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■ 義妹のお願い!
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***********
北の荒海の果て、数百もの島々が点在する海域に、海に生きる人々が暮らしている。
現在、新ロマリア王朝の発祥の地のひとつとされる小島の港町に、その日、一人の珍客が訪れた。
大きな帽子で特徴的すぎる緑の髪を隠したその娘は透明な羽を広げて、人通りのない路地裏に静かに降り立った。

「見られてない・・・誰にも見られてないよね?
ロマリア滅亡からまだ10年とたっていないもの・・・
ピクシーが人間界に姿を見せると騒ぎになっちゃうよね!」
「ちょっと、アンタ!」
「キャッ!」
後ろから声をかけられてピクシーの娘は飛びあがった。
背後には丸々と太ったおばさんが野菜の籠を抱えて立っていた。

「あ、あ、あ、あの私が空から飛んでくるところ見てました?」
「えっ?ああ、見てたけどさ・・・」
「あのぉ、できれば見なかったコトにしていただけないかと・・・」
「?そりゃ構わないけど・・・」
「ありがとうございます!ところで伺いたいのですが・・・
貿易会社を経営しておられるロイフォード様の家は・・・」
娘の問いにおばさんは怪訝な顔をした。

「何言ってんだい?先月、隣島に引越したんじゃないか。」
「えっ?そうなんですか!」
娘は驚いたようだ。

「急がなきゃ!グズグズしてたら大変なコトになっちゃう!」
ピクシーの娘は透き通った美しい羽を広げた。

「ああ!ちょっとお待ち!」
「はっ?何でしょうか?」
「これをロイの旦那に持って行ってあげて。」
・・・籠一杯の野菜だった。

「はい・・・」
彼女は素直に籠を受け取った。

「それでは、先を急ぎますので・・・」
「待ちな!」
振り向くと日焼けしたいかつい顔の筋骨隆々の男たちが彼女を取り囲んでいた!

「あ、あの・・・何か・・・」
強面のおじさんに囲まれて怯える妖精娘。
戦えば人間相手など楽勝なのだが、マジで気が弱いらしい。

「これも持っていってくれ、今朝とれた魚だ。」
「港に届いた果物だ、うまいぞ。」
「焼きたてのパンだ、昼飯にどうぞ!」
たちまちのうちに娘の目の前に食料品と日用雑貨の山が出来あがった。

「な〜んか変だったよな、今日のルウちゃん?」
「ま、妖精だからな。人間とはちょっと違うんじゃないか?」
「そうだな・・・」
男たちは引越し並みの大荷物を背負って、ヨタヨタしながら空を飛んでいく妖精娘を見送った。

*********

「や、やっと・・・着いた・・・わ・・・」
予定外の大荷物に息を切らせながら、妖精娘は建設中の屋敷の中庭に着陸した。
屋敷と言っても、一般家庭より一回り大きいだけのこじんまりしたものである。

「困ったわ、誰かいないのかしら?」
「すいません、昼飯時なのでみんな隣の島に戻ってるんですよ。」
爽やかな声が聞こえたが、あたりには誰もいない・・・いや、一人いた。
泥まみれになってしゃがんで、石を積み上げて塀を作ってる若者が。

「あのぉ、お尋ねしたいんですが・・・?」
「あ?はい。」
よく通る声の若者は立ち上がった。
大工にしては隙のない身のこなしであった。まるで剣士か武術家のように。
ただ、右手の動きだけが緩慢でギクシャクしている。
よく見ると右腕は木でできた義手のようだ。

「あの・・・ロイフォード様はどちらに?」
「ロイフォードは僕ですが・・・?なんだ、お客様かと思えばルウじゃないか!」
若者は嬉しそうに笑いながら、妖精娘の方へ歩いてきた。

「どうしたんだい?頼んでおいた石材は届いたのかい?・・・えっ?」
ルウと呼ばれた妖精娘はいきなり若者・ロイフォードに泣きながら抱きついた。

「ルウ?・・・違う?君は・・・誰だ!」
「お会いしたかった・・・お義兄様!」
「お・・・にいさま?!」
若者の胸に柔らかな膨らみがギュッと押し付けられる!
状況も把握できす、混乱する若者に・・・さらに混乱する状況がやってきた!
島の山の裏手から、ヒョッコリ巨大な何かが姿を見せたのだ!

「ロイ!頼まれた石材持ってきた・・・わ・・・よ?!」
それは山に匹敵するほどの石材を抱えた、山より大きな身長5リムル(約500m)はありそうな緑の髪の娘であった。

ドスン、ドスン!
娘の手の平から数十トンの石材が砂浜に落下する!

「・・・・・ロイ!人に用事押し付けといて・・・貴方は一体何やってんのよ!」
巨大娘の緑の瞳が怒りで赤く染まってゆく!

「る、ルウ?落着け!これにはワケが・・・」
「どーーーんなワケで女の子とイチャイチャしてるの?」
ゴゴゴゴゴゴ・・・ピカッ!
島の周囲にだけ暗雲が立ち込め、稲妻が閃いた。

「だいたい、その女はだ・・・れ・・・?!」
「ルウリアお姉様・・・」
向かい合う二人の娘の顔は・・・・・そっくり同じ!
ロイから離れた妖精娘はルウリアに向かって駆けだしながら・・・ルウリアと同じ大きさに巨大化した!

ドシン!ズシィン!
山のような巨大娘が同じくらい巨大な娘に抱きつき、そのまま倒れこんだ!
小さな島はグラグラと揺れ、ロイは立っていることも出来なかった。

「お久しぶりです、お姉様!」
「あんたは・・・エミリアなの?!」
同じ顔の一方は涙を浮かべ、一方は驚いた表情のままだ。

「ルウリア、君の姉妹なのかい?」
「あっ、ロイ、この娘はね、エミリアって言って・・・」
「双子の妹です。」
ロイの方を振向いたエミリアは微笑んだ。

「はじめまして、ロイお義兄様!」

**********

「とにかく家の中へどうぞ。といってもまだ建設中なんだけど。」
ロイにまねかれて人間サイズに小さくなったエミリアは扉をくぐろうとした。
その時ふと、足が止まった。

「お姉様、あれは何ですか?」
大きな倉庫のような建物が屋敷の背後に見えたのだ。

「竜舎よ。ロックバードっていう名前の貧相な大飯食らいの飛竜を飼っているの。」
ルウリアが白けた口調で答えると、エミリアはちょっと驚いた様子である。
まだ天井のない廊下を通って、居間に入ると、ロイ自身がクッキーとお茶を持ってきた。

「あ、恐れ入ります、お義兄様。」
エミリアは深々と頭を下げた。

「あの・・・・・エミリアさん?」
「エミとお呼びください、お義兄様。」
「・・・・・それじゃ、エミ?なぜ僕を『お義兄様』って呼ぶんだい?」
「あら、お姉様の夫であれば『お義兄様』とお呼びしなければなりませんわ。」
エミリアの無邪気な笑顔とは対照的に、ロイはポカンと口を開け、ルウリアはトマトのように真っ赤になった!

「お、お、お、夫って?」
「エミ!いきなり変なこと言わないでよ!」
「え?!え?!え?!」
混乱するロイと怒り出したルウリアにエミリアは当惑した。

「一体いつ私達が結婚したっていうのよ?」
「え?でも私が聞いた話では、お姉様達は駆け落ちして5歳を頭に子供が3人って・・・」
ルウリアとロイは完全に硬直していた。

「・・・どこのどいつよ?そんな嘘八百バラ撒く大馬鹿は!」
「お母様ですけど・・・?」
沈黙・・・ルウリアとエミリアの母にして妖精界の親衛隊隊長・エルリア。
強さと冷徹さを兼ね備えた妖精界一のこわもてで通っているのだが・・・

「とにかくデマは置いといてだね・・・」
「えーっ、デマだったんですか、お義兄様?可愛い姪っ子と会うのを楽しみにしてたのに。」
「エミ、とにかく何の用事でやってきたの?」
ルウリアに詰め寄られて、エミリアも真顔になった。

「実は・・・先日、魔界と小競り合いがあって、敵を一匹捕虜にしたんですけど・・・」
「それで?」
「その捕虜を封印する直前に逃がしちゃって・・・」
「さっさと自分達で捕まえたら?言っとくけどね私は妖精界追放中の身だから、妖精界のゴタゴタとは関わりたくないのよ!」
すごい剣幕のルウリアに脅されて、エミリアはモジモジと話を続けた。

「それが人間界に逃げ込まれて・・・妖精界の軍勢を動かすのはまずくて・・・」
10年ほど前、旧ロマリア王朝は妖精たちの手で消滅した。
そのため未だ妖精は恐れられ、姿を見ただけで怯え、敵視する人間は多い。
人間たちと暮らしているルウリアとて受け入れられるまでには色々辛いことがあった。
そんな状況下では人間界で魔界とのもめごとは起こせない。

「それで・・・その逃げた魔族というのは何者ですか・」
ロイは静かに聞いた。

「・・・・・火竜・サラマンダーです。」
サラマンダー。炎の蛇とも呼ばれる魔界でも五指に入る邪神である。
その巨体は7つの山を取り巻き、吐き出す炎は7つの町を瞬時に焼き尽くすと言われている。

**********

その夜更け、ロイたちが寝静まった頃、エミリアは竜舎に来ていた。
大きい体(といっても馬車くらいの大きさだが)の飛竜が一匹いびきをかいている。

「珍しいドラゴンですこと・・・」
エミリアに気づかずに眠り続けるドラゴンに彼女は近寄って行った。

「初めて見ましたわ。妖精族の匂いのするドラゴンなんて。」
白々しい口調でドラゴンに語りかける。
寝ているはずのドラゴンの額に脂汗が滲む。

「しかも名前がロックバード。奇遇ですわね。人間界に単身赴任した私達のお父様と同じ名前だなんて!」
ドラゴンは必死で目を閉じ、不自然なくらいの高いびきを始めた。

「何時までもとぼけてるんじゃないわよ、パパ!」
何時の間にきたのか、竜舎の窓にルウリアが腰掛けていた。
ドラゴンはむっくりと起き上がり・・・足元から煙を噴出して姿を隠した。

「やあ、エミリア!久しぶりだね。元気にしていたかい?」
煙が消えたあとには銀色の髪の、見た目は30台半ばのほっそりした美形の男が立っていた。
緑の目はルウリアたちと同じだが、背中の羽はドラゴンの翼に似ていた。

「お元気そうで何よりですわ、お父様。100年も音信不通だったので心配しておりました。」
エミリアの言い方も怒ったような冷たい感じだ。

「ゴホン、ゴホン!あーーー、お前達には分からんであろうが・・・
風の精霊と高位ドラゴンの混血である私には妖精界やドラゴン界より人間界にいたほうが何かと住みやすいのだよ。」
咳払いしながら弁解する父親に向かって娘たちの冷たい視線が突き刺さる。

「『一人暮しは寂しいんだ、邪魔せんから近くに住ませてくれ!』って泣きついてきたのはどこの誰だったかしら?」
「ううっ!ゴホゴホ!最近体の調子が悪くて・・・」
ルウリアのツッコミの前に父親の威厳は風前の灯!

「まあ、それはどうでもいいコトだが・・・・・」
「どうでもよくないわよ!」
「問題はだ、サラマンダーをどうやって倒すかであろう?ロイ殿の剣の腕は知っておるが、それだけではなあ・・・」
「あ、お父様ったら、ゴマかした・・・」
「人間界に来ている妖精の友人たちの助けを借りるしかなかろう・・・」
考え深げにロックバードは中庭の小さな池と、松明の火を見つめた。

「フェイエル、頼まれてくれるかね?」
「我が友であるロイフォード殿の為とあらば・・・」
松明が勢いよく燃えあがり、炎の中から青年らしき力強い声が答えた。

「ウォルテリア、君は?」
「人間は好きじゃないけど・・・ロイ君は気に入ってるからね。」
池の水面からも女の声がした。
魚がいるわけでもないのに小さな池の表面で水飛沫が上がり波紋が広がった。
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■ 火の山へ
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そこは熱風の吹き荒れる大地だった。
赤茶けた地面のあちこちに燃え尽きた家屋と思しき炭化した木片と、半ば解け崩れた煉瓦の残滓が散らばっていた。
かつては大きな村であったろう、その谷間には老婆が一人黙々と石を積み上げていた。
突然、老婆は振り返った。背後で飛竜の羽ばたきの音が聞こえたのだ。
背後には一見、優男風の古い赤いマントを羽織った青年と、何ゆえかシルクのドレスを纏った緑の髪の娘が乗っていた。
奇妙なことに青年は昼間だというのに腰に下げたランプに灯りをつけ、剣と一緒に水の入ったガラス瓶を携えている。

「あのー、お婆さん。ちょっとお尋ねたいのですが。」
飛竜の背に乗った若者が爽やかな声をかけてきた。

「わたくしめに何用でございましょうか、騎士様?」
「このあたりに村があるはずなのですが。」
青年は軽やかな身のこなしで飛竜から飛び降りた。
その時、ちらりと見えた赤いマントの下には右腕がなく、蔦のような何かの植物が生えていた。

「昨日までは確かに、ここに村がありました。」
「では・・・」
青年はあたりの惨状を悲しそうな目で見渡した。

「はい・・・恐ろしい怪物に襲われて、生き残ったのは所用で村を離れていた長老のわたくしだけでございます。
村へ帰る途中、峠のむこうから焼き尽くされる村を震えながら眺めているしかできませんでした。
村人は骨ひとつ残さず焼き払われて墓に葬ることもできませぬゆえ、せめてもの慰めにと、こうして石を積み上げて弔っておるのでございます。」
老婆は疲れと悲しみに満ちたひとみに涙を浮かべていた。

「どのような怪物でしたか?」
「真っ赤な大蛇と綺麗な女の人を混ぜ合わせたような、山より大きな恐ろしい怪物でございました。」
「間違いないな。サラマンダーはこっちに来たんだ。」
青年は独り言のようにつぶやいた。

「ロイ!こんなトコでグズグズしていたってしょうがないわ!とっとと逃げたサラマンダーを退治しちゃおう!」
「分かっている、急ごう、ルウ!」
ロイと呼ばれた青年は飛竜に向かって歩き出した。

「お、お待ちを騎士様!あの怪物と戦うのですか?」
「ええ、そのつもりです。」
「危険でございます!駐留軍も5分ももたずに壊滅したのですよ!」
「大丈夫です!心強い味方もおりますから!」
彼は何故か持っているランプと瓶を見た。

「それではせめてこれをお持ちください。昔よりこの地方で火難より身を守ると言われております。」
老婆は2本の矢をうやうやしく差し出した。

「ロイ!そんなバーサンほっといてさっさと行こうよ!」
「ありがとうございます、お婆さん。」
青年は矢を受け取ると飛竜に飛び乗った!

「急げ、ロックバード!火竜の元へ!」
ギャォォォ・・・!
ドラゴンは戦士を乗せて力強い羽ばたきで飛び立った。

**********

連なる山脈の峠の岩陰に隠れてロイはじっとしていた。

「この先にサラマンダーがいるのかい?」
ロイは前方を凝視したまま尋ねた。

「そうだよ。今は動くつもりがないらしい。」
答えは足元から返ってきた。まだ幼さの残る少年の声だが姿はない。

「では、ここで勝負を着けるべきであろう。ロイ、なぜ動かぬ?」
ランプの中からフェイエルとか呼ばれていた青年の声がした。

「フェイエル、相変わらずの単細胞ね!これっぽちの戦力で正面攻撃なんて馬鹿にも程があるわ。」
今度はガラス瓶の中から、小馬鹿にしたような女の声がする。

「何だと、ウォルテリア!我を侮辱する気か!」
「あーやだやだ、こんな猪突猛進しかできないような奴と組むなんて・・・」
「二人とも静かにしろよ、ロイが困ってるじゃないか!」
地面の中からの少年の声がランプとガラス瓶の喧嘩を制した。

「むっ・・・」
「分かってるわよ!」
二人の声はなんとか大人しくなった。

「ありがとう、アースフォール。」
ロイは地面に向かって礼を言った。

「どういたしまして。ところでルウとエミは一緒じゃないのかい?」
「ルウは上空からこのあたりの様子を偵察している。エミは妖精界からの討伐部隊の派遣を足止めしてくれている。」
「じゃあ、後はサラマンダーを完全封印できるという妖精が来てくれればOKだね。」
そのとき頭上で、微かな羽ばたきが聞こえた。

「ルウか?」
「ロイ、サラマンダーが動き出したわ!近くの人間の町へ向かってる!」
「何だって?!」
ロイは焦った。サラマンダーを封印できるという肝心の妖精はまだ来ない!

「どうする?君の同朋を見捨てるか?そのほうが確実に勝てるが・・・」
フェイエルの言葉には人間を見捨てることにためらいがない。
彼だけでなく、ロイ以外のこの場にいる全員が人間の犠牲者を何とも思っていないだろう。

「足止めをするしかない・・・ロックバード、頼むぞ!」
ギュォォォ!!
ドラゴンは猛々しく天に向かって吼えた!
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■ 炎の蛇神
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そいつは怒り狂っていた。妖精界の軍勢と戦ったときの傷が痛むのだ。

−よくもこの私の体に傷を・・・−

美しい女の顔と醜悪な爬虫類の肉体に憎悪が炎となって渦巻いていた。

−焼き尽くしてやる。生意気な妖精ども!−

そのためには傷を癒さねばならない。そして傷を癒すためには人間どもが必要だ。
恐怖におののく人間どもの魂が!

彼女は、ノソリと地を這った。巨大な赤熱した手が雪を頂く山頂を握りつぶす。
山は見る間に赤く輝きドロドロと溶け出した。
豊満な二つの乳房が大地に触れるたびに谷は灼熱の溶岩の川となった。
蛇のような長い長い体に巻きつかれた山脈は火山と変じて、硫黄の匂いがする焦熱地獄へと景色を変えていく。

−?・・・何者だ!−

目の前の空中に誰かいる。どうやら飛竜に乗った人間らしい。

−ドラゴン?いや、この匂い・・・妖精どもか!−

憎悪とドス黒い怒りが噴出した!

−殺してやる!殺してやるぞ!−

**********

「でかいな・・・右目を負傷しているらしい。」
ロイは息を呑んだ。
サラマンダーの、延々と続く蛇のような体はいくつもの山や谷を横切っていた。
その美しい真紅に染まった顔だけでも、村のひとつやふたつに匹敵くらいの大きさだ。

「でかいばかりの木偶の坊に決まってるわよ。」
ルウリアは動じた様子もない。

「分かってると思うけど、倒すんじゃない。この先の盆地に誘い込んで封印するんだ!」
「心得た!」「了解よ!」
フェイエルとウォルテリアは素直に答えたが・・・

「私一人でも叩きのめすくらい簡単なのに・・・」
ルウリアは不満そうだった。彼女の戦闘能力は妖精界でも最強クラスに属する。

(思い上がるな、我が娘よ!奴はお前がこれまで戦った相手とは次元が違うのだ!)
ロックバードが妖精界の者だけに聞こえる声で忠告する。

「分かってるわよぉ・・・」
ぶつぶつ言いながらもルウリアは引き下がった。

「奴の進路を変えさせよう。」
ロイは右腕を突き出した。いいや、彼の右腕は10年前に失われていた。
右腕の形をしていた物、それは絡み合った蔦であった。
ロイは背中の矢筒から矢を取り出した。

「この矢が炎に耐えられればいいのだが・・・」
取り出した矢は鏃から矢羽に至るまで全てが鉄でできていた。
同時に右腕の代わりをしていた蔦がほぐれて新しい形を作った。
ロイの身長の倍もある大弓の形に。

ヒュン!
つがえられた矢は目にも写らぬ速度で射出された!サラマンダーの顔面めがけて。
外す筈もない巨大な的であった。しかし・・・

「やっぱり駄目か・・・」
矢は命中する遥か手前で真っ赤に輝き出し、白い煙となって蒸発した。
あからさまに嘲るような表情で巨大な美女の赤い顔が笑う。

「来るぞ!ロイ、もう少し下がれ!」
フェイエルが言うより早くサラマンダーは大きく口を開けた!
城くらいなら一口で呑み込めそうな口腔の中で真っ赤な舌が踊る。
いや舌ではない、紅蓮の炎が踊っているのだ!
真紅の火焔が溢れだし、空中を流れ下る火の激流となった。

「へーーーんだ!そんなヘナチョコ炎なんか吹き飛ばしたげる!」
空中に眩い光が走った!光が集結し、5リムルの巨大妖精娘の姿が空中に実体化する!
巨大化したルウリアは口をすぼめて・・・

「フゥーーーーーッ!」
金色に輝く吐息を吹き出した!かつてドラゴン騎士団を壊滅させた『妖精の吐息』だ!
赤い炎に金色の風が激突する。

「ありゃ?!」
ルウリアは呆気にとられた!
金色の風は炎に接触した瞬間に散滅した!強力無比の吐息を炎の激流は難なく『妖精の吐息』を突破して突き進む!

「きゃっ!」
「ルウ!」
ルウリアの巨体が赤い炎に包まれる!シルクのドレスが燃えあがり赤い衣となった!

「危ない!ロイ、俺達を・・・」「外に出してちょうだい!」
炎の激流がまっしぐらにロイを乗せたロックバードに迫る!

バキン!パリン!
ロイの左拳が腰のランプを砕いた。続いて肘で水の入ったガラス瓶を叩き割る!

ヴォン!ロックバードの前方に燃え盛る炎の巨大な塊が出現した!
迫り来る炎の激流を静止した炎がせき止めた!
炎の塊の中に赤い人影が浮かび上がる!

「我が名はフェイエル、火の精霊の王子にして炎を統べる者なり!
邪悪な炎ごとき、我が聖なる炎には通じぬわ!」
「アーッチッチ!格好つけてないでサッサと助けてよ!」
決めポーズを取りかけたフェイエルの目の前でドレスについた火を消そうとジタバタしてるルウリア!

ザーァッ!いきなり雨が降り始めた。

「ヒャッ!冷たい!」
ルウリアは今度はずぶ濡れになってしまった!

「ああーっ!せっかくのドレスが・・・」
真新しいシルクのドレスどころか下着に至るまで完全に黒焦げになっているが、本人は火傷まではしていないようだ。

「世話やかせないでよ、もう・・・」
霧のスクリーンに美しい水色の髪を足元まで伸ばした妖精の大きな姿が映った。
水の妖精・ウォルテリアである。彼女にとって局所的な雨を降らせるなど児戯に等しかった。

「・・・ルウ、戦場にドレスを着てくるのはどうかと思うんだけど?」
ロイが呆れたように話しかける。

「だぁって、久しぶりのお出かけなのよ!この前の買い物の約束は商談とかで潰れちゃったし!
・・・・・なんで、横向いているのよ?」
「だって・・・ルウ、君・・・裸・・・」
ボロボロになったドレスを下着ごと破り捨てたルウリアは、素晴らしい肢体を隠すことなく宙に浮かんでいた。
まともにルウの方を見れないで、顔を赤らめる純情青年・ロイであった。

「ロイ、恥ずかしがる間柄でもなかろう?」
「毎日のよーに見なれてるんでしょ?」
フェイエルとウォルテリアが不思議そうに訊く。

「そ、そんな!」「あ、あたしたちはまだ・・・」
二人して慌てるロイとルウ!

「まだ・・・って、子供が3人もいるそうではないか!」
「あら、私は男の子2人に女の子が3人って聞いたわよ。」
戦いのさなかに突然、話が横道にそれてしまった!

「誰よ!そんな出鱈目言いふらしてるのは!」
ルウも顔を真っ赤にして怒り出した!

「お主の母上のエルリア様から聞いたのだが?」
「あら私は女王陛下から聞いたわよ!」
ルウリアの山のような巨体から一気に力が抜けていった・・・

「しかし困ったな、このままではエルリア様も女王陛下も嘘を言ったことになってしまう。」
フェイエルは真面目に考え込み、そして・・・

「よし!今宵にも子供を作れ!うまくすれば三つ子か五つ子くらいできるやもしれぬ。」
真面目にとんでもないことを言い出した!

「じょ・・・冗談だろう?」「そう・・・簡単にできるもんじゃ・・・ないわよ・・・」
とんでもないことを命じられた二人は思い切り焦った。

「冗談ではない!妖精界の面目がかかっておるのだ!」
「女王陛下とエルリア様をうそつきにする気なの?」
巨大な炎と巨大な霧の壁に詰め寄られて答えに窮するルウリアたち。

−貴様ら、この私を無視する気か!−
怒り絶頂の表情ですっかりほったらかしにされていたサラマンダーが襲いかかってきた!

「話は後だ、あいつを片付けるぞ!」
ロイは剣を引き抜いた!
フェイエルの炎が一段と激しくなり、サラマンダーめがけて突進する!
ルウリアはロイの乗る飛竜ロックバードの背後に回りこみ、霧と化したウォルテリアは彼らを守るように包み込んだ。

−骨も残さず焼き尽くしてやる!・・・何だ?!−
耳まで裂けた口を開いた瞬間、サラマンダーの数十リムルの及ぶ長大な蛇身の動きが止まった!
振り返ると、胴体の真中あたりを岩でできた巨大な手が鷲掴みにしていた!
地の妖精・アースフォールの仕業だ。

「相変わらず見事だな、アースフォール。・・・受けてみよ、我が炎の矢を!」
フェイエルの体から数百いや数千もの青い炎の雨が高速で発射された!

−グワァァァ!−
サラマンダー以上の高温の炎の矢が怪物の巨体を打ち抜いた!
真っ赤な巨大な女の顔が苦痛と怒りに歪む。

「ルウ、増幅頼む!」「了解!ロイ!」
ロイは剣を掲げた・・・だが、肝心の刀身がない、剣の柄のみだ!

「真空千方陣!」
ロイが柄だけの剣を振り回すと空気の裂ける気配がした。
旧ロマリア王国・ドラゴン騎士団正式採用兵器『真空剣』。
その威力は鋼の壁をも切断する。
同時にルウリアは背中の4枚の透明な羽を激しく震わせた!
大気の中に無数の見えない刃が生まれた。

ギィィィッ!?
妖精の力でパワーアップした剣の威力は、一瞬でサラマンダーの灼熱の巨体をバラバラに切り裂いた!
切り落とされた手が、寸断された胴体が、真っ二つにされた首が、血のような赤い溶岩を流しながら地響きをたてて地表へ落下していく。

「穏やかなる水よ、邪悪なる炎を鎮めよ!」
霧のようなウォルテリアの体から地上に冷たい雨が降り注いだ。
赤々と燃えていたサラマンダーの体の破片は冷やされ、赤い輝きを失った黒い岩塊となっていった。

「終わったな・・・」
フェイエルは静かに呟いた。
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■ 最凶の魔神
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「魔界屈指の強者と聞いていたが、意外とあっけなかったようだな。」
「手傷を負ってたみたいだし。ま、こんなもんでしょうね。」
フェイエルとウォルテリアも拍子抜けしたように言った。

「さ、帰りましょ!」
ロイを促すルウリアだったが・・・

「どうしたの、ロイ?」
「妙だな・・・何か・・・」
黒々とした岩と化したサラマンダーの首を見ていたロイ。
その眼窩はポッカリと空洞になっていた。

「まさか!」
眼下の山々に目を走らせる!

「あれは?!」
山肌の一角にそれは貼りついていた。恨みと怒りを漲らせた二つの巨大な目玉が!
目玉の輝きが増し、岩山が高熱で溶け出した!

「奴め!まだ・・・」「・・・生きていたの?!」
フェイエルとウォルテリアの目前で、溶岩の海の中から蛇神は再生した。

「あいつの本体は目玉だけなんだ!目玉を封じない限り不死身なんだ!」
ロイは剣を構えなおした。

「ロイ、ルウリア!危ない、下がって!」
ウォルテリアが警告するよりも速く、サラマンダーは体の一部を自爆させた!
破片が灼熱の弾丸となってロイたちを襲う。

「ウォォッ!」
炎だけならまだしも、灼熱の岩の雨にフェイエルは弾き飛ばされた!
彼の体は散り々に引き裂かれ、空中で消え去った!

「キャアアッ・・・・・!」
ウォルテリアの霧の体にも灼熱の火山弾が無数に撃ちこまれた。
膨大な熱量は霧の水分を蒸発させ、水の妖精の姿も消滅した!
勝ち誇った顔をサラマンダーは空中のロイたちに向け、大きく口を開き・・・

−ムッ!黄様、またも邪魔を・・・−
「ルウリア、ロイを連れて離脱しろ!」
再び岩の手が蛇神の肉体を掴んでいた!しかし岩の表面は赤く光りだしドロドロと溶けてゆく。

「ロイ、引くわよ!」
「でも、フェイエルたちが!」
「あの連中ならこの程度じゃ死なないわよ、でも貴方はそうはいかないわ!」
その間にもアースフォールの化身たる巨大な岩の手は高温で解け崩れていく。

「跳ぶわ!」
ルウリアはロックバードごとロイを掴み気合を込めた!
ルウリアの巨大な体を取り巻くように白く輝く数十のリングが出現し回転を始める。

−死ね!−
サラマンダーが吐き出した炎で空は一面、炎の海となった。
しかしそれより一瞬早く、ルウリアの姿は空間に消え去っていた。

**********

「大丈夫かい、ルウ?」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・だ、大丈夫よ。」
大丈夫どころか、彼女はかなり消耗していた。
肌の表面は大汗で、まるで雨に中を走ってきたように濡れていた。

「ここまでは追ってはこれないでしょ・・・」
まばたきひとつの瞬間に、彼らは遠く離れた荒地に移動していた。
ルウリアが使ったのは空間的距離をゼロする高度な術であった。
高度な術だけに負担も大きい。

「安心はできないようだよ、奴め、まっすぐこっちへ向かってきてる。」
ロイはじっと地平線上の山々を見た。
まだ姿は見えないが剣士としての感覚に巨大な邪気の接近が感じられる。

「ロイ、逃げて・・・ここは、あたしが・・・」
「君だって戦えるような状態じゃないだろう!」
「でも・・・」
「なんとか通用する武器はないものか、なんとか・・・待てよ?」
彼は矢筒のをひっくり返した。鉄製の矢に混じって木製の矢が2本。
道を尋ねた老婆から貰った魔除けの矢だ。

「鉄でも駄目なのに、そんな木でできた飾り物の矢じゃ・・・」
「違う、この矢は・・・この矢に使われている木材は?」
ギャォォォゥゥゥ!
ロックバードの咆哮!
雪を頂く山脈を乗り越えて巨大な女の上半身と蛇の下半身が姿を見せた!

「心配ない!ルウ、君はしばらく休んでろ!」
「でも・・・」
彼はロックバードにまたがると軽やかに飛び立った!
そのまま真上へ、立ちこめた暗雲の中へ!

−逃がさぬ!−
サラマンダーも長い体を更に伸ばしてロックバードの後を追う!
一瞬で雲を突き抜けて、雲海の上に出た。

−そこか!−
雲の上を飛ぶ飛竜の姿を見つけたサラマンダーが飛びかかる!
ロックバードは急降下して再び雲の中へ身を隠す!

−無駄だというのに−
サラマンダーはニヤリと笑って再び雲を突き破り、地面に向かって全速力のロックバードの真後ろに迫る。

−?!あの人間はどこだ?−
ロックバードの背中にロイの姿はなかった!
魔法使いではないようだったから、空を飛べるはずはない、振り落とされたのか・・・

−どこだ?どこへ行った?−
「ここだよ。」
声はサラマンダーの耳もとでした。

「お前の体を守る高温の熱気も高速飛行の風圧で飛ばされている。
おかげで人間の僕でもここまで接近できた。」
矢を番えた剣士がそこにいた。正確には『いた』ではなく墜落していく途中だった。
雲の中、サラマンダーが彼の姿を見失う一瞬にロックバードの背中から飛び降りたのだ。
風を切る音の中で矢が放たれた。
サラマンダーは嘲笑した。

−馬鹿めが、矢など我に触れただけで燃え尽きるものを−
だが・・・・・その矢は燃え尽きることがなかった!

グギャァァァッ!?
凄まじい絶叫!目を射ぬかれた激痛がサラマンダーを狂乱に追い込んだ!

「成功!・・・でも今度は僕のほうがやばいかなあ?」
加速しながら落下するロイの目前に地面が迫ってくる。後先考えずに飛び降りたらしい。

「おおっと?」
彼の右手代わりの蔦の葉が急成長し、巨大な数枚の葉がパラシュートのように開いた。
減速した彼を回収すべく、飛竜ロックバードが受け止めるように真下へ・・・

「えっ・・・?」
ロックバードに拾われるより早く、彼は柔らかなクッションの上に着地した。
大きな、彼の屋敷よりも大きな乳房の上に・・・
巨大なプリンの上におぼつかない足取りで立ちあがると、巨大でしかも可愛い怒り顔が出迎えた。

「ロ〜〜〜イ〜〜〜!」
「や、やあ・・・ルウ。」
「どーして、貴方はそーゆー無茶ばっかりするの!保護者であるあたしの身になってよ!」
「その・・・ごめん。」
いきなり保護者になってしまったルウリアに叱られてロイは縮みあがった。
一方、空の上ではサラマンダーが暴れ狂っていた。

−なんだ?この矢は!も、燃えない!抜けない?!−
必死に食い込んだ矢を引き抜こうとするが、根でも生えたかのように小さな矢はびくともしない。
それどころか芽を出した種のように枝が生え根が生えて急速に成長し、青葉茂る一本の大木となって眼球にしっかりと根をおろしてしまった。

「何なのよ?あの矢は・・・ただの木製の矢じゃなかったの?」
「木製だよ。ただし妖精界のナナカマドの木でできている。」
ナナカマドは『7回、かまどに投げ込んで燃やしても燃え残る。』といわれるほど燃えにくい木として人間界においても知られている。
ましてや妖精界のナナカマドは灼熱の炎の中でさえ葉を茂らせる。
ロイは昔、一度だけ妖精界にいったことがあり、その時に炎の中に自生するこの木を見たことがあった。

−おのれ!おのれ!おのれぇぇぇ!−
残る片目で巨大妖精に抱かれた人間を睨みつけ・・ようとしたが!

−うっ?−
飛来した数枚の木の葉が視界を一瞬遮った!
ロイを救った蔦の巨大な葉が枝を離れ、風に乗って飛んできたのだ。
邪魔な葉を払いのけた瞬間に再び激痛が残る片目を灼いた!

ぎゃぁぁぁ!ぎゃぁぁぁ!!
葉の影から飛来した矢はたやすく眼を貫いていた!
完全に視界を奪われたサラマンダーは狂ったように飛びまわり、やがて墜落した。

ズドドドドォォォォン!
火竜の墜落のショックは大地を大きく揺るがし、吹き上がる炎が天を焦がした。
サラマンダーの顔は完全にナナカマドの葉に覆い尽くされ、激痛にのた打ち回った。

「どうやら片付きそうだね。」
アースフォールの声がした。
地響きを上げながら大地が沈み、サラマンダーの体を飲み込み始めた。

「では仕上げと行こうか。」
シュゴォォォッ!
フェイエルの声と同時に天から雲を突き抜けて全長20リムル(2000m)以上の炎の槍が撃ちこまれた。
のけぞり絶叫する巨大な火竜を炎の槍は完全に大地に縫い付けた。

「後は封印するだけだわ。」
ザァ・・・・・
ウォルテリアの降らせる雨がサラマンダーの体から容赦なく熱を奪って行く。
真っ白な蒸気の中でサラマンダーの悲鳴が弱まって行く。
だが、サラマンダーはまだ諦めてはいなかった。
全身が赤く発光し、細かなひび割れが固まりかけた体表を走った。

「自爆に紛れて本体の目玉だけで逃げるつもりだな!」
ロイは剣を構えようとしたが・・・

「いいえ、後は私たちにお任せを。」
空一杯の黒雲に長い黒髪の異国の女性の姿が浮かび上がった。
同時に雨の中に白い冷たい物が混じり始める。

「これは・・・雪?」
「嘘?こんなあったかい季節に!」
ロイとルウリアが驚いている間にもサラマンダーは白い雪に覆われていく。

うおおおおぉぉぉぉ・・・ぉぉぉ・・・・ぉ・・・・・・ぉ・・・・・・・
やがて炎の蛇神は完全に凍りついた。

「援軍よ、遠い東の果ての国からのね。」
ルウリアの側に実体化したウォルテリアが空を見上げてポツリと言った。

「遅く・・・なりました。」
彼らの傍らで弱々しい声がした。
ロマリア周辺では見なれない着物を着た黒髪の女性と、それに付き添う小さな女の子がいた。
女性は片膝をつき、息も絶え絶えである。女の子はそんな彼女を心配そうに支えている。

「私の名は・・・ミユキ、娘はオユキと・・・申します。
東方よりきた雪女・・・雪の精霊の眷属にございます。」
「おかあちゃん、大丈夫?体弱いのに無理しちゃ駄目だよぉ。」
「大丈夫よ、オユキ。」
雪女・ミユキはロイの方に向き直った。

「妖精界の女王の命によりロイフォード様をお助けするよう仰せつかって参りました。
サラマンダーは完全に凍結させました。これで、もはや力を取り戻すことはありません。」

「そうですか、ありがとうございます。・・・これでようやく終わりか・・・」
疲れた声で言うロイ。

「まだよ!」
ルウリアはロイを降ろすと、背後の山脈の方を向いた。
その山に匹敵する巨体が・・・さらに膨れ上がった。
雪を頂く山脈を追い抜き、天を覆う暗雲を突き抜けた。

ズシィィィン、ズシィィィン!
文字通りの超々巨大妖精となったルウリアは、お腹のあたりにかかる雲を邪魔そうに片手で払いのけながら、一歩ごとに大地を震わせて山脈の前に立った!

「すげぇ・・・」
天に届きそうな、いや天を突き抜けそうな巨大な裸身に全員が驚嘆している中で、ルウリアは山脈を抱きかかえた。

「ああ!ルウ!それはオイラのお爺様が200レムル(20万年)もかけて作った雪山・・・」
「うっさい!」
ズズズズズズズ!!
アースフォールの抗議を無視してルウリアは山脈を引っこ抜いた!

「お気に入りドレスの仇!」
サラマンダーの長大な体の上に、その何百倍も巨大な山脈が叩きつけられた!

ドズズズズズ・・・・・ンンン!
断末魔をあげることさえできずに、サラマンダーは山脈の下敷きとなった!

「これで終わりね・・・さあ、帰りましょ!」
素っ裸のまま超々巨大妖精娘は山脈よりも立派な胸をはった!

「ああ、お爺様の作った自慢の雪山が台無しに・・・なんて言い訳したら・・・」
途方にくれるアースフォールの声が雪原に虚しく響いた。
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■ 勝者への報酬
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「おお!あの騎士様が帰ってこられた!」
老婆は空を見上げて、嬉しそうに顔をほころばせた。
今しも彼女の前に青年と妖精らしき娘を乗せた一匹の飛竜が着陸しようとしていた。

「ご無事でしたか、騎士様!」
老婆は飛竜の側に駆け寄った。

「はい!サラマンダーは完全に封じました。500年も眠らせれば大人しい火の妖精に生まれ変わり、このあたりの守り神になるそうです。」
「ありがとうございます、なんとお礼を申せばよいのか・・・」
「貴方に頂いた矢のおかげです。ありがとうございました!」
ロイは深々と頭を下げた。

「いえ、これも騎士様のお力でございます。
これで犠牲になった者も静かに眠れるでありましょう。」
「ローーーイーーー!ばーさんにお礼言ったんだからもういいでしょ!さっさと帰ろう!」
妙に不機嫌そうにルウリアは言った。老婆を見ようとさえしない。
ちなみに、ロックバードは何故か怯えて硬直していた。

「ルウ、君も一言くらい・・・」
「お構いなく、騎士様。ああ、そうだ!退治の礼と言ってはなんですが・・・
このあたりから海岸までの土地を貴方様に差し上げましょう。」
老婆はまるでお菓子でも渡すように途方ないことを気軽に言った。

「い、いえ!とんでもない!実は私は騎士どろか一介の商人でして。第一、住んでいる人たちやこのあたりの本来の領主様が・・・」
「住んでいる者といいましてもほとんど生き残りはおりませぬ。
領主たちはサラマンダーと戦うどころか、民衆を見捨てて逃げ出しました。
このままでは盗賊に荒らされ他の国に侵略され、生き残ったわずかな領民たちは到底生きてはゆけませぬ。
貴方様のような御立派な方に守って頂かねば・・・貴方様なら誰も文句ありますまい。」
「困ったな・・・」
頭を掻いて困惑するロイ。

「貰っちゃいなさいよ!旧ロマリアの流民たちに住む場所と仕事も斡旋しなきゃいけないでしょ?
ちょうどいいじゃないの。」
ルウリアは・・・やはりそっぽを向いたままそう言った。

「まあ、すぐにご返事をとは言いませぬ。よくお考えくださいませ。」
「は、はぁ・・・」
「それから、これはそちらのお嬢ちゃんに・・・」
老婆は大きな木箱を渡した。

「どうやら、満足に着る物もない哀れな娘・・・すぐに役立ちましょう。」
老婆は悪戯っぽくルウリアに向かってウインクした。
さっきの戦いでドレスを焼かれて、裸のままだったルウリアは膨れっ面でプイと後ろを向いた。

「では、我々はこれで・・・ルウ!挨拶くらして!」
「・・・・・」
ルウリアは後ろを向いたまま返事もしない。

「お気使いなく、ではわたくしめもこれで・・・」
老婆は歩み去り、ロイたちも飛び去った。

「いいのかい、ルウ?あのお婆さん、人間に化けていたけど、あの方は君の・・・」
「・・・・・構わないわよ、どうせあたしは追放中の身なんだから・・・」
寂しそうにルウリアは答えた。

「ところでその箱どんな服が入ってんの?
あんまりセンスのいい人じゃなかったからね。あの人は・・・」
「これは・・・」
ロイは箱の中を見て驚いた。ルウリアも驚いて黙ったままだ。

「・・・・・・・ウェディング・ドレス・・・・・」
少々下手な縫い方であったが、そこには純白のウエディング・ドレスが収められていた。

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妖精界、見渡す限り一面の雲海の上に、鎧で身を固めた美しい女戦士が直立不動の姿勢を崩さずに浮遊していた。
彼女の前には空の半分を覆い尽くす、優美で巨大な女性の姿。

「女王陛下、例のサラマンダーの一件ですが・・・
人間界の騎士と『通りすがり』の妖精に倒された模様です。
討伐部隊を編成したのは無駄だったようですね。」
「ご苦労でした、エルリア。下がってよろしいですよ。」
「ハッ!」
キビキビとした動作で親衛隊隊長・エルリアは立ち去ろうとした。

「ちょっと待って、エルリア。指に怪我をしたのですか?」
エルリアの指先全部に不器用に包帯が巻いてあった。

「あ?!こ、これはその・・・剣の練習で・・・」
「そうですか、私はまた徹夜で縫い物をしたせいかと・・・」
「だ、誰が!愚かな家出娘の為にウェディング・ドレスなど・・・あ、いや、その・・・」
「そうですか。」
珍しく取り乱すエルリアに、女王は優しく微笑んだだけだった。

−完−