「朝……か」

召使いのソルが目を覚ます。カーテンの隙間から朝日が差し込み、小鳥のさえずりが聞こえる。

まだぼやけている視界がさえかけていると彼女の声が聞こえてくる。

「おはよう」

ヴァンパイアクイーンだ。ソルが身の回りを確認すると、彼はクイーンの大きな体に包まれていた。

顔の横にはバランスボールほどもある肌色の膨らみが挟み込むように2つ並んでいる。

石鹸の香りと寝ている間にかいた僅かな汗の匂いが混ざり合い鼻孔から抜けていく。

「よく眠れたかい?」

「うん」

優しい彼女の問いかけにこたえる。クイーンはいつもソルより早く目覚め彼の寝顔、寝起きを見守っている。

ひょい、とぬいぐるみのように抱え上げられベッドからおろされる。

ソルは朝の身支度を整えながらカーテンを開けるクイーンの後ろ姿を横目で見ていた。

何も身にまとっていない姿。背中からはみ出している胸は彼女の動きに合わせてぶるん、ぶるんと揺れている。

そこからウエストにかけて胴は細くなり、その下には大きくも引き締まったヒップがあり、そこからのびる脚はソルを股の下に入れられるぐらい長い。

ソルの視線に気づいたのかクイーンが振り返る。横目に見ていた筈がいつのまにか目は彼女の躰に張り付き手は止まっていた。

その様子を見たクイーンは困ったような恥ずかしいような表情に笑みを浮かべた。

「手が止まってるじゃない」

「あっ、ごめん。何日経っても全然慣れなくて」

「ふふ、こっちとしては嬉しいんだけどね」

初夜を終えてからクイーンはソルを積極的に求めるようになった。

自制心を示したいという彼女の理由で交わるのは2日に1回になっているが、回数を重ねるごとにクイーンはソルを情熱的に貪るようになった。

昨日は休みの日だったのでソルの体は軽い。

自分の倍の体格を持つクイーンに毎日求められては『ただの人間』であるソルの体はとてももたないだろう。

お互いに仕事着に着替え終わり扉の前に立つ。

「さて、行きましょうか」

クイーンがソルにとっては見上げるほどの扉を押し開く。

ひとたび外に出れば2人の関係は主人と召使いになる。

クイーンの2歩ほど後ろを置いていかれないように制服姿のソルが駆け足でついていく。

朝食を済ませ仕事部屋に入る。事務室のようなデスクが置かれた部屋がクイーンの主な仕事部屋になる。

ヴァンパイアクイーンとして、多くの支配地と配下を持つ彼女には日夜多くの仕事が舞い込んでくる。

昨日からの間に積み上げられた書類に目を通し、必要事項を記入しながら召使いソルに問いかける。

「一昨日返事をした国との会合はどうなっている」

「昨晩の間に連絡がありまして、再来週以降ならこちらに予定を合わせられるとのことです」

「で、再来週都合がつきそうなタイミングはあるのか?」

「ええ、この日の午後なら1時間程度余裕があります」

といいソルはスケジュール表をクイーンに見せる。

クイーンサイズに合わせて作られたデスクに背伸びするソルからスケジュール表を取り上げ、自分にとってカードサイズの手帳に目を通す。

「そうか、ならそこに予定を空けておいてくれ。場所はあちらの方が楽だろうからそう伝えてくれ」

「承知しました」

ソルが返された手帳に新たな予定を書き込むと、ドアが3回ノックされヴァンパイアの臣下が入ってくる。

「クイーン。現在侵攻中の敵国との戦況が芳しくありません」

「なら、第二精鋭部隊を参戦させるように」

また別の臣下が入ってきて

「クイーン。勇者一行が約2時間後に城に到着の見込みです」

「第三王女に相手させること」

またまた別の臣下が

「クイーン。昨日申請された女王判決の件ですが」

「あれは却下だ。最高裁の判決を適用するように」

クイーンが書類を捌きながら臣下に受け答えする。

このあわただしい作業の中でソルは必要事項があれば手帳に記入し、クイーンが把握していない情報があればフォローしていた。

山のような書類を午前中に片付け昼食をとる。といっても他国の首相達を交えた食事会だ。

もっとも、ヴァンパイア帝国の傘下国の首相達との意見交換会なため、終始首相達は緊張している面持ちだった。

クイーンはデスクワークを午前中に済ませ、午後の仕事を色々な場所でこなすことが多い。

仕事場所で向かう途中で昼食をとれなかったソルは軽食を口に含みながらクイーンに付いていく。

「すまないな。記録係を任せたせいで昼食をとれなくて」

「ふぁいひょうふれすよ(大丈夫ですよ)、ほぉんはひほなはふいへははっはのへ(そんなにお腹空いてなかったので)モグモグ」

市場の様子を見て現地の人たちから話を聞いたり、騎士団の訓練に顔をだしたり、

ヴァンパイアメイド達と情報交換と称した女子会ティータイム(もちろんソルも同席)をしている内にすっかり陽が落ちてしまった。



「はぁ~疲れた~」

クイーンが湯船に浸かりながら大きく息をはいた。

「お疲れ様」

ソルはというとクイーンの脚にちょこんと乗っかり、抱っこされるかたちで一緒に入っていた。

今日は二人きりでお風呂。普段の仕事場では気を張っている分、お互いにこういう場所では気持ちが緩む。

仕事の愚痴や思っていることをさらけ出し合っては、くだらない事で談笑したりもする。

「ほらほら~奥まで届いてないぞ~」

「くっ……お、重い……」

ソルがクイーンの体を洗う。自分の体重より重い片乳を持ち上げ乳の下を洗おうとするが、手を伸ばしても体に届かないのだ。

やっとの思いで洗い切ったソルはすっかり疲れた様子だった。

「じゃあ今度は私の番。おっと、抵抗しても無駄だぞ。ソルの力じゃ私には逆らえないからな」

クイーンがソルの片腕を掴みひょいと自分に引き寄せる。

ソルにとってクイーンの体はまさに肌色の壁。勢い余ってぶつかった彼の体を難なく受け止めてくれた。

クイーンの大きな手が石鹸を泡立てソルの体を洗う。

細く繊細な指が自分の体を撫でる度にソルは僅かではあるもののピク、ピクと反応していた。

その少女のような反応をクイーンは楽しんでいた。

「ふぅ……今夜はよく晴れて月が見えるわ……」

クイーンが自室の窓際で椅子に腰かけながらグラスを傾けていた。

寝るときはお互いに何も身に着けないのが決まりになっているが、風呂から部屋まで素っ裸で歩いていくわけにはいかないので、

クイーンも今はバスローブを身にまとっている。

といっても、長く美しい脚は伸ばされ、着崩された胸元からは乳房が今にもこぼれ落ちそうだった。

そのクイーンの様子をソルはベッドに腰掛けながら静かに眺めていた。

「そういえば……」

クイーンがグラスを置く。

「そろそろ私の眷属になる気にはなった?」

ソルのほうを向き、少し期待した表情で問いかける。

実は、ヴァンパイアは気に入った者を自分の眷属にすることができる種族である。

眷属になった者は主人の力量によって様々な恩恵を得ることができる。

ヴァンパイアクイーンである彼女の眷属ともなれば、人間であるソルであっても強大な力を得ることができるだろう。

実際、クイーンはその圧倒的な力と絶大なカリスマで非常に多くの眷属を抱えている。

「…………」

ソルは視線をずらし黙る。

クイーンの思いは分かっている。人間の寿命はとても短く、それでいてあっという間に老けていってします。

ヴァンパイアの眷属は例外なく不老長寿の力を得る。

彼女は自分の大好きなソルをずっと自分のそばに置いておきたいのだ。

「まだ……人間のままじゃ駄目、かな」

「どうして?」

悲しそうな目でクイーンがソルをのぞき込む。

心の奥まで覗かれているような気分だ。

「僕は、まだ人間を捨てる気持ちになれない。まだ、人間として生きていたい。人間であることの素晴らしさをみいだしているんだ」

目を逸らさずにクイーンに伝える。

彼女は暫く目を瞑り考えている様子だった。

そして。

「うん。ソルの気持ち、伝わったよ」

「パーラ」

「なら」

「え?」

ソルの両脇にクイーンの手が入れられたかと思うと、あっという間に持ち上げられ、優しく放り投げられる。

ぽふん。と音を立て仰向けのままベッドに着地したソルに覆いかぶさるようにクイーンが四つん這いになり、手をソルの頭脇についた。

そして、紅潮した顔で言い放った。

「私の思いも分かってほしいな」