そう訊いた少女だったが,物置に溜まっていた埃はしゃがみ込んだ少女の顔の辺りにまで舞い上がっていたため.
言葉を切った直後に少女もまた鼻の辺りに刺激を感じ,短い声の切れ端とともにクシャミをしていた.
少女はポケットからハンカチを取り出すと,なにやら男性が不快そうに彼の身体を見ている様子が見えた.
少女の唾が男性に飛びついたらしい.
「——ごめんなさい!」
 少女はハッとなって男性に謝ると,持っていたハンカチを小さな身体に擦り付けようとした.
男性は両手で抵抗を試みたが,少女はそれに気づくことも無く男性の身体をハンカチで包むようにして,唾を拭き取った.
時には男性が床の上に立っているのがやりづらく,一言添えながら男性を手に持ったりすることもあった.
拭き取り自体はすぐに終わったが,少女には気まずさが,男性には身体の痛みが残っていた.

「あの……大丈夫ですか?」
 申し訳ないという気持ちを表すように,少女が控えめに男性に問いかけた.
男性の方では,埃まみれになったり唾をつけられたりしたものの,初めの時と同じ毅然とした風に立っていた.
「気を遣ってくれたのはありがたいが,今度からは遠慮させてもらっていいかな」
「……ごめんなさい」
「まぁ,いい.君に悪気があってのことではないのは,見てて分かる」
 そう言うと,男性は少女が持ってきた彫刻品の様子を確かめに傍に寄っていった.
男性が三つの穴のうち,一つだけ低い位置にある穴から中を覗くと,溜息と共に肩がガクンと下がる様子が見えた.
「あの,どうかしました?」
 少女がさらに姿勢を低くして男性に尋ねる.
床に置いたままの彫刻品の中は,上にある二つの穴からでないと覗けなかった.
片方からは男性の姿が見えるが,もう片方からだと見えなかった.
 やがて,男性が外に出てきた.
「めちゃくちゃだね」
 男性は短く,そう言った.
「底が割れてバランスが悪くなったし,仕切りもガタつくようになってる.第一——」
 男性は,さっきまでいた割れた板切れの重なっている辺りを眺めて言った.
「折角作った備え付けの家具がただの木屑になってしまったし」
 男性の寂しげな言葉を,少女はただ黙って聞いていた.
しかし,ふと思いついたことのために,男性への同情心と罪悪感よりも,少しばかりの好奇心の方が強くなっていた.
「あ,あの,ちょっといいですか?」
 迷いながら,少女は尋ねた.
男性は相変わらず何事も無いような表情で,返事をしてきた.
「これ,ちょっと借りますね」
 少女は言って,彫刻品を手に取った.
心臓が早鐘のように鳴り響いていた.
これからやろうとすることを,本当にやってもいいのだろうか?
それは男性に対して,とても失礼なことじゃないだろうか?
迷いが少女の頭の中で,或いは胸の中で,渦を巻くようにして何度も押し寄せてくる.
物置の埃っぽさ以上に,息苦しくなっていた.
 だが,少女は決心して,彫刻品の底の余りを折り取った.
男性の驚いたような声が下から聞こえたが,構わずに中にある仕切りも折り取った.
パキンッというキレのいい音が二回,物置の中で弾んだ.
 少女はさらに,大きく開いた穴に頭を入れ,中からの具合を確かめた.
恐らく仕切りで区切った二つの部屋の窓であろう二つの並んだ穴は,少女の目の位置に丁度合うようだった.
さらに,男性が中の様子を見るために入った低い位置の穴は,少女の口元に丁度位置していた.
全体としての大きさや重さも,少女にとって無理の無い程度のものだった.
 少女の中で,男性に対する罪悪感と探し物を見つけた高揚感とが混ざり合っていた.
呼吸が早くなっていた.
その呼吸にあわせ,イチイの木の香りが強く香るのが分かった.
この彫刻品はイチイの木で出来ているらしい.
 少女は彫刻品を頭から外し,思い切って男性に話しかけた.
「あの,この家,私がいただいてもいいですか? その……あなたがもし要らないと言うのなら,ですけど」
 すると,男性は少しの間面食らったような表情をしていたが,すぐにいつもの何でもないというような表情になって,少女に答えた.
「人の物を壊しておいて,要らないなら頂戴……と言うんだね,君は」
「あ……それは,その」
「いや,いいさ.さっき見た時点で,それはもう家とは言えなくなっていたからね.君がそれをさらに壊したからって,特に咎めるようなことも無いさ.だが,君はそれをもらってどうする気なんだい?」
「……今度の,ハロウィンのときに着る仮装に使えるかなって」
「つまり,君はそれを被っていくと? それはその日だけなのかい?」
「えっと,多分」
 そこまで聞くと,男性は短く笑っていた.
それは少し悲しげで,虚しさが口を突いて出てきたもののようだった.
少女はまた,胸の中を締め付けられるような感覚を感じた.
「あ,あの,やっぱり——」
「いいさ.好きにしてくれて構わないよ」
 思い余った少女の言葉を,男性の整った声が遮った.
「だけど,まさかそのまま被って行きはしないんだろう? それだと,あまりにも不恰好だと思うけどね」
「え,えっと」
 少女が口ごもる間に,男性は構わずに続けた.
「もしも,君が僕を信じるなら,そして一つだけ約束してくれるなら,仕上げぐらいはしてあげてもいいけど」
「え……?」
「色付けとか,ヤスリがけとかね.ハロウィンっていうのまで,あとどれぐらいかな?」
「一週間,だけど」
「だったら,ぎりぎり間に合うと思うよ」
「あなたがやるの?」
「意外かい? 少なくとも,君よりは上手くやれる自信があるんだけどね.馬鹿力だけの君よりは,ね」
「馬鹿力って——」
 少女は流石にムッとし,小さな男性を上から睨み付けた.
ここで,彼をぶつのは簡単なことだった.
ハンカチで拭いていた時みたいに彼を手に持ち,そのまま壁に向けて投げつけることも出来る.
彼が言うように,二人の間の体格差では,少女の細腕にさえ彼を圧倒する馬鹿力が備わっていた.
しかし,少女を見返してくる男性の視線の中に寂しさと敵意があるのを感じ,少女はやりきれない気持ちになっていた.
「それで,約束って,なんですか?」
 少女は僅かな自尊心を抑え,男性に尋ねる.
「簡単だよ.僕が作ったそれを,ずっと使ってくれればいい」
「ずっと,被るの?」
「そうしたいならね.もしそれ以外に使い道があるなら,それでもいい.例えば,家の前の灯にするとか」
「ずっと,使い続ける……」
「出来るかい?」
 男性が,真っ直ぐ少女を見つめてきた.
臆することを知らないような眼差しだった.
この小さな身体に,どうしてそんな強さがあるのかと疑いたくなるほど,男性は真っ直ぐ少女を見上げていた.
 その強さに負けないよう,少女もしっかりと男性を見つめ返す.
「はい,約束します」

 * * *

 緑色のカボチャは話を終えると,食べ残していたパンプキンパイを口に入れた.
風にさらされていたせいか,温もりは殆ど無くなっていた.
気がつくと,辺りは更に濃い闇に覆われ始めていた.
子供たちも数が減ったのか,聞こえてくる声がまばらになっているようだ.
「つまり,そのカボチャは小人が作ってくれたんだ?」
「うん.ただ,何か奪い取った感じで,可愛そうなことしたなぁってね」
 二人のうち,魔女の少女はこの話に興味があるらしかった.
一方のオレンジのカボチャの少年は,途中からカボチャを頭から外して横になっていた.
少年のカボチャは本物をくりぬいて作ったもので,まだ少し匂いが残っているようだった.
「確かに,壊したのは良くなかっただろうねー.でもさ,女の子に"馬鹿力"なんて言うのは失礼だと思うよ」
「うん…….ただ,あの時は私が悪かったんだし」
「それでも,あたしだったら聞き咎めてたと思うな.指先で弾くぐらいのことなら,丁度言いお仕置きになるんじゃない?」
「それだと,あの人が可愛そうだよ」
「えー,そうかな?」
 魔女の少女は不服そうだった.
その時,徐に身体を起こした少年が二人の会話に割って入ってきた.
「心配ないって.コイツみたいな奴の所には,そういう連中は現れないからさ」
「なに,いきなり? あんた,どうしたのよ」
「ちょっと,その小人っての聞いたことがあったんだよ.何でも,魔法だとかそういう特別なことは出来ない代わりに,すごく物を扱うのが上手いんだと.俺たちが使わなくなった物でも,連中なら使い道を知ってたりな.しかも,俺たちみたいな人間の気配なんかも敏感に感じ取るんだって.だから,奴らにとって都合の悪い人間がいる所にゃ,好き好んで現れたりはしないってよ」
「ふーん.じゃあ,この子はその小人たちにとって都合のいい人間だったんだ」
 二人が緑色のカボチャの方へ向くと,カボチャは少しだけ斜めに傾いた.
「あの,それってどう捉えたら良いのかな?」
「まぁ,なんにしろそれは大事にした方が良いと思うぜ.そいつが言った通り家の前にでも置いておけば,もしかしたらまた戻ってくるかもしれないしな」
「うん,そう……だね」
 小さく頷く緑色のカボチャ.
あの男性とは,あれからは一度も会っていなかった.
時々物置に顔を出したりもしたが,物音一つしなくなっていた.
ただ,少しずつ緑色のカボチャが完成に向かっていることだけが見て取れたぐらいだった.
そして,今朝のベッド脇で見つけた板切れには,カボチャの完成と小さく"サヨナラ"と告げる言葉が書かれていたのだ.
少女は,結局お礼もお詫びも出来ないままになってしまった.
「じゃ,そろそろ次の家に行くとするかな」
 少年が声を出し,再びオレンジのカボチャを被った.
「そろそろケーキとか出ないかなー.イチゴとか,果物がたくさん乗ったやつ」
「それ,タルトじゃないの?」
「どっちでも良いよ」
「あ,ちょっと待って」
 二人より少し遅れて,緑色のカボチャが立ち上がった.
相変わらず"間抜け"に見えるその表情は,少女の後悔を覆い隠しているようだった.
だが,何時までも後ろ向きになっていたって仕方がない.
小人の男性と約束をしたからには,何時までもこのカボチャを使い続けていくのだ.
そして,もしも再び会えるようなことがあったら,その時に謝ろう.
少なくとも,そのときまでは大事にしておかなくてはならない.
今はただ,彼のお陰で参加できたこのパーティーを楽しむことだ.
 緑色のカボチャは二人の許に駆け寄った.
「ねぇねぇ,そろそろ本会場の方でイベントが始まる頃じゃない?」
「あ,もうそんな時間? いそご」
 そう言うと,魔女の少女がいきなり走り出した.
「あ,おい!?」
「え,ちょっと待ってー」
「競争競争〜」
 そして,魔女の少女に遅れて二人も駆け出した.

 本会場まではすぐだった.大聖堂にも負けないような,大きなイベントホールの扉が三人の前で閉じられている.
 三人は息を合わせて,大きく声を出した.
「トリックオアトリート!!」




——おしまい——












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【あとがきらしきもの】
最後まで読んでいただきありがとうございます.
この話,ハロウィンを題材にしながら公開するのが遅れてますよねー.
(´・ω・`)ショボーン

言い訳をすると,ネタを思いついたのが昨日(30日)の夜中だったということで時間が少なかったんですねー.
考察とか推敲とかもすっ飛ばしてるんで,かなり粗くてすいません\(^o^)/


まぁそれはともかくとして真面目っぽい話でも.
話の途中で出てくる小人さんは,あの「借り暮らしのアリエッティ」の借り暮らし達がモチーフです.
ちょうど原作の小人の冒険シリーズを読んでいたので,今回のネタとすぐ結びついたのだと思います.
因みに,映画の方はまだ見てません.
周囲の評判では,爆発的な面白さはないけどさすがジブリっていうクォリティのようで,暇を作って見に行きたいです.


あとがきって何を書けばいいものやら?(・ω・)?
あと書くことと言ったら,登場人物に名前がないって事でしょうか.
これは意識してやったことなんです.
名前をつけると愛着が沸いて,ついつい長い話になってしまいそうだったんで.
それで,あえて名前は出さない方向でやってみました.
読みにくかったかもしれないですが(A;´∀`)


ではでは,もし次の作品のネタが浮かんだら,その時にまたお会いできたらいいですねー(^ω^)ノシ