「ううー、ずび、ぐずっ」
「大丈夫だから!落ち着けって!そんなに泣くと目が腫れるぞ!それにオエってなるぞ、オエって!」
「だ、だって、だっでー、、、、オェ」
止まる事なく流れる涙を出来る限り拭うが、拭いきれなかった涙が頬を伝って顎先から落ち、アスファルトに染みを作っていく。
バケツをひっくり返した時に出来るような大きな染みを。

 
しゃがみ込んで泣いている私を少しでも安心させようと、足元で大声で言葉をかけながらトントンと足首の辺りを叩いて慰めてくれる幸平。

その反対の手には強度が心許ないビニール傘。

最初に拭いきれなかった涙が下にいる幸平を直撃しただ時、その水量と衝撃で少しふらついた幸平を見て更に涙が止まらなくなり、そんな私を見て焦った幸平が近くのコンビニにビニール傘を買いに行こうとした。
ほらあそこ、本当に目と鼻の先のあのコンビニに傘買いに行ってくる、俺だって離れたくないけど、でもすぐだから、本当にすぐに戻ってくるからと言う幸平に、離れるのが嫌だと更に泣き出してしまった私。
そんな私を置いて行く事が出来ないとオロオロとしている幸平。
尚も降り注ぐバケツ水、それを躱す幸平。


混沌!


その時、コンビニの中からこちらの様子を見ていたお兄さんがビニール傘を持って来て、これ使いなって幸平に渡してくれた。

幸平がお金を払いますと言ったら、これは俺の奢り、泣いてる女の子の側を離れちゃダメだよって。
ちょっとイケメン、優しい、でもこっち見ないで。

そんないい話な傘を涙を拭いながら見下ろし、私はどうしてこうなってしまったのかと自分の周りを見渡した。




あの後現場には規制線が張られ、現在多くの警察官と救急隊員が駆けつけ辺りは騒然となっていた。
事故だけでも大変な状況に加え、大きくなった私というもう一つの事件が重なり、それはもうビックリするくらいの人数が動員された。
そんな人の多さに驚いて、思わず自分が助けた手の中の幸平を握りつぶしてしまうところだった。



危ない危ない。




一台、また一台と救急車が怪我人を搬送していき、規制線が張られて野次馬との距離が広がるにつれてだいぶ涙がおさまってきた。
幸平が役割を終えた傘を閉じて持ち直していると、
「あの〜、そろそろ落ち着いたかな〜?」
と気の抜けるような、ゆっくりとした口調の男性の声が少し遠くの方から聞こえてきた。

声のした方向に目線を落とすと、100m先にボサボサの髪を後ろで適当に引っ詰めたような髪型で眼鏡をかけ、くたびれた白衣を羽織ったひょろっとした背格好の無精髭を生やした男性が笑って立っていた。
誰だろうと疑問に思っていたら男性が徐にこちらに近づいてきた。

その時、傘を自分の前に構えて背後に私を守るように(隠しきれてないけどね!)幸平がその人の前に立ち塞がった。

「誰ですか?」

幸平が少し強張った声で男性に話しかけると、
「え〜そんなに怖い顔しないで、あやしい者じゃないからさ。こんな見た目でもね。」
とニヤニヤとした顔でこちらを見るあやしさ満点の男性に対して不信感しか湧かず、幸平も警戒を強めて手に握っていた傘を相手の顔に向けて突き出した。

これ以上近寄ると攻撃するという警告を込めた、誰が見ても明らかなその行動に対して、男性は両手を上げ攻撃の意思はないと示して歩みは止めたものの、その表情は変わる事なく相変わらずにやにやとこちらを見ている。

そんな2人の動向をハラハラとしながら見ていると、
「何をしているのですか、このダメ上司。」
と、1人の女性があやしいおじさんの後方からこちらに近づいてきた。
いかにも仕事できますって感じの、色々な意味でとても大人なお姉様の登場に、思わず私は自分の胸元にそっと視線を落とした。
(・・・うん。)
しょっぱい気持ちで胸元に向けた目線を外し、足元の3人に目を向ける。
「ひっどい言いぐさだな〜、僕はいつでもどこでも!こんなに真面目に働いてるっていうのに〜。」
「寝言は寝てる時に、いえ寝てても言わないでください。」
「あ、ひっどーい。おじさんの繊細なハートが傷ついた〜。」
そんなコントのようなやり取りを横目に、いつもよりピリッとした空気を醸し出しながら目の前のあやしい大人達から視線を外さない幸平。

こんな顔の幸平を見るのは初めてで、少し怖い。







そんな一向に進まない状況にしびれを切らしたのは幸平だった。

「貴方達は一体誰ですか。どうして俺たちに声をかけて近づいてきたんですか。、、、何が目的だ。」

男性に突き出した傘を下げる事なく矢継ぎ早に問いかける。
その傘の柄を握る手の甲にはうっすらと血管が浮き出ていて、強く握られた柄からは、少し軋む音が聞こえたような気がした。


そんな警戒心MAXな幸平をなんとも思ってないかの様に、あやしいおじさんがヘラヘラと喋り出す。

「そんなに警戒しないでよー、なにも取って食おうとしてる訳じゃないんだからさ。あ、飴ちゃん食べる?これおじさんのお気に入りでさ、美味しいよ〜。」
「いやこんなおじさんに何を言われてもあやしさ満点ですし、さらには何が入ってるか分からない食べ物を渡そうとしてくるなんて、寧ろ警戒心しか出てこないと思いますが。」
「あ、結構本気で傷ついた。」
後から登場したお姉さんの辛辣な言葉にあやしいおじさんの目尻に少し涙が浮かんでいるように見えた。

少しだけおじさんが可哀想だなと思っていたら、不意にお姉さんと視線が合った。
「まず、このような状況になり大変混乱してる事と思います。そんな中、誰とも分からない人間に声を掛けられ、怖かった事でしょう。」
今まであやしいおじさんと漫才を繰り広げていたお姉さんが私達に声を掛けた次の瞬間、突然深く頭を下げた。

「「?!」」

突然の事に私も幸平も驚いていると、頭を上げまたお姉さんが話し始めた。

「突然声をかけてしまって、怖がらせてしまって、大変に申し訳ありません。」

安心させるかの様にゆっくりと、でもはっきりと紡がれる言葉は、とても誠実に聞こえた。

「突然こんな事を言われても、信用していただけない事は重々承知しております。承知の上で伝えさせてください。私共は、決して、貴方達を傷つけるつもりは、ありません。」

そのやましい事などないと真っ直ぐに見つめる視線と真剣な声色に、それまで一切の警戒を緩めなかった幸平の手の力が少しだけ緩んだ。

「事故に遭遇した恐怖と自分の身に何が起こったのか把握出来ない混乱した状況で、沢山の人の好奇の目にさらされ、今お2人の心は不安と恐怖でいっぱいだと思います。」



そう、お姉さんの言う通り。
相変わらず私達の周りは事故の騒然とした状態から脱しておらず、警察関係者や救急隊だけでも人数がそれなりにいる中で野次馬やどこから聞きつけてきたのか報道関係と思われる人がどんどん増えていて、規制線が張られたと言っても大きさ的に丸見え状態の私をほとんどの人が奇異の目で見ていた。
体を出来るだけ小さくしても今の私は10階建のビルほど大きくなってしまっていて、好奇の視線から逃れる事ができないでいたのだ。

少し人見知りな私がそんな視線に晒されて平気なわけもなく、冒頭でグズグズと泣いていたのは周りの視線に対する恐怖のせいもあった。
もちろん幸平が無事でよかったっていう安堵感もあったけどね。

「そんな状況で何を言われても信用出来ないと、分かっています。が、どうかお願いします。ここよりは人の目がない場所があります。どうかそこへ私共と一緒に、移動してはいただけませんか?」

そう言ってお姉さんは私と幸平を順番に見た。


正直、信用するのは不安がある。
でもすごく誠実に対応しようとしてくれているのも、お姉さんの態度が物語っている。
「・・・どうする?あき。」
「えっと、うんと、、、んーーー。」

ここにいても状況は何も変わらないのは分かってる。
けど、そう、例えるならお腹が空いてる時に突然目の前に不自然にぶら下げられたパンが出てきて、さあ食べてって看板が立てられてたとして、やったいただきますってかぶりつけないよね。
あやしいもん、あやしさムンムンだもん!
「んーーー?」
悩みすぎて頭から煙が出てきそうになった時、
「ゆっくりと考えていただいて大丈夫です。焦らず、お2人で相談して、決めてください。」
「あ、自己紹介が後になってしまい申し訳ありません。私は、皆さんがご存知のある島で巨人化遺伝子を研究し、原因究明や治療法を解明する為に働いている研究員です。」




「そして、私も、貴女と同じ、巨大になる事ができる人類。貴女と同類なんですよ。」




「「え?!」」




突然の情報に頭が追いついていかなかった。




「ただひとつ貴女と違うのは、私は自分の体の大きさをある程度コントロールできる特異体質という点です。」
「どう、え、コントロール?!」
「ちょ、何を言って」


まるで今日の空は晴れてていいねみたいな、世間話をするかのような声色でさらっと結構重要な、というか機密情報じゃないの?!と思われる情報をぺろっと話したお姉さん。

「こちらの素性を明かさないまま着いてきてほしいなんて、虫が良すぎると思いませんか。へんた、いえ室長。」

そしてさりげなくあやしいおじさんを変態って紹介しようとしてるし、・・・嫌いなのかな?

(国の研究施設って、なんだか秘密の組織的な匂いがする。というか本当にあったんだ!なんかドラマみたいな展開でちょっとワクワクするかも〜。)




こんな状況にも関わらず、ドラマみたいな話の展開にワクワクしてしまう気持ちが湧いてくるの抑えられなかった。
そんな私の抑えきれないワクワクを感じ取ったのか、見上げてくる幸平の視線がちょっと痛い。
なんだか呆れられている気がする。

「ま、遅かれ早かれ解っちまう事だし、別にいいんじゃな〜い?とりあえずさ、ここじゃ落ち着かないし移動しちゃいましょうよ。」

さっき私達が受け取らなかった飴ちゃんを、コロコロと口の中で転がしながら、登場から変わらずニヤついた顔でこちらに話しかけてくるおじさん。

「移動?移動なんてどこに、、、なあ?」
(あれ?そういえば、ドラマだと連れてかれた後って結構酷い目に合う確率が多かった気が。え、どうしよう?!)
「おい、あき、聞こえてるか?あき?」
幸平に話しかけられているなんて全く気づかないほど思考の渦にはまってしまい、グルグルして目が回ってきた。
(あ、ダメだ、完全に変な方向に思考がいってるなコイツ。)


「はぁー・・・。」
傘を構えていない手で顔を覆いため息を吐いた幸平。

次の瞬間、覚悟を決めた声色で、
「俺達の身の安全は保証されますか?」
と完全に傘を下に向け警戒の体制を解いて問いかけた。

「!ええ、もちろん。」
「だいじょ〜ぶだいじょ〜ぶ、それは保証するよ〜。あいたっ!飴で舌切っちゃった。」
((うわ〜、ぜんっぜん信用できないわー))
いい大人が飴で舌を切っちゃって涙目になってる姿を見て、幸平と私の心はひとつになっていたと思う。

「あき、あいつは放っておこう。」
「うん、そだね。」

とりあえず、ゆっくり2人で相談していいというお姉さんのお言葉に甘えて、私達はお互いの考えを確認する事にした。

「それで、だ。あきはどう思う?」
「う・・・ん。お姉さんなら、ちょっとだけ信用しても、いいかなって。ちょっとだけだけど。」
私達に対する態度や発言から悪い人だとはどうしても思えなくて、とりあえずお姉さんを信じて着いていってもいいかなって気持ちを正直に打ち明けた。

「俺も、お姉さんの態度を見る限り、お姉さんの方は少しだけ信用してもいいかもって、思った。」
「うん。」
「あくまでもお姉さんな。おっさんはダメだ。」
「それは激しく同意するよ。」
「それじゃ、」


「俺達、貴方の事を少し信じてみようと思います。」

お姉さんの目を見て、しっかりと自分達の意思を伝えた。

「ありがとうございます。」

まだどこか疑いつつも着いて行く意志を固めた私達の会話を聞いて、そして私達の目を見て、お姉さんから安堵のため息が聞こえた後少し震えた声色で感謝の言葉をかけられた。
その声色と僅かに目元を緩めて見てくるお姉さんのその表情を見て、疑う気持ちが小さくなったのを感じた。


とりあえず着いて行くとは言ったものの、どこに?
というかどうやって移動するのかと幸平と一緒に首を傾げていたら、どこからか音が聞こえてきた。

「いてて、沁みるわーコレ。あ、とりあえず着いてきてくれるって事で話はまとまったという事でいいかな?じゃ、早速移動しましょうかね。」
「「?」」

そう言っておじさんが指差した方向に目を向けると、空に黒い点が見えた。
その点は段々大きくなっていき、次第に風も強くなってきて、音もうるさいくらいに響いてきた。
どんどん近付いてくるソレにぽかーんと口を開けて見ているだけの私をよそに、目的地について聞き出そうとする幸平。
「あの、あれに乗るんですか?」
「アレ?イヤイヤあれは今からここの混乱をおさめるための部隊が乗ってるやつで、移動は車だよ〜ん。」
「あれは貨物輸送用の飛行機を改造して作られているので見た目は無骨ですが、内装はきちんと乗り心地がいいように作られているので、もし乗った場合でも快適ですのでご安心ください。」
「いや聞きたいことはそれじゃないっす。」
(うんうん、そこじゃない。)
幸平が思わずお姉さんに突っ込んでだけど、本当、そこじゃないのよ聞きたいことは。


「あの!お姉さん!今からどこに行くんですか!!」

これからどこに行くのか聞いている幸平の声も、近付いてくる飛行機の音が邪魔をしてほとんど聞こえなくなってきた。

「今から、どこに、行くんすか!!」

なんとか目的地を聞き出そうと更に声を張り上げてくれているが、2人には聞こえていないのかなんなのか。
私達の求める答えは一向に出てこない。
(うえ〜ん、もしかして判断早まったかも?というか、風が強いよ〜。)
私も会話に参加しなきゃって思ってはいるものの、風で捲れ上がってくるスカートを押さえる事に必死でそれどころじゃない!

(モラルは大事ー!!あ、これなら右手だけでなんとかいけそうかな?じゃ余ってる左手は幸平が風で飛ばされないようにガードしてあげよっと。)


「大丈夫、大丈夫。」
「お2人も名前はご存じかと思います。」
「えぇ、今なんて言ったんですか?よく聞こえないです!」
「おいって、今からどこ行くんだよ!!」







「通称巨人の島と言われている、隔離島へご招待ってね。」

「え?!」
「ぐえっ!」

飛行機の風圧で目も満足に開くことができない、さらに轟音が響いてる中で聞き取れた隔離島という単語に、私は思わず風よけガードで添えていた左手でキュッと幸平を握り込んでしまった。




(あわわ、やっぱり判断早まったかも?!)








ドタバタな1日はいつまで続く?!