※このSSは9割型、匂いフェチの要素を含んでいます。キャラクターのイメージを壊す危険性があるので、読む際はご注意下さい。








「金剛ちゃんの一日履いた後のブーツ大会」というイベントをご存知だろうか。
真夏日の日中から夕方にかけて、全国数千人の男たちが親族、友人、恋人に隠れて、一同に鎮守府に集合し、命を削り合う過酷なイベントである。
今年も、その日がやってきた。

静かな鎮守府の裏門前。木々や草木が風に揺れて、こすれ音を奏でている。潮香る、いつもと変わらない、静かな風景。
唯一つ、いつもと違う所が一つあった。裏門前に、茶色のダンボールが一つだけ無造作に置かれていた。

一見すると、ただの置き去りにされたゴミにしか見えないその箱の中身などに、通りかかる者は誰も興味を示さなかった。




「えー、本大会の目的は、艦娘も人間と変わらない存在である事を知らしめる啓発として開始し…」

段ボールの中にうごめく砂粒のような者たち。熱中症を起こしそうな程の熱気の中、彼らは発泡スチロール製のステージの上に立っている軍服姿の男の話を、怠そうに聞いていた。

「当大会運営委員会は大会中に起きたいかなる死亡含む事故に責任を問わないものとします。優勝者は、大会開始から、ベッドルームまで"K"のブーツ内で最も長い時間
 正気を保っていた者に決定します。終了後に縮小怪力線の効果は消され、仮に医療行為が必要な者は……」

軍服の男の長々とした演説は、参加者を苛立たせた。時折「早くしろ」と怒号が聞こえる。軍服姿の男は何も聞こえないといった風にして、話を続けた。

「防毒面持ち込み等、不正行為が認められた場合は没収の後、さらに過酷な"H"のブーツ内へと移送されます。不正者にはペナルティとして、大会終了まで"H"ブーツ
内部に居続けなければいけません。また、次回から大会参加が強制に…」

軍服の男は手に持っていた紙の内容を全て呼び終えると、紙をポケットにしまって参加者を見渡した。そして、右手の拳を天に振り上げて、大きく息を吸い込み

「金剛ちゃんの一日履いた後のブーツ大会の開会を、この場にて、宣言するっ!!!!」

と彼らから見れば東京ドームよりも大きい段ボールを揺らすくらいの大声で、叫んだ。その後に続いて、参加者数千人の絶叫と、歓喜が段ボールを1cm程動かした。



「今日も疲れたネー…」

戦艦娘「金剛」は妹分の「比叡」と一緒に、船渠…お風呂に向かって歩いていた。

「今日の演習でのお姉さま、さいっこうに輝いていました!」

比叡は金剛にくっついて、褒め言葉を浴びせる。金剛はいつもの事だと適当に聞き流して、意識を足回りに向けていた。
やはり、夏場にサイハイブーツは辛いものがある。このブーツ、ちょっとやそっとの衝撃で穴が開かないよう、とても頑丈に作られているのだ。しかし、それ故通気性が悪い。
その上、靴下を履いていない。より直感的な操舵を行うだとかの為、裸足でブーツを履いているのだ。

金剛はお風呂の入り口で、ブーツを脱ぐために手をかけた。ズルッ、ズルッと足が抜けていく。素足越しにブーツの壁面が、湿っているのを感じる。
少し手間取った後、スポッと音を立ててブーツから足が解放された。外のひんやりとした空気が、素足に触れた。

「Oh、湯気が立ってるネ…」

思わず呟いてしまった。足からも、そしてブーツの中からも、白い湯気がうっすらと見えた。素足はしっとりと湿っていて、汗か何かでぬめりとしていた。
金剛は少し顔をしかめると、隣でブーツを脱ぐのに手間取っている比叡の方を向いて

「ヘイ、スニッフしてみる?」 と問いかけた。比叡はニコリと笑うと、「はい、喜んで!」と言い、向けられたブーツの筒口に顔を突っ込んだ。



「まさか気絶するなんテ…」

泡を吹いて倒れてる比叡をよそに、金剛は頭を抱え込んでいた。自分のブーツが、比叡のカレー並みの危険物質だった事に、少しショックを受けた。
ブーツからは相変わらず、白い湯気が立っている。留まる気配は全く無い。中は、金星か土星みたいな環境になっているのかと思うほどだ。
金剛は比叡を叩き起こすと、二人分のブーツを並べて、「今日はとにかく、足を念入りに洗うネー」と話しながら、去っていった。


誰もいなくなった船渠の更衣室、曇りガラス越しに、浴室から話し声が聞こえる。
そこへ白い水兵帽を被った妖精さんがやって来た。彼女は入り口の暖簾をかき分けて、キョロキョロと中を覗いた。
そうして、誰も居ないのを確認すると、ゴソゴソとビーズのようなものを取り出して、並べられたブーツの筒口を広げると、両足に1つずつ、
慎重に、出来るだけ振動を与えないように短い腕を精一杯入れて、白くて球型の、ビーズを差し入れた。




薄暗い金剛のサイハイブーツの中。丸く切り取られた光が、ブーツの底を照らしている。つま先の方は真っ暗になっていて、底無しの洞窟に見える。
ヒールで出来た坂は、とてもツルツルしていて、手をかけるところが全く無い。そこを超えたとしても、ほぼ90度の、空まで続く長壁が立ちはだかる。
この場所に閉じ込められた小さな生き物が、自力で脱出する手段は無いだろう。
このまるでウツボカズラのように一方的な空間で、白いビーズ"潜靴艇"は上からの光で反射しながら、つま先の方へコロコロと転がっていった。

「湿度100%、気温37.0度…ああ、去年と一緒だ…」

ビーズの中には、先ほどダンボールで歓声をあげていた数千人の参加者のうち…半分の者達が、今か今かと鼻息を荒らげていた。
その内の一人の、白い軍服姿の男…"提督"は、この大会の主催者でもあり、参加者の一人でもあった。彼は潜靴艇に付いた小さな小窓から、外の広大な茶色の空間…そして、窓にびっしりと
張り付いた透明の水滴を睨みつけた。

「これから、潜靴艇の扉を開きます!落ち着いて、一人ずつ降りるように…まあ、開けた瞬間に7.8割は気絶するでしょうが」

そう言うと提督は、口を片手で抑えながら潜靴艇の扉のレバーに手をかけた。
その直後、雑菌混じりの白い蒸気と、この世の物とは思えない臭気が、潜靴艇の中に吹き込んだ。



「結局、これだけしか残りませんでしたな」

提督はかすれ声で、周りでうつ伏せになって咳き込んでいる男たちに話しかけた。
中には吐いている者まで居る。

「あまり吐かないでくださいよ。信じられないでしょうが、これは人様の靴の中なのでね」 提督は額の汗をハンカチで拭き取りながら、しかめ面をして言った。

「酷い臭いですな。何なのですか、この納豆とビールと塩辛を注ぎ込んで、10年間放置したような臭いは!」初参加の男が、四つん這いになって言った。

「雑菌ですよ。ブドウ球菌とか、緑膿菌といった細菌です。いいですか、靴の中は雑菌が繁殖するには、最も理想的な場所なのです。丁度いい温度、湿度、そして
 奴らの栄養になる汗、その要素が足して、10分程で3億を超える雑菌が繁殖します。三億というと、アメリカの人口と同じくらいですかな。そいつらが悪臭の素です。
 ほら、中敷きの黒ずみを見て下さい。これが、菌が繁殖している証拠ですよ」

「ちくしょう、ちくしょう、艦観式で見た時は、あんな可愛い女の子だったのに!紅茶の臭いがしそうだな、と思って来たのに!現実はなぜこうも残酷なんだ!」

初参加の男は、悔しそうに雑菌で真っ黒になった床を叩くと、力を振り絞って叫んで…気絶した。



「結局、リピーターしか残らなかったですね」 何度も参加している男が言った。

「まったく、初見さんは忍耐が足りませんな。しかし、ロマンのある話ですね。この靴の中に三億以上の生命体が居るという話は。素足と革で埋め尽くされた空間で、
 一国の人口を上回る程の生命が活動を行っているなんて。」 もう一人の男が、まるで臭いを気にしてないかのように余裕のある調子で言った。

「まったく。そして今、我々がその生命体の一つになっているというのも、とんでもない事ですよ」


普段は数十キロ、今の彼らにしてみては数万トンを受け止めている靴の底、金剛の足に付着してたであろう絨毯の繊維に寄りかかって、
二人の男は常連ぶった調子で靴の中談義を続けていた。ところがその会話は、二人の後ろから、何者かが強い力で肩を叩いた事で終わった。

「失礼ですが、お二人とも鼻の穴の中に何か詰まっていませんか。先ほどから何か様子がおかしいと思って、見ていたのですが」

二人が後ろを振り返ると、提督が怒気を混ぜた表情を浮かべて、見下ろしていた。彼は乱暴に片方の男の鼻の穴に突っ込むと、
臭いを吸い取って、真っ黒になったコットンの綿が飛び出してきた。

「いや、これは…」「自然に入っていたんだ、誰かに入れられたのかもしれない」二人の男は顔を真っ青にして、言い訳にならない言い訳を思いついては口に出した。
遥か空の上で、風を切り裂くような轟音が聞こえると、彼らは口をつぐんで上を見上げた。丸い空の上には、妖精の可愛らしいが、影のある顔が埋め尽くしていた。

「私は最初に言ったはずだ。もし不正を行ったら、ペナルティとして"H"のブーツに居続けなければいけないと。そして今、あなたは不正を犯した」

提督は二人を指さして、淡々と怒気混じりに言った。二人ははっと振り返って、ブーツのつま先の方へと逃げようとした。しかし、それよりも早く
妖精の、ブーツの中に伸ばされた手が二人を掴んだ。

「嫌だ!比叡ちゃんのブーツは嫌だ!」

妖精の手の中から、くぐもった悲鳴にも聞こえる断末魔が聞こえてくる。提督は手の中に向かって「あんたらの責任だ!」拳を振るって叫んだ。
そして、金剛のブーツの中には気絶したたまピクともしない"参加者だったもの"と、嗚咽を漏らしながらもなんとか意識を保っている参加者と、大汗をかいて
正気を保てている提督だけが残った。


一方、妖精に連れ去られた二人の不正参加者は、深い洞窟のようなブーツから持ち上げられて、一瞬だけ清涼で、新鮮な空気に触れた。
地の底、地獄から極楽に来たような気分になった。しかし二人の男は、妖精の指の隙間から見える"H"こともう一人の戦艦娘"比叡"のブーツを見て絶望した。

二人の男は、前年度に不正行為を働いて比叡のブーツ送りになった者達を思い出した。大会が終わった後、担架に載せられて、サイケデリックな顔色をした者が
紫色の泡を口から出して倒れているのを見ていた。不正参加者は、今頃になって後悔した。今年こそ優勝したいという気持ちのはやりが、これから落とされる
であろう地獄への切符を得る事になろうとは。


短髪でボーイッシュな雰囲気を漂わせる戦艦娘、比叡はカレーが好きである。そして、作るのも好きである。いつも試しに作っては、それを味見している。
彼女が作るカレーのようなものには、クミン、ニンニク、アスパラガス、何らかの動物の肉、そして大量のアルコール飲料が入っている。
これらは、体臭を強くさせるため、避けなければいけない食品なのは周知の通りである。全てが含まれたハイブリッドの臭気が、カレーの発汗作用によって
生じた大量の汗と共に発散され、素足履きのサイハイブーツの中で充満している。そして、その上に雑菌の臭いも混じっている。
先ほど提督らが苦しんでいた金剛のブーツを火星の環境と例えたら、比叡のブーツは金星、いや水星並の苛烈な環境に比較されるだろう。
もちろん、この中に入って正気を保つのは通常では不可能だ。しかし、不正参加者は地獄に落ちる前に、妖精から薬品を噴霧された。

これはペナルティとして、比叡のブーツの中に入れられる参加者用の特製気付け薬である。これを噴霧されたら、ここ8時間は絶対に気絶しないという保証付きである。
毎年度、そして今年の不正参加者もなかなか気絶出来ずに、見た目華やかな少女が放った過酷な環境に放り込まれることとなった。

一方、金剛のブーツの中では、残った者達によるどよめきの声が上がっていた。妖精さんがブーツに腕を差し入れた反動で、唯一開いていた外気口だったはずの
筒口が、ぐにゃりと曲がって閉じかけていた。ここが閉じてしまったら、正気を保つことはおろか、生存できるかも危うくなってしまう。
中の者達は必死になって外の妖精に向かって助けを乞いた。しかし、彼らの蚊の羽音よりも小さい声が妖精の耳に届くことはなかった。
参加者たちにとっては船がきしむような轟音で、そして人間の耳にとっては革がこすれる小さな音で、ブーツの筒口は折り曲がり、外界との接続を絶たせた。
参加者たちの周りは完全な闇に包まれた。



「いい湯だったネー!」

金剛は数時間経ってやっと、船渠からバスタオル一枚で出てきた。そして比叡と、冷蔵庫にあったフルーツ牛乳を一杯飲むと、新しい服に着替えて外に出ようとした。
しかし、出口の近くで、少し躊躇した。せっかく足を綺麗に洗ったのに、先ほどまで履いていた汚くて、湿っているブーツを履いていくのははばかれる。
しかし近くにサンダルのような履物は見当たらないから致し方ない。そんな金剛の苦悩をよそに、比叡は鼻歌を歌いながらブーツにスルスルと、足を入れていた。

「うわっ、何か変なものが入っています!お姉さま」

素足がブーツに完全に入るか否かの所で、比叡はブーツから足を放り出すと、靴の中をのぞき込んだ。中は暗くて、何が入っているかよく見えない。
それを聞いて、金剛は思い出したように言った。

「あっ、そういえば今日の朝、ギソウのテスト用とかで靴の中にミクロな機械を埋め込むって聞きマシタ!提督曰く、weakな機械だから前もってつま先に
 集めて、クラッシュしないようにしろって言ってたネー」

「そういうのは、先に行ってくださいよ!踏み潰しそうになったじゃないですか!」

怒っている比叡をよそに、金剛はブーツのかかとを何回かトントンと叩くと、つま先に落ちるよう揺らして、それから足をブーツに差し入れた。
足の裏で少しだけ何か感触はあってヒヤっとしたが、多分大丈夫だろう。金剛のむちむちした太ももに、ブーツは丁度フィットして、風呂あがりの
体温で、次第に中が蒸れていくのを感じる。早く部屋に戻って脱ぎたい衝動にかられながらも、金剛は比叡の方を向いた。

比叡はブーツを履かずに、手のひらの中にある何かを見ていた。金剛が「どうしたデス?」と声をかけると、慌てたようにブーツに手を一瞬差し入れた後、
すぐに素足をブーツの中に閉じ込めた。


金剛と比叡はは廊下を急ぎ足で、歩いている。金剛は今すぐにでも、この靴の中から足を解放したかった。一方、それはブーツの中に居た"お客さん"達も同じことだった。
激しい振動、そして急傾が起こったかと思うと、気絶しているものも、息絶え絶えのものも皆つま先の方へ集められた。提督はその中の一人であり、朝の忠告を覚えていた事に感謝した。
しかし残念な事に、金剛の湿った靴底にくっついたままの参加者も居た。彼らはブーツの壁をかきのけて降り注ぐ巨大で、だいだい色で、柔らかく、清潔な素足と黒ずんで、悪臭がする靴底の間で挟まれた(奇跡的に怪我は無かった)

金剛は部屋につくや否や、ブーツを思いっきり脱ぎ床に放り出して、自分はベットに飛び込んだ。中の者達は激しい衝撃の後、横向けにされたブーツの中からぞろぞろと、光の方へ向けて歩いて行った。
筒口の外を比叡が歩いていた。まるで巨大な塔が規則的に、空から降ってくるようだ。さっきまで、この塔の中で苦しんでいたのか……参加者はふらついた脳みそで畏れの念を抱いたまま、妖精がやってきて回収してくれるまで、筒口の端に座っていた。
足に巻き込まれた者は、寝転がる金剛の足の裏にくっついていた。しっかりと洗われた足の裏は、ブーツの中と違い石鹸の香りがして、居心地は良かった。
外気の冷たい空気が、彼らの体に優しく触れていた。


結局、前年度に引き続き、提督が優勝者となった。
数日後、靴の中で見つけた二人の参加者から事情を聞いた比叡が、提督に三日三晩金剛と自分のブーツの中で掃除させたのは、また別の話である。