広大な原野の真ん中に一軍がいた。
彼らが見据えるはるか前方から、地鳴りのような鬨の声があがる。
それに続くように、本物の震動が大地を伝わって足元に届いていた。
「いよいよ……ここにも奴らが来たのか」
 キノコ族の将軍が震える声を抑えるように呟いた。
将軍は素早く兵に命じて太鼓を鳴らせると、全軍が盾を構え剣を取り、天をも揺るがさんばかりの鬨の声を轟かせて動き出した。
迫り来るタケノコ軍に、キノコ軍は真正面からぶつかっていく。
 槍に長じたタケノコ族の軍勢と、盾の技術に通じるキノコ族の戦士の衝突だった。
勝負はすぐさま一進一退の拮抗状態に入っていた。
だが、祖国を守らんとするキノコ軍の士気はタケノコ軍のそれより高く、敵を倒さないで倒れるキノコ軍の者はいなかった。
焦れたのはタケノコ軍である。
今率いている軍勢は、これまで相手にしてきたキノコ軍を最初の一突きで突き破ってきた者たちなのだ。
そんな猛者でさえ、目の前のキノコ軍を突き破れないでいる。
やがてタケノコ族の将軍はキノコ軍の奮戦を認め、正攻法では短期決戦が望めないと判断した。
そして、その日はタケノコ軍の一時撤退という形で戦いは終わった。

 * * *

 キノコ族では、その日族長を交えた会議が開かれた。
議題はもちろん、目下の災いであるタケノコ軍の事である。
この日はタケノコ軍を追い払うことが出来たものの、キノコ軍側の被害も相当だった。
キノコ軍は御に秀でているとはいえ、やはり相手に傷を負わせられなければジリ貧なのだ。
「しかし、これから軍を鍛えるにも、目の前に敵がいたのでは……」
「それに武器の優劣も考えねばなりますまい。向こうは柄の長い槍を得意としているのですから、こちらが剣を突き立てる前に貫かれてしまいますぞ」
「それは戦術次第でどうにかなりましょう。柄が長いということは即ち小回りが効かぬということ。つまり……」
「今はそのようなことは問題ではないのだ。問題なのは、敵は今まさにそこにいて、我々は風前の灯ということだ」
「だからして対策を立てるのです。我らが戦士たちに彼奴らを破る術を身につけてもらわなければ……」
「それとて一朝一夕にという訳にはいかんではないか。敵は今この時にでもせめて来るかもしれんと言うに、そなたはこの危機が分かっておらんようだな」
 喧々諤々とした議論が繰り返される。
族長のマシューズはその様子を静観するだけで、自らの意見を主張することはなかった。
その様は現状に諦めてしまっているように見え、はたまた何かを待っているような風でもあった。
議論は、ますます己の不足不満を言い合う場へと変わっていく。
「マシューズ様! 一大事でございます!!」
 扉を開け放って怒号と共に現れたのは、一人の青年だった。
余程急いできたのか、一同が注目を向けるまでの間に普段の三倍ほどの速度で呼吸を繰り返している。
そして、その傍らには一人の少女の姿があった。
「何だね、君は!? 今は重要な会議中ゆえ、早々に出ていきなさい!」
「それが、マシューズ様に重大な要件があるのです」
「要件だと? それはなんだ。申してみよ」
「いえ、それが……」
 青年が気まずそうに言葉を濁した。
一同の目に、青年に対する強い疑念の色が浮かび始める。
しかし、ただ一人、マシューズだけは違っていた。
表情に期待を含ませていたマシューズは、一同の注意をひくように一つ咳払いをした。
「皆の者、今日のところはこれで解散としようか。皆もいつも以上に意見を出し、また相手の言葉に耳を傾け、色々と思ったところがあるだろう。それは次の会議の時にそれぞれ述べてもらいたい」
「族長? しかしそれでは――」
「良いのだ。皆の様子を見るに、これ以上の議論からは進展もなかろう。さぁ、早くここから出て行ってくれないか」
 マシューズは穏やかな口調ではあったものの、決断を迫る迫力に圧された一同は不満を残しながらもその部屋を後にした。
残ったのは、マシューズと青年に年若い少女である。
 先に口を開いたのはマシューズだった。
「して、その娘がそうなのか?」
「はい。マシューズ様からお預かりした試薬を与えたところ、確かに文献にあったといわれる反応が見られました」
「つまり――」
 マシューズと青年が少女を見た。
少女はずっと俯いたまま二人の会話を聞いていた。
「この娘が、巨大化するのだな?」
「……はい!」
 マシューズから微かな笑みが浮かぶ。
少女は、しかし、今は畏縮と気恥かしさのために小さくなっていた。

 その後、青年は懐から取り出した試薬を使い、マシューズの前で真偽を見せる事とした。
黄濁した液体は酷く苦く、その一滴を口に含んだ少女は涙を堪えるようにして唾ごと飲み込んでいた。
数呼吸もしないうちに少女の体は熱を帯び始め、動悸も激しく呼吸が乱れていった。
そして、少女の身体はそのバランスを保ったまま拡大を始めたのである。
部屋に入ったときには青年の胸元あたりまでだった少女の背は、今では屈まなければ青年やマシューズと目線を合わせることが出来ないほどになっていた。
 少女は、キノコ族に伝わる秘薬の"適合者"だったのだ。
"キノコジル"と呼ばれるこの秘薬は、飲む者によって効果が変わるという不思議な薬である。
その多くは役に立たない効果なのだが、人によっては多大なる利用価値を生み出す者もいた。
特に、この少女のように人外の力を得る者が現れれば、それは一族にとって偉大な軍事力となりうる。
タケノコ族がキノコ族を攻め続けているのも、この秘薬を求めてのことだと言われていた。
マシューズは、タケノコ族に秘薬を奪われる前に、これを一族の防衛に使おうと考えていたのだ。
「ただ――」
 マシューズが、奇跡を目の当たりにした興奮を抑えるように、二人に静かに話しかける。
「この力を以て敵を滅ぼさんとするような考えは持ってはいかん。これを争いの火種にする限り、遠からず我らキノコの一族は滅びる運命に呑まれるだろう」
「……はい」
 青年が重々しく返事をする。
また、マシューズは少女を見上げ、我が娘を見るように暖かな眼差しを向けた。
「君も――ルミィ、と言ったかな?――出来れば人を殺めたくはない、そう思っているようだからな」
 ルミィは、静かにコクンと頷く。
「君のような子が適合者で良かった。尤も、場合によっては、ルミィ君にも無理を通してもらわねばならんこともあるだろうが、極力我らも努力する故、協力して欲しい」
「はい、……分かりました」
「うむ」
 ルミィは不安混じりの顔で、マシューズに頷いた。
マシューズは、跪いて目線を合わせているルミィの肩に手を差し伸べ、慈しむようにその頬を撫でた。
そして、さらに青年に向き直って言った。
「すまんが、君にはこの子の世話を引き受けてもらいたい。唐突にこのような場所に連れてこられては、誰であろうと不安が募るものだ。我らで取り除けるのならば、この子の負担を減らしてやりたいのだ」
「は、はい。出来る限りのことを努めさせていただきます!」
 マシューズは頷き、ルミィに目を向けた。
「ルミィ君、今日からは君もキノコ族の一戦士だ。我らと共に、この危難を乗り越えるのに力を貸してくれ」
「はい……」

 * * *

 それから数日、キノコ軍はタケノコ軍の攻撃を跳ね返し続けた。
それは、キノコ族の戦士たちがルミィという一少女の手を借りることを恥とし、それぞれに死力を尽くした結果でもあった。
しかし、負傷者は日増しに増える一方で、戦線も徐々に押され始めているのが現実である。
作戦会議では何度もルミィの参戦について議論していたが、遂に将軍が苦戦を認めたため、ルミィの参戦が決定した。

 太陽が天頂に登る頃、タケノコ軍は勢い盛んにキノコ軍陣営へと雪崩込んできた。
キノコ軍は、連戦による疲弊とタケノコ軍の怒涛の勢いに怖気付いたのか、殆どの者が盾を構えることもなく背を向けて逃走を始めた。
タケノコ軍はそれを見てさらに士気を高め、数分と立たないうちにキノコ軍の敷いた陣を制圧してしまった。
 気を良くしたタケノコ軍の将軍は、ここで部隊を二つに分けることを考えた。
陣を制圧した余勢を駆って逃走するキノコ軍を追撃する部隊と、制圧した陣営を調べる部隊である。
将軍は追撃を部下に任せると、自らは少数の兵を伴ってキノコ軍の陣営を調べることにした。
恐慌状態の軍を叩くのに、自らの指揮は必要ないと考えたからだった。
 将軍は陣の中央に立つと、兵士たちに兵舎用の各天幕の捜索を命じた。
しかし、兵士が持ってくる報告は、どの天幕にも何も残っておらず、戦利品の類は一つもないというものであった。
将軍はにわかに胸騒ぎを覚えた。
一見するとキノコ軍は慌てふためいて逃げ出していたようだが、実は準備を万端にして撤退したのではないかと思えたからだ。
だとすれば、この空の陣営にいるのは時間の無駄である。
或いは、実はキノコ軍からの置き土産があるのかもしれない……。
 将軍がそう悟ったとき、遠くの兵舎からざわめきの音が聞こえるのに気がついた。
続いて悲鳴のようなものが聞こえたかと思うと、天幕が急に浮かび上がったのが見えた。
そして、その下に続く巨大な影に気がついたとき、将軍は思わず声を漏らしていた。
「な、んだ……あれは?」

 多くある兵舎の中に身を潜めていたルミィは、捜索しに来たタケノコ軍の兵士に見つかるや、口に含んでいた丸薬を喉に通した。
これは液体である秘薬を固形物にしたものである。
秘薬は体内に入れた量に応じて効果の強さも変わるため、このように丸薬にすることで効果のブレを抑えるのだ。
 タケノコ軍の兵士はルミィの姿を見て驚いていたが、ルミィにはそれを気にする余裕はなかった。
激しい苦味と、奥底から沸き上がってくる熱、そして呼吸自体が困難になるほどの動悸がルミィを襲っていた。
一時は不意を突かれた兵士たちも、苦しむルミィに気を緩ませていく。
だが、その直後には兵士たちの顔から色がなくなっていた。
 天幕の中で膨らんでいくルミィの身体。
ルミィ自身は動いてもいないのに、その肉体は急速に兵士たちに迫っていた。
慌てて兵士たちが天幕から出たのと、ルミィの膨張に耐えきれず天幕が地面から引きはがされるのとは、ほぼ同時だった。
その光景に、周囲にいた兵士たちも青ざめながら逃げ始める。
ルミィの重みで大地はえぐられ、膨張する身体に押されて土が山を作り、周りにあった天幕は座っているルミィの足に呑み込まれていく。
逃げ遅れた者は天幕同様にルミィがえぐった土の中に消えてしまい、その悲鳴も中途半端なまま途切れていった。
 やがて身体の膨張が終わると、ルミィを苦しめていた動悸も収まった。
ルミィが顔を上げて周りを見渡すと、前方には遥か彼方にタケノコ軍の陣営が見え、後方にはキノコ軍の集落が見える。
また、視線をすぐ下に転じてみると、さっきまでルミィが入っていた天幕はキノコの傘のように見え、片手で掴めるほどの大きさでしかなかった。
周辺にいるタケノコ軍の兵士たちはもっと小さく、大きさにして小指の半分ほどだった。
 兵士たちが何かを騒ぎつつ一箇所に集まっていくのを見ながら、ルミィは改めて今の状況を見直していた。
ルミィは、兵士たちと比較する限りでは百倍近い大きさに巨大化しているようだった。
その兵士たちはといえば、数十人が陣営の中央に集まっていた。
そこはルミィが四つん這いの姿勢で身を乗り出すと、それだけで手が届きそうな距離だった。
数十人いる兵士も、ルミィが両手を広げれば全員を乗せられそうな数である。
ルミィは思い切ってタケノコ軍の兵士たちに声をかけた。
「あなた達が、タケノコ軍の兵士なの?」
 途端に、兵士たちの間に動揺が走ったのが見えた。
狼狽える者、後方に下がろうとする者、手に持っている槍をルミィに向ける者など、様々である。
その時、兵士たちに囲まれていた一人の男が、ルミィにも聞こえるほどの怒号をあげて兵士たちを一喝していた。
「貴様ら、これは敵のまやかしである! これしきのことで怖じるな、気をしっかり持て! 俺がタケノコ軍の気概というものを見せてやる!!」
 そう言うなり、男は槍を引っ提げルミィのもとへと駈け出してきた。
天幕の間を縫って真っ直ぐルミィのもとへひた走り、そして槍を掲げると走りこむ勢いを槍に乗せ、ルミィに向けて投げつけてきた。
その槍はルミィのヘソのあたりで服に刺さった。
 様子を見ていたルミィは徐に槍を摘み取ると、しげしげと見る間に槍がルミィの指の間で折れてしまった。
一方、槍を投げた男はその場に固まっており、ルミィの反応が信じられないといった風に見つめていた。
後方の兵士たちの間で再びどよめきが起こっている。
 ルミィは兵士たちに混乱が起こっていることを察し、そこに追い打ちをかけることを思いついた。
すぐに身を乗り出して男の傍らに片手を付くと、地面にはルミィの手形状の窪みが出来ていた。
男は本能的に頭を庇うように両手を上げていたが、構わずにルミィがもう一方の手の指先で弾き飛ばす。
すると、男は悲鳴をあげる間もなく吹き飛び、何人かの兵士を巻き込みながら地面を転がっていった。
一瞬の間、兵士たちもルミィ自身も、目の前で起こった出来事に唖然としていた。
 しかし、一人の兵士が悲鳴を上げて逃げ惑う素振りを見せると、それは瞬く間に集団に伝染していった。
タケノコ軍の兵士たちが今にも逃げ出そうとするのを見ると、ルミィもまた我に帰ったようにさらに身を乗り出す。
兵士たちは、気がつけばルミィの身体が作り出す影の中に収まっていた。
「あなた達の中で一番偉い人は誰?」
 ルミィが問いかける。
ルミィの真下にいる兵士たちは、頭上の問いかけに対して震えながら互いの顔を見合わせていた。
一番偉い人を捕まえること――ルミィに託された使命である。
軍は優れた指導者がいれば驚異となるが、その指導者がいなくなれば烏合の衆となるからだ。
そのようにしてタケノコ軍を無力化できれば、しばらくはキノコ族に平和が訪れるという算段だった。
わざわざそのような手間をかけるのも、ルミィが無駄に多くの人を殺したくないと願っているためだ。
しかし、その思いを知らない兵士たちは、なかなかルミィの問いに答えなかった。
「ねぇ、誰なの?」
 痺れを切らしたルミィが再び尋ねる。
「しょ、将軍は、ここにはいないぞ! 俺達とは別にキノコ軍を追撃する部隊があったが、将軍はそこにいるんだ!」
 一人の兵士が叫んだ。
ルミィはその兵士を見つめると、眉間に皺を寄せて睨みつけた。
「嘘よ。あたし、聞いたんだから。あたしがあなた達に見つかった時、外で"将軍"って呼ぶ声がしたもの」
「い、いや、それは違う。その将軍は……」
 ルミィは兵士の言い訳を聞かず、膝を前に出して、身を乗り出している身体を片手でも支えられるように姿勢を変えた。
膝が地面をえぐり、その音が兵士たちを驚かせていた。
しかし、ルミィが兵士たちの集団から先ほどの兵士を摘まみ上げると、さらに兵士たちに緊張が走っていた。
 ルミィは人差し指と親指の間に兵士を挟むと、眼下の兵士たちに強い調子で言い放った。
「良い? あなた達がその"将軍"をあたしにくれるなら、他のみんなには何もしないわ。でもね、"将軍"が誰かを教えてくれなかったら、あたしは、あなた達を……」
 そこまで言って、ルミィは次の言葉を躊躇った。
兵士たちは、ルミィが次の言葉を口にするのを固唾を飲んで見守っていた。
ルミィは、押え切れない動悸を感じながら、その口を開く。
「あなた達を、あなた達一人ひとりを……磨り潰してやるんだから」

 ルミィの言葉の後、数呼吸ほどの沈黙があった。
だが、兵士たちはどよめくだけで何も答えてはくれなかった。
ルミィの表情に悲壮感が漂う。
 ルミィは進展のない兵士たちから目を離し、摘みあげている兵士を見た。
指先で軽く摘まんでいるだけでも、その兵士が身を捩って逃げ出そうとするのを十分に阻んでいた。
鎧がそれなりに丈夫だからか、少し注意していれば、誤って兵士の胴体をすり潰す事もなさそうだった。
 ルミィは指先の兵士を哀れむように見つめていた。
兵士の方は、真っ直ぐ見つめてくるルミィを見返すだけの余裕が無いようだった。
ルミィは再び眼下に目をおろし、宣言した。
「まだ分かってもらえないみたいだから、先に教えてあげる。あなた達が何もしないのなら、あなた達は一人ずつこうなっていくって事をね」
 そして指先に視線を移し、小声で囁いた。
「ごめん、なさい……」
 ルミィは目を瞑ると、ほんの少しだけ指先に力を込めた。
鎧がひしゃげる感覚が指先に伝わる。
同時に、小さな兵士の叫び声が耳に届いた。
それを聞くなり、ルミィの動悸が激しくなり、同時に怖くなってきたのだ。
それでもルミィは止めなかった。
タケノコ軍は多くのキノコ族の同胞を殺してきたと思うと、情けをかけられる相手ではないと思えたからだ。
それゆえに力をいれることを止めなかったが、ただ、思い切ることも出来なかった。
今、自分の指の間で人が一人死に行くと考えると、一思いにすり潰す事が怖かった。
その中途半端な思いのため、ルミィの指先には、徐々に肉が潰れ、少しずつ骨の砕ける感触までが克明に伝わってきていた。
その感覚が僅かずつにもルミィを追い詰めていく。
やがて、耐えかねたルミィは兵士を潰すか潰さないかの指先に力を込めるに至った。
それまで苦痛に悶え、悲痛の叫びを上げていた兵士が一瞬の間に二つの指先の間に消えた。
ぷちゅっ、という小さな音と、赤と何かが混ざった色がルミィの指先に残っただけで、あたりは急に静かになっていた。
 恐る恐る目を開いたルミィは、無意識に指先のべと付いた肉塊を見て反射的に目を逸らしていた。
ただ、そのままで下の兵士たちに伝わらないかもしれない。
そう思い直し、ルミィは指先のベトベトした肉塊を兵士たちのそばの地面に擦りつけた。
その時には、もはやそれが元兵士の残骸であったとは言えないほどになっていたが、それでも兵士たちには恐怖が染み付いていた。
 動きは、その直後に起こった。
数人の兵士がある一人の兵士を捕まえたのである。
捕まえられた兵士は周囲の兵士に罵言を浴びせていたが、その物言いにはどこか偉ぶった雰囲気が混ざっていた。
ルミィはその様子を眺めながら、指先の汚れを服でこすり落としていた。
「その人が、"将軍"なの?」
「は、はい! 間違いありません!」
 ルミィに答えた兵士は、緊張と恐怖のために声が上ずっていた。
ルミィはそれに構わず、縄で縛られた兵士を摘みあげて掌の上に乗せてみた。
年の頃はやや年配といったところか。
しかし、勿論これだけでこの兵士が"将軍"なのかどうかが分かるわけではなかった。
「あなたが、この軍の中で一番偉い人?」
「……だとしたら、どうするつもりだ?」
 兵士は、静かながら、強い目付きでルミィに対していた。
「なんで、早く出てきてくれなかったの……。すぐ出てきてくれたら、さっきの人も潰したりしなかったのに」
「……一つだけ言っておく。貴様が私一人を虜にしたところで、タケノコ軍は貴様らへの攻撃を止めたりはせんぞ」
「そんなっ!?」
 ルミィの驚きの声に、兵士が一瞬身を強ばらせた。
その兵士に、ルミィがさらに続ける。
「どうしてそんなことをするの? あたしは、もうこれ以上こんなことしないでくれれば、それでいいのに」
「貴様のような輩が、いつ我がタケノコの里を襲うかが分からんからな。だから、先に我々が確保せねばならんかったのだ」
「あたしが襲うだなんて……」
 その言葉にルミィが戸惑ったとき、キノコ族の集落の方から鬨の声が聞こえてきた。
慌てて振り返ると、数百人規模の集団が真っ直ぐこの陣営へと向かってきているのが見えた。
先程追撃に出ていたという、タケノコ軍が戻ってきたのだろうか。
だとしたら、ここに長居をするわけにはいかない。
 ルミィは"将軍"と思しき人物を握ったまま、そっと立ち上がった。
足元で様子を伺っている兵士たちを踏み潰さないように、ルミィは気をつけていた。
しかし、その気遣いは突然の目眩によって無駄になってしまった。
立ち上がると同時にルミィの視界がぼやけ、平衡感覚が失われたのである。
秘薬の効果が失われるときの予兆だった。
 靴の下で何かが弾け、砕ける感覚がしていた。
一方の手の中から何かを叫ぶ声が聞こえていた。
それらの意味をルミィは理解出来ないまま、不意に身体から力が抜け、世界が傾くさまを見ていた。
巨大な物が落ちた時の大きな音が、その後からルミィの耳に届いてきた。

 * * *

 キノコ族の集落にある酒場では、この日は一つの話題が何度も取り上げられていた。
タケノコ軍を撃破したという話題である。
それも一人の少女が鍵となっていたことが、さらに話題性を上げていた。
「巨大化か。頼もしいもんだねぇ」
「頼もしいってぇんじゃねえよ、無敵よ無敵。俺の知り合いが軍にいるんだけどよ、そいつの話じゃ、嵐でも通ったみたいに陣営が壊されてたってな」
「へぇ〜」
「それだけじゃねぇ。そこにあったタケノコの連中の死体だがよ、みんなものの見事に潰されちまってたんだと。俺が直接見たわけじゃないんだが、なんでも一つの靴跡に何人もが折り重なるように潰れてたってな……」
「それが、女の子の仕業だってか」
「おうよ。その知り合いも言ってたが、武器持って戦ってるのが馬鹿らしくなったってな」
「ま、違いないねぇ」

 * * *

 目が覚めた時には、ルミィはキノコ族の集落のある山に戻っていた。
介抱をしてくれた青年によると、最後に見た一軍はキノコ軍だったようだ。
彼らが陣営に着いた時にはルミィは元の大きさに戻っていて、そのままここまで運び込まれた、と説明された。
 ルミィがその時のことを思い出そうとすると、強い頭痛がそれを阻んだ。
それは秘薬の副作用で、しばらく安静にしていれば自然と治るものらしい。
ルミィが再びベッドに入ろうとした時、腰の辺りに見覚えのない赤いシミが無数にあることに気づいたが、ルミィは特に気にせず青年に言われるように安静にすることに決めた。

 




--つづく……のか?--




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【あとがきらしきもの】
もぎゃー。
ネタはあっても調理が上手くいかないと全体がうまくいかないぜ。
かなり難産な印象でした(´・ω・`)

毎回恒例のモチーフですが、今回は「キノコの山・タケノコの里」です。
もとは「竹取物語」のかぐや姫が、"三寸ばかり"の身長から三ヶ月あまりで人並みに成長したという、その成長率をネタにしたかったんですが、これがなかなか思いつかず。
で、タケノコタケノコ……って唱えてたら、不意にキノコの山を思い出しまして、キノコタケノコ戦争を思いつきました。
ちなみに、僕はどちら派とも言えない中立です(・ω・)

タケノコは成長が速いっていうんで、普通サイズから巨大サイズに成長する話ってのを考えてたんですが、今ひとつしっくりこなくって。
ただ、キノコタケノコの話になってきたら、今度はキノコ側が某キノコ王国のスーパーなキノコを思い出しまして。
んで、そのまま対決させることになるとどうかなーって。
今回の話だとキノコ側の巨大化少女だけになってるんですが、勿論タケノコ側にもいます。
とはいえ、今回難産だったので、次の話を書くかどうかは……微妙なところかもです。


ではでは、最後までお付き合いありがとうございました。