幻山竜天女

BY まんまる

お初にお目にかかりやす。皆様、遠い所よりのアクセスご苦労様でございやす。
あたくしですか?まあ話好きの爺とでも名乗っておきやしょうか。
なにやら皆様、体の大きなおなご衆の話の取材してらっしゃるとか?
お気に召すやら分かりませぬが、あたくしめの話をひとつ、お聞きくださいやし。
おっと、18才未満のお方は席を外しておくんなせぇ。
未成年のお方にゃ少々不適切な性的表現がごぜぇやす。
まぁお楽しみは先にとっとくもんでやんす、イヒヒヒ。

今は昔、お江戸には将軍様がいらっしゃる頃でございます。
とある小さな城下町で盛大な祭りが催されてる日の夜の事でごぜえやした。

*****

町のあちこちには大きな提灯が燈され、夜だというのに人出の途絶える気配もない。
あちこちで鐘の音や太鼓の音が賑やかに鳴り響き、鈴や笛の調べが聞こえてくる。
祭りの中心である神社への道にはズラリと出店が並び、景気のいい掛け声が上がっておる。
菓子を買い求める浴衣姿の親子や着物に似合うかんざしを捜す若い娘たちが行き交う。
そんな人々を旅篭の2階からのんびり眺める武家姿の若者がおった。

「もし、お客様?」
障子の向こうから声がした。

「誰だ!」
若者は傍らにあった太刀を素早く掴み、緊張した面持ちで問い返した。

「この旅篭の主人でやんす。いえね、旅のお話でもちょいとお聞かせ願えたらと思いやしてね。」
「ああ、あるじ殿か。失礼致した、どうぞお入りくだされ。」
安堵の溜息を漏らして若者は主人を招き入れた。

「へっへっへ。まずはお近付きのしるしに一杯どーぞ。」
「あ、ちょとそれは・・・」
徳利とお猪口を差し出す主人を慌てて若者は制止した。

「実は恥ずかしながら懐具合が寂しくてのう。宿代を払ってしまったらもうあまり・・・」
「ああ、それはご心配なく。こいつはあっしのおごりでさぁ。」
「まぁ、そうゆうことなら。」
若者は嬉しそうにお猪口を受け取ると、一気に喉に流し込んだ。

「ぷはぁー、いやー旨い。酒など一月ぶりじゃ。ありがたや、ありがたや。」
「お武家様は祭り見物には行かれませんので?」
「いや、とてもそんな余裕はなくてな。今夜は久しぶりにゆっくり休もうと思っておったのだ。」
「なにやら、大変な目にあっておられたとおみうけしやすが・・・聞かせちゃもらえやせんか?」
「うむ、久方ぶりに酒を味わわせてくれた礼じゃ。じゃが他言無用じゃぞ。」
「へい?」
怪訝な顔の主人に向かい若者は語り始めた。

*****

三月程前の事じゃ。
剣術の修行のため 旅をしていたワシは山中で道に迷ってしもうた。
日も暮れかけた頃になってようやく山奥の寒村に辿り着いた。
村長に頼み一夜の宿をかりることが出来たものの、なにやらおかしな気配の村じゃった。
村長の家で嫁入りの支度をし、村中総出でそれを手伝っておったのじゃ。
しかし、誰もが暗い顔をし、泣き出すものもいる始末。
嫁入りどころか、葬式でもしているかのような有様じゃった。
思い余ってワシは村長に聞いてみた。

「大事な一人娘を嫁に出すというのに、ただならぬ気配・・・一体どうしたのじゃ?」
「ああ、お武家様、実は・・・嫁入りなどではないのです。」

話を聞いてみると、100年程前に近くの山に恐ろしい妖怪が住み着き、近辺の村を襲うようになった。
腕自慢の猛者どもが何人も退治に向かったが、生きて戻ったものは一人もおらぬ。
困り果てた人々は、泣く泣く妖怪に生け贄を差し出すことを決めた。
以後10年に一度、若い娘を妖怪に捧げることで何とか鎮めてきた。
しかし娘可愛さに村を逃げ出す者が相次ぎ、今年はとうとう村長の娘だけになってしまったという。

「それほど追いつめられているなら、村全体を引き払ったほうがよいではないか?」
若者はそう問うたが、
「いえ、妖怪が暴れればこの村のみならず、他の村や街道沿いの町にまで害が及びましょう。」
そう言って村長夫婦はまた泣き出した。
そんな、二人を気丈にも娘は励ましておった。
髪の長い、まだあどけない娘であった。
見ているうちに気の毒になってしまってな。

*****

「それでお武家様がその妖怪とやらの退治を引き受けたというわけで?」
旅篭の主人の問いに
「うむ、剣には自信もあったし、我が剣の師より拝領した御神刀もあったしな。」
考えこみながらも若者は答えた。
「へぇー、そいつぁてぇしたもんだ!!」
感嘆する主人に若者は不機嫌そうに答えた。
「いや、それがケチのつきはじめじゃった。」

*****

娘の身代わりに山に入ったワシは祠の陰で妖怪を待った。
深夜、月が雲に隠れて見えなくなってしばらくして奴は現れよった。
姿はよく見えぬが、大蛇のような姿の化け物じゃった。
気配を殺して祠の後ろで近づくのをワシは待った。
やがて祠に頭を突っ込んだ大蛇にワシは切りかかった。
驚いた奴はワシに襲いかかってきたが、最初の一撃が効いたのじゃろう。
やがて倒れて動かなくなった。

ワシが村へ戻ると、村人は狂喜しておった。
そして、礼をしたい、しばらく村に留まってほしい、と言う。
ワシもかなり怪我をしておってな、治るまで村に滞在することにした。

一月程、村に留まったのじゃが、その間に村長の娘と、その・・・いい仲に・・・なってしまってな。
村長になんと言い訳しようかと悩んでおったのだが、幸いにも娘の母親に気に入られてな。
なんとか認めてもらえたのじゃ。
やがて、ワシは娘と晴れて祝言を挙げることが出来た。
村中の皆がわしらを祝ってくれた。
ワシも有頂天じゃったよ。
村のはずれに新居を建て、ワシと娘はその夜、夫婦の契りを結んだ。
いやはや、まるで夢のような夜じゃたぁ・・・

*****

「ほっほっほ。いや羨ましい。若いというのは・・・。」
高らかに笑う主人の前で若者は溜息をついた。

「いや、問題はその後なのだ。妖怪退治から帰った時、村長が怪我をして寝込んでいたのだが、そこでおかしいと気づくべきじゃった。」
「はぁ、どういうことでしょう?」
「ワシの勝利を祈って神社でお百度参りをしていて石段で足を滑らせた、といっていたの信じたのが運の尽きじゃった・・・」
「はて?」
旅篭の主人は首をかしげた。

「それは嘘じゃった。いや、そもそも恐ろしい妖怪なぞ最初からいなかったのじゃ。」
「私どもには何が何やら、さっぱり分かりませぬが?」
「そうじゃ、そうじゃ。さっぱり分からぬぞ!」
ふすまの方から元気な声がした。振り返ると7〜8才のおかっぱ頭の女の子が浴衣姿で立っている。

「これ!はしたない!立ち聞きなぞしおって。」
「あるじ殿、あなたの娘さんか?」
「いえ、知り合いの娘なのですが、勝手に上がり込んではお客様をからかうので手を妬いておるのです。」
「おじさん!いつも客をからかうだなんていい加減なこというな。客なんて滅多に来ないじゃないか、こんなボロ旅篭!」
「まったく、口の減らない娘じゃ。ささ、お武家様、こんなのは放っといて話の続きを・・・」

*****

一夜明けて、ワシは夢見心地で目を覚ました。
傍らにいるはずの女房の顔を見ようとして驚いた。
女房の姿は何処にもない。
代わりにそこには白い壁のような何かがあった。
壁に触れてみるとそれは布団のように柔らかで、つきたての餅のように暖かじゃった。
そればかりか息でもしているかのように膨らんだり縮んだりしておった。
そしてその両端は家の壁を突き破って外へと続いておった。

「おーい、何処へ行った!」
ワシは女房の姿を求めて外へ飛び出した。
家から少し離れた所で振り返ってまたまた驚いた。
白い不思議な壁と思っていたものの正体は・・・なんと大きな裸の人間の体じゃった!
向こうをむいて、寝そべっておったので顔は分からんかったが確かに人間じゃ。
胸から上と、尻から下が家からはみ出して、ワシが見た白い壁はちょうど背中のあたりじゃったようだ。
そいつはどうやら眠っているようじゃ。
女房の行方もそいつが知っているに違いない。
ワシは覚悟を決めてそいつに近づいていった。
頭の方から回り込んで、そいつの顔の正面に出た。

すやすやと寝息を立てるそいつの顔をみて、ワシは驚きのあまり腰を抜かしたよ。
鹿のような角と狼のような牙が生えてる事を除けば・・・それは間違いなく昨日祝言を挙げたばかりの女房じゃった。
その時、女房は目を覚ました。

「ふぁ〜。よく寝た・・・」
大きくのびをして、ゆっくり起き上がるとワシらの新居の屋根はバリバリと剥がされて粉々になった。
女房は寝ぼけながら、あたりを見回しているうちにワシとハタと目が合った。

「・・・あんた、どうしてそんなに小さくなってるの?」
寝ぼけまなこで言う女房にワシは言い返した。
「違う!お前が大きいのじゃ!」
「えっ・・・しまったぁ!寝てる間に術が解けてしもうたぁ〜?」
目を覚ましたばかりの女房は慌てて立ち上がろうとして、尻餅をついた。
おかげで新居は女房のでかい尻の下敷きになって見る影ものう潰れてしもうた。

ワシが問い詰めると、もはや隠せぬと悟ったのか自分の秘密を喋り始めた。
女房は人間ではなかった。
龍神の末娘で、村長夫妻も実は龍神とその女房だったのじゃ。
いやそれどころか村人全員が近隣から集められた妖怪じゃった。
そもそも、最初の妖怪が村を襲うとゆう話も嘘で、実はワシが倒した妖怪も父親の龍神が化けておったのだそうじゃ。

「何の為にワシをたばかった!隙をついてワシを食らう魂胆か?」
「いいえ、そうではありませぬ。」
涙しながら女房、いや竜姫は話続けた。

年頃の娘を抱える竜神夫婦は良縁を求めておった。
しかし妖怪の世界も近頃高齢化が進んでる上に、ただでさえ山深い田舎には中々よき婿は見つからぬ。
やむなく千年ぶりに人間の婿を捜すことにした。
しかし、仮にも竜神の娘の夫となる以上、勇敢かつ優しい男でなくてはならぬ。
そこで、このような芝居を打ち、条件にぴったりの男を捜しておったというのだ。

*****

「はぁ・・・妖怪の世界もなかなか大変でござんすねぇ・・・」
旅篭の主人も溜息をついた。

「それからワシは村を逃げ出した。
途中で何度も捕まりそうになったが何とか切り抜けてな。
ここ一月程は追手の気配もない。」
若者はここで一息ついた。

「ちょっと酷いんじゃない!」
先ほどの浴衣姿の娘である。
「いくら竜神の娘だからって、一度祝言を挙げた相手だろ!
そんな簡単に捨てちゃうなんて信じられないよ!」
やはり幼くとも女同士共感するところがあるのだろう、まるで自分のことのように立腹しているようだ。

「これ、お客様に失礼な・・・」
「いや、構わぬ。確かに酷い仕打ちをしたと思う。」
若者は辛そうに言った。

「しかしな、ワシには夢がある。剣の道を極め天下に名を轟かすとゆう夢がな。
今、竜神の眷族となって俗世から遠ざかるわけにゆかん。それに・・」
何やら口ごもる若者。

「それに?」
少女は真剣なまなざしで答えを待った。

「それに・・・あやつはワシに大事なことを言っておらんかったのじゃ。」
「一体何を?」
旅篭の主人も緊張しながら尋ねた。

「あやつは、あやつはな・・・ワシより年上だったのじゃ!」
一瞬の間を置いて主人と少女は大爆笑しておった。

「きゃはははは、そ、そんな事気にしてたんかぁ〜。」
少女は腹を抱えて笑い転げた。
「そんな事とはなんじゃ!ワシの父上も母上より年下でしかも婿養子じゃったから、大変苦労なされていたのじゃ!」
「ほほう、それはまた災難でございましたな。くっっくっく・・・」
宿の主人も笑いを堪えるのに必死だ。

「とにかくじゃ、ワシより年下と言っておったのに五百歳も年上だったのじゃ!
そう簡単に許せるか!」
「でさぁ、その竜神の娘さんの事嫌いになっちゃたワケ?」
少女はあっけらかんとした態度で聞いた。

「いや、その、一度は契りまで交わした仲だし・・・」
若者は赤面した。
「へぇー、未練あるんだ。」
少女はからかうような視線を向けた。

「しかし、結局は終わったことよ。もはや追うのも諦めたようだし。」
「いえ、お武家様、安心するにはまだ早いと思いますよ。」
真顔で主人は言った。

「なに?何故じゃ?」
「いえね、商売柄いろいろ付き合いがありやしてね、裏でこんなモンが出回ってるんですよ。」
といって一枚の紙切れを懐から取り出した。

「な、それは?!」
それは若者の人相書きであった。

「馬鹿な!お上に手配されるような覚えはないぞ?」
「あー違います、違います。ここんとこに鱗みたいな紋章があるでやんしょ?
竜押印ていいやしてね、竜王様直筆の尋ね人なんですよ。」
「な、なんと!」
「かわいい一人娘のために竜王様に頼み込んだんでしょうねぇ・・・」

「そうか、それほどまでに・・・ところで、御主人なぜこんなものを?まさか・・・」
「いいえ、別にあたしゃ追手というわけじゃござんせん!・・・ただねぇ。」
主人の足元からもくもくと煙のようなものが立ち上った。
するとたちまち主人の姿は消え、天井近くまでありそうな大狸が現れた。

「ただねぇ、竜神の旦那にゃ昔から世話になっててね。断りづらいですよ。」
「な、なんだと!」
「いえいえ、お武家様とやりあうつもりは毛頭ごぜえやせん。
娘を迎えにやるから、それまでおもてなしせよ、て事なんでね。
さっきの酒だって、馬のションベンじゃねぇ、上等の酒だったでしょ?」
とっさにに若者は傍らの御神刀を掴んだ。
しかし、それは彼の手の中で数枚の枯れ葉と化した。

「へっへへ。この刀は預かっとくよ。あたいもこの刀は苦手なんでね。」
何時の間にか御神刀は少女の手にあった。

「なに!お前も妖怪だったか?その刀を返せ!」
「ふふっ、返しますとも。ただし後でねぇ、お・ま・え・さ・ま!」
艶やかな口調はもはや少女のものではなかった。

「その声・・・もしや?」
くすくすと笑い続ける少女の姿が水面に映る影のように揺らいだ。
再び形を成した時そこには、黒髪を腰までのばした村長の娘、いや竜姫が立っていた。
ただし浴衣の方は術をかけそこねたのか、子供用のまま。
袖は肘までしかなく、足はふとももが丸見え、胸は今にも弾けそうなきわどい格好になってしまった。

「・・・どうしてここが?」
狼狽する若者に竜姫は答えた。
「おまえ様は何にも知らないのじゃな。
今日の祭りは竜神祭・・・我が父上を奉っておるのじゃ。わらわは父上の名代よ。
逃げ切られたかと半ば諦めておったが、・・・やはり、わらわとおまえ様は赤い糸で結ばれておるようじゃのう。」
竜姫が少し顔を赤らめて言うのを、最後まで聞かずに若者は窓から飛び出した。

祭りの人ごみの中を若者はひたすら走り続け、逃げ続けた。
「ふぅ、追ってこぬようじゃ。いやはや油断しておった。」
後ろを気にしつつも足取りを緩めたそのとたん、
どしん。参拝客のひとりにぶつかってしまった。

「きゃあ?」
「あっ、これは申し訳ない!怪我はありませぬか?」
「・・・大丈夫ですとも。お・ま・え・さ・ま!」
「げげっ、おおおおお主は?」
ぶつかった相手は竜姫じゃった。
慌てて反対方向に逃げようとしたが、その目の前に

「そんなに慌てて何処へ行くのじゃ、おまえ様?」
竜姫が立ち塞がった。

「???」
若者が狼狽しておると、背後からも、
「ちょっとお待ちよ、おまえ様」
と竜姫が声をかける。

二人の竜姫に挟み撃ちにされて焦った若者は横の通りに逃げ込もうとした。
しかしそこからも竜姫がニッコリ笑いながら歩いてくる。

「そんなに慌てなくとも。」
「祭りはまだまだこれから。」
背後から新たに二人の竜姫の声がする。
前に一人、左右に一人ずつ、後ろに二人、合わせて五人の竜姫がずいっと若者に詰め寄った。

「さあさあ、おまえ様。」
「祭り見物はこのくらいにして。」
「わらわと二人で。」
「父上と母上のもとへ。」
「帰るといたしましょう。」
五人の竜姫に囲まれて若者は逃げ道を失った。

「あ、あやしげな術を・・・」
うろたえる若者に」むかって

「ほほほ。」
「このような術を使えるも。」
「おまえ様がわらわを。」
「『一人前の女』にしてくれたおかげ・・・」
「まずはご覧くださりませ。」
五人の竜姫の姿がまたしても、ぼやけ始めた。
気がつくと、若者は大きな五本の指に囲まれておったのじゃ。

「な、何をする!放せぇ!」
巨大な手に掴まれて若者は空中へ持ち上げられた。

「つーかまえた!」
家ほどもある大きな顔が覗き込んだ。
実に嬉しそうな笑みを浮かべた竜姫じゃった。

祭りに集まった客たちもこれには驚いた。
いきなり城よりも大きなおなごが現れて、町の真ん中に突っ立っておるのじゃから。
しかも、その格好たるや、子供の浴衣を無理矢理着込んだような、大きな胸も、大きなお尻も今にも見えそうな危なっかしい姿じゃ。
大慌てで逃げ出す者やら、もっと浴衣の裾の中がよく見える場所をさがすものやら、そりゃぁえらい騒ぎになった。
そんな足元の騒ぎを無視して竜姫は若者に話かけた。

「実はな、わらわは心配しておったのじゃ。
おまえ様がわらわの事を嫌いになってしまったのではなかろうか、とな。
そうではないと知って一安心じゃ。
おまえ様の言い分もよう分かった。
今後の事は話し合うとして今は山に帰ろうぞ。」
「勝手に決めんでくれ〜!」
「さてと、どうやって連れて行こうか?
浴衣の袖に入れていったでは、この前のように逃げられてしまいそうだし。
さりとて手に掴んだままでは雲の上を飛ぶ間におまえ様が凍えてしまう。
第一、落っことしてしまうやもしれぬ。」
若者の言う事は無視して竜姫は思案した。
やがて、何を思い付いたか少し顔を赤らめて微笑んだ。

「ふむ、わらわとおまえ様は夫婦。
何も恥ずかしがる事はなかったのじゃのう。」
言いながら若者の襟首を摘まむといきなり着物を引き裂いた。

「な、何のつもりじゃ。」
「まぁまぁ恥ずかしがらずに・・・」
抵抗のかいなく若者はふんどしまで剥ぎ取られ、竜姫の手の平の上でちぢこまった。

「ではこの中に入ってもらおうぞ。」
「この中?」
竜姫は空いている手で浴衣の裾をすこし開いた。
そして若者を握った手を浴衣の中に押し込んだ。
見つめる群集はどよめいた。

「何をする気なのじゃ・・・?」
若者は浴衣の中で困惑しとった。
薄暗くはあったものの何とかあたりの様子は分かった。
両側にはまるでどこぞの御神木のような両足がそびえている。
えもいわれぬ甘い香りがする中で若者は上を見上げた。

「おおっ・・・」
若者は息を呑んだ。
浴衣の下には当然ながら・・・下着のたぐいは着けない。
若者の目は黒々と繁った繁みとそこに続く肉の亀裂を目撃したのじゃ。
そして竜姫の手はその亀裂へとむかっていった。

「脅えるには及ばぬ。
そこはおまえ様がこじ開けてくれた『扉』なのじゃから・・・な」
艶やかな竜姫の言葉に若者は自分の運命を悟ったのじゃ。

「はぁ・・・ん、これ、そんなに暴れてはならぬ!
暴れてはおまえ様をうまく入れられんじゃろうが!
んっんん、もう、仕方のない!」
指先にちょっと力を込めると若者はたちまちおとなしゅうなった。
恐らく気を失ったのじゃろう。

「そうそう、おとなしくしてておくれ。
・・・よし、納まった、納まった。」
竜姫は浴衣の裾から手をひきぬいた。無論、若者の姿はその手の上にはない。
それからくるりと、先ほどの旅篭をむいた。
旅篭の屋根の上には先ほどの大狸がふんぞり返っておった。

「世話になったのう、千年狸のじいさまよ。」
「いやいや、こちらこそ楽しかったぞ、お嬢ちゃん。」
「では、わらわはこれで帰る。また遊びにくるからよろしくな。」
「うむ、父上によろしゅう伝えておくれ。」
「分かっておる。ではまた会おう・・・ウッ?」
いきなり竜姫は腹を押さえてうずくまった。

「お嬢ちゃん!どうした!?」
「あ、あ、あ、お、おお、おおおまえ様いきなり・・・」
腹を、正確に言えば『へその下』を押さえて竜姫はうめいた。
どうやら中の若者が息を吹き返して、逃れようともがいているらしい。

「おまえ様、わらわを悦ばせてくれるはありがたいが。
何もこんなところで・・・くうぅ!」
ふらふらと立ち上がったものの腰に力が入らぬのかそのまま倒れ込む。
どこぉん。
飲み屋や旅篭が軒を連ねる通りに巨体は倒れ込んだ。
たちまち十数軒の飲み屋が倒壊した。
起き上がろうとして手をついた所にあった旅篭はあっさり押しつぶされおった。

「いかん・・・このままでは人間どもが。何とか町はずれまで・・・はぁぅう!」
快楽に翻弄されつつも、竜姫はなんとか身を起こした。
そのまま千鳥足で神社のある山にむかって歩き始めた。

城下町は大混乱に陥った。
山よりでかい大女が家やら橋やら踏み潰しながら、ふらふらと歩いてくるのじゃから当然じゃ。
祭り見物どころではない。
人々はわれもわれもと逃げ出した。
その間にも商家を踏んづけ、長屋を蹴飛ばしながら竜姫は歩き続けた。

「んんんっ・・・いいわぁ・・・もう少し・・・はうっ?」
竜姫は城の横を通り過ぎようとしておった。
しかし快感に気を取られすぎて足元を確かめていなかったので、城の掘に足がはまってしまったのじゃ。
そのまま転んで、お城に覆い被さるようにひっくり返ってしまいおった。

ガラガラガラ。城の石垣が崩れ始めた。
慌てて立ち上がろうとして天守閣に手をかけた。しかし・・・

メキメキメキ。
竜姫の重みを城は支えきれず、ぐらぐらと揺れながら城は傾き、そのまま崩れていった。

「すまぬ・・・こんなつもりはなかったのじゃが・・・あああ、いいぞぉおまえ様・・・」
竜姫は何とか立ち上がり、再び歩き始めた。

「ふぅふぅふぅ、何とか・・・人間の・・・おらぬところ・・・へ」
竜姫はようやく山のふもとに辿り着いた。
が、今度はふもとに建てられておった鳥居につまづいて、また転んだ。
そのまま顔面から山に激突する。
ごごぉ〜ん。山全体が鳴動した。
石段は砕け、神社は大きく傾いた。まさに歩く大震災であった。

竜姫はそのまま山にもたれかかり、仰向けになった。
しかしその姿たるや・・・浴衣の袖はちぎれ、襟元は破れて大きな乳房が片方があらわになっておった。
裾もあちこちちぎれて、まぁるいお尻や大事な部分が見え隠れしておる。
避難した町の者たちが遠巻きにして見つめる中で、竜姫はその白魚のような手を大事な所へと伸ばしていった。

「はぁはぁはぁ、そう、簡単に、逃がしゃせぬぞよ、おまえ様・・・はぁはぁはぁ・・・。」
どうやら外へ出ようとする若者を押し込めようとしておるようじゃ。
その白い指先はぐしゅぐしゅと音をたてたちまち淫水にまみれていった。
蜜壷より滴り落ちる蜜は、山の中腹あたりにいくつもの大きな水溜まりを作っていった。
町中の者が固唾を呑んで見守る中(人によってはナニをカタくして見つめておったが)、明け方近くまで悩ましげな息遣いは続いた。

「お、おお、おおおおおおおおおおおおお・・・・・・」
竜の咆哮は千里を駆けるというが、まさしくその喘ぎ声は千里四方に轟いた。
軍配は・・・竜姫に上がった!
若者はついに精根尽き果てたようじゃった。

「ふぅ・・・・・どうやら観念したようじゃな。
しかし、この暴れっぷりなら・・・子宝も期待できそうじゃ。くふふ。」
へその下あたりを軽く撫でまわし、満足げな表情であたりを見回した。

「うーむ、すっかり散らかしてしまったのう。」
町はほとんど壊滅寸前。
まともに立っている建物はひとつもないという有様じゃった。

「お〜い、お嬢ちゃ〜ん!」
暗がりの向こうから竜姫を呼ぶ声がした。

「おお、千年狸の爺様!」
「後片付けはワシに任せておけ。今日はもうお帰りなされ。」
「何から何まで、すまんのう。」
「な〜に、目の保養をさせてもろうた礼じゃあ。」
「うむ、ところで人間どもよ!
折角の祭りを台無しにしてしもうて誠に申し訳ない!
お詫びの品をここに置いてゆくから、何かに役立ててくれい!
ではさらばじゃ。」
言いおわると竜姫は軽く地を蹴ってふわりと浮かび上がった。
そのままどこまでもどこまでも昇っていき、やがて雲の中に消えていった。
後には町の人々は呆然と空を見上げるばかりじゃった。

夜が明けて、日の光がさしてくると皆驚いた。
あれほど町を壊されたのに、城も神社も家も橋も何事もなかったように元通りになっておった。
もちろん、怪我をした者など一人もおらんかった。
昨夜のことは夢ではないか、という者もおった。
じゃが夢でない証拠に、町のあちこちには大きな大きな足跡がいくつも残っておった。

また山の中腹には確かに『お詫びの品』があった。
滴り落ちた淫水でできた水溜まりは、いつのまにやら澄んだ水をたたえた小さな池になっておったのじゃ。
この池には、尽きる事無くこんこんと清水が湧き続けた。
どんな時も枯れることないこの池のお陰で、幾たびかの日照りの折りも、この国の民は何とか生き延びてこれたと言う。
人々はこの池を『天女池』と名づけて大切にしたそうじゃ。

最後に連れて行かれた若者のことじゃが、こんな話が伝わっておる。
城下町での騒動の数年後、飛騨の国の山中に恐ろしい妖怪猿が現れた。
旅人を食らい、村を襲い、田畑荒らすこの大猿に国中の者が震え上がった。
何度も討伐に向かったが誰一人生きては戻って来ぬ。

人々が諦めかけた時に、幼い息子を連れた旅の武芸者がやってきた。
息子が摩訶不思議な術で妖怪猿を翻弄し、父親は手にした御神刀でその首を一太刀で落とした。
名も告げず親子は去っていったが、その息子には鹿のような角と狼のような牙があったという。

この武芸者があの若者であったのか、また息子は竜姫との子であったのかは定かではない。

−完−