独立行政法人国立矮化病センター
第1章「チビ介先生」
第3項「チビ介先生の雪合戦」

午後3時50分、職員会議の時間になった。

「皆さんに大変、残念なお知らせがあります。」

大石久子校長先生が、恐るべき話を始めた。俺の同僚の教員が10人も殉職したという。全員、教壇から転落してしまったのだ。殉職者は全員、俺と同年輩か若い教員ばかりで年配者はいない。

「全員、殉職として、遺族には労災弔意金と遺族年金が支払われるよう私から国に申請しました。 黙祷を。」

まあ、不幸中の幸いだ。多分、というか確実に女生徒の機嫌を損ねて殺されたのだろうが、死んで借金を残し遺族も破産に追いやるような死よりはましだろう。

四時、退勤時間になった。

「先生、質問があります。」

職員室に堤が来て、俺に質問した。

「ああ、堤か。何だ?」
「はい、この前の日本史の資料で先生のおっしゃっていた「楽市・楽座」についてなのですが・・・。」

他の先生達はどんどん退勤して行き、暫く質問に答えているウチに、職員室には、俺と堤の二人だけになった。

「おい、堤。質問している時に煙草を吸うなんて不謹慎だろう。止めなさい。」

堤が、鞄から煙草を取り出して吸い始めたので俺は注意した。健常者様は法的には小学校入学と同時に喫煙が許されるが、校則で校舎内での喫煙は禁止されている。俺達、矮化病患者は受動喫煙で発癌のリスクが大きいのだ。その時、堤が俺に煙を吹きかけてきた。俺は慌てて口と鼻を手で押さえた。

「堤、止めろ。先生は怒るぞ。」

その時、俺は堤の表情が一変している事に気が付いた。今までの真面目な表情と打って変わり、俺を軽蔑し嘲笑している表情だ。

「ふん、チビ介。何、先生ぶっているの。お前なんて、チビの小人じゃないの。こっちが先生、先生って立ててやれば、図にのりやがって!」
「堤、確かに俺は矮化病患者で、堤は健常者様だ。肉体的にも社会的にもお前の方が遥かに優位にある事は謂うまでも無い。だが、俺は教師として・・・。」
「ふん、教え子のションベンを舐めてオナニーに耽っている変態小人が良く言うわね。私は全部、知っているのよ。お前達、小人の居住区の天井には防犯用カメラが隙間無く取り付けられているわ。私達、健常者は全員、幹部警察官だから、警察の機密情報にアクセスできるのよ。それはそうと、良い事を教えてあげましょう。」

堤が俺に紫煙を吹きかけて来た。俺は慌てて逃げようとしたが、堤にネクタイを掴まれ逃げられない!

「今日ね、大石の馬鹿に言われて恐々、私達、健常者様にタメ口を利いた馬鹿な先公ども、全員、お陀仏しちゃったわね。 年寄りどもはそんな建前論、誰も信じていないけど、若手には馬鹿が多いわね。大石の奴、嘆いていたわ。冗談を分からない馬鹿が多くて困るって!」
「では、堤、先輩の先生方は、お前達に敬語を使うのか?」
「当たり前でしょう? あんたたち、矮化病患者は、私達、健常者様の爪の垢を煎じて飲むような奴らでしょう? 私のオシッコを随喜の涙を流して喜ぶんでしょう? 何で、私達の目上なの?」
「・・・・」
「それでね、大石の奴に頼まれたの。奉職後、ずっと馬鹿をやっている奴に「現実」って物を教えてやってと。アンタ、結構、大石に高く評価されているのね。まあ、何と言ってもオリンピック金メダリストだものね。私達、というか、私が皆に指示していたのだけれど、アンタのメダルに敬意を表してアンタを生かしておいたのよ。」

俺は走るのには自信がある。何と言っても俺は陸上競技の世界記録(矮化病患者、男性の部)保持者なのだ。だから、矮化病患者同士であれば、絶対に負けない自信がある。50m走9秒9(時速18.2km)、1500m走474秒(時速11.4km)の俺の記録は前人未到の大記録と言われているのだ。

「大した大記録よね。アンタが学生時代に打ち立てた大記録は前人未到、これから10年は絶対に破られないでしょうね。 でもね、オリンピックに何で「矮化病患者の部」があるか分かる? それはね、あんたら小人の惨めさ弱さを嘲笑する為なのよ。」

そうかもしれない。健常者様は小学校入学の際に幹部警察官試験や幹部自衛官試験を受けるが、その時の体育実技の合格ラインは、フルマラソン42.195kmを12分39秒51以内、つまり平均時速200km丁度だそうだが、わざとユックリ走っても落ちる子はいないそうだ。

「それでね、これからちょっとしたゲームをやるわ。その前にちょっと眠って貰うわ。」

俺は堤の特大のオナラに吹き飛ばされ昏倒した。

「先生、気がついた? どう? 暖かいでしょう?」

気が付くと、仰向けに倒れた俺の身体には温水が掛けられていた。目が開くと、その温水は堤の股間から噴出しているようだった。この温水は堤の小水(聖水とも謂う。)だ! しかも、俺は全裸、但し防水長靴だけは履いて雪の上に仰向けになっている。

「どう? 先生、暖かいでしょう?」
「堤、ここは何処だ?」
「何処って、横にあるのが校舎よ。ここは校庭よ。大丈夫、先生が寝ている間に日が暮れたから直射日光に当って死ぬ事はないわ。でも先生は校舎には戻れないわ。別に鍵は掛かっていないけれど、校舎の玄関は100kg以上の力で引かないと開かないわ。」
「堤! 俺の服は?」
「先生が寒そうだから、自家製の温水で暖めてあげたのよ。服は濡れるといけないから、脱がせて私の鞄にしまってあるわ。」
「堤! 俺を殺す積もりか?」
「ふふふ、先生を殺す気だったらこんな面倒な事はしないわ。ちょっと教壇に向って息でも吹き付ければ転落死してしまうでしょうね。私は先生とちょっとゲームをしたいだけ。それから、一応、先生の事は先生と呼んであげる。私に脅し付けられても震えながらでも命乞いしなかった先生の度胸に免じてね。それから、禁断症状にして、オシッコを餌にして無理やり先生に言う事を聞かせる、なんて事もしないわ。先生のリュックサックはここにあるわ。中身も無事よ。」

助かった! リュックサックには、命の次に大事な聖水の瓶は大丈夫なようだ。俺は起き上がるとリュックサックから延びているストローを吸った。俺は30分置きに聖水を吸わないと禁断症状が起こるのだ。ちょっと聖水を吸うと手の震えはピタリと収まった。 同時に猛烈に頭に来た。 この聖水の不足分を自由市場(闇市)で買う為に、俺は薄給の大部分を叩いている。 晩飯を取るか聖水を取るか? で悩む事もしばしばだ。今日、妹に聖水の瓶を1ダースやったが、これだって大変な決意でやったのだ。

「堤! 貴重な医薬を何無駄使いしている? お前のやっている事は・・・。」
「先生、先生にとっては、貴重な医薬品かもしれないけれど、私にとっては、只のオシッコよ。矮化病患者って惨めね。学校の先生だって威張っていても、健常者のオシッコを飲む為だったら、何でもするのだから。」

確かに聖水の禁断症状は、俺達にとって死活問題だ。 強盗、強盗殺人などの凶悪犯罪の大部分、恐らく90%以上は、聖水そのものか聖水を買うカネ欲しさが原因だ。

「私は誘われてもやらなかったけれど、小学校低学年の女の子の間で面白い遊びがあるのよ。友達同士二人で闇市に行って、貧乏そうで禁断症状で手が震えているオジサンを二人探すの。そして、勝った方にオシッコを飲ませると約束して、決闘させるのよ。そしてどちらが勝つか賭けるのよ。 で、生き残った方は、殺人の現行犯として逮捕の筈が、人質を取って逃亡しようとしたのでその場で警察官が殴殺、ってよくあるパターンでしょう?」

余りに恐ろしい話に、俺は震え上がった。矮化病患者向けタブロイド紙の社会面を見れば、確かに禁断症状に陥った矮化病患者同士が殺し合い、生き残った方が幹部警察官(健常者女性)に抵抗して殺される、という不自然な事件が頻発している。メイドロイドがやっている巡査なら兎も角、幹部警察官・・・つまり健常者女性が殺人事件の現場にいる、という事自体が不自然なのだ。矮化病患者の証言は、「中毒の禁断症状にある者の証言は証拠能力に劣る。」というのが裁判所の判例だ。ちなみに矮化病患者は未成年扱いなので家庭裁判所で裁かれる。家庭裁判所は健常者の小学校(6歳で入学し12歳で卒業する六年制。)に設置され女子児童が裁判官や検察官や付添い人(弁護人)を務める。一審は1~2年生、二審は3~4年生、三審は5~6年生が務めるが、普通、一審で結審し第二審や第三審は制度はあるようだが、ほぼ前例が無い。

「先生、そんな乱暴な事はしないから安心して。ちゃんとハンデを付けてあげる。そうじゃないと先生が余りに不利だわ。ね、先生、先生の貧弱な肉体と私の素晴らしい肉体を見て較べてみて。」

目の前に堤の素晴らしい肉体が聳えたっていた。

「私達、健常者はね、雄の成獣の羆と喧嘩したって楽に勝てるのよ。この爪も歯も鋼鉄より硬いの。ちょっと前、紅葉の盛りに富士山の中腹で羆さんと出会ったのよ。昔、パンデミック前は本州にはツキノワグマさんしかいなかったのだけれど、動物園から逃げ出したのが繁殖したのね。雄の成獣で体長3m以上、体重は500kgくらいかしら。最初はじゃれあっていたのだけれど、ちょっと反抗的でね、秋の冬眠前だから、気が荒かったのね。で、ちょっと御仕置き、と思って、顔面を軽く平手打ちしたら可哀想に死んじゃったのよ。でも、先生には爪も歯も無いから多分、ニャンコより弱いわね。あ、先生、可哀想に鳥肌がたっているわね。また暖めてあげるわ。」

堤は俺を跨ぐように立つと又、股間から聖水を噴出させた。俺の冷え切った身体が体温の湯に温められ湯気を立てた。

「それでね、先生。先生に敬意を表して出来得る限り限り対等な条件、つまり先生に公正なハンデを付けて、雪合戦で勝負をしたいと思ったの。もし、先生が勝ったら先生は私達の先生よ。私達に敬語を使わなくても良いわ。私の卒業後もそうするよう、後輩達に引き継いでおくわ。もし先生が負けたら・・・。」
「もし、負けたら?」
「先生も他の先生と同じ様に私達に敬語を使うようになるだけよ。良い条件でしょう?」

悪い話ではないかもしれない。

その後、俺は雪玉装着済みの雪玉用ボウガンを堤に渡された。まず、射出用のバネを引いて1キログラム程の雪を詰める。雪は電池動力で少し暖められ圧縮され赤い色水で着色された硬い直径15センチの雪玉になる。雪を詰めてから雪玉になるのに3分を要する。そして、引き金を引くと、赤い雪玉が飛んでいく、射程は凡そ25m。ボウガンの自重と雪球の重さを合わせると約7キログラム。俺の体重の7割というとんでもない大荷物だわ。

「では、ルールを説明するわね。どうせ、先生の力では射出用のバネを引く事は無理だから、先生の雪球は一発きりよ。この一発を私の胴体、つまり腹と胸と背中ね、に当てたら先生の勝ち。そして、私は先生の胴体、胸と腹と背中に十発当てたら私の勝ち。手や脚や顔や頭に当たったら無効。当たり前の事ですが、御互いの身体に触れる事は禁止。そして、先生にはもう一個ハンデを上げる。4km向うの地下鉄の駅に先生が逃げ込めたらそこでゲームセット、先生の勝ちよ。但し私の玉に当ったら、ここに戻すわ。制限時間は深夜12時丁度、地下鉄の終電時刻で今から4時間後よ。」
「堤、そのルールは余りにアンフェアだ。お前は時速300キロ以上で走れる。俺はこの雪で、この大荷物を抱えていたら、時速4キロも出せないだろう。球の装着時間の3分×10発=30分とホンの少しで俺の負けが確定だよ。」
「先生、まだ先生にハンデをあげますわ。まず、球の装着時間中は移動禁止。つまり先生は三分間、自由に逃げる事が出来ます。そして、私はジャンプや走行は一切禁止。歩行速度は時速8キロメートル以内とします。そして、私のボウガンにはまだ雪を詰めてありません。つまり先生には三分の猶予が与えられます。」

その時、常夜灯が消え真っ暗になった。彼方にボンヤリと明かりが見える。地下鉄の駅だろう。

「では、試合開始!」

俺は全裸のまま、重いボウガンを抱えて必死で走り出した。とは、言っても積雪と真っ暗闇で時速4キロがやっとだ。時速4kmで三分間で逃げられる距離は、僅かに200m。そして、相手は時速8kmで追ってくるので、差し引き時速4km。そして、その3分後、追いつかれる。

「先生、見つけ! 背中から撃たれるより振り返って手で受け止めた方が良いと思うよ!」

正確にゲーム開始後6分、俺は堤に捕捉された。全くロスタイムが無い。俺は暗闇の中で振り返った。何も見えない。そして、次の瞬間、胸に巨大な物体がぶちあたり、猛烈な痛みと共に俺は吹き飛ばされた。

「先生、まず一発命中よ。早く起きなさいよ。」

俺は気絶していたらしい。だが、猛烈な臭気で俺は目覚めた。例によって、堤の特大オナラだ。この臭気で俺は目覚めたようだ。目の真上に堤の巨大なお尻の双丘が聳えている。

「先生、寒そうだからまた暖めてあげるわ。大丈夫よ、先生のボウガンはこっちに転がっているわ。雪玉が溶けてしまう心配はないわよ。」

堤の股間からまた温水が噴出した。暖められ人心地ついた。ついでに顔に掛かった純粋聖水を舐めると気分も落ち着いた。俺は堤に抱き上げられた。

「先生、最初の位置に戻るわね。それはそうと、先生、ご免なさい。」

俺を抱き上げて素早く元の位置に戻り、俺を立たせると堤は深々と頭を下げた。今まで24年間生きてきて、健常者様にここまで深々と頭を下げられたのは始めての経験だ。

「先生、ご免なさい。私、先生にフェアなハンデを与えた積もりだったのだけれど、全然、ハンデになっていなかったのね。先生、ひょっとして殆ど目が見えていないのではないの? そこらじゅうで躓いたり木に当たったりしているわね。」
「当たり前だよ。雪が降っていて星明りもないのだから・・・。殆ど手探り状態だ。」
「私には十分明るいわ。それに赤外線も見えるし・・・。それに先生、雪玉の射出速度は最遅の時速150kmに抑えているのよ。折角、声を掛けてあげたのに、何で手で受け止めないの?」
「何も見えない。それにもし手で受け止めようとしていたら、確実に骨折するよ。」
「ああ、私にとっては、ハエが止まるほどユックリした玉なのに・・・。では、こうしましょう。私は目隠しをしましょう。三分待つから先生、逃げてね。」

暗くてよく見えないが、堤はランドセルから鉢巻を取り出しそれを目隠しにしたようだ。俺は必死に逃げた。とは言っても時速4kmがやっとだろう。しかし今度は相手も目が見えない。手探りで、足跡を辿る訳だからなかなか追いつけないだろう。

「先生、見つけ!」

背後の直ぐ近くから堤の声が聞こえた。予想は外れ、ゲーム再会より正確に6分後、俺は徳川に捕捉された。でもチャンスはある。相手も目が見えないのだから、横に逃げれば・・・。そして、渾身の力を振り絞って、俺は横っ飛びで逃げた・・・が、直後、胸に猛烈な衝撃を受けた。

「先生、二発目命中よ。早く起きなさいよ。」

俺は気絶していたらしい。だが、猛烈な臭気で俺は目覚めた。例によって、堤の特大オナラだ。この臭気で俺は目覚めたようだ。目の真上に堤の巨大なお尻の双丘が聳えている。

「先生、寒そうだからまた暖めてあげるわ。大丈夫よ、先生のボウガンはこっちに転がっているわ。雪玉が溶けてしまう心配はないわよ。」

堤の股間からまた温水が噴出した。暖められ人心地ついた。ついでに顔に掛かった純粋な聖水を舐めた。俺は堤に抱き上げられた。

「先生、最初の位置に戻るわね。それはそうと、先生、ご免なさい。」

俺を抱き上げて素早く元の位置に戻り、俺を立たせると堤は深々と頭を下げた。

「先生、再度、ご免なさい。私、先生にフェアなハンデを与えた積もりだったのだけれど、これでもまだフェアなハンデになっていなかったのね。だって先生、呼吸も止めないのだもの。離れていても「ゼーハーゼーハー」と呼吸音が聞こえて何処に先生がいるか丸分かりよ。」
「それにしても、何故、横っ飛びに逃げたのに・・・それにあの時は呼吸を止めていたはずだ。」
「心臓の音が丸聞こえよ。あ・・・心臓は止められないか?」

段々目が慣れてくると、堤がちゃんと目隠しをしている事が分った。そして、ゲームは再開された。

「もう駄目だ・・・。」

そして、ゲーム開始より1時間とすこし後、俺はとうとう雪の中で倒れ込んだ。途中タイムがあったが、それ以外、全て6分丁度で硬い雪玉を腹や胸に受けて全身が痛み、心臓はバクバクで、何よりも寒い。雪玉の命中回数はもう9発だ。 もうすぐ俺の心臓は止まるのだろうか? そして、9回全部、校舎から400mしか離れていない。4km向うの駅は余りに遠い。

「先生、先生は良く頑張ったわ。褒めてあげる。だけど、所詮先生は、惨めな小人なのよ。従順にしていれば、私達が先生を可愛がってあげる・・・。え? 何、今、私に当ったのは雪球?」

俺はゲームに勝った。