「わお・・・絶景ね~」







今日何度目になるか分からないため息を私は漏らす。

部屋に入ってすぐにエノクの言葉の意味が分かった。

太陽光が満遍なく入ってくる先を見据えると大きなガラス張りのドアがあって、小さなバルコニーが付いていた。

そしてそこから見渡せる風景が絶景だった。

この宿屋がこじんまりした割には高さがある建物だったのも幸いした。

周囲に高い建物がないせいか王都の景色を広い範囲で眺望できるのだ。

エノクはそんな私の反応に満足そうに微笑む。







「もっとよく見てみるかい?」


「ええ、見てみたいわ」


「オッケー、ちょっと荷物置いちゃうね。レイナも出てきなよ」







エノクが2つのカバンをゆっくりと床に置くと、私はカバンから外に出た。

はあ・・・外の空気が美味しい。

防護カバンは所々穴が開いているから酸素不足になるという事はないんだけど、

気分的にやっぱり外の世界に出たほうが開放感も相まって空気を思う存分吸える。







「はい、どうぞ」







エノクが膝をつき私の目の前にゆっくりと右の手のひらを置く。

いつも彼が私をエスコートするときにやるポーズだ。

よじ登れない高いところに行くときは彼がこうやって手助けしてくれる。

あの強欲な兄弟の兄は私を鷲掴みで連れ去ったけど、エノクはこういうところでも紳士なのだ。

これをやる時はちょっとしたお姫様気分を味わえたりもする。







「ありがとう・・・いつも悪いわね・・・」


「そんなの全然気にしないでよ」







私は彼にお礼を言うと、靴を脱いで彼の手のひらにそっと乗った。







「じゃあ、上げるね?」







エノクは私を手のひらに乗せたままゆっくりと立ち上がった。

そして、そのまま私を持ったままガラスの戸を開けてバルコニーに出る。

外は少し風が吹いていた。







「ちょっと風があるみたいだから、一応僕の服に掴まっててね。危ないからさ・・・」







エノクが心配して、私に声を掛けてきてくれた。

確かに、今の私って体重も軽いから突風でも吹こうものならそのまま飛んで行ってしまう可能性もある。

ここは素直に彼の好意に甘えておこう。







「ありがとう。ちょっと掴ませてもらうわね?」


「うん。しっかりね」







そう言って私はエノクの胸元の服をぎゅっと掴んだ。

それと同時に初夏の生暖かい風が私の髪をさらさらと揺らす。

最近髪が一段と伸びてきた。

陸上部現役の時は運動の為にショートカットにしていたけど、引退してからは伸ばすに任せていた。

転生してからも髪を切ることはしてなかったから、もうちょっとで肩に掛かるくらいには伸びてしまっている。

私はゆれる前髪をかきあげながら、眼前に広がる王都の風景を見渡した。







こう見ると本当に大きな町よね。

そして、何と言っても綺麗・・・







ここからだと王都の中心方向がよく見える。

王宮を中心に街が複数の大道路によって区分けされているようで、建物の様相も区画ごとに変わっている。

また、王宮付近は小高い丘になっていて、建物も巨大な建築物が並んでおり外装も荘厳で立派なものが多い。

そして、その丘の周りには王都の外から流れ込んでいる大河が巨大な内堀を形成していて、丁度王宮付近が浮島のような形になっていた。

辺り一面が夕闇に落ちる中、内堀の水が太陽の光を反射して浮島全体を黄金色にキラキラと輝かせている。

自然と人工物が織り成す雄大で煌びやかな美がそこにはあった。







「・・・・」







余りにも非現実的な光景に私は言葉も出ない。

おとぎ話の西洋のお城って妙に子供心に惹かれたことがあったけどこういう風景を見ると納得するわね・・・

本当に童話の世界の一コマを眺めているような感覚だ。







「ここから見える風景は僕のお気に入りなんだ・・・」


「いつ来てもため息が出ちゃうな・・・」







しみじみと吐き出すようにエノクが声を出した。

私もそれに対しポツリと呟く。







「確かに幻想的よね・・・思わず惹き込まれそう・・・・」


「うん。そうだね・・・昼間も昼間でいいんだけど、やっぱこの時間が一番好きかな・・・・・」


「・・・・・・」


「・・・・・・」







私達はしばらくその光景を黙って見続けた。

他に何をするでもなかったけど、これ以上言葉を出すのは何故か躊躇らわれた。







夕暮れというのは何故こうも人を情緒的にさせてしまうのかしらね・・・

不思議でしょうがないわ・・・







夕暮れが人間に訴えかけてくる何かがあることは本能的に分かる。

逢魔の時、大禍の時、黄昏の時、昔から色々と詩的な表現がされてきた時間帯である。

自然の象徴だった太陽が赤みがかり、空は深い藍色に取って変わられていく。

活発の赤と抑制の青が交差する時間。

二律背反の2つの感情がせめぎ合い、やがて静寂へと向かう。

現世(うつしよ)と常世(とこよ)が交差する時間。

生と死が入り交じり、巨人と神々が滅び去る。世界が終焉を迎える時間・・・







私がそんな取り留めもないことを夢想していると、それからほどなくして太陽は沈んでしまった。

浮島の輝きも消失してしまう。







「ああ・・・終わっちゃったか」


「うん。終わっちゃったね・・・」







お互い感傷に浸りながら哀愁の言葉をポツリと漏らした。

もうちょっと見ていたかったけど、時間の経過は残酷である。

なんかあっという間・・・

そんな心に空いた寂しさを紛らわせようとしたのか、エノクが私にうんちくを語ってくる。







「・・・この時期は丁度内堀に夕暮れの光が満遍なく届くんだ」


「王城付近はその光を反射して今みたいに輝く様に見えるんだよ」


「この時期だけ見られる特有の現象だね」


「へえ・・・」







この時期に王都に来れたのは結構ラッキーだったのね。

明日はオークションだから、今日しか見られないのは残念だけど・・・

私が浮島の残照を追いかけていると、いつの間にか空一面を漆黒が支配していた。

しかし、それも一瞬の事だった。

直後、王都にT字の光が浮かび上がってくる。







「あっ、夜間モードに切り替わるよ!」


「夜は夜でいい眺めなんだよ」







エノクが先ほどとは一転、嬉々とした声で話して来た。

どうやら光の正体は街灯と建物の明かりのようだ。

日没と同時に一斉に光が点灯していき、先ほどまでの浮島にとって代わり存在感を主張している。

それが複数の大通りに沿って一直線に王宮に向かって伸びていった。

東西南北で東以外の大道路は全て明かりが灯っている。

思わず疑問が口から突いて出る。







「ねえエノク・・・なんで東の方は街灯が点いていないの?」


「えーっと・・・あっちは港の方角だね。倉庫街だから夜は静かなんだよ」







エノクは私の指さす方向を見るとゆっくりと答えてきた。

なるほど、よく見ると東の彼方に灯台らしき光が見える。

カーラ王都は陸路だけではなく海路でも交易が活発に行われているということだろう。







「へえ・・・じゃあっちは?今度はやたら明るいけど」







今度は王宮より北を指差した。

ここから王宮を挟んで反対側。つまり北側の大通りは一際明るさを示している。

ここからだと遠いのでどんな建物があるかまでは見えないけど、ここだけやたらと煌びやかな光を放っていた。

それが王宮も含め連綿と光の帯が続いているのだ。







「ああ・・あそこがゴールドストリートだね」


「カーラ王国の大体の町は道路によって区画が分けられているんだけど、それはこの王都が基準になっているんだよ」


「王城がある場所は見えるかい?」







そう言ってエノクは王宮方向を指差す。







「ええ、そりゃね・・・凄い目立っているもん」







王宮はただでさえ小高い丘の上に立っているのにその大きさも規格外に大きい。

形も周囲の建物と比べても明らかに異なっている。

他の建物の多くが赤と白のコントラストを基調とした長方形をしているのに対し、

王宮は鋭角に突き出たシャープな形状をしていて、色も一面真っ白である。

何本もの鋭角の塔が本殿の周囲に配置されており、その前には広大な庭園が広がっている。

そしてここから見ても眩しいと思うくらい光の雫が目に入ってくるのだ。

気付かない方がおかしいだろう。







「ゴールドストリートは北門からその王城までの大通りを指すんだ」


「シルバーストリートは西門から内堀までの大通り。そしてブロンズストリートは南門から内堀までの大通りを指すんだよ」


「ちなみに、王城がある浮島への橋が掛かっているのはゴールド通りのみなんだ」


「シルバー通りとブロンズ通りが内堀までと言ったのはそういう訳だね」


「へえ・・・ゴールド通りだけ特別なのね」








まあ、名前からしてもシルバーやブロンズより価値がありそうよね。

他の通りからだと王城に近づくことも許されないという事か。







「ゴールド通りは王都、もしくはこの王国の中心と言っても過言ではないからね」


「大聖堂や、交易所、裁判所、多くのギルドの本部が置かれているし、競技場や劇場・カジノなどの娯楽施設も全てここにある」


「居住している人も特権階級ばかりさ。貴族やギルドの有力者、大商人や司祭様とかね」


「この王国の中で一番賑やかな場所だと言われる所以だね」


「なるほど・・・そりゃ明るいわけよね」







壮麗な光の雫を瞳に宿しながら相槌を打った。

クレスの町でもゴールド・シルバー・ブロンズと大通りが分けられていたけど、

あれは王都を模倣していたという訳だ。







「そしてね、明日オークションが開かれる場所はゴールド通りの1番地・・・つまり、王宮に一番近い場所で行われるんだよ」


「王城の隣の建物は見えるかい?」







エノクが王宮の隣の建物を指差す。

そこには王宮の巨大さに隠れているが、その他の建物と比較しても一際大きさを誇示している建築物があった。







「ええ、見えるわ」


「あそこが商人ギルド連盟の会館だよ」


「国内の重要な催しものがある場合はよくあそこで開催されるんだ」







あそこが明日の会場なのね・・・

会館は巨大な円柱が何層にも渡って積まれているような構造だ。

それは王宮のシャープなイメージとは対照的に丸みを帯びた構造をしている。

遠くから見たらタワーに見えなくもない。

私はその建物を目に映しながら、明日のオークションへと思いを馳せる。

あそこに明日は何人が来るのだろうか・・・?

国内外から来るVIP達が一堂に集結し、前代未聞の神秘の品を掛けて争う。

ある者は自己の能力向上用に、ある者は魔法科学の研究用に、ある者は観賞用として、ある者はステータスを誇るために・・・

様々な思惑が交差する中で、国を揺るがすほどの巨額の富が一夜にして動く。

明日はどうなろうが伝説として語り継がれる一夜になるだろう。

私達庶民にとっては手の届かない世界。歴史の表舞台に介在することなど到底かなわない。

しかし、それを目撃するチャンスを得ることは出来た。

なんだかんだ言って私、結構楽しみにしているのかも・・・・

すっかりエノクの探求心に影響されちゃったわね・・・ふふっ

私が直接参加するのでもないのに、なぜか武者震いがしてくる。







「・・・・・・」







しかし、私が上ずった気持ちでいたのとは裏腹にエノクの表情が芳しくなかった。







ん・・・どうしちゃったのかしら・・・?

さっきまで饒舌に町の案内してくれていたのに・・・







さっきまでの説明口調とは一転。

エノクが私に申し訳なさそうに話を切りだしてきた。







「レイナ・・・明日のオークションの事でさっき気づいちゃったことがあるんだ・・・・」


「ちょっと言いにくいことなんだけど・・・・」


「ん・・・なに?」







そう言って前置きをした後、エノクは私に衝撃の発言をしてきた。







「ごめん!!明日はここで留守番してて欲しいんだ・・・」


「・・・・はいいいい!!!??」

















翌日・・・







「ほら!レイナあそこが大聖堂だよ。国内で一番大きい聖堂なんだ」







ガヤガヤガヤ・・・







「この聖堂は王国が生まれる前からあると言われている由緒正しいものでね!」


「かつて、一度滅んだ世界を救ったと言われる神を祭っているんだ!」







ガヤガヤガヤ・・・







周囲は溢れんばかりの人の声で満ちている。

僕は少し大きめの声で喋ったんだけど、

それでも声がかき消されるんじゃないかと思うくらいだ。

周りの人は僕が独り言を喋っていてもまるで気にしていない。

それくらい辺りが喧騒に満ちているからだ。







ちゃんとレイナは聞こえているのかな・・・?







「レイナ・・・聞こえるかい?」







トン・・・







僕が肩からさげている防護カバンの中から軽く叩かれる衝撃があった。

どうやら聴こえているようだ。

外に出るにあたって僕とレイナはあらかじめ意思疎通のための合図を決めている。

今回の様に言葉による伝達が難しい場面なんかを想定して決めたことだ。

合図といっても基本的には僕の言った言葉にレイナがノックで答えるというもの。

『はい』、または『肯定』がノック1回。

『いいえ』、または『否定』がノック2回。

『もう一度言って』がノック3回である。







僕達は今ゴールド通りの一角まで来ている。

昨日約束した王都の観光案内をレイナにするためだ。

流石にここまで歩くのは時間が掛かるため、朝早く宿屋を出発して王都内を運行している町馬車を使ってここまで来た。

それでも宿屋からここまで1時間くらい掛かっている。







改めて王都の広さを実感してしまうな・・・

宿屋からだとそんなに遠くないように見えるのにな。







ゴールド通り周辺は昨日通ったブロンズ通りの商店街と同じく、人が溢れんばかりに存在している。

しかし、昨日とは大きく異なっている点があった。

それは往来の人種だ。

昨日は王都の一般の居住者が大半を占めていたが、今周りにいる人は貴族や商人、冒険者が大半を占めている。

その中で特に目立っているのが貴族の連中だ。

貴族は家紋付きの豪華な装飾がされた馬車で移動している。

さらに貴族の取り巻きや従者が馬車の前と後ろに随伴していて、数十人単位の団体が大手を振って通り過ぎていく。

貴族の行列は周りをはばからず、一般人の通行をまるで気にしていないかのように振る舞っていた。

彼らにとっては一般人の方が避けて歩くのが当たり前。

唯一気にする時があるとすればそれは貴族同士がすれ違う時だ。

その時は先頭の従者同士がコンタクトを取り合い、どちらが格上の貴族なのかを確認をする。

格下の方が道を譲る形になるわけだ。







みんな避けて通っているな・・・そりゃそうか







貴族の一行が通る先には綺麗な一筋の線が出来ていた。

これだけ人波があるというのに、まるで海が割れたかのような光景である。

貴族の行列に近づこうなんて人はいない。

冒険者だろうが商人だろうが、司祭様だろうがみんな避けて歩く。

貴族は地方の領主であり武力と権力を兼ね備えた存在だ。

小さな国を持っていると言っても過言ではない。

立法権と司法権こそ王家に帰属するのもの、それ以外は王家から独立しており、その地方における軍事権と行政権、徴税権を持っている。

そのような強大な権限を有しているせいか、貴族には優越意識を持っている人が多い。

彼らにとっては領民は憐れむべき対象であり、導いていくべき迷子の子羊なのだ。

そこには驕りや傲慢と言った感情はない。

そもそも同じ人間として同列に見ていないのだからそんな感情持ちようがない。

彼らにとってはそれが当たり前。

貴族の中には立派な志を持ち、ノブレス・オブリージュを体現してくれるような名君もいる。

一方で専制政治に近いことを行い、領民に高圧的な態度で接する暴君もいる。

だから、貴族と言っても中々その性格を一言で表すのは難しい。

貴族に対する一般の人たちの反応も様々だ。

封建制度自体過去の遺物だと貴族を馬鹿にする者もいれば、深い敬愛を抱いている人も未だに多い。

しかし、いずれにしろ1つ共通して言えることがある。

それは皆貴族に対しては”畏怖”を覚えているということ。

絶大な権力者たる貴族を怒らせたらどうなるのか・・・

カーラ王国の臣民はみんな直感的にそれを悟っているのだ。

この風景がそれを物語っている。







「・・・・・」







目の前の貴族の行列を僕は複雑な気持ちで見つめる。

別に人に優劣があるということについては今更どうとも思っていない。

王族・貴族に関しても日ごろ接点がある訳でもなかったし、優劣を意識する場面なんかほとんどなかった。

王族と貴族は神聖にして不可侵であり、敬うべきもの、畏怖すべきもの。

世の中そういうもんかと納得できたし、生まれについても嘆いたことはない。

貴族についてもこれまでは特に悪い感情は持っていなくて、むしろ敬愛すら抱いていた。

クレスの町の領主は民政に深く関与し、ギルドの創設や孤児院の建設など、領民に対して善政を敷いていたからだ。

他の人も現領主であるエルグランデ伯を敬愛こそすれ、憎むような感情は持っていないだろう。

しかし、ここ最近の僕は以前までと違い貴族に対してあまり良い感情を持っていない。

まあ、その大体の原因が”あいつ”のせいなんだけどさ・・・







トントントントン・・・







僕が無言で物思いにふけっていると、カバンの中から4回叩かれた感触があった。







うん・・・4回?

そんな合図決めてたっけ?







でも、こんな人目がある中でカバンを開けてレイナに聞くわけにもいかない。

仕方ない・・・一旦建物の陰に隠れるか・・・






僕はいったん手近にある建物の裏方に入っていった。

流石にブロンズ通りと違ってここは裏路地でも人通りが多かったが、

これくらいだったらカバンを開けても覗き見されることはないだろう。

僕は辺りを見回して問題がないことを確認した後、カバンのフタをそっと開けた。







「どうしたんだい?」


「すぅ・・・・・ぷはぁ!!」







開けた瞬間レイナは大きく息を吸ってそれを吐いた。

・・・息苦しかったのかな?







「大丈夫・・・?」







心配になって再度レイナに声を掛ける。






「・・・大丈夫よ。ちょっと人ごみに酔っただけだから・・・それよりどうしたの?」


「えっ?」


「急に立ち止まって、ぼうっとしてたじゃない。突然案内が止まったから驚いたわよ」


「ああ・・・」







貴族の行列を見てたら、思いのほか時間が経っていたようだ。

いけない・・・いけない。あんまり時間がないのに・・・







「ごめんごめん!ちょっと考え事してたんだ」


「続き行こうよ。どこか気になったところはある?」


「せっかく来たんだから、レイナに決めて欲しいんだ」







レイナは「そう?」と言った後、少し首を捻った。

僕は仕事の都合上何回も王都を訪れているし、ゴールド通りも見慣れている。

観光だったらレイナの興味のあるものを見てもらった方が良いだろう。

それに昨日の事もあるし、せめてこの時間だけでもレイナに楽しんでもらわなきゃな・・・







・・・昨夜、オークションへの不参加を彼女に要請した。

理由はなんてことない。

オークション会場は厳格な荷物チェックがあると踏んだからだ。

王都に入る際には招待状もあったしあっさりとパスしたけど、会場はそうはいかないだろう。

武器や危険物の類はもちろん持ち込み不可だろうし、魔法アイテムもバッドステータスの中和に関するもの以外は原則ダメだろう。

流石にそんな状況の中でレイナを連れて行ってもあっさりとバレてしまう。

彼女の身の安全を考えるのなら連れて行かないに越したことはない。







「う~ん・・・どうしようかなぁ・・・」


「正直、どれも凄くて迷うのよねぇ~・・・」







レイナはカバンの影から辺りをキョロキョロと見回しながら、唸るような低い声を出す。

そんな彼女の目は初めてきた場所に対する期待と歓喜に満ちてキラキラと輝いていた。

・・・どうやら昨日の事はもう気にしていないようだ。

当初、彼女はそこまでこのオークションに興味はないと思っていたんだけど、それは勘違いだった。

昨日この話を切り出した時にレイナは想像以上に驚いていた。

まあ、彼女の立場からしたらそれは当たり前の話なのかもしれない。

自分のバッドステータスの解呪のアイテムが出品されるんだから気にならないはずがない。

現状、僕たちの手の届かないアイテムだったとしても、それがどうなるかは見届けたいはずだ。

もうちょっと早く気づけばよかったんだけど、直前になって彼女の期待を裏切る形になってしまった。

彼女のためとはいえ、レイナには悪いことをしたな・・・







昨日の事を回想しながら、彼女の目線につられた僕は周囲に視線を移す。

辺りの建築物には精緻な技巧によって紡ぎだされた芸術作品が所狭しと並べられていた。

太陽光に反射されたそれらは堂々たる威風を伴い、道行く人へ眩いばかりの輝きを放っている。

昨日通ったブロンズ通りも幾何学的な美があったが、流石にこのゴールド通りの芸術性には到底かなわないだろう。

この通り自体が一つの芸術みたいなもんだ。

芸術家達の粋を集めた彫刻や彫像レリーフなどがあたり一面に埋め込まれている。

それこそ、建物の柱や壁面、道路の中央や街灯の柱、あるいは浮島へ渡している橋の欄干に至るまで、ありとあらゆるところにだ。

僕はカーラ王国から外の世界にはまだ出たことがないけど、これほどまでに芸術性に富んだ都もそうはないだろう。

世界各地を渡り歩いている冒険者にも話を聞いたことあるけど、やはりカーラ王都は別格らしい。







「・・・おっ!ねえ、エノクあれはなに?」







レイナはとある一カ所に目を留めると、少し興奮気味に僕に話しかけてきた。

彼女の指差す方向を見ると、高い建物が入り乱れる間に大きなテントが顔を覗かせていた。

珍しいものを見かけて、僕は一瞬なにかと思案する。

レイナが指差した方向はメインストリートから外れた裏道の先で、大きな広場がある方向だった。

広場は憩いの場として人気があるが、メインストリートと比べると人通りは少ない。

ところが今日はやけに人が多かった。

サーカスでも来ているのかな?

いや違う・・・サーカスだったら競技場を借りて上映するはずだ。

VIP達にも人気があるサーカスがあんな椅子も満足に用意されていない場所で上映なんかされるはずない。

あんな隙間でやるものと言ったら・・・







「・・・見世物小屋か」

















「さあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!!」


「世にも奇妙な異形の生物たちが勢ぞろい!!ここカーラ王国ではまずお目にかかれないしろものばかりだ!!!」


「これを見なきゃあなたの人生損すること間違いなし!お代はたったの1000クレジットだ!!」


「周りを散歩されている紳士・淑女の皆様方!!是非、当”グレンデル・クラブ劇団”の世紀の見世物をご覧あれ!!」








耳をつんざくような喧騒が占める中、声高らかに男の声が響き渡る。

その声量はこれだけの群衆を前にしても全く霞むことなく、まるで雷鳴が轟くかのような大音声だった。

周囲を見回すと「なんだなんだ?」という感じで、立派な衣装にその身を包んだ紳士達がテント周辺に集まってくる。

貴族の姿こそないものの、皆上流階級の者たちばかりのようだ。







「はぁ、はぁ・・・なんとかここまで来れた・・・」







群衆の中に強引に割って入り、僕は何とかテント周辺まで来ることが出来た。

膝に手を付きながらゆっくりと息を整える。







極力衝撃を与えないようにカバンを頭の上に持ちながらの行軍だったからなおさら疲れた・・・

でもまあ、その甲斐あっていい場所は取れたようだけど・・・・







僕は行軍によって乱れた衣服を整えながら、テントの方を見据えた。

広場の中央には巨大なテントが堂々と構えられており、その入り口には”棍棒を持った青い悪魔”がマークされた看板が立てかけられている。

そして、その周辺には劇団員と思われる人たちが群衆に向けて声高にアピールをしている真っ最中だった。

テント入り口で一際大きな声を出しているのが恐らく団長だろう。

全身黒い背広に身を包みシルクハットとステッキを持った小太りの中年の男性が、その両手をいっぱいに広げ大音声を轟かせている。







王都に興行に来る人達は少なくないけど、ここまで大々的に宣伝するのも珍しいな。

よほど出し物に自信があるのか・・・?







サーカスを始めとして、大道芸人やマジシャン・吟遊詩人・ジプシーなど王都に出稼ぎに来る興行師は多い。

毎日王都のどこかしらで彼らの姿を見かけることは出来る。

しかし、サーカスは別にして彼らは街の通りの一角でほそぼそとショーを行って路銀を稼ぐのが基本だ。

ここまで大袈裟に宣伝するとなるとよほど中身に自信がないとやれない。

王都の人達は平和慣れしているせいか、刺激を求めている人が多いからだ。

つまらないショーに対しては容赦なく罵声が浴びせられ、物が投げられる。

それも一種のショーの華と言えばそうなんだけど、やられた方はたまったもんじゃないだろう。

それにも拘らず、彼らの振る舞いはサーカスの劇団にも勝るとも劣らない堂々としたものだった。







「レイナ・・・見えるかい?」







僕はカバンに小さく声を掛けた。







トン・・・







1回返事が返ってきた。どうやら問題ないようだ。

見世物小屋を見たいというのが彼女の希望だ。

他にも美術鑑賞や戦車レース・演劇等、様々な観光の定番がある中でレイナが選んだものがこれだった。







なんか、意外な選択・・・







一応、他にもそういうものがあることは伝えたんだけど、彼女の興味を余り惹かなかった。

昨日はあんなに王都の風景に驚いてくれてたんだから美術館とか良さそうだと思ったんだけど、彼女曰くそういう物はもう見飽きているとの事。

意外にレイナの前世ってお金持ちだったのかな・・・?

見世物小屋はサーカスにこそ劣るが一定の人気を誇っている。

そして、それは一般庶民よりもむしろお金持ちの上流階級に好む人が多いと聞く。

オペラやコンサートなどは彼らにとっては儀礼的な面が多くつまらないらしい。

それよりは未知なる刺激を生み出す見世物小屋の方がよっぽど暇つぶしになるとの事だ。

そんな背景もありなんとなく『レイナ=お金持ち』という図式が頭の中に思い浮かんでしまった。







ははっ・・・まったく妄想もいい所だよな。

関連性も全くないし。







・・・僕が心の中で自嘲気味に笑っていると、劇団員の一人が帽子を持って巡回してきた。

まわりの人は彼が前まで来るとその帽子の中にコインを投げ入れている。

どうやら”見物料”の徴収のようだ。

彼は僕の前まで来ると、僕の全身を舐めまわすように見てきた。

そして、不快感を伴うダミ声で声を掛けてくる。







「はいはい・・・お兄ちゃん。見物料1000クレジットだよ」


「冷やかしはお断りだよ。持ってないなら出てってくれよ」







明らかに隣に並んでいる上流階級の人達と接する態度が変わっている。

今の僕は動きやすいように無地のポロシャツに長ズボンという完全な私服で来ていた。

オークション用に着ていくフリックコートは後で宿屋に戻った時に着用する予定だった。

彼は僕がお金を持ってないと疑ったのかもしれない。

失礼しちゃうな・・・まったく。

僕はそう思いながら懐から財布を出し、銀貨一枚を取り出して彼の帽子に入れた。







「はい・・・まいど」







彼は苦々しくそう言うと、さっさと隣に行ってしまった。







「・・・・」







まあ、いいけどさ・・・

僕が裕福じゃないのは本当だし。







それからも劇団員の面々は見物料を足早に取り立てていった。

程なくしてそれが完了すると、波が引くようにさっとテントの方に戻っていく。

その様子を見届けた後、劇団の団長が開始を高らかに宣言した。







「お集りの紳士・淑女の皆様方!!大変お待たせいたしました!」


「これよりグレンデル・クラブ劇団による世紀の怪宴ショーを開催いたします!!!」







ワーワー!!!という群衆の喝さいが辺りに巻き起こる。

広場は割れんばかりの手拍子と口笛がこだまし、熱気が渦巻いていった。

そこには何を見せてくれるのだろう?という未知への飽くなき探求心が見え隠れしている。

かく言う僕も会場のボルテージが上がっていくと人知れず高揚感が沸き起こった。

ここカーラ王国ではまず見られないという異形の生物・・・

それはほぼ間違いなく”魔物”の事だろう。

カーラ王国は周辺が人間や魔族の文明社会に囲まれているため魔物の侵略には無縁だ。

王国内に魔物がいない訳ではないけど、『スライム』や『ゴブリン』といった比較的無害な種類しかいないし、レベルも低い。

僕もたまに山野で見かける程度だし、こちらから襲わなければ彼らも襲ってこない。

そういう事もあり、実物の本当の”魔物”とやらを僕は見たことがなかった。

図鑑なんかで魔物の情報を目にすることは何回もあるけど、所詮は本の中の話。

実物を見てみたいという欲求は僕にもあった。







広場にいる人間の期待を一身に背負った劇団の団長は両手を上げてそれに答えた。

それと同時に群衆の喝さいもピタリと止む。

彼はそれを認めるとオペラの前口上を語るがごとく勇壮に言葉を出した。







「ありがとうございます!」


「これからお見せいたしますのは摩訶不思議な魔物の数々!!」


「その人間とはかけ離れた姿に皆様は驚嘆する事間違いないでしょう!!!」


「また、その醜悪な姿に吐き気をもよおす方もいらっしゃるかもしれません。あらかじめご容赦を・・・」







そう言って団長はシルクハットを前に掲げ、恭しく一礼をした。







「まあ、もっとも私の腹の中ほど醜悪ではございませんのでそこはご安心くださいませ」







帽子を被りなおした団長が一言付け加えた。

はははという笑い声が会場から漏れる。

彼はどうやらジョークのセンスもあるようだ。

僕には受けなかったけど・・・







「・・・あはははは」







カバンからレイナの笑い声が小さく漏れた。

ええ!!なんで!!?

今そんなに受けるところだったぁ!?

彼女との笑いのツボの差に困惑する。

しかし、そんな僕の心情は置いてけぼりに団長はさっさと次の言葉を継いできた。







「それではさっそくまいりましょう!」


「まずは手始めにこちらのものから!!」







パンパン!と団長が手を叩いた。

それが響き渡ると同時にテントの中から数人の劇団員が車輪付きの檻を押してきた。

檻は人が入れるくらいの大きさで、檻全体にグレーのカーテンが被せられている。

薄っすらと格子が透けて見えるだけで中のものまでは判別できない。

檻は観客の視線が集まる中ゆっくりと団長の隣まで来ると、不気味な静けさを持って鎮座した。







「さて、皆様心の準備はよろしいですかな?」


「3・2・1でカーテンを取り外しますぞ?」







団長は観客の方をみながらニヤリと笑った。

無言の圧力が場を支配する中、不敵な笑顔と共に彼はカウントダウンを開始する。







「3・2・1・・・・・はい!」







彼の合図とともに劇団員が一斉にカーテンを取り外した。

檻の中の魔物が群衆にその姿を現す。

おおっ・・・!?という低いどよめきが辺りに響き渡る。

それはこの場にいる誰もが予想だにしなかった姿だろう。

魔物は明らかに人型ではなく、獣の姿をしているわけでもない。

かと言って禍々しくもなく醜悪でもない。

人によっては美しいとさえ思う造形だ。

まあ、生物と呼べることすら怪しいけど・・・

周りの群衆も”それ”を見てざわめく。








・・・それはどこからどう見ても古びた木製の宝箱にしか見えなかった。

箱の四隅は金メッキが施され、側面と留め具に装飾が施された典型的な宝箱の姿だった。







・・・もしかして・・・・ミミック?







「・・・なんだありゃ?」


「箱?」


「あれって宝箱か・・・?」


「どういうことだ?」


「・・・宝箱のモンスターだとするとミミックとかじゃないか?」







周囲の人達は訝し気に声を上げる。

彼らは目の前に出された不可思議な魔物をなんとか解明しようとあれやこれやと憶測を立てている。

宝箱の形をしたモンスターと言えば真っ先に思いつくのがミミックだ。

彼らはダンジョンの中で生息する箱型のモンスターで、普段はダンジョン内をうろついている小動物を捕獲して生きている。

ダンジョンの中のトラップモンスターとして有名だが、僕も実物を見たことはないからこれがそうだとは断言できない。

一方、劇団の団長はそんな群衆の反応に満足そうに微笑みながら顎を撫でていた。







「ほっほっほっほ・・・皆様中々によい反応をされておりますなぁ」


「それでは答え合わせと行きましょうか・・・」


「おい、あれを持ってこい!」







近くの団員にそう告げた後、団長は檻の正面に移動した。

程なくして、団員が先端に肉が取り付けられた長い棒を持ってくる。

団長はそれを受け取ると、再度群衆の方に振り返って言葉を発した。







「皆様の中にはもう分かっている方もいらっしゃいますが、これは”ミミック”と言われる魔物です」


「ただし・・・恐らく皆様が知っている”ただのミミック”ではありません・・・」







彼はそう言うと、持っている棒の先端を箱の方に近づけていった。

もし、箱が”ミミック”なら近づいた瞬間ガブリと行くはずだけど・・・







ツン・・・







しかし、棒の先端は何の抵抗もなく箱に触れてしまう。

箱はうんともすんとも言わなかった。

その光景に会場は再度ざわつく。







「おお・・反応しない」


「なんでだ・・・?」


「噂に聞いているミミックの性格と違うぞ?」


「凄い大人しい子なのかしら・・・?」







・・・どういう事だ?

肉食獣であるミミックがあんな獲物を目の前にして何の反応も起こさないとは考えにくい。

ミミックにも様々な亜種が存在しているらしいけど、どれも肉食である事は共通している。

それらの”常識”から考えてもこの光景はにわかには信じがたかった。







団長はしばらく箱の前に肉をかざしていたが、箱はまったく無反応のままだった。

彼は棒をひっこめた後、こちらに振り返った。







「お分かり頂けたでしょうか?」


「普通のミミックだったら、この棒付き肉にかぶり付くはずですがこいつはしません」


「こいつは見てのとおり特別製なんです。・・・では、今度はこいつを投げてみましょう」







そう言って団長が懐から取り出したのは赤い液体が入った魔法の小瓶、『ポーション』だった。

ポーション?そんな無機物をあいつらが喰らう訳ないと思うけど・・・







「わたくしはちょっと”危ないので”檻から離れさせていただきます」


「あ、もちろん皆様はそのままで大丈夫ですので・・・」







団長はそういうと、檻から少し距離を取った。

それに応じて周囲にいた劇団員も檻から離れる。

周りの観客はその光景を固唾をのんで見守っていた。

テント周辺には数百人単位の人間がいるというのに会場はシーンと静まり返っている。

一体何が起こるのだろうかと、誰もが檻から目を離さずにはいられないようだ。

団長は檻から5メートルは離れただろうか。

そこまで来て檻の方に向き直ると、ポーションを箱に向かって放り投げた。







ヒュッ・・・







ポーションは緩やかな放物線を描きながら檻に近づいていく。

檻の隙間を通って、箱に接触しようとした次の瞬間・・・・・・”それ”は開いた。







ビュウウウウオオオオオオ・・・







荒れ狂う風が吹きつけると共に、箱の上に突如として怪物の口が現れた。







・・・!







・・・そう、それは口としか形容が出来なかった。

それには牙が生えている訳でもない。唇がある訳でもない。怪物の顔が付いている訳でもない。

楕円に湾曲した空間が箱の上に突如として発生し、眩いばかりの白い輝きを放っていた。

周囲から隔絶された”それ”は、なぜか見るもの全てを深淵へと誘う”口”にしか見えなかった。

その証拠に・・・








「ぐあああああおおおおお!!!!」








身も心も凍てつきそうな怪物の咆哮が辺りに響き渡る!!!








うわぁ!!!なんだありゃ!!?







僕は余りにも予想外の展開に度肝を抜かされてしまった。








「キャー!!!!」


「うおおおわ!!?」


「なんだなんだなんだ!!!」








周囲は先ほどまでの静寂とは一転して、阿鼻叫喚の嵐となった。

その口は周囲の全てを吸い込もうとしていた。

檻からここまでは10メートル以上は離れているというのに、それでも檻へと引き寄せられる力を感じることが出来る。

口はあっという間にポーションを飲み込むと、その他に吸い込むものがないのを悟ったのかその口腔を閉じた。







パタン!







直後、箱が勢いよく閉じ、暴風が吹き止む。







「・・・」







・・終わったのか?









辺りを見回すと周囲にうごめくものはなかった。

・・・時間にしてほんの数秒の邂逅。

今までの様相が嘘の様に辺りは静寂に包まれている。

かろうじてその惨状を伝えているのは暴風に煽られた木の葉が舞い落ちているところだけだ。

檻から少し離れた場所には身を伏せていた団長の姿がある。

彼はゆっくりと立ち上がると埃を振り払いながら、何事もなかったかのような態度で観客に言葉を発した。







「これが”アビスミミック”と言われる魔物です」


「巨大なダンジョンの深淵にしか存在しないと言われる怪物でしてね」


「魔力を持つものに対してのみこいつらは反応するのです」


「その生態についてはほとんど分かっておりません。こいつらに吸い込まれたらどうなるかもね・・・」


「なんせ調べようとした輩も全員吸い込まれてしまいますので・・・・」







その言葉を発すると団長はニヤリと笑った。

彼からしたら観客の反応はしてやったりなのだろう。







「いかがですかな、皆様?」


「もし、今のショーが気に入って頂けたのなら喝采を頂ければ誠に幸いでございます」







そう言った団長はシルクハットを取って、慇懃に頭を垂れた。







「・・・・」







一瞬の静寂があたりに漂う。







パチ・・・

パチパチ・・・






しかし、それもつかの間。

一人が拍手を送ると、その波は怒涛の如く周りに広がっていった。







パチパチパチパチ!!

パチパチパチパチパチパチパチ!!!!!ワーーーーーー!!!!







「うおぉーすごかったぞー!!」


「びっくりしたけど凄かったわぁ!!」


「素晴らしいショーだった!!」







パチパチパチ!!

観客は彼に対して惜しみない拍手と賛辞を贈った。

僕もそれは同じだ。

驚きはしたが、彼のショーは見事という他ない。

僕たちの想像以上の演出を彼はしてくれたのだ。

この喝采も当然だろう。

喝采を受けた団長は帽子を振って観客のエールに応えている。

ひとしきり賛辞を受け取った彼は、群衆が鎮まるタイミングを見て話を続けてきた。







「ありがとうございます」


「まずは皆様にご満足頂けたようで何よりでございます」


「次の出し物も皆様を驚嘆させること間違いないでしょう」


「引き続きご期待くださいませ・・・」







彼はそう言って再度一礼をする。

そんな彼に対し群衆は万雷の拍手で応えた。

僕も周りにつられ拍手を送っているが、僕の視線は自然と箱へと移っていった。







・・・







あれほどの騒動を巻き起こした張本人は今は何事もなく檻の中に佇んでいる。







解析してみたい・・・







僕の中に飽くなき欲求が舞い降りていた。

ミミックは冒険者を死へと陥れる数々の能力を保持しているため、ダンジョンでは最も避けられる存在だ。

得てしてトラップモンスターと思われがちだが、その実レアアイテムを有する宝の番人でもある。

ミミックは他の生物にはない特異な性質を所持している。

それが錬成(アルケミー)と言われるタレントスキルだ。

ミミックはその生涯において捕食対象から奪った様々なアイテムを隠し持っている。

そして、集めたアイテムは従来の状態より純度が高くなっていることがほとんどだという。

例えばポーションだったらエキストラポーションに昇華させるといった具合にだ。

・・・そんなミミックたちの中でもあれは巨大な遺跡の深奥にしか存在しない代物。

僕の知っているイメージとはかけ離れたミミック。まさにレア中のレアのミミックだ。

宝を手に入れることが出来なくても、どういう錬成をするのか解析したいと思うのが魔法技師の性だった。







僕がそんな事を考えている間に、箱が入った檻はテントに仕舞われてしまった。

彼らはすぐに次の出し物用の檻を出してきている。







「ああ、終わっちゃったか・・・」







箱が見えなくなってしまって僕は嘆くように呟いた。

本音を言えばもう少し観察していたかった。







まあ、あんなレアモンスター見れただけでも儲けものなんだけど、

せめて軽くスケッチしたかったな・・・







今日の日誌にあのモンスターを書く事は僕の中でもう決まっていた。

これまでモンスターの事について書くことはなかったけど、僕の中の探求心が「やれ!」と囁いている。

本当は解析もしたかったけど、まあこれは無理だし無謀すぎる。

そもそもあれにアナライズなんて掛けられるはずないんだ。

出来るんだったらとっくに他の冒険者や鑑定士が行っているだろう。

あのミミックの生態が”未知”だというのは、アナライズを誰も掛けることに成功していないという事。

劇団の団長が言うように、解析を試みた者は皆吸い込まれてしまったのだろう。







いつか出来る日が来るといいなぁ・・・







僕がそんな望み薄な将来を夢想していると、団長がショーの第2幕を開始した。








「さて、続いての魔物ですが、世の中瓜二つの人間がいることはご存知でしょうか?」


「もし、遭われたならお気をつけあれ。もしかしたら、それはこのモンスターが化けて出た姿なのかもしれません・・・」







今度はおとぎ話の語り部のように彼は話だした。

観客はすっかり彼の魅せる演出に虜になってしまっているようだ。彼の話す言葉や仕草に一喜一憂している姿が伺える。

それだけ先ほどの”アビスミミック”が衝撃的だったということだろう。

神の視点でただ傍観するだけだった観客が、あわや深淵に引きずり込まれそうな恐怖を味わえたのだ。

そのスリルは筆舌に尽くしがたい。

なるほど、この劇団が大々的に宣伝したくなるのも頷ずける。

レアモンスターを取りそろえただけでなく、これだけの演出家がいるのなら観衆をがっかりさせることもない。

しかし、一方で僕は先ほどまでの興奮がいささか冷めてしまった。

彼の今の言葉で次に何が出てくるのかおおよそ見当が付いてしまったからだ。







たぶん、次はあれだな。

おそらく”ドッペルゲンガー”だろう。







ドッペルゲンガーはゴースト系の魔物で、対象の生物の姿やスキルを似せることが出来る特性を持つ。

しかし、ステータスまで模倣することは出来ない。

いたずら好きな幽霊であり、レベルも低級な者が多く基本的に無害な奴である。

まれにレベルが高い個体になるとある程度ステータスまで複製してくるらしいが、基本的にはオリジナルの劣化コピーだ。

研究対象としてはあまり興味が沸く相手ではない。

それでも、先ほどのようなサプライズがあるんじゃないかと少し期待していたのだけど、僕の予想は的中してしまった。

前口上を語り終えた団長が檻のカーテンを開けさせると、そこには木製の額縁が付けられた大きな姿見が立て掛けられていた。

鏡には全身の輪郭がぼんやりした灰色に光るモンスターが映し出されている。顔や形もはっきりしていない。

魔物図鑑で見た”ドッペルゲンガー”そのものだ。

会場には再び低いどよめきがこだまする。







「さて、せっかくですので皆様にもショーに参加していただきましょう」


「誰か試しに魔物をもっと近くで見たいという方はいらっしゃいませんか?」







彼は観客に対し、ショーへの参加を呼びかけた。

それに呼応して何人もの人たちが挙手をして、ショーへの参加を要望する。







う~ん・・・僕はいいかな。。。

見世物としては面白いけど、やっぱりインパクトは若干弱い気がする・・・

先ほどと比べてしまうとどうしてもな・・・







仕方がない。

アビスミミックがあまりにも強烈過ぎた。

ドッペルゲンガーも珍しいと言っちゃ珍しいが、レア度で言ったらアビスミミックとは比較にならない。

もっとも周囲の観客は先ほどと同様十分楽しめてはいるようだけど。







群衆の一人が団長に導かれて檻の前に来ると、幽霊がその人の姿を真似て鏡の前に姿を現した。

周囲からまた驚きの声が上がる。

ドッペルゲンガーの複製(コピー)を目の前で見せられた男の人も後ろに大きくのけ反っていた。







「皆様ご安心を。この檻はミスリル製の特別の檻で結界が張られております」


「魔力探知系の能力や霊的生物の透過を遮断する効果があります。この魔物が外に出ることはありません」







すかさず団長が周囲に対して説明する。

それを聞いた群衆から安堵のため息が漏れた。

目の前で姿を複製された男の人も胸に手を当てて安堵している。

ドッペルゲンガーはそんな男の人の格好を見ていたようだ。

彼が男の人の真似をして胸に手を当てる仕草をすると、会場には笑い声がこだました。

ははは、面白いな。

幽霊なのに彼はかなりひょうきんな奴のようだ。今度は僕も少し受けた。







「・・・あはははは!!」







・・・レイナはもっと爆笑していた。

周囲の観客の笑い声に交じってレイナの笑い声が響く。

意外に彼女は笑い上戸なのかもしれない・・・

まあ、彼女が楽しんでくれてなによりだけど。
















それからもグレンデル・クラブ劇団のショーは続いた。

鷲と獅子の肢体を持つ空飛ぶ魔獣『ヒポグリフ』。

犬の頭と蛇頭のしっぽを持ち、背中から無数の蛇が舞い踊る『オルトロス』。

全身が炎で燃えていながら決してその身が朽ちない不死の魔物『ファイアスケルトン』

人の返り血を好み、その赤く染めた帽子を被ることを趣味とする残忍なゴブリン『レッドキャップ』

・・・等々。

劇団の誘い文句「世にも奇妙な異形の生物」に相応しく、カーラ王国では見たこともない魔物の数々が次から次へと現れた。

よくもまあ、ここまで珍しい魔物を集めたもんだと感心する。

いずれの魔物もみんな初級の冒険者が手に負えない強力な魔物ばかりだ。

もちろん熟練の冒険者のパーティに協力をしてもらったり、ギルドへの依頼で購入したりしたのだろうが、

相当にお金を掛けなければここまでの魔物は集めることは出来ないだろう。

魔物を観た群衆の反応もまた上々だった。

彼らは、時にその珍しさに歓喜し、時にその醜悪な姿を嫌悪し、時に団長が漏らす軽快なジョークと演出に頬をほころばせた。

僕もさすがにアビスミミック程の衝撃はなかったけど、初めて邂逅する魔物の数々は興味深かった。

特段、感情が高ぶるようなこともなかったが飽きることもなく鑑賞出来ていたと思う。

ちなみにレイナは大いにショーを楽しんでいたようだ。

特に観客に笑いが巻き起こったところではレイナも必ず受けていた。

僕と生活していた時には分からなかった彼女の一面を今日は垣間見れた気がして少し嬉しかった。

・・・

そんな感じで宴もたけなわ。空がそろそろ赤みがかりそうな色に変わる頃、いよいよ最後の出し物が出された。

団長が観客に対して一際大きな声量で言葉を発する。







「さて、皆様いよいよ次が最後の出し物になりました!!」







それを聞いた何人かの観客から「えー!?」とか「ぶーぶー!」という声が上がる。

彼のショーが終わることを惜しんでいるようだ。

団長はそんな声に軽く頭を下げた後、言葉を続けた。







「ここまでたくさんの喝采を頂きありがとうございます」


「次で皆様とお別れになるのは私も誠に残念でなりません・・・・」







彼は若干声量を下げて悲しむ素振りを見せた後、顔を上げて再び大音声を轟かせた。







「しかし!!最後は皆さまに私どもが有するとっておきの”伝説”をお見せします!!」


「きっと皆様も気に入る事でしょう!」







彼はそれを言い終わると群衆に向かってニヤリと微笑んだ。







伝説?

これ以上まだサプライズがあるのか?

最初のアビスミミックも十分”伝説級”と言えるような魔物だと思うけど、彼はそれ以上のなにかを保持しているという事か?







僕の中にアビスミミック以来の”興味”が沸き起こった。

彼がほら吹きでないのはここまでの見世物でわかっている。

彼が”伝説”と言うのであれば、それに相応しいなにかを見せてくれるという事だろう。

周囲の人も彼の言葉にどよめいた。







「伝説だって・・・」


「何を見せてくれるのかしら・・・?」


「伝説って言うから神話の化け物でも出すんじゃない?」


「ふっ・・・”ネフィリム”でも出してくるとかな・・・」


「ははは!そんな怪物が出たら見世物だけじゃなく、この世も終わるぞ」







群衆は好き勝手に酔狂な噂を立てて、馬鹿話に花を咲かせているようだ。

身も蓋もない噂が周囲をざわめかせる。

一方、喧騒の中心にいる人物はそんな様子をニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべながら顎を撫でていた。

彼はそんな観客の反応が楽しくて仕方ないのだろう。

基本的に紳士な態度を見せる彼だけど、時折見せる顔はなんとなく彼の本性を表しているような気がしてならなかった。







人々の風聞が冷めやらぬ中、劇団員数人がテーブルクロスが被された”なにか”を担いで登場してきた。

首を捻りながら僕は”それが”なにかと思案する。






なんだあれ・・・?

一応、檻っぽいけど・・・随分小さいな・・・







それはこれまでと違って随分と小さな檻の様だった。高さや幅も人の身長の半分くらいだろう。

これまで魔物が入っていた檻は、人が入れるくらいの大きさから馬が数頭入れるくらいの大きな檻だった。

だから、あんな小さなものは今回始めてだ。

あれが伝説・・・?

周りの人も”それ”を見て首を傾げている。







劇団員は僕の身長程の高さがある台をテントから持ってくると、その上に小さな檻を乗せた。

団長はそれを確かめた後、最後の仕上げとばかりに観客に向かって大きなジェスチャーをする。







「さあ!!!お待たせいたしました!」


「いよいよ最後の見世物の登場です!!」


「皆様、私と一緒にカウントダウンコールをお願いいたします!!!」







これ以上伸びることが不可能なくらい両手を横に広げた彼は大音声で観客に呼びかけた。







「いきますぞぉーーーー・・・はい3・2・」







それに合わせてノリが良い一部の観客もカウントダウンを叫ぶ。







「・・・・2・・・1・・・・はい!!!」







彼の合図とともに、劇団員が檻のクロスをぱっと取り外した!

数百人の群衆の視線が檻の中に雨の様に降り注ぐ。







・・・はい・・・?







会場は”それ”を見てシーンと静まりかえった。

誰もが目の前の”それ”の意味を図りかねているようだ。

無理もない・・・・だってさ・・・







”それ”も大衆の視線に思わず首を傾げるようなそぶりを見せている。

”それ”は見られることに飽きたのか、やがて高からかに声を発した!







「・・コココ・・・コケコッコーーーーーー!!!!」






To Be Continued・・・