「コケー!・・・・コココ・・・」







伝説の”それ”は早朝によく聞くようなさえずりを響かせた。

周囲の人達はその鳴き声に呆気にとられながら言葉を交わす。







「・・・あれが伝説の魔物か?」


「・・・鶏にしか見えないが」


「どういうことだ・・・?」







所々で疑問の声が上げる。

・・・伝説の”それ”は一言で言えば”鶏”だった。

図体は普通の個体よりは大きく、赤い羽毛を持ち金色の鶏冠(とさか)を持っているところは珍しいといえば珍しい。

しかし、その形といい、首を傾ける仕草といい、鳴き声といい、鶏以外の何者にも見えなかった。

僕が見た魔物図鑑では鳥系のモンスターも載っていたが、あんないかにも「鶏」という様な形をした魔物は見たことがない。







う~ん・・・分からないな。

そもそも魔物なのかな?

ただの鶏にしか見えないけど・・・







僕は推測するのを諦めて、劇団の団長の方を振り向いた。

彼の様子を覗うとその口元は相変わらず緩んでいた。

観客の反応にその身を任せており、場の空気が彼に説明を求めるのを待っているかの様に佇んでいる。

どうやらすぐに説明を始めるつもりはないらしい。

彼にとってはこの”鶏”は目玉中の目玉。簡単に正体を教えるわけには行かないという事か。

一方、観客の方もそんな彼の様子を覗っていたが、彼が泰然自若な態度で説明をすぐに始める様子を見せないと分かると、また好き勝手に噂を立て始めた。







「・・・もしかして、ドラゴンの子供とかじゃないか?」


「バカ言え、ドラゴンが『コケコッコー!』とか鳴くかよ」


「じゃあ・・・バジリスクとか?」


「俺たち全員石化するじゃねえか、ボケ!」


「はははは!」







観客は面白半分に魔物を類推しているようだ。

彼らにとってはそんな時間も楽しいのだろう。会場は正体不明な”鶏”に対して俄かに色めき立っている。

しかし、次の瞬間・・・・・その喧騒は群衆の一部において凍り付いた。







「・・・・おのれ、人間風情が・・・・我らの守り神を侮辱するか・・・・・!」







ぞわっ・・・・!

僕の中に身も毛もよだつ悪寒が走った・・・

な・・・なんだ?今の声・・・







周囲のどこからか、抑圧された殺気を感じる。

それは静かな怒りを伴った声だった・・・

低く唸るような声色で、声量も小さかった為どこから聞こえて来たのかは分からない。

だけど、群衆の隅に紛れて恐ろしい殺気がまき散らされているのが分かる。







「おい・・・!やめろ・・・ほら、いくぞ・・・」


「ちっ・・・・」







今度はハッキリ声が聞こえて来た。

僕は声が聞こえて来た方向に振り返ると、銀色の長髪をたなびかせた2人組の背の高い男達の後ろ姿が見えた。

彼らは広場を足早に出ていくと、そのままいずこかに消える。

顔を見ることは出来なかったが、日の光を浴びて輝く銀色の髪が妙に印象的だった。







何だったんだ彼らは?

只者じゃないのは確かなようだけど・・・

異国の人かな?カーラ王国であんな外見の人は見たことがない。それとも異種族か・・・

言動から察するにその可能性は十分ある。

それに今はオークションの開催時期だから他国からも異種族が多く訪れている。

ワーウルフやドワーフ、リザードマン等といった面々はカーラ王国にも良く訪れる種族だし、

それ以外の種族も絶対数は少ないが見かけることがある。

彼らが異種族だとしてもなんら不思議ではないだろう。

しかし、そうだとしてもあんな殺気をまき散らすようなことはこれまでなかった。

なんだったんだ?いったい・・・

・・・

少し気にはなったが、考えても答えが出なかったので僕は再び会場の中央に目を向けた。

会場ではいよいよ噂話に飽きた観客の不満が高まっていた。

「答え」を求める声で会場は最高潮に盛り上がっている。







「早く教えろこの野郎!!」


「もったいつけんなーーーボケ!」


「早くおしえてよぉー!」







うわぁ・・・集中砲火も良いところだなこりゃ・・・

会場は罵声やヤジが飛び交うまでになっていた。

この段階になって劇団の団長はようやく動く気になったようだ。

檻が乗せられた台座の前に彼はゆっくりと進み出る。

しかし、その姿勢は相変わらず余裕綽々である。

彼にとってこの展開は織り込み済みだと言わんばかりの態度だ。







・・・よくまぁあそこまで動じないもんだな。

僕は彼のように振舞う事はとても出来ない。

彼の舞台度胸というか、大衆を前にしてもいささかも動じない豪胆さは素直に凄いと思う・・・







僕が彼の態度に少なからず感銘を覚えていると団長は台座の前にピタリと静止した。

ところが、そこまで来ると彼の動作は急に変化する。

先ほどまでの緩やかな動作とは一転、彼はその両手を素早くばっと!広げた。

その静から動への急激な変化。

それだけでも会場の観客を驚かせるに十分だったが、

彼はさらに割れんばかりの大声を観客に轟かせ、会場の空気を一変させた。







「みなさま!!!大変お待たせいたしました!!」


「みなさまの声確かに承りました!!!」


「そこまで言われましたら、この不肖”グレンデル”。皆様に申し上げないわけにはまいりませぬ!!!!」







場は一瞬にして彼の声量に飲み込まれ、群衆のざわめきが消失した。

余りの声の大きさに僕は面食らってしまう。

なんという声の大きさだよ・・・能力でも使ってんじゃないか?

彼はそんな僕たちの反応は気にも留めず、そのまま話を続けてきた。







「では、お答えいたしましょう!!」


「この一見ただのニワトリにも見えるこの鳥ですが・・・」







そう言って彼は一旦言葉を止め、右手を檻の方へ掲げた。

手を差仕向けられた鳥は首を傾げてどこ吹く風のような佇まいである。

一方、観客はついに明かされる鳥の正体を固唾を呑んで見守っていた。

そんな中彼はついにその鳥の名前を口にする。







「・・・なんと!これこそあの伝説の霊鳥・・・・”グリンカムビ”なのです!!!」







・・・







・・・・・なんだそれ?わからない。







僕は自分の中の記憶を掘り起こしたが、その名前に心当たりがなかった。

観客もついにその鳥の名前が明かされたのにもかかわらず、イマイチ反応が鈍い。

顔を見合わせて首を振っている人が多くいる。

観客の中にいた司祭様などは「・・おおっ」といった感じで驚いているから、まったく無反応という訳ではない。

だけど、ここまで団長が引っ張ってきた割には群衆の反応はあまりにも寂しいものだった。

自分の声が辺りに空しく響き渡ると、そこで彼は初めて焦りを見せた。







「・・あ、あれ?皆様ご存知なかったですかな?」


「・・・・・」







観客はフルフルと首を振った。







「・・・・・分かりました。今、説明いたしましょう」







さすがの彼もこの観客の反応は予想外だったようだ。

彼の思い描いていたストーリーではここでたぶん、ワー!!!と最高に盛り上がっていたのだろう。

彼は気まずい雰囲気を、咳ばらいを一つ挟んで誤魔化しながら説明を始めた。







「ウホン!!!」


「えーーっこの”グリンカムビ”は神話で謳われている霊鳥なのです」


「大いなる大樹に止まると言われている鳥でしてね。勇者を導く者として知られているものです」


「神話によると、かつて世界が終焉を迎える時いくつもの種族や英雄たちに警鐘を鳴らし、その窮地を救ったと言います」


「その為、未だに神聖視している種族も多く、崇拝の対象となっている霊験あらたかな鶏なのです!」


「・・・お判りいただけましたか?」


「コケー!!!」







・・・・パチ・・パチ・・・パチ







散発的に拍手が起こった。

せっかく鶏がいいタイミングで合いの手を入れたのに、観客の大半は未だ要領を得ていないようだ。

それも当然か。突然神話の話をされても普通はピンと来ない。

上流階級の人は教養で神話を知っている人は多いだろうが、それでもこの話は無反応だ。

恐らく神話のサイドストーリー的な何かなのだろう。

僕も先日神話の本を読み漁っていたけど、その時にはこんな話は紹介されていなかった。

神学に詳しい人間だったら知っているのだろうが、一般の人達にはほとんど知られていない話なのだろう。

それにしても、この空気重いな・・・

・・・やがて動きを見せない劇団と団長に、イラついた観客からきつい言葉が投げかけられた。







「そいつがその・・”グリンカムビ”?、だって言うんだったら、なんかやってみせろ!」


「そうだそうだ!」


「証拠を見せろ!証拠を!」


「ただの鶏じゃないところを見せて見ろ!」







会場の所々で鶏の正体を怪しむ声が上がる。

見世物がもう終わったと思ったのか、観客の中には既に帰り始めている者もいる。

その人たちの顔は得てして不満顔だ。

最後の最後で拍子抜けさせられたと思ったのだろう。

まあ、仕方ないよな・・・

この魔法科学全盛の時代に神話やおとぎ話を持ってこられても信じる人はあまりいない。

まだ、魔法科学が未発達の異種族なら迷信も信じるかもしれないが、

人間社会の様に高度に発達した文明にそれを信じさせるのは難しいだろう。

団長もそんな観客の反応にどうすればいいか対応に苦慮しているようだ。

彼は檻から離れて劇団員を呼び集めると何かを相談し始めた。

どうやら次の対応策を練っているようだ。







「コケー!!!コココ・・・・」







一方、会場の中央に取り残された鳥は劇団の中でただ一人気を吐いていた。

その鳴き声を檻の中から響かせながらゆっくりとした動作で周回を始める。

鶏は時折首を捻りながら、観客へ視線を向けていた。

少し動いては止まって見渡し、少し動いては止まって見渡すという動作を繰り返している。








スタスタ・・・ピタ







「・・・・」







スタスタ・・・ピタ







そう、それはまるで観客1人ひとりを観察して吟味しているかのようにも見える。

・・・いや、ただ僕がそう見えただけなのかもしれないけど。

変な動き方をする鶏なのは間違いないと思う。

やがて僕等がいる方向に彼が目を向けた瞬間・・・状況が急変した。







「コケッ!?」


「コケー!!!!!!」


「コケーコケー!コココ!!」







どうしたのだろう・・・

鶏が急にやかましく騒ぎ立て始めた。バサバサと羽もはばたかせている。

辺りの客も「なんだなんだ?」と動揺している。







「コココ・・・コケッ」


「コーコーコケ!」


「コケーコココココ・・・」


「コココ・・・・オケッ?」







・・・こっちを見ながら何かジェスチャーしているようにも見える。

気のせいかな・・・

もし、あれが本当に”グリンカムビ”という神話に謳われている鳥なら、

僕たちに何かを伝えようとしているのかもしれない。

残念ながらその意図は全く読み取れないけど・・・

僕は”翻訳魔法(トランスレーション)”をセカンダリースキルとして持っているけど、鳥に使っても効果は出ない。

翻訳の効果を出す為には対象が人間に近い知性を有する必要がある。

・・・いや、まさかね。

まさか、鳥なんかとコミュニケーションを取れるとは思えないけど。

鳥の中には人間と同等とまではいかないけど、準知性を有すると言われる種もいるらしい。

ましてやあれは伝説の霊鳥らしいから、もしかしたら・・もしかするのかな・・・?







「・・・・」







それからも、鶏は羽をバタつかせながら喚いていたが、

騒ぎを聞きつけた団長と劇団員が檻の前に戻ってきた。

彼らは鶏の急変した態度に唖然としているようだ。







「な・・なんだこいつ・・!?なんで急に暴れているんだ・・・」


「おい!コラッ!静かにしろ!」







団長は鶏を鎮めようとしたが、彼は一向に止める気配を見せなかった。







「コケーッコケッコケコケー!!!」







そんな鶏の様子を見て、団長は苦虫を噛み潰したような表情を見せる。

彼はヒステリーを起こしながら傍にいた団員に強い口調で命じた。

先ほどまで観客に見せていた紳士ぶりが嘘のような言動だ。







「くそっ・・おい、お前たち!!このバカな鳥をテントに戻せ!!早くしろ!!」


「は・・はい!!ただいま!」


「コケーッ!!!」







罵声に近い言葉を浴びせられた劇団員は直立不動の姿勢で二つ返事をすると、すぐさま檻と台を回収する。

彼らはそのままテントの中に消えていった。それと同時に鶏の叫び声も小さくなっていく。

その場に残った団長は今度は人が変わったようにニコリと微笑むと、観客に向き直った。

彼はゆっくりとお辞儀をした後丁重に言葉を発する。







「・・・皆様お見苦しい所をお見せしたことをお詫び致します」


「少々予定が狂ってしまい誠に申し訳ございませんが、これにて当劇団のショーを終了いたします」


「これからも珍しい魔物の数々を取りそろえさせて頂きます」


「今後も是非当”グレンデル・クラブ劇団”を御贔屓下さいますようお願い申し上げます・・・」








そう言って彼はシルクハットを取って再度お辞儀をすると、そそくさとテントの中に引っ込んでしまった。

尻尾を巻いて逃げるという表現がピッタリな逃げ様だ。

僕も観客もあまりにも突然の幕切れに呆気に取られてしまった。

会場はまたも騒然となったが、劇団はそれ以降出てこようとはしない。

テントの前には「閉店」の看板が立て掛けられ、入り口は閉じられてしまう。

その光景を見て群衆のほとんどは諦めたのか、広場から解散していった。

残った観客の一部から抗議の声はまだ上がっていたが、それでも彼らが姿を現すことはなかった・・・

















ガラガラガラ・・・







僕たちはあの後すぐに帰宅の途についた。

広場の手近な駅を経由して宿屋までの帰りの馬車に今しがた入ったばかりだ。

外はそろそろ夕闇が降りる時間帯で、辺りを見回すと人々がせわしなく動いている。

店仕舞いを始めている武器屋の店主や、夕飯の買い出しをしている主婦にコック。これから営業を始めるだろう酒場の主人など様々だ。

馬車に入って僕が腰かけると、カバンの中からレイナがごそごそと出てきた。

彼女はそのままカバンの上に腰かけると、瞳を閉じながら一息ついた。







「ふう・・・」


「その・・・今日はどうだった?楽しめたかい?」







僕は若干ドキドキしながらレイナに声を掛ける。

彼女は目を開いて僕の方を向くと、微妙にバツが悪そうな顔をして答えてきた。







「うん・・・面白かったよ。最後はちょっと唖然としたけどね・・・」


「・・・あれは確かにびっくりしたよね。結局あの鳥が何なのか分からなかったし」


「本当よね!せっかく楽しんでいたのに、あれは酷いと思わない?」


「あれだけ人に期待させたんだったら、最後までやり通せっつーの!」







ほっ・・・

よかった・・・とりあえず楽しんではくれたようだな。

今日の重要な目的の一つが果たせたので僕はひとまず安堵した。

僕は彼女に相槌を打ちながら言葉を返す。







「最後、完全に逃げてたからなぁ。彼らもあの鶏の反応は予想外だったろうけど」


「そうね。最後の最後で彼の化けの皮が剥がれた感じよね。いかにもタヌキ親父って感じだし」


「・・・まあ、ジョークの方は私もちょっと面白かったんだけどさ」







ちょっとかぁ・・!?

めっちゃ受けてたじゃん!







「ははっ・・・そうだね。彼は冗談のセンスはあったよ」







僕は思う所はあったが、素直に同調した。

ここで突っ込みを入れるのは野暮っていうものです。はい。

















それからも僕たちは今日の出来事について感想を述べあった。

彼女は始めて見る魔物の数々にとても驚いたようだ。

特にアンデッドの「ファイアスケルトン」についてはどういう原理で動いているのかと僕を質問攻めにした。

僕もモンスター図鑑以上の知識は知らなかったから、詳細には答えられなかったけど・・・

一方、僕が気になっていたのは、やはり”アビスミミック”と最後の”グリンカムビ”だ。

両方知らない生物だったのはあるけど、どちらも本物なら飛びっきりレアだという事が大きい。

アビスミミックは研究対象として。グリンカムビはその奇妙な行動についてだ。

あの鳥は一体何を僕たちに伝えたかったのだろう・・・

・・・

あの劇団はしばらく王都にいるのだろうか?

出来れば彼らと交渉して、可能なら翻訳魔法(トランスレーション)を掛けてみたいな・・・







僕たちがそんな感じで今日の話題に花を咲かせていると馬車が宿屋に到着した。

宿屋に戻ってクレアさんの抱擁に出迎えられた僕は、彼女の歓待を満足に受けないまま部屋に戻る。

既に日は落ちていて、あまりオークションまでの時間がなかった。

部屋に戻った僕は急いで身支度を整える。







「どうかな?決まっているかい?」







彼女が見えないところでフロックコートの正装に着替えた僕はレイナに尋ねた。







「うん、大丈夫。バッチリ!」







彼女は親指を上に向けてグッドポーズを僕に出した。







「ありがとう」


「それと、ごめん・・・昨日も言ったけど、留守番頼むね?」







僕は彼女にお礼を言うと同時に、申し訳ない気持ちで彼女にお願いをした。

ちょっとまだ罪悪感がある・・・

本当は彼女も連れていきたいけど、流石にこれは難しい。

持ち込めるのは、せいぜい招待状に財布、それにバッドステータスの中和アイテムくらいだろう。

今回はディバイドストーンも宿屋に置いていくしかなかった。

僕が頼みの言葉を口にしたと同時に、彼女は途端にそっぽを向く。

そのままツンとした態度で言葉を返してきた。







「・・・エノクだけ、美味しいもの食べられそうで良いわねぇ~」


「私も行きたかったなー・・・」







・・・どうやらまだちょっと拗ねているようだ。

明らかに演技掛かっているけど・・・







「ははっ、勘弁してよ。帰ってきたら美味しい食べ物と、土産話も上げるからさ~」







僕はそんな感じで軽く弁解する。

彼女が本気でないのはその態度を見ていれば分かる。

彼女は僕以上に聡明だし、オークションに参加できない理由もよく分かっているはずだ。

これはオークションの不参加にかこつけて土産物を要求していると僕は見た!

そして、僕のその予想は的中する。







「よし!頑張って!行ってらっしゃい!」







レイナが手のひらをクルっと返すように、グッドポーズを僕に向けてきた。

はは・・・分かりやすい。

しかし、その言葉を口にした後、彼女は今度は一転して真面目な顔つきになる。







「・・・エノク、気を付けてね。何にとはいえないんだけどさ・・・」


「”ネクタル”なんてどうでもいいんだから、身の安全を最優先しなさい。分かった?」







レイナが不安そうに言葉を口にしながらも、お姉さん口調で僕に指図してきた。

これも彼女らしいと言えば彼女らしい。

僕は彼女に心配を掛けないように少し強い口調で言葉を掛けた。







「大丈夫だよ、ただのオークションなんだから。それに会場の警備は超厳重なんだ」


「”ネクタル”が誰の手に渡るのかも見てくるからさ、安心してよ!」


「うん・・・まあ、そうだよね」







彼女はうんうんと頷いた。

まあ、彼女が心配するのも分からない訳じゃないんだけど、会場はおそらく二重三重に結界が張られているはずだ。

能力も満足に使用できないだろうし、会場はカーラ王国の騎士団が警備に当たっているはず。

よほどのことがない限り事件など起きようはずもない。

・・・よし、出発の準備が整った。







「それじゃ行ってくるよ!」


「うん、行ってらっしゃい」







ひらひらとレイナが手を振ってきた。

彼女の声援を受けた僕はオークション会場へ向けて部屋を後にする。

いよいよだ・・・

















ガラガラガラ・・・







馬車は厳かにその歩を進めていた。

時折、馬車外に吹き付ける熱気が車内を俄かに陽気づかせている。

既に日は落ちているというのに周囲の熱気は衰えの気配を見せなかった。

・・・いや、それどころか時を重ねるごとに段々と増してさえいる。

先ほどシルバーストリートを通り抜けている時はまだ人の数はまばらだった。

一部の冒険者や商人が酒場に集ってバカ騒ぎをしていることを除けば、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

ところが、これが浮島へ渡す橋の前で来ると状況が一変する。

周囲には橋を渡ろうとする馬車がいくつも並走し、並み居る冒険者や商人の一団がどこからともなく姿を現してくる。

馬車が橋の検問の列の最後尾に並んだ時には、通りは人々の活気と熱気が渦巻き、興奮の波が洪水を起こすまでになっていた。







「うわぁ・・・とんでもなく多いなこりゃ」


「まさか、これ全員オークションへの参加者か・・・?」







あまりの人の多さと”異様”な熱気に僕は気圧されそうになる。

”異様”と表現したのは彼らの様相が普段と全く異なっているからに他ならない。

常人の倍はあろうかという体躯を持つモンクの大男。

顔や手に無数の切り傷が付いた屈強な戦士。

小動物の頭蓋骨を無数に通した首輪を掛けているネクロマンサー。

流れるような金髪を宿し、抜群のプロポーションで見るもの全てを魅了する妖艶な雰囲気を湛えた女魔術師。

豪華な装飾にその身を包み、頭部から背中まで見事なたてがみを生やしている獣人の商人。

男性はフロックコートや黒いスーツを着用し、女性は色鮮やかな光を反射するドレスにその身を包んでいる。

彼らの外見、立ち振る舞い、身から醸し出す雰囲気、すべてが異質なのに着用している服はいずれもフォーマルな装い。

その無秩序の中にあって見せる妙な統一感はなんとも言えない焦燥感を僕にもたらした。

なんかこの場にいることが場違いであるとさえ思えてくる。

普段の王都だったら彼らの方が異端者であるのは間違いないのに、今この場においてだけは一般住人の僕の方が異質な存在だ。

例えるなら、ライオンの群れの中にいる野兎の様な感じ・・・








僕は戸惑いながらも、気を取り直して列の前方を覗った。

橋の手前に設けられた検問所では大量の通行人を捌くために、普段の数倍以上の兵士が動員されていた。

おかげで、これだけの人数が浮島に詰め掛けているというのに、馬車は止まることなく歩を進めることが出来ている。

まあ、非常にゆっくりとではあるけど。

時間間に合うかなぁ・・・

仕方がなかったとはいえ見世物小屋の観光で相当時間を食ってしまった。

僕は手元の懐中時計を確認する。







17:23






うん・・・まあこれだったらギリギリ間に合うかな。

浮島へ渡った後会館まで少し距離があるけど、検問所を抜けたら通行を妨げる物はない。

まあ、会場で荷物検査があると思うから本当にぎりぎりになると思うけど。








検問を待つ間、手持ち無沙汰になった僕はゴールド通りの周辺を見まわす。

王都は既に夜間モードに切り替わっており、所狭しと並べられた街灯が彩り豊かな光を放っている。

昼は芸術作品の数々が通行人の目を奪う芸術の町だが、夜は全くその趣きを異にしていた。

ゴールド通り周辺には高さ30メートルを超える巨大な建築物が通りに沿っていくつも建ち並んでいる。

カジノや戦車競技、オペラやコンサート等、夜は王都に在住している上流階級や冒険者、商人といった金持ちが娯楽を楽しむ一大歓楽街と化すのだ。







僕にはほとんど縁がない世界だなぁ・・・

カジノと美術館は仕事の関係で無料で入れたことはあるけど、他の建物には入ったことがない。

入場料だけで1万クレジットが掛かるような代物ばかりなのだ。それだけで僕の給料半月分が吹き飛んでしまう。

先日給料が入って少し持ち直したけど、”バッドステータスの調査依頼”で消費した関係で僕の残り全財産は3万クレジットを切っている。

ある意味今日レイナが贅沢言わないでくれて助かった。

もし、今日彼女が「”カジノ”とか”オペラ”行ってみた~い」とか言ってたら、僕の残金はほとんど消失していただろう。

・・・!?

もしかして、彼女はそれを見越してそういうものには興味ないとか言ったのかな・・・?

ありうる・・・。いや、その可能性は大いに高い。

あの聡いレイナが気付かないはずないもんな・・・・・・







「はぁ・・・」







僕は人知れずガクッと項垂れた。

自分の甲斐性のなさにため息が出てしまう。

もっと・・・強くならなきゃな。僕は・・・







ガラガラガラ・・・ピタ







僕がそうこうしている内に馬車は検問所に辿り着く。

ゆっくりと進んでいた馬車は一瞬だけその歩を止めた。

ここでの検問は単純に浮島への用を確認されるだけの単純なものだ。

よほどの怪しい人物だったり、危険なものを持ち込むものがいない限り普通にパスすることが出来る。

王都に入場した時のように兵士と接見するということもほとんどない。

大体は御者が用事を言ってくれるのでそれで事が済んでしまう。

どうせ会場に入る際にもチェックがあるのだ。

それに、冒険者ギルドなど浮島には武器を携帯して然るべき場所がいくつも存在する。

その為、ここでわざわざ検問をやる必要性を僕は感じないのだけど、一応”二重チェック”という事で王国が取り決めた事らしい。







「通ってよし」







検問の兵士の声が厳かに聞こえて来た。

直後、馬車は緩やかに前進を始める。

兵士達の視線がチラリと馬車の中をかすめたので、僕は帽子のつばに手を掛け軽く会釈をした。

馬車はそのまま橋に進入し、長さ数百メートルにも及ぶ川を渡っていく。

橋も浮島へ向かう人々で溢れかえっている。

余りにも多いので馬車が走行する道路にまで彼らは進入してきていた。

ガヤガヤとこだまする群衆の波を掻き分けるように馬車は突き進んでいく。







ガラガラガラ・・・・







「・・・・」







僕は何を思うこともなく窓の外を見つめ、馬車が目的地に到着するのを待っていた。

橋の外を見通すとそこは漆黒の闇といくつもの光がうねりを見せる水の奔流がある。

夕方は太陽の光を満遍なく反射して黄金色に輝くが、夜は街灯と建物から発せられる七色の光を反射する虹の川になる。

馬車はそんな幻想の架け橋を通り抜けギルド街に入っていった。

ゴールド通りの美景は橋を越えてもなお続いており、建築物も一際巨大で壮麗なものになっていく。

これらはいずれも有名なギルドの本館だ。

商人ギルド、冒険者ギルド、工房ギルド、魔術師ギルド、運送ギルド、建築士ギルド・・・等

王国を代表する各ギルドの本部がこの浮島に集結している。

さらに、それらの建物が立ち並ぶ先を見据えると眩いばかりの光の雫が道行く人を照らしてきた。

小高い丘の頂点に向かって坂道を緩やかに上っていった先にその光の正体がある。







そろそろか。

それにしても、何という大きさだよ・・・

たまげたなぁこりゃ~







僕が馬車の窓から前方を覗うと、天まで高くそびえる巨大なタワーが近づいてきた。

タワーは天から地上までクリスタルのイルミネーションが飾りつけられており、万華鏡の様な七色の光を放っている。

僕も間近で見るのは今日が初めてだ。

円柱の建物が何そうにも積み重って光り輝いているその建物は信じられないくらいに大きかった。

天頂部分を見上げようとしても、近づくにつれ首の角度を上に向けてなおそれでも足りなくなってしまう。

僕が呆けてそんな風に見上げていると、馬車は程なくして目的地に到着した。







・・・ガラッ







「お客さん、着きましたよ」







御者の人が馬車の扉を開けてきて、目的地に着いたことを告げてきた。

呆けていた僕は彼の言葉に一瞬反応が遅れてしまう。







「・・あ・・・どうも」







御者の人はそんな僕を訝しげに見てくるが、特に言葉を発することもなくそのまま待っていた。

僕が恥ずかしさを紛らわせるように慌てて外に出ると、そこには会館へ入場待ちの長蛇の列が出来上がっていた。







「それでは、私はこれで・・・」







御者は僕に一礼して、そのまま馬車と共に去っていく。

僕は呆け気味だった頭を振りかぶって渇を入れると、周囲を見まわして状況を確認した。

タワー周辺には分厚い甲冑で武装したカーラ王国の騎士団がアリの子一匹入れまいとする厳重な警備を行っていた。

群衆の話し声で騒々しい中、彼らは道行く人に無言の圧力を掛けている。

一方、群衆の方に目を向けると丘の下から、人や馬車の波が押し寄せていた。

彼らはすぐに会館前まで到着するとすぐに列の最後尾に並び始める。

人の波は少しも衰えようとせずその波は徐々に激しくなっていた。

列は徐々に動きはするものの、大挙して押し寄せてくる人数に比べてあまりにもその歩みは遅かった。

波の勢いに押されて列もその長さをさらに増して来ている。

大衆が列を作っていない入口もあったが、恐らくそちらはVIP専用だろう。

時折貴族の馬車が横付けされて、随伴している一団含めまるまる会館の中に入場していっている。

一般大衆にとってはそちらから入ることはもちろん許されない。

素直に長蛇の列の方に並ぶしかなかった。







やば・・・!すぐに並ばなきゃまずいな。







僕も会館へ入る列の最後尾に急いで並ぼうとする・・・が、







・・・ガタガタガタ!!!ヒヒーーン!!







しかし、その時僕の目の前をもの凄い速さで横切る馬の影があった!

その暴力的な威力はこちらを全く気にも留めていない!!







「うわっ!!」







僕はかろうじて後ろにのけ反ってそれを躱す!







バタッ!!







後ろにのけ反った勢いで僕は尻もちを着いてしまった!







「誰だよ・・・くそう!!」







受け身を取りながら僕は見えない誰かに向かって毒舌を吐く。

あと一歩身を引くのが遅れていたら、僕は馬に轢かれて死んでいたかもしれない。

こんなことをするのはどこの馬鹿だ・・!?

僕は暴走した馬車の後ろを睨み付けた!






・・・!!?







僕は予想外の馬車の外装に動揺してしまう。

あの馬車に付けられた家紋に僕は見覚えがあった・・・・







「グレゴリウス・・・」







『王冠を付けた獅子の家紋』

僕はまさかの展開に、開いた口が塞がらなかった。

それは、クレスの町の領民にとっては何よりも敬うべきものであり、決して侵してはならない紋章。

あの家紋を付けた馬車で登場できる人物といったら、心当たりは2人しかいない・・・

馬車は先ほどまでの勢いを急激に弱めると、会館前のVIP専用口の前で停止する。

馬車に随伴していた者もほとんどはそのままついていったのだが、一人例外がいた。

帯剣した従者の一人が先ほどの光景を目撃していたのか、僕にキツイ視線を向けてくる。

彼は騎乗していた馬から降りると、ずかずかと僕に詰め寄ってきた!







「貴様ぁ!!何故我が主君の通行を妨げた?」


「えっ・・!?ちょ・・ちょっと待っ・・・」







ぐいっ!!







彼は鬼の様な形相をして怒号を放つと、僕の胸倉を掴んで勢いよく引きずり上げる!

彼は僕より頭一つ分ほど背が高くて、力も強かった。

僕はつま先立ちになりながら、若干宙づりのような形にされてしまう。







「あぐぐぐ・・」







くっ・・苦しい・・

いきなり何するんだ・・・こいつ!!







彼はさらにどすの効いた声で僕に問いただしてくる。








「・・・貴様ぁ・・・まさか我が主君の命を狙おうとでもしたか?」


「・・・ち・・ちがいます・・・」







僕は必死になって声を絞りだす。

彼が何で怒っているのか本気で分からない。

貴族の馬車の前に出かかりそうになったとはいえ、別にその通行を止めたわけでもない。

大体こちらは避けるので精いっぱいだったんだ。

彼も僕が後ろにのけ反って尻もちついているところを見ているはずだ。

正直、難癖つけられているにも程がある。







「・・・何事だ?」







どこか気分を害して不貞腐れているような声が聞こえて来た。

声が聞こえて来たと同時に目の前の男は僕からパッと手を離す。

彼はすぐさま声が聞こえて来た方向に向かって直立不動の体制を取り、敬礼をした。

この声は・・・・!







「・・・はっ!これは公子!わざわざの足のお運び恐縮です!」


「実は馬車に近づこうとした怪しい人物を捕えましたので、取り調べをしようとしたところであります!」


「なに・・・?」







そう言って怪訝な顔して近づいてきた人物は僕がよく知っている奴だった・・・

金髪のさらさらヘアーに甘いマスク。

恵まれた身長から紡ぎだされる優雅な仕草に女性の誰もが彼の虜になる。

貴族の息子で幼い頃から英才教育を施され、類まれな剣術と魔術の才能を示す神童。

将来の領主であり、生まれながらにして人の上に立つことを約束された天上人。

・・・彼は僕が持っていないものをすべて持っている男だった。

男なら誰もが目を奪われる美女を横にはべらせながら彼は僕を見下ろしてきた。

そのまま無言で視線を交わす。







「・・・・!」


「・・・・・」







数秒間の沈黙が場を支配する。

周囲の人々はこちらへチラリと視線をやるが、素知らぬ顔で並んだままだ。

それも当然。貴族のいさこざに関わろうとする奴なんていやしない。

そんな重たい沈黙の中、口を開けたのは”彼”の方からだった。







「・・・うん?」


「・・・はっはっはっは!どこかで見た顔かと思ったら”チビ男”じゃないか?」


「なんでお前みたいな奴がこんなところにいるんだ?」







・・・カイン。

嫌な奴に会っちゃったなぁ、まったく・・・

・・・

仕方ない・・・”超”嫌だけど一応挨拶だけはするか。

僕は帽子を取って、低く頭を垂れた。

不満たらたらな顔だけは晒さないように気をつける。







「カイン公子ご機嫌麗しゅう・・・」







何がご機嫌麗しいのか知れないけど、まあこれも社交辞令だ。

例えどんなにムカツク相手だろうが、向こうはクレスの町の領主のご子息。

挨拶をしないわけにはいかなかった。

僕としてはさっきの事で滅茶苦茶頭に来ていたんだけど、彼は天上人にも等しい”貴族”だ

彼に失礼なことは出来ない。もちろん、彼に毒舌を吐くなんてことは言語道断だ。

だから、僕としては彼に非常に親切に挨拶したつもりだった。

しかし、彼はそんな僕の態度にさえ”いつものように”癇に障ったようだ。

吐き捨てるように言葉を返してくる。







「・・・麗しいと思うか?」


「せっかくの社交パーティで気分が盛り上がっていたのに、お前を見て最悪になったよ。どうしてくれる?」







ははっ・・・奇遇だな。

こっちもだよ・・・どうしてくれんだよ。

珍しく彼と意見が合ってしまった。







「・・・公子。こいつ・・・いえ、”この方”とはお知り合いだったのでしょうか?」







僕を締め上げた従者が恐る恐るカインに尋ねた。

僕とカインが知り合いの様に話をしたので、彼の知人に失礼したのかと縮こまったのだろう。

案の定な従者の振る舞いに僕は内心笑ってしまった。

親分も親分なら、子分も子分だな・・・

カインはそんな従者の言葉に鼻を鳴らすと、僕を蔑む態度で言い放ってきた。







「知り合い?・・・ふん。そんなんではない」


「ただの下僕さ。見ての通り何の取り得もないクズだけどな」


「そ・・そうでありましたか・・・」







従者はどう反応していいのか困っているようだ。

・・・いつ僕がお前の下僕になったんだよ?

相変わらず頭おかしいな、このお坊ちゃまは。







「それで、この者の処分はいかがいたしましょうか・・・?」







従者は再度恐々としながらカインに尋ねた。







「ふん・・・どうせ小人一匹襲撃してきても踏み潰すだけさ」


「まさかこんなチビに俺がやられるハズないだろう?」


「ええ・・・まあ、それはそうですが」


「だったら良いだろう。愚民の罪を許してやるのも為政者の度量というものさ」


「・・・おお、公子さすがでございますな」







ぐっ・・・!

僕は言いたいことがあったが我慢した。

罪?僕が何をしたっていうんだ!!くそっ・・・







「ねぇカイン様~早くいきましょうよー・・・」


「私、会館の中早く見てみたーい」







お付きの美女が猫なで声でカインにすり寄った。







「・・・たくっ仕方ない奴め」







その言葉にカインも美女の腰に手を当て、彼女に甘く囁いた。

しかし直後、彼は僕の方に振り返ると豹変した態度で罵声を浴びせてきた。







「おい!そこのチビ!!」


「今回の事は見逃してやるから、10分以内にここから消え失せろ!」


「いいな!10分だぞ!!」


「・・・・・」







彼はそう捨て台詞を吐いた後、美女を抱きかかえたままクルリと入口の方に向き直った。







「待たせたな。では、いくとしようか」


「はい、カインさま♪」







媚びつくような女性の声と共に彼らは入口へと向かっていく。

途中従者がチラリとこちらを振り返って睨んできたが、彼もそのまま入り口の中に消えていった。

周囲の大衆は既にこちらへは無関心だった。

これから始まるオークションの話題で辺りは持ちきりだった。

・・・僕は呆然とその場で立ち尽くす。







・・・







しばらく僕はその場で待っていたが彼らが戻ってくる気配はなかった。

・・・よし、大丈夫そうだな。

さて、並ぶか。

僕は頭を切り替えると、急いで列の最後尾に並ぶ。

奴の言った事など知ったことじゃない。

こっちは王家と商人ギルド連盟の招待状で招かれているんだから、聞いてやる必要すらない。

僕は手元の時計を確認した。







17:51







既にオークションまで残り10分を切っているが、開始時間直ぐに競りが始まるわけではないだろう。

それにもう開演間近という事もあり人の流れも大分落ち着いたようだ。

先ほどより列の長さも短くなっている。

これだったらそんなに掛からず中に入れるだろう。













僕の予想は的中し、それから10分もかからずに入館チェックの前に辿り着いた。

髪を中央でくっきりと分けた折り目正しい紳士の一人が僕に声を掛けてくる。








「ようこそいらっしゃいました。招待状を拝見いたします」







入館の受付係のようだ。

入口手前には受付係が何人も配置されており、彼らは入場しようとする客の対応で追われていた。

僕は懐から招待状が入った封筒を出すとそれを目の前の男性に渡した。 







「お願いします」







男性は封筒を受け取ると、開封して招待状の中身を確認する。

しばしそれを眺めた後、彼は僕に身元確認をしてきた。







「”アザゼルギルド”推薦のエノク・フランベルジュ様でいらっしゃいますね?」


「はい。そうです」







僕がそう答えると、彼はニコリと微笑んで歓迎の言葉を口にする。







「夢と希望が集まる欲望の塔(マーセナリータワー)にようこそ」


「我々一同あなた様の来訪を歓迎いたします」


「あ・・ありがとうございます」







目の前の紳士は祝辞を述べた後、深々と一礼をしてきた。

なんかこうやって素直に歓迎されると照れちゃうな・・・

彼はさらに入場に際しての説明を始めた。







「恐れ入りますが、本日会場に入るには身体チェックがございます」


「武器、魔道アイテムの類は原則持ち込み不可になります」


「”タリスマン”のみ持ち込み可能でございますが、この後のチェックで問題ないかを確認致します」


「もし、お持ちでしたら先にご提示ください」







”タリスマン”とはバッドステータスの中和アイテムを意味している。

バッドステータスが大魔王に掛けられた”呪い”という逸話から、その呪いを打ち払うアイテムという意味で名付けられた通称だ。

呪いを打ち払うアイテムを挙げればキリがないのだけど、単純に”タリスマン”といった場合はバッドステータスの中和アイテムを指す。







「はい・・・え~と、これです」







僕はコートの長袖を捲って、そこに着けられた腕輪を見せた。

蛇のように波打つ紋様が付けられた金属製の腕輪。

これが僕の”中和アイテム(タリスマン)”だ。

ガングマイスター工房で魔法技師見習いとなったその日、親方に作ってもらった想い出の品だった。

タリスマンの作成は工房ギルドで受発注を行っているので、これを持つことは別に珍しいことではない。







「ありがとうございます」


「それではそのままチェックに入りますので動かないようにお願いいたします」


「分かりました」







僕は相槌を打ちながら承諾の言葉を口にする。

しかし、言葉では承知していても内心では少し嫌だった。

以前も仕事でカジノに入った時にチェックは受けたことがあるんだけど、その時にあまりいい思いをしなかった。

まあ、愚痴ってもしょうがないんだけどさ・・・







受付係の男性は僕から返答を聞くと、彼の隣にいた女の子に声を掛けた。

どうやら彼女が解析魔法(アナライズ)を掛ける役のようだ。

ボブカットの黒い髪をした可愛らしい女の子だった。

年はもしかしたら彼女の方が年上かもしれない。

背丈は僕より低く、マジックステッキに黒いローブを着た典型的な魔法使いのようだ。







・・・うん?

なんで彼女だけこの服装なんだ・・・?







入り口には他にも何人かチェック係がいたけどみんな正装をしている。

しかし、彼女だけはこの場に似つかわしくないカジュアルな格好だった。

さらにその服を見ると所々ほつれており、お世辞にもあまり裕福な感じを受けない。

先ほどまで冒険者だった人物がそのままここにやってきたような印象さえ受ける。

・・・そんな僕の怪訝な表情を察したのか、受付係が言葉を挟んできた。







「・・・お客様申し訳ありません」


「実は来場するお客様がこちらの想定を上回る人数になってしまいまして、チェック係の応援を急遽手配する事になったのです」


「お見苦しい点があることをお詫び致しますが、何卒ご理解のほどお願いいたします」


「なるほど・・そうだったんですね」







・・・まあ、確かにびっくりするくらい人多かったもんな。

招待状なしで、入場料を払ってオークションに参加しに来た人もいるという事だ。

1000万クレジットを払ってでも神話の魔法アイテムを見たいという人がこれだけいるというのは少なからず僕に衝撃を与えた。

改めて親方には感謝の言葉しか出ないな・・・

僕が親方に心の中で謝辞を表していると、受付係の男性に促された女の子がそのまま僕の前に進み出てきた。

彼女はくりくりした目で僕を見据えると、やや舌足らずな感じで言葉を発してくる。







「えーっと、それでは掛けますので、そのまま止まっててください」


「・・・・それと気を楽にして魔法の効果を妨げないようにお願いします」


「チェックが上手くいかなかった場合はやり直しになりますので、よろしくです」


「はい」







なんか・・・微笑ましいな・・・

王家主催のオークションだから肩ひじ張っていたけど、彼女を見ていると少し和んだ。

彼女は僕の返事を聞くと、手を前に掲げ魔法を詠唱してくる。







「アナライズ!」







カチカチカチ・・・・







彼女の解析が始まった。

・・・少し緊張するな。

やっぱりこの時だけはどうしても慣れない・・・

やがて解析を完了した彼女が結果を言葉にしてきた。







「解析完了・・・・」


「対象者名、エノク・フランベルジュ・・・・・・コレクト」


「種族・・・・人間。対象者レベル・・・・10」


「アクティブ・パッシブスキル共にアノマリーは認められず」


「バッドステータス・・・・・・!?」







途端彼女の表情が固くなった。

彼女をそのまま俯きながら縮こまる。

そして・・・







「・・・・・・ぷっ」







今笑わなかったか、この子・・・・







「どうした?」


「い、いえ・・・・なんでもありません!」







彼女の様子を訝しがった男性が声を掛けてきたが、彼女は頭を振って否定した。

顔を上げた彼女はそのまま解析結果を述べ続ける。







「武器・魔法アイテムの所持・・・・・タリスマン以外認められず」


「対象・・・ブラッドフォード・ガング製作。アザゼルギルド登録№2843タリスマン」


「バッドステータスとの相関性確認・・・・・・・・コレクト」


「・・・解析全て異常なしです」


「そうか、ご苦労」







女の子からの報告を聞いた男性は静かに頷いた。

彼をこちらを振り返った後また恭しくお辞儀をしてくる。







「エノク様お待たせいたしました。確認が取れましたのでご入館いただけます」


「オークションに参加されるにあたりこちらの番号札をお持ちください」


「あ、はい」







僕は彼から番号札を受け取った。

番号札には”3864”という数字が打ってある。

競りに参加するときにこれを掲示しろという事だろう。

まあ、僕には関係ないんだけど。







「最後に会場の場所ですが、地下1Fにございます」


「入り口から入って直進して頂くと競売場広場へ向かう大きな階段がございますのでそれをご利用ください」


「それでは。よい夜を」


「ありがとうございます」







僕はお礼を告げるとともに会館の入口へと向かう。

途中、先ほどの女の子へチラリと目をやると目線が合ってしまった。

一瞬お互いの間に微妙な空気が流れる。







「・・・・・」


「・・・・・」


「・・・ぷっ」







・・・・・・はあ

だから、チェックは嫌なんだよ・・・







僕は心の中で深い溜息をつきながら、欲望が渦巻く塔の中へと入っていった。







天頂部分に天使の彫刻が散りばめられたアーチ形の入口を抜けると、そこは光の回廊だった。

水晶によって構築された壁面は壁に掛けられた照明から発せられる七色の光を反射し、虹の空間を演出している。

その壮麗な光のアートの見事さは一言では言い表せないほどだ。

周囲には僕と同じオークションの参加者がその壮麗な眺めに心を奪われていた。

さすがゴールド通り1番地・・・”不滅の都カーラ”を代表する建築物だと僕は感心する。








本当は僕もじっくり見ていきたいけどな。

しょうがない。急ごう・・・







もう、18時を回っていて既にオークションは始まっていた。

天上の光の芸術を見上げながら僕は足早に回廊を進んでいく。

確かこの建物は戦乙女が勇者を饗するための館をモデルにしているという伝承があったっけ?

実はこの建物も大聖堂と同じく王国が存在する前から建築されていたと言われている建物だ。

誰が建てたのか、どういう用途で建てたのか、そのはっきりとした経緯は分かっていない。

ただ、まことしやかな口伝が現代にまで伝えられているのみだ。

この建物はそれこそ先史文明時代から存在しており、神話の時代に建てられたのではないかという伝説すらある。

ゴールド通り1番地の建物。

あらゆる富と財が集まる事から欲望の塔(マーセナリータワー)の異名を持つ。

現在は商人ギルド連盟所有の建物であり、王国の重要な饗宴が行われる聖域。

敷地面積こそ庭園含めた王宮の広さには遠く及ばないものの、その芸術性とその歴史からある意味王城以上に権威を持つ建物だ。

一般人がここに入れることは滅多にないから本当は見学していきたいんだよなぁ。

レイナには悪いけど、オークションが終わったらちょっとだけ見学させてもらおうっと。

彼女、お腹空かせて我慢できなくなってたりして・・・

ははっ・・・帰ったら文句言われそうだな。

僕はそんなことに思いを巡らせながら、地下へと続く階段を下りて行った・・・

















「ハックシュン!」







鼻がムズムズする。







「誰か・・・・私の噂でも話しているのかしら?」







ははは・・・なわけないか。迷信じゃあるまいし。

第一、私の事を噂できる奴なんてこの世界じゃ3人しかいない。

私は窓から見える町の風景を見ながら物思いにふけっていた。

今頃エノクは会場に着いただろうか?

時間は既に18時を回っているからオークションは始まっているはずだ。

無事でいるといいけど・・・







・・・







思い出すのは”あの鶏”の事だ。

あいつを見てたらどこからともなく”声”が聞こえて来た。

いや・・・声といっていいか分からない。

それは私の妄想だったのかもしれない。

でも、なんとなく頭の中に浮かんできた言葉がある。

それはこんな内容だった。







『・・・黙示の日が徐々に近づいている・・・』


『・・・大いなる大樹は枯れ果て・・・』


『・・・堕ちた天使が再臨し、あらゆるものを滅ぼしていく・・・』


『・・・行き場を失った邪気はさらに増大し、”其れ”は降臨するだろう・・・』







・・・・中二病か私は?

確かにオンラインゲーム好きの友人に色々な神話の設定とか化け物の話とか熱く語られたけどさあ・・・

そんなに私毒されていたっけ・・・?

・・・

まあ、ファンタジーの世界に来ちゃった訳だしぃ?

ファンタジーっぽい魔物とかも見っちゃったから妄想が急に爆発しちゃったのかもしれないわね。

気を付けよう。

でも、そんな事よりなにより今の私にはもっと切実な問題があるのよね・・・







・・・・・







ぐ~







お腹空いた・・・
















To Be Continued・・・