「・・・どう?いい景色でしょ、ふふっ・・」








にんまりとした笑顔を見せながらオーゼットさんが僕に話しかけてきた。

僕の目の前には大きなラウンドテーブルがあり、彼女はその向こう側にいる。

テーブルの中央は一段高くなっていて料理が回せるように回転式になっており、塩や胡椒が入ったミルが置かれていた。

そして、僕の目の前のテーブルには数種類のナイフにフォーク、それにワイン用のグラスが置かれている。

天井には金細工が施された装飾にシャンデリアが設置され、壁にはいくつもの絵画が掛けられていた。

今いる場所は防音の仕切りがされている個室で外からの声がほとんど聞こえてこない。

また、個室には一つ一つ鍵付きのドアが付いており、客人のプライベートな空間を演出している。

店員が来るのもオーダーを取りに来るときと料理を運びに来るときだけ。

それ以外で用があるときは手元にある、魔法の呼び鈴で呼ぶことになっている。

ここは5階建ての赤煉瓦造りの建物の最上階にあり、小高い丘の上にある。

窓から外を覗くとクレスの町が一望できる場所にあった。

この近辺は高級住宅街がある場所でもあり、名の知れた商人や冒険者、領主であるエルグランデ伯が居住する屋敷もある。

このレストラン”ヨツンヘイム”はクレスの町VIP御用達の高級料理店だ。

味の良さももちろんの事、その格式の高さが好評でしばしば重要な商談や接客に利用されると聞く。

料理も最低1万クレジットからという破格の高さである。

正直一般人の僕には無縁の場所であるのだけど・・・








「私はまだ、そこまで多くここを訪れた訳ではないんだけどね」


「でも、ここのレストランは一発で気に入っちゃったわ・・・」


「ここから見渡せる街並みは最高だと思わない?」


「人や建物が驚くほど小さいの・・・・・」








そう言って彼女は窓から見渡せる風景を指さした。

そこには数多くの建物があり、豆粒のような人々の往来が見て取れる。








「ふふっ・・・・こういう景色を見ているとね・・・」


「私、思うままに”壊したく”なっちゃう時があるのよ・・・」









彼女はうっとりとした目で街並みを見渡していた。

その琥珀色の瞳が怪しい揺らめきを放っている。








「はぁ・・・そういうもんですか」








僕は気のない返事を彼女に返した。

彼女のセリフの意味がイマイチ良く分からなかったからだ。

見晴らしが良いのは確かだけど、それで壊したくなるって・・・

どうやら彼女は生粋のSのようだ。

僕は思わずそんな彼女の様子を伺ってしまう。


・・・


今日の彼女は昨日来ていた黒いローブにフードという身なりではない。

丈の短めな膝が隠れる程度の淡い水色のコット(チュニック)を着ている。

さらさらと水が流れるような波立つ生地はおそらく綿製なのだろう。

さらに、その上には花柄模様の刺繍がされたシュルコ(陣羽織)を羽織っており、胸元には宝石が飾られていた。

昨日はローブの陰にあってよく見えなかったが、彼女は膝下まで網目が施されたヒールサンダルを履いているようで、彼女の脚線が強調されるようなデザインだった。

今日の彼女はその鮮やかな青い髪もよく見えるし、整った顔立ちと表情もはっきりと判別できる。

昨日とはまるで別人のような印象だ。

衣装といい佇まいといい”セレブ”という言葉が似合う大人の色気に満ちた女性だった。








「なんか気のない返事ね・・・坊や」


「それに何、その服装は・・・もうちょっとマシな衣装で来れなかったのかしら?」


「せっかく人がデートに誘っているんだから、もっとオシャレして楽しまなきゃ人生損よ?・・・ふふっ」


「いや、これはなんか・・・すみません・・・」









そう言って彼女のセリフに僕はしどろもどろになりながら答えた。

僕の方は相変わらず作業着で来てます。すみません・・・

でも、これは仕方ないと思うんだけど・・・

こっちは仕事の合間を縫って彼女に会っているんだ。

こんなところに来るつもりもなかったし、ここに連れてこられるとも思わなかった。

そう、僕は彼女が宿泊している宿屋を尋ねたら、いきなりここに連れて来られた。

彼女曰く、”内緒の話をするに打って付けの場所がある”というんで半ば強引にだ。

もちろんこんな展開なんか僕は予想していない。

要件を済ませたらさっさと帰るつもりだったんだから、正装で来なかったとしても大目に見てほしい。









「ここの料理は絶品なのよ、坊やに是非味わって欲しくて誘ってみたの」


「こういうのはお嫌いかしら?」


「いえ、全然そんなことないです。ありがとうございます」


「ふふっ、そっ。それなら良かったわ」








・・・ここに着いたばかりの先ほどのシーンを思い出す。

ここに着くなり彼女は金貨5枚を受付の女性に渡して事も無げにこう言った。

「これで許す限り最も豪華な料理を持ってきて頂戴」と。

正直僕はその時面くらったんだけど、受付の女性も当たり前のように「かしこまりました」と言ってその依頼を受けたのだ。

額にしておよそ5万クレジット。ポンと何事もなかったかのように僕の給料2.5ヶ月分の大金が受け渡された。

・・・なんというか、一般人とはもう感覚が違うという感じだ。

金持ちは味や好みに煩いという印象があるからレストランへのオーダーも変化球に富んだものばかりなのかもしれない。

受付の女性にしてみたら、こういうのは日常茶飯事なのだろう。

僕はそのやり取りを見ながらそんな風に感じた。

しばらく、僕がそうやって回想に耽っていると「コンコン」というドアのノック音が聞こえてきた。







「どうぞ、開いているわよ」








オーゼットさんが訪問者に中に入ることを促した。








「失礼いたします」








直後、シェフと思わしき人が料理の入っているワゴンと一緒に入ってきた。

シェフの人は50代に入った初老の紳士という感じで、その風貌にもどこか貫禄がある。

彼はオーゼットさんを見るなり、恭しく一礼をした後話掛けてきた。








「これはこれはオーゼット様。いつも当レストランをご利用いただき誠にありがとうございます」


「本日のメニューも当店自慢の一品を取り揃えさせていただきましたので、是非ご賞味くださいませ」








オーゼットさんはシェフの方を向くとどこか親し気に彼に返答した。








「料理長も元気そうね。あの話考えてくれた?」








あの話?なんのことだ?









「いえ、あの話は誠に光栄なのですが、私もこのレストランを持っている身でございまして」


「さすがに受けるという訳には・・・」








はははという感じで苦笑いを料理長は返した。








「あら?せっかく私の専属の料理人にしてあげると言っているのに、勿体ないことするわね・・・」


「給料以外でも”美味しい思い”をさせて上げるって言ったじゃない」


「こんなチャンスそんなに何度もある訳じゃないのよ?」








オーゼットさんはそう言って、不思議そうな顔をしている。

僕はそんなやり取りを見て若干呆気に取られてしまった。

いやいや、そこ疑問に思うところですかね。

どう考えても料理長がそんな話受けるとは思えないけど・・・








「ははは、私が引退した時まだチャンスがあるのでしたら、その時は是非お声をお掛け下さいませ」









そう言ってまた恭しく一礼を料理長はしてきた。

料理長もさすがにプロだった。

オーゼットさんの無茶ぶりも軽くいなしている。

うーん・・・これが大人の余裕というやつかな。

断ったとしてもその態度に全然嫌味が感じられなかった。








「そう・・・まあ、それなら考えといてもいいわよ」








オーゼットさんも料理長にそれ以上追求することはなかった。

特段彼女も残念そうには見えない。

まあ、彼女もお遊びでやっていた部分もあるのかもしれない。

本気で彼を誘っているとは思えないし、料理長もそんな彼女の言葉を真に受けているとも思えなかった。

ある意味上流階級の社交辞令の一環なのかもしれないな・・・

僕にはまったく分からないけど。








料理長はオーゼットさんに再度お礼を言った後、後から入ってきたスタッフと共に円卓に料理を並べていった。

それは山海珍味で彩られた、香りも見た目も見事なもので、僕がこれまで見たことがない豪華なものだった。









「それではごゆっくりとおくつろぎくださいませ」









料理長は最後にそう言葉を残してこの場を去って行った。

後に残っているのは僕とオーゼットさん、そして、目の前に山の様に盛られた豪華な料理の数々だ。

この場に10人いて食べきれるかどうかの量だぞこれ・・・

僕は目の前の状況に尻込みをしていたのだけど、彼女は涼しい顔で言葉を続けてくる。









「さて、それでは頂きましょうか」


「ええ・・」








彼女は当たり前のようにこの現状を捉えているが、僕にとってはこれをどう処理するかで頭が一杯だった。

どうすればこれを無駄なく処理できるか・・・

人を呼んで胃袋の量を増やすか、あるいは料理を能力によって物理的に減らすとか、意味のない思考が延々と紡ぎだされてくる。

しかし、結局どれも意味を成すプランではなかった。








ええい、こうなったら、ままよ!








男は度胸、女は愛嬌という言葉を昨日レイナに教わった。

だったら・・・やってやろうじゃないか・・・!

僕は目の前の料理に果敢に挑戦をしていった。

料理自体は想像を絶するほどに美味しく、僕は味わうたびに歓喜の舌鼓を打つのだった。






・・・







「ふぅ・・・・」







一刻が経ち僕はギブアップした。

但し、お腹は腹八分目というところ。

満腹ではないけど、目の前の大量の料理を見ているだけで、食べることを僕は拒否した。

自分でも情けないと思っているが後悔はしていない。

どうやっても無理な壁というものが世の中には存在する。

というか彼女も一つ一つの料理に口をつける程度でほとんど食べていない。

味見して満足している感じ。

彼女が「もういい?」と尋ねて来たので僕がそれに頷くと、呼び鈴を鳴らしてさっさと料理を下げさせてしまった。

あの大量の料理はなんだったのか・・・

勿体ないという感覚が僕は先行したのだけど、それは金持ちにとって意味のないことなのかもしれない。








「さてと・・・」









そう言うなり彼女は僕のほうに向きなおった。









「前菜はこれくらいでいいでしょう」


「そろそろメインディッシュを頂こうかしらね・・・」


「・・・・」








彼女は腕を前に組み、片手を顎に当てて僕を見定めるような目つきで問いかけてきた。

その目は彼女の挙動に合わせて細められている。

獲物を見定めるような目つき・・・

彼女からまた得もいわれぬ威圧感が放たれていた。








来たか・・・・








彼女の言っている意味はもちろん分かっている。

元々僕たちはそのためにここに来たのだ。

落ち着け・・・

ここで平常心を保てなければ昨日のレイナとの練習が無駄になる。

彼女から聞いた作戦を実行するには極力平常心で臨まないといけない。

僕がそうやって意識を整えていると、彼女が話を続けてきた。








「ふふっ結構楽しみにしていたのよ、坊やの回答」


「まさか無策で来たという訳ではないでしょう?」


「・・・・」


「今から坊やがどういった答えを出すのか楽しみで仕方がないわ」







彼女はそう言って、不敵な笑顔を僕に向けてきた。

しばし、僕は沈黙を守りながら思案をした。

頭の中で昨日描いたシミュレーションを思い起こす。

彼女に最初に話すこと。

それは・・・







「オーゼットさん・・・答えを言う前に”相談”したいことがあります」







彼女は僕から予想外の言葉が出てきてきょとんとした顔になる。







「あら、いきなり何かしら?」







彼女は訝し気な視線を向けつつも、一応こちらの話を聞いてくれるようだ。

よしっ!これで第一関門はクリアだ。

ここでそもそも彼女が話を聞く素振りが無かったら、さっさと答えを言って、素直に情報と9万クレジットを受け取るしかなくなる。

そういった意味で、ここでの彼女の反応は重要だったが、事前の”前菜”が功を奏したのか彼女はご機嫌だった。

僕は話を続けた。







「はい・・・昨日答えを必死になって考えたんですが、実はまだ確信を持てるものを見つけられないでいます・・・」


「相談というのはこの事なんです」


「・・・・・・ふぅん。続けなさい」







彼女は僕の言葉を聞いた途端”相談”に興味を無くしたようだ。

僕が今から言う事を察したのかもしれない。







「はい。懇願するようで申し訳ないんですが、後3万クレジット追加でお支払いする事でなんとか情報は頂けないでしょうか?」


「もちろん、先日の依頼分の返金は必要ありませんので・・・・」







僕は必死な姿で彼女に懇願をした。

こちらとしてはもし、相手がこれで受けてくれたとしても、最低限必要な情報を受け取れるので傷は少なくて済む。

しかし、彼女は僕の言葉を聞くと同時に億劫な顔をして返答してきた。

その顔はまさに”がっかり”といった感じが相応しい表情だ。







「はぁ・・・何を言ってくるのかと思いきや、ちょっと失望したわよ坊や」


「今回の”趣旨”を理解できていないようだから言っておくけどね。これは”ゲーム”なのよ?」


「ゲームですか・・・?」







僕はさも初めて聞いたような顔をして、彼女の言葉に反応した。







「そう、ゲームよ」


「絶対に辿り着けそうもない正解にどうやって坊やが答えるか・・・そこが見物なんじゃない」


「だからこそ、もし答えられた時には本物の情報とそれに見合う報酬が用意されているのよ?」


「そんな小手先の3万クレジットなんてお呼びじゃないの。理解できて?」


「なるほど・・・」







僕は彼女の言葉に深く頷いた。

彼女はさらに言葉を続けてくる。







「だから、情報と報酬を受け取るのは坊やが答えを当てた時だけというのは”絶対条件”よ」


「ここを変えるつもりは全くないし、交渉に乗る気もないわ」







そう言って、バッサリと彼女は僕の相談事を切り捨てた。

彼女は半ば僕に興味を無くした様だ。

言葉にもどこか投げやりなところが感じられる。

ゲームの勝敗が既についてつまらないと思っているんだろう。

だが、ここで諦めるわけには行かない。

僕は振り絞るような声で彼女に話しかけた。







「それなら、代わりにお願いなのですが・・・・」







そう言って前置きをした後僕は話を続けた。

彼女は無言で僕の様子を見つめたままだ。

その表情は先ほどと変わり無表情になっている。







「もし、僕が当てることが出来たなら報酬を変えることは出来ないでしょうか・・・?」


「9万クレジットの返金は必要ありません。それより全然”安いもの”で構いませんので冒険に役立つ道具を頂きたいんです」


「僕としては情報があろうがなかろうが、いずれ旅立とうと思っています」


「その時にもし役立つものを頂けるのであれば、僕としてはそれで十分なんです」







目の前の彼女は僕の言葉を表情を変えずに聞いていたが、

しばし考えた後無気力な感じで言葉を返して来た。







「ふん・・・まあ、それくらいなら、乗ってもいいわ」


「まあ、いずれにしろ坊やが”当てることが出来たら”の話だけどね」


「ありがとうございます」







僕はそう言って深々と頭を下げた。







「さあ、もう”相談事”はいいでしょう?答えを言いなさい」


「もう勝負はついたと思っているけど、一応ゲームだものね」


「坊やがどういう結論を出したのかは聞いてあげるわよ」







彼女が僕に答えを言うのを急かして来た。

もう勝負もついたし、さっさとこの会合を打ち切りたいと思っているんだろう。

ただ、彼女自身がゲームと言った都合上、こちらの答えはちゃんと聞いてくれるようだ。

意外に彼女はフェアな人間なのかもしれない。

もちろん、それは彼女が自分で課したルールに置いてだけど。







「分かりました・・・それなら今から答えを言いますね・・・」


「オーゼットさんあなたの”正体”ですが・・・・・・・」


「・・・・」







相手が僕の答えを待っている。

彼女の視線が僕に注がれているのを感じた。

なんだかんだ言って僕がどういう答えを出したのかは気になるのだろう。

僕はテーブルに肘を置き、そこに頭を伏せた状態で一旦沈黙する。







「・・・・」







そして、次の瞬間顔を上げて僕は”答え”を言った。

それは先ほどまでの弱々しい声ではない。

自信たっぷりに堂々と。彼女によく聴こえるように発したのだ。








「”オズの魔法使い”ですね?」







ニッ







不敵な笑みと共に、その場に僕の言葉が響き渡った。








「・・・・」







僕のセリフを聞いた瞬間、目の前の彼女はその目を大きく見開いた。

口を堅く結び、顎に手を当て、なにかを思案しているようだが、心の動揺は隠せないでいるようだ。

どうやら答えが当たったようだ。

僕は彼女の反応を見て、内心ほっと一息をついた。

ただし、外面にはおくびにも出さない。

僕の顔からは既に不敵な笑みはなくなり、能面のような無表情の顔になっている。

レイナ曰く、不敵な笑みは相手に計り知れない印象を与える効果があるという。

ただし、やり過ぎても演技だとすぐにバレてしまい、相手に不快感を与えることにもなるので少しやれば十分だとの事。

ちなみに不敵な笑みには3段階用法があるらしく、







第1段階 → ニッ

第2段階 → ニヤァ

第3段階 → ドヤァ~…







になるらしい・・・

正直レイナの言っていることがたまにわからなくなる時がある。

ただ、今回彼女のいう事に一理あることは確かだ。

交渉に臨む際にびくびくしているようじゃダメだというのはもっともだし、演技が必要なのも分かる。

昨日みたいに相手に脅かされて、なし崩し的に相手に主導権を握られているようじゃ交渉もうまくいかない。

こういう事には慣れていないけど、せめてこの問答の間だけでも、相手に心の内を悟らせないようにしなくちゃ・・・!







僕がそうやって改めて決心を固めていると、オーゼットさんが僕に話しかけてきた。







「・・・・なんで、分かったの?」


「いえ・・・”誰から聞いたのかしら”と言った方が正しいかもしれないわね」







それは先ほどまで優位を確信し、言葉の端端に隠し切れぬ嘲りと侮蔑を含んでいた彼女の声ではなかった。

僕をどこか警戒し、その内にある深淵を推し測ろうとしている怪訝な含みを持った声だった。

ここで彼女に悟らせてはならない。

僕は彼女の質問にも急には答えることはせず少し間を置いた。

そして、ゆっくりと言葉を返した。







「・・・・それは僕が言った答えが”合っている”と捉えていいですね?オーゼットさん」


「質問をしているのは私の方よ・・・答えなさい」







彼女が若干イラついた態度でこちらを問い詰めてきた。

昨日はここで彼女の脅しに屈したが、今日はそうはいかない。

ここで彼女に秘密を漏らすようでは今日の交渉になんか来ていない。







「オーゼットさん。申し訳ありません」


「この情報を”タダ”で教えるわけには行きません。僕にとっては大切な情報なんです」


「もし、必要なら”1億クレジット”お支払い頂けるなら話すこともやぶさかではありませんが・・・いかがですか?」


「・・・・」







いかに冒険者が儲かる職業だとは言え、1億クレジット以上稼いでいる冒険者など一握りだ。

しかし、腕利きの冒険者なら生涯を通じて稼げない額ではない。Lv100を超えているような大冒険者であるのならそれ以上稼いでいる強者もいるのだ。

オーゼットさんだったらもしかしたら払えてしまう金額なのかもしれない。

しかし、間違いなく持ち金をほぼ全て費やして払えるくらいの大金であることは確かだ。

もし、これが10億、100億という数字を出したら、そもそも情報を答えるつもりがないと相手に捉えられ、彼女を無用に挑発してしまうだけ。

さりとて100万クレジットくらいだったら、彼女の事だ。本当に払ってしまうかもしれない。

そういう意味でこの1億クレジットというのは、彼女にとっては払えるか払えないかの絶妙なラインの数字だと言えるだろう。







どうやら、ここまでの計画は予定通りに行ったようだな・・・







僕は昨日レイナから聞いた計画を思い起こした・・・





















「・・・過大要求法(ドア・イン・ザ・フェイス)?」








僕はレイナから聞いた単語について彼女に訊き返した。

聞き慣れない単語だけど・・・







「そう。一度目に過大な要求をして相手に断らせ、2回目以降は過小な要求することで相手に受託させ易くする交渉術の一つね」


「最初に3万クレジット追加で払うから情報よこせというのは相手にとっては無理難題なはずよ」


「絶対に断ってくると思うから、その代わりに”9万クレジットより安いものでいいから、報酬はモノで欲しい”と言えば受けると思う」


「そもそも相手が全く聞き耳を持たないんじゃ意味ないんだけど、オーゼットさんはエノクに少なからず好感を持っている様だし、試す価値はあるわ」








彼女がニヤァという顔をして僕に説明してきた。

その顔は「私のプランどうよ?」とでも言いたげだ。







「う~ん。でもそんなに上手くいくかなぁ・・・」







僕は彼女の言葉に半信半疑だった。

理屈は分からないんでもないけど、昨日の彼女は質問もなにもかも一切受け付けないという感じだった。

交渉にも応じてくれるのかどうかは明日行ってみないと分からない。







「なによ・・・・自信ないの?」







レイナがジトーっととした目でこちらを睨んでくる。







うっ・・・かわいい・・・///







彼女のとても整った顔立ちが僕の方を見つめてきてる。

僕は思わず彼女の凝視に照れてしまった。

もし、等身大の彼女だったら可愛いというよりは美人系だと思うけど、手のひらサイズという事もあって今の彼女からは可愛いという印象の方が大きい。







「いや、その・・・そんなことはない・・・よ」


「???」


「・・・どうしたの、なんか歯切れ悪いわよ?」


「いや、なんでもないよ・・・大したことじゃないから」


「本当・・・?まあ、それならいいけど・・・話続けるわね」







レイナは訝し気に僕の様子を伺ってきたが、そのまま話を続けてきた。







「相手の機嫌が悪かったら交渉なんかせずに普通に答えを言うだけにした方が良いわ」


「情報と9万クレジットを頂いてくるだけでも御の字なわけだし」


「ただ、いずれにしろ答えを言った後は気を付けてね。絶対何故分かったのかを聞いてくると思うから」


「今回の答えは相手も転生者がらみの話だと知っているはず」


「冒険者に転生者の情報をあげるなんて、リスクにも等しいからね」







これはレイナの言うとおりだ。

冒険者ギルドは”外来危険種の排除”という名目で転生者狩りを行っているという。

ターゲットになるような価値を持っている転生者なんてのはごく一部だろうし、

転生者の中には自分が”転生者です”と公表している強者もいない訳じゃないんだけど、

余計な情報は提供しないに越したことはない。

ただ、そうすると断り方が問題だな。

下手に断ると、彼女の事だ。実力行使で聞いてくる可能性もある。

出来るだけ上手くかわしながら穏便に済ませる方法を考えないと・・・・







「・・・・ところでさ」







僕は頭の中で明日のシミュレーションを組み立てながら、一つ疑問に思ってたことをレイナに聞いた。







「9万クレジットの代わりが”安いモノ”でいいのかい?」


「それだったら9万クレジットをそのまま頂いた方が良いと思うんだけど・・・」


「・・・ああ、そのことね」


「たぶん、そう言ったとしても十中八九、彼女は9万クレジットより価値のあるものをくれるはずよ」


「え・・・なんでだい?」







僕は今度こそレイナの言葉が信じられなかった。

安いものでこちらが良いと譲歩しているのに、相手が高いものをくれるだろうという結論が導かれるのがよく分からなかった。

困惑している僕をよそに彼女は話を続けてくる。







「なぜならね・・・・」



















彼女の要求を半ば拒否する形で僕は”1億クレジット”という情報料を提示した。

僕からの提示を聞いた彼女の琥珀の双眸は不気味な色を湛えている。

それは驚いているようでもあり、怒っているようでもあり、笑っているようにも見えた。

先ほどまでは侮蔑の色一色だったのもあってその感情は分かりやすかったのだが、今の彼女の心情を測ることは僕にはできなかった。

しばしの間、無言の静寂が円卓の周囲を支配する。

しかし、こちらから彼女に言うべきことは既に言っている。

後は相手の反応を待つのみだった。

僕は仕方なくその場に鎮座し彼女の反応を待っていたのだけど、静寂は思ったよりすぐに破られた。







「・・・・ふふっ」







静寂を破ったのは何とも言えない彼女の笑い声だった。

正直これは予想外の反応だった。

相手も僕の言った”情報料”の意味は分かっているはずだ。

暗に断っているということを分からない彼女でもあるまい。

なんでそこで笑いが出るんだ・・・?







「それは昨日の意趣返しかしら・・・坊や?」







彼女がニヤァという顔をしながら、僕に尋ねてきた。

彼女の顔にはまた不敵な笑みが浮かんでいる。







「いえ・・・・そんな滅相もありません。僕にとってそれほど重要な情報だという事なだけです」







これは僕の本音だった。

昨日の事はあれはあれで勉強になったことは確かだし、それで意趣返しなんてことは考えていない。

ただし、彼女が言った”情報がタダではない”という考えを利用させてもらったことは確かだ。

彼女自身が発した言葉だから、彼女がこれを無視するわけには行かないだろうという考えが根底にあった。







「ふふっ・・・なるほどね。まあ、それは分からなくもないわ」


「坊やが答えを教えてくれた”誰かさん”をそこまでして守りたいこともね」


「・・・・」







やっぱり彼女はこちらの真意を見抜いていたか・・・

そして、それが転生者だという事も・・・







「しかし、ざんねぇ~ん」


「せっかく坊やがそこまでして隠したいものがあっても、私は難なくそれを知ることが出来るのよ?」


「・・・・!?」







彼女は先ほどまでとは一転し、おどけた口調で衝撃の事実を突き付けて来た。







な、なんだって!?

どういうことだ・・・

まさか、僕を拷問に掛けるとでもいうのか!?

そういう不吉な考えが僕の頭に浮かんできたが、僕は必死になってその考えを否定した。

僕と彼女は依頼人とその受託者。

しばらくは僕の身柄はギルドが保証してくれる。

拷問みたいな事をすれば彼女だって自分の身を滅ぼすということを分かっているはずだ。







「私が何のために”転生者だけが分かる”偽名を名乗っているか分かる・・・?」


「坊やみたいな子を炙(あぶ)り出す為よ」


「!!!」







僕はその言葉を聞いた瞬間、体中に衝撃が駆け巡った!

ま・・・まさか彼女は・・・最初から転生者の情報を集めるために、そんな偽名を名乗っていたというのか・・・!

彼女の謎々に答えられる人物・・・それは転生者かそれに繋がりのある人物以外に考えられない。

そうすると彼女はまさか・・・







「ふふっ・・・その顔はもう分かったみたいね?」


「私は”転生者狩り”も請け負っているの」


「そして”記憶を操る”能力が得意でもある」


「拷問で口なんか割ろうとしなくても、その人の記憶を取り出す事なんて造作もないことだわ」








そう言った後、彼女は右手の手のひらを僕に向けて突き出してきた!

彼女の瞳は琥珀から燃えるような朱い揺らめきが表れている。







まずい・・・!!








僕は直感的に危険を悟った。

このままここにいたらレイナの記憶を彼女に盗み見られてしまう!

彼女は薄く開かれた瞼の下、邪な笑みを浮かべ、話を続けてきた。







「まっ、私は”転生者狩り”なんて趣味程度にしかやってはいないんだけどね」


「でも、たまたま今別件で”地球”というところから来た転生者の情報を集めていたところだったのよ」


「まさか、坊やがそれに当たるとは思わなかったから流石にびっくりしちゃったわ・・・ふふっ」







僕は彼女の言葉に反応する余裕がなかった。

なんとかその場から逃げだそうと思ったのだけど、彼女の瞳を見てたら金縛りにでもあったかのように身体を動かすことが出来なかった。

今の僕はまさにまな板の上の鯉。彼女にあとは調理されるのを待つばかりだった。

くそっ・・・

今更悔やんでも遅いが、彼女に答えを言ってはならなかったのだ。

しかし、記憶を操る能力なんてものを想定なんて出来るはずない。

そんな能力を使用できる人間なんて聞いたことがなかった。








・・・”未知の能力”

もし、あるとすればそれは・・・








僕は椅子に腰かけたまま必死になって体を動かそうとするが、腕や足が鉛のように重くなって動かなかった。

しかし、そのままもがいているとある瞬間から枷が外れたように体を動かせるようになる。







えっ・・・







まさにそれは突然の事だった。

それは重い鉄球に鎖を繋がれた囚人がそこから解放されたような感覚だ。

僕は予想外の事態に驚きを隠せなかった。

思わず、目を大きく見開き目の前の彼女の様子を伺う。

既に彼女は手を下ろして、その場に無言で佇んでいた。

そして、淡々とした口調で言葉を継いできた。







「ふん・・・でも、まあいいわ」


「認めましょう。”ゲーム”は坊やの勝ちよ」








彼女はさらにそこで何かしてくると思ったが、意外にも肩をすくめた後、それ以上の追及を止めた。

僕はその時になってようやく彼女に言葉を返せた。







「いいんですか・・・?」







彼女にしてみれば僕は絶好のターゲットだったはずだ。

ここで見逃す理由が分からない。

そんな僕の質問に彼女は涼しげに言葉を返して来る。







「”趣味”だって言ったでしょう?これをメインに生計なんて立ててないわよ」


「それにゲームはルールを守ってこそ面白いのよ?」


「坊やはどうであれ私とのゲームに勝った。残念だけど今回は諦めるわ」







そう言って彼女は気だるい表情を見せてその目を細めた。

ただし、顔とは裏腹にその声色は全然悔しそうではない。

むしろこの状況を楽しんでいるとさえ思える余裕がある。

どうやら、僕は彼女に見逃してもらったらしい。







「あ、ありがとうございます」








僕は彼女に慇懃に頭を下げた後、お礼を言った。

彼女は僕を一瞥し僅かに自嘲をした後さっさと要件を切り出して来た。







「ふん・・・それじゃさっそくだけどバッドステータスの治癒の話をするわ」


「ただし、前提として坊やに言っておかないといけない事がある」


「はい・・・なんでしょうか?」








僕は彼女の言葉に質問を返した。







「この話は私自身も本当かどうかは知らないし、直接バッドステータスを解決する術を知っているわけじゃない」


「だけど、情報元は信頼できるし、坊やの言う”きっかけ”になる話だと理解する事。いいわね?」


「・・・はい、それで大丈夫です。お願いします」


「結構。それじゃ何度も言わないからよく聞いておくことね」


「はい」







ようやくだ・・・

右往左往したけどなんとかここまで漕ぎつけることが出来たんだ。

絶対に聞き逃さないようにしないと・・・!







僕は彼女の言葉を聞き漏らさないように全身全霊を彼女の言葉に傾けた。

そして、彼女はゆっくりと話を始めた。







「そうね・・・まずはバッドステータスの逸話について話しておこうかしら・・・」


「バッドステータスの治癒が神話で謳われているというのは坊やも知っているわね?」


「はい・・・知っていますが、意味がちょっと分からなかったです」








僕もバッドステータスの治癒を探すという話が出た後は、その部分の神話に関する本を読み漁った。

しかし、話が抽象的でハッキリ言って意味が分からなかった。

深く掘り下げれば何かしらの意味があるのかもしれないけど・・









「神話にはこう謳われているわ」


「【罪深き魂がその業を神の座する社に奉納したとき神はその罪の一部を浄化した】と」


「はい・・・そうですね」








当然その部分は僕も知っている。

訳が分からなかったけど。

そもそもバッドステータスは大魔王が掛けた呪いだったはずなのに、なんでここで急に神が出てくるのかが分からなかった。

まあ、神話なんて人物の錯誤が激しいから気にしても意味ないんだろうけど。








「これの意味についてはいろいろな解釈があるんだけど、次の説が一番しっくりきたわ」


「”罪深き魂の業”とは【その者の前世で死ぬ直接の切っ掛けになったもの】という解釈よ」


「前世で死ぬ直接のきっかけになったもの・・・ですか」


「そう。神に言わせれば生命には設定された寿命というものがあり、それを満たさず死んだ者は”罪”を犯したことになるらしいの」


「そして、その直接の原因となったものが業になり、それを奉納することによって罪の一部が赦されるという訳」


「なるほど・・・」








僕は彼女の言葉に頷いた。

死ぬ直接の原因となったものか・・・

レイナがあの年で自然死したとは考えにくい。

彼女にも死んだ原因があるはずだと思うけど・・・なんだろう。

レイナにはそこら辺ちゃんと聞いたことなかったな。

後で話を聞いておかないと。

僕がそうやって考えを巡らしているとオーゼットさんはさらに話を続けてきた。







「ただし、奉納するものは魔力を内に秘めたもので、神話や伝説級の力を持ったアイテムでないとダメだという話よ」


「神にお願いするときには奉納するものもそれに相応しい霊験あらたかなものじゃないとダメなんですって・・・」


「ふっ、笑っちゃうわよね。何様なのよって感じ」







オーゼットさんが肩をすくめて軽蔑の笑みを浮かべている。

冒険者は意外に信心深い人が多いという話を聞くけど、どうやら彼女はそれには当てはまっていないようだ。

彼女は目を閉じて、侮蔑的態度を取りながら耳に掛かっている髪を掻き上げた。

そこには、神なんて知ったこっちゃないという彼女の驕傲が滲み出ている。






「あとは・・・そうね」


「”神の座する社”とやらが何なのかは私は分からないし、それがどこにあるのかも知らないわ」


「これ以上の詳しい話を聞きたいのなら”エルフ”にでも聞いてみる事ね」


「エルフ・・・ですか?」







僕は彼女に問い返した。

彼女は目を開き僕を見据えると、ふてぶてしい態度で言葉を発してきた。







「そうよ。この話はエルフから知った話だから信頼は出来るわ」


「森に引きこもっている分際の癖に私達を見下してる”クソッタレ”な種族だけど、長年生きてるだけあって知識だけは豊富だからね」


「”知識だけ”は認めざるを得ないのよ。他は虫以下だけどね・・・」


「ふん・・・私の知っていることは以上よ」







・・・そう言って締めくくったオーゼットさんの言葉の端々にはトゲがあった。

彼女はエルフの事もどうやら気に入らないようだ。

確かに、あまり他種族との交流をしたがらない種族ではあるし、自分たち以外の種族は下に見ているとは聞くけど、

そこまで敵意を向ける意味が分からなかった。彼女はエルフと何かひと悶着でもあったのだろうか?

まあ、流石にそこは聞くわけにはいかないけど・・・

しかし、エルフか。

大陸最北端にある大森林地帯は人類が踏み入れたことがない未開の地が広がっているという。

そこのどこかにエルフの聖域に繋がっている場所があると聞くが、一般の人達には知れ渡っていない。

恐らく知っているのは一部の腕利きの冒険者達のみ。

エルフはとにかく秘密主義なのだ。

加えて、大森林地帯周辺にはLv50を超えたモンスターや凶悪なトラップが魑魅魍魎のように跋扈しているという。

オーゼットさんがどうやってバッドステータスの治癒の情報をエルフから仕入れる事が出来たのかは分からないけど

そういう情報を仕入れることが出来たのは彼女が一流の冒険者だという証に他ならなかった。

僕が今大森林に向かっても自殺行為もいい所だ。

腕の立つ冒険者と共に行動するか、僕自身がLvアップして熟練の冒険者に引けを取らないくらいに強くならないとエルフの聖域に辿り着くことは不可能だ。

僕はそのまま思索に耽りたかったが、彼女にお礼を言う事が先だという事を思い出した。







「あ、あの。ありがとうございます」


「オーゼットさんのおかげできっかけが掴めた気がします」


「・・・・」







ん・・・どうしたんだろう?

彼女が腕を組んだ状態で無表情でこちら側を見つめていた。

ただし、僕を見ているわけではない。

彼女の琥珀の瞳はなにものも捉えていなかった。

その心情を伺い知ることは出来ない。

僕が彼女の反応に戸惑っていると、彼女が僕の様子に気付いたようだ。

彼女が悪びれることなく僕に言葉を返す。








「あら、失礼」


「私に”ゲームで勝った”坊やに何をご褒美で上げようか迷っていたところなのよ」


「珍しくゲームに負けちゃったからね・・・」


「ふふっ・・・でも、今決まったわ」








直後、彼女は何を思ったのかバサりとコットをたなびかせた後、その席を立った。

そして、僕を尻目に見ながら、円卓の外周に沿ってこちらに近づいてくる。

カツン・・・カツン・・・と彼女の足音が周囲に響き渡った。






・・・

・・・・・・!!!!?

ゴクッ・・・







・・・僕は近づいてくる彼女の様子を見た時、彼女の余りの変貌ぶりに息をのんだ・・・

その眼は嗜虐心に溢れ、大きくニヤリと上げられた口角は彼女を人間以外の別な者へと変えていた・・・

今の彼女の容貌はまさに魔女というにふさわしい・・・

彼女から発せられる気は邪なる空気に満ちており、その言葉は凍てつくような冷たさを放っていた。








「自分の幸運に感謝しなさい・・・」


「いつもなら、ゲームなんて仕掛けずにサクッと炙り出したら、キュッと搾り取って、そのまま私の”玩具”にしちゃうんだから・・・ふふっ」


「・・・・・」








僕はなんとか言葉を紡ごうとしたが、まともに言葉を発することが出来ない。

しかし、彼女はこちらの様子を気にすることもなくそのまま僕が座っているイスの横まで来ると、

薄く開いた瞼の下に真紅に燃えた瞳を宿しながら僕を見下ろした。

僕は椅子に腰かけながらそんな彼女の顔を見上げる。








・・・なっ、なんて・・・・・・大きいんだ・・・・・








それは感覚的なものだったのかもしれない。

彼女の身長は僕より少し高いがそこまで長身という程でもない。

165cm前後というところだろう。

彼女は立ち、僕は座っているのだから、彼女の顔が上に来るのは当たり前。

そう・・・当たり前のはずなんだけど・・・

彼女の顔を見ようと顔を上にあげても、まだそれでも足りなかった。

今見えているのは網目に包まれた流れるような曲線美を魅せる彼女の脚だった。

顔を上げる角度を上にあげてしばらくすると引き締まった腰のあたりが垣間見える。

そして、さらに顔を真上に垂直に上げてようやくその豊かな胸とこちらを見下ろしている彼女の顔と対面できる。

実際に顔を上げたわけではないし、そんなものが視界に入っている訳でもない。

しかし、彼女から発せられる巨大なオーラと僕のちっぽけなオーラが彼我の立場関係を幻想させた。

彼女は遥かな高みから僕を見下ろした状態でニヤリと笑うと、懐からイヤリングくらいの小さな石を2つ取り出した。

その石は菱形の形状をしていて銀色の輝きを放っている。







「坊やにはこれを上げるわ」


「・・・・・これは?」


「これはディバイドストーン。持ち主の得られる経験値を共有するアイテムよ」


「えっ・・・!!?」







ディバイドストーン・・・伝説のアイテムじゃないか!!!

売れば100万クレジットはくだらないぞ・・・







「ゲームの報酬として受け取りなさい」


「この私に勝った生涯の誇りとして持っておくことね・・・」







無意識のうちに両手を差し出していた。

彼女はそんな僕の両手にちょこんと石を置く。

僕は彼女から石を受け取りながら昨日のレイナの言葉を思い出していた・・・・・



















「なぜならね・・・彼女は絶対に自分を”矮小”だと見られるようにする女じゃないわ」







レイナが手のひらを僕に見せながらそう断言してきた。

9万クレジットより安いモノを要求したとしても、それより良いものをくれるだろうという彼女の推測だ。

僕は彼女に言葉を訊き返した。








「矮小・・・・かい?」


「そうよ。エノクに聞きたいんだけど、オーゼットさんがLv50を超えていることや、依頼料がはした金であると言われた時どう感じた?」


「僕かい?そりゃ、凄い人で、僕なんかとても手の届かない存在だと思ったけど・・・」







彼女の言動もそうだし、何より彼女から発せられるあの圧倒的な威圧感が僕にそう思わせた。

それはまさに熟練の冒険者たるに相応しい威力を誇っており、僕なんかとは比較にならない別次元の存在、絶対的な強者。

彼女を前にしていると自分が全く取るに足らない人間だと思えてしまう。








「じゃ、もう一つ質問」


「エノクが明日のゲームに勝って、報酬は安いもので良いと彼女に交渉した。そして、彼女が実際に9万クレジットより安いモノをくれたとする」


「エノクはその時どう感じる?」


「えっ・・・そりゃあ、交渉通りだし、しょうがないと思うけど・・・」








実際にこちらから交渉を持ちかけたことだし、それで安いモノを掴まされても文句はいえないはずだ。

ただ・・・思う事がないわけではない。

レイナはそんな僕の心情を見通しているのかさらに質問を重ねてきた。







「他には?」


「他かい?そりゃあ・・・」


「なんか”ケチくさいな”とか、”器が小さいな”とか思わなかった?」


「・・・」


「しょうがないと思っているってことはエノクも少しは感じているんじゃない?」


「こちらとしては絶対に勝てないゲームに乗って、さらには報酬は安いものでいいと譲歩をしている。条件は絶対的にこちらが悪い」


「そんな悪い条件でこちらが勝利を収めたのに本当にチープなモノしかくれなったら、私ならガッカリするわね」


「あっ、こいつ大したことないな・・・って思うわよ。相手がそれまでどんなに威容を誇っている人間であろうとね」


「プライドの高い彼女の事だもの。そんな風に見られるのは絶対に許容できないはずよ」







レイナはそう言ってオーゼットさんの話を締めくくった。



















昨日のレイナの言ったことはドンピシャだった。

どうやら”頼れるお姉さん”というのは伊達ではなかったらしい。

目の前で銀色の輝きを放つ2つの石を眺めながらその感想が頭に浮かんできた。

オーゼットさんがそんな僕の様子を尻目に言葉を継いでくる。








「今日のは中々いい演技だったわよ。坊や・・・」


「見事に坊やの作戦にハマっちゃったわ」


「それとも、坊やが守りたい”誰かさん”にでも仕込まれたのかしら・・・?ふふっ」









彼女が顎に右手を当てながらニヤリと笑う。

・・・どうやら僕の演技も含めこれまでの作戦を彼女は看破しているようだ。

普通なら罠にはめられたことに気付いたら怒ると思うんだけど、彼女の余裕はまるで崩れなかった。

その余裕は一体どこから来るんだ・・・?

圧倒的強者の余裕からだろうか。

その境地に至ったことがない僕には分からない。








「坊やが冒険に出た後が楽しみね・・・」


「冒険者は時にお互いが殺し合う事もある修羅の道・・・」


「戦場においては真の強者のみが生き残ることを許される」


「・・・・」


「今回は勝ちを譲ってあげたけど、次はそうは行かないわよ坊や・・・・・・ふふっ」







・・・・!!?







そう言った後、かすかな笑みをたたえて、彼女の顔が僕に近づいてきた・・・・

それにつられ彼女の肢体も僕に接近し衝突する。

彼女の鮮やかな青髪と、シミ一つない透き通るような褐色の肌。そして琥珀の瞳が大きくなっていく・・・

僕の目の前は彼女の美しい顔で一杯だった・・・

彼女は愛おしそうに僕の頬をその手で撫でてきた。

さらには彼女の女性らしい柔らかな2つの感触と体温。彼女から発せられる甘い香りが僕の身体を包み込んでくる・・・

余りの心地よさに僕はそれ以上何も考えられなかった・・・

彼女の強烈な誘惑に僕は思わずイキそうになってしまう。

彼女の唇と僕の唇が邂逅を重ねる瞬間・・・彼女の唇はふわりとそれを躱し、僕の耳へと舞い降りてきた。

そして愛しい者同士が愛の告白をするかのようにそっと僕に囁いてきた・・・









「今度もし戦場で会ったら坊やの事・・・・・踏み潰してあげる」









そう言ってシトラスの甘い香りを僕に残した後、彼女はその場を去っていった。







To Be Continued・・・