”1/10縮小化(永続)”




これが私のバッドステータス・・・





はぁ、なんてことよ・・・

まさかとは思っていたけど、こう現実を見せつけられちゃため息しか出ないわね・・・

私はこれからずっとこの小さな体で生きていかなきゃならないと思うと気が重くなるわ・・・

私は自分の頭に手を当て、余りにも酷い自分の境遇を嘆いた。





もしかしたらグロースを使えば中和できるかしら?

あらゆるものを巨大化させるグロースの魔法を私は持っている。

体が1/10縮小するバッドステータスに掛かっても、10倍大きくなれば元に戻れる。

しかし、たぶん根本的な解決は無理だろうな。

効果時間があるだろうから、一時的にしか緩和はされないはずだ。

バッドステータスを中和するには永続的に巨大化の効果を発揮するアイテムかグロースの能力をかけ続けないとならない。

そんなアイテムがあるかどうかなんて分からないし、MPが"5"しかない私にはおそらくかけ続けるなんて無理だろう。

そもそも、巨大化の効果時間やどれくらい巨大化できるかもさっぱりわからない。






「1回試したいわね・・・」






試すのなら今がその時だろう。体が大きい方が当然逃げ足も速くなる。

ただ、今はとり籠から脱出することが先決ね。

グロースを使うのなら籠から脱出した後にしましょう。

今ならまだあの兄弟はベッドルームで云々唸っている最中だ。

派手な音さえ立てなければ、こっちの様子に気付かないだろう。

そう考えた私は巻物を再度自分の衣服にしまい、とり籠の入り口を見てみた。






上からシャッターを下ろすタイプの籠だ。

入り口には脱走防止用のフックも付いていて、外側からじゃないと開けられない仕様になっていた。






「これは入り口からの脱走は無理そうね・・・」






私はぼそりとそう呟いた。

一応シャッターを動かそうとしたがフックが引っかかってそれ以上開けることが出来なかった。









なら、逆に格子の隙間から抜け出すのはどうかしら・・・?

鳥かごは格子の間が結構空いているように見える。

体を横にスライドさせれば私ならギリギリ行けるかもしれない。

試してみる価値はあるわね。

そう考えた私は格子の隙間に体をねじ込んだ。






ぎゅううううぅぅ







うーーん・・・・

ダメだわ・・・肩は入るけど・・・頭と身体は無理ね。

あともうちょい隙間があれば行けるんだけどな。

・・・別に私が太っているからって訳じゃないのよ?勘違いしないでね?

しかし、困ったな・・・

鳥かごなんて楽勝で抜け出せるだろうと思ってたけど、こんなところでつまずくとはね。

鳥かごは鉄格子で出来ており、私が蹴りを入れて歪めようとしてもビクともしなさそうだった。

物理的な衝撃以外でなにか隙間を作れないか・・・






私が脱出の方法で悩んでいた時、隣の部屋にいた兄弟に動きがあった。







えっ・・・こっち来る・・・?

なんでよ!?

もうちょっと悩んでなさいよ。あんた達は!

これじゃあ次の脱出の機会がいつ来るか分かんないじゃない!






あの兄弟たちはこの部屋に入ると私のいるテーブルまで一直線に寄ってきた。







「よお、妖精さんよ・・・さっきの話の続きと行こうじゃないか」






・・・さっきの話か・・・

また、金がらみの事ね・・・

それとも運の向上の能力の事かしら・・・?

いずれにしても碌なオーダーが来そうになかった。





「ちぃっーとばっかし物入りになっちまってなー。あんたの力を貸してほしいんだ」






そういうと兄の方は親指と人差し指をくっ付けてお金のマークを作った。

ほら、やっぱり碌な事じゃない・・・






「・・・力を貸してほしいこと・・・?」






私はムスッとした表情で答えた。

だが、兄の方は本当に余裕がないんだろう。

私の態度には構わずさっさと本題に入ってきた。

言いたいことはこれまでの流れから見当がついている。







「俺に運の能力向上をかけろ!最高の奴をだ!」



「・・・・」







私はあえて最初は無言で返した。

すぐにここから出ることが叶わない以上、今は時間を稼ぐことが重要だ。

私にはそんな能力がないなんてことを悟らせてはならない。

崖っぷちに追い詰められている兄弟だ。

私に利用価値がないと知れば、何されるかわかったもんじゃない。

だからと言って、それを出来ると言ったらすぐにやるよう強要されるだろう。

それなら・・・







「・・・ひとつ聞いてもいいかしら?」


「なんだ?」


「なんで、運の能力向上が必要なの?」







私はそう質問を返した。

兄は何をこいつ言っているんだ?みたいな目でこちらを見ている。







「ふん!そんなこともわかんねえのか!妖精ってのはバカなんだな~」







奴はいかに自分の頭が良いか力説したいようだ。

丁度いい・・・






「ごめんなさい。気を悪くしたなら謝るわ。私そういうとこ疎くて。よかったら教えてくれる?」


「・・・ふんっ!仕方ない奴だな。特別に教えてやるか!」


「・・・」






私は無言で頷いた。







「いいか?運が上がれば、賭け事に強くなる。一攫千金を狙うことも出来るんだ。」


「この街にはデカいカジノがあってな~。お前に能力掛けてもらえりゃ、そこで大儲け出来るって寸法よ」


「なるほどぉ・・・!」






私は目を大きく見開き大袈裟に相槌を打った。







「分かったか?分かったならさっさと掛けろ!すぐに行きてえんだ」


「・・・出来ないこともないけど、今すぐには無理だわ」


「なに!?」







ドンッ!と兄がテーブルに手を叩いた。

私はそれに構わず、努めて冷静に返す。







「ちょっと・・・落ち着いて・・・協力しないって言っているわけじゃないの。使うにあたって特殊な条件が必要なのよ」







それを聞いて兄は少し冷静になったようだ。

まったく、どんだけ切れやすいのかしら・・・







「・・・条件だぁ?」


「・・・満月よ」







そう言って私は外に出ている月を指差した。

月の形は上弦でほぼ満月にまで近づいている。

明日か明後日で満ちるだろう。

地球と同じだったらだけどね・・・







「満月がなんだってんだ」


「月の光を浴びると私たち妖精は能力を引き上げることが出来るの。特に満月の時はとてもすごい力を発揮できる」







兄はそれに対して質問をしてきた。






「満月じゃないと出来ねえのか・・?」


「出来ないわね。満月の夜にのみ出来る能力なの。明後日が満月の夜だと思うから、それまで待ってくれる?」






うーむ・・という感じで兄は聞いていた。

弟は難しい顔してなにか考えているようだ。疑っているのかもしれない。

一応ブラフもかましておいた方が良いわね・・・






「それで、協力する代わりにお願いなんだけど・・・」






そう言って私は弱々しい態度で兄に懇願をする態度をとった。





「今回協力したら私を逃がしてくれる・・・?私は妖精の国に帰らなきゃならないの・・・」






兄は少し考えた後回答した。







「いいだろう。俺がきっちり金を稼げたんなら返してやる。」






・・・本当に白々しいわ。

よく平然とそんな嘘付けるわね・・・

本当に金を稼げるんならあんたが私を逃がすはずない。

そういえば1階はなんかお店開いているって言っていたわね?

なんて信用できない商売人なんだろう・・・借金するのも当たり前ね・・・






「ありがとう!」







私は努めて明るくお礼を言った。






「話は決まったな!ところで明後日のいつだったら大丈夫なんだ?」


「日が沈んだら大丈夫よ。カジノは当然夜もやっているんでしょ?時間はたっぷりあると思うわ」


「よしっ!」






パンっ!と兄が手を叩いた。金を稼げる目途が立って途端に元気が出たようだ。

文字通り現金な人ね・・・







「・・・なあ、アニキ」






これまで沈黙していた。弟が急に口を開いた。






「なんだ?」



「本当にカジノだけで大丈夫なの?今回は失敗できないんだよ!?」






弟は兄の方針にどこか納得できていないようだ。

まあ、それは当然ね。誰でもそう思うわ・・・






「なんだまた心配してんのか?大丈夫だって言ってんだろ?」



「で、でもよ。今回失敗したら金を失うだけじゃすまない。下手したら死ぬかもしれないんだぜ・・・?」






弟の方はまだ賢明な判断力を持っているようね。普通ならカジノにすがるなんて選択肢は出てこないわ。

第一、たとえ運が上昇してもそう簡単に勝てる訳がない。

この兄弟の話が本当だとすると運の向上はこの世界ではありふれた能力のはず。

運だけで勝てるんだったら、周りはとっくに試していてカジノは商売として成り立っている訳がない。

つまりそのカジノは運だけで勝てるように出来ていないのよ。なんで気付かないのかしら?






「カジノしかあんな莫大な借金返せる手はねえだろうが。バカか」



「で、でもよ。ほかの手ももう少し考えたほうが・・・」







そう弟が抗議しようとした瞬間・・・






「黙れ!!」






ドンッ!と兄がテーブルを叩いた。

ちょっと・・・!私がいるテーブルでやらないでくれる!?





「なんの案も出せないやつが偉そうに言ってんじゃねえ!!」


「カジノ以外なにがあるってんだ!?あん?あるなら言ってみろ!!!」






兄が激昂して弟に詰め寄った。






「・・・・」






弟はそれを言われて黙ってしまった。

痛いところを突かれたらしい。





「・・・ふんっ。困ったらだんまりか・・。変わらねえなてめえは」


「・・・・」


「俺はもう寝るぜ。明日も早いからな・・・」





そう言って兄は隣のベッドルームの方に消えていった。






「・・・くっ」






残っていた弟はその場に暫くたたずんでいたが、近くのタンスに蹴りを入れた後、兄とは別の部屋に消えていった。

そして、私はこの部屋にポツンと一人残された。

辺りは静寂が支配している。

外から鈴虫の鳴き声が聴こえてきているだけだった。







はぁ・・・ようやくいなくなってくれたわね・・・

でもこれで晴れて行動を起こせるわ。

当然のことだけど明後日までここに居るつもりは微塵もなかった。

第一、私が実は能力が使えないと分かった時に奴らにどのようにされるか分かったもんじゃない。

激昂した兄にそのまま殺されてしまう恐れもあるのだ。

逃げるのなら今しかなかった。






そう考えた私は再度格子の近くまで寄っていった。

それにしてもどうしたもんかしらね・・・どうすればこの籠から抜けられるのかしら・・・

再度格子の隙間から抜け出そうとしたが、やっぱりあと少しの所で突っかかってしまう。

ダメもとで、蹴りを入れて壊してみる・・・?

先にこっちの脚の方がおかしくなりそうだけど・・・

他には能力使うとか・・・


・・・・!


その瞬間私はあることをひらめいた。

そうよ・・・!

鳥かごにグロース、もしくは、私自身にミニマム掛ければいけるんじゃない?

鳥かご自体が大きくなれば、当然格子の隙間も大きくなる。

私が小さくなればその分隙間にも入りやすくなる。

本当は私自身にグロース掛けて逃げたいところだけど、鳥かごから脱出出来なければなんの意味もない。

ここで使いましょう。

でも、自分自身にミニマム掛けるのはちょっと気が引けるわね・・・

これ以上小さくなるのはごめん被りたいから、今回はグロースで行きましょう。


・・・


ところでどうすれば使えるのよ・・・?

そういえば能力の使い方についてはなにも説明がなかったわね。

あの自称神が投げやりだったのもあるが、能力の使い方については聞いておくべきだったかもしれない。

まあ・・・いいわ・・とにかくやってみましょう。

そう思い立った私は手のひらを鉄格子に向けた。

このまま唱えればいいのかな?








「グロース!」









その瞬間・・・私の内から外に出ていく力の奔流をわずかに感じた。








ズゥン………








・・・・うん?

今、発動した?

なんとなく大きくなったような気もしないでもないが、一目には全然わかんない。

私はそこで本当に発動したのか確認する方法を考えた。


・・・


もし、特殊能力を使えたのならMPも消費しているはずよね・・・?

そう思った私は巻物を取り出して自分のMPを確認した。








"MP:0"







減っている・・

えっ・・・・今ので発動したことになったの・・・?

嘘でしょう・・・?今のがグロース・・・?

これが”巨大化”の能力なの・・・!??

私は余りの衝撃的な事実に頭を抱え込んだ。







ぜんっぜん役に立たないんだけどおおおおぉぉぉ・・・この能力!!?







はっきり言って変わってないに等しい。

もしかしたら、少し大きくなったのかもしれないけど

こんなんじゃバッドステータスの中和など夢のまた夢だ。

私はガクッと床にうなだれた。

想像以上のショックだった。

小さくなった私にとってこの”グロース”はかなり当てにしていた能力だった。

普段は小さくても、巨大化の能力で元のサイズに戻れるんならまだ何とかやりようはあったかもしれない。

もし危機に襲われても、一時的に大きくなることができれば何とか回避できるかもしれない。

しかし、現実は残酷である。これで間違いなく私は小人になってしまった。

いざという時の能力としても使えない・・・







だが、それでも私は生きなければならない。

このまま死ぬのなんて御免だった。

なんとしてもここから抜けてやる・・・・!!

以前から自分でも思っていたことだけど、私はとても負けず嫌いだった。

諦めるという文字は私の辞書になかった。







私は格子に近づき再度体をねじ込んだ。







ぎゅっ・・





あれっ!?

もしかして行けそう?

さっきより抵抗なく体を通している。

これだったら抜けられるかもしれない・・・!

ほらもうちょいよ・・・・!行って・・・!

あと少しなんだから・・・!






スポッ!






ととととっ!

私は隙間から抜けた際勢いあまって倒れそうになったが、なんとか体制を立て直した。






行けた・・・!

行けたじゃない・・・!!

やったわよ!!!

私は思わずガッツポーズをした。

まさに先ほどまで籠の中の鳥状態だったところから抜け出せたのだ。

嬉しくないわけがない。

しかし、ここで喜んでばかりもいられない。

まだ、鳥かごを抜け出しただけであって家から脱出できたわけではない。






こうしちゃいられない・・・すぐに逃げるわよ・・・・!






私は喜びもつかの間、すぐに近くの窓に駆け寄っていった。

幸いなことにこの窓には鍵が掛かっていないことは確認済みだ。

このサイズだとちょっと力は入れることになるが開けることは出来るだろう。

私は脱出が出来るという高揚感を感じながら窓に近づいていった。







・・・!

・・・う・・そ・・







しかし、窓に近づくにつれそれは失望感に変わっていった・・・

確かに窓は開けることは出来る。

外に出ることも出来るだろう。

もし、”普段”の私の大きさだったら問題なかった。

窓のヘリに手を掛けてぶら下がった状態から下に飛び降りれば2階からだったら着地できただろう。

だが、”現在”の私が眼下に見たものは高層マンションの屋上から下を眺めたものと同じだった。

そこは余りにも高い断崖絶壁の窓辺だった。






窓を開けて落ちたら一巻の終わりだ・・・





残念だけどここから行くのは無理ね・・・

他の場所を探しましょう。

私は辺りを見回してみた。

玄関は無理ね。

とてもじゃないけどドアノブを捻って動かすなんて、この身体じゃ無理だった。

他の部屋にある窓からならどうかしら?

この窓は地面まで真っ逆さまだが、屋根づたいに繋がっている窓があるかもしれない。

だが、隣の部屋は兄が眠っている。そこに侵入するのはかなり危ない。

弟がいる部屋も同じだ。

彼らがいる部屋以外の窓から抜け出せるところを探さないと・・・!

私はテーブルの柱を伝って床に降りた後、家の探索を始めた。

隣の部屋からはイビキが聴こえてきている。

どうやら兄はもう眠っているようだ。

ノンキなものね・・・自分の命が掛かっているかもしれないのにあんなにぐっすり眠れるなんて凄いわ・・・

あまり見習いたくない相手だが、その度胸だけは認めざるを得なかった。

小心者という汚名は返上しといてあげる。

そんなことを考えながら、私は各部屋を見ていった。

弟が入っていった部屋からはまだイビキが聴こえてこない。

まだ、眠っていないのかな?

いずれにしても早く探索した方が良さそうね・・・

弟がひょっこりダイニングルームにでも行こうものなら私の脱走がすぐにばれちゃう。





さらに奥の部屋に進む。

ここは書斎だろうか?

やっぱり家具は少ないが、本棚はあった。肝心の本はほとんどないけど・・・

書斎の更に奥を見る・・・




するとそこに窓があった。

しかも幸運なことに屋根づたいで隣の家屋とも繋がっているようだ!

よしっ!

私はガッツポーズをするとともに駆け足で窓に近づいた。

スライド式の窓だった。鍵はやっぱり掛かっていない。

不用心ね・・・。まあ、今回はそれで助かったんだけど。

私は窓の端を掴むと後ろに体重を掛けながら窓をスライドさせようとした。




しかし、窓は想像以上に重たかった・・・

私は渾身の力を込めて窓を動かそうとする。

窓は僅かだが、動き始めた。

あと、もうちょい、もうちょいよ・・・




ほら、動いて!動いてよ!

動け、動け、動け、動け・・・!






ガララッ






窓は音を立てて動いた。

私一人なら十分抜けられる隙間がそこには出来ていた。

夜に照らす月明かりが眩しかった。





・・・やった・・・

やったわよ私・・・

これで晴れてこの家からおさらばすることが出来る。

私は後ろを振り返って、あの二人が来ていないことを確認した。

よし・・大丈夫ね。

あいつらが気づくころには私はもう遠くに逃げている。





私は最後にあの2人の兄弟について思いを巡らせた。

正直最悪な人たちだったわね・・・

異世界の人達の面識はまだほとんどないけど、

あの二人は間違いなく悪い方だと思う。

短い付き合いだったけど、これでお別れね。

もう、会う事もないだろうけど。まあ、頑張りなさいよ。

私はそう言って夜の闇に消えていった・・・




























玲奈が脱走してからしばらく時間がたった後・・・








「・・アニキ」


「・・アニキ!!」


「・・アニキ起きてよ!」






俺を揺さぶる声がしてきた。

・・・この声は我が弟の声だ。

なんだ・・・やけに焦っているようだが・・・

たくっ!ほんとう俺がいねえとどうしようもねえ奴だな・・・





「なんだ・・・!騒々しいな!もう、店開ける時間か?」






俺はまだ眠い目をこすりながらむくりと起き上がった。

窓を見るとそろそろ夜が明けそうな時間だった。

俺達兄弟は店を経営している。

営んでいる雑貨店は俺たち唯一の生命線だ。

親父たちが残してくれた財産であり、俺たちがなんとか生きてこれたのもこの店があったおかげだ。

あまり客は来ねえが、出さねえと金も入ってこねえ。

店のオープンだけは朝早くから済ませておく。

もっとも店にいるのはもっぱら弟の役目だがな。





「・・・アニキたいへんだよぉ・・・」





弟が今にも泣きそうにこちらを見ていた。





「朝早くからなんだってんだ・・・!?」



「ようせいが・・・妖精が・・・」



「妖精がどうしたってんだ?・・あいつなら籠の中にいるだろう・・・」






俺はまた弟が心配症をおこしたと思い、うんざりした。






「妖精が消えたんだ・・・」




「はあ?バカかてめえは?消える訳ねえだろうが・・・」




ばからしい。

あのとり籠はキッチリ施錠をしておいた。内からは開けられないフックが付けてある。

妖精の娘があれを開けられるはずがない。





「いいからこっち来てよ!」





弟が俺の手を掴み俺を引き連れようとする。

いつになく強引だった。

ここまで強引な弟はなかなか見ない。




たくっ・・・




俺達は隣の部屋の妖精がいる籠まで行った。






「ほらっ!」





弟がとり籠を指でさした。

俺はそれにつられ籠をみた。





どうせ寝てるだけだろう・・・





だが、そこで見た光景はあまりにも予想外な光景だった。






完全にもぬけの殻だった・・・・






「お・・おい奴はどうしたんだよ・・・・!」


「だから言っただろ!いなくなったんだって!」


「ん・・・んなわけないだろう?鍵だってかかってんだぞ・・!?」




フックは付いたままだ。外された形跡もない。

どうやって逃げたんだ・・・・!!??

わからねえ・・・!?

だがそんなことより・・・






「さ・・・さがせええええ!!!!!!家の中をくまなくだああああaaaaaaala!!!」






俺は特大の大声を出して叫んだ!!




ここまで叫んだことは生まれてから数えるほどだ。

あまりにも動転して、息をするのがくるしい・・・!!

やばい、やばい、やばい、やばい、やばい、やばい・・・・!!!!

あいつがいないと俺の未来が全てぱあになる・・・!!!

ようやく俺は金のなる木を手にできたと思ったんだ・・・!

富や名声、権力、女。好きなものを好きなだけ使える自由を手に入れることが出来たと思ったんだ。

くそ、くっそくっそくっそおおおおおおおおおおおおお!!!

あの女…ただじゃおかねえええぞおおおおお

このままじゃ・・・このままじゃ・・・・このままじゃ・・・・











彼らの運命がこの後どうなるかは誰も知る由もなかった・・・




























薄暗い部屋に光が入ってくる・・・






どうやら完全に夜が明けたようね・・・






昨日の夜はずっと走りづめだった。

私はとにかく屋根づたいで行けるところまで行った。

とにかく無我夢中であの家から離れたからどこをどういったか分からない。

しかし、逃げている最中にボロボロの空き家を見つけることが出来た。

ここはたぶん街の郊外だろう。

今は中に入って休憩をしている。







さすがに疲れた・・・

長い距離を走ってきたせいで凄い汗をかいている。

陸上部の懇親会用に着てきたおニューの黒ジャケットとデニムはすっかり汚れてしまった。

よく考えたら、昨日から・・・というより、この世界に来てからわたし何も口にしていないじゃん・・・

喉はカラカラ、お腹はキュウキュウ鳴っている。

ああ・・シャワー浴びたい・・・

ご飯を一杯食べたい・・・

ふかふかのベッドでぐっすり寝たい・・・

あの兄弟は結局監禁するだけしといて私に何もくれなかった。

お茶くらい出しなさいよ・・・まったく。

でも、なんとか抜け出せてよかった・・・・・

あそこにいるより、ここにいるほうが100倍マシだ。

あ・・・だめだ安心した途端眠気が襲ってきた・・・

ダメだ眠い・・・一回仮眠とろう・・・








私はそのまま眠りの中に入っていった・・・








カサカサ・・・







なに・・・この音







カサカサカサ・・・・








え・・・もしかして、この音・・・・


私は嫌な予感がして・・・目を開けた。


目を凝らすと黒い物体が遠くの壁で動いていた。








え・・・もしかして虫ぃぃぃ・・・!?







何の虫か分からないけど、結構な大きさだ。

ここには来ないと思うけど、寝ている間に襲われでもしたら大変なことになる。

私は自分の中に流れる冷や汗を感じた。







・・・ちょ・・ちょっとちょっと冗談じゃないわ!

虫なんかに捕食されて人生終えたくないわよ・・・!







さっきまでの眠気が途端に吹っ飛んだ。

寝るにしてもまずは身の安全の確保が最優先だった。

私は周囲を見回して、なにか使えるものがないか探した。

ここは廃墟とはいえ、木箱やら物置やらがたくさん転がっている。

木箱の中にはちょうどフタが半開きになっているものがあった。

これは寝床として使えるかもしれない。

私は半開きになっている木箱の中を覗いてみた。







「これは使えそうね」








木箱は縦・横・高さがそれぞれ50cm以上ありそうな大きめの箱だった。

中には当然何も入っていない。

今の私にとっては十分な程のスペースがある。

フタを閉めればこの中なら安全だろう。




・・・




あれ、でも待ってよ・・・

入るのは良いけど私どうやって出ればいいの?

蓋もどうやって閉めればいいのよ・・・

今の私は普通の大きさじゃないのよ?

その考えに至った私はガクッとうなだれた。






参ったわね・・・満足に箱も設置できないなんて・・・

しょうがない、もう少し小さめの箱で我慢しましょうか・・・

さっき星形の小さめの箱があったからそっちにしましょう。





私は星形の箱の近くまで行った。

星形の箱は綺麗な文様が描かれていて上部に小さめの穴がある。

宝石箱っぽい?

これ捨てられたのはもったいない気がする。

まあ、いいわこれに入りましょう・・・そろそろわたし限界・・・





私は星形の箱の中に入りフタを閉めた。

小さめの穴があるおかげで閉めた状態でも空気が入ってくるようだ。





よし・・・これで寝れる・・・





私は安堵したと同時に深い眠りに落ちていった・・・



















それからどれくらい時が過ぎただろうか・・・





ゴトッ





意識が戻った私は内側からふたを開けた。

部屋の中は相変わらず暗い。

外から入ってくる光を察するにそろそろ日が沈もうとしている。

結構な時間寝ていたようだ。






「どうやら・・無事だったようね」






この箱を寝床にしたのは正解だったようだ。

身体は五体満足の状態で残っている。






「まったく、眠るだけで命がけね・・・」






これから先の生活が思いやられる。

今後ありとあらゆる状況が今までと変わってくるだろう。

昔の私の大きさだったら脅威にならないものが、今のこの身体では脅威になり得た。

これからの行動には十分な注意が必要ね。

そう考えながら、私は箱から外に出た。






とととと・・・






立ち上がった瞬間立ち眩みがした。

昨日から何も食べていないのだ。

眠気は無くなったが、体がふらふらなことには変わりがなかった。

まずは生きる糧を得なくなちゃね。

外に出ればなにかあるかしら?

でも、なにを、どうやって?


・・・


水は川や湖とかで確保できるだろう。

雨が降ればそれを貯める事も出来る。それにこの街には噴水のような水場もあった。

水質は問題かもしれないが、この際うだうだ言っていられない。

最悪ろ過するなり、火を起こして蒸留させるなり、やりようはあるはずだ。

道具がそろえばだけどね・・・

問題なのは食料の方だ。

食料店にでも行って、恵んでもらう?

いやいや、あの兄弟は私を見て相当驚いていた。

また、同じような目で見てくる人が出てくるとも限らない。

監禁されるのはもう御免だ。

それに人間たちにとって今の私は生殺与奪が思いのままなのだ。

機嫌次第であっさり殺されてしまうかもしれない。

昨日だけでも十分それを味わっている。






それならこっそり頂くか・・・







転生前の自分じゃ考えられないような事が頭にふっと浮かんできた。

人の倫理観についてあれこれ言っていたのが笑える。

私も徐々にこの世界に馴染んできたようだ。

嫌な馴染み方だけどね・・・

だが、生きる死ぬの問題に直面すれば人は変わらざるを得ないんだろう。

今はこの考えにさしたる抵抗はなかった。

しかし、問題なのはどうやってお店までいくかだ。

歩きで行くのはいいとして、屋根づたいで行ける範囲は限界がある。

そうなると道を通るしかないが、周りは全て10倍に巨大化した世界だ。

あらゆる危険が想定された。

最悪、人に踏み潰される可能性だってあるのだ・・・






「なにか身を守る武器が欲しいわね」






ちょっとそこまで行くだけで冒険に等しい。

本当は巨大化して元のサイズに戻れるのが一番だが”グロース”はほとんど役に立たなかった。

昨日、とり籠から抜け出せたのはこいつのおかげだろうが、実生活であれが役立つとは思えない。

なにか他にないかしら・・・

・・・

そこで私はふっともう一つの能力について思い出した。





”ミニマム”





こちらの方はまだ試していない。

”グロース”があれだから正直これも期待できない。

しかし、もしこれが役に立つのなら身を守る武器になる。

危機が襲い掛かってきたとしても、これを使えば危機そのものを小さくすることが出来るだろう。

よし・・・物は試しだ。もしかしたら、大いに役に立つ可能性だってあるのだ。

そう思い立った私は巻物を取り出して自分のMPを確認した。






”MP:5"





よし、回復しているわね。

ミニマムも最低MPコストが<5>だから今は使えるはずよ。

・・・そういえばMPってどうやって回復するのかしらね・・・?

寝れば回復するのかしら・・・?

それとも時間が経てば勝手に回復していくの・・・?

これがもしゲームとかだったら、宿屋で寝れば回復するのが定番だけどこの世界ではどういう風になっているのかしら?

まあ、いいわ。これは後で検証するとして今はこれを使ってみましょう。

小さくする対象はどれにしようかしら?






私はアタリを見回してみた。目の前には私が先ほどまで眠っていた星形の箱がある。






とりあえずこの星の箱でいいか。

どうせ時間が経てば元に戻るだろうし、持ち運ぶことが出来るくらい小さくできればかなりうれしい。

寝床としてこの星の箱を優秀だ。

携帯できるのならそれに越したことがない。







そう考えた私は、手のひらを目の前の星形の箱に向けて掲げた。

後は魔法を唱えるだけだ。



・・・



詠唱する時になんか振り付けとかやった方が良いかしら?

せっかく魔法を使うんだ。

魔法少女がよくやるようなポーズとかやった方が効果が上がるんじゃない?

魔法っていうんだからなにか精神的な力が働くと思うの。

集中力を高めて、自分の中の精神を奮い立たせるようなことをした方が良いのかもしれない・・・







私は瞳を閉じて、魔法少女がよくやるようなポーズを取った。

そして、詠唱を始める・・・





「星の形をせし箱よ・・・縮小した真の姿を我の前に示せ!契約のもとレイナが命じる・・・・!!」






ごおっ・・・と私の中で魔法力が盛り上がっていくような気がする・・・

無限大の力が私の手から放たれるイメージが想像できる・・・

私はアルファでありオメガである・・・

これは・・・・行ける!

行けるわよ!!!





私は手を掲げ、あの伝説の呪文・・・!

ミラクルスペシャルウルトラスーパーメガトンスペルをとなえた!






「ミニマム!!!!」







眩いばかりの光がほとばしる!!

ピカーああああああ!!!!!!っと私の手から無限大の力が放たれた!!!!!!・・・・ような気がした。






チュン………














はいダメでした。

縮んだのかどうかすら分からない。

なんとなく、縮んだような気もするけど、ほとんど誤差の範囲。

ていうか、今の私の恥ずかしい詠唱を返してくれない?

なんの意味もなかったんだけど・・・

私はガクっとうなだれた。

昨日から何回目よこれ・・・





はあ・・・これじゃ両方の能力を当てにできないわね。

仕方がない。武器については何かで代用しましょう。

なにかないのかしら・・・?





そこで私はふっと、ある日本昔話の小人の話を思い出した。






そういえば一寸法師は針で鬼を倒したんだったわね・・・

あんなものでも、一応武器にはなるか・・・

外敵はなにも人間だけに限らない。

ありとあらゆるものが私に襲い掛かってくる可能性がある。

身を守る武器と盾は必須だ。






針そこらへんに転がってないかしら・・・?






辺りを少し探索してみる。





窓が破損していて、外の風雨が中にまで入ってきているようだ。

雨漏りはもちろん、木の枝が床にいっぱい落ちている。

針を見つけることは出来なかったが、これは武器になりそうだった。






今はこれで我慢するしかないか・・・






私は木の枝の中でも、一番頑丈そうで、先が尖っているものを拾った。

私の身長より大きい木の枝だった。結構重たい・・・

だが、これなら槍代わりになるだろう。

これを携帯して、外に行くとしよう。

窓の破損と同じく、玄関のドアも破損している。

外への出入りは自由に出来るようだった。

物盗りにでもあったんだろう。

自然の影響で壊れたものだとはとても思えなかった。






どんだけ治安悪いのよ・・・ここ






これまで日本に暮らしていた私にとっては文字通りここは異世界の環境だった。

出来れば外をうろつきたくなかったが、日々の糧を得なければいずれ餓死してしまう。

優先目標としては、まずは水の確保だ。

食料はなくても1週間以上は生きられるだろうが、水がなければ数日と持たない。






「まずは、水場がある場所を探してみましょう」






私は未知なる外の世界へと探検を始めた。

そこに待ち受けているのは光か闇か。希望か絶望か。生か死か。

まだ、私にはまったく分からない。

だが、私はその最初の一歩をこうして踏み出した。

人類にとっては小さな一歩でも私にとっては大きな一歩だ。









外に出るとそこは閑散とした住宅街だった。

辺りには夕暮れの光が差していた。まもなく日も沈むだろう。

人の姿がほとんどみられなかった。

街並みに関して言えばとても現代のものとは思えない。

世界史で見た、中世、もしくは近世の街並みに見える。

街中から反対方向を見ると田園地帯が広がっているのが見えた。

やはりここは町の郊外だとみて間違いないようだ。

田園地帯があるなら水場があってもおかしくないはず。

街の中心へ行く前にそちらを確認した方が良いかもしれない。

私は田園地帯に向かって街をゆっくりと進み始めた・・・







「オアァァ・・・」







しばらく進むとどこからか変な声が聞こえてきた。

なに・・・この声

どっかで聞いたことある・・・

鳴き声かな?

しばらくするとまた声が聞こえてきた。





「ニャアァァ~~・・・♪」






なんか心なしか、声の主は嬉しそうだ。

♪マークなんて付いちゃっているし・・・

ていうかさっきより声が大きくなっているような気がする・・・






「ニヤアァァァァ~~~~~~!」






声はさらに大きくなっていた・・・

声の方向を向くと、向こうからなにかが近づいてくるのが見える。

四足歩行の動物のようだ・・・

最初はゆっくりとだった足取りが、こちらに近づくにつれだんだんと早くなっている・・・





えっ・・・まさか・・・これって・・!

やばい・・・!!!!!!!!






私は直感的に危険を察知した。

その場から猛ダッシュで逃げる。

くっ・・・槍が重くて思ったように速く走れない・・・!






「オアアアアアアァァァァァ!!!!!」






それは背後から雄たけびを上げながら猛ダッシュで近づいて来た!!

明らかに私を狙っている・・・・!!!

私は全力で逃げながら、辺りに逃げ込める場所がないか必死に探した。





奴が入ってこれなさそうな狭い場所とか、身を隠せそうな場所があればいい・・・!

どこか・・・ないの?

お願い!!!


・・・・!


あ、あれは!?





そんな私の目に一つの光景が入ってきた。

建物の隙間にある狭そうな路地だ。






もしかしたら・・あそこなら行けるかもしれない!







私は祈るような気持ちでその路地裏に逃げ込んだ。

路地は人一人通れるのがやっとなくらい狭い通りだった。






なんとか振り切らなきゃ・・・・!!







後ろからは異様な雄たけびを上げてきたモンスターが迫っている・・・!!

奴もどうやら、この路地裏に入ってきたようだ。






しつこいわね・・・!まだ、追ってくるの!?






私は槍を持ちながらの逃走のせいか、思ったほどスピードを出せなかった。

だが、これは手放せない・・!これは最後の保険だ・・・!!

しかし、敵はまるで諦めようとしていない!!

なんとしても私を捕らえようと躍起になっているようだ!!

いや、捕らえるだけだったらまだいい・・・

明らかにあれは私を獲物だと認識している動きだ・・・!






逃げられなかったら・・・・・・・・・・死ぬ!






だが、運命とはなんて残酷なんだろう・・・

どうやら運命の神は私を見捨てたようだ・・・






狭い路地の奥は・・・・・行き止まりだった。

逃げ道は・・・他にない。





私は目の前の壁を呆然と見上げた。






そんなのってないわよ・・・






だが、呆けている場合ではない。

奴はすぐ後ろに迫っている・・・!!!

私は自分に渇を入れた!ここで死ぬわけにはいかない・・・!





覚悟を決めろ!わたし!!





私は後ろから近付いてきた足音の正体を確かめるべく

槍を構え後ろを振り向いた・・・!

モンスターは私が槍を構えているところを認めると、

私のすぐ目の前で止まった。

奴にもこの槍が見えるようだ。






「ふしゃああああ・・・・はああ、はああ・・」






それは私の数倍はあろうかというモンスターだった。

その眼光は相手を威圧し、暗い夜でも相手を察知することが出来る。

口腔にはいくつもの鋭い牙を持ち、獲物を決して逃がさない。

顔の上にある大きな耳は優れた聴覚を有し、僅かな音も聞き漏らさない。

そんな恐るべきモンスター・・・





なんということでしょう・・・前世ではそのモンスターを”猫”と言っていた。





だが、今の私にとっては魔獣に等しい。

奴は相当腹を空かせているんだろう。

今にも飛び掛かってきそうだ。

その鋭い眼光にしても明らかに普通の家猫ではなかった。

完全に野生で生きている猫だ。

獲物を捕ることは奴にとって死活問題だろう。

おそらく一切慈悲はない。

私は槍をしっかりと構え、目の前の猫と対峙した。






「しゃあああああ・・・・」






奴がこちらを威嚇してくる・・・

タイミングを見計らっているようだ。

こうなったらやるっきゃない・・・一か八かよ・・・!

こちらにもまだ逃げるチャンスがないわけではない。

奴は私を捕える際、前足を伸ばして飛び掛かってくるはず・・・

その時槍を喰らわせて奴が怯んだ隙に、横をすり抜けて逃げる。

これしか手はないわ・・・

こちらは槍こそ持っているが、元はただの木の枝だ。

1回の衝突しか持たないだろう。

その1回に全てが掛かっている。

ふふっ・・なんて分が悪い掛けよ・・・





私はあまりの自分の境遇の悪さに失笑した。

思えばこの異世界に来てから碌なことがない。

まだ、2日と経っていないが前世で暮らした18年間よりこの2日間の方が何倍も命の危険にさらされている。

異世界が面白そうなんて言っていたことが今となっては馬鹿らしい。

だけど、そんな最悪で、後がないようなこの状況でも私は生きることを諦められなかった。

冗談じゃないわ・・・!

ここで死んだら私は何のためにこの世界に転生したというの?

前世で果たせなかった、普通の生活、普通の恋愛、普通の結婚、普通の老後ライフを絶対送ってやるんだから!

こんなところで死んでられない!!

私はきっと目の前のネコを睨み付けた!







さあ、掛かってきなさい・・・!

人間の意地を見せてあげるわよ・・・!!







「ふしゃああ・・・」




「・・・・・・・・」




「ふしゃあああああ・・・!」




「・・・・・・・・・・・・」




「ふしゃああああああ!!!!!」






来るッ・・・!






その瞬間奴は前足を伸ばしてきて私に飛び掛かってきた!!!

奴が飛び上がった瞬間、私は槍を奴の顔面に投擲した!!

直後私は路地の端に転がり込む!!!




どすっ!




槍が刺さった鈍い音が聴こえてきた。






「ふぎゃあああああああ!!!!!」






奴は悲鳴にも似た雄たけびを上げた!!







今よ!!!






私は奴が痛みで暴れている横を転がるようにすり抜けた!!

・・・行ける!

このまま走り去ってみせる!!!

その場から立ち上がった私はすぐに全速力で走った!!





だが、奴もすぐに私が逃げたことに気付いたようだ!!

恐ろしい怒りの雄たけびを上げながらすぐに私を追いかけてきた!!!

先ほどまでとは雰囲気が全く違う!

一切の躊躇いなく私を殺す気でいる!!





しかし、私は捕まる気がまるでしなかった。

先ほど槍を持っている時は段違いのスピードで路地裏を掛けていく。

陸上部にいた時でもこれほどのスピードは出せなかっただろう。

自己ベストを余裕で更新している。






さあ、追いつけるもんなら追い付いてみなさい・・・!

私は速いわよ・・・!!!






自分でも訳が分からないほど高揚している。

すぐ後ろに死が迫っているというのに、恐怖より得も言われぬ高揚感を感じているのだ!

死が迫っておかしくなったのか・・・あるいは別の何かのせいなのか・・・

なぜこんな感情が出てきたのかは私には分からなかった。




路地裏を早々に切り抜けた私は住宅街に入っていった。

奴は相変わらず私を追いかけてきている。






「ふぁあああああああああ!!!!!!」






奴も死に物狂いのようだ。

言葉は分からなくとも、こちらを絶対に殺してやるという気迫を感じる。

だが、奴の叫び声は遠のいていった。

私の方が逃げるスピードが全然速いようだ。






これは行ける・・・!このまま逃げ切るわよ・・・!






私は逃げ切れることを確信した。

しかし、勝利を確信した瞬間、私の目の前が急に真っ白になった・・・






え・・・なに・・これ






スピードが急激に落ちていく・・

自分の体から力が急に抜けていくのが分かる。






身体はとっくに限界を超えていた。

食べ物はおろか、水分も取らずにここまで激しい活動をしていたのだ。

よくここまで持っていたものだろう。

だが、これ以上身体が言うことを聞きそうになかった・・・






ダメ・・・このままじゃ・・・・






私は倒れる寸前だった。

後ろからは再び奴の声が大きくなっている。

捕まるのは時間の問題だろう。

もはや万事休すかと思われた・・・





その時・・・・






ガチャ





近くの住宅から扉を開ける音がした。


だれかが外に出ていこうとしているようだ・・・!





・・・・!





私は最後の力を振り絞りその住宅に駆け込んだ!

家主が外に出ていこうとする脇を上手くすり抜けられたようだ。






「・・えっ?えっ?なんだ?・・」






家主が急に中に入ってきた私に驚いている。





「ふしゃああああああああ」





猫の声もすぐ後ろまで迫ってきていた。





「わっ!?・・・なんだお前!しっしっ!あっち行け!」


「ふぎゃああ・・・・・・」





どうやら猫は家主におっぱわれたようだ・・・

助かった・・・

だが、私はもはやその場から動けなかった・・・・





ズシーン....ズシーン....





家主の巨人が私のもとまで寄ってくる音が聞こえる・・・

逃げたいけどもはや私には力が残されていなかった・・・





このまましんじゃうのかな・・・わたし・・・

しにたく・・・ないよ・・・






私はそこで意識を失った・・・








To Be Continued・・・