・・・
そこはとても気持ちのよい場所だった。
例えるのならお母さんのお腹の中にいる時の無条件に安心感がある気持ちよさだ。
意識がはっきりあるわけではない。
だけど今私は満たされている。
身体がとてもひんやりしていて気持ちがいい。
このままずっと・・・こうしていたい・・・
それは私が久しく手にしてなかった安らぎだった。
エデンの園があるのならまさにここがそうだろう。
悠久の時をここで過ごしてもいいとさえ思った。
ぐぅ~~~~・・・・
ぐーー?
何の音かな?ジャンケン?
ぎゅるうるるるるうるう・・・・
変な音・・・・でも私は満たされているから別に関係ないや・・・
「ふっふっふ・・・それはどうかな?」
だ・・・誰?
どこからか変な声が聞こえてきた。
突然私の目の前にぼんっ!という音と共に白い煙の中から男が現れた。
その男は薄水色のガウンを着て、紋様が付いた赤いマントを羽織い、額には宝石が散りばめられた王冠を付けている。
そして周りには天女の羽衣の様なものがフワフワ浮いていた。顔だけはぼやけてよく見えなかったが・・・
あれ・・・この人なんか凄い見覚えがある・・・・
「ふっ・・・それはお前が腹を空かせている音だ。」
「ほれ、このリンゴをやろう・・・うまいぞ」
「いりません」
私は即答した。
「なんでだ!?」
「いや、だって・・・なんか胡散臭いから・・・。」
「胡散臭いとはなんだ!わたしはとっても偉いんだぞ!!」
「そうなんだ・・・じーーーっ・・・」
「なんだそのじーーーーという目は・・・!?さては貴様私を信用しとらんな!?」
「うん・・・なんか私の中の何かがあなたは信用できないって言っている。大体お腹空いてないし。だから帰ってね。」
ぐぎぎぎ・・・という感じで目の前の男が怒りを露わにしている。
なぜかそれを見て私は清清した気分になった。
ふん。いい気味よ。
「あああああーーーー・・・・!!」
その時突然目の前の男が驚きの声を上げ、虚空へ向けて指をさした。
なにか信じられないようなものを見た顔をして私の後ろを見ている・・・・
え・・・なに・・なに?
何を見たのよ・・・?
そしてあろうことか私はそれを見ようと、後ろを振り向いてしまった!
「はーーーはっはっはっは!馬鹿めえええ!すきありいぃぃぃぃぃぃ!!!!」
高笑いが聞こえたと同時に私の口の中に何かが突っ込まれた!!
がふっ!?
私の口の中にしゃりっ!という何かをかじった感触と共に甘い味覚が広がった。
なな・・・なにがおこったの?
「はい。お前アウトぉ~~~~!!!今知恵のみ食べたーーーー。」
「楽園の追放と異世界への転生決定しましたぁ~~~!!!」
目の前の男が手でバッテン印を作っている。
バカじゃないの・・・
って・・・・
だ・・・だまされたあああああああああああああああああああぁぁぁぁあ!!!!!!!!
なんか、デジャブ!?
「フゥーーーーハッハッハハハ!!!さらばだ遠坂玲奈よ!!」
パチン!という手を鳴らす音と共に私は白い光に包まれていった!
男は後ろに反り返って高笑いを決め込んでいる。
てめええええええぇぇぇぇぇ覚えてろよぉぉぉぉぉぉぉ・・・・・・
・
・
・
・
・
バサッ!
その瞬間ハッと目が覚めて私は飛び起きた!
悪夢を見た気がする・・・
しかも相当頭にくる夢を・・・
夢の中の誰かを心底ぶっ飛ばしたいと思った。
なんて夢を見たのよわたしは・・・
頭痛がして、耳鳴りもしている。
起きたばっかりという事もあるが体調は最悪だった。
・・・
私は気を取り直すと、辺りを見回してみた。
どうやらここは室内であるようだ。
奥には暖炉があり、その近くには食器が入った棚がある。
ダイニングルームだろうか?
違う部屋を見てみると、図面台があって、そこにはなにかの設計図が置かれていた。
様々な計測器具や、工具なども散乱している。
見慣れない機械のようなものもあった。
そんなものが散乱している中で、ベッドだけが慎ましやかにちょこんと置かれている。
どうやらあっちが寝室のようだ。
玄関の方を見るとある人が、桶に水を汲んでいる最中だった。
こちらの様子に気付いたのだろう。
振り向いて来たその人と私は目が合った。
「・・・あっ・・目さめたんだ!」
眼鏡をかけた巨人の男の子が私を見ていた。
齢は15~16といったところ。私より多分若い。
男の子は栗色の髪をしていて、緑のシャツに袖が折り返された厚めのジャケットとパンツを履いていた。
ジャケットにはハンマーのようなマークがついたワッペンが刺繍されている。
なにかの意匠だろうか?来ている衣服は何かの作業着にも見える。
男の子が眼鏡をしているせいもあるのかもしれないが、この風貌も相まってとっても賢そうな子だった。
それでいて、柔和な笑みで嫌な感じを全く受けない。
純真無垢という言葉がとっても似合いそうな男の子だった。
「あ・・・ぁ・・・だ・・・え」
あなた誰?、と私は言おうとしたが喉がかすれて声が出せなかった。
そういえば私倒れたんだった・・・
「あ・・・ごめん!無理に声出さなくていいよ。まずはこれ飲んで」
はいっという感じで私の目の前に、男の子からしたらかなり小さめのコップが置かれた。
彼にとっては人差し指だけで取っ手を持てるほどだ。
私にとってはそれでも大きいコップだが持てないほどではない。
中にはなみなみとした水が注がれていた。
「たぶん、脱水症状に掛かっているだろうから、すぐそれを飲んで。」
私は男の子のその言葉を反芻した。
自分の体に意識を向けるとそこではじめて手足が痙攣して止まらない状態であることに気付いた。
体温も平常よりかなり高い。
どうやらこの男の子が言っていることは本当のようだ。
私には明らかに脱水症状の兆候があった。
以前、夏の暑い日に陸上部の活動で脱水症状を起こした子を知っているから、そうだと認識できる。
すぐに水分補給をしないとまずいことになる。
だが・・・
そう考えた私は男の子と目の前に置かれたコップを見比べた。
男の子は変わらず柔和な笑みを浮かべたままだ。
「・・・・」
果たして信用していいものだろうか・・・
これまでの経験が私を素直にそのコップを受け取ることを拒否していた。
しかし、頭では拒否していても心までは嘘はつけない。
このまま行ったら間違いなく死ぬだろうし、今の私は喉の渇きをいやす欲望に耐えられなかった。
コップを触ってみる。
コップ越しでも冷えた水であることが伝わってくる・・・
冷えて気持ちいい・・・
それが伝わってきた瞬間、それまでの考えがすべて吹っ飛びそうになった・・・
まるで砂漠で彷徨っていた私の目の前にオアシスが現れたような感覚だ。
喉の渇きで死にそうになっている旅人がオアシスを見つけたら水を飲むことを止められるだろうか・・・
不可能だろう。
例え、泉の水が濁っていようが、そこにどんな危険があろうが、旅人はその水を飲むだろう。
今の私はまさにそんな状態だった。
私はコップの水をまずは一口飲んでみた。
ゴクっ・・・・
!!!!!!
ゴキュゴキュゴキュゴキュゴキュゴキュ・・・・
私は飲むことを止めることが出来なかった。
体温が高くなった私の体に冷えた水が流れ込んでくる。
渇ききった大地に恵みの水が降り注いでいた。
何百年も雨が降り注がなかった大地に豊穣の女神が雨を降らせた。
私はあまりの水のおいしさに涙が出そうになった・・・
「・・あ、あんまり急いで飲んじゃだめだよ。ゆっくりで大丈夫。お代わりはあるからさ」
男の子が私の様子を見てそう言ってくる。
だが、それは無理な注文だ。
今の私にはこの水を飲み干すことしか考えられなかった・・・
・
・
・
あれだけ大きいコップの水はすぐになくなった。
私はなにも考えず、水がなくなったコップを見ている。
おもちゃを取り上げられて諦観に入った子供のようだった。
「・・・・お水のお代わりいる?」
男の子がそう言ってきたので、私は無言でコクリと頷いた。
「うん!分かったちょっと待ってて」
男の子は嬉しそうに言うと、コップを持って台所の方まで行った。
助かった・・・・
私が感じたことはまずそれだった。
先ほどまでの不調が嘘のようだ。
まだ、ちょっとダルさは残っているものの、渇きは大分薄れている。
そのかわり、冷たい水を一気飲みしたせいで、頭がキーンとなっているが・・・まあ、これはそのうち引くだろう。
私は今の状況がどうなっているか考えた。
あの男の子は何者なんだろう?
たぶんネコに追いかけられてきた私を助けてくれたのはあの男の子だと思う。
あの時は家に逃げ込むだけで精一杯だったから家主の顔を見たわけではない。
だけど、状況からいって家主はあの子で間違いないだろう。
私は男の子のほうを見た。
男の子は年齢を考えたら若干小柄な背丈をしていた。
もちろん、今の私より全然大きいが、仮に元のサイズに戻ったら私の方が背が高いだろう。
身長で言ったら160cmちょっとってところかな?
男の子はなにかの装置のようなものから水を取り出し、コップに水を注いでいる。
相変わらず何故か嬉しそうな顔をしていた。
人助けができたことが嬉しいのだろうか?
それとも妖精みたいな姿の私を見れて、別の意味で嬉しいのだろうか・・・あの兄弟のように・・・
はあ・・・ダメダメ
あんな経験をしたせいか、どうも考えがネガティブな方向に行ってしまっているわね・・・
普通に考えたら、あの子は私を助けようとしてくれている。
それは善意のものであって、なにか損得勘定があって私を助けようとしたわけではないと思う。
その証拠に私は今やわらかいクッションの上に置かれていた。
あの子が私を介抱してこの上に置いてくれたのだろう。
近くには水桶があって濡れたタオルがあった。
先日まで卸し立てだった私の服はボロボロのままだったが、私の顔や手足はとてもひんやりしていて気持ちが良かった。
多分あの子がそこのタオルで私を拭いてくれたってことかな・・・?
さすがに服までは取らなかったみたいだけどね・・・フフ
その光景を想像して思わず私は笑みがこぼれた。
あの少年は信用できそうな気がする。
少なくとも初対面の印象の良さはあの兄弟の比ではない。
なにより、あの少年の無垢な笑顔は無条件で私を信用させた。
男の子が再度水を持って私の前に来た。
「はい。ここに置くね?」
私の目の前に優しくコップが置かれる。
「ありがとう」
私はそれに対して、お礼を言った。
「いえいえ、どういたしまして」
少年はまた嬉しそうに言う。
それを見て私も思わず笑みがこぼれた。
この少年はとても人懐っこい性格をしているようだ。
しかし同時に私にはある疑問が生まれた。
そういえばこの子は私がしゃべるところを見ても驚かなかったわね・・・?
私のこの世界の数少ない認識によると妖精は喋らなかったんじゃないの?
どういうことかしら?
疑問はあったが、さしたる問題ではなかったので考えることをやめた。
私はコップを手に取ると再度水を飲み始めた。
ほんとうにおいしい水だ。ここまでおいしい水を飲めたのは生まれて初めてかもしれない。
自分の体ばかりか心までもが洗われる気分だった。
水を飲み干した私は思わず目を閉じて、その爽快な気分に浸った。
「よかった・・・元気になったようだね」
目の前の男の子は私の様子を見てほっとした様だ。心から私の無事を喜んでくれている。
なんかこっちまで嬉しくなっちゃうわね。
「ありがとう。あなたのおかげで本当に助かりました。感謝します。」
私はそう言って、慇懃に頭を下げた。
「よ・・・よしてよ。人として当然のことしただけだからさ」
男の子はそういって両手でこちらの動作を制しながら、ほのかに顔を赤くした。
なんか可愛いわね・・・
「僕はエノク。エノク・フランベルジュ。魔法技師見習いをしているんだ。よろしくね。」
そう言ってエノクと名乗った男の子は私の目の前に手を差し出してきた。
さすがに握れないので人差し指だけに私は握手する。
そういえば、この世界に来てからこうやって名前を名乗られたのは初めてかもしれないわね・・・
あの強欲な兄弟は結局私を金儲けの道具としか見てなかったから、私の素性などどうでもよかったのだろう。
私もあの兄弟の事なんか知ったこっちゃなかったからあえて聞くことはなかったんだけどね。
名前を直接聞いたのも、自分が名乗るのもこれが初めてだった。
そして私は異世界に来てから初めての自己紹介をした。
「私はレイナ。遠坂玲奈よ。よろしく」
「レイナっていうんだ・・・いい名前だね。あまり聞き慣れない名前だけど。」
「ここの人たちにとってはそうかもね。でも私のいた世界じゃ、”レイナ”という名前は割と一般的よ?」
少なくともDQNネームやキラキラネームの類ではないし、私はこの名前を結構気に入っていた。
辞書を引くと”玲”は玉の鳴るすずしい音を意味するらしい。そして、”奈”はからなし。リンゴを意味する。
つまり”玲奈”という名前は涼しげな音がするリンゴという意味だ。
リンゴはしばしば知恵の象徴として扱われる。
神話や、科学史、IT分野の世界企業でもその名前が使われているのは周知のとおりだろう。
親に直接この名前の意味を聞いたわけではないけど、なんとなく頭の良い子に育ってほしいという願いが込められていた気がする・・・
もっとも私は勉強よりはスポーツを優先した訳だから・・・期待に応えてはいないんだけどね。
だからと言って別に後悔はしてないけど。
「じゃあ・・・レイナってよんでいいかな?」
エノクが私に対して呼び名の承諾を求めてきた。
「いいわよ。私もエノクと呼ばせてもらうわね?片っ苦しいのは嫌いだから、敬語も無しにしてもいい?」
「はは、僕もそこまで敬語上手くないから、お互い自然な感じでいこうよ」
話はあっさり決まった。これならやりやすい。
この子はとても話しやすい。
まだ知り合って僅かしか経ってないというのに、昔からの知己だという感覚さえある。
これがたぶん相性の良さというやつなんだろう。
向こうはどう思っているかしらないけど。多分悪い印象はないはず・・・
そうだ・・・水のお礼と共に、もう一つ言っておかなければならない事を思い出した。
「そういえば、ネコを追っ払ってくれたのエノクなんでしょう?ありがとうね。おかげで命拾いしたわ」
私は再度頭をさげてお礼をした。
今度は軽くだけどね。
「ああ、うん!それは、気にしないで。あのネコは近所でも凶暴で有名だったんだ。」
「こっちとしても家の中で暴れられるわけには行かなかったからね。助けになって何よりだよ。」
そう言って、嬉しそうな顔をしながら頬を掻いた。
どうやら照れているようだ。
いちいち可愛いなあぁぁ・・・もう!
既に私の中からエノクに対する警戒感は完全に無くなっている。
「ぼくの方からもいいかな?君の体について聞きたいことがあるんだ。」
「か・・・からだ・・?」
え・・・ちょ・・ちょっと・・急にいきなり?
こ・・・これが思春期の男の子って言うやつなのかしら・・・
私の体に興味があるって事よね・・・?
私は自問自答しながら、じぃ~っとエノクの顔を伺う。
「・・・?」
エノクは不思議そうな顔してこちらを見ている。
よく見るとエノクは顔立ちは悪くない。
まだ、ちょっと幼さが先行しているけど、
大人になれば美形のインテリになるかもしれない・・・
性格に関しても申し分ないと思う。この短い邂逅でも彼の人柄の良さは十分伝わってきている。
仕事もまだ見習いと言っていたけど、この年から既に働き始めていて収入もありそうだ。
あれ・・・?意外に運命の相手?
結婚?
でも、相手の両親のあいさつとかどうすればいいのよ・・・
そういうまめなところお母さん何も教えてくれなかったしなぁ・・・
そもそも、この世界の結婚の仕方とか礼儀作法とか全然わかんないんだけど。
いやいやいや、そもそも結婚の前にまずやることがあるでしょ!わたし。
まずは5回くらいまでのデートプランを立てて、それから・・・・・・
そんな逡巡している私を見てエノクが申し訳なさそうに言ってきた。
「・・・ごめん。なんか聞いちゃいけない事だったのかな・・?それだったら無理にとは言わないんだけど・・・」
ハッ!
その瞬間私は我に返った。
「あ・・いえ、ごめんなさい。大丈夫!ちょっと覚悟を決めていただけだから」
「覚悟?」
「いやいや、何でもないの!!うほん!」
私は間を持たせるために、咳ばらいを一つ挟んだ。
あの妄想は一回置いておきましょう・・・・・
「・・・それで、聞きたいことってなに?」
「あ、うん。まず確認なんだけど、レイナは妖精ではないよね?」
・・・!?
ちょっと予想外の聞かれ方をして戸惑った。
私の素性について聞いてくるだろうとは思っていたけど、”妖精ではない”といきなり否定形で聞いてくるとは思わなかった。
つまり、私が十中八九妖精ではないと確信しているということだ。
嘘を言っても多分見破られる。
あの兄弟は信用ならなかったし、余計ないざこざを避けるために”妖精”のふりをしたけど、エノクに対しては騙す必要もないだろう。
そして何より、私自身がエノクに対して嘘を付きたくないと感じている。
私は素直に答えることにした。
「そうよ。私は妖精ではなく”人間”よ。今はこんな状態だけどね・・・」
そう言って私は自分の両手を広げた。
「やっぱりそうなんだね。羽がないし、言葉を話すから妖精にしてはおかしいと思っていたんだ。」
「それに妖精は服なんか着ないしね。」
私はその言葉に思わず自分の服を確認した。
ぼろぼろの黒ジャケットとデニムがそこにあった。
ちょっと恥ずかしい・・・どこかで新注したいわね・・・
私は恥ずかしさを紛らわすためにエノクに話を振ることにした。
「でも、妖精じゃないと気付いたとしても、よくこの姿を見ても驚かなかったわよね?」
妖精じゃないんだとしたら私はなんなんだという話だ。
「ああ、それはね。僕は仕事柄いろんな種族の人と会う事が結構あるんだ。」
「ハーフリング族や、ドワーフ。妖精にも何回か会っているから、人間より小さい人たちも見慣れている。」
「彼らから魔道具の製作依頼が僕の所属している工房ギルドに入ることがあるし、こういう日常で使う生活品も作ることがあるんだよ。」
そう言ってエノクは私に水を注いでくれたあの小さいコップを取って見せた。
なるほど。道理で小道具が揃っているわけだ。
小人たちはお得意さまってわけね。
「レイナについても、いずれの種族とも似てなかったから、実は人間なんじゃないかと疑っていたんだ。半信半疑だったけどね。」
半信半疑か・・・
まあ、そりゃそうよね・・・・こんな小さい人間普通はいないものね・・・
「なんでか知らないけど、こうなっちゃったのよね・・・本当は背丈も人並みにあったのよ?」
私は若干自嘲気味に言葉を返した。
それを聞いてエノクはさらに尋ねてきた。
「うん・・・実は聞きたいというのはその事なんだけど、レイナは”ミニマム”の魔法でも掛けられたのかい?」
”ミニマム”については、まあ知っていて当然か・・・
巻物のリストの中でもグロースとミニマムは最低MPコストが一番低かった。
ということはもっとも基本となるスペルなのかもしれない。
問題はそれがバッドステータスとイコールなのかどうかだ。
私は疑問に思ったことをそのままエノクに聞くことにした。
「ちょっとそれについては、何とも言えないわね・・・エノクはバッドステータスって知っている?」
エノクは私の言葉を聞いた際、一瞬きょとんとなった。
「えっ!?なにかまずいこと言った?」
「あ・・・ごめん。いきなりだったからびっくりしただけだよ。バッドステータスについてはもちろん知っているよ」
あの”自称”神の言葉を思い出すと、バッドステータスは異世界の住人も必ず持っているものだという。
当然エノクにもバッドステータスがあるのだろうし、あるということは常識なのだろう。
私は素直に自分のバッドステータスを言うことにした。
「エノクの言う”ミニマム”がバッドステータスを意味しているのなら正解かもね。私が掛かったバッドステータスは”縮小化”だから」
「え・・・!?」
それを聞いて、エノクは驚きの表情を露わにした。
信じられないようなものを見たような顔をしている・・・・
「ちょっと・・・どうしたの!?わたしまた変なこと言った・・!?」
流石に尋常じゃない雰囲気を感じたので私は慌ててエノクに聞き返した。
なんでそんな驚いているのよ・・・?
私には訳が分からなかった。
エノクがいかにも重そうな口調で聞いてくる。
「・・・レイナのバッドステータスは”縮小化”なんだね・・・?」
「・・・そ、そうよ・・」
私は恐るおそる回答した。
「・・・なんてことだ・・・」
エノクはか細い声でそう呟いた。
彼は私に聞こえないように言ったのだろうけど、こんな目の前にいるんじゃ聞こえてくる。
私は彼にどう声を掛けていいか分からなかったし、気が気じゃなかった。
彼は言いだそうか迷っていたが、私が心配そうな顔しているところを見て決心したのだろう。
やがて、その重い口を開いた。
「いいかい、レイナ・・・?驚かないで、聞いて欲しいんだ・・・」
「今から言うことはレイナがそうなるとは限らないし、あくまでこれまでの事実がそうだったということを前提に聞いて欲しいんだ。」
「・・・ええ」
何を言われるんだろう・・・
聞くのは怖かったが、バッドステータスは私の今の根幹に関わる問題だ。
聞かないわけには行かなかった。
「僕は魔法技師見習いという立場上、バッドステータスを中和する魔道具の製作に関わることがあるんだ。まあ、まだあくまで研修程度だけどね」
私は口を挟まずそのままエノクの言葉を聞いている。
「だけどね、これまでのうちの工房ギルドの歴史上、縮小化中和の製作依頼は受けたことがないんだ・・・」
え・・・どういうこと?
「この意味は2つある。縮小化を中和するアイテムの製作の仕方が分からないから断るというのが一つ。作れないものを受けるわけには行かないからね。」
「そして、もう一つがそもそもそういう依頼が来た試しがない。他の工房ギルドではあったのかもしれないけど。少なくともうちには来たことがない」
・・・・!?
「だから、僕たち魔法技師の間では”縮小化”は数あるバッドステータスの中でも最も酷いものの一つだという認識があるんだ。」
「そもそも人類の歴史上、縮小化に掛かった人間は数えるほどしか報告されていない。そして、掛かった人間は漏れなく非業の死を遂げている・・・」
私は余りのショッキングな内容に開いた口が塞がらなかった・・・
「レイナ・・・君が掛かったバッドステータスはそういった恐ろしい”呪い”なんだよ・・・」
「・・・のろい・・・私のかかっているのが・・・」
私はさすがにそれを聞いてショックを隠せなかった。
自分の身の上が危険なのは十分分かっていたことだけど、こう言葉で聞かされると思い知らされる。
だが、それでもこの話は聞かずにはいられない。
「縮小化した人達の非業の死ってどんなこと・・・・?」
「・・・・」
私からの質問にエノクは逡巡する姿を見せた。
大体予想はしているけど・・・
「教えて・・・一応聞いておきたいの。」
「・・・・・・ちょっとショッキングな内容だけど、ほとんどの人が虫や小動物に捕食されたんだ。同じ人間に踏み潰された人もいた。」
「・・・!」
やっぱり・・・そうなのね・・・
「体の大きさは外敵から身を守るうえで重要なんだ。」
「体が大きければ威圧感を与えて虫や小動物を遠ざけることが出来るし、例え、襲われたとしてもせいぜい噛まれる程度で済む。」
「しかし、1/10まで縮小化された人間はそうはいかない。今まで体の大きさによって防がれてきた数多の自然の脅威が一気に襲ってくる。」
「正直、レイナが今こうやって生きているのは奇跡だよ。」
それについては痛いほど同意できる。
既にその経験を十分すぎるほど経験している。
自分でもよく生きているものだと感心しているくらいだ。
「でも、それだったら、他の人間より小さい種族はどうなの?彼らだって条件としては一緒じゃない?」
私は疑問に思っていることをそのままエノクに尋ねてみた。
「ハーフリングやドワーフは人間より小さいと言ってもせいぜい半分くらいだ。それに彼らは人間より、強靭な肉体とパワーを備えている」
「妖精は今のレイナくらいの大きさだけど、普段は結界が張られたエルフの森に住んでいて安全なんだ。」
「それに羽を持っているから空を飛べるし、いざとなったらLUKを上げて危機を回避することも出来る。」
「・・・なるほどね」
私はそう言ってエノクの言葉に頷いた。
小さいと言ってもそれに見合う生存能力が彼らにはあるということだ。
しかし、人間だって特殊能力を使えるはずだ。
「人間だって、特殊能力を使えると思うけど・・ダメなの?」
「1/10縮小化された人間は"MP"以外の全てのステータスも1/10になるんだ。」
「魔力効果のステータスである"INT"も1/10になる。能力を使おうとしてもまるで効果が期待できないんだ。」
それを聞いた私は服から巻物を取り出して、それを開いた。
・
・
・
・
・
・
◇転生者基本情報
名前:遠坂 玲奈(とうさか れいな)
年齢:18歳(寿命:未設定)
身長:17.5cm
体重:52.5g
BWH:8.7 5.6 9.0
Lv:1
HP:5
MP:5
STR:3.1
DEF:1.6
INT:1.2
VIT:2.0
CRI:0.5
DEX:1.7
AGI:4.8
LUK:1.0
プライマリースキル:グロース、ミニマム
タレントスキル:大器晩成、酒乱、逃げ脚、テンプテーション
バッドステータス:1/10縮小化(永続)
所持アイテム:転生者の巻物
所持クレジット:0
現在位置:クレスの町 ブロンズ通り302番地 フランベルジュ家
---------------------------------------------------------------
なるほど、今まで"MP"とバッドステータスばかり注目してたけど
Lv以下のステータス欄を見ると"MP"以外の全ての能力値が1/10になっているわね。
・・・
私は特殊能力を使った状況を思い出した。
鳥かごに向けて放った"グロース"、星の箱に向けて放った"ミニマム"いずれも効果がまるで感じられなかった。
それはある意味当然と言えば、当然だったのね・・・
MPだけでなくINTも関わってくることに気付くべきだった。
オンラインゲームマニアの友人もそんな事言っていたような気がする。
ほんとにさらっと言っていただけだったから、今まで思い出せなかったけど。
でも、なんでMPだけは変わってないのかしら・・・
しかし、私がそれをエノクに聞こうとする前に彼が意外な事を口にしてきた。
「ねえ・・・レイナもう一つ聞こうと思っていたんだけど、君はもしかしたら”転生者”じゃない?」
・・・!?
「・・なんで、それを知っているの!?私、言ったっけ?」
今のエノクの台詞は結構驚いた。
彼が転生者の存在を知っていたとしても別におかしくはない。
私がこの世界に転生したのと同じく、地球の記憶を保持したまま転生した人は他にいるだろうとは思っていた。
問題なのは、なんで私が転生者だと断定できたのかだ。
なんかそういう事を判別する能力とか、私にそういう目印になるようなものでも付いているのかしら?
私の着ている服とかかな?
ここの人たちにとっては異邦人っぽい服装かもしれないものね・・・
「・・・あ、驚かせてごめんね?別にレイナの何かを知っているって訳じゃないんだ。」
「その・・・この世界の事をよく知っていないようだったからね。もしかしたら…って思ったんだ。」
「・・どこで私が転生者だって気付いたの?」
エノクの事を疑っているわけではない。
だけど、これは聞いておかないと気が済まなかった。
私はできればこの世界では転生者としての自分を隠しておきたいと思っていた。
郷に入っては郷に従えじゃないけど、余計ないざこざに関わらないためにはこの世界の住人になり切るのが一番だ。
「レイナは無意識だから気付かなかったかもしれないけど、名前を言ったときに”私のいた世界”って言ったでしょ?あれが最初の疑念だったね。」
「確信したのはバッドステータスの事を聞かれた時。この世界で最初から生まれているのなら、あんな事は絶対聞いてこないよ。」
「バッドステータスは他者に知られたくないものなんだ。普通は話題に出すのも忌むべきものだからね。」
「・・・・」
なるほどね・・・言われてみればもっともな話ね。
バッドステータスの事を言ったのはちょっと迂闊だったかもしれないわね。今後は気を付けないと。
っていうかこの子結構鋭い・・・ちょっと舐めてたかも。
能力に関する知識といい、今の洞察力といい、ただ者じゃない。
将来大物になるかも・・・
まあ、私としては頼もしいからいいんですけどね。
デートプランは7回まで引き上げることにしよう。
「・・・でも分からないな・・・」
エノクがそう呟いて、考え込んだ姿勢を取っていた。
どうしたんだろう?
「なにが分からないの?」
私はそのまま素直に聞いた。
「ミニマムに掛かったんじゃないというのは分かったんだけど、何故レイナに”縮小化”のバッドステータスが付いたのかが分からないんだ。」
「ああ、そういうことね」
それは、こっちだって知りたい。
なんで寄りによって1/10縮小化などというとんでもないものが付いてしまったのか。
正直運が悪いにも程がある。
もし、私が”縮小化”のバッドステータスが付くと分かっていたのなら、この世界への転生を選択する訳がない。
まあ、”完全に”ランダムらしいから、しょうがないっちゃしょうがないんだけどね・・・
・
・
・
そんな感じで私とエノクはしばらく思案をしていた。
エノクも下を向いて考え込んでいる。
しかし、直後彼は何かを思い出したように顔を上げ私に尋ねてきた。
「・・・ねえ、レイナの能力の秘密に関わることかもしれないけど、聞いていい?」
「どうぞ」
私は手でジェスチャーを返した。
今更隠すものなんて、自分の裸以外ない。
ああ、あとアルコール中毒死という恥ずかしい過去も隠しておきたいわね・・・
それと私が、お酒飲んで暴れたという過去も。
なんだ・・・結構あるじゃない。
だが、エノクから来た質問は私の予想だにしないものだった。
「君は”プライマリースキル”はなにを持っているんだい?」
「プライマリースキル?」
さっきの巻物に書いてあった能力の事かしら・・・
だが、それを考える前にエノクの方から説明をしてくれた。
「プライマリースキルは先天的にその人が得る能力の事だよ。」
「後天的に得るセカンダリースキルと違い100パーセントその力を引き出すことが出来る能力の事なんだ。」
「普通は2つまでしか持てない。」
ああ、それだったら、やっぱりあれしかないわね。
「間違ってないなら、”グロース”と”ミニマム”よ。」
私は、そう答えた。
だが、エノクは私の答えを聞くや否や大きく目を見開いた。
「やっぱり・・・そういうことか・・・」
・・・?
なにか分かったのかしら・・・?
「私の今の答えで何か分かったの?」
「うん・・・たぶん僕の予想が間違っていなければだけどね・・・」
エノクはそう言って眼鏡を掛けなおした後、続けた。
「レイナが縮小化した理由はたぶん”グロース”と”ミニマム”をプライマリースキルとして覚えたからだよ・・・」
「えっ!!!?」
私は思わず甲高い声を上げてしまった。
全然想像してなかった回答が来たからだ。
「・・・ごめん。理由を説明してもらっていい?」
「うん。レイナはバッドステータスが付く法則性って知っている?」
・・・法則性?
「いえ・・・完全にランダムだって聞いているけど」
あの馬鹿にね・・・
「完全にランダム・・・・・・?誰だいそんなデマを言った人は?」
デマぁ!?
どういうことやねん!!
「ランダムであることに違いはないけど、完全にランダムなんてことは全然ないよ。」
「正確にはある一定の法則のもとに若干ランダム性を持っているというのが正解」
えっ・・・嘘
わたしまたあいつに騙された!!?
「バッドステータスはね、"大魔王の呪い"だとも言われているんだ」
「大魔王の呪い?」
なんだ大魔王ってやっぱりいるんじゃないの・・・
いないのかと思ったわよ。
「そう。大魔王の呪い。この世界で生を受ける時に、その生物の【一番の長所】に対してアンチスキルが働くと言われているんだ。」
うん・・・・・・?
イマイチぴんとこないわね。
「一番の長所に対してアンチスキルが働くって、例えばどういうこと?」
「・・・そうだね」
う~ん、という感じでエノクは下を向いて例を探しているようだ、
ちょっと間をおいてから彼は答えた。
「そう例えば、凄いお金持ちの家に生まれた人は、お金を持っていることそれ自体が長所になり得るから、金運がなくなるという不幸のステータスが付くと言えばイメージが湧くかな?」
あ・・・なんかしっくりくるかも
心当たりある人いるし。
「他にも凄いパワーを持って生まれた戦士の子がレベルが上がってもパワーが上がりにくくなったり、そもそもパワーそのものに制約が掛かったりするとか」
「あるいは、レベルが高い冒険者がレベルダウンをしたり、レベルそのものが上がりにくくなったりするとか」
「その人が最も秀でていることに対して、調整(バランサー)が働くと言えば分かりやすいかもしれないね。」
出る杭は打たれるという感じか・・・
あれ、でも待ってよ・・・
私は今感じた違和感を聞くことにした。
「ごめんちょっと聞いてもいい?赤ちゃんの時からレベル高い人っているの?」
「赤ちゃんの時からレベル高い人?いやさすがにそんな人は聞いたことないな・・・必ずLv1からスタートすると思うけど」
「でも、今レベルが高い冒険者がレベルダウンするとか言ってなかった?赤ちゃんの時からレベルが高いということだと思ったんだけど」
「・・ああそういうことか」
エノクは私の言葉に頷いた。
私の違和感について得心を得たようだ。
「バッドステータスはね。なにも、赤ちゃんみたいな生まれて間もない子だけに付くという訳じゃないんだ。」
「生を得るときにバッドステータスは付くんだよ。それは、つまり一回死んで、再度生を得る冒険者にも該当するという事さ。」
死んだらもう一個バッドステータスが付くって事!?
恐ろしいペナルティだわ・・・
「最もそれは例外中の例外だよ。リザレクションなんて大魔法を使える人は大陸でも数人しかいないし、復活する条件も厳しいんだ。」
「当たり前だけど、死んだら普通はそれでおしまいだよ」
「まあ、そりゃそうよね・・・」
死んでも復活魔法があるから大丈夫と思っていた時もあったけど、
さすがにそこまで甘くはなかったか。
「・・・話を戻していいかい?」
「つまり、バッドステータスはその人の一番の長所に対して働くわけだけど、そこまで秀でた能力や地位を持って生まれる人なんて極僅かだ」
「だから、大体の人は”あるもの”に対してバッドステータスが働くんだ」
私はそれを聞いて「ああ」と納得した。
なるほどね・・・それがつまり・・・
「もう分かってくれたと思うけど、それが”プライマリースキル”なんだよ」
「プライマリースキルはよほど特殊な例を除いて、必ずみんなが持っているものだし、特殊能力を完全に使いこなすことが出来るという特性上一番の長所になりやすい」
「逆を言えば、バッドステータスの餌食になりやすいという訳だね」
とういうことはつまり・・・
「私が”縮小化”した理由は巨大化や縮小化の魔法をプライマリースキルとして覚えたから、それに対してのアンチスキルが働いたという事?」
エノクは私の言葉に頷きながら答えた。
「そういう事になるね・・・」
「グロースや、ミニマムはセカンダリースキルとして使っても、大幅なステータスアップやダウンに繋がるし、使いこなせれば強力なスキルだ。」
「ましてや、それがプライマリースキルとして使うんだったら効果のほどは想像がつかない」
「しかし、だからこそアンチスキルも飛びっきり強いものになる・・・。さっきも言ったようにその”呪い”に耐えられた人はいないんだ・・・・・」
エノクは語り終えた後、目線を下げうなだれた。
衝撃の事実を語ってしまって申し訳ないと思っているんだろう。
私としては真実を知れて取りえず良かったと思っているんだけどね。
このまま何も知らないままでいるよりはずっとよい。
「ありがとう。エノク。おかげで理由が分かってすっきりしたわ」
私は微笑みながらエノクにお礼を言った。
一応無理して笑っているとは思わないはず・・・
「ごめん・・・。現状僕には君のバッドステータスを中和することさえ出来ない・・・」
「気にしないで。この体にはすっかり慣れているのよ?外敵なんか来ても余裕で躱せるわよ」
エノクは私の言葉に反応しないで、唇を噛んでいる。
目の前で呪いに掛かった人を見て何もしてあげられない自分に悔しさを感じているんだろう。
本当に優しい子ね・・・
それだけで私は救われた気がした。
本当だったら私がエノクに励ましの言葉を掛けてあげるべきだろう。・・・・・いや、逆かな?
しかし私には今そんな余裕がなかった。
そんなことより頭にきてしょうがないことがあったのだ。
腹立たしいのはあの”馬鹿”のことに他ならない。
たぶんこれを知っているからあえて「完全にランダム」なんて嘘を言ったんだろう。
私にこの世界への転生をさせるためにバッドステータスに何が付くか分からないと言ってとぼけやがったんだ・・・!
グロースとミニマムのアンチスキルが働くと言われれば私はこの世界への転生を躊躇しただろう。
くっそあの野郎・・・・!今度あったら殴ってやらないと気が済まないわよ・・・!!
正直これほど騙されてるなんて思いもよらなかった。
適当な奴だとは思っていたが、一応少しは優しいところも見せてた気がするし、ここまで酷いことする人だとは思わなかった。
この様子だと他にもなにか変なことを刷り込まされている気がする。
あいつの言葉は一回すべて疑って掛った方が良いかもしれないわね・・・
もしかしたら、私はアルコール中毒死なんてしてないんじゃないの?
お酒に酔って暴れたというのも怪しいわ・・・私がそんなことするはずないもの・・・
うん・・・これは嘘ね。
なかったことにしましょう。決定。
私がそんな感じで憤っているとエノクの方から声を掛けてきた。
「・・・ねえ。レイナ・・・これから君はどうするんだい?」
「・・・わたし?」
考えていないことはもちろんない。
ご飯のこととか住処はどうしようとか、考えていることはもちろんある。
「・・・考えていない事もないけど、具体的にはまだ何も考えていないわね・・」
私はほんのちょっぴり嘘を付いた。
でも、これだけは許してほしい・・・
「それなら、もしよかったらさ・・・このまま内にいない?」
「魔法技師見習いとしても、レイナのバッドステータスをなんとかしたいと思っているんだ。レイナのいた世界がどういうところかも教えてほしいし・・・」
エノクは若干顔を赤くして、私から目線を逸らしながらそう言った。
一応私を誘っていることを少しは意識しているようだ。
「・・・でも、そんな悪いわよ・・。私何も役に立たないわよ・・・?」
「そんなことは全然いいんだ!!僕にとっては話し相手が欲しかったし、レイナのいた世界の事を知れば僕も勉強になるし・・・それにうれし…ぃし」
最後の言葉はごにょごにょ喋って何言っているか分からなかったが、気持ちは十分伝わってくる。
ありがとうね・・・
「ありがとうございます。私からもお願いします。この家にいさせてください。」
私はそう言って深くお辞儀をした。
これだけはお世話になる者としての礼儀だ。
相手が誰であろうが関係ない。
「あ、うん!もちろんだよ!これからもよろしくねレイナ!」
「こちらこそ」
私とエノクは再度小さな握手をした。
それは先ほどよりわずかなものだが絆を感じる握手だった。
彼の手は繊細で綺麗な手だった。そして優しくて温かかった。
この世界で感じた初めての確かな温もりだった。
今まで緊張の連続だったのもあるのかもしれない。
私の目からはいつの間にか涙が流れてきていた。
ぐうううううっぅぅぅぅ・・・・・・・
「・・・・!?っ」
私のお腹の音が盛大になった。
ちょっと今いいところなんだから、空気読んでよ!もう!!
私は泣きながら、自分のお腹を恨めしそうな目で見た。
エノクはそんな私の様子を見て無邪気に笑いながら話しかけてきた。
「ははは、まずはご飯にしようか。腕によりをかけて作るね!」
まったくもう・・・
私は泣きながらすねた顔をして、彼を台所へ見送った。
・
・
・
私はこうして異世界で初めての安住の地を得ることができた。
これから新しい生活が始まろうとしている。
それは私達の険しくて長い冒険の始まりでもあった・・・
To Be Continued・・・