外から陽光の光が差してくる。

異世界と言えども太陽の恵みがあるのは変わりがない。

魔法に彩られたこの世界にとっても太陽は自然の王様であり、すべての生命の源である。

外の風景を見てみると、雲が流れ、一筋の風が流れている。

それに伴い草木の葉擦れの音が聴こえてくる・・・・

私にとっては安らぎに満ちた自然の音だった。

今日も外はいい天気だ。

私の心は穏やかなものに満ちている。






「・・・・」






そんな木漏れ日がする室内の中で、私は静かに瞑想をしていた。








「ふぁぁあご・・・・・・」


「まぁぁあお・・・・・・」








私は今同居人の寝室の中にいた。

計測器やら、工具やらあちこちに散乱している部屋の中だ。

本来であるのなら、物置とかのスペースを作ってその中にモノを置きたいとのことだったが、家のスペースに余裕がなかった。

ここらへんは治安が悪いから気を付けないとあっという間にモノが無くなってしまうらしい。

外に置いて盗難されるわけにもいかないし、仕方なく寝室に置いているとのことだ。

ただし、そんな状態でも図面台が置いてある周辺と工作をするテーブルの上は綺麗に片付けられている。

几帳面な彼にとってこういう状態の方が本来は望ましいのだろう。








「ふぁあああご・・・!」


「まぁあああお・・・!」







彼が住んでいるところはクレスの町ブロンズ通りの一番端。場所的には町の郊外に位置する。

町の外に向かってちょっと歩けば広大な田園地帯が広がっている。

緑豊かな木々と色とりどりの花が咲き乱れていて、大自然の素晴らしさを否応なく感じることが出来る。

昼間の風景はとてもじゃないけど治安が悪いとは思えない。

東京に住んでいた私にとっては都会の喧騒を忘れることが出来て、ゆったりと過ごせる場所だ。






「ふぁああああああご!!!」



「まぁあああおああお!!!」








ある事を除いて・・・・








「ギャフベロハギャベバブジョハバ!!!!」








たくっ・・・・煩いわね・・・!!

集中できないじゃないの・・・!






近くに住んでいる暴れん坊のネコ達が今日も乱闘をしているようだ。

ここに来てまだ日が浅いが、少なくともネコ達の治安が悪いことはよく理解できる。

私も少なからずその被害にあっているしね・・・

私は今彼の寝室のテーブルの上で座禅を組んで座っている。

当の同居人はまだ仕事中で帰ってきていない。

彼が留守の間は日課の業務をいつもここで行っていた。

私の目の前には消しゴムが置かれている。

そしてすぐ横には消しゴムの長さが計測できる定規も置かれている。

消しゴムの横の長さは5cmを示していた。






私を意識を集中させた後、手を目の前に掲げ呪文をとなえた。







「グロース!!」








ズゥン…






・・・・






消しゴムは一見すると何も変わっていないように見える。

一目には変化など全然わからないだろう。

だが、よく目を凝らしてみると僅かな変化があるのを確認することが出来る。

近くにおいてある定規を見てみると横の長さが5.5cmになっていた。

そう、先ほどと比べ約1.1倍の大きさになっていたのだ。

私はそれを確認すると自分の衣服にしまっている巻物を取り出して中身を確認した。

















◇転生者基本情報



名前:遠坂 玲奈
年齢:18歳(寿命:未設定)
身長:17.5cm
体重:52.5g
BWH:8.7 5.6 9.0



Lv:1
HP:5
MP:0
STR:3.1
DEF:1.6
INT:1.2
VIT:2.0
CRI:0.5
DEX:1.7
AGI:4.8
LUK:1.0


プライマリースキル:グロース、ミニマム

タレントスキル:大器晩成、酒乱、逃げ脚、テンプテーション

バッドステータス:1/10縮小化(永続)

所持アイテム:転生者の巻物

所持クレジット:0


現在位置:クレスの町 ブロンズ通り302番地 フランベルジュ家


---------------------------------------------------------------




・・・






はあ・・・


やっぱり、今日も変わってないか・・・・

ステータス欄を見て私はため息をついた。

MPが<0>になっていることを除いて、後はなにも変わっていない。







あれから約2週間・・・

私がこの家に来てから既にそれくらいの時が経っている。

私は日課として毎日欠かさず魔法の詠唱を行っていた。






エノク曰く・・・





「レベルは肉体や精神の日々の鍛錬によって経験が蓄積されていくんだ。能力も使えば当然経験も得られる」


「そして、ある一定の経験がたまるとレベルアップする。もちろんそんな簡単じゃないけどね」


「でも、何もやらないでいるよりはやった方が良いと思うよ。それにレベルは低い方が上がりやすいんだ。」





・・・ということらしい。




その言葉を聞いて以来、私は毎日のように魔法の詠唱をしてその効果を見ている。

しかし、相変わらずLvは【1】のままだ。

効果のほども全く変わらない。

今みたいに消しゴムにグロースを使っても1.1倍までしか大きくならない。

これは何も消しゴムだけとは限らない。

自分自身にグロースを掛けた時もあった。

その時はLvとMPを除いて1.1倍にステータスの値がアップグレードされていた。

身長もそうだ。

17.5cmから19.2cmまでアップしていた。

正直雀の涙ほどだが、確かに私はこの魔法で巨大化することが出来たのだ。

ほんのわずかでも、効果が見れてその時は嬉しかった。

しかし、あくまで効果はそこまで。

それ以上の大きさになることはなかった。







チッチッチッチッチ・・・・







私は部屋に掛けてある時計を確認した。

現在時刻は15:17。

先ほどグロースを掛けたのが15:08だから、まもなく10分経とうとしている。

私は少しの間そのまま待った。

そして、時計の針が15:18を指した瞬間。






シュン…






目の前の消しゴムが若干体積が減った気がする。

定規を確認してみると消しゴムの横の長さは5cmを指していた。

どうやら魔法の効果が切れたようだ。





・・・これも変わらずか。

これも2週間前からずっと変わらない。

効果量、効果時間共にまるで変化がなかった。






まあ、まだ始めて2週間だしすぐに効果が出ると思うのは早計かしらね・・・






エノクとレベルの話をした際にいくつか聞いたことがある。

まずレベルに上限はないという。

この世界では100以上のレベルの強者も結構いるらしい。

しかし、レベルが上がれば上がるほど、次に必要な経験も指数関数的に増えていくので事実上の限界はあるようだ。

冒険者を基準にしてみると、一般的に30~40くらいのレベルの人が多いらしい。

そして、レベルも50を超えれば熟練者の扱いになるという。

危険な任務をやり遂げた時や、強敵を倒した場合など、自分の力量をはるかに超えた経験をした場合はレベルもぐーんと上がるとのことだ。

まあ、ここらへんはオンラインゲームの知識とも大差はないところだからすぐに理解できた。

こういう事を聞くとまた、例の友人の言葉を思い出す。

なんだっけ?PKだっけ?

同じプレイヤーを狩って、お金や経験値、装備などを奪えば強者の近道になるという事を言っていた気がする。

まあ、私じゃ無理だろうし、この世界はゲームに通ずるところがあるけどゲームじゃない。

そんな追い?ぎみたいなことはしません。







というわけで、レベル上げに関して言えば完全に手詰まり状態。

いつレベルが上がるのかも分からない。

こればっかりは個人差があるようなので、エノクもなんとも言えないようだ。

しかし、レベルを上げるに越したことはない。

レベルが上がればINTやMPもあがる。

いつになるか分からないが、グロースで自分の体を中和できるようになるかもしれない。

相当先の様な気はしないでもないけど、それでも前に進んでいける。

目下のところ、私たちの目標は縮小化のバッドステータスを中和する魔道具を製作することだ。

エノクも所属している工房ギルドや図書館に掛け合って色々と調べてくれている。

本当に彼には感謝してもしきれない。

彼がいなかったら、今頃私は路上で野垂れ死んでいたかもしれないし、虫や小動物に捕食されていたかもしれないのだ。




今は別に差し迫った状態であるわけではないし、体が小さいこと以外は不自由はない。

エノクは魔法技師の見習いだけあって流石に手が器用だった。

私は今ダイニングルームで寝泊まりしているが、私のサイズに合う様に仮設住宅を作ってくれた。

中には私が寝れる小さいベッドもあるし、着替えが出来るプライベートルームやお風呂もある。

流石に衣服に関しては裁縫の経験はそこまでないようなので、お人形に着せる服や下着といったものを買ってきてもらった。

買ってきたときのエノクは少々顔を赤くしながら私に衣服を渡してくれたのを覚えている。

私がこの世界に来るときに着ていた黒ジャケットとデニムは洗って今はタンスに閉まってある。

私がバッドステータスで縮んだ際に服とパンプスも一緒に縮んでくれたのは幸いだった。

流石に異世界に来て素っ裸で活動するのはご遠慮願いたかったものね・・・



ちなみにお風呂の水源は仮設住宅の横に置かれた魔法機械から出ている。

これは工房ギルドで売っている商品を譲り受けたものだそうだ。

この機械は水を発生させる魔法を詠唱することが出来るらしい。

一日に2回までしか使えないし、量も大したことがないが、それでも大助かりだ。

正直驚くべき技術力である。

街並みを見ると、中世や近世のレベルに見えるのに、いざ中身を開けると驚愕の技術水準を拝むことが出来る。

この世界は地球とは違い、魔法を中心とした魔法科学で独自の発展を遂げているようだった。







さて、今日の晩御飯は何かしらね・・・







日課を続けたいところだが今の私はMPが<0>の為、何もできない。

こんな取り留めもないことを考えて時間を潰すしかなかった。

この家に来てから分かったことだが、MPは時間の経過とともに自動的に回復するようだ。

Lvやステータス、種族やタイプなど、人によって回復する時間は様々なようだが、私は概ね4時間で回復することが分かっている。

この世界は空気と同じ様に魔法力(マナ)で世界が包まれているらしく、それが空な場所に自動的に流れていくということらしい。








仕方がない筋トレでもしているか・・・・







これも一応経験値の稼ぎにはなるだろう。

そう思って私が腕立ての構えを取ろうとすると・・・






パタパタパタ






遠くから軽い足音が近づいてくる。

軽快なリズムで歩くこの足音は聞き覚えがあった。







あら、今日は早かったわね







どうやら家主が帰ってきたようだ。







ガチャ







「ただいま!」









帰宅のあいさつを告げると

エノクは自分の部屋に入ってきた。







「おかえりなさい」







私は帰ってきたエノクに返事をした。

最初は1人で家にいながら誰かを出迎えることが新婚のお嫁さんみたいで照れ臭かった。

今ではもう慣れたけど。

今日のエノクはいつにも増して帰った時の言葉が軽やかだった。

なにか良いことでもあったのかしら?






「あ、レイナこっちにいたんだね。ただいま」


「おかえり。今日はなんかいいことでもあったの?」


「ん・・そう見えた?」


「まあね」






エノクはなんで分かったんだろう?というような不思議な顔をしている。

いや、2週間も出迎えてりゃそりゃ分かるわよ。

今日のエノクはいつにも増して声が高かった。







「実はね・・・魔法図書館に問い合わせていた例の書物を手に入れることが出来たんだ」


「それってあの補助魔法に関する書物だっけ?」


「うん、そうだよ」






エノクと今後について話していた時に話題に出たのが、補助魔法に関する研究書物を手に入れることだ。

この世界ではバッドステータスの中和のために能力に関する研究が活発に行なわれている。

研究を主に行っているのは魔術師だ。

魔術師は戦争の道具として使われたり、冒険者ギルドに登録して冒険者の一員として活躍している者も多いが

彼らの本当の役目は魔法の真理の探究であるとエノクから聞かされていた。

魔術師が魔法の研究を行い、魔法技師がその研究結果を基に魔法アイテムを作成する。

魔法技師が作ったアイテムを魔術師が使う事もあるし2つの職業は相互扶助の関係にあるらしい。

地球におけるサイエンティストとエンジニアの関係のようなものかな?

縮小化の中和のアイテム作成にはグロースやミニマムの研究結果を知ることが必要かもしれないとエノクは言っていた。

どうやら彼はそれに関する書物を手に入れることが出来たようだ。






「でも、嬉しいのはね。これがただの研究結果ではないからなんだ」


「今回手に入れることが出来たのはレベル100以上の大魔術師が著した研究結果なんだよ!かなりラッキーだよ」


「へえ・・・」






私はエノクの言葉にそう頷きながらも、若干違和感を覚えた。

研究なんだから、レベルより頭脳の方が重要なんじゃないのかしら?

それとも頭の良さがレベルにも関係するの・・・?

良くわからなかったのでエノクに聞くことにした。






「レベルが高い方がやっぱりいいの?」


「うん。そりゃね。レベルが高い魔術師ほど実戦で使用できる魔法効果の範囲が広いんだ。」


「レベルが低い魔術師だと魔法の検証範囲が狭くなるから、十分なサンプルが得られない」






ふーん。そういうものか。

アカデミックな世界に携わったことないから、こういうところは良くわからないわね・・・






エノクはそう言うとさっそく手に入れてきた補助魔法に関する書物をバッグから取り出した。

私もそれにつられ本を見てみる。

本は中央部に六芒星が配置され、シンメトリックな文様が描かれていた。

明らかに普通の本ではないと直感的に分かるデザインをしている。





エノクは本を取り出すとじっとその表紙を眺めたまま止まっていた。

目はキラキラと輝き、口元は緩みっぱなしだ。

よほど手に入れられたのが嬉しかったのだろう。

フフッ、わかりやすいわね・・・

根っからの研究大好きっ子なのかしら?







「じゃあ開いてみるね?」








彼はそう言うと、私がいるテーブルの上に本を置きゆっくりとページをめくり始めた。

私もその動作を目で追っている。

探すべきところはグロースとミニマムの情報が載っている個所だ。





ちなみに言語に関して言えば私はこの世界に来てから違和感なく理解できている。

エノクから聞いた情報によると、転生者はこの世界に来るときに言語能力を自動的に与えられるとのことだった。

ただし、あくまで理解できる範囲は人間のみ。他種族とのコミュニケーションは通訳が必要になってくるらしい。

まあ、今は不自由してないから別にいいけど。






「あった!」






エノクはそう言って喜びの声を上げた。

どうやら目当ての個所を見つけたらしい。

早速彼はその内容を読み始めている。

どれどれ、どんな内容なのかしら・・・?

私も本の中身を横から覗いてみた。









-------------------------------------
補助魔法効果表(グロース・ミニマム編)
-------------------------------------

倍数 必要魔法効果

1.1  1
1.2  1052
1.3  1514
1.4  1942
1.5  2340
1.6  2712
1.7  3062
1.8  3392
1.9  3704
2.0  4000
2.1  4282
2.2  4550
2.3  4807
2.4  5052
2.5  5288
2.6  5514
2.7  5732
2.8  5942
2.9  6144
3.0  6340
3.1  6529
3.2  6712
3.3  6890
3.4  7062
3.5  7229
3.6  7392
3.7  7550
3.8  7704
3.9  7854
4.0  8192
4.1  8397
4.2  8602
4.3  8806
4.4  9011
4.5  9216
4.6  9421
4.7  9626
4.8  9830
4.9  10035
5.0  10240
5.1  10445
5.2  10650
5.3  10854
5.4  11059
5.5  11264
5.6  11469
5.7  11674
5.8  11878
5.9  12083
6.0  12288
6.1  12493
6.2  12698
6.3  12902
6.4  13107
6.5  13312
6.6  13517
6.7  13722
6.8  13926
6.9  14131
7.0  14336
7.1  14541
7.2  14746
7.3  14950
7.4  15155
7.5  15360
7.6  15565
7.7  15770
7.8  15974
7.9  16179
8.0  16384
8.052 16490 (測定限界)




※ミニマムは各倍数の逆数の値



◆測定者情報

測定者名:アーネスト・グレイスリー


ステータス

Lv:133

HP:845
MP:1394
STR:680
DEF:651
INT:1649
VIT:590
CRI:403
DEX:538
AGI:1226
LUK:470


◆使用条件
使用対象:スクエアストーン
使用スキル:セカンダリースキル

最大使用MP:50

最低MPコスト
グロース:5
ミニマム:5

※但し、倍数1.1~1.3は助手の補助あり


----------------------------------
















う~ん・・・・補助魔法効果表?

なんかやたら数字の羅列があるんだけど

これが何を意味しているのかイマイチ分からないわ。

必要魔法効果とか意味が分からないし。






「ねえ・・・エノクちょっと聞いてもいい?」


「・・・・」


「エノク・・・?」







珍しく反応がなかったので私は彼の方を振り向いた。

エノクは何か難しい顔をしていて考え込んでいるようだ。

まさか、彼にもこれの意味が分からないという訳じゃないわよね?






「あ・・・ごめん。ちょっと考えごとしてたんだ。どうしたんだい?」






なんか思うところでもあったのかしら・・・?

彼の態度に若干違和感を感じたが、私はそのまま疑問点を聞くことにした。







「ここに記載されている必要魔法効果て何の事かしら?」







私はそういってあの数字の羅列が記されている場所を指さした。







「・・・ああこれか」






エノクは指さした先を見て私の疑問を分かったようだ。

彼はそれについて説明を始めた。





「必要魔法効果っていうのはね。その効果の程度を発揮する際に必要な魔力量の事だよ」


「【詠唱した人のINT】 × 【その能力を使用する為に注いだMP】÷【その能力の最低MPコスト】 で求められるんだ」






???

いきなり言葉で数式を言われても分かりにくいわね・・・





「式だけじゃわかりにくいと思うから、実際に例をとって考えてみるね」


「リストの一番下にある欄に8.052倍 で必要な魔法効果が16490って書いてあるのは見えるかい?」






私はリストを眺めてみてその個所を発見した。

一番下の倍数の列に"8.052"と書かれていて、その隣には"16490"の文字が書かれている。





「うん。そこは大丈夫」






それを聞いてエノクは説明を続けた。






「ここを例にとってさっきの式に当てはめてみると・・・」


「魔法効果 = 1649×50÷5という計算式になるんだ。1649の丁度10倍になるから魔法効果が”16490”になるということだね」


「1649というのはこの著者のINTのこと。50は注いだMP。5は能力の最低MPコストを表すんだ」


「つまり、この著者はMP50を注いで16490の魔法効果を出すことにより、対象を8.052倍に巨大化させたということが読み取れるんだ」






なるほど・・・式の意味は理解できる。

そんな難しいものでもないわね。

しかし、腑に落ちないことがある。







「なんで、MPを”50”までしか注いでいないの?」







私はエノクに疑問を尋ねてみた。

この著者のステータス欄を見るとMPが"1349"もある。

注ぐMPの量をもっと増やせば、魔法効果もさらに上を期待できるはずだ。






なんでそれをやらないのかしら・・・?






しかし、エノクから来た回答はあっさりしたものだった。







「出来ないからだよ」







え・・・?






「そこがセカンダリースキルの限界なんだ。最低MPコストの丁度10倍までしかMPを注ぐことが出来ないんだよ。」


「ええ?そうなの?」






初耳だった・・・






「まあ、タレント持ちの人で一部例外の人はいるみたいだけどね。でも、そんなのは例外中の例外」


「自然界の法則で10倍までというのは厳格に決まっているんだ」


「へえ・・・」






そうだったのね・・・

セカンダリースキル便利そうだし、グロースとミニマムだけじゃ厳しいから

私も何か覚えたいと思っていたところだったんだけどそんな縛りがあったとはね・・・

これは聞いといてよかったわ。

セカンダリースキルを覚えるにしても、10倍までで十分に効力を発揮するものを選んだ方が良いという事ね。

これでこのリストの意味は大体分かった気がする。







「ちなみにプライマリースキルはどうなの?限界はどれくらい?」







私はもう一つ疑問に思ったことを聞いてみた。


セカンダリースキルにそんな縛りがあるのなら、


プライマリースキルにもなにか縛りがあると私は思ったのだ。


だが、エノクからの回答は意外なものだった。






「プライマリースキルは注げるMPに限界はないよ」


「限界ないんだ・・・」






私はエノクの言葉を聞いてそう呟いた。

逆に言えばMPが続く限りその能力に力を注げるという事だ。

なるほど・・・これはバッドステータスが付くのも当然ね。

レベルが高い人でINTが高ければ高いほど、その効果も天井なしに上がっていく。

正直言って恐ろしいわね。

あまり考えたくないことだけど

高レベルの魔法使いならやろうとすればプライマリースキルを使って

とんでもない悪事をしでかすこともあるかもしれない。

今まで何となくプライマリースキルはセカンダリースキルよりちょっと使える程度のスキルだと思っていたけど、

根本的にこの2つのスキルは違うものだと認識を改めたほうが良さそうね。






「ありがとう。おかげでこの書物の意味は分かったわ」


「うん。また、何かわからないところがあったら聞いてね」






私はエノクにお礼を言った後、この2つのスキルについて改めて考えることにした。

彼も彼で先ほどの続きを何か考えているようだ。

テーブルの手前にある椅子に腰かけて、なにかの計算を始めた。

凄い速さで鉛筆を走らせている。






・・・邪魔しちゃ悪いわね。

私もちょっと考えてみましょう。






私は顎に手を当て、考える姿勢を取った。

私はグロースとミニマムをプライマリースキルとして持っている。

エノクはこの2つの魔法をセカンダリースキルとして使っても使いこなせれば強力なスキルだと言っていた。

だから、魔法の効果事態は悪いものではないんだろうとは思う。

しかし、問題がここで2つある。

”縮小化”という最悪のバッドステータスが付いてきたことと、その効果の程度を上げるためには飛躍的な魔法効果が必要だという事だ。

私は目の前に置かれた研究書物のリストの一番上の方を見た。

ある欄を見ると、倍数の列に”1.2”と書いてありその横の数字は"1052"と書いてある。

つまりこれは対象を1.2倍に巨大化させるのに必要な魔法効果は”1052”と読み取れるというわけだ。







どういうことよ・・・これ







現状の私のMPは"5"そしてINTは"1.2"

これを使って魔法効果を計算してみると

私の魔法効果=1.2×5÷5=1.2 ということになる。

つまり、魔法効果が1.2しか現状出せないのだ。

ステータスの値が1/10になっていることを考えたら、あまりにも遠い数字だ。

正直こんなのやってらんないわよ・・・

レベルアップを後何回しないといけないのかしら?

早くセカンダリースキルを覚えて他の芸を身に着けないと、私本当に役立たずで終わっちゃう・・・

私は頭を抱えて唸った。







「・・・はぁだめね・・・」


「・・・はぁだめだ・・・」







エノクと声がハモッた。

お互い思わず顔を上げて見合わせる。








「・・どうしたのよ?」


「いや、そっちこそ・・」








お互いがお互いを譲り合う形になった。


・・・


しばらく沈黙が続く。












「ぷっ・・」


「ははっ」







お互いなんかおかしくて吹き出してしまった。

別にこんなこと隠してもどうしようもないことなんだけどね。

彼に聞いてみるか・・・







「それなら私から悩みを聞いてもらっていい?」







私からエノクに持ちかけた。






「もちろん。レディファーストでいいよ」






彼は柔和な笑顔と共にそれを受けてくれた。

さっきまでの私の悩みがそれで若干和らいだ。

彼の人懐っこい笑顔はいつも私を癒してくれる。






「それなら、お言葉に甘えさせてもらうわね?」






そう言って私は前置きをした後、セカンダリースキルの覚え方について尋ねてみた。






「セカンダリースキルの覚え方か・・・実はこれって明確な覚える条件っていうのはまだ分かっていないんだ」






エノクがそう答えた。







「えっそうなの?」







なんか、意外。

みんなどうやって覚えているのかしら?







「魔法科学的に数式とかだと証明されていないってことなんだ」


「でも、経験則的にはこうすれば覚えられるっているのはあるよ。それでよければ教えるね」







あ、なんだそういうことか。

さすがにそうよね。







「うん。それでいいわ。教えてもらえる?」







エノクは私の言葉に頷くと説明を始めた。







「まずセカンダリースキルを覚える条件として、自分のMPを超える最低コストの能力は覚えることは出来ない。これは確実に言えるね」







あ、それは以前にも聞いたことある。

一応”あいつ”の言っていたことは正しかったのか。







「また、覚えるタイミングとしてはレベルが上がった時だ」


「その時覚えられるセカンダリースキルは、一度実際に本人が見ていて、十分にその能力をイメージしているものだと言われている」





・・・なるほど

誰かに教えてもらうなりバトルで相手の能力を見ることが必要となるわけか。

エノクはさらに続ける。






「イメージが出来るという事はそのスキルを欲する事にも繋がる」


「セカンダリースキルを覚えることが上手い人は欲が多い人とも言われているんだ」






欲望が多い人・・・

なんか嫌な言い回しだけど、感覚的には分かるわね。

望むものが欲しければ、まず欲することからはじめよという事か。







「まあ、大まかにはこんな感じだね。他にもいろいろな仮説は言われているけど、それはおいおい説明するよ」


「レベル上げを行うという当初の方針には変わりはないね」


「ありがとう」






レベルが上がった時にセカンダリースキルを得られるという事は

レベルが上がりやすい初期の段階程覚えられやすいってことなんじゃないの・・・?

これは後で巻物を確認して、どういう能力が欲しいのか自分の中で固めておいた方が良いわね・・・

時間があったらエノクにもなにか能力を見せてもらいましょう。

私は自分の中の今後の方針をあらかた固めた。

ところで・・・






「・・・それで、エノクの方は?」


「・・・えっ?」






エノクの方は私の言葉に不思議な顔をしている。

「いきなり何の話だい?」みたいなことを言い出しそうだ。

上手くしらばっくれようとしているのだろう。

・・・そうはいかないわよ。

私の悩みを聞かせたんだから、あんたの悩みも聞かせてもらうわよ。







「えっじゃないわよ。悩みがあるんでしょ?」


「ほらっお姉さんに言ってみなさい!」







私は胸を張って頼れるお姉さん像を演じてみた。







「お・・・お姉さん・・・・?」






エノクがええっ・・・という顔をしている。

なによ・・・その反応は







「私の方が年上なんだからお姉さんでしょ?」


「いや、まあそうなんだけど・・なんかそう見えなくて・・・」


「はいい?」







ちょっ・・・・いや、それって私が頼りないって事・・・?

そりゃ私は今こんな状態だけど、人の悩みくらいは聞けるわよ。






「ほら、いいから、言ってみなさい!言わなきゃ話が進まないでしょう?」






私は少し強引に彼に迫った。







「うん・・・。まあ、そこまで言うのなら話してみようかな・・・」






渋々だが彼は話すことを受け入れたようだ。

どうも私に直接言うのを躊躇っていたような節がある。






これはまたあんまりよくない話かもね・・・







彼とこの2週間付き合ってきて分かったことだが、

エノクは私に降りかかっている不幸な事を明かすとき話すのを遠慮してしまう傾向にある。

こちらが急かしたりすると話してくれるが、基本はこちらが促がさないとそういう事は言ってくれない。

最もそれはこちらを傷つけたくないという彼の善意であることは分かっている。

だけど、私にとってはそれは自分に纏わる事なのだ。

自分の事は自分で決めたい。

何が起こっているのかを知ったうえでどうするかは最終的に自分で判断したい。

私が改めてそう覚悟を決めていると、エノクはゆっくりと話し始めた。








「実はね・・・悩みというのは他でもないバッドステータスの中和の事なんだ・・・」







そういうことか・・・

あの書物を見て何か分かったという事ね。

残念ながら悪い方の事実だろうけど。

エノクの言葉にもどこか緊張が感じられた。






「まだ、はっきりと断言するのは早いけど・・・完全な魔道具の製作はかなり厳しいと思う・・・」


「・・・うん。大丈夫だから続けて」







私は話の先を促した。







「さっきの書物なんだけど、あの著者は大陸でも有数の魔術師なんだ・」


「しかし、そんな彼でさえ測定対象を8倍程度までしか大きくすることは出来ていない・・」


「つまり・・10倍にまで大きくするには彼が魔法を詠唱する以上の出力を誇る魔道具が必要だという事なんだ・・・」


「少なく見積もっても、魔法効果は20000を超えないと中和は出来ないという計算になる・・・・」







なるほどね・・・

あの著者のレベルは確か133。

INTも私なんかより比較にならないくらい高かった。

しかし、そんな彼でさえどんなに頑張っても8倍の巨大化まで。

つまり私のバッドステータスを中和できる程の出力を彼でさえ出せないという事だ。







「彼の魔法効果を実現することさえありえないのに、ましてやそれを超える出力の魔道具なんて夢のまた夢なんだ・・・・・」


「正直、ここまで中和が絶望的だとは思わなかったよ・・・・・・」







エノクの声が徐々に小さいものになっていっている。

声には若干の震えが感じられた。

さっきまで意気揚々と本を開いて目を輝かせていた彼とは思えない。

その状態で彼はさらに言葉を続けてきた。






「もしかしたら・・・レイナのバッドステータスを中和することは不可能なのかもしれない・・・・・・」


「いや・・・もうほぼ間違いなくそう断言していい状況なんだ・・・・・・・・」


「完全に僕の力が足りないせいだ・・・・・・・・・・・・・・ごめんなさい・・・」







最後の方は小鳥がしゃべるようなか細い声だった。

彼は言い終わると、私に頭を下げて項垂れた。

私に対する申し訳なさがいっぱいに伝わってくる。







・・・たくっ

しょうがないわね







「ほらっ顔を上げて!男の子でしょ?そんなことくらいで落ち込んでじゃないの」


「・・・そ、そんなことくらいって・・・」







エノクが項垂れていた顔を上げた。

若干驚いた顔をして私を見ている。







「そんなことくらいでしょ?私はこうやって生きているんだし、大袈裟に落ち込みすぎよ」


「いつもの底抜けの笑顔はどうしたの?あんたはヘラヘラしているくらいで丁度いいんだから元気出しなさい」


「ひ・・ひどいなぁ・・・」







エノクは私の言葉に引きつった笑顔を見せた。

でも、先ほどよりは元気になったようだ。

これでいい。

もちろん今の言葉は半分やせ我慢だ。

戻れるのなら戻りたいに決まっている。

だが、今の私にとってはエノクがそれを気にして落ち込んでいるほうが我慢ならなかった。

彼が笑顔じゃないと私の方が落ち込んでしまう。

まったく、これじゃどっちがバッドステータスに掛かっているか分かんないじゃない・・・






「とにかくっ!落ち込むのは全てをやり切ってからでも遅くはないでしょ?」


「やる前から諦めてどうするのよ」







私は彼に向かって堂々と言い放った。

これに関しては迷いは一切ない。

やる前から諦めるなんて冗談じゃないわ。











しばしの沈黙の後、エノクは僅かに頷いた。

私の言葉に思うところがあったのだろう。







「・・・・うん。ごめん。そうだね、まだ、出来ないと決まった訳じゃないもんね」







少し、彼の目に光が戻ったようだ。

それを見て私は言葉を続けた。






「うん。色々探ってみましょうよ」


「魔法の世界なんだもの、異種族とか人間が知らない知識とかありそうなものだし、超古代文明のロストテクノロジーとかあるかもしれないでしょ?」


「ははは、異種族はまだ分かるけど、超古代文明のロストテクノロジーはさすがに夢見過ぎだよ」


「わっかんないわよ~。世界は広いんでしょ?未知なるものはいくらでも転がっているものよぉー?」


「ははは、そうだね」







よかった。元気になったようね。

友達からの受け売りの知識も少しは役に立ったようだ。

しかし、中和が難しいというのは依然として変わらない。

他のアプローチで行くしかないのかしら?

そういえば”あいつ”はもう一つなんかバッドステータスについて言っていたわね・・・

それについて聞いてみようかな。






「ねえ、エノク。中和じゃなくてバッドステータスそのものを治すことは出来ないの?」


「治すことかい・・・?」







エノクは私の言葉を聞くと唇に手を当てて考え込んだ。







「う~ん・・・そういう話は聞かない訳じゃないんだけど、ほとんど雲を掴むような話なんだ」


「雲を掴む話?」







どういうこと?

でも話自体はあるという事よね。







「大魔王の存在と同じさ。神話やおとぎ話の世界の話なんだよ」


「伝承として今に伝わっているものはあるけど、どれも伝説の域を出ていないんだ」







・・・そう”大魔王”の存在。

私がこの世界に来てからまず感じた違和感がそれだった。

ここに来て間もない頃、彼に大魔王の存在について聞いたことがある。

この世界は人間同士や異種族との間で戦争こそ行われているものの、世界を破滅に追いやるような存在なんてものはいないということだ。

しかし、それでいてバッドステータスという呪いが確かに存在する。

バッドステータスがなぜ”大魔王の呪い”と言われているかについて尋ねてみたら、それは結局のところ神話によるものらしい。

神話曰く「この世界に生まれ出づる罪深き者たちに大魔王が制裁として呪いを課す」という事が謳われているということだ。

正直、なんの罪やねんってその時は突っ込んだんだけど・・・まあ、神話なんてそんなもんよね。

だから、結論から言えば大魔王という存在はいるといえばいるし、いないといえばいない。

そんな、あやふやな存在だということだ。

もっとも、魔族という種族はいるらしいんだけどね。

これも神話が出所であり、大魔王の血を引くと言われている種族だから”魔族”と言われている。

だから、そこの王が”魔王”といえば魔王だ。

しかし、魔族の姿は人間とほとんど変わらないらしい。

違いがあるとすれば、若干肌が黒く、体のどこかに六芒星の刻印があり、人間より長寿で高い魔力を持つという。

彼らとは仲がいいとまでは言わないが、これまで大きな戦争に至った事もなく割と平和に共存してきたらしい。

小競り合いは今でも起こるようだけどね。でも、それは人間同士でも同じことだから彼らと特別険悪という程でもない。

というわけで大魔王というのは所詮神話の世界の話であり、この世界ではほとんど信じられていない。

私はエノクから聞いた話を思い出して頷いた。






「なるほどね・・・・神話の世界の話か」


「そう、神話の世界の話だね。魔法科学的に治すことは不可能だと結論付けている」


「だからこそ、バッドステータスの中和の技術が進歩してきた歴史があるわけだけど・・・」






エノクはそこで一旦話を区切って再度続けた。






「・・・だけどね。完全な魔道具の製作が難しいと分かった以上、そちらも当たってみる価値はあるかもしれない・・・」


「・・・へえ、なんか意外」


「意外かい?」


「だって魔法技師というくらいだから、魔法科学しか信じないと思っていた」






私は素直に思っていることを述べた。

彼のこれまでの言動からしたら、根っからの魔法科学信奉者だ。

理論と数式で表せない事柄は信じない性質だと思っていた。

だが、エノクはそれに対して反論してきた。






「そんなことはないよ。魔術師や、魔法技師だって神を信じている人は多いし、神話もしかりだ。」


「魔法科学で説明できないことなんていくらでもあるんだ。そう言った見方をするのも僕はありだと思うよ」







科学だけで説明できない事はあるもんね。

それはこの世界でも同じことか。







「それに神話でバッドステータスの記載があるように、またそれを治すことも記載されているんだ」


「バッドステータスは現に存在するのに、それが治せないと結論付けるのは早計過ぎると思うんだよ」






私は彼の言葉に頷いた。

確かにね。

出所は同じ神話なのに、バッドステータスは信じて、治す方法は信じないというのはおかしな話だ。






「うん。異論ないわ」






私はエノクにそう返事をした。

どちらにしても今は色々な方法を試していく必要があるのだ。

神話だろうが、おとぎ話だろうが、それがオカルトであろうが、試して白黒をはっきりさせていかなきゃならない。

エノクは違う道筋が見えて幾分かすっきりした顔つきになっていた。






「よかった・・・なんかレイナには助けられちゃったね」


「”お姉さん”に相談してよかったでしょ?」







エノクは苦笑いをしながら私の言葉を聞いていた。







ともかく、これで私たちの今後の方針が決まった。

バッドステータスそのものを治す方法も視野に入れて探っていく。

それは私たちが未知なるものに挑戦するという意思を固めた時でもあった。







To Be Continued・・・