第1章.出会い 

照和10年(皇紀2595年)1月9日夜、明日は軍に入隊という日、錦山家に仕える女中見習い、私、ニシ・サクラ(12歳)は錦山家の六畳の女中部屋の布団で最後の夜を過していました。錦山家の女中見習いという身分は、今日で終わり、明日からは、私は高天原帝国宇宙軍上等兵になるのです。 明日の事を考えると、眠らなければならない事は当然ですが、興奮して眠れません。 眠れぬまま、今までの半生を振り返っておりました。

「サクラ、良く聞くんだ。今日からサクラは尋常小学校1年生だ。泣いてばかりいないで、一杯食べて、一生懸命勉強して、身体も鍛えて頑張るんだぞ。」
「うん、オットウ! サクラは頑張るよ!」
「そうよ、サクラ、 オッカアは、これから毎日、お弁当を作って上げるから頑張って残さず食べるのよ。 そうすれば、きっと背が伸びるから!」
「うん、オッカア! サクラは残さず食べるよ!」

照和4年(皇紀2589年)1月10日、私、ニシ・サクラ(6歳)は、宇宙軍擲弾兵第35師団付属辺境尋常小学校辺鄙村分教場1年生になりました。オットウとオッカアに連れられて、入学式に赴く所だったのです。歩きながら、オットウとオッカアは、沢山食べて大きくなれ、偉くなれ! と何度も私に言いました。

「ニシさん、ニシさんの奥さん、おはようございます。」
「これは、キタムラ先生様、おはようございます。」
「先生様、おはようございます。」

後ろから大きな女の人が歩いてきて私達に追いつき、オットウとオッカアに挨拶しました。オットウとオッカアは恐縮し何度も頭を下げました。私は、その女の人が余りに大きいので、恐くなってしまい、オットウの後ろに隠れました。 恐怖の余り、涙が零れ落ちます。 なにしろ、私は当時、身長100センチメートルしかありませんでした。 身長160センチメートルのオットウとオッカアも凄く大きく感じていたのです。その女の人は、身長240センチメートルもあったのです。

「まあ、ニシさん、二年前までの様に、サトなりサトちゃんなりと呼び捨てて下さい。「先生様」などと言われると緊張してしまいますわ。あ、可愛いい子、私が入営する前はあんなに小さかったのに・・・・サクラちゃん、久しぶりね。 サト姉ちゃんよ。 覚えている? 今度、サクラちゃん達の担任の先生になるのよ。」

キタムラ・サト先生(14歳・宇宙軍擲弾兵第35師団付属辺境尋常小学校辺鄙村分教場雇員4等、代用教員)は、しゃがんで私と余り目線が離れないようにしました。 見ると、記憶にある顔です。4歳の頃まで、遊んで貰ったことのある優しいお姉さんです。私の目の涙が止まりました。

「サト姉ちゃんも、先生1年生なのよ。これから入学式の前に、校長先生から辞令を貰わねばならないので、先に行くわね。また、入学式で会いましょうね!」

キタムラ・サト先生は、立ち上がると、早足で歩いて行きました。

「それにしても、あのサトも随分と出世したもんじゃ。 ナンブ様の御屋敷に奉公する下女が産み落とした父なし子が、今では予備役伍長勤務上等兵殿で、月給30円の代用教員様じゃ!」
「アンタ! あのサトちゃんが、月給30円! 凄いわね! ウチの稼ぎの何倍かしら!」
「いずれにしても凄いもんじゃ。ナンブ様のお屋敷の敷地の隅の土間しかない小屋に住んでおった下女見習いが、軍隊で2年間後、お国に奉仕し、今ではナンブ様のお屋敷の離れに下宿なさる御身じゃからな。 畳はおろか板の間も無い馬小屋以下の小屋に寝藁を敷いて寝ておった子が、青畳に床の間付の豪勢な部屋に絹の布団で寝ておられるのだから・・・世の中、出世しなければいかんな! サクラ、 サクラもサト先生みたいに偉くなれ!」
「うん! オットウ、でもヨビエキゴチョウキンムジョウトウヘイって偉い人なの?」
「そうだよ。 サクラも後、6年経って尋常小学校を卒業すると、徴兵検査を受けなきゃいけない。その徴兵検査で身長160センチメートル以上だと、甲種合格だ。 甲種合格だと、上等兵候補者になれる。 大体、甲種合格する者は10人に一人の割合だと言われているが、この村は貧乏で村人の体格も悪いから、大体、毎年50人が徴兵検査を受けて甲種合格は精々、三人か四人がやっと、たまに五人出ると村中が大騒ぎになる。今年は三人だから並だな。」
「じゃあ、コウシュゴウウカクすると、ジョウトウヘイになれるの?」
「いや、軍隊はそんな甘いものじゃない。 上等兵になれるのは、上等兵候補者の中でも特別に優秀な者だけだ。精々、上等兵候補者10人のうち、2人しか上等兵になれない。この村で上等兵に成れる者は年に多くて一人、無い年の方が多いな。」
「じゃあ、サト先生は、数年に一人なのね!」
「いや、サト先生はもっともっと偉いのだよ。 上等兵になる者の中でも特別に優秀な者は伍長勤務上等兵になれる。 銘治の御一新以来、この村で伍長勤務上等兵になれた者は3人しかいないのだよ。 一人は、満期後、下士官を志願し今では判任官2等の曹長様に御出世なされた、錦山和雄様(にしきやま・かずお、三十一歳、宇宙軍擲弾兵曹長、判任官2等)、二人目はナンブ様の奥様、三人目がサト先生だよ。サクラも頑張って伍長勤務上等兵になるんだ!」
「うん、オットウ! サクラもサト先生みたいに、伍長勤務上等兵になるよ。でも、オットウ、オットウやオッカアは、どうだったの?」

オットウとオッカアが立ち止まりました。そして、オッカアはしゃがんで私に視線を合わせました。

「サクラ、 オットウとオッカアは二人とも身長159センチメートルで第一乙種合格だったのよ。 でも、サクラは甲種合格できる可能性が高いのよ。」
「そうだよ、サクラ。オッカアの言うとおりだ。いや、サクラは身長160cm以上になって特別甲種合格するかもしれない。身長180cm以上で特別甲種合格なら、無条件で上等兵だよ。」
「オットウ、オッカア、何故なの?何故、サクラはオットウやオッカアよりも大きくなれるの。」
「サクラには、兄弟姉妹がいない一人っ子でしょう? オッカアには、兄弟姉妹12人もいたのよ。オットウも兄弟姉妹13人よ。 オッカアのオットウ、オッカアも貧乏な小作人だったの。 地主様から借りていた田んぼや畑は今のウチと同じか、狭いくらいだったのよ。 そうなると、オマンマはどうなると思う? 今朝のサクラの様に沢山食べれたと思う? それから、ウチの隣近所の子達は、サクラと同じようにオマンマを食べれていると思う?」

私は頭を縦に振りました。目から涙が出てきました。

「私だけ、一杯食べて・・・周りの子にも分けて上げたい・・・・。」

オットウがしゃがみ込んで私に視線を合わせました。

「サクラは優しい子だ。オットウはそんなサクラが大好きだよ。 でもな、今、サクラがオマンマを隣近所の子に分けて上げても、ほんのチョットだ。 人数が多すぎて腹の足しにもならない。 それなら、サクラが偉くなって、そして偉くなっても貧乏でお腹を空かしている昔の仲間の事を忘れなければいいのだよ。 知っているかい、これから行く小学校には、「テレビジョン」という物がある。これで、県庁のある北奥市の事は勿論、帝都の様子だって分かる。 寄付して下さったのが、錦山和雄様だ。 判任官二等と云う偉い軍人様に出世されても、出身の村の事を気に掛けて下さっているのだ。サクラも錦山様の様になりなさい。」
「サクラ、オッカアは、子供が出来難い体質なのね。サクラ一人しか子供が出来なかったわ。 でも、その代わりにサクラには、毎日、大きいお弁当を持たせる事が出来る。 それにサクラは、家の事を手伝わなくても良いわ、いえ、手伝っちゃ駄目。 その分、必死で勉強するのよ。」
「うん、オットウ、オッカア、サクラはきっと偉くなる。でも偉くなっても村の人達の事は忘れない!」

12歳になった今、考えると、オッカアが言っていた、「オッカアは、子供が出来難い体質なのね。」というのは、明らかに嘘です。 オッカアは、産婆に頼んで産婆の副業をして貰っていたのです。つまり、私の弟や妹を人為的に「水子」にしていたのです。 オットウもオッカアも、全く質素な人でした。酒も煙草も呑みませんでした。そして寸暇を惜しんで働いていました。 人生の全てが、私を甲種合格、いえ特別甲種合格させる事に掛けられていたのだと思います。 趣味も道楽も無く、村で流行っていた花札賭博も麻雀も賭け将棋もやらないオットウとオッカアは、人生にただ一回の大勝負に賭けていたのです。 そして、ちょっと歩くと、第35師団付属辺境尋常小学校辺鄙村分教場に着きました。 私達、新入生は立派な講堂に案内され入学式が始まりました。

「皆さん、私が校長先生の真田美津子訓導です。 先月、軍を予備役軍曹で満期除隊し、本日付けで師団長閣下より第35師団付属辺境尋常小学校訓導、校長、判任官3等の辞令を戴きました。 私も先生の一年生です。 一緒に頑張りましょう。・・・・・。」

講堂の演壇に立つ真田美津子校長先生は、私が始めて見る士族様でした。 どの位、偉い人なのか官等を言われても想像が付きにくいのですが、演壇の後ろに立つ分教場の先生達や「村の偉い人達」との背の違いで偉さが分かります。 「御一新以来3人目の快挙」を成し遂げたサト先生が子供の様です。真田美津子校長先生は、身長400センチメートルもあるのです。 当時、真田美津子校長先生は、まだ16歳の筈ですが、堂々たるものでした。やはり士族の令嬢として、生まれてきた時から使用人多数に傅かれ、英才教育を受けて来た方は違うものだ、と、幼心に感じました。 真田美津子校長先生は、本校と分教場を十校も廻らなければならないので大忙しです。 3分の訓示が終わると、演壇を降りました。まだ式は半ばですが、一旦中断、分教場の先生達や「村の偉い人達」は、校長先生を校門に見送ります。新入生や父兄は、講堂に残ります。その頃、私は小用を足したくなり手を挙げて世話役の上級生を呼びました。

「トイレは向こうよ。 終わったら直ぐ講堂に戻るのよ。」
「はい、先輩!」

先輩の指示を無視して講堂の裏手に出ると、真田美津子校長先生が仁王立ちし、その前に分教場の先生達や「村の偉い人達」が、土下座していました。 真田美津子校長先生の表情は先程、演壇の上での優しい物とは全然違い、凄く恐い顔をしていました。鞘に入れた軍刀で土下座した村長さんの頭を小突いています。

「おい、たかがやっとこ上等兵の分際で村長でござい、と威張っているようだが、何だと・・・恒例の聖液を御下賜戴きたいだと? お前の汚い面を、この美しい真田美津子様の麗しい股間に密着させると云うのか? オゾマシイ! 私はな、下女でも下男でも綺麗な者しか使わないんだ! お前みたいなミットモナイ中年のオヤジに身の回りの世話をさせるのは、真っ平御免だが、ましてや、聖液をやるのなんて冗談じゃない。」
「申し訳ございません。」
「ふん、どいつもこいつも男どもは碌なもんじゃないな。おい、そこの短足! お前の事だよ。 お前、村の出納役だそうだが、新任の代用教員の歓迎の宴会で、サトに酌をさせて、手まで握り、あまつさえ、接吻まで強要したそうじゃないか!? サトは、私のお気に入りの愛玩物(オナペット)なんだ。 サトの上の口は、私の麗しい逸物を咥えるだけの為の物だ。ああ! オゾマシイ! 間接的に私の逸物がお前の汚い口と接触したじゃないか!」
「申し訳ございません!」

鞘に入れた軍刀で土下座した出納役さんの頭を小突いています。 そして、今まできずきませんでしたが、女の人が仁王立ちした真田美津子校長先生の股間に顔を付けています。顔は分かりませんが、髪型から見て、サト先生に間違いないと思います。その時、サト先生が股間から口を離し、土下座しました。

「ああ、スッキリした。やっぱりサトの口戯は天下一品だ。サトの口に射精した後は、気分が良い。」
「班長殿、ご馳走様でございました。班長様に御下賜戴く聖液の味も天下一品の珍味でございます。」
「サト、お世辞は良いわ。奏任官の将校様の聖液に比べたら泥水みたいな物よ。ねえ、この馬鹿な村長を叩き出してお前がこの村を仕切りなさい。」
「とんでもございません。サトは、まだ十四歳でございます。経験も人格も全く未熟でございます。村長様や出納役様は経験豊富で識見に富み熟練なさっている上に勤勉実直にして日夜村民の為に・・・・。」
「サト、お前は心にも無い建前論を述べるとき、やたらと漢語の美辞麗句を並べる癖があるわね。でも、村長達にはもう一度、チャンスをやりましょう。 聖液は、サトにやったけれど、聖唾と聖水くらいはやるわ。 村長、手を出しなさい。唾をやるわ。」

真田美津子校長先生の顔が穏やかになり唾を吐き出されました。 そして、股間からおチンチンが出てきて、小水が噴出し村長さん達を濡らしました。村長さん達はその小水の水溜りを必死で舐め始めました。

「村長、出納役、良く聞きなさい。お前達、軍から村に下賜された聖水を使い込んでいるわね? 返事は要らないわ。 飲む方が忙しいでしょうから・・・今までの罪は問わないけれど、これからは、そんな事は許さないわ。 どうもこの村の子供の罹患率が高すぎるわ。来年の入学式の日に、又、チェックするけれど、今日みたいな結果だったら、ただじゃおかない。 裁判所に突き出す、なんてまだるっくるしい事をせずに、上官侮辱なり反抗なりの罪状をデッチ挙げて皆殺しにしてやる。あれ?」

その時、物影から様子を伺っていた私と、真田美津子校長先生の視線が会ってしまいました。

「木の陰に隠れている子、こちらに来なさい。」

私は、真田美津子校長先生の前に立ちました。後ろでは村長さんを始め村の偉い人達がまだ土下座していました。

「サト、拙いわね。 子供の前で親のミットモナイ姿を見せてしまったかもしれない。 この子、村の幹部の子でしょう? この中に親、いるでしょう?」
「いえ、どうでも良い村の貧農の子です。 班長殿が気になさる様な子ではございませんし、この子の親類縁者は悉く貧農でございまして、村の幹部などおりません。」
「それは良かったわ。 でもこの子、なかなか見所がある、とサトは思わないの?」
「はい、班長様の目から見れば大した者ではございませんが、このサトよりは出世すると思います。しかしながら、高貴な士族様の令嬢である班長様が、気になさる様な子では・・・・。」
「ふふふ、サト、私ね、自分よりサトの方が優れていると思っているの。 嫉妬しているのかもしれない。 だって、私は何不自由なく育ち、特に努力も競争もぜずにノンビリと生きて来ただけだからね。 生活や境遇に満足しきってきたのよ。 でもサトを見て変わったの。私もちょっと努力して頑張ろうかな、と。 それはそうと、この子、見所があるわ。 私は何一つ取り柄の無い我侭な令嬢だけれど、人を見る目には自信があるの。サト、この子に目を掛けてやりなさい。」

真田美津子校長先生がしゃがみ込んで私に視線を合わせました。

「サクラちゃんと言うのね。 頑張りなさい。 サクラちゃんはきっと頑張れる、強い子よ。」
「はい、校長先生。 校長先生も先生1年生なんですね! 頑張って下さい。」

真田美津子校長先生と目近で話すことはこれが最初で最後でした。先日、サト先生からの手紙で読んだのですが、真田美津子校長先生は、これより二年半後の照和6年(皇紀2591年)秋、満州星団で事変が起こり、予備役招集されました。先生は将校勤務適任証書を持っていたので、手術を受けて少尉補になり、更に准軍医試験に合格して軍医少尉殿になったのだそうです。事変の間は、最前線で火線救護に当たられ、文字通り血泥に塗れて負傷兵を治療なさっていたそうです。 事変が終わり、満州帝国が成立した後は、満州帝国辺境の蛮地に診療所を開設し、蛮地で蔓延していた伝染病の治療や、その地に学校を作る為の準備に奔走なされました。 そして、奥地に最初の小学校が出来た日、開校式の式場を張学良軍の残党の馬賊が襲撃しました。 先生は女の身で何十人もの馬賊を倒した末に、児童を守って戦死されたそうです。命日は照和9年(皇紀2594年)1月10日、享年21才。余りに短く、しかしながら余りにも充実した一生だったと思います。

「では、次は、新入生総代、ナンブ・サクコさんの「新入生挨拶」と、新入生の「お兄さん」「お姉さん」としてこれから1年間指導して下さる新6年生総代、ユウキ・タクヤ君の、「新入生を歓迎する言葉」です。新入生総代、ナンブ・サクコさん、6年生総代、ユウキ・タクヤ君、演壇に登って来て下さい。」

先生たちが講堂に戻り、サト先生の司会で式が再会されました。何故か先生達が並ぶ序列が変わり、司会も分教場長先生からサト先生に代わりました。私達、新1年生は、6年生がついてこれから一年間、指導して呉れるのだそうです。

「新入生総代、ナンブ・サクコ。 上級生のお兄さん、お姉さん、私達、1年生を暖かく出迎えて呉れてありがとうございました。 私達、1年生はまだ小さいけれど、早く学校に慣れて、立派な小学生になります。 上級生のお兄さん、お姉さん、私達を導いていろいろ教えて下さい。・・・・・。」

講堂中がざわめき、笑いが漏れました。私が見ても可笑しかったのです。新入生のナンブ・サクコはとんでもなく大きな一年生でした。身長は170センチメートルくらいでしょう。 それに対し、向き合っている新6年生のユウキ・タクヤ君は身長155センチメートルくらいでしょう。 甲種合格できるかどうかのボーダーラインだと思います。 これでは、まるで逆です。姉と弟というより、母親と子供みたいです。別にユウキ・タクヤ先輩がチビなのではありません。多分、学年でトップか二番位の背だったのでしょう。

「5年生総代、ユウキ・タクヤ。 新入生の弟や妹の皆さん、ご入学おめでとうございました。 皆さんはまだ小さく・・・・。」

ここで笑いが大きくなり、ユウキ・タクヤ先輩の声は聞こえなくなってしまいました。 サト先生はおろおろするだけ、12歳になった今、考えるとサト先生も新品の代用教員、当時まだ14歳です。未熟でした。 ユウキ・タクヤ先輩は、泣き出してしまいました。ちなみに、後に知ったのですが、ユウキ・タクヤ先輩は、出納役さんの妾の子です。

「ドカーン」

大きな音が響きました。演壇の机を大きな新入生、ナンブ・サクコが平手で叩いたのです。

「おい、皆、黙れ! 静かにしないと殴るぞ!」

講堂は静まり返りました。

「では、先輩、続きを読め、じゃなくて読んで下さい。昨晩、練習した通りに。」
「・・・・心細いと思いますが、・・・・先輩のお兄さん、お姉さんを頼りに・・・・一日も早く立派な小学生になって下さい。」
「流石、男の子だ。よく読めた。 さあ、先輩、このハンカチで涙を拭いて下さい。せっかくの美少年が台無しだ。」

とうとう、ユウキ・タクヤ先輩は本格的に泣き出して、ナンブ・サクコさんにすがり付いてしまいました。 そんなトラブルもありまたが、つつがなく?入学式も終わりです。私達は講堂を出て教室に行きました。

「新入生の皆さん、私がこれから皆さん1年生の担任になる、キタムラ・サト先生です。」

先生は、キタムラ・サトと黒板に書きました。

「サト先生と呼んで下さいね。 皆さんも新品の小学生ですが、先生も新品の先生です。先月、軍隊を満期除隊して、今日の朝、校長先生から辺境小学校辺鄙村分教場、代用教員、雇員4等の辞令を戴きました。」

先生は笑いながら五分程、自己紹介をなさいました。

「はい、以上が私の自己紹介です。 皆さん、何か質問がありますか?」
「はい、先生! 先生が腰に釣っている物は何ですか? 何で他の先生は釣っていないのに、先生だけ釣っているのですか?」
「え~と、ムトウ・タカシ君ね。 先生のこれは、軍刀と云います。 入学式でこれと同じ物を釣っている方が他に一人いらっしゃいましたね。どなたか分かりますね?」
「はい、校長先生です。 でも、すぐ帰っちゃったよ。」
「校長先生は郡にある分教場全部、十箇所の分教場と本校を今日一日で回らなければならないのでお忙しいのです。 校長先生、真田美津子訓導様は、予備役軍曹、判任武官三等という非常に偉い軍人で沢山の兵隊さんを指揮しなければなりません。 又、学校の先生としても判任文官3等と言う高い位です。 軍刀は、兵隊さんを指揮する軍人だという目印なのです。」
「じゃあ、サト先生も校長先生と同じくらい偉い軍人さんなの?」
「平民である私と士族様である校長先生を比較するなんて余りに恐れ多いですが、私は伍長勤務上等兵と言って、平民の兵隊さんの中では一番偉いという事になっています。 それで、士族様の指揮官が足りない場合、代用で下士官様の代わりをする、という事で軍刀を吊るす事が許されているのです。」
「先生、じゃあ、先生の「代用教員」と同じように兵隊さんとしては「代用下士官」なんですね?」
「その通りです。タカシ君は上手く説明できますね。」

今思えば、子供の聞く事ですから随分、失礼な内容ですが、サト先生は笑顔を絶やしません。 その後、私達新入生五十人が順番に自己紹介をしました。とは言っても、尋常小学校一年生の事ですから、たいした事を言える訳でもありません。先生に誘導されて氏名、住んでいる集落、家族構成などをたどたどしく話すだけです。

「では、次はニシ・サクラさん!」
「はい。」

私はおずおずと立ち上がりました。その頃の私は今と違って自分に自信の無い泣き虫でした。1対1なら兎も角、皆の前で話すなどと言う事はトンでもない大事業だったのです。

「私はニシ・サクラです。片隅集落に家があります。家族はオットウとオッカアだけです。バアチャンは暮に流行病で死にました。」

当時の私としては上出来な自己紹介だと思います。

「まあ、サクラちゃん、可哀想に。 私が軍隊にいる間にお婆さまがお亡くなりになっていたのね。家族の皆さんは、悲しがっていたでしょう?」

12歳になった今、考えるとサト先生も新品の代用教員、当時まだ14歳の筈です。未熟過ぎる質問でした。

「いいえ、オットウもオッカアも、ごく潰しが死んで、食い扶持が余るって喜んでいました。 これで、私、サクラにご飯を一杯、余分に食べさせる事が・・・できる・・・サクラに弁当を持たせる・・・事が出来る・・・・。サクラが学校に行くから、もう子守もいらないし、バアチャンは丁度、良いときに死んで呉れた・・・・。」

私は泣いていました。その後は言葉になりません。12歳になった今、考えるとバアチャンは、事実上の自殺だったと思います。バアチャンは、配給される聖水、つまり士族様女性の少水、をわざと飲まず、病気に感染したのです。そして治療薬である聖液、つまり士族様女性の精液も飲みませんでした。息子夫婦は、孫を育て上げる為に人倫を含め全てを犠牲にする覚悟でした。バアチャンはそれを良く知っていて、息子に死を以って協力したのです。

「まあ、ごめんなさい。」

私は大声で泣き出してしまいました。

「バアチャン・・・ゴメンナサイ・・・私も・・・サクラもご飯が余分に食べれて・・・嬉しかった・・・・ワーン!」

何故かつられて先生まで泣き出してしまいました。

「御免ね・・・サクラちゃん・・・先生も悲しい・・・ワーン!」

先生は大人の癖に(著者注 : 高天原帝国では、徴兵で入隊する時点(12歳の1月)を成人と看做している。)泣いています。可笑しくなって、私は泣きやみました。その時、大きな子が席を立って教壇に向いました。見ると、先刻、新入生総代をやった子でした。オットウが借りている土地の地主様のお嬢様です。

「おい、新米先生! 席順なら次は私、ナンブ・サクコだろう? いい加減に泣き止まないと、私の自己紹介が出来ないじゃないか!?」
「でも・・・サクラちゃんが可哀想・・・ワーン・・・。」

その時、お嬢様が、教壇の机を平手で叩きました。物凄い音が響きました。

「おい、新米先生! 良く聞け! お前がピイピイワーワー泣いてもサクラちゃんが、幸せになる事は無いんだよ! お前の仕事は、泣く事じゃなくて、サクラちゃんや私をキチンと教育して、不幸を乗り越えられる強い子にする事だろうが!」

その時、さっと、先生の表情が変わりました。小熊の刺繍のハンカチで顔を拭くと先刻まで泣いていた感じはありません。

「では、次、ナンブ・サクコさん。」
「さっき、入学式で騒動を起こしたナンブ・サクラだ。こうして見渡すと、皆、ウチの土地の小作人か作男の子供のようだから、自己紹介は無用だな。だが、ちょっと聞いてくれ。これから6年間、私と皆は学友と言う事になる。それで、私に土下座は勿論、敬語も無用だ。対等に友人として付き合って欲しい。 それと、私は母親が甲種合格で上等兵になってデカイからか、私も身体が大きい。今、身長170センチメ-トルある。 皆が上級生に苛められたら必ずその上級生を御仕置きするから言ってくれ。 まあ、見ての通り、6年生で一番でかい、暮れの相撲大会で5年生の優勝者、ユウキ・タクヤ先輩があのザマだから、後は押して知るべしだな。 私はこう見えても温和で、喧嘩沙汰は嫌いだが、私がちょっと手を握って握手してやると、ユウキ・タクヤ先輩も脂汗を流して痛がるんだ。」

尋常小学校6年生の卒業前、暮に受ける徴兵検査の甲種合格ラインは、身長160センチメートルで、甲種合格は凡そ10%です。 甲種合格しなおかつ軍隊で成績が抜群で無いと上等兵にはなれません。それ以外の人は、身長160cmの一等兵規格値で成長が止まってしまうので、村の大人の大部分は身長160センチメートルです。私のオットウ、オッカアも予備役一等兵で身長160cmです。 村の大人の大部分は予備役1等兵ですが、ほんの一割弱が予備役上等兵で身長200センチメートルです。サクラちゃんは、6歳にして既に9割の大人より大きかったのです。

「それと、私の次に自己紹介する子、このイワイ・ケンイチだが、私の兄だ。」

お嬢様は、席に戻ると隣の席の子を抱き上げて教壇に戻りました。お嬢様が抱いている子に皆の視線が集まります。 

「凄い綺麗な子・・・・。」
「女の子みたい・・・男の子の癖に・・・。」
「でも、お嬢様と違ってチビ・・・・。」
「多分、クラスで一番チビ・・・サクラと同じくらい?」
「妾の子だよね・・・。」

その時、お嬢様が半壊した教壇の机を再度殴りました。

「私はこう見えても意外に温和で自分の悪口くらいでは怒らないし、基本的に弱い者苛めは嫌いだ。 だが、例外はある。 兄上の悪口を言う奴は半殺しにする事にしている。 ウチの女中でも兄上の事を妾の子と、馬鹿にする奴がいた。 全員、私が痛めつけてやった。 ついでに言っておくが、兄上は今でこそちょっと小さいが、父上のタダ一人の男の子だ。6年後の徴兵検査では、甲種合格が間違いないし、上等兵への昇級も確実だろう。そうしたら、ナンブ姓に改め、ナンブ家を継ぐ事になる。 私は女だから嫁に行くからな。」

皆、静まり返りました。

「兄上、席にお戻り下さい。それから、もう一つ。 私には「友達」がいない。 事情は分かると思うが・・・。」

サクコちゃんのお父さんは、村一番の地主です。 村の土地の殆どがサクコちゃんの家の土地なのです。お正月には、ウチのような小作人は、家族揃ってサクコちゃんのお屋敷に年賀に伺いますが、お庭に土下座してご挨拶をするのです。これでは、「友達」にはなりようがありません。

「それで、「友達」を募集する事にした。 条件は三つだ。一つ目は「私のライバルになれること。」 最低限、6年間、成績は次席か三席を通して時々は首席の兄上、次席の私を追い越し、徴兵検査には甲種合格、そして上等兵になってサト先生の様に代用教員くらいにはなって貰わなきゃならない。」

上等兵になれるのは、殆ど親が予備役上等兵の子だけです。私達のような小作人や、作男の子がなれる物ではありません。 ウチの親はかなり変わっている事は私にも分かっていました。

「第二の条件は、私と対等の口が利ける事だ。無用にペコペコする奴はいらない。 第三の条件は、綺麗な事だな。美少年でも美少女でもどっちでも良い。私は面食いなんだ。 では、皆に聞く。この条件に当て嵌まる子はいるか? 自薦・他薦どっちでも良い。 誰かいるか?」

皆が笑い出しました。

「そんなあ、無理だ。上等兵殿なんて偉い人がなるもんだ。僕らみたいな小作の子供がなれるもんじゃない。」

お嬢様の様に、父親も母親も上等兵の子は、ほぼ全員、上等兵になれます。 親に似て大きいので当然です。 母親が一等兵の子も、父親が一等兵ならば、かなりの確率で上等兵になれます。この場合、母親は御妾と言う事になりますので、お嬢様の兄上、イワイ・ケンイチ様がその例です。それから、暮の相撲大会で4年生の部の優勝者、ユウキ・タクヤ先輩も同じです。上等兵になれば、法的には嫡出児として認められます。 母親が上等兵で父親が一等兵と言う事はありません。 一等兵の小さい身体では自分より40センチも大きい上等兵を妊娠させられないのです。両親共に一等兵の子が徴兵検査に甲種合格など普通、ありませんし、ましてや上等兵になれるチャンスなど無いと思うのが普通です。

「そうだよね。無理無理!」
「お嬢様は冗談が好きね!」

その時、サクコちゃんが机を壊した時より大きな音が響きました。 サト先生が、鞘に入れたままの軍刀を黒板に突き刺したのです。

「誰が、小作人の子供、下男の子、作男の子供は上等兵になれないと決めたのですか!」

先生の剣幕に皆、シーンと静まり返りました。

「私、キタムラ・サトは、ナンブ家の下女が生んだ娘です。父親は知りません。 5歳の時に母親が病で死に、ナンブ家の情けに縋って、徴兵まで下女見習いとして暮らしてきました。そんな子がこうして先生になっているのです。親が小作人だろうが下男だろうが、本人次第なんです!」

その時、私は、立ち上がっていました。

「おい、泣き虫のチビ、ニシ・サクラとか言ったな。お前、私の親友に「立候補」か?」

私は頷きました。その時の心境を今は思い出せません。

「私の「親友」は結構、大変だぞ。 私は物心ついたか付かないかの頃から、サト先生を知っている。 学校に行く前に朝3時に起きて掃除から撒き割りからやって、その間に片手で教科書を持って予習復習をやるんだぞ。お前に出来るか?」

私は頷きました。その時の心境を今は思い出せませんが更に無茶を言ってしまいました。

「できる。そして、私もサクコお嬢様にお願いする! 私はサト先生みたいに偉くなる! だから、お嬢様はもっと偉くなって、世の中を変えられるほど偉い人になって小作人の子供でもお腹一杯、ご飯が食べられる世の中にして頂戴! その為なら、私はずっとサクコちゃんに付いて行くわ!」
「気に入った! ナンブ・サクコと、ニシ・サクラは生涯の親友だ。 どっちがどれほど偉くなっても、ずっと親友だ!」

こうして、身長100センチメートルの私、ニシ・サクラと、身長170センチメートルのナンブ・サクコは親友になったのです。

「サクラちゃん、おはよう、一緒に学校に行きましょう!」
「これは、ナンブ様のお嬢様! ウチのサクラが何か無礼を・・・。」
「まあ、サクラちゃんの御父さん、サクラちゃんは親友ですわ。親友の御父さんに土下座をさせる訳には参りません。立ち上がって下さいな。」

入学式の次の日の朝、ウチの家、というより小屋に突然、お嬢様が現れたのでオットウとオッカアだけでなく集落中が大パニックです。

「あ、サクコお嬢様、じゃなくてサクコちゃん、お早う!」
「サクラちゃん、お早う! 一緒に人力車に乗りましょう!抱き上げるけれど、ちょっと高いけど怖がらないでね!」

人力車にはサクラちゃんの兄上、ケンイチちゃんも乗っていました。

「サクラちゃん、おはよう!」
「ケンイチちゃん、おはよう!」

私は生まれて始めて、人力車に乗りました。走り出すと景色が飛ぶように動きます。

「この人力車は2人曳きよ。二人で自転車を漕ぐの。人力車夫は二人とも軍隊では輜重兵だったのよ。」
「ねえ、サクコちゃん、昨日と違って今日は女の子の話し方ね。」
「そうね、昨日は緊張していたから、軍隊調になったのね。私のママ、もとい母上も普段は女らしい話し方だけれど、緊張した時と、行事の時は男言葉になるのよ。それはそうと、スピードが遅いわね。ちょっとスピードアップするわ。」

サクコちゃんが、人力車の座席の前にある釦を押しました。すると、人力車を曳いている自転車を漕ぐ人力車夫のオジサン二人の身体が一瞬、飛び上がり、次にぐんと速度が増しました。

「うん、これで良いわ。 サクラちゃん、遅くてカッタルイと思ったら、この釦を押すのよ。覿面にスピードが増すから。」
「この釦を押すと、補助モーターが作動するのね。」
「いえ、違うわ。 補助モーターは、坂道の上り坂と始動時だけ動くのよ。 そう何時も補助モーターを動かしていたら、バッテリーの電気が尽きてしまうわ。 この釦はね、押すと自転車のハンドルに高圧電流が流れるの。 もう一度、押すわね。ほら、人力車夫が飛び上がったでしょう? 電撃鞭で叩くのと同じ様な効果があるのよ。 父上は怠惰な小作人や下男や作男を電撃鞭でお仕置きするけれど、それと同じ・・・・、危ない! サクラちゃん、飛び降りたら大怪我するわよ!」
「サクコお嬢様、私は降りるわ!」
「無茶言わないで! なんでそんな事を云うの!」
「やっぱり、お嬢様と私は親友なんかじゃないわ。私は小作人の子よ! 将来、私はお嬢様の下女になって鞭打たれるのよ!」
「まあ、サクラちゃん、私は親友を殴ったりしないわ。」
「お嬢様、僕も降りるよ。」
「まあ、兄上まで無茶を云わないで。それに兄上は、兄上なんだから、サクコと呼び捨てにして下さいな。」
「お嬢様、お嬢様がそう云われても、僕はナンブ家に仕える水仕事の下女の息子です。奥様のお子であるお嬢様を呼び捨てにできる身分じゃありません。 サクラちゃんの言う様に僕もお嬢様に鞭打たれるのが当然なんです。」

その時、お嬢様の目から大粒の涙が零れました。そして、私の方を向いて頭を深く下げました。

「サクラちゃん、兄上、ごめんなさい。確かに私が悪いわ。 これからは、決して、使用人を電撃したりお仕置きしたりしないわ。 だから、これからもサクコを見捨てないで。」
「お嬢様、「決して」なんて、言わない方が良いよ。 そんな事を言ったら嘘になるし、父上を貶す事になる。」
「あ、そうね! 流石兄上! でも私はサクラちゃんに嫌われたくない・・・・。」
「では、「面白半分で無用に使用人を電撃したりしない。」くらいで良いと思うよ。 どうだろう? サクラちゃん? 父上は、無用に使用人を殴ったりしないよ。 そしてどうしても殴る必要がある場合でも、後で奥様に言って、夜中にそっと使用人の小屋に薬を届けさせたり、怪我をしたりしていないか調べさせ、心配している。 僕は使用人の子だけれど、若様扱いで絹の布団で寝て綺麗で清潔な部屋で大切にして貰っている。 もし、使用人の小屋で暮らしていたら、虚弱な僕なんか忽ち病気で死んでしまうだろう。 僕が安楽に暮らせるのも、父上が使用人に舐められないよう厳しく監督してナンブ家に財産があるからなんだ。 分かってくれというのは厚かましいかな?」

この当時、ケンイチちゃんは6歳なのですから、身体の発達は遅れていても素晴らしく早熟で聡明な子だったと思います。

「兄上、ありがとう。やっぱり兄上は兄上だわ。 サクラちゃん、私は無用に使用人を面白半分に殴ったりしない。だから私を見捨てないで。 人力車夫にも後で謝るわ。」
「サクコちゃん、 私はケンイチちゃんみたいに頭が良い訳でもないけれど、ケンイチちゃんの言う事は分かるし、サクコちゃんも立派だと思うの。私こそずっと友達でいさせてね。」

そんな事があり、サクコちゃんと私との絆は深くなって行きました。