シュ……シュ……






目の前の作業台でエノクが石を削いでいる音がする。

その手には石に穴を空ける魔法のビットが握られている。

先端に魔力を込めることによってピンポイントで対象に小さな穴を空けられる道具らしい。

そして削がれているものは銀色の輝きを放つダイヤモンドの形をした2つの石だった。







「はぁ、凄いわねぇ・・・」







私は作業を間近に見ながら彼の手際の良さにいつもながら感心していた。

私の仮設住宅を作っていた時もそうだ。

彼の工作は流れるように洗練されていてその動きにもまるで無駄がない。

今やっている作業はそれと比べれば全然大したことはないのだけど、熟練した匠の技は見ているだけで飽きない。

エノクはあっという間に2つの石の上部に小さな穴を開けるとそこに金属製のチェーンを通した。

石はネックレスのような形にその姿を変えている。







「よしっ!出来たよ」







エノクはそう言葉を発すると嬉しそうに私に笑顔を向けてきた。







「はい、これがレイナの分ね?」







エノクは私に一対のネックレスの片方を渡して来た。

私は両手でそれを受け取る。







「おおっ・・・・!」







私は思わず感嘆の声を上げてしまった。

なんか本物の宝石っぽい。

本体の宝石は今の私にとっては小さなポーチくらいの大きさだろうか。

直径で言えば2cmくらい。

チェーンの長さはわたし用に調節されていてかなり短かった。

これだったら私も首からぶら下げていられるだろう。







「ありがとう。これ凄い高い物なんでしょう?」


「なんか悪いわね・・・」







私はエノクにお礼を言った。







「いや、そんな・・・これを手に入れることが出来たのはレイナのおかげさ」


「まさかこんな良いものを手に入れられるとは思わなかったよ」







エノクがはにかんだ笑顔で私に答えた。

その声色は軽やかで嬉しさに満ちている。

彼のそんな姿に私も自然と笑顔がこぼれてきた。







ふふっ、良かった・・・

どうやら少しはエノクの役に立てたようね。







無駄飯食いだった私がようやくこれで少し恩を返せた気がする。

彼の喜んでいる姿は私にとっても望外の喜びだった。

この石はオーゼットさんからゲームに勝った報酬として彼女から貰ったものだ。

非常に高価な石のようで、市場においては時に数百万クレジットで取引されている代物だという。







「ディバイドストーンって言ってたわよね?具体的な効果は何なの?」







私はエノクに石の効果について尋ねた。

エノクは眼鏡をくいっと右手で上にあげると石の説明を始めた。







「結論から言ってしまえば得られる経験値を共有するアイテムだね」


「2つで1対をなすアイテムで、身に着けている人の経験値を半分にする代わりに、対で着けている人の経験値の半分が入ってくる」


「ベテランの冒険者のパーティでよく使われるアイテムなんだ」


「ふーん・・・冒険者用のアイテムって事?」







私はさらに問いかけた。







「そうだね。まあ、伝説のアイテムだからそう安々と手に入れられる代物じゃないけどね」


「ベテランの冒険者のパーティから欠員が出ると新人を補充しなければならない時がある」


「入ってくる新人がそのパーティのレベルに追いついていればいいんだけど、大体は先任のレベルには達していないんだ」


「その時に効果が発揮されるアイテムという事だね」


「なるほどね・・・」







私は彼の言葉に頷きながら納得した。

パーティで行動することが基本だというのはこの世界も同じか。

冒険者といえど、よほど自分の腕に自信がある者じゃない限り単独行動はしないということかしらね。

しかし、そうなるといずれ仲間との別れが必ずやってくる。

それは個人的な理由で抜けただけなのか、あるいは戦場での死に別れなのか、まあ理由は様々だろうけど・・・

とにかく必ずそういう場面に遅かれ早かれ出くわす。

しかし、そこで問題になるのが抜けた者の穴をどうするかだ。

最初からLvが高い冒険者が運良く入ってくるのならいいけど、そういう事は稀なのだろう。

大抵はLvの低い新人が入ってくる。

その場合はパーティのバランスを取るためにも速やかに新人のレベルを上げて即戦力にしなければならない。

そこで役に立つアイテムがこの”ディバイドストーン”という訳だ。

一方をLvが高い熟練の冒険者に、もう一方を新人に着ければ、熟練の冒険者が得る経験値の半分が新人に流れてくる。

熟練の冒険者ほど得られる経験値が多くなるのが道理だろうし、その半分でも入ってくるのなら新人が素早くLvアップが出来るという事だ。







「でも、それだったら、わたし用にしないで、もう一つは冒険者用にした方がよくない?」


「えっ・・・?」







エノクはキョトンとした顔になった。

彼は困惑した表情で私に聞き返して来た。







「・・・どういうことだい?」







その声はエノクにしては低い声だった。

どこか少し怒っているような響きさえある。

さっきまで柔和な笑顔を見せていた彼とは思えないくらいな変わり様だ。

私は少し驚きを隠せなかったが、そのまま話を続けた。







「・・・いずれ旅立つのならエノクのレベルアップを優先すべきだと思うの」


「わたし用のものを熟練の冒険者の方に着ければエノクは素早くLvアップできるんでしょう?」


「私はMP以外のステータスが1/10になっているし、レベルアップの恩恵があまりない」


「・・・・・」







エノクは黙って私の言葉を聞いている。

その心の内を知ることは出来ない。







「この状態で私がレベルアップしてもエノクの役に立てるとは思えないわ」


「自分のレベルアップに有効活用するべきよ」


「それに私これ以上エノクの足を引っ張りたくないもの・・・」


「・・・・」







エノクの目はいつの間にか閉じられていて、明らかにムスッとした表情を浮かべていた。

だが、ここまで話をして止めるわけには行かない。

彼の態度は気がかりだったが、私はそのまま自分の意思を最後まで話すことにした。







「レベルが低いうちは私の方は自分でなんとかするわよ」


「エノクが十分にレベルアップした後に私に着けてくれればそれで構わないわ」


「だから、最初のうちは熟練の冒険者にこの石を貸してあげ・・・」


「レイナ!」







ビクッ!

突然エノクが大きな声を出して私の言葉を途中で遮ってきた。

彼にしてはとても珍しい行為だ。

というか初めてかもしれない・・・

ここまで感情的に物を言われたのは・・・







「・・・・怒るよ、僕?」


「・・・・・・えっ?」







そう言った彼の瞳は私を真っすぐ捉えてきた。

その目は真剣そのものだ。

彼はしばし沈黙を挟んだ後、今度は静かに話しかけてきた。







「僕がレイナが役に立たないなんて思う事はありえない」


「それに足を引っ張られたなんて思ったこともないよ」


「だからそんな風に自分を卑下しないで欲しい」


「・・・・」







驚いた・・・

こんな目をしたエノクは初めて見た。







「今回だってこれを手に入れることが出来たのは間違いなくレイナのおかげなんだ」


「僕にとってこの石はレイナが使ってくれなきゃ何の意味もない」


「レイナが使ってくれないのならこのまま売った方がマシさ」


「・・・・」







私はすぐに言葉を返すことが出来なかった。

心臓の動悸が止まらなかった。

エノクは私をそんな風に考えてくれてたんだ・・・

いつもの穏やかで、底抜けの笑顔を見せていた彼とは大違いだ。

彼の真剣な瞳は私を射抜くのに十分な男の眼差しだった。







たくっ・・・嬉しいこと言ってくれるじゃない・・・







私は心の中に渦巻く歓喜の衝動を抑えられなかった。

彼に叱られたに等しいのに、なぜか私の顔はにやけてくる。

私がそうしているとエノクは先ほどとは打って変わり申し訳なさそうな声で私に詫びをしてきた。







「ご・・・ごめんなさい。なんか、大きな声上げちゃったね」


「レイナを驚かせようと思ったわけじゃないんだ・・・・」


「ただ、なんかレイナが自分を役に立たないなんて言っているのを見てたら、僕我慢出来なくなって・・・」







あら・・・いつものエノクに戻っちゃった。

まったく少しは乙女心を分かってほしいわね・・・

私は全然怒っていないんだけどね。

もう少し男らしい彼を見ていたかったんだけど・・・まあ、仕方ないか。

それが”彼”なんだ。







「エノク!」


「・・・えっ?」







今度は私が大きな声を上げた。

大きく力強く彼によく聴こえるように。







「ありがとう」


「これはやっぱり私が使わせてもらうわ。いいわね?」


「・・・う、うん。もちろんだよ」







エノクはなんだか訳がわからないと言った感じで私の言葉に答えた。

だけど今はそれでいい。

彼への恩は言葉ではなく、私がLvアップをしてしっかり返そう。

私はそう決意を固めると首からネックレスを掛けた。

石は銀色の輝きがキラリと光っている。

私は愛おしむ様にその石を撫でた。

















「はふはふ・・・」


「ふぅー・・・ふぅー・・」







私は目の前でぐつぐつ煮えている鍋料理に悪戦苦闘していた。

今日の晩御飯はオムライス。そして、豚肉のソーセージに人参・大根等の野菜を入れたポトフだった。

小人用の小皿に取り分けて貰っているが、それでも冷まさないと火傷する熱さだ。

しかし、じっくり煮込んである分野菜と肉の旨味が凝縮しており、舌がとろけるような絶品の料理に仕上がっている。







もぐもぐ・・・

あ・・・熱いけど・・・おいひい・・・








言葉にならない声を出しながら私はエノクの料理を堪能していた。

彼は長年一人で料理をしていただけあって腕も確かだし、そのレパートリーも豊富だ。

この家に来てそろそろ1ヶ月経つが晩御飯が全く同じ内容だったことは一度もない。

簡単な時はパンにキノコのスープみたいな時もあるんだけど、

そういう場合でもスープの出汁を取るのに何時間も掛けてたりと、出されるものには必ず一品趣向が凝らされている。







彼はいつも料理を振舞うと、私が食べている姿を微笑みながら見てくる。

その度にエノクには美味しいと言って返しているんだけど、どうしても私の料理の評価が気になるらしい。

さすがに食事中の姿をガン見されるのはちょっと恥ずかしかった。

恥ずかしさを紛らわせるためにセクシーなお姉さんを装って

「あんまり見つめちゃ・・・いや~ん」と彼に抗議したんだけど

世界で一番有名な某ネズミ風に「ハハッ」と言われて華麗にスルーされてしまった。

今ではもう諦めている。







ただ・・・







私は一旦食べる事を止めエノクの方を見た。







「・・・・」







今日の彼は下を向いて何かを考え込んでいるようだった。

料理は思い出したように口を付けている程度だ。

そして、時折チラッとこちらを伺ってくるのだけど、すぐにまた視線を戻すということを繰り返していた。

明らかにいつもと様子が違っている。







なんかすごい気になるんだけど・・・どうしちゃったのかしら?

料理を気にしている訳ではなさそうよね・・・







思えば昨日オーゼットさんと交渉して帰ってきた後からこちらを伺う素振りを彼は見せていた。

思い当たることと言ったらバッドステータスの治癒の件についてだ。

実はエノクからはまだ何も結果を聞かされていない。

「先にちょっと工作したいものがあるから、情報については後で話すね」と言われてそのままお預けの状態をくらったままだ。

工作の件は先ほどディバイドストーンをネックレスにしたことによって完了している。

私とエノクの胸元にはそれぞれディバイドストーンがキラリと光っていた。

この件についてはお互い了解したし、私に言い淀む事はもうないはずだ。

・・・・となるとバッドステータスの治癒に関する事しかないんだけど・・・

エノクが私に言い淀むという事はまた私にとってよくない話なのかもしれない。







「ねえ、エノク」


「うん・・・?」







私は事情を聞くべくエノクに声を掛けた。

彼は下を向いていたが、私の声に反応してこちらを向く。

相変わらず彼は難しい顔をしたままだ。







「ほら、言ってみなさい」


「え・・・!?」


「私になにか言いたいことがあるんでしょう?」







エノクは私の言葉にその目を大きく見開いた。







「・・・なんで、分かったんだい?」


「いや、分かるわよ・・・そりゃ」







何度もこちらをチラ見して、物思いに耽っているんだから気付かない方がおかしい。

エノクは苦笑いしながら私に言葉を返して来た。







「はぁ、レイナには隠せないな」


「そんなに心配しなくて大丈夫よ。いつ何言われても私はオールOKなんだから」


「・・・本当かい?」


「当たり前じゃない。私がご飯食べている時でも気軽に話しかけてきてよ」







ニコッ!

私は彼にウィンクした。

いちいち気を使われるのは好きじゃないからね。

これで少しは彼も遠慮しないで物を言ってくれるようになるといいけど。







「うん。じゃあ、思い切って聞いちゃうけど・・・」


「どうぞどうぞ、どーんと来い!」







私は熱々のポトフを口に運びながら、彼の言葉を待った。







「レイナの前世はなんで死んだんだい?」







!!!?

グホッ!







「あっあつい、あつ、あちゅい!!」







喉に熱々のポトフが引っかかった!







「うわぁ、レイナ!大丈夫か!?みず・・・みず!」







私の様子を見て、慌ててエノクが水を汲んでくる。

エノクから水を受け取った私は急いでそれを飲み干した。







「ゴキュ、ゴキュ、ゴキュ・・・・ぷはぁ」


「だ・・・大丈夫?」







エノクが心配そうな顔をして私を覗いてくる。







「・・・だ、だいじょぶ・・・はぁはぁ」







私は息を切らせながらなんとかそれに答えた。

はぁ・・・びっくりして喉に詰まらすとかドジっ子か私は!

それにしても・・・







「いきなりどうしたの・・・?さすがにその質問には驚いたわよ」


「ごめん。まさか、ここまで驚くとは思わなかったよ」


「いや、まあ・・・どーんと来いって言ったのは私なんだし・・・気にしないで」







私は手を上げて彼に答えた。

ただ、それで驚くか、驚かないかと言われたら話は別だ。

なんで死んだの?なんて聞かれて驚かない人がいるのなら教えて欲しい。

彼は私が落ち着いたところを見た後、申し訳なさそうに話を続けてきた。







「実はどう聞けばいいか分かんなくてさっきから悩んでいたんだ」


「でも、これを聞かないわけにはいかなくてさ・・・」







なるほど・・・さっきからチラチラこちらを伺っていたのはどう切り出すか迷っていた訳ね。

でも、流石にあんな直球で聞いてくるのはどうかと思う。

話を切り出す順序というものがあるでしょうに。

彼の質問がいつも核心から入る事を忘れてたわ・・・







「もしかして・・・それって、バッドステータスの情報に関わる話?」


「・・・うん、流石だね。実はそうなんだ」


「昨日の話を今してもいいかい?」


「ええ・・・」







私は言葉少な気に彼の言葉に頷いた。

変な緊張が私の中に走る。

今から聞かされる話は私にとってなにか決断を迫られる話だろうという気がしてならなかった。







「オーゼットさんから聞いた話なんだけど・・・」







エノクはそう言って昨日聞いた情報を私に話し始めた・・・

















「・・・・という事なんだ」


「・・・・」







エノクから話を聞き終わった私は呆然と虚空を見つめていた。

今の私は無の境地に至っていると言っても過言ではない。

しかし、現実は否応なく私に残酷な事実を突きつけてくる。







ぐっ!・・・まさかそう来るとは・・・







私はエノクの言葉を聞き終わると目線を下げた。

そのまましばし思慮を巡らせる。

どうやら年貢の納め時が来てしまったらしい・・・

これまでエノクに転生した理由については具体的に話したことはなかった。

彼には”偶発的な事故”ということしか説明していない。

あれは黒歴史として私の中に永久に葬り去るつもりだった。

しかし、どうやらそれは叶わぬらしい。これも前世の業というやつなのか。

彼になんて言って説明すればいいのよ・・・







くっ・・考えろ・・・考えるのよ!私!

ここで私のイメージを壊させるわけにはいかないわ!

なにかうまく説明出来る方法があるはずよ!







案外軽い感じで言えば彼も重く受け止めないでくれるかしら・・・?

そうね、例えば・・・







わたし実は酔っぱらって死んじゃいました~~~てへっ♪レイナのお馬鹿さん(コツン







いや、ダメこれ。

こんなの私のイメージ崩壊する。

美して気高いお姉さんキャラ(本人談)の私のイメージが壊れちゃう。

他の手を考えましょう。

変な事せずにさらっと言った方が良いかもしれないわね。







大したことじゃないわ。お酒飲みすぎて、急性アルコール中毒になっただけよ。


えーーーーー!!?レイナまさか・・・アルコール中毒死なんてダサイ死に方したのぉ~(プークスクス







やばい・・笑われたらどうしよう・・・

そもそも、私がなんでアルコール中毒で死んだのを隠したいかというと

酔っぱらって暴れたというところとか、飲酒の歯止めを効かせられなかったという恥ずかしい事実を隠したいからに尽きる。

だからこれじゃだめね。

そこを出さずになんとか説明するには第3者によって引き起こされたやむを得ない事故というところを強調すればいいのよ。

そう、例えば・・・







実は私、やんごとなき事情によって突発性のアルコール中毒に掛かっちゃったのよ・・・

周りの人間に強引に勧められて摂取させられてしまったの。

私としては飲まないつもりだったんだけどね・・・

男子がどうしてもというから会を盛り上げるためにも飲んであげたのよ。

期待に応えようとしたらいつの間にかこうなっちゃったわけ。

あれは私にとって文字通り一生の不覚だったわ・・・ガクッ







うん。これだったら行けるかもしれないわね。

やむを得ない事情によって起きてしまった凄惨な事故だとアピールできるだろう。

エノクにも笑われずに済むしイメージも損わないはず。

男子部員には若干悪者になってもらうけど、流れ的には別に嘘じゃないもの。

よしっ!これで行きましょう。







「レイナ?」







エノクが黙りこくっていた私の様子を伺ってきた。

あんまり待たせると変に勘繰られてしまうわね。

さあ、言うわよ・・・!







「エノクちょっと驚かないで聞いてね・・・」


「う・・うん。大丈夫」







エノクは私の緊張を感じ取ったのだろう。

神妙な顔つきで私の話に聞き耳を立てている。

私はエノクから目線を外しどこか遠い目をして自分語りを始めた。

・・・







「・・・というわけなのよ」







私はエノクにプラン通り説明をした後、その場でガクッと項垂れた。







「・・・・」







エノクは若干驚いたような顔をしていたが、特に笑いもせずそのまま神妙に聞いてくれていた。

大丈夫かな・・・?

私が【酒乱】であるというところは隠して、彼にはアルコール中毒で死んだという事は話したんだけど。

よく考えたらこの言い方は突っ込みどころ満載だった。

そもそも、男子の期待に応えたのはいいけど、なぜそのまま飲酒を続けたのか、とか。

周りは飲酒を止めることはしなかったのか、とか。

これを突っ込んでこられたら上手い言い訳が思いつかない。

勘の良いエノクの事だ。取り繕っても【私が暴れて飲み続けた】という事がバレてしまうだろう。

彼の反応が気になる・・・お願いだから突っ込んでこないで・・・

私がそう祈りながら彼の言葉を待っていると

それまで無言だったエノクが話しかけてきた。







「えーーと・・・つまりレイナの死因はお酒によるアルコール中毒死という事で間違いないかな?」


「うっ・・・」







そう冷静に言われるとそれはそれで辛いものがあるんだけど、間違いじゃないから否定できない。







「そ・・そうなるわね・・・」


「・・・・・」







しばらくエノクは逡巡した姿を見せたが、やがて言葉少なげに私に話し掛けてきた。







「・・・・・・・・・」


「それは大変だったねレイナ・・・」


「ありがとう。話してくれて」







あれ・・・?

突っ込んでこない・・・!?

エノクにしては珍しいわね。

疑問に思ったものがあったらすぐに突っ込んでくるのがこれまでの彼だった気がするけど・・・

何はともあれ、助かったああぁぁ~~・・・!!!

私はほっとため息をついた。

なんとか私が【酒乱】であるというところは隠せたようだ。

まあ、私自身記憶がないから未だに実感がわかないんだけどね。

だけど”巻物”のスキル欄にも記載されているから残念ながらそれは事実なのだろう・・・

とにかくこれはこのまま私が墓場まで持っていきましょう。

私は自分にそう固く誓いを立てた。







一方エノクは私にお礼を言った後、顎に手を当てていながら何かを考えているようだ。

首をかしげながら台詞を言う。







「うーん。でもそうなるとレイナの治療アイテムはお酒という事になるのかな・・・」


「・・・そうなるのかしら」







前世の死因については間違いないだろうし、直接の原因となったらそれしか考えられない。

ただ、それの神話や伝説級のアイテムと言われても私はすぐに思いつかなかった。

しばらく私たちはそのまま無言で考える。







「・・・はっ!まさかな・・・」







その時エノクが突然顔を上げて呟くように声を発した。

まだ、確信を持っていないが何かを思いついたような顔をしている。







「どうしたの?何か思いついたの」






私はエノクに確認の意味を込めて聞いてみた。






「うん・・・まあ、まだ何とも言えないけどね」


「もし、本当にお酒が治癒のアイテムなら丁度思い当たったのがあったよ」


「おおっ・・・!」







私は思わず感嘆の声を上げた。

驚愕の気持ちと同時に嬉しさがこみ上げる。

流石というかなんというか。

こういう時エノクのアイテムに関する知識は本当に役に立つ。

私ははやる気持ちを抑えながら彼に尋ねた。







「それで、その思い当たる物って何?」


「ハハッ・・・まだ気が早いよ。本当にお酒でいいのかどうかは確認が必要だね」


「それでもアタリを付けておくのは良いことじゃない。ケチケチせずに教えなさいよ~」







さっきまでどうやって誤魔化そうか悩んでいた感情は何処へやら。

興奮も相まって私は陽気な声で彼に問い詰めた。

でも、無理もないと思う。

一時はバッドステータスの治癒なんて夢物語と諦めていたのにそれが解決策に手が届こうとしているのだ。

私の喜びもひとしおだった。

エノクも気が早いと言いながら、その顔はどこか嬉しそうだ。







「もちろん良いけど、くれぐれもこれが確定という訳じゃないからね。そこは勘違いしないでね?」


「おっけーおっけー大丈夫よ♪」







私はそう言いながらも彼の言う物が”答え”だという事を確信を持っていた。

彼の魔法や、魔法アイテムに関する知識はずば抜けている。

彼が思い当たったのなら、ほぼ間違いなくそれが正解だろう。

確定じゃないと言ったのは彼の謙遜に過ぎない。

エノクは私の返答を聞くと、苦笑いをしながら続けて来た。







「うん、分かった。じゃあ言うね?」


「レイナは”ネクタル”という魔法アイテムを知っているかい?」


「ネクタル?知らないけど、なんか聞き覚えがあるわね・・・・」







その名前どこかで見た気がする・・・けど思い出せない。







「”ネクタル”はそれを飲んだものを不老不死にさせるという逸話があるお酒なんだ」


「神の酒とも言われている霊酒でね。神に奉納するお酒としてはこれ以上相応しいものは多分ない」


「実はね・・・・・今度王都で開かれるオークションでそれが出品されるんだよ」


「ああ・・・!!」







今のエノクの言葉で思い出した!

どこかで見た記憶があると思っていたけど、そうだ。

あの掲示板だ!

あのギルド街の総合掲示板で貼り紙されていた神話の魔法アイテムのオークション情報で見たんだ。

えっ・・・!

でも待てよ・・・・そうなると・・・・

私は頭によぎった嫌な事をエノクに確認する。







「ねえエノク・・・・でもそれってべらぼうに高くなかったっけ?」


「うん。それが問題なんだ・・・・・・」







エノクは頭を掻きながら眼鏡のズレを直した後、静かに続けてきた。







「僕の記憶が正しければ、ネクタルの最低落札価格は”50億クレジット”だ」


「ご・・ご・・ご・ごじゅうおくうううぅぅぅぅぅ!!!?」







素っ頓狂な私の声が辺りに響き渡る。

・・・手が届いたと思ったバッドステータスの治癒。

それは神か悪魔が与えた試練なのか。

その道のりはなおも果てしなく長かった・・・・・







To Be Continued・・・