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■ ドクターミクロ
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 雑居ビルの一隅に小さな診療所があった。小さいながらも腕もいい医者がいるという噂で患者は意外と多かった。夕方遅く、帰る患者たちに声をかける若い医者は誠実そうな青年であった。
「チヨばあちゃん、お大事にね。タロー君もお薬飲んだらすぐに寝るんだよ」
「お世話かけますのぉ、マサヒト先生」
「じゃー、ありがとね。マサヒトにーちゃん」
 青年の明るい笑顔は生まれつきのものなのだろうか。面倒見もよく真面目な人柄もあって開院後数ヶ月という短い期間で、大繁盛とまではいかないが経営もなんとか軌道に乗っていた。
「ハハハ、暗いから気をつけて帰るんだよ」
 しかし見送ったあとの彼の表情は一変した。暗い沈んだ、思いつめた表情。しかし何か決意した強い意志を宿した瞳。
彼はドアの前に張り紙をした。
『申し訳ありませんが、都合により三日間お休みします』
 貼り終えてドアを閉めると、彼は診察室の奥、『物置』と札の下がった部屋へ閉じこもった。
「完成した……ようやく完成したぞ」
 部屋の中は物置といえるような状態ではなかった。複雑な配線の機械やコンピュータ、工具が散乱していた。まるで何かの研究室だ。そして部屋の中央には数千本のコードにつながれた縦横五十センチほどの台座があった。
 その台座にマサヒトは一匹のハツカネズミを置いた。不安そうにキョロキョロしていたネズミ君だった。しかし大好物のチーズを見つけると夢中になって食べ始めた。
「もうしばらく動くなよ。……心配するな、生命に危険はないはずなんだ。理論上は」
 震える手でマサヒトはスイッチを入れた。軽い振動音がして台座は淡い紫光に包まれた。数秒して光が消えるとそこにはネズミ君の姿は消えていた。
「成功か?失敗か?」
 マサヒトは大きな虫眼鏡を取り出して何もない台座の上を調べた。
「いた……成功だ」
 ネズミ君はそこにいた。何が起きたかもわからずにうろたえているようだが、それ以外には異常はなかった。
「やった……これで、これであいつらに復讐できるぞ」
 マサヒトの目に希望の光が生まれた。三ヶ月前に失った未来が戻ってきた。
「おっと、ごめんごめん。すぐに元の大きさに戻してやるからな」
 語りかけても人間の言葉を理解できないネズミ君はおびえるばかりだ。そのうろたえぶりも虫眼鏡なしでは見えなかった。今のネズミ君は蚤より小さな生物に変えられていたのだ。これがマサヒトの発明・物質縮小マシンの威力だった。

「おはようございます、教授」
 居並ぶ大学病院の医師たちが丁寧に挨拶していた。挨拶の相手は彼らより若い一人の女性だった。髪を肩まで垂らした彼女は返事することも、医師たちの顔を見ることもせず通りすぎていった。まるで路傍の石かなにかとでも思っているような態度。たまに彼らの顔を見ることはあってもそれは主人が奴隷を見下すときの目だ。彼女の姿が研究室に消えるや医師の一人が舌打ちした。
「チッ……いい女だと思って図に乗りやがって」
「まったくだ、学長の娘じゃなきゃ教授どころか看護士にもなれなかったくせに」
「先生方、あまりサエコ先生の噂は院内でしないほうが……」
 居合せた看護士の一人が心配そうにささやく。とたんに全員が口をつぐんだ。サエコに楯突いたスタッフがどんな目に遭わされるか知っていた。
「あーあ、マサヒトの奴も運がなかったよな。学部始まって以来の天才が地位も研究もあの傲慢女に奪われて」

「あら、ミドリもう来てたの」
「あ、おはよーございます。サエコ先生」
 看護士姿のちょっとおっとりした娘がのんびりと挨拶を返してきた。可愛らしい娘だが、にじみ出るお馬鹿さは尋常ではない。看護を任せるにはかなりの度胸が必要だろう。
「で、例のデータの解読は済んだの?」
「へっ?例のデータ?」
「とぼけないで。この前追い出した間抜け助教授から頂戴した遺伝子治療理論のデータよ」
「ああ、あのマイクロチップの……」
「そーよ、あれは次の学会で発表するはずだったのよ?それを三ヶ月もかかってまだ暗号解読できないの」
「それが情報システム科の講師にお願いしたんですけどぉ」
 ミドリはシュンとなった。研究データを記録したマイクロチップを奪ったのはよかったが、データは暗号化されており、素人はもちろん専門家の手を借りても解読できないのだ。
「情報科の無能ども……クビにしてやるわ。それからミドリ!」
 サエコの怒りはミドリにも向けられた。問答無用の平手打ちがミドリの頬を打った。
「貴方も同罪よ。私は無能者が身近にいるのは不愉快なの」
「あああ……サエコせんせぇ。お許しを……」
 懇願するミドリだが、その潤んだ瞳は、恍惚とした顔は、上気した薄紅色の頬はむしろ何かを期待していた。
「ふふふ、ミドリ。私から捨てられたくはないでしょ」
「は、はい、サエコ先生」
「じゃ、わかってるわね。あの間抜けな元助教授……マサヒトとかいう奴に近づいて解読方法を探り出すのよ」
「わ、わかりました。でもその前に」
「まあ、いやらしい娘……先にご褒美をおねだりするなんて」
 サエコの唇がミドリの唇を塞いだ。なまめかしくうねる舌がスルリとミドリの口腔内に侵入する。
「ん……んん」
 流れ出す唾液を舌がからめとり味わい、嚥下した。

「こいつらそういう関係だったのか。前から噂はあったけどな」
 マサヒトはぼそりと呟いた。彼は誰にも知られることなく大学病院に忍びこみ、サエコの研究室に潜入したのだ。例の物質縮小マシンの力で蚤のような小人に変身した彼には容易いことだった。通勤途中のミドリにくっついて忍びこんだのだ。
「より正確にはミドリのパンティに潜り込んでだが」
 見上げる天井は肌色の大きな谷間が見えた。そしてその谷の奥には噴火口のようなアヌスがモゾモゾと動いていた。
「防毒マスクがなきゃオナラ一発で中毒死だったろーな」
 ガスマスクだけでなく酸素ボンベ・登山用ロープなど七つ道具もそろえてあった。計画は綿密にたて時間をかけて準備してきた。
「なんとしても研究データは取り返すからな。しかし隠し場所をどうやって探りだすかだな」
 しかしマサヒトが探り出すまでもなかった。彼女たち自身がその話題を口にしてしまったのだ。
「で、サエコ先生。マイクロチップは何処に?」
「うふふふ、この世で一番安全な場所よ」
「え、それは一体」
「ここ、ここよ」
 サエコはミドリの手を取り、自分のスカートの中に引き入れた。そして彼女の指先を敏感な部分に押し当てる。何度も何度も。
「あああん……」
「え、ここってサエコ先生の?」
「そう、大事なトコロ。子宮の中に隠してあるのよ」
 艶を帯びた声でサエコはささやいた。生暖かな息をミドリのうなじに吹きかけながら。

「なんだって……」
 ミドリのパンティの中でマサヒトは呆然となった。マイクロチップは隠し金庫の中だろうと彼は予想していた。だから作戦は暗証番号を盗むことを想定しており、持ってきた道具もそのためのものばかりだ。
「出なおすか……いやだめだ」
 物質縮小マシンは膨大な電力を消費する。彼のわずかな貯蓄では一回動かすのが限界だった。二度目はない。
「やむを得ない……縮小されたこの体でサエコの子宮に潜入するしかない」
 縮小マシンはもともと患者の体内に医師を送りこみ内部で外科手術を施すための発明だ。今も最低限の体内侵入装備は持っていた。
「しかし、そのためにはまず……」
 パンティの中で彼はまず真上を見上げ、続いて視線を前に下ろした。パンティを透かしてくる外光に陰毛がシルエットになって浮かび上がっていた。

「さ、今朝はこれくらいにして仕事にしましょ。続きは今夜にでも」
「あ、あんっ!」
「ど、どうしたの?ミドリ、いきなり」
 いきなり跳ねあがったミドリにサエコは驚いた。
「そ、それがお尻がムズムズして……」
「お尻?まだ何もしてないのに」
「ああ、今度は前も……」
 ミドリはサエコにしがみつき胸に頬擦りした。感じ始めた時の癖だ。
「ま、この娘ったら感じやすくなっちゃって。開発しすぎたかしら」
「せんせぇ」
 すがるような目で見つめられた時、サエコの中にも熱い何かが脈打った。
「いいわ、どうせここには誰も来ないし」
 研究室の中には診察台として使っているベッドが一つあった。今までも彼女はそこで何度も愛し合ってきた。慣れた手つきでミドリの服を脱がせるとそこに寝かせ、自分も脱ぎ始めた。

「ふーっ、これだけでっかいとマジで疲れるな」
 マサヒトは額の汗を拭いた。陰毛を掻き分けた中にバスケットボール大のツルツルした球体が埋まっていた。マサヒトがその表面を愛撫し、舐めるたびにそれは脈打ち大きく膨れ上がった。
「おおー!陰核ってこんなに勃起するんだ。初めて見たぞ」
 目の前で充血するクリを前にしては男心に火がつくというもの。ついつい励みすぎたのか、下の洞窟からは清水のように愛液が湧き出していた。
「お、そろそろ隠れなきゃヤバイか」
 パンティが引き下ろされつつあるのに気づいてマサヒトは陰毛を体に巻きつけ藪の中に身を潜めた。以外と毛深いミドリの秘所は隠れ場所としても最適だった。
「ミドリったら、もうこんなに濡らして……イケナイ娘ねぇ」
(うわぁっ、でかい……)
 陰毛の隙間から見たサエコの顔の大きさはちょっとしたビルに匹敵した。発見されないようにマサヒトは陰毛の陰で身を縮こまらせた。陰毛の隙間ごしに巨大な舌が艶かしい唇の間から躍りだしてミドリの陰部を味わうさまが大迫力で展開された。
(ヤバイか?このままじゃ見つかってしまう)
 陰毛に隠れているとはいえ、距離はたったの数センチ、いつ気づかれてもおかしくない。見つかったら何をされるかわかったものではなかった。
(気づかれたら殺されるか、虫と間違えられて潰されるか)
 ネチャリネチャリと卑猥な音とする。糸を引く粘液を舌にからませてサエコは淫猥な微笑を浮かべていた。
「おいしいわ……ふふふ、食べちゃいたいくらい」
 何気ない隠話にマサヒトはゾクリとした。
(もしあの大きな舌に舐めとられてしまったら?そうなったら噛み砕かれて死ぬか、呑みこまれて消化されるか)
 恐怖を感じながらもマサヒトは己の愚息が勃起するのを感じていた。あの艶かしい唇の中へ飛びこんでみたい。そんな危険な誘惑に強く惹きつけられるのだ。
「あ、ああ、サエコせんせぇ……」
 とたんにサエコの顔が離れた。そしてパシッと平手打ちの音。
「物覚えの悪い娘ね、サエコ様と呼びなさいと何度も教えたでしょ」
「あああ、ごめんなさい。サエコさまぁ」
「罰よ、今度は貴方が私に奉仕しなさい」
 ミドリの頭をわしづかみにするとサエコは自分の股間に押しつけた。息もできないくらいに密着させられてミドリは苦しそうにもがいた。しかしサエコは無慈悲にさらに押しつけてきた。
「む、むぐ、むぐ……」
 仕方なくミドリは自分の唇と舌とで奉仕した。
「そうよ……それで、いいの。ほら、もっと……舌を使い……なさい」
 奴隷の奉仕にサエコはご満悦だった。時間をかけて調教してきたかいがあったというものだ。

(ウウッ、女同士ってこんなスゴイものだったのか)
 マサヒトの上空で繰り広げられる光景は凄まじいものだった。コンビナートのガスタンクなみのミドリの乳房がふたつ、激しく揺れる間からサエコの赤黒い粘膜とミドリのうす桃色の舌とが交歓する様子がビチャビチャという効果音と芳香つきで展開されているのだ。危険すら忘れさせてしまう甘美なショーであった。
(おっと、いかんいかん!俺の目的はサエコのナニ、じゃなくてナニの奥のマイクロチップだぞ)
 しかしサエコのナニは遠かった。陰毛に隠れられるほど小さなマサヒトには登っていくなど論外の高さだ。
(どうやってアソコまで行けばいいんだ?)
 そのチャンスは意外と早くやってきた。サエコはミドリを診察台の上に押し倒し、その上におおいかぶさるようにして攻め始めたのだ。二人はディープキスを交わしながら、互いの秘所をこすりあわせた。
「き、来た、来た、キタぁーっ」
 真上から黒い密林が迫ってきた。このチャンスに蚤のように飛び移らなければならない。失敗したらすり潰されて死んでしまうかもしれない。
 毛と毛が接触した。もつれあい、からまりあいザッザッと音をたてて擦れあう。マサヒトは夢中で手を伸ばし天井の密林から伸びた一本の蔓をつかんだ。
「うわっ」
 マサヒトの体は軽々と空中に持ち上げられた。つづいて下の陰毛に叩きつけられるが、ウェーブのかかった陰毛がクッションになってダメージはなかった。しかしこんな激しい運動の中にいてはいつ放り出されて転落死するかわからない。
「は、早くアソコへ行かなきゃ」
 陰毛を足がかりにしてマサヒトは必死に這い進んだ。こんな環境下でも生きぬく毛ジラミに、ふと尊敬の念がわいた。
「はやく、アソコへ、あの中へ」
 目指す割れ目は目前だ。あのぬめる粘膜の間に入れば安全だ。はやくあの中へ入りたい!不思議なことにマイクロチップのことは頭から消えていた。それはただ男の本能なのかもしれなかった。男なら、いや『雄』ならば誰でもそこに引き寄せられるのだろう。
「と、届いたッ!ワァァァッ?」
 大陰唇の縁に手をかけたとたんにサエコが大きく腰を振った。手がヌルリとした愛液で滑って危うく空中に放り出されそうになった。このまま転落して死ぬのか、たとえ死ななかったとしても激しく睦みあう巨大な女体の下敷きになって御陀仏は確実だ。
「助かったぁ……」
 彼の体は空中で止まった。そのまま引き戻されて粘膜に柔らかく受け止められそのまま貼りついた。
「足首にからみついていた陰毛が命綱になるとはね」
 助かったマサヒトの前に入り口は見えていた。粘膜の筋がわずかに開いてトロトロと愛液が滲み出していた。ためらっている暇はなかった。このままではいつまた放り出されるかわからなかった。
「中に入った方が安全なはずだ」
 マサヒトは肉襞の扉に手を突っ込んだ。渾身の力で左右に押し開けると、猛烈な臭気と熱気を含んだ空気がドッと吹きつけてきた。
「あ……」
「どう、なさいました、サエコさまぁ」
「え?いえ、別に何でもないわ」
 さっきから奇妙な感覚が敏感な部分にあった。誰かがアソコをいじりまわしているような……
「突入!」
 マサヒトは頭から突っ込んだ。最初少し抵抗があったが肩まで入ると後は楽だった。入ったというより膣の方が彼を呑みこもうとしているように思えた。秘唇は楽々と彼を一呑みにし、全身挿入が完了した。
「ふう、やっと入りこめたよ」
 中は腰をかがめて立つのが精一杯の広さだった。足場も壁も柔らかく足首までが肉襞に沈んでしまう。一面、襞で被われた壁と天井も愛液にコーティングされてツルツルとよく滑る。
「ライト、ライトっと……おお、すごい!」
 小型だが強力なライトの光で神秘の洞窟の真の姿が浮かび上がった。鍾乳石のように突き出す襞の群れが透明な液体に濡れて水滴をたらしながら光を反射して輝くさまは宝石にも似ていた。赤みがかった桃色の粘膜のトンネルが奥へとつづく。それらはゆっくりと収縮を繰り返し、また遠くから響く心臓の鼓動に呼応して脈動していた。外から見えたグロテスクな外見とは裏腹に『神秘』という言葉にふさわしい光景があった。
「あの腹黒女と思ってたけど。腹の中は綺麗な場所だったんだな。っといけない、この奥に用があるんだった」
 いきりたつ股間の愚息を無理矢理押さえ込むとマサヒトは襞を押し分けてほふく前進した。

「はぁ?ああん」
「サエコ様?」
「ん……何か、変な気分……」
 やはり何か異物感があるような気がした。ひどく小さな何かが……彼女を犯している。そんな気がした。あり得ないことだ。気のせいにちがいない。しかしその感覚は確実に彼女の内側を……奥へと進んでいく。
「んふ……いい感じだわ」
 サエコはミドリの手をつかみ、股間へと誘導した。
「私を悦ばせるのよ」
「承知いたしました。サエコ様」
 慣れた手つきでミドリは愛撫を始めた。指先が粘膜をなぞり、突つき、マッサージする。その度にサエコは淫猥な言葉をもらしてミドリをなじった。既に濡れていたサエコはさらに淫水をあふれさせつつあった。

「わっ!なんだ、何が起きてるんだ?」
 焦ったのは内部にいたマサヒトだった。さっきまで大人しかった膣壁が突如暴れ始めたのだ。しかも染み出す程度だった液体も勢いを増してあちこちに水溜りを作りだした。
「しまった、足が」
 水溜りを踏んだ足がヌルッとすべった。ベチャッと飛沫をあげて顔が愛液溜りに突っ込んだ。まとわりつくような液体がガスマスクの隙間から入って思わずむせこむ。その顔めがけて左右の壁と天井から大量の愛液が降り注ぐ。
「い、息ができない」
 頭を襞と襞の間にはさまれて動けなくなったところにシャワー全開の愛液をうけて、たちまち頭は水中に沈んだ。とっさに酸素ボンベを取り出そうとしたが、ヌルヌルした愛液にまみれた手から落ちてしまった。
「ま、まさかこんな危険な場所だったとは……このままじゃ」
 愛液で溺死……きっと世界初の死に方だ。人類の葬式の歴史に新たな1ページが加わるにちがいない。
「い、いやだ!そんなカッコ悪い死に方は!」
 必死で襞の端をつかみ、ツルツルすべる手にありったけの力をこめて体を抜こうと踏ん張った。しかしその頑張りがサエコをさらに刺激していた。それが事態の悪化を招いた。

「ああーッ、何かしら。こそばゆい……」
「ああ、サエコ様。今日はなんだかいつもより感じておられますね」
「そう思うんだったら……いつものように私にキスしなさい。ディープなのをね」
 サエコに命じられたミドリは嬉しそうに顔を近づけてきた。ただしサエコの唇にではなく下のお口に、である。
「んっむむむ……」
 恥毛をかきわけて秘唇に捧げられたキス。そして命じられたとおりのディープキスだった。ミドリの舌は器用に陰唇をこじ開け、肉壷の内側に滑りこんだ。

「な、なんだ?何が入ってきたんだ」
 足元にうねる生暖かいものが触れた。膣壁とは別の動きをするそいつは小さなマサヒトの体を押し潰さんばかりの勢いで迫ってきた。
「し、舌か?ミドリの奴の舌なのか!」
 愛液に唾液が加わって狭い膣内は洪水の様相を呈してきた。このままでは溺死は時間の問題。下手をすれば溺死前に巨大な舌に潰されて一巻の終わりである。
「な、なんとか、なんとか……」
 死に物狂いで襲ってくる舌先を蹴飛ばした。しかしそんなことで突進が止まるはずもなかった。
(やば、意識が……)
 目の前が真っ暗になってきた。鼻から口から愛液が流れ込んできた。
(死ぬ、死ぬのか、俺…………し、死んでたまるか!)
 死力を尽くして舌先に蹴りを入れた。舌を止めることはできなかったが、その反動が幸運を呼んだ。舌の勢いと蹴りのタイミングの偶然の一致、それに唾液と愛液が滑りをよくして反動を生み、体が襞から抜け出したのだ。
「はーはーはー、助かった……」
 ひときわ大きな襞に身を預けて荒い呼吸を繰り返した。胎内の生ぬるい異臭の充満した空気がおいしく感じられた。
「だが、これで子宮に近づけたぜ」
 眼前にやや白っぽい肉球のような盛り上がりがあった。その真中には窪みがあった。そこが子宮への入り口だ。そこに入りさえすればもう安全だ。マサヒトは窪みに手をつっこみ腕力で押し開こうと踏ん張った。

「ん、はぁ、はぁ、はぁ」
 サエコはますます燃え上がってきた。今まで感じたことがないくらい高まっていた。もう満足できなかった。
「ミドリ、THX1338を出しなさい」
「えっ、でもあれはまだ実験中……」
「昨日、工学部の連中が試作品を持ってきたわ。さっさとなさい」
 ミドリの頬で平手打ちの音がまた鳴った。ぶたれたミドリはさらに悦び、いそいそと部屋の一角に走った。戻ってきた時には凶悪なシロモノが手に握られていた。
「先端技術が生み出した究極のバイブレータ……センサーで膣の形状を認識し個人差に合わせた変形でジャストフィット。膣内の百八箇所のツボに合わせた突起からは毎秒千二百回の微振動を発生。女同士で愛し合うための最終兵器よ。さあ、ミドリ。装着しなさい」
「は、はい……」
 命じられるままミドリは双頭のバイブの片側を自らに挿入した。バイブはウィンと音を立てかすかに震えた。ミドリの内部の形状を読み取り、完全に一体化するように変形しているのだ。
「さぁ……きてちょうだい、ミドリ」
「は……い」
 既に夢うつつのミドリは誘われるままに診察台で手招きするサエコの上に乗った。
「入れて……」
「はい……」
 先端がサエコに触れるとバイブの音が高まった。うねる先端がサエコの入り口を正確に捕捉すると亀頭を模した部分が肉を押し分けて侵入していく。そして極太の本体の半ばまでが一気に突入した。

「今度はなんだぁ?」
 子宮を相手に悪戦苦闘していたマサヒトは、『最後の扉』をこじ開けるのに夢中で異常事態に気づくのが遅れた。気づいた時には逃げ道はなかった。最初の異変は狭い洞窟内が急速に広がっていったことだ。襞も出っ張りも引き伸ばされ膣内は数倍の直径に拡張されてしまった。
「何が来るんだ?舌か指か?……ってなんだこりゃぁぁぁっ?」
 無機質な白い塊が膣内を満杯にしながら突進してくる。材質はゴム、いやプラスチックに似ているが問題はそんなことではなかった。
「サエコの奴なんてモノを挿入しやがるんだ!く、来るなァッ」
 縮小されたマサヒトにとってはそれは超大型車が突っ込んできたようなものだった。バスかタンクローリーよりもでかいのが袋小路で立ち往生していたところに突っ込んできたのと同じだ。止まる気配もないし逃げ場もない。
「ウグッ……」
 巨大な怪物の体当たりをドーンと受け、マサヒトは粘膜の壁にめり込んだ。幸いにもクッションの効いた壁のおかげで煎餅にされずにすんだ。
「グ、グゾ、ウゴゲナイィィィ」
 白いバイブの表面がモゾモゾと変形しマサヒトの体を押さえ込むように固まってしまったのだ。バイブの内部からの不気味なモーター音が少しずつ高くなってきた。

「ああ、いいわ、いいわよォッ」
「スバラシイです、サエコ様」
 二人の中でスーパ−・バイブが暴れ始めた。先端テクノロジーの産物だけあって搭載されたセンサーは確実にスポットを探り出し、人工知能が最適の振動数を計算し、絶妙のバイブレーションが女体の内部へと送りこまれた。女性のための最高の道具といってよかった。ただし、センサーの検知エラーによって『スポットのひとつ』と判定されてしまった哀れな男にとっては最悪の道具だったようだ。

「ウ、ゴ、ゴゴゴゴゴッ?」
 マサヒトを押さえ込む突起の放つ猛烈な振動は、脳と内臓に直接ダメージを与えた。膣の持ち主には心地よい振動も蟻のように小さな男には大地震よりも激しく脅威だった。船酔いを千倍も強くしたような酩酊感と吐き気に襲われた。しかも愛液の浸潤が再び始まっていた。今度は膣内に溢れた液体全てが行き場をなくして奥へと逆流してきた。
つまりマサヒトのところにだ。
「た、助けて、誰か!」
 叫んだところで膣の中での遭難では救助などくるはずもない。そもそも膣内に人がいます、なんて誰も思いもしない。というわけで選択肢は三つになった。
①バイブに押し潰されて腹中死。
②バイブの振動で内臓破裂して腹中死。
③愛液に沈んで溺れて腹中死。
「い、いやだ!そんな情けない死に方はどれもいやだあっ!」
 そんな死に方をするために故郷の母の仕送りで大学へ行ったんじゃない、生活費稼ぎのバイトの後で暖房費もなくて凍えながら深夜の勉強してたのではない、ステーキを食う教授の横で大盛りのメシと漬物だけかっきこみながら安月給に耐えてたわけじゃない。
「死んでたまるか、死んで……」
 現実は非情だった。愛液は完全に空気を奪い去った。巨大バイブはさらに重くのしかかり肋骨が折れる音がはっきり聞こえた。振動は収まるどころかさらに強まっていった。暗くなりゆく視界に映画でも見てるようにこれまでの人生が浮かんだ、貧乏大学学生だったころのバイトの思い出、新聞配達に明け暮れた中学高校時代。働く母の帰りを一人寂しく待つ小学生の頃。やがて体の感覚もなくなってきた。
(だめだ……もう、意識が)

「アアアアアアッッッ……!」
「サ・エ・コ・さまぁっ!」
 ひときわ高い声が診察台の上で上がった。二人の体は石のように硬直し、直後に一気に弛緩した。

 ぐったりとしたマサヒトの背後で扉が開いた。窪みがフワッと広がるとマサヒトの頭を吸い込んだ。続いて肩からつま先までを愛液と一緒に一気呑みしてしまった。ついさっきまで頑なに彼の入室を拒んでいた子宮がようやく彼を受け入れたのだ。
「助かったのか。ここが子宮なのか……」
 マサヒトは立ちあがることもできなかった。動けないのは疲労と激痛のせいだけではない、豆腐よりもやわらかな内壁に体が半分沈みこんでしまったためでもあった。
「静かだ、ああ、なんて穏やかな場所なんだ」
 膣内での嵐のような激しさはなりをひそめ、子宮内は静寂と穏やかさに支配されていた。おそらくサエコは絶頂に達したあと眠ってしまったのだろう。聞こえるのは血管をながれる血液の音と遠雷のような心臓の鼓動だけだ。目を開けると見えるのツルンとしたピンク色の内壁の広がりだけ。
「うん……健康な子宮だ」
 つい診察してしまうところは医者の本能か。視線を少しあげると青い板状の物が見えてきた。
「あれは……」
 防水加工の小さなケース、小さいといっても今のマサヒトと同じくらいの大きなプラスチック板だ。
「マイクロチップだ!見つけたぞ!」
 マサヒトの体に希望とともに力が戻ってきた。マサヒトは子宮内に立ち、柔らかな足場に苦労しながらマイクロチップへと向かった。

 それから後はたいした苦労はなかった。眠りに落ちたサエコを起こさないようにヴァギナから脱出したマサヒトは用意しておいたロープで診察台から降りた。後はドアの隙間から抜け出して、通りかかった事務員の鞄に潜んで無事病院から逃走した。
 数日後、大学病院内での数々の不正が新聞の一面を飾った。学長が業者や医療機器メーカーから賄賂を受け取っていたことが明るみに出た。学長を含む幹部十数名が辞職し、とばっちりで大物政治家の失脚につながった。
 マイクロチップに記録されていたのは研究資料だけではなかった。安全な隠し場所になるとでも思ったのだろう。学長は二重帳簿や密会の記録までチップの空きメモリーに記録させていたのだ。
 日本中を大混乱させた疑惑事件の中で当然、サエコも辞職を余儀なくされた。そして後任としてマサヒトが教授として着任した。遺伝子治療の第一人者として、そして『体内潜行治療術』の確立者としての華々しい復活だった。

 マサヒトは多忙だった。医者としても研究者としても忙しいのだが、もうひとつ大切な仕事が増えてしまったからだ。彼の前には若い医者の卵たちが二十五名整列して彼の指導を待っていた。皆、ガスマスクをかぶり特殊スーツに身を包んで緊張していた。
「では諸君、これより体内治療実技研修を始めます」
 マサヒト自身もスーツを着用し、気を引き締める。既に百回以上の体内潜行を経験した彼でも縮小されて巨大空間と化した治療ベッドの上に立つと緊張した。
「現在我々の縮小率は百五十分の一、蟻ほどの大きさになっています。ちょっとした不注意が生命の危険につながります。注意して下さい」
「了解しました!」
 元気な返事にマサヒトはうなずいた。そして通信機でスタッフに連絡を入れた。
「準備はいいですか。では患者役は入室してください」
 ドアが開き白衣の女性が入ってきた。ベッドの上の小人たちを見ると女性は軽く微笑んだ。その姿に研修医たちは息をのんだ。彼らにとってはその女性は東京タワーにも匹敵する巨大な美女だったからだ。霊峰を前にした登山家のように、白衣に包まれてなお際立つその胸の巨大さに、初心者は圧倒されて呆然と見上げるしかないのだ。
「こらこら、君たち恐がっちゃダメだろ」
 マサヒトだけは恐れることなく、その女性を見上げて手を振った。顔見知りの女であり、体内研修モデルとして百回以上の経験もあるベテランだ。
「君の準備はいいかい」
「はい、いつでも受入できます」
 少し顔を赤らめて彼女は白衣の裾を持ち上げた。とたんに研修医たちからどよめきがあがった。受入準備完了との言葉どおり、彼女は下着をつけていなかった。はだけた白衣の中から太あらわれた黒々とした森、その奥に赤黒い谷が粘液を滴らせる様子は若者たちには衝撃的だった。
「じゃあ、座ってね。サエコさん」
 女性、サエコはベッドを揺らさないよう細心の注意を払って腰を下ろした。そのまま大きく足を広げて研修医たちの鼻先に陰部を大きく広げて見せた。
「じゃあ、今日もサエコさんのお腹に入るらせてもらうからね」
「どうぞ、お入りください」
 丁寧な言葉遣いの底に悦びがにじみ出るように思えるのは気のせいだろうか。
「では女性生殖器内実技研修を始めます。皆さん、僕についてきてください」
 慣れた手つきでマサヒトは陰唇を押し広げて中に入りこんだ。
「ア……」
 声に出しかけてサエコは言葉を呑みこんだ。これはあくまで授業なのだ、感じてはイケナイのだ。
『さあ、早く入った、入った』
 通信機からの声に従って研修医たちは次々とサエコの中に入っていく。二十人全員を膣におさめたところでサエコの表情はようやく自由を得た。押さえていた悦びの表情を解放するこの瞬間のためにサエコはこの道を選んだのだ。
「いいわ、若いお医者さんのタマゴたち。私が一人前にしてあげるからね」
 自らの下腹部を愛しげにさすりながら微笑む姿は聖母のように、少々淫らな聖母ではあったが、崇高だった。
『サエコさん、ちょっといいかな?』
「はい、教授。なんでしょうか」
 自分の胎内からの通信にサエコは我に返った。
『実は午後の患者モデルを予定してたミドリちゃんなんだが。体調不良でね、交代してあげてくれないか』
「えっ?はい、喜んで。で、研修内容は」
『それがねー、直腸内検診なんだよ。嫌なら中止するけど』
「とんでもない!そんな楽しい、いいえ大切な研修をやめてはいけません!」
『そう?じゃ、大変だと思うけど頼むよ』
「おまかせください!」
 胎内のマサヒトにそう答えつつもサエコの胸は期待に高鳴った。
(ああ、若いお医者さんのタマゴたちが……肛門から私の中に……うふふふ、なんて恥ずかしい、うふふふ)
 そう、サエコはこの道以外には生きて行けなくなったのだ。