鈴虫が鳴く音が聞こえてくる。

窓から入ってくる月明かりが眩しい。

外は既に日が沈んでいて、私の目の前には美味しそうな夕飯が並べられている。

シェフ”エノク・フランベルジュ”特性のスープとパンにサラダが盛られている。

私がいつものように彼の料理を堪能しているとエノクは私に衝撃的な事を話してきた。








「依頼を受けた冒険者が来たの!?」


「うん・・・いきなりだったからびっくりしたよ」


「確かにギルド街に近い場所に僕の工房があるから来ようと思えばすぐ来れるんだけど」


「まさか事前連絡なく来るとは思わなかったよ」








エノクは驚いた表情でその言葉を口にした。

ギルドの依頼が公布されてから既に3日経っている。

依頼を受託した冒険者がギルドの連絡も待たずに、いきなりエノクが所属する工房に尋ねて来たらしい。

なんか凄いせっかちな感じがする人だけど・・・







「それで、その人どんな人だったの?」







私はその尋ねてきた人に関してエノクに質問をした。

若干興味を覚えたからだ。







「どんな人?うーん、そうだね」


「一言で言えば、捉えどころがない人かな。フードを被っていた女の魔術師の人だったんだけどね」


「鮮やかな青い髪と褐色の肌が印象的な人で、美人と言えば美人だとは思うけど、なんか凄い近寄りがたい雰囲気があったよ」








女の人なんだ・・・

まあ、このご時世じゃ女も冒険者家業をやっているのは当たり前の事なのかもしれないわね。









「冒険者の人はそれでどんなことを言ってきたの?」








私はエノクに核心に迫る話を聞いた。








「うん・・・それがね・・・」








エノクは先ほどの状況について話し始めた。

















「あなたがエノク・フランベルジュね?」


「はい?」








僕は工房を出ると、見知らぬ女の人にいきなり話しかけられた。

誰だろう・・・

なんで、僕の名前を知っているんだ?

彼女は僕が工房から出てくるのを待ち構えていたようだ。

腰に片手を当て、仁王立ちのように堂々とした態度でその場に佇んでいる。

外見は黒ずくめのローブとフードで覆われていた。

目立つ格好じゃないのに逆に目立ってしまうという、不思議な存在感を持った人だった。








「ふ~ん・・・あなたがエノクなのね・・・」








女の人は僕の全身を舐めまわすように見てきた。

それはまるで獣が獲物を仕留めんとするような鋭い視線だった。

それでいてどこか人を狂わすような魅惑も感じられる。

彼女のその妖艶な視線に僕は全身が身震いしたのを感じた。

何故か全身に極度の緊張感が走ってくる。

彼女の全身から発せられる気は絶対的な強者を目の前にしている感覚であり、

決して彼女に逆らってはいけない・・・そんな不思議な凄みを感じられるものだった。

ひとしきり僕を見てきた彼女はようやく自己紹介をしてきた。








「私は”オーゼット”。あなたの依頼を受けた冒険者よ。一応魔術師もやっているわ」


「あ・・・冒険者の方なんですね」








言われてみれば、まあそんな雰囲気も持ち合わせている気もするけど・・・








「オーゼットさん・・・というのがお名前ですか?」








聞き慣れない名前だった。








「偽名よ。本名じゃないわ。でも必要ないでしょ?」








彼女は事も無げに偽名であることを明かしてきた。








「・・・まあ、そうですね」








僕はそう返事を返した。

ここは暗黙のルールで本名は聞いてはいけないのかもしれない。

それに彼女とは所詮この依頼だけの関係なのだから本名を聞いてもしょうがないだろう。

彼女は僕の返事を聞くと頷きながら、話を続けてきた。









「結構。話が早くて助かるわ。場所を移しましょうか」








そう言うなり、彼女はスタスタ1人で歩き出した。

これはついて来いって意味なのかな・・・

僕は良く事情も理解しないまま彼女についていった。














僕が連れてこられたのは商店街の一角にある宿屋だった。

どうやらここは彼女が借り受けた部屋のようだ。

部屋の中に彼女の下着と思わわれるものが干してあって僕は目のやり場に困っていた。

そんな僕の様子を見て彼女は不敵な笑みを浮かべている。









「ふふ・・純情さんなのね。もしかして、そういう経験は初めてなのかしら・・」









彼女が身をくねらせながら僕に近づいてきた。

ローブに覆われていても彼女の艶めかしい体のラインがくっきりと浮かび上がっている。

ローブからちらりと見せるあの脚はあんなに細くて長いのに、ヒップは後ろにボンと突き出し、お腹の周りはキュと細くなっている。

さらにはその上に2つの山がハッキリとわかるくらい存在感を主張していた。

彼女は見事なS字ラインのボディを持っていた。

加えてどこからかシトラスの甘い香りが漂ってきて僕に絡みついてくる・・・

僕はそのまま彼女に絡めとられそうな気がして途端に怖くなった。








「・・・・ごごめんなさい。ちょっとまだそういうのには僕疎くて・・・」








彼女の誘惑から僕は身体を強引に引き戻した。

心臓はバクバクと脈を打って止まらず、顔は赤くほてっていた。

自分でもよく引き下がれたと思って感心している。

それくらい彼女の誘惑は強烈だった。

彼女はそんな僕を見て一瞬きょとんとした顔をした。

しかし、やがて・・・









「・・・うふふふふふふ・・」


「あははははははははははは」









どうしたんだろう?

彼女は途端に大笑いを始めた。

手を叩きながら大爆笑している。

さっきまでの彼女とは思えないくらい、様子が変わっていた。









「・・・あはははははは全く面白い坊やね・・・」


「久しぶりにこんなに大笑いしちゃったわよ・・・」








彼女は笑いすぎて涙が出ていた。

なにがそんなにおかしいのだろう・・・

もしかして、僕はなんか試されたのだろうか・・・

大人の女の人の考えが僕にはイマイチ理解できなかった。








「・・・はぁ久しぶりにいいもん見せてもらったわ」








彼女は満足そうな顔をしてそう言ってきた。

ははは、そうですか。

僕には何がなんやらわからないんだけど。

まあ、険悪な雰囲気になっているよりはマシかな。








「さてと、冗談はこれくらいにしておいて仕事の話をしましょうか、そこに座って頂戴」








彼女はそう言ってテーブルと椅子がある場所を示した。

どうやら本題に入るようだ。

僕は言われた通り椅子に腰かける。

彼女もテーブルの向かいの席に座った。

そして、単刀直入に話題を切り出してきた。








「さてと、最初に言っておくわ。あなたよくあの金額で依頼を出せたわね」


「え・・・どういうことでしょうか?」








情報の質の事を言っているのだろうか?

これはギルドの窓口の人も言っていたがそれは考慮に入れた上であの金額に設定している。

現に彼女がこうして依頼を受けているのだから一応依頼は半分成功したと思っているんだけど、

彼女は何を言いたいのだろうか?









「ギルドの窓口の人に聞かなかったのかしら?」


「あんな最低金額じゃせいぜいデマを掴まされるのが落ちだという事よ」









やっぱりそういうことか。

僕は彼女に反論した。









「それは承知したうえで、あの金額に設定しています」


「僕としては冒険者の方にお会いして何らかの取っ掛かりが掴めればいいと思っていました」


「情報の質はこの際関係ありません」


「だからこちらとしては既に目標は半分達成できています。後はオーゼットさんから取っ掛かりになるようなお話を聞くだけです」


「ふ~ん・・・」








彼女は僕を値踏みするような感じで視線を向けてきた。

僕は嘘はついていない。

そもそもバッドステータスの治癒の方法なんて伝説もいいところなんだ。

例え依頼料を高くしたところで、情報の質なんて高が知れている。

情報の真偽なんてこの際重要ではなかった。

情報の出処さえ分かればあとはこちらから出向いてそれを判断するつもりだった。

それが、例え嘘でもそういった場所から真実の糸口が出てくるかもしれないのだ。

しかし、彼女はそんな僕の考えを見透かすようにやりと笑った後、話を続けてきた。









「そう・・・良い子ね坊や。それなら私が取っ掛かりになるような話を教えてあげようじゃないの」


「それで、私が”とっかかりになりそう”な話をしたらそれで依頼完了という訳よね。依頼主さん?」


「・・・はい。そういうことになりますね」









彼女は明らかに何かを含む言い方をしてきたが、僕はそれに構わず、素直に返事をした。









「ふふっ・・・じゃあ今から言うからよく聞いておいてね。1回しか言わないわよ?」


「はい・・・」








僕はゴクリと唾を飲み込み、彼女の言葉を待った。








「バッドステータスは西の悪い魔女を倒せば治るという話を聞いたことがあるわ。だから西に行く事ね」


「はい?」








なんだ、それ・・・

そんな話聞いたことないぞ・・・・

西の悪い魔女なんて存在も聞いたことがない。








「はい、以上終わり。どう、とっかかりになったでしょ?依頼はこれで完了ね」








僕は唖然としてそれ以上声が出なかった。

・・・

しばし考えて彼女の言葉の意味を探ろうとしたが、答えは出なかった。

しかし、彼女はそんな僕の態度は気にも留めていないようだ。

こちらには構わず紙ぺら一枚と万年筆を出して来た。








「じゃあ、これにサイン頂戴」


「情報提供の証としてギルドに提出しないといけないから」








ギルドへの情報提供の報告書のようだ。

依頼人がサインをする欄が明示されている。

しかし、今はサインするわけにはいかない。

このままだと流石に意味が分からなかったので僕は彼女に訊き返した。







「ちょっ・・・ちょっと待ってください!」


「どういう意味ですか!?聞いたことないんですけど今の話!?」








僕は思わずその場を立ち上がり、若干激しい口調で言葉を発した。

しかし、彼女はそれは事も無げに受け流し言葉を返して来る。







「あら?とっかかりになるような話をしたつもりなんだけど?」


「まだ、何か情報が必要なのかしら?」








凄いあっけらかんとした態度だった。

この人は・・・!!!








流石に彼女の言い分に僕は切れそうになった。

ハッキリ言ってこんなのは彼女の作り話もいいところだ。

僕もバッドステータスの中和に少なからず携わってきたが、魔女の話なんか聞いたことがない。

もし、本当にそんな魔女がいるのなら世間にとっくに知られているはずだ。








「取っ掛かりも何も、こんなのあなたの作り話じゃないですか!?」


「こんなの情報でもなんでもないですよ!!」








僕は再度彼女に詰め寄る。

しかし、彼女は不敵な笑みを崩さず、クククと笑ったままだ。

僕の反応が楽しくてしょうがないようだ。







「なにがおかしいんですか!?なにか変な事言ってますか僕は!?」


「ふふふっ・・・・まだ分からないの?坊や」








そう言って前置きをした後、彼女は話を続けてきた。








「”これが”坊やが支払った金額に相応しい情報だという事よ」


「最初に言ったでしょ?デマを掴まされるのが落ちだって」


「それに坊やは情報の質は問わないんじゃなかったのかしら?」


「そ、それは・・・」









確かに僕はそう言った。

でも、こんなのが情報だなんて僕は認められなかった。

妄想と情報は全く違う。

妄想はその人の頭の中からしか出てこないが、情報は情報の元となるソースが必ず存在するはずだ。

だったら、彼女に聞いてみればいい。何からその情報を得たのかを。








「それなら一つお聞きしたいんですが・・・」


「情報には必ず情報の元となるソースがあるはずですよね?あなたは何からそれを知り得たんですか?」


「まさか”自分自身”だとは言わないですよね・・・?」









流石にこの質問は彼女も困るだろうと僕は思った。

ところが、彼女は相変わらず、余裕を崩さない態度で意外な回答をしてきた。








「当然他人から得た情報に決まっているじゃない」


「他人から得たことについては間違いなく保証するわ。なんなら、嘘を判別する魔道具を使ってもらっても構わないわよ?」


「それでもし嘘だったら、私の身体を好きにしてもいいわ。ふふっ・・・」









え・・・?

流石にこれは予想外の回答だった。

魔道具の真偽の判定は非常に高い精度を誇っている。

もし、彼女が嘘を付いているなら、こんなことを言うのは墓穴を掘ることに他ならない。

つまり、彼女は本当の事を言っているという事か・・・?









「まだ、納得してないようね」


「しょうがないから大サービスでもう少しだけ、お話をしてあげようかしら」








そう言って、さらに彼女は話を続けてきた。








「本来あるべきはずなものを持っていなかった3人の者達が西の魔女を倒してそれらを得ることが出来た」


「私はそういう話をある人から知ったわ」


「バッドステータスは本来持ち主が持っている能力に対してのアンチスキル」


「だったら、この話はバッドステータスの治癒に通ずる話だと思わない?」


「・・・・」









僕はその話を聞いて少し考えた。

彼女の言い分も理にかなっているところがないわけではない。

だけど、まだ引っかかるところがいくつかある。

彼女がどう取り繕ったところでこの話に真実味がないのは確かなのだ。

人に聞いたことが確かだったとしても、その内容が真実だとは限らない。

僕は頭に浮かんだ疑問点について彼女に聞くことにした。








「もう二つ程聞きたいことがあります」


「あなたはそれを本当の話だと思っているんですか?また、誰からその情報を知ったんですか?」









僕はまくし立てるように彼女に質問をした。







ヒュン!!!!!






しかし・・・その直後

彼女は僕を牽制するかのように、恐ろしいスピードで右手の人差し指を僕の目の前に突き立ててきた!

その余りの速さに僕は度肝を抜かされた。







速すぎて全く見えなかった・・・・







そして、彼女は身も毛もよだつような威圧感を秘めた声で僕に話しかけてきたのだ・・・








「チッチッチ・・・」


「駄目ね・・・坊や。なんでも人に聞けば教えてくれると思っちゃ大間違いよ・・・?」


「情報はね・・・・・”ただ”じゃないの。欲しいのならそれ相応の見返りを出しなさい・・・」


「この話の続きを聞きたいのなら、そうね・・・20万クレジットで承るわよ、ふふっ・・・」








彼女は口こそ笑っているが、その目は全く笑っていなかった・・・








「・・・は、はい。すみません」








僕はそのあまりの迫力に頷くしかなかった。

下手な事を言おうものならそのまま彼女に捻り潰されそうな圧倒的な威圧感がそこにはあった。

僕を殺すなんて彼女からしたらたぶん赤子の手を捻るより簡単なのかもしれない・・・・

しかし、彼女は僕が頷くと同時に、一転して今度は柔和な笑みを浮かべてきた。








「うん♪良い子ね坊や、理解が早くて助かるわ。じゃサインよろしく~」








彼女は先ほどまでとは別人のように、おどけた感じで僕に話しかけてきた。

僕は彼女に言われるままに報告書に自分の名前をサインして、彼女に渡した。

これは仕方ないだろう・・・

ほぼ間違いなく偽物だろうが、一応情報らしきものは話してもらったのだ。

質は問わないといった以上こうするより他にない。

それに、これ以上粘ってもいろんな意味で良いことになりそうになかった。









「はい、ありがとう。これで依頼完了ね」


「・・・・」









彼女は僕からの報告書を受け取ると、満足そうな顔で僕に言ってきた。

だが、僕としては最悪の結果だった。

ハッキリ言って空振りも良いところだ。取っ掛かりすら掴めていない。








「はあ・・・・」









僕は自分の不甲斐なさに思わずため息をついてしまった。

あの10万クレジットは一体何だったんだろう。








こんなんじゃレイナに顔向けが出来ないよ・・・








少しは予想していたとはいえ、現実は甘くはなかった。

僅かな僕の期待も容易に裏切ってくる。

結局は世の中金を多く持っている者が得をし、権力を持っているものが世を動かし、強さを持っているものが戦場で生き残る。

弱者は強者にいいように操られるだけ。それを拒めば、蹂躙されるのが落ちだ。

僕は何一つとして力を持っていなかった。








「あらあら、どうしたの?そんなに落ち込んじゃって」








彼女が僕の様子を見てそんな言葉を掛けてきた。

言葉は僕を心配するふりをしているが、その態度は僕を嘲弄していることは明らかだ。

落ち込んでいるのはあなたのせいだとは口が裂けても言えない。

これが世の習い。

ある意味、いい勉強になったと言えるだろう。








「いえ・・・何でもありません。ありがとうございました」








僕は彼女にお礼を言った。

情報提供をしてくれた意味と、若干の皮肉を込めて。

・・・

そして、少し間を置いた後、彼女から意外な声が漏れた。







「へぇ~・・・・」







彼女はこちらをみて少し驚いた顔をしている。

僕からお礼を言われたことが彼女は意外だったのだろうか?

答えてくれるかどうか分からないけど、一応彼女に聞いてみた。








「・・・どうしたんですか?」


「・・・気が変わったわ」


「はい?」









彼女は不敵な笑みを浮かべたままだったが、先ほどよりは幾分か言葉に険が無くなっていた。








「話してもいいわよ・・・もっといい情報を」


「えっ!?急にどうしたんですか」








先ほどまでのやり取りを考えたら驚きの返事が相手から返ってきた。








「坊やの事少し気にいっちゃったわ」


「いつもならこれで、”はいさよなら”なんだけど、坊やになら条件次第では”本当の情報”を教えてあげてもいいわよ?」


「ほ・・・本当ですか!」







思いもかけない彼女の提案に僕はテーブルに身を乗り出して反応した。

僕にとっては天から降ろされた蜘蛛の糸のような話だ。

彼女の言葉に反応せざるを得なかった。

しかし、彼女はそんな僕の態度を冷静に言葉でけん制してきた。

その言葉には一切の抑揚がない。







「落ち着きなさい。”条件次第”と言ったでしょ。まだ、話すとは決めてないわ」


「・・・・」







僕は大きく息を吸ってゆっくりとそれを吐いた。

そうだ・・・落ち着くんだ。

せっかく相手がくれたチャンスなんだ。

これを逃すわけには行かない。








「それで、条件とはなんですか?」








僕は努めて冷静に聞くと、彼女はニヤリと笑って、言葉を口にしてきた。







「ふふふふふっ・・・・私の”正体”はなにかを当てることよ」


「・・・正体ですか?」







正体・・・?

本名を当てるとかそういう事を意味しているのだろうか?

その事を尋ねようとしたら、彼女に手のひらで制された。







「質問は一切受け付けないわ」


「答えられるのも一回だけ。よく考えることね」


「・・・・」


「・・・ふふっ、もっとも考えても無駄だろうけどね」








彼女はそう言って余裕の態度を崩さなかった。

僕が答えを出せない事に彼女は相当な自信があるようだった。







「ただ、条件がこちらに有利すぎても面白くないわね・・・」







そう言って彼女はしばし思案をした後話を続けてきた。






「そうね・・・もし”万が一”でも答えを当てることが出来たなら」


「坊やにはご褒美としてお金を返してあげましょう」







・・・・!!!







「いいんですか!?」


「”万が一当てることが出来たら”よ」


「それにあんなの私にとってははした金に過ぎないもの」


「はした金・・・ですか?」







僕にとっては給料5か月分の大金なんですが・・・

彼女にとってははした金に過ぎないらしい。

あらためて、冒険者というものが儲かる職業だと僕は感じてしまう。







「それならなんで僕の依頼を受けたんですか?」


「あなたにとってはメリットがほとんどないと思うんですけど・・・」








僕は疑問に浮かんだことを彼女に聞いた。







「あら、また質問?」


「なんでもかんでも根掘り葉掘り聞いてくる男は嫌われるわよ坊や?ふふっ・・・」


「あっ・・・その」







まいったな・・・

条件反射的にどうも疑問に思ったことを聞いてしまうんだ僕は・・・

しかし、今の彼女はそんなに嫌そうな感じにも見受けられなかった。

先ほどは明らかにこちらを威嚇してきたような態度をとっていたが、今はちょっと意地悪なお姉さんという感じだ。

いずれにしても、近づきがたい人ではあるんだけど・・・







「でも、まあいいわ。それに関しては答えてあげましょう」


「依頼を受けたのは坊やに”興味”があったからよ」


「興味ですか・・・?」








興味って何の話だ・・・?

僕と彼女はまるっきり接点が無いはずなんだけど。








「あなたはこの町だと割と有名人らしいじゃない」


「工房ギルドきっての天才少年がいるというもっぱらの噂よ?」


「この町に着てまだ間もない私が聞いたくらいなんだもの、噂の広がりは相当なものだわ」








そこまで噂が広がっていたのか・・・

僕としては魔法技師の間だけだと思っていたんだけど、冒険者にも噂が伝わっていたらしい。

まあ、親方が有名人だというのもあるのかもしれないけど。








「そうしたら、冒険者ギルドに”噂の張本人”から依頼が来ているっていう話を聞いてね。興味が出たってわけ」


「なるほど・・・そういうことだったんですか」








僕は彼女の言葉に頷いた。

少しはギルドメンバーとして活動してきた甲斐があったようだ。








「少しは感謝してもらいたいものね・・・私はLv50を超えている冒険者なのよ?」


「あんな金額の依頼を受けること自体凄い稀な事なんだから」








いや、そんなこと言われても、肝心の情報があれじゃあ全然ありがたみはないんだけど・・・

僕は思うところがあったが、ここは素直にお礼を言っておくことにした。








「・・・それはありがとうございます」








しかし、同時にやはりという感情も僕の中で駆け巡った。

やはり彼女は只者じゃなかった。

持っている雰囲気といい威圧感といい、並みの冒険者ではないと思っていたが、まさか熟練の冒険者だとは思わなかった。

Lv50を超えている冒険者への依頼は法外な料金がかかる。

彼女からしたら確かに10万クレジットなんてはした金もいいところだろう。

逆に言えばそんな彼女からちゃんと話を聞くことが出来れば、僕にとっては大きなチャンスになるかもしれない。

ちゃんと答えられるかは望みは薄いけど・・・









「私は明後日には王都に発たないといけないから、明日までは答えを待つわ」


「ま、せいぜい頑張って一晩考えることね坊や、ふふっ・・・」








そう言って彼女は燃えるような琥珀色の瞳を僕に向けてその目を細めた。

それは傲岸不遜にして婉前たる彼女を表しているような瞳だった・・・




















「・・・・という訳なんだ・・・」


「・・・・・」








私はエノクから青髪の女魔術師の話を聞き終わった。

・・・第一印象としてまず一言。







なんというか、唯我独尊という言葉が似合いそうな女性ね。








自分に絶対的な自信を持っていて、自分以外の存在は全部下に見ているような感じ。

個人的にあんまり関わりたくない女なのは間違いない。

エノクもとんでもない奴に目を付けられたもんだ。








「それで彼女の”正体”に関することなんだけど・・・」








エノクはそう前置きをして、一旦眼鏡を掛けなおした。

そして、目線を私から外し、落ち込んだ様子で言葉を続けて来た。








「レイナには期待させときながら、残念な結果になるかもしれない・・・」


「正直言って見当すら付いていない状態なんだ・・・」


「かなり参っているよ・・・ははっ」









彼はそう言って、自嘲気味に笑った。

依頼が失敗しそうで、私を落胆させてしまう事をどうやら気にしているようだ。








たくっ・・・そんなこと気にしなくていいのに。








彼の気持ちは既に十分に頂いている。

例え依頼に失敗しようが私に後悔はないし、落胆することもない。

ただ、エノクがせっかくくれたチャンスを活かしたいと思うのは私も同じだ。

彼女から情報を聞き出すに越したことはない。

実は私は彼女の”正体”について思い当たっていることがある。

エノクの話を聞いている間にも思ったことだが、

彼女の偽名といい、バッドステータスに関する内容といい、あるキーワードを連想せずにはいられなかった。

後はなぜ彼女がその話を知っているかという事なんだけど・・・

答えはたぶんこうだ。

彼女は”転生者”からその情報を得ている。








ここに来て間もない頃、エノクに”転生者”について聞いたことがある。

転生者はこの世界では一般の住人に溶け込んで生活しており、表立ってなにか活動をしているという訳ではないらしい。

なぜそうしているかというと、異世界から持ち込んだ物や知識を狙い本人が狙われる可能性があるからだ。

恐ろしいことにそれを生業とするギルドがいくつも存在している。

”外来危険種の排除”という名目で、悪逆非道な行為が平然と行われているらしい。

彼らが”悪魔のギルド”と言われる所以だ。

もちろん依頼人あっての事ではあるんだけど・・・。

そんなこともあって、転生者はこの世界では姿を隠して生きることが基本だ。もちろん私もご多分に漏れない。

もっとも、私の持っている知識なんて高が知れているし、持ち込んだ物と言ったら服や靴くらい。

狙われる心配はまずないと思うんだけどね。

ちなみに初めて聞いた時は驚いたのだけど転生者は地球以外の世界から来ている者もいるという。

そもそも地球の話をエノクにしたら、その話は初耳だって言ったくらいだ。

意外に地球からの転生者は少ないのかもしれない・・・

ただ、”オーゼット”が地球の転生者と接触してそこから知識を得ることは十分考えられる。

ていうかそれしか考えられない。

私だって、地球からの転生者なのだ。他に例はあってもおかしくない。








「エノク、私分かったかもしれない」


「え・・・どういうこと!?」








エノクが驚きの表情で私を見た。








「なにか思い当たる事でもあるのかい?」


「ええ、私が思っていることが間違いじゃなければね」








ガタッ!








「本当かい!!!!!?」








エノクがテーブルから身を乗り出して大きな声を上げてきた。

彼がいる場所と私がいる仮設住宅の前のクッション(いつも私が座っているところ)までの距離は2mくらいしかない。

その為、彼の声はダイレクトに私の耳まで届いてきた。







キィーーーーン・・・・








エノクの大声が私の耳にこだまする。

私は思わず耳を塞いでしまった。

普通に話しているとたまにわからなくなるんだけど、今の私はどうしたって小人なのだ。

人の手のひらくらいの大きさしかない。

大声で話されるだけで、自分の鼓膜に衝撃が走るし、人が歩いているだけで突風が通り過ぎる。

何事も加減してもらわないと生きていけない身体なのだ。







「ちょっと・・・・驚くのはいいけど、少し声のボリューム下げて欲しいわね・・・・」


「あ・・・ごっ、ごめん・・・」








エノクは慌てて私に謝ってきた。

彼はたまにこういうボケをやらかす。

普段はなにをするにも非常に丁寧で優しいんだけど、興味が惹かれるものがあった瞬間周りが見えなくなるのだ。

まあ、そこが彼の良いところでもあり、可愛いところでもあり、危ういと感じているところでもあるんだけど・・・








「ねえ、エノク。答えを言う前に聞きたいことがあるんだけどいい?」


「ああ、うん!もちろんだよ」








そう言ってエノクは嬉しそうな顔をして私に返事をした。

先ほどまで沈んでいた彼も私の言葉を聞いて活力を取り戻したようだ。

彼からしたら雲間から光が射している感覚なのだろう。

これで少しエノクの役に立てるといいんだけど。

しかし、その前に私は彼に問いたいことがあった。

彼女の”正体”とやらについては予想は付いているんだけど、ただ単にそれを当てるだけじゃ面白くない。

彼女はこちらが絶対に答えられないと踏んで”ゲーム”を持ちかけてきている。

そこに付け入る隙がある。彼女がエノクの事を気に入っているのも幸いだ。

交渉次第ではもっといい条件を引き出せるかもしれない。

彼に聞きたいことは彼女が持っている”モノ”についてだ。








「”オーゼットさん”って9万クレジットより高いもの持ってそうだった?」


「はい?」







エノクは私の質問に呆気にとられた。

まあ、彼女の正体に関することとは全く関係ないから、彼にしてみれば予想外の質問だろうけど。








「どういう意味だい?ちょっと言葉の意味が分からないんだけど・・・」


「うん。ちょっとね・・・今考えていることがあるのよ」


「・・・・」








彼は少し逡巡する姿を見せた後、自分の眼鏡の位置を補正しながら答えてきた。








「まあ、かなり高いものはいろいろ持っていたようだけど・・・」








エノクの人や物に対する”分析力”は確かだ。

彼がそう言うのなら間違いないだろう。

彼はプライマリースキルの一つとして”分析”に関する能力を持っている。

そして、それが私がセカンダリースキルとして彼に教えてもらおうとしている能力でもある。

まあ、この話題は今は置いておくけど。







私がなんでこんな事を聞いたかというと理由がある。

エノクとはバッドステータスの治癒の手がかりを掴めんだ時の話をしたことがある。

もし、噂の出処が分かったら自分たちから現地に出向こうという話になっていた。

噂の真偽の判定を冒険者ギルドに依頼すると依頼料がとんでもなく高額になるし、またそれでデマを掴まされても困る。

それだったら、自分たちで現地に出向いた方がずっと良いという判断だった。

ただし、彼の仕事の事もあるし冒険の準備もまだ全然出来ていないから、今すぐに旅立つという訳ではない。

しかし、今回せっかく相手が熟練の冒険者なのだ。

冒険に役立つ道具を彼女から入手できるのならそれが一番いい。








「上手くいけば9万クレジットをただ返して貰うより、いい結果になるかもしれない」


「その場合はエノクにお金は諦めて貰う事になるかもしれないけどね」


「・・・・??」


「あと、今からちょっと演技の練習もしておいてくれると助かる」


「・・・???」


「そういう分かりやすい顔をしちゃダメよ・・・」


「明日交渉をするんだから、不敵な笑い方も今から練習しておいてね」


「”ニッ”っと口角を2°上にあげる所がポイントよ。ただし、上げ過ぎたら相手に不快感を与えるから程度が大事」


「少し見せる程度でいいの。彼女のプライドを傷付けない程度でね」


「????」








彼はポカーンとした顔になっている。

頭の上には?マークがいくつも付いているようだ。

ちょっとこれは練習を多くしないとダメかもね・・・








「お待たせ。じゃあ答えについて話すわね」








そう言って、私は彼女の”正体”を告げると共にエノクに作戦を話した。









To Be Continued・・・