「・・・・・・」







私は今日も座禅を組んで座っている。

目の前にはお馴染みの消しゴムと定規だ。

そろそろ前回の能力を使用して4時間が経つ。

私は巻物を取り出して、自分のMPを確認した。







"MP:5"







よし!行ける。

つい今しがたまで<3>だったMP表示が今は<5>になっていた。

最近は何となくだが、自分のMPの貯蔵が今どれくらいなのか体感的に分かるようになってきた。

巻物は確認の為に一応出してはいるけどね。

これも日ごろ能力を使って空の時と満タンのときをそれぞれ味わっているおかげかしら?

なにが違うのかと言われると説明するのは難しいんだけど、満タンの時は自分の中にある力が満ちている感覚がある。

一方能力を使ったときはそれが外へ向かって放出されるという感覚があり、時間が経って徐々にそれが補充されていくイメージだ。

能力を使った後のMPの経過だが、最初の1時間で”1”、次の1時間で”2”、次の1時間で"3"、そして最後の1時間で”5”になる。

まあ、単純に考えれば4時間で満タンになるわけだから、1時間で最大MPの1/4回復しているって想像がつくわね。

つまり、1時間当たりの回復量は"1.25"というわけだ。

小数点以下は表示されていないが、切り捨てられているというわけではないらしい。

私は手のひらを目の前に消しゴムに向けて突き出した。









「ミニマム!!!」









チュン・・・









消しゴムは僅かな質量感と共にその体積を減らした。

私は定規の方を確認する。







”4.54cm”







・・・







今更何か感慨が沸くわけでもない。

もう、見慣れた光景だ。

”グロース”は1.1倍大きくなり、”ミニマム”は1/1.1だけ小さくなる。

この家に来て、そろそろ3週間がたつ。

この横の長さが5cmの消しゴムを使うのも何度目になるか分からない。

そして、能力を使い終わった後、巻物を取り出して確認する。

これもいつもの光景だ。もはや、習慣と化している。

どうせ変わってないだろうけど・・・






そう思いながら私は巻物を開いた。
















◇転生者基本情報



名前:遠坂 玲奈
年齢:18歳(寿命:未設定)
身長:17.5cm
体重:52.6g
BWH:8.7 5.7 9.0



Lv:2
HP:5.5
MP:0
STR:3.6
DEF:1.9
INT:1.4
VIT:2.4
CRI:0.6
DEX:2.0
AGI:5.4
LUK:1.1



プライマリースキル:グロース、ミニマム

タレントスキル:大器晩成、酒乱、逃げ脚、テンプテーション

バッドステータス:1/10縮小化(永続)

所持アイテム:転生者の巻物

所持クレジット:0


現在位置:クレスの町 ブロンズ通り302番地 フランベルジュ家


---------------------------------------------------------------








えっ・・・・?





私はいつものようにさらっと目を通してから巻物をしまうつもりだったが、なんかこれまでと変わっていた気がした。

もう一度確認してみる・・・・












Lvが上がっている・・・・!!?

う・・・嘘、ついにやったのかしら私?

念のためもう一度見てみましょう・・・







私はもう一度目を凝らして、ステータス欄を確認した。

Lvの所を確認すると"2"という文字が確かにそこには入っていた。







・・・間違いない・・・LVがついに上がったんだ・・・・!

やった・・・・・・・・・やったわよ、わたし!!!







苦節3週間、私はついにやったのだ。

LVの上昇によってステータスも微々たるものだったが、上がっているようだ。

だが、そんな僅かな上昇でも今の私にとってはもの凄く嬉しいことだった。

BGM付きでなんか踊りたい気分よね♪

私は思わずその場で喜びの舞を踊ってしまった。







テテテ~テーテーレッテレー♪(謎のファンファーレ








レイナはレベルが2に上がった!!!


HPが0.5ポイント上昇した!

MPが・・・

えむぴーが・・・・・

・・・

あれ? MP"0”のままじゃん。これじゃどれだけ上がったかわからないじゃない・・・

そっか、レベルアップでMPは回復しないのね・・・

ちょっと待つしかないのか・・・仕方ない。喜びの舞はちょっとお預けね。

私はそのまま4時間待つことにした。












そして、4時間後・・・







◇転生者基本情報



名前:遠坂 玲奈
年齢:18歳(寿命:未設定)
身長:17.5cm
体重:52.6g
BWH:8.7 5.7 9.0



Lv:2
HP:5.5
MP:8
STR:3.6
DEF:1.9
INT:1.4
VIT:2.4
CRI:0.6
DEX:2.0
AGI:5.4
LUK:1.1



プライマリースキル:グロース、ミニマム

タレントスキル:大器晩成、酒乱、逃げ脚、テンプテーション

バッドステータス:1/10縮小化(永続)

所持アイテム:転生者の巻物

所持クレジット:0


現在位置:クレスの町 ブロンズ通り302番地 フランベルジュ家


---------------------------------------------------------------








よしっ!

どうやら最大までMPが回復した様ね。

1時間毎に"2"ずつ回復していたからこれが最大で間違いないでしょ。

では、改めて・・・・私の喜びの舞を披露してあげましょう。







テテテ~テーテーレッテレー♪(何かのファンファーレ







レイナはレベルが<2>に上がった!!!


HP(ヒットポイント)が0.5ポイント上昇した!

MP(マジックポイント)が3ポイント上昇した!

STR(攻撃力)が0.5ポイント上昇した!

DEF(防御力)が0.3ポイント上昇した!

INT(魔法効果)が0.2ポイント上昇した!

VIT(体力)が0.4ポイント上昇した!

CRI(クリティカル)が0.1ポイント上昇した!

DEX(器用さ)が0.3ポイント上昇した!

AGI(素早さ)が0.6ポイント上昇した!

LUK(運の良さ)が0.1ポイント上昇した!

W(ウエスト)が0.1ポイント上昇した!








・・・・・っておい!!

最後の奴はいらんわっ!!!

なにが、0.1ポイント上昇した!・・・よ

あんたは上がらなくていいのよ!!







衝撃のステータスの変動で私は思わず頭を抱え込んだ







・・・・マズイ

よく考えたら、この3週間筋トレはしていたものの、走り込みをしていなかったわね・・・

実質、この家で食っちゃ寝状態だった気がする。

これじゃウエスト周りが”増量”してしまったとしても無理からぬことなのかもしれない・・・・

でも、だからと言ってどうしよう・・・

外に出て行けるのだったら走りに行ったんだけど、この体じゃ危険すぎるわ。








そう思って私は辺りを見回してみた。








うーん・・・家の中を走り回る?

でも、あんまりスペースないのよね、ここ・・・

エノクの寝室は相変わらず物が散らかっている。

ここで走るのは物に躓きそうでちょっと危なかった。

仕方ない。

ダイニングルームの床の上をぐるぐる回っているしかないか・・・








そう考えた私は作業台から降りて、ダイニングルームへと向かった。



















「ただいま~・・・・・うん・・??」








床の上を走っていた私はエノクとばったり目が合ってしまった。








「どうしたのレイナ・・・そんな所走ったりして・・・」


「いや・・・・・なんとなく」







走るのに夢中でエノクの足音に気付かなかった・・・

















「ははは・・・なんだ急にどうしたのかと心配しちゃったよ」






エノクが私の事情を知って、和やかにほほ笑んだ。

変なことになってなくてとりあえず安心した様だ。

ちなみに”太ったから”なんて事は私は断じて一言も言っていない。

あくまで、日課の訓練の一環とだけエノクには説明しておいた。

言えるわけないわよ・・・そんなこと。

エノクにはまた隠し事が一つ増えてしまった。

これから毎日彼が留守の時には走り込み決定ね・・・

私はそう決意を新たにした。

同時に私は話題を変えるべく彼に”例のこと”を聞いた。








「そういえばそろそろじゃない?」








私は今自分の仮設住宅に戻っている。

目の前には彼が作ってくれた料理が並べられていた。

料理は小人用に作られた食器の上に盛られていて、いつも彼が食べる分を綺麗に取り分けて乗せてもらっている。

体が小さい唯一のメリットは食事も少なくて済むということだ。

食費に関しては彼にほとんど負担を掛けずに済むのは幸いだった。

ちなみに彼は器用なだけあって料理も上手だ。

下手な主婦よりよっぼど彼の方が上手いと思う。

まったく、私より女子力高いってどういうことよ・・・

ちなみに私の母上はなにもそういうところは教えてくれなかった。良い意味で、放任主義なのよねあの人・・・









「うん。明日だね」








エノクが私の言葉にそう答える。

そう、アモンギルドへ情報提供の依頼をしたのが今から6日前。

つまり明日がギルドの依頼が公布される日という事だ。







「依頼が公布されたら、そのまま待っていればいいの?」


「うん。公布されてもすぐに冒険者が受託するとは限らないからね」


「もし、依頼を受けた冒険者が現れたのなら、ギルドから連絡が入るはずだよ」







そっか、じゃあ明日なにか進展があるとは限らないのね。

でも、どうやって連絡が入るのかしら?

エノクは契約書に自分の名前をサインしただけで、他の個人情報は相手に与えてないと思うんだけど。

ちょっと気にはなったが、大したことではなかったので私はそのまま流すことにした。







「まあ、ギルドへの依頼は様子見だね。僕の方は僕の方で中和の方も引き続き当たってみるつもりだよ」


「うん。ありがとう」







話が一段落したところで、私は料理を味わうことに専念した。








はぁ・・・相変わらず、美味しいわね。

エノクは将来良い旦那さんになるわ、これは。

仕事も出来て、家事も出来て、工作も出来るって3拍子揃っているんですけど・・・ちょっとずるいわよ。

それに対して私は家事らしいことは洗濯くらいしかできない。

お裁縫は家庭科の授業でミシンを使ったことくらい。

料理はカレーやシチューくらいなら作れるけど、凝った料理は作ったことがない。

昔の女の人は嫁ぐ前に花嫁修業という事で、家事全般を叩きこまれたらしいけど、

私にはもちろんそんなことはない。

私が唯一彼に誇れるものって言ったら、陸上くらいかしらね。

足の速さだけは自信がある。

もっとも、日常生活ではまるで役に立たない能力だろうけど・・・

現代日本は女性の社会進出が著しくなり、昔と比べて家事スキルはそこまで重要視されなくなった。

しかし、それでも料理が出来る子は依然としてよくモテる。

私が通っていた高校でも彼氏にお手製のお弁当作ってきた子いたっけ。

”男子を射んと欲すれば先ず腹を射よ”

私のクラスの女子が古典の授業を受けていた時に冗談で言っていた台詞だ。

でも、あながち間違いではないところがこの台詞の怖いところでもある。

私も少しなにか料理の修業した方が良いかしら・・・

もっともこの体じゃ修業もへったくれもないだろうが。




・・・



・・・そういえばこの世界では”能力”は覚えることが出来るものだったわね。

巻物の能力一覧を見た時もそれに類する能力がいくつかあった気がする。

つまり、セカンダリースキルで”家事スキル”みたいなものを覚えたら、私も料理が出来るようになるという事かしら?

でも、なんかそれはずるい気がする・・・

料理するだけでMPを使うというのもあるし、なんかいかさまをして作っている気分。

せっかく料理を作るのなら、自分が苦労して習得したものを披露したいと思うのが”乙女心”というものだ。

料理を覚えるにしても、それは元の体に戻って、自分の体で覚える様にしよう。







・・・なによ、私が”乙女”という言葉使うのになんか文句あるの?

殴るわよ・・・







おほんっ・・・失礼。

ちなみに、セカンダリースキルの習得はまだちょっと早い。

能力の最低MPコストはいずれも<10>以上が基本だからだ。

私はLvが2になったとは言え、MPが<8>までしかないから今は選択肢がないに等しい。

能力の中には<7>とか<8>で覚えられるのもあるにはある。

しかし、それらの能力があまり役に立つとは思えなかった。

だって、”字が上手く書ける”とか”相手を笑わせる”とか、そんなんバッカだったんだもの・・・

人によっては有用な能力であるかもしれないけど、今の私にとっては必要ないわね。

それにセカンダリースキルを覚えるためにはその能力を一回見ないといけないが、エノクは当然そんな能力を覚えていなかった。

もう一回レベルが上がれば私のMPもおそらく<10>を超えるし、それだとエノクが覚えている能力もあるらしいから、そこで初めて選択肢が出てくると言っていいだろう。

ちなみにセカンダリースキルは覚える数に限度はないらしい。

しかし、その能力を十二分にイメージする必要があるので、よほどの天才でない限りはそんな何十個も覚えられるものではないとの事。

二兎を追う者は一兎をも得ずじゃないけど、覚えたいものに狙いをつけて着実に一個一個覚えたほうが良いとエノクは言っていた。






実はエノクとも話していて、覚えたいスキルについてはもう狙いは定めてある。

後はどれくらいでそれが習得できるかが問題よね・・・

十分なイメージをつける為にはまずそれを欲することから始め、

毎日の様に自分自身がそれを使っている姿を想像することでイメージが完全なものに近づいていく。

彼には申し訳ないけど、暇な時間は私の特訓に付き合ってもらう事にしよう。







私はそう考えた後、彼の作ってくれた料理を引き続き味わった。



















僕の目の前には轟轟と唸る火柱が立っている。

そこはまさに新たな生命が生まれる場所。

魔法技師の僕たちにとってはそういう神聖な場所である。

僕はいつもこの光景に見惚れてしまう。

魔法石の元となる魔鉱石が目の前の高炉にくべられ、しばしの間鉱物が溶解するのを待っている。

僕はこのわずかな時間が堪らなく好きだった。

自分と火との対話。はては自分と魔法技師の在り方についていつも考えさせられる。

そして、自分が自分らしさを感じられる時間でもあった。

自分は今最も尊い業務に従事しているのだと。

新たに生まれてくる生命を祝福するために僕は今いるのだと。

そう、自分を確信させることができるのだ。








「・・・・・」


「おい、エノクぼさっとしてんな!!高炉からモノが上がったら一気に畳みかけるぞ!」


「はい、親方!!すみません!!」








親方の大きな声が作業場に響き渡る。

僕も含め数名の人間が高炉の前で槌を持って身構えている。

この槌は魔法の槌であり、叩いた対象に魔法効果をピンポイントで発動させることが出来るものだ。

火から上がった魔鉱石は純粋な魔力結晶体に変わって出てくる。

魔力結晶体は空気中のマナとの相性が悪く、時間が経てばたつほど不純な魔力が中に流れ込んでしまう。

その為、魔法石として完成させるためには、魔力結晶体に流し込みたい能力を素早くたたき込み、

外界の魔力が流れ込まない様に表面を魔法でコーティングする必要がある。

まさに時間との勝負だった。







「・・・・よし、モノがあがったぞ!打て!!」


「・・・・・!!」







親方の合図とともに、僕たちは全身全霊の魔力を込めて槌を打ち込んでいった・・・・
















「・・・・よし!無事に作れたようだな。合格だ!!」







ふぅ・・・と周りから安堵のため息が漏れた。

親方の検品になんとか合格した様だ。

僕も内心ほっとした・・・

あらゆる作業工程の中で魔法石の製錬が一番疲れるからだ。







「お前たちご苦労だったな!今日はもう上がっていいぞ」


「はい!!ありがとうございました!」







親方のその言葉に僕たちも元気よく返事をした。

今回の様に魔法石の製錬をやる際には、一際気合が入るというのもあるだろう。

皆の返事もいつもより声が張っていた。

しかし、挨拶が終わると皆途端に脱力感に襲われているようだ。

他人と雑談する余力も残っていないようだった。

皆めいめいにその場から去って行っている。

僕も仕事が終わってほっと一息ついた。

ただ、疲れはしたが達成感と充実感がある。



・・・



しばし、その余韻に浸っていたが、気付くと親方以外は皆いなくなっていた。

僕もそろそろ帰ることにしよう。

・・・今日の夕飯は何を買って帰ろうかな。

そう僕が思案を巡らせてたとき、親方から声がかけられた。







「おう!エノクちょっと今時間いいか?」


「はい。なんでしょうか?」







何か僕に用があるのだろうか。しかし、内容の見当がつかない。

僕は親方に呼ばれると、その前まで行きかしこまった。

その状態のまま僕は親方の顔を伺う。

親方は頭にゴーグルを付けて、シャツ一枚に厚手のズボンを着るというシンプルな服装をしている。

その体は筋骨隆々であり、本人の豪快さも相まって親方はとても大きい人に見えた。







「おいおい!なんだ!そんな畏まんな!」


「そんな辛気臭い話をするわけじゃねえんだぞ!ガッハッハ!」







親方がバン!っと僕の背中を叩いた。

かなり痛い・・・







「いえ、なんかすみません。これはもう僕の癖な様なものでして・・・」


「相変わらずだなおめぇは!まあ、そんなお前も嫌いじゃないけどよ」







親方は後腐れなくこういう事を言う人だ。

もう、親方とは長い付き合いだが、この性格はずっと変わらない。

そして、僕もそんな親方と接するとき一歩引いた態度をとることも変わらない。

親方と僕はそんな間柄だった。

別に親方の事を苦手としているわけじゃない。

それどころが彼の事は大好きだし、小さいことなんかすべて吹っ飛ばすような彼の豪快さに僕は憧れもしていた。

将来は親方のような人物になりたいとさえ思う。







親方の名前は”ブラッドフォード・ガング”という。

ここ”ガングマイスター工房”の主人であり、たくさんの職人と見習いを抱えている魔法技師の大家だ。

この町では二人しかいない<マスター>の称号を持つ魔法技師でもある。

親方はなにかと僕を気に掛けてくれる。

まだ小さかった僕を魔法技師見習いとして採用してくれただけじゃなく、彼の持っている技術を惜しむことなく伝授してくれる。

さらには生活に困らない様にと条件付きで工房ギルドのメンバーにも推薦してくれた。

おかげで僕はギルドから依頼を受けて、報酬を受けることも出来るようになったし、ギルドのメンバーとしてある程度の認知度を得るにも至った。

小さいころに両親を亡くし、身寄りのなかった僕にとって親方は第二の親ともいえる存在だ。

だけど・・・だからこそ、僕にとっては近寄りがたい存在だった。

彼に失礼な態度は取れない。

親方は「もっと気楽に接してこい!」と言ってくれるのだが、僕にはどうしてもそれが出来なかった。

たぶん、今後もそうなんじゃないかと思う・・・

そんな僕に親方が話を続けて来た。








「話っていうのはな・・・お前”オークション”とか興味あるか?」


「オークションですか?まあ、無いわけではないですけど・・・」








親方とオークション・・・・全然繋がりが見えてこない。

なんか興味がそそられた魔法アイテムでも出されるのだろうか。

僕がパッと思いついたのは”例の”オークションだが、まああれは届かない夢だ。

それ以外となると、なにがあるのだろう。

僕には見当がつかなかった。








「実はこの間”アザゼルギルド”に招待状が届いてな」


「来月の初旬に王都で開催されるオークションへの参加要請だったんだ」


「推薦でうちからも2名出せるらしい」








”アザゼルギルド”というのは僕たちが所属している工房ギルドの名称だ。

クレスの町には民間の工房ギルドが2つあり、その内の一つがアザゼルギルドだった。








「ギルドの会合でうちの工房から2名とも派遣することが決まってな」


「誰を送り出すか、考えていたところなんだが・・・・」








そこで親方は僕の方をチラっとみた。







「そこで考え付いたのがお前って訳よ!どうだ!興味ねえか!?」







親方がルンルンと期待した目でこちらを見てくる。

僕を送り出したくて仕方がないようだった。

その気持ちはとってもありがたい。

僕も後学の為そういう場に参加すること自体には興味がある。

でも、今の僕にはほとんど持ち合わせがなかった。

たぶん行ったところでただ見て帰ってくるだけという感じで終わるだろう。

それだと親方に申し訳ない気がする。

ここは素直に事情を話そう。








「ごめんなさい。実は今ある事にほとんどお金を使っちゃって、参加してもただ見学するだけで終わると思います」


「せっかく親方に推薦してもらっても、そんなんじゃ親方の顔に泥を塗るだけだと思いますが・・・」








僕は申し訳なさそうに親方に事情を話した。

親方は一瞬キョトンとした顔でこちらを見てくる。

だが、すぐに大口を開けて大笑いをしてきた。







「ハッハッハッハ!!そんなこと気にしてたのか、おめぇは!?」


「そんなこと全く気にする必要はねえぞ!楽しんでくりゃそれでいいんだよ!」


「第一泥なんか塗られても、俺が泥を食っちまうわ。ガハハハハハハ!!!!」








親方は僕の言ったことを全く気にしてないようだった。

・・・こういう姿の親方に僕は何回助けられただろうか。

彼の豪快な姿を見ていると、僕の考えている悩みがちっぽけなものに見えてくる。

親方は身体も器もとても大きい人だった。

親方はひとしきり笑った後、さらに言葉を続けてきた。







「それにな…今回の招待状は所詮は向こうの”数合わせ”よ」


「招待してきた連中はこちらが落札をすることを”これっぽっち”も期待してないだろうからよ」


「・・・期待していないんですか?」







僕は思わず疑問を口にした。

オークションへの参加を呼び掛けておきながら、落札を期待してないって変な話だな・・・







「ああ。額が額だからな。一般人にはとても落札できる代物じゃない」


「俺たち職人だってそれは例外じゃない。あんなもの落札出来るのは商人ギルドの連中か、一部の冒険者くらいだろうさ」







え・・・もしかしてそれって・・・

僕は頭に浮かんだ疑問を聞かずにはいられなかった。







「すみません。それってオークション対象はなんでしょうか?」


「ああ、なんでも”神話の魔法アイテム”って言っていたな。エノクもきっとびっくりすると思うぞ?」








!!!!!







「・・・まあ、どうしても嫌だってんなら、無理にとはいわな・・・」


「行きます!!!」








僕はそう力強く宣言した。

その時の面くらった親方の顔が印象的だった。

















"17:18"






僕は手元にある時計を確認した。

時刻は既に夕方を示していた。

親方と話していたら意外と時間が経っていたようだ。








・・・レイナお腹空かせているかな?

早く終わらせないと。








僕は本日の最後の作業として自分の机で日誌を書いていた。

日誌には様々な数式の羅列や図が描かれている。これは先ほど行った魔法石の製錬に関するものだ。

日誌を書くことは業務で義務付けられているわけではない。

しかし、魔法の効果測定や行動記録を詳細に書き残しておき、比較検討の材料を残しておくことが後々に良いモノを作れる秘訣だという。

親方がまだ駆け出しだった頃の僕に教えてくれたマメ知識だった。

それ以来、大して内容がない日であっても僕は欠かさずこのように日誌を書いていた。

今では逆に毎日書いてないと落ち着かなくなってしまっている。

この日誌は今後僕が生きて行く上での商売道具でもあり、これまで歩んできた人生の想い出にもなるのだ。








「よし・・・終わりっと」








僕は今日の日誌を書き終えると背伸びをして窓の外を見た。

外は暗くなってきたがまだ日は沈んでいないようだ。

これならなんとか夕飯の買い出しにも間に合いそうである。








ちょっと遅くなっちゃったな・・・

今日は寄り道せずに帰ろう。








僕はそう考えた後、一緒に暮らしている同居人について思いを巡らせた。

レイナがうちに住み始めてから、僕は帰る時刻を意識するようになっていた。

以前とはだいぶ違う。

今までだったら魔道具の効果測定に夢中で、夜遅くまで工房にいるなんてことはザラだった。

別に残業でそんな時間まで残っていたわけではない。

親方にこちらから頼み込んでやらせてもらっていた。

実験結果の先を知りたくて翌日まで待てない時なんかはよくやってしまう。

夢中になりすぎて、真夜中までやっていた時なんかは親方に「早く帰れ!」と怒られたこともある。

ちなみに、実験をしなかったとしても家に直で帰ることは稀だ。

本屋や図書館に立ち寄って新たな魔法の知識を得てから帰るというのがこれまでの僕の日常の過ごし方だった。

家にいてもあまりやる事がないというのがその理由だった。

それがレイナが来てからガラリと変わった。

実験は業務時間内で収めるようになったし、本屋や図書館に寄る回数も減った。

食材店で夕飯を買ってから直接家に帰ることが圧倒的に多くなった。

これまでは仕事が終わろうがなにしようが、四六時中実験の事が頭に浮かんでいたが、

最近は料理の事を考える割合が非常に多くなった気がする。

ずっと自炊してきただけあって料理は得意な方だが、これほどまでに考えた事はこれまでなかった。

以前の僕とは違う変貌ぶりに自分でも驚いている。

でも、それは全然嫌なものではない。いや、むしろ・・・・








「あれ・・・?エノクまだ帰っていなかったんだ?」








帰り支度をしていた僕に誰かが声を掛けてきた。

声のした方を見ると、僕と年が同じくらいの青年がこちらを見ていた。








「最近、帰るの早かったから、てっきりもういないのかと思っていたよ」








少しおどけた感じでその青年は僕に声を掛けてきた。

青年はダークブロンドの髪色をしており、ニキビがある顔が特徴的だった。

背は僕より少し高い。

僕と同じハンマーのワッペンが刺繍された作業着を着ている。

彼の名前は”アベル・アークライト”という。

ここガングマイスター工房の仲間であり、僕と同じ魔法技師見習いである。

彼は仕事以外でも付き合いのある僕の唯一の友人と言っていい。

僕と同じように幼少から魔法技師見習いとして働いていて多くの苦楽を分かち合ってきた仲だ。

戦争や身売りで孤児になった子は多い。この工房でもそういう境遇の子は多かった。

でも、僕と親しいのは彼くらいだ。

別に僕が他の人を避けているわけではないが、周りが僕を避けている。

本人たちに直接聞いたことがないから確実なことは言えないけど

理由に関してはおおよそ見当はついている・・・

まあ、そんな訳で”アベル”を除いて同年代の子から僕は浮いていた。

親方に相談なんかもちろん出来ない。これ以上彼に甘えることは出来ない。

そういう状況を考えても、アベルはこの工房の中で唯一僕が気を許せる存在だと言っていいだろう。








「いや、これから帰るところさ」








話しかけてきたアベルに僕はそう答えた。









「そうだったんだ。僕もちょうど帰るところだから一緒に帰ろうよ」


「ああ、いいよ」









僕はアベルに返事をすると、荷物を取って工房の外に出ていく彼に続いた。

外に出ると人の数が大分まばらになっている。

商店街に続く目の前の大通りを僕とアベルは並んで歩いていった。

僕達は仕事が終わるとこうしてよく一緒に帰る。

帰りの雑談の種はもっぱら仕事の内容や、昨日読んだ本の内容に関することが中心だ。

僕もアベルも同じ魔法技師見習いとして話が通じるし、お互い読書くらいしか趣味らしきことがなかった。

今日もアベルが当たり前の話題を振ってくる。








「実は本屋で”未知の能力”に関する本を見つけたんだ」


「帰りがてら見に行こうと思うんだけど、付き合わないかい?」








アベルが僕に本屋へのお誘いの言葉を言ってきた。

そのタイトルの本は僕も”もの凄く”興味があるし、いつもなら二つ返事で行くところなんだけど・・・








「ごめん、アベル。今日は家でやらないといけない事があるんだ。また、今度誘ってよ」









僕はアベルに申し訳なさそうな態度でお断りをした。

アベルはそれを聞いて少し驚いたような顔をしている。

無理もないことかもしれない。

彼の誘いを断ったのは人生でも数えるほどだ。








「・・・意外だなぁ。エノクがこれを断るとは思わなかったよ」


「いつもならこういう話に飛びついてくるのに」


「ははは・・・さすがにそこまでがっついてないよ」








彼の冗談はいつもの事なので笑って受け流したが、内心はちょっとショックだった。

そりゃ興味があることは確かめられずにいられない性格なのは自分でも分かっているけど

そんな見境なく飛びついているかなぁ・・・










「エノク最近なんか雰囲気変わったね」


「普段の様子もどことなく楽しそうな感じがするよ」


「そうかい?」


「うん。間違いないよ」









なんか意外な話を聞いた。

自分としては、生活習慣以外はそこまで変わっていないと思っているんだけど

第3者からみたら僕の雰囲気が外から見ても分かるほど変わっているらしい。

全く無自覚なんだけど、どこを見てそう感じたんだろう・・・

僕がそう自分自身について思いを巡らせていた時、アベルはとんでもないことを言い出した。








「エノクついに彼女でもできたのかい?」


「なっ・・・・・・・・」









なにを急に言い出すんだ君はと言おうとしたが言葉が続かなかった。

彼としては冗談のつもりで言ったのだろうが、なぜか今の僕は笑って受け流すことが出来なかった。









「ははは、もしかして図星かい?」


「そんなわけないだろ!」








僕はそう返すので精いっぱいだった。

まったく彼はいきなり何を言い出すんだか・・・








「そうやって向きになって否定するところが怪しいな~」


「彼女なんて僕に縁がないことくらい、君だって分かっているだろう?」


「それはどうだろうね。僕たちはもう立派な大人なんだからさ、ある日突然出来ても可笑しくないよ」


「・・・・・」







いや、そりゃそうなんだけどさ・・・

確かに僕たちはもう16歳だ。いても全然おかしくはない年齢だ。

現に、同年代の工房仲間は何人か彼女を作っているという噂は耳にした。

でも、僕たち二人はそういう話はこれまで全く出なかった。

僕は休日の日も図書館に籠ったり、家で工作をしたりしていることが多いし、外に出てデートなんて縁遠い話だ。

そもそも、工房に所属している人はほとんど男性だ。

女性との出会いなんてほとんどない。








「エノクに一足先を越されて僕は悲しいよ。よよよ・・・」


「勝手に言っててくれ・・・」







こうなったら好きに言わせておいておこう。

彼は少しお調子者の所がある。

こちらが隙を見せると調子に乗ってある事無いこと言ってからかってくるのだ。

まあ、そこが彼の良いところでもあるし、悪いところでもあるんだけど・・・今はこれ以上突っ込んで欲しくなかった。

流石にこちらの反応が悪いと思ったのだろう、アベルは僕に謝ってきた。








「ははっ、調子に乗りすぎちゃったね。ごめんごめん」


「まったくもう・・・勘弁してよ」









僕はそう言って、苦笑いを返した。

僕とアベルはいつもこんな感じだ。彼が調子に乗って、僕がそれに反論する。

たまに言い過ぎだろうと思う時もあるのだけど、彼のその気安さに僕は大分救われていた。

それは、お互い暗黙の了解で分かっていることだ。

本気で嫌だなんて思ったことはないし、今後もそうでありたいと思っている。

だけど、レイナの事に関しては彼に言うのは躊躇われた。

彼女の事はまだ秘密にしておきたい。

彼の事を信用していないわけではないが、まだ彼女の事を言うのは早い気がする。

レイナもたぶん僕以外の誰かに秘密が漏れるのは嫌だと思っているはずだ。

いずれ話すにしてもそれは彼女の了解があった時だ。

僕がそんな感じで考えをまとめているとアベルから違う話題を振ってきた。









「そう言えば、親方がさっき言っていたけど、エノク来月王都のオークションに参加するんだって?」


「・・・耳早いね」








流石に周りに伝わるのが早かった。

そりゃそうだ。

魔法技師なら誰でも神話級アイテムを拝みたいと思うもの。

密かに他の人も推薦を期待していたのだろう。

二人推薦枠がある訳だけど、その枠の一つに僕が入ってしまった。

・・・これはまた一つ周りから避けられる理由が増えてしまったのかもしれない。








「そりゃ、僕だって神話のアイテムを見たかったからね」


「"MP"を動かすことが出来る唯一のアイテムなんだし」









神話のアイテムは唯一生物のMPを外から動かすことが出来る存在だ。

実戦で役立つだけでなく、研究用としての価値も計り知れない。

どのようなメカニズムがそこにあり、生物にどのように働きかけてそのような奇跡が起こりえるのか。

それを解明することが出来れば魔法科学は間違いなく飛躍的な進歩を遂げるだろう。

大陸西端に位置する魔法大国、”シグルーン王国”では世界最大の魔法科学アカデミーがある。

そこには世界中から集まった多くの魔術師や魔法技師たちが集い、日夜神話の魔法アイテムの解明に勤しんでいるという。

しかし、その研究は遅々として一向に進んでいない。

神話のアイテムはその神秘のヴェールで依然として包まれている。








「うちの工房にもお飾りでもいいから神話の魔法アイテムがあったらな~」


「もし、毎日それを拝めるんだったら、俄然やる気が湧いてくるのに・・・」


「ははは、流石に落札は無理だよ」








僕は苦笑しながら答えた。

彼の気持ちも分からない訳じゃない。

僕だって神話のアイテムが手元にあれば間違いなくやる気が上がると思う。

まあ、一番安い”魔法の薬”程度なら、”親方”だったら落札も可能かもしれない。

ガングマイスター工房は国内でも有数の魔法技師の工房だ。

ギルドや個人からの依頼に事欠かない。

そのおかげで僕たちはこうして暮らしていけるのだ。

親方もあんななりをしているが、その実かなりの資産家でもある。

もっとも、親方は今回参加しないようだから落札はいずれにしても無理だけど。









「そう言えば、もう一人の話を聞いたかい?」


「いやまだだけど・・・親方はまだ決めていないって言うし」








もう一人というのはオークションに参加するもう一人という意味だろう。

アベルはさらに話を続けてきて、僕が思いも掛けない事を言ってきた。








「風の噂だと”カイン”がその座を狙っているっていう話だよ」


「彼ならVIPが集まりそうな所に来そうなもんだからあながち本当の話かもしれない」


「・・・本当かい、その噂?」








僕はその話を聞いて「嫌だな」と思った。

オークションに参加できるという事で喜びに満ちていた感情に陰りが見え始める。








”カイン・アディキア・エルグランデ・グレゴリウス”

今話題に上った彼の正式名称だ。

父親がここら一帯を治めているエルグランデ伯その人であり、言うなれば貴族のお坊っちゃまである。

アザゼルギルド創設にたくさんの資金提供を行った家が”グレゴリウス家”である。

事実上の創設者一家と言っても過言ではない。

彼の年は18歳で僕より少し年上。

190cmもある長身で金髪碧眼の貴公子であり、外見だけなら非の打ち所がない美青年である。

そのおかげで女性にも無類にモテている。

僕たちと同じ工房仲間だが、彼の場合は少し意味合いが違う。

3カ月の期限付きで”研修”という名目で参加しているに過ぎない。

父親の方針で”貴族たるもの市井の暮らしにも熟知していなければならない”という考えのもと様々な事の研修を積まされているらしい。

この工房へも父親の要請で入ってきた。

アザゼルギルの所属の中では、ここの工房が最も組織としては巨大であり、実績もあるというのがその理由だった。

親方もさすがにギルドの創設者一家からの依頼とあっては断ることも出来なかったようだ。

正直彼を扱いかねているという印象はある。

僕は正直彼の事は好きになれない。

彼は神聖な作業場においても作業着を着ることなく、貴族の服のまま入ってくる。

あまつさえ作業自体も彼の取り巻きにやらせて、自分は優雅にイスでくつろぎながら傍観しているだけ。

この間なんかどこからか連れてきた美女といちゃ付きながら遊んでいたという始末だ。

あれで研修とは笑わせる。

流石に親方も我慢の限界だったのか、その女性にはご退場願った。

しかし、彼はそんなことでさえ機嫌が悪くなる。

そして、ストレスの発散先は大体僕なのだ。

彼は自分の体躯が恵まれていることを良いことに小柄な僕をよくからかってくる。

何で僕が目を付けられているかというと理由がある。

そして、それが僕が周りから疎まれている理由でもあると思うんだけど・・・









僕はこの年にしてギルドのメンバーに所属している。

まだ、”アプレンティス(見習い)”でありながら、ギルドメンバーに所属するなんてことはかなり異例の事らしい。

ちなみに魔法技師のランクとしては以下の様にカテゴリーされている。







・グランドマスター(巨匠)
・マスター(匠)
・アデプト(大家)
・クラフト(熟練工)
・ジャーニー(一人前)
・アプレンティス(見習い)
・ノヴィス(新米)






ギルドメンバーへの選抜がされるにしても、”クラフト”以上の資格を持っていないと普通は見向きもされない。

それくらいの技能がないと、とてもじゃないけどギルドメンバーとしてはやっていけないからだ。

それなのにも関わらず、僕はギルドメンバーに所属している。

僕は”アプレンティス”でありながら、待遇は既に”クラフト”以上のものを持っているという事だ。

ただ、資格には年齢制限があり”ジャーニー”以上は18歳以上でないと取得することは出来ない。

また、実績も重要視されるので、上のランクにはそう簡単には上がれないようになっている。

だから、いくら能力があっても18歳までは全員アプレンティスのままなのだ。

しかし、僕の能力を高く買ってくれた親方にそれだと勿体ないということで特例としてギルドメンバーに選ばれた。

もっともさすがに親方の監督付きという条件が付いてくる形にはなったけど。







しかし、これがどうやら知らず知らずのうちに周りから反感を買ってしまったようだ。

親方や先輩の魔法技師の人達、またアベルは素直に祝福してくれたのだけど、”同年代”の子たちはそうもいかなかったらしい。

彼らは直接的になにか言ってくるわけではない。

しかし、事ある毎に「さすが天才様はすごいな~」とか「君のずる賢さには叶わないよ」とか、なんか嫌味ったらしくそういう言葉を付けてくるのだ。

そうなったら僕は愛想笑いくらいでしか返すことが出来ないんだけど・・・

でも、これはまだいい方。

彼らとは一応仕事上は協力する関係だし、そういう意味ではまだ話が通じる。

嫌味に関してもたまに言われる程度で済む。

だけど、カインは別だった。

僕がクラフトの待遇を得ていることが彼は余ほど気に入らなかったらしい。

僕を見かけるたび、事ある毎に、突っかかってくる。

自分より年下でありながら、自分より上のランク待遇を得ていることが彼の癇に障ったようなのだ。

そもそもカインは魔法技師としては素人も同然である。

それなのにも関わらず親のコネと見栄えの問題で”アプレンティス”として研修に参加している。

最初の3年間は”ノヴィス”でいくのが普通なのだ。

それだけでも凄い好待遇なのに、挙句の果てには自分もギルドメンバーに加えろなんて言い出している。

それを聞いたときはあまりに呆れて、言葉も出なかったけど。







そんなこともあり、彼には研修を終えて早く出て行って欲しいと僕は思っていた。

彼とは出来るのなら関わりたくない。

しかし、そんな彼がオークションへの参加を希望しているのだという。

でも、それは凄い納得できる話だった。

今回のオークションの主催は確か王家と商人ギルド連盟のはずだ。

国内はおろか隣国からもたくさんの訪問客が訪れるだろう。

VIPがわんさか会場にいることが目に見えている。

自己顕示欲の塊のような彼ならその会場に行って自己アピールをしたいと思うのは当然だろう。








「はぁ・・・」







思わずため息が出てしまった。

別に彼と一緒に行動する必要はないが、彼が会場にいるというだけで気分が沈んでくる。

アベルはそれを察したのか僕にフォローを入れてきた。








「まあ、まだあいつに決まった訳じゃないけどね」


「それに例えあいつに決まっても、そんな落ち込むことはないよ。会場で顔を合わせなければ済む話なんだから」


「うん。そうだね・・・ありがとうアベル」







アベルのフォローが身に染みる。

アベルも彼の事が気に入らない一人だったのは幸いだった。

というか、そもそも彼は貴族なんだからギルドの推薦枠を使うなっていう話だ。

彼の一家にとっては1000万クレジットの参加料なんてはした金もいいところだろう。

他のメンバーに枠を譲るべきだと思うんだけど、彼にはそういう発想はないらしい。

大したご良家のおっ坊ちゃまなようで・・・

僕は自分が推薦枠を一つ取っていることを棚に上げて彼を糾弾した。

でも、これは仕方がないことだ。それだけ彼にムカついているという事だから。

僕としては珍しい反応だった。














僕たちがそうこう話しているうちにいつもの分かれ道が見えて来た。

アベルは住宅街に、僕は商店街に行く道を選ぶ。








「それじゃあ、また明日ね。今度は本屋に付き合ってくれよ?」


「ああ、ごめんね。今度の休日にでも行こう」








僕たちはお互い手を挙げて、その場で別れを済ませた。









「さて、僕もいかなくちゃ・・・」








家ではレイナがお腹を空かせて待っているだろう。

カインの事を聞いて少し憂鬱な気分になってしまったが、

家でレイナが待っていると考えただけでそんな憂鬱な気分も晴れてくる。

僕はウキウキとしながら商店街に歩を進めて行った。











To Be Continued・・・