「おい」
んー、体を揺さぶるのは誰〜?
私まだ寝てたい〜。
「おいって起きろよ。」
残念でしたー、上瞼と下瞼が仲良くしたいって言ってるから目が開かないです〜。
「いい加減に起きろこのバカ!遅刻するぞ!!」
バサァッ
「びゃあ?!」




バタバタバタ
「うわ〜ん、なんでもっとちゃんと起こしてくれなかったの〜!」
いつもなら家を出る時間なのに半泣きで支度をしている私、あき。
そんな私を呆れた顔で眺めながら、ちょっと怒った声をかけてくるのが幼馴染の幸平。
「さんざん起こしたわ!ったく、毎日飽きずに寝坊するなんて。先玄関で待ってるから早く支度しろよ。」
小言を言いながら1階に降りていった幸平の声を背中に受けながら、アタフタと準備をしていく。
洗面所で歯を磨きながら寝癖がついたままだけど髪を縛ればバレないバレないと自分に言い聞かせて、なんとか10分で支度ができた私は急いで階段を駆け下りた。
「あ〜ダメだ電車に間に合わなくなっちゃう!お母さんごめん、ご飯いらない、行ってきまーす!」
「はいはい、気をつけていってらっしゃいな。」
「ほら走るぞ!」
今日もドタバタな1日が始まる。



「はあ、はあ、なん、とか、まにあった、ね。へへ」
「んっとに、毎日毎日、ギリギリじゃねーか。はあ。」
いつも乗る電車に滑り込むように乗り込んだ私達は、上がった息を整えながら学校の最寄りまでの数十分間、電車に揺られる。
「ほれ濡れタオル。お前女なんだから顔洗う時間くらい確保しろよな。」
そう言ってジップロックに入った濡れタオルをカバンから出してくれた幸平。
「毎日タオルを持たされる俺の苦労をいい加減わかってほしいもんだよ。あとサンドイッチも渡されてるから、学校に着いたら食べろよ。」
「へへへ、いつもありがとございます!」
もらった濡れタオルで顔と手を拭いてさっぱりとしてから、クッキングシートで包まれたサンドイッチが入ったジップロックの封を少しだけ開けた。
「はー今日も美味しそうな匂い。早く学校に着かないかな!」
幸せな匂いに思いをはせていると、幸平が何か言いたそうにこちらを見ている事に気づいた。

「どうしたの?」

そういった私に、言いづらそうに、言葉を選ぶように、数回口を開いては閉じてを繰り返した後、一言ぽそっと

「なぁ、今日の検査さ。」

そう言った。


それだけで幸平が何を言いたいのか、全て分かってしまった。

今日、私達、というか16歳になる国民はある検査を受けないといけない。




「そうそう該当するわけないって分かってるけどさ。」
「うん。」
「もしもだぞ、もしもだけどさ。あー、その、あれだよ。あの、巨大因子ってのを持ってる事がわかったら、さ。」
「・・・うん。」
「正直、どう、なるんだろうって、な。」

巨大因子とは、16歳になると突如体が大きくなってしまう奇病の遺伝子の事で、突然世界各国で流行り始めまだ原因究明はされておらず、確立された治療法はまだ見つかっていない。
今分かっていることと言えば巨大化した人の遺伝子に共通するDNA配列が見つかったという事と、巨大化するのが16歳以上という事だけ。
だから、16歳になる国民は巨大因子がないか検査を受けて、因子を持っている事が分かった時点で各国が資金を出し合い作り上げた人口の島に隔離され、治療法を確立するための治験やデータ収集に協力をしなければならない。


これは本人と周りに被害を出さないために仕方ない事って分かってるんだ。
突然大きくなった事で本人が1番混乱してる時に、周りや家族からは未知のものに対する恐怖の眼差しを向けられ、過去には攻撃を受ける事例もあったって聞いたし。


「急に家族と離れ離れにさせられて、わけわからん島に連れてかれて実験とかされてさ。正直言って恐怖しかないわ。」

「んー、まあ急にそうなったらって考えると怖いけど、その因子?を持ってる人はすっごくすっごーく少ないんだよね?考えすぎだよー。」
「あー、まあそうなんだけどさ。だけど、万が一ってあるだろ。」


幸平が少しうつむき、私から表情が見えないように少しだけ反対へそらして隠すような素振りをした。

幼馴染だからわかる仕草。

幸平は昔から不安な事があると、自分の表情を周りに悟られないよう少しうつむいて顔を背ける癖がある。
いつもなら私の一歩前に立って、しょうがないなって顔をしながら手を引いてくれる幸平の滅多に見せない弱さに、私はいつもの調子で返した。


「きっと大丈夫だって!ね!」
「ん。」


大丈夫、と言う根拠のない言葉しか言えず、その後かける言葉が見つからないままただ沈黙が続いた。
窓から見える景色はいつも通りのはずなのに、なぜかこの時は世界から置いていかれたように感じた。





そうしている内に最寄り駅に着き、無言のまま学校までの道のりを2人並んで歩いていたら、周りの声が耳に入ってきた。

(今日の検査、私ちょっと怖い。)
(もし俺隔離になっちまったらどうしよう。)
(家族にも会えなくなるって本当かしら?)
(島じゃモルモット扱いらしいぜ。しかも実験ってめっちゃ痛いって。)
(嘘だと思うけど生きたまま解剖されるって話も聞いたよ。)

今日検査を受ける子達の会話があちらこちらから聞こえてきて、ほんの少しだけ感じていた不安感が強くなってきた。
そりゃ、私だって不安がないわけじゃないけど、今から心配してもしょうがないし確立的にはすごく少ないからって自分に言い聞かせてるだけなんだよっ。
幸平も不安で暗くなるし何にも喋らないし、どんどん暗くなっていく雰囲気にとうとう耐えきれなくなった私は、
「んもう!」
「?!」
「もしもだよ、私か幸平のどっちかに因子があったとしても、私達の関係が終わるわけじゃない!」
「お、おう。」
「私が隔離されちゃったら、とりあえずさみしいから毎日電話する!幸平が隔離されたら、それもさみしいから毎日電話する!」
「お、ん?」
「私が大きくなっちゃったパターンで言うけど、もしダメって言われたら全力でジタバタして、施設を全部破壊するぞって偉い人を脅してでも会えるようにする!」
「いや、それは」
「そんでそんで、会えるようにしてもらったらね、まず一緒に散歩するでしょ?んで、幸平が傘を忘れたら濡れない様に手の下の匿ってあげるでしょ?
景色がいい所で手の平に乗せてあげてちょっと空の旅気分にしてあげたり、それからそれからね」
重い空気をどうにかしたくて、もし因子があったら、もし隔離をされたとしても後の事を出来るだけ前向きに、思いつく限りの事を話した。
「それでね、もし幸平がピンチになったら私がササっと掬い上げて助けてあげてね」
「わかった、わかったよ!」
そう言って幸平がいつもの様に、しょうがないなって顔で笑ってくれた。
「お前、いつの間にか全部自分がデカくなる前提で話してるからな。」
「ん?あれー?」
「全く、なんか考えるのがバカらしくなってきた。」
「へへへ、それでいいのだよ。」

さっきまでの暗い雰囲気がなくなり、私の好きないつもの幸平に戻ってくれた。
よかったと一安心して胸を撫で下ろし、さあいざ学校へと足を進めた矢先、視線の先にやけに目につく一台の車が。
ちょうど私達の向かう方から走ってくる特になんの変哲もない車。


そのはずなのに、どうしても目が離せない。


いつもの調子を取り戻した幸平の会話をどこか心ここに在らず状態で聞いている間にも、車はどんどんこちら近付いてきている。

(なんだろう、なんかすごく嫌な感じ。何で?)

そして見えた光景。

(あの人寝てる!!)
そう気づいた瞬間、車がこちらへ向かって突っ込んできた。

「うわー!!」
「いやー!!」

車が向かってきた瞬間から急に音が遠くに聞こえ、景色がスローモーションになった。
私達より少し前に歩いていた生徒が車と接触したのか道に倒れていたり、悲鳴を上げて逃げていく姿がゆっくりと流れていく。
突然のことに頭がついていかなくて、体も固まったかの様に動いてくれなくなった。
(に、にげなきゃ。にげなきゃ!)
どんどん車が迫ってきているそんな中、突然横からドンッと強い力で車の進行方向から押し出された。
(え)
一瞬ブレた視界に私はよろめきながらも、力が加わった方向に顔を向けた。
そこには、焦った表情で両手をこちらに突き出し、口を大きく開けて何かを喋ろうとしている幸平の姿があった。
(こう、へい?)
よろけそうな体制のまま、うまく働かない頭で何が起こっているのか状況把握をしようとしたが理解が追いつかない。
その間にも車がどんどん迫ってきているのが視界に入る。
(なんで、なんで、こうへい、そこはあぶない)
ゆっくりと歩道の隅に倒れ込みそうになる私、反対に、変わらずに暴走車の進行方向に立っている幸平。
傾いていく視界の中で幸平としっかりと視線があった瞬間、全ての音と景色が戻ってきた。



「逃げろ!!」



もう車は目と鼻の先で、誰が見たって幸平は逃げられないってわかった。



その瞬間、なぜかさっきまでの会話が頭によぎった。


(それでね、もし幸平がピンチになったら私がササっと掬い上げて助けてあげてね)
(わかった、わかったよ!)



その瞬間体の中からグラグラと燃えたぎるような熱が湧き上がり、動かなかった体の感覚が戻ってきて、私は幸平に手を伸ばした。


「こうへい!!」







いつの間にか目を閉じていたのか、視界が暗い。
周りの音がよく聞こえない。

(わたし・・・?)




さっきまで感じていた燃える様な熱は体のどこにもなく、何が起こっているのか確認しようと目を開けて、そこでようやく自分が膝をつき蹲る様な体制になっている事に気気付いた。
そして何かを掬うかのように胸元でお椀状になっている手。


(ん、なんか手の中にある?)


そっと手を開いてみると、そこには唖然とこちらを見上げる幸平の顔が。


「ん?」

私は全く訳がわからず、手の中の幸平を凝視する。

「んん?」

とりあえず手を揺らさない様に限界まで首を傾げて、首が折れる寸前まで傾げていると、
「あ、き、だよ、な。」
「んー?んあ、うん、あきだよ!」
限界まで傾げた首を戻し、多分幸平?の言葉に笑顔で返事をする。
「幸平、だよね?」
「あ、え、いや」
なぜかどもっている幸平。
でもそんな事よりも、
「てか怪我してない?大丈夫?」
「大丈夫、だけど。そんな事より大変な事が起こってるだろうが。」
「幸平がちっこくなった。」
「違うわ!お前がでかくなってんだよ!」
「?」
そう言われて視界の異変に気づき、それまでしゃがんでいた体勢から立ち上がり周りの景色に目を向けると。

そこには特撮のセットのような街並みが広がっていた。

「?!」

驚いて幸平に視線を戻すも、困惑した表情しか返ってこない。

「な、な、な、なんでー?!」


私は半泣きになりながら叫ぶしか出来なかった。








今日もドタバタな1日が始まる。