ガヤガヤと周囲から様々な音がする・・・





道行く人の歩く音、馬のいななき、商売人の声、通行人の雑談の声など

雑多な音や声があらゆる方向から聴こえてくる。

余りにも音が混じりすぎて隣の人の話を聴くことさえ満足に出来そうにない。

私はその様子をこっそりカバンの中から伺がっていた。






目の前の舗装された大通りに沿って様々な店が立ち並んでいて、人が溢れんばかりに存在している。

それらの店は煉瓦とコンクリートでしっかりとした造りになっており、正方形と丸形を基調とした幾何学様式の様相を呈している。

店の内外には商品がところ狭しと展示されていて、店の前を群衆が激しく往来していた。

日用品や食材を取り扱う店にはエプロン姿の主婦やどこかの屋敷のシェフと思しき姿の人が商品を吟味している。

これから開店するだろう酒場の前には酒を飲むことを待ちきれない仕事帰りの労働者たちが雑談にふけっていた。

宿屋の中には各地からこの町に訪れた冒険者や商人で溢れ、情報交換をしているようだ。

そして、そんな日常の一コマを担う店達を抜けると今度は変わった様相の店構えが姿を現してくる。

剣や槍、盾といった物騒なものが展示されている武器屋の方に目を凝らすと

魔道具と思わしきアイテムやなんの動力で動いているか分からない機械も展示されていた。

そんな武器屋の周辺にいる人物も先ほどまでとは打って変わっている。

甲冑を着た剣士や、腰に一本剣をぶら下げマントを付けるだけの軽装な服装の冒険者、

さらにはローブに杖といういかにも魔術師といった井出達の人の姿も見受けられた。

絶対数は少ないがよく見ると人間以外の者もいるようだ。

頭からフードで全身を覆っていてなんの種族だかわからないが、

後ろ姿を見るとお尻の辺りにしっぽらしき物が蠢いているのが確認できる。

いずれにしても人が多いことには変わりはない。

ただでさえ活気があるのに、職業・人種共に異種混合の様相を呈していて、この場のカオスっぷりに拍車がかかっている。

ただし、そんな中でも整然と秩序を保った存在もいた。

長槍と甲冑を装備し、不動の構えで周囲の警戒を行う兵士の姿が点々と見られる。

一見カオスにも見えるこの場所だが、一たびなにか事件が起これば周囲の兵士たちが駆けつけてきそうな威圧感を放っている。

彼らの毅然とした佇まいは場に一定の秩序をもたらしていた。





ここはクレスの町の中心街。

エノクと私が住んでいるブロンズ通りの郊外から歩いておよそ1時間の距離にある場所だ。

歩いて1時間というのは私ではなくエノクが歩いてという意味だが・・・

今私はエノクが肩からぶら下げているカバンの中にいる。

このカバンは衝撃吸収用の素材でできており、さらにカバンの内側は金属加工されていて外からの衝撃にめっぽう強い。

エノクが私の外出用に作ってくれたカバンだった。

なぜ私達がこんな状態でここまで来ているかというと、話は昨日に遡る・・・
















「アモンギルド?」







私はエノクの発した言葉を訊き返した。







「うん。アモンギルドに行ってみようと思うんだ」


「それってなんのギルドなの?」


「冒険者ギルドだよ。この町の中心で拠点を構えている民間のギルドなんだ」







冒険者ギルドは未開の地の探索、特定の鉱物・植物の採取、外来危険種(人間・動物問わない)の排除などの依頼を請け負うギルドの事だ。

ギルドには王国直営と民間のギルドがあるらしく、この町にあるのは民間のギルドだという。

腕に自信のある命知らずな荒くれ者どもが集い、彼らの居るところはいざこざが絶えない事で有名らしい。








「・・・なんでそんなところにいくのよ?」








私はエノクに率直な疑問を投げかけてみた。

彼らも依頼を受けて成り立っている以上別に命は取られやしないだろうが、

あまりこちらから近付きたいと思える場所でないことは確かだ。







「うん。あれからちょっと考えたんだけど、神話や伝説の話となると冒険者たちに依頼するのが一番だと思うんだ」


「冒険者は各地を渡り歩いているから地理や民間の伝承にも詳しいし、バッドステータスの治癒の噂とか何か知っている事があるかもしれない」







私達がバッドステータスの治癒の方法を探すと決めた翌日。エノクは早くもそういう結論に至った。

まあ、即断即決の彼らしい気はするが・・・

そう、彼は何事も決めることがとても速い。

頭の回転が速いからこそかもしれないが、方針がこうと決まればそれに向かってすぐに突っ走ろうとする。

なんというか猪突猛進なタイプね。

当初はどちらかというと大人しい子で何事も熟考して慎重に行動するタイプだと思っていたが実際はその真逆だった。

興味がある事や、思い立ったことはすぐにやってみないと気が済まない性質らしい。

それでいて洞察力や、魔法に関する知識が半端ないから困ったものだ。今回の話も一応道理にはかなっているのだ。

だからこそ魔法技師見習いなんてやっているのかもしれないけど・・・

・・・

逆に、私は大胆な行動をするように見えて意外に慎重派だ。

冒険者ギルドなんてゴロツキがいそうな所にはそもそも近づこうとさえ思わない。

計算できない様な行動は出来るだけ慎むタイプである。

・・・そんな私だからかもしれないが、以前、同じクラスの女子達にこんな嫌味を言われたことがある。







「遠坂ってさー意外にあざといよねぇーー」


「ああ、それ言えているかもー」


「男子に絶対媚び売ったりとかしているよねーー」


「ねぇーー」








余計なお世話じゃボケっ!!

彼氏の一人だってこっちにはおらんわい!

なんか嫌な事思い出しちゃった・・・







「・・・レイナ・・なんか怖い顔しているけど、大丈夫?」







はっ!







「ごめん!なんでもないわ。ちょっと昔のこと思い出しただけよ」


「・・・嫌な事でもあったの?」







ちょ・・・そこを聞いてくる!?

こういうところは鈍感なのよね・・・







「ほんとになんでもないから気にしないで!それより話を戻しましょう?」


「・・・う、うん。そうだね」







流石にエノクも察したのだろう。

それ以上は聞いてこなかった。

・・・ごめんね。流石にこんなことは言えないわよ。

私って意外に隠したい過去があったのね・・・







「・・・一応聞いておくけど、そこの冒険者ギルドは危険はないのね?」







私は確認の意味で彼に話題を振った。

さっきまでの空気を払拭したいのもあったけど。







「ああ、それはもちろんだよ。依頼人に手を出したら、彼らだってどうなるか分かっているからね」


「ギルドは依頼人からの報酬で成り立っているのに、それにちょっかいを出そうものならギルド自体が黙っていない」


「ギルドからの制裁があるのはもちろん、最悪除籍処分や、公開私刑になることだってありえる」








まあ、そりゃそうか。

それなら依頼しに行くのも合点がいくけど。

でも・・・







「ねえエノク。それなら私もその依頼に付いて行っていい?」


「え!?」







エノクは驚いた顔をして私の方を見た。

慌てた様子で私を止めてくる。







「だ、ダメだよ!外は危険が一杯なんだ!」


「ましてや町の中心なんて人ごみで溢れているんだ。危険すぎる」







彼の言いたいことはよく分かる。

私の今の体じゃ人とぶつかった衝撃でさえ致命傷になりかねない。

そういう危険性も理解しているから、私はこの2週間一度も外を出歩かずにもっぱら家で留守番だった。

自分一人で外をうろつこうなんてことは今も微塵も考えていない。

しかし、今はエノクという頼もしい協力者がいる。

元来私はアウトドア派なのだ。正直言ってずっと家に引きこもっているのは辛いものがあった。

外の世界を見てみたいと思うのは自然の衝動だった。







「エノクの言いたいことはよく分かっているつもりよ。危険だってこともね」


「それだったら・・・なんで・・」


「ちょっと私の我がまま聞いてもらってもいい?考えがあるのよ」


「考え・・・?」




















・・・というのが昨日の夜の話。

エノクが渋々ながらこのバッグに加工を施してくれて、私をここまで連れてきてくれたという訳だ。

正直彼におんぶに抱っこ状態である。負担を掛けているのは良く分かっているつもりだ。

いつかこの借りは彼に返さなきゃね・・・







「ほら、見えてきたよ」







エノクがバッグ越しに私に話しかけてきた。

騒がしすぎる商店街を抜けると、整然とした区画によって立ち並ぶ大きな建物が顔を覗かせるようになった。

それぞれの建物にはなにかの意匠らしきマークの看板が掲げられている。







ここがギルド街か・・・







あれだけ溢れていた人ごみもここに来てかなり落ち着きを見せていた。

一般人と思しき人は大分数が減っている。

人種に関してはより専門職が多くなっている気がした。

冒険者や魔術師はもちろん、エノクが普段着る作業着のようなものを着ている人たちも見受けられる。

しばらく、その中を進んでいくと一際大きな建物が存在感を誇示して来た。

バロック形式の豪華絢爛な外装にレリーフ。建物の上にはいくつもの彫像が並べられている。

一見すると煌びやかな外装をしているというのにどこかまがまがしさがあるのは気のせいだろうか。

特に象徴的なのはそこに掲げられている看板だ。

鳥の頭に狼の胴体、蛇の尾っぽを持ち火を噴いている悪魔の姿がマークされている。

ここが噂に聞く”アモンギルド”ね・・・

エノクはギルドの門の前で立ち止まると私に声を掛けてきた。







「・・・レイナ、入るよ・・」


「ええ・・・」







エノクの声にもどこか緊張感がみられる。

私達は”悪魔”の口にも見えるその門の中に入っていった・・・





ギィーーー・・・・





重い扉の音と共にエノクと私はギルドの中に入った。




・・・





「うわぁ・・・」



「すごい・・・・」







思わず二人してため息が出てしまった。

そこで見た光景は私達をあっと言わせるに余りあるものだった。

まず、目の中に入ってきたのは圧倒的なスケールで描き出されている天井画だ。

首を垂直に上に向けて10m以上はあるだろう天井一面にダイナミックにそれが描かれている。

それは神話の世界を描いていると一目で分かる見事なフレスコ画だった。

天地創造から始まり、神々の誕生と悪魔の誕生、闇に覆われた大地に様々な種族が生まれ、そして互いに争っている光景が描かれている。

また、天井画以外の内装も圧巻の一言である。

天井の横に付いているステンドガラスにも神話と思わしき登場人物が描かれており、外からの透過光が入る際に幻想的な雰囲気を醸し出している。

天井を支えている柱は古代ギリシャ・ローマを思わせるような直線的なデザインが施されており、その天頂部分には天使の大理石像が惜しげもなく散りばめられていた。

まさに威風堂々、豪華絢爛、荘厳華麗、光炎万丈といった褒め言葉が似合う雄大な空間がそこには広がっていた。

どうやらこの世界にもダヴィンチやミケランジェロの如き芸術の天才がいるようだ。








正直これは言葉も出ないわね・・・








私が先ほどまで感じていたギルドへの不気味さや薄気味悪さは何処かへ消し飛んでしまった。

代わりに今感じているのは”畏怖”や”畏敬”といった感情だ。

まだ、入って間もないのにもかかわらず人の価値観を根底から変えてしまう様な”魔力”がこの空間には備わっていた。





しばらくその光景に私たちが見とれていると、数名の人間がこちらに歩いてくるのが分かった。

どうやら先に用が済んだギルドの訪問客のようだ。

歩いてくるのは全員女性の様である。

彼女たちは一目でわかるような非常に特徴的な姿をしていた。

赤と金を基調とした色鮮やかな衣服にその身を包み、銀の胸当てと小手、それにグリーブを装備している。

さらに特徴的なのは腰に帯刀している剣だ。

鞘に収まっているので刀身は確認できないが、それだけでも十分に高価なものだと分かる。

剣の柄には淡い水色の輝きを放つ水晶が埋め込まれ、鞘は金色に輝く豪華な装飾が施されていた。

例え群衆の中に埋もれたとしても彼女たちを見つけるのは容易いだろう。

それくらい彼女たちは目立つ格好をしていた。






そんな彼女たちが入り口の方に近づいて来る。

ここにいると通り道を塞ぐ形になってしまうだろう。

それに気づいたエノクは慌てて彼女らに道を譲った。








「失礼」








先頭に立って歩いている女性がエノクに一言声を掛けてきた。

そのまま彼女たちは横を通り過ぎていく。








うわぁ・・・美人・・・








それは同性の私から見てもため息が出るほどの美しい女性だった。

女性達はいずれも美人だったが、先頭に立って歩いていた女性の美しさは群を抜いていた。

ヴァイオレットの瞳と透き通るような白い肌。

歩くたびに後ろで結わえられた金髪がサラサラと揺られ、すらりと伸びた背に掛かっている。

華美な衣装に身を包んでいながらも、威風堂々とした振る舞いにどこか凛々しささえ感じてくる。

歩くだけで絵になりそうな人だった。

・・・

直後、彼女たちはフローラルな薔薇の香りを残して、そのままギルドから去っていった。








「・・・・」








いやぁ、ああいう人種が世の中にはいるもんなのね~

神様は不公平だわ。









「・・・・」









・・・あ、そうだった。不公平だった。

それは、私が一番良く知っているし。









「・・・・・」









それにしても彼女たちは誰だったのかしら・・・

格好からして一般庶民でないことだけは確実よね?

どこかの良家のお嬢様かしらね?

その割には武装していたけど。







「・・・・・」







・・・さっきからエノクが全く喋らなくて、動きもしないんだけど・・・

どうしたちゃったのよ彼は?

心配になったので私はエノクの様子をカバンから覗いてみた。









ぼーーーっ・・・・・








彼は顔が赤くなったまま固まっていた。







魅了されている!?

なんで!?







「ちょっ・・・ちょっと起きてよ・・・」








私はバッグ越しにエノクを揺らしながら、小声で話しかけた。








「・・・あ、ご、ごめん!」








ようやく反応してくれた。








「・・・・大丈夫?」


「・・・うん。ごめん平気・・・」







エノクも小声で返してくれた。どうやら正気に戻ったようだ。

あまり大きな声で話すと、周囲に私がバッグにいることを気付かれてしまう。

色々突っ込みたいところはあるけど、今は自重しよう・・・






エノクは先ほど女性たちが来た方向、つまり、ギルドの受付の方に向かって歩き出した。





・・・





中を進んでいくと周囲からガヤガヤと声が聞こえてくる。

ギルドの中を見渡すとかなりの人がいるようだった。

おそらく、彼らはみな冒険者だろう。

服装がそれを物語っている。

長袖のシャツと厚い生地のズボンを履き、マントを羽織っているという井出達の人が多い。

また、頭や体、足には身を守る防具を付けている人も多く、機動性を重視しつつも、急所となる場所の防御面も考慮した装備をしている。

聞いている典型的な冒険者のスタイルだ。

まあ、中にはフルプレートで身を包んだり、大きな荷物を抱え込んだ荷物持ちの人もいたが、長旅にはそういう人も必須なのだろう。

詳しいことまではわからないけどね・・・

ただ、身なりは似通っていても、その行動はてんでばらばらだ。

掲示されているものを確認している者、同じグループ同士で雑談している者、テーブルの上で分け前を分配している者達など、

それぞれが思い思いにこの場で時間を過ごしているようだ。

なんていうか建物はとても立派でも、中にいる人間はいかにも冒険者という感じだった。

彼らのなかにはガラの悪そうな奴が何人もいる。

正直言って、この場にとても似つかわしいとは思えない。

これだけ見事な芸術が目の前にあるというのに、彼らは至って無関心だ。

何回もギルドに出入りしているからもう慣れちゃっているとか?

それとも、もともともそんな感性を持ち合わせていないのかな?

結局興味があるのはお金だけとか・・・

この建物を作った人は厳粛で秩序ある空間をイメージしてこの建物を建てたはずだ。

例え慣れちゃったとしても、この建物に敬意を持っていたらこんな騒々しい真似はしてないと思うんだよね。

ある意味冒険者の本質の一部を知れた気がするわ・・・気を付けよう。







それにしてもなにをそんなに騒いでいるのかしら?

ここに入ったばかりの時は流石にここまで五月蠅くなかったと思うんだけど?

彼らはなにかの噂で盛り上がっているようだ。

一体何を話しているんだろう・・・

私は彼らの話に耳を傾けてみた。







「・・・おい。今の女達見たか?」


「ああ・・・すげえいい女達だったな」


「ああ…あの子たちも冒険者なのかな~、次あの子が来たら俺アプローチしちゃうかも・・・」


「バッカ!お前たち知らねえのか?あれは王妹殿下の近衛騎士達だ」


「騎士団長のクラウディア団長もさっき来ていただろう?」


「お前たちが7回生まれ変わっても届かないくらい高嶺の花だよ」








クラウディア・・・?


あのめっちゃ美人さんの事かしら?









「近衛騎士がなんでこのギルドに来ているんだ?」


「王都には王国直営の”マルバスギルド”があったはずだろう?もし依頼するなら、そっちに行かねえか?」


「さあな・・・・・なんか理由があるんだろうよ」







なるほど・・・近衛騎士か・・・

だから、あんな格好していたのね







私がそうして周囲のうわさに耳を傾けていると、ある時点でエノクがピタッと止まった。







どうやら受付の前に着いたらしい。

受付の人はエノクが前に来るなり、非常にゆっくりと重々しい声で彼に話しかけてきた。

それは、とても威厳があり、静かな威圧感を伴った声だった・・・







「いらっしゃいませ・・・ご用件はなんでしょうか・・・?」







鉄格子で仕切られた窓口から男の声がしてきた。

私が男の方を見ると、オールバックの丸渕の眼鏡を掛けた男がエノクの方に顔を向けていた。

その顔は無表情そのものであり、何を考えているのか全く分からない。

底が知れない雰囲気を漂わせている。







「あの、ギルドへの依頼をしたい者なんですが・・・」







エノクが目の前の男に対して依頼を口にする。

声色から若干の緊張があることを感じられた。







「ご依頼ですか・・・当ギルドをご利用いただき誠にありがとうございます」







そう言った後、男は慇懃に一礼をした。

しかし、その顔は全く嬉しそうじゃない。

愛想笑いくらいしなさいよ。

某ファーストフード店だったら、失格ねこの人・・・

男はそんな私の思惑とは裏腹に何事もなかったように続けてきた。







「・・・ご依頼内容をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「あ、はい。えーとですね・・・・・・」







エノクがそれに対してゆっくりと依頼内容を話し始める。

依頼内容は当然バッドステータスの治癒の方法についての情報提供だ。

男はエノクが依頼内容を話している間も全く表情を崩さずに聞いていた。

ここまで来ると感心さえしてしまう。







・・・ある意味これが本当のプロフェッショナルなのかもね。







依頼内容は分かっていたので、エノクが話している間に私は周囲を見回してみた。

このバッグは小さな穴が所どころ開いており、外の様子を伺うには都合が良い。

当然エノクに細工をお願いしたからではあるが。






窓口はここも含め全部で4つあるようだ。

それぞれの窓口は全て依頼人ないし、冒険者への対応を行っている最中だった。

エノクの後ろの方を見ると既に何人かの人が並び始めている。

どうやら、順番待ちをしているようだ。

私達は結構ラッキーな方だったらしい。

まともに並んでいたら、結構な時間待たされていただろう。

今度は窓口の両端に視線を向けてみる。






・・・!!






私は一瞬自分の目を疑った・・・

そこには天を衝くような偉丈夫が場に睨みを利かせていたのだ。

それこそ身長4m以上ありそうな大男達だ。・・・たぶん男だろう。

それぞれ斧と槍を持ち、フルプレートで身を包んでいるのでその顔の中を伺い知ることは出来ない。

圧倒的な威圧感で場を支配していた。

ちょっとでもおかしな真似をしようものなら、一撃のもとに切り伏せられるだろう。

その存在感はまさに、巨人。まさに、ガーディアンであった。







・・・うひゃぁ・・・でっかっ!

何あの人たち・・・あんな山のようにデカい人が存在していいの?







存在しているからこそ、ここは異世界なのだろう・・・

地球だったら、彼らならギネス記録は余裕だろう。

私は改めてここが地球とは違う世界なのだと感じざるを得なかった。








「なるほど・・・要件は承りました」








窓口の男が声を発したので私はそちらに視線を戻した。

どうやらエノクの説明が終わったようだ。

男はさらに話を続けてきた。







「・・・今回のご依頼は情報提供という事ですので、依頼料は最低100,000クレジットからになります」


「我々ギルドは1割の手数料をいただき、残りの分を冒険者の皆様にお支払いする形になります」


「それを踏まえ、冒険者の皆様が手に取りやりすい金額になる様に依頼料をご提示ください・・・」







クレジットはこの世界の通貨を表している。

ここ”カーラ王国”と周辺7か国で流通している通貨だ。

人間社会においては主要な通貨の一つであり、信用力も高いらしい。

ちなみにパン一個で大体10クレジット。

そして、魔法技師見習いの毎月の平均給与が20,000クレジットだという。

それを考えると10万クレジットはかなりの大金である。







エノクそんなお金あるのかしら・・・・?








「・・・・それじゃあ、10万クレジットでお願いします」








そう言ってエノクは財布から金貨10枚を取り出し、窓口に提出した。


・・・


私はそれを見るなり、胸が締め付けられる感じがした。

たぶんこれはエノクの持ち合わせている精一杯のお金なのだろう・・・

私のバッドステータスの治癒の手がかりを得るために彼はなけなしのお金を出したのだ。







はぁ・・・私はなんて無力なのかしら・・・







しかし、今はどうすることも出来ない。

私は成り行きを見守るしかなかった。







窓口の男はエノクが提出したお金を認めるなり静かに話を続けてきた。







「・・・畏まりました。念のため、注意事項も申しあげておきます」


「まず、依頼料は高ければ高いほど熟練の冒険者が受けやすくなり、情報提供の質も高まります」


「依頼料が高ければ我々ギルドも下位の冒険者に依頼を斡旋することはございません」


「しかし、依頼料が今回のように最低ですと受ける冒険者の質も低くなり、情報提供の質も低くなる傾向にあります」


「我々ギルドは情報の質は一切保証いたしかねますので、予めご承知おきください・・・」








うわぁ・・・なんというか完全に自己責任という訳ね。

これで失敗しようものなら高すぎる勉強料だわ・・・

エノクどうするのかしら・・・・?







「・・・・・分かりました。それでも10万クレジットでお願いします!」







エノクは今の話を聞いても、依頼をすることを辞めなかった。

回答するまでに若干間はあったが、それでも力強い回答だった。

なんか、ちょっと泣けてくる・・・







窓口の男はエノクの回答を聞いて僅かに頷いた。

そして、書類を提示するとともに話を続けてきた。







「・・・かしこまりました。それでは契約成立という事で、こちらの契約書にサインをお願いいたします」

「ペンはそちらをお使い下さい・・・」






そういって男は窓口においてある万年筆を手のひらで示した。

なんか不思議な感じがする万年筆だった。







「はい」







エノクはそのペンで契約書にサインをすると窓口の男に書類を返した。

書類を受け取った男はサインを入念に確認している。

何をそんなに確認しているのだろうか?

サイン1つでえらい入念なチェックね・・・






男はしばらく確認をした後、再度言葉を発してきた。






「・・・ありがとうございます。これでご依頼完了になります」


「ご依頼の公布は1週間後になります。もし、取り下げる場合は3日前までにご申告下さい」


「ただし、その場合でも手数料は頂くことになりますのでご注意願います・・・」


「それでは、お気をつけてお帰り下さい・・・・」







そう言って窓口の男は最後に慇懃に一礼をしてきた。

彼は最後まで表情を崩さなかった。


















私達がギルドの外に出ると既に大分日が沈んでいた。

通りに等間隔で設置されている街灯があたりを照らしている。

もちろん、それらの街灯は電力ではなく、なにかの魔力によって動いているのだろう。

あたりを見回すと人の姿もかなり減っていた。

皆帰宅の途につきはじめたのだろう。

私達の後に続いてアモンギルドから出ていく人も多くみられる。








「・・・・はあ、なんとか終わった」








エノクがほっと息を漏らした。

ギルドへの依頼が済んでとりあえず一安心と言ったところかな?

依頼自体はかなりすんなりと受託されたと言っていいと思う。

面倒なことでも聞かれると思ったが、流石に相手もプロなだけある。

黙々と事務処理だけしてくれたのはこちらも助かった。

バッドステータスの治癒の情報提供なんて、普通に考えたら頭おかしい人の依頼だと思われるかもしれない。

なにか突っ込んでくるかと思ったが、こちらの依頼内容をそのまま聞き取って、そのまま掲示するだけというスタンスを貫いてくれた。

まあだからこそ、ギルド側も情報の内容に干渉してこない代わりに、保証もしないというスタンスなのだろう。

おそらくこちらがどんなに依頼料を高く設定しようがそれはかわらない。

あくまで自分たちは情報提供の場を設けているだけ。揉め事などは当人同士で解決せよということだ。

依頼に対しては自分たちは直接の被害を被らず、金だけは確実に搾取する。

なにか問題があったとしても、それはギルドの問題ではなく、冒険者の問題にすり替えられるという訳だ。







なるほど、”冒険者が居るところはいざこざが絶えない”・・・か

良くできたシステムね・・・感心するわよまったく。

ある意味冒険者もギルドの被害者としての面があるのかもしれない。

もっとも、同情はしないけどね。

だからこそ報酬も高いのだろうし。

それに私達もそれの被害にあう可能性だってあるのだ。

良い冒険者に当たることを祈るしかないわね・・・








「・・・・あっ!」








どうしたのだろう・・・エノクが急に声を上げた。








「・・・・ん?どうしたのよ」








私はエノクにカバン越しに尋ねた。







「・・・あ、ごめんレイナ。ちょっと見ていきたいものがあるんだけど、寄り道していいかな?」


「別にいいけど、なに・・・?」


「うん。ちょっと面白そうなものを発見してね・・・」







そう言うなり、彼は何かに惹かれるようにそちらに向かって歩き出した。

また、何か彼の関心を惹いたものでも現れたのだろうか・・・彼の足取りはいつもより速かった。

早く目的のものを確認したくてしょうがない感じだ。

私は物思いに耽るのを止め、彼が興味が惹かれているであろうものへ視線を向けてみた。








掲示板・・・?








それは非常に大きな掲示板だった。

掲示板の一番上には”ギルド街総合掲示板”という文字が彫られた金色のプレートがあり、その下には紙がわんさかと貼られていた。

各ギルドからの依頼情報や直近のニュース、様々な告知といったものが山のように溢れているようだ。

アモンギルドの中にも掲示板はあったがそんな比ではない。

この掲示板は大通りからちょっと外れた広場にあるのだが、その広場を端から端まで占有している。

それこそ、ギルド街に所属しているすべてのギルドがここに何らかの掲示をしているような感じである。

エノクが興味を惹かれたのはこの掲示板の中の何かの情報だろう。

というか、それしかない。







彼は”総合掲示板”のある場所で止まり、そこにある掲示物を眺めると感嘆の声を上げた。








「うわぁ・・・・すごいな」








凄い?

一体何を見ているのかしら・・・?







私も気になって、彼の視線にあるものを探ってみた。

エノクが見ているのはあれかしらね?

これでもかというくらいデカデカと見出しが書かれた貼り紙がある。

たぶん間違いないだろう。

えーと・・・なになに・・・








”神話級魔法アイテムのオークションを来月開催!!!!”








神話級の魔法アイテム?

私はその掲示物の中身を読んでみた。







_________________________________________________________



◇神話級魔法アイテムのオークション情報◇





開催場所:
カーラ王都 ゴールド通り 1番地 
商人ギルド連盟会館 地下1F 競売広場

開催日時:
カーラ王国歴 435年 7月7日 18:00

主催者:
カーラ王国 王家、商人ギルド連盟

参加条件:
王国に認可を受けたギルド加盟者であり、ギルドから推薦を受けた者。
または、1000万クレジットの競売参加料を支払った者。

落札前提条件:
落札ギルド(もしくは落札者)は以後10年間カーラ王家に対し、
その毎月の収入の1割を納付すること。



競売品:




◆ロット№1:魔法の薬
出品者:アモンギルド
効果:30分間だけMPを500にする。
最低落札価格:1億クレジット


◆ロット№2:アムブロシア
出品者:ベレトギルド
効果:20分間だけMPを1000にする。
最低落札価格:10億クレジット


◆ロット№3:ネクタル
出品者:アミーギルド
効果:10分間だけMPを2000にする。
最低落札価格:50億クレジット


◆ロット№4:賢者の石
出品者:マルバスギルド
効果:5分間だけMPを5000にする。
最低落札価格:100億クレジット


◆ロット№5:ホーリーグレイル
出品者:バエルギルド
効果:???(測定不可)
最低落札価格:500億クレジット


◆ロット№6:知恵の実
出品者:カーラ王家
効果:???(測定不可)
最低落札価格:1000億クレジット




※詳しくはお近くの商人ギルド連盟加盟ギルドまで!!



__________________________________________________











うわぁ・・・なんというか動いている額がヤバいわね。

もう、私たちの世界とは別世界というかなんというか。

一般人はもう落札することはおろか、立ち入る事すら出来ないって感じ・・・

でも神話級のアイテムっていう割には効果はMPを特定の数値にするっていう地味なものなのね。

もっと凄い効果があると思ったんだけど。

それこそ一定時間無敵になるとか、大いなる能力を得るとか。

もっと派手な効果があると思ったんだけど、なんか意外・・・

でも、オークションの金額とかを見る限りこれらが凄まじい価値があることは一目でわかる。

私はエノクの方をちらっと見た。








「・・・・・」







キラキラキラ








うわぁ・・・目が輝いちゃっているわね。

なにがそんなに面白いのかしら。

魔法技師としてはこういう神話級の魔法アイテムに憧れるものなのかしらね?

よく分からないけど・・

邪魔しちゃ悪いから、気の済むまでそのままにしておいてあげよう・・・










私はしばし、その状態のまま待っていた。

手持無沙汰になった私は他の掲示物を見て暇を潰すことにした。

どうやらここら辺りは各ギルドの競売に関する情報が載っている欄の様だった。

貼られている掲示物を見ると”落札”という文字がそこかしこに見られる。







ふ~ん・・・なるほど色々なものが競売として取引されているのね。

どれもみんな最低落札価格が高いものばっかりだわ。

正直どれも手が出ないわね・・・






あら・・・?






私はとある競売だけ最低落札価格が割と低いものを発見した。






_________________________________________________



◆不動産競売



競売方式:入札制


開催場所:クレスの町 ゴールド通り33番地 ベレトギルド本部

開催期間:カーラ王国歴 436年 12月31日 17:00 まで

主催者:ベレトギルド

落札条件:開催期間終了までに最も高値を付けた者に落札



落札対象物件:クレスの町 シルバー通り254番地 

最低落札価格:200,000クレジット



※入札の際にはベレトギルド本部まで申告の事。


____________________________________________________








へぇ・・・・こういうお得な物件もあるのね。

不動産の癖に、こんなに安いなんてなんかいわく付きなんじゃないの?この物件・・・

それか立地が悪いか、凄いおんぼろだとか。

まあ、あんまり関わらないほうが良いと思うけど。

その時エノクから私に声が掛かった。







「ごめん。待たせちゃったね・・・行こうか」


「うん。気にしないで、別に大丈夫よ」







どうやら、十分堪能した様ね。

エノクは満足そうな顔をしている。

そして、いつもより饒舌な感じで私に話しかけてきた。








「いや~凄かったね、あれ!見た?あの神話のアイテムたちを!!?」


「ああ、あれね・・・見たわ」








うん。見た。そして、超高かった。

私の中のイメージとしてはそれだけだ。







「正直あれだけ、神話の魔法アイテムが集まるところなんて見たことないんだよ!!」


「ああ、落札は無理でも、オークションだけでも見に行けたらなぁーーーー・・・」







あら、また目が輝きだしちゃった。

そしてすぐに落ち込んじゃった。

なんか、忙しいわね。

フフッ…まあ、見てて楽しいけど。

そうだ、せっかくだから彼に聞いてみるか。







「ねえ、あの神話のアイテムってそんなに凄いものなの?」


「凄いよ!凄いなんてもんじゃないんだ!!」


「魔術師や、魔法技師にとっては生涯に一度お目にかかれるかどうか分からないくらい凄いものなんだよ!!!」







うわっ!いきなり来た。

なんていうか今のエノクはハイテンションモードね。

こんだけハイな彼は見たことない。








「でも、MPをある一定の数値にする程度なんでしょ?能力や普通の魔法アイテムでも上げることは出来るんでしょ?」


「とんでもない!!そんなこと普通は出来ないんだよ。出来るとしたら、こういう神話の魔法アイテムだけさ」


「え・・・そうなの?」






この情報は初耳だった。

ステータスの向上は補助魔法で出来るし、MPもそうだと私は思い込んでいた。






「ステータスの最大MPだけはね。レベルの上昇以外で挙げることは出来ないんだ。」


「魔道具や、能力を使っても最大MPだけは”不動”なんだよ。それはあのバッドステータスでさえ例外じゃないんだ」


「でも、その”唯一の例外”がこの神話の魔法アイテム達なのさ。これは使えば人間が到達できない能力を使う事さえ出来るかもしれないんだ!」







そうだったんだ・・・

そこで私は以前疑問に思っていて、エノクに聞き忘れていたことを思い出した・・・

よく考えたら私はバッドステータスでステータスの値が1/10に縮小しているにもかかわらず、MPだけはもとの”5”のままだったのだ。

あれはつまりこういう事だったのだ。

MPだけは状態異常の影響を受けていなかったという事ね。もっと早くに気付くべきだった・・・

でも、これで合点がいったわ。

神話のアイテムを皆が欲しがるわけね。

私はエノクの言葉に頷いた。







「エノクのいう事分かった気がするわ。そりゃみんな欲しがるわけよね」


「あっ!分かってくれた♪そうなんだよ。だから、みんな一度はお目にかかりたいと思っているはずなんだよ~」







エノクは相変わらずハイテンションなままだ。

まずい、このままだとあれを伝える機会を逸しそうだ。

私は少々強引に彼を呼び止めた。








「ねえ!エノク!!」


「えっ…な、なに・・急にどうしたんだい・・・レイナ」


「ごめん!言いたいことがあるの・・・」






・・・

私は深呼吸して一言息を吐いてからエノクに続きを話した。







「さっきのギルドの事。私絶対忘れないからね」


「え・・・ギルドの事・・・ってなに?」


「ありがとうね・・・・」


「え・・・・・レイナ?」


「ありがとう」


「・・・・うん」















私達はそのまま帰宅の途に就いた。

ギルドへの依頼は無事に成功したものの、結果はどうなるかはまだ分からない。

1週間後に依頼は公布されるが情報に関しては正直言ってあまり期待できそうにない。

しかし、例えそれがどんな情報だったとしても私は後悔しないだろう。









To Be Continued・・・