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■ 序章・ハネムーン・ナイト
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これより先は未成年の方に不適切な性的表現が含まれております。
そのような方は成年になられるまではご遠慮ください。

昔々、ロマリアの北の方のある島に新婚夫婦が住んでいました。
奥様の名前はルウリア。旦那様の名前はロイ。
ごく普通でない二人はごく普通に恋をし、ごく普通に結婚しました。
でもひとつだけ違っていたのは・・・奥様は超巨大サイズだったのです!

ロマリア北方海域には多数の島々が存在する。
そのひとつひとつに周辺海域を支配する人間が住みつき、互いに激しい勢力争いが続いている。
元・傭兵にして現在、小さな商船会社・スタン貿易商会の若手経営者ロイフォード・スタンは、最近その中でも頭角をあらわしている一人である。

「社長、着きましたぜ!あの島が港湾建設予定地の島でさぁ。」
舵を握った禿げ頭の大男の船長が舳先の青年に声をかけた。

「了解!近くまで行ってくれ。あとはボートで行くから。」
まわりの船乗りたちに比べれば一見小柄な体格の青年が答える。

「ボートなんか要らないわよ。あたしがあなたを乗せて飛んでいくわ。」
若い女性の声がしたが、船の上にはそれらしい娘の姿は見えない。

「そうだね、君に連れて行ってもらうことにするよ。」
青年は朗らかな笑顔を自分の肩に向けた。
そこには蝶々のような、透明な美しい羽の昆虫くらいの大きさの生き物がいた。
いや、昆虫などではない。それは人間の女の子とそっくりの姿をしていた。
違っているのは透明な羽があることと、緑の髪と緑の瞳くらいである。

「でも、旦那・・・じゃねえ、社長。なにもあんな岩ばかりの島で3日間も過ごさなくても・・・」
「港湾建設予定地の調査は急ぐ必要があるからね。」
青年は気にする様子もない。

「・・・・・調査じゃなくて新婚旅行なんですぜ!
ルウリアの姉御・・・じゃないんだった、『奥様』もなんか言ってくださいよ。」
「あたし?あたしはロイと一緒ならどこでも構わないケド?」
青年社長の首にまとわりついた、小さな姿の妖精が嬉しさを隠せない声で答える。
船長は頭に手をやって考え込んだ。

「全く、最近の若けぇ奴にゃムードってモンがねえ!とにかく気をつけてくださいよ。
偽伯爵のハラグールの野郎が社長の命を狙ってるって噂ですぜ。」
心配そうな顔で忠告する船長。

「まあ、やつらごときに殺されはしないさ。」
ロイは余裕の笑みを浮かべる。自信家ではないが、剣の腕なら北の海の誰にも負けない自負があった。

「心配ないって!インチキ伯爵なんかあたしが踏み潰してやるから!」
ルウリアはロイの肩をふわりと飛び立って海の上に出た。

「こーんな具合にね!」
淡い光に包まれたルウリアの姿が膨らんだ!
たちまち人間くらいの大きさになり、大型商船の大きさをあっさり越えて更に大きくなって行く!

「どお?これでも心配?」
外洋公開仕様の大型帆船など玩具に等しい5リムル(500m)もの巨人となった彼女は、足元の船長たちを見下ろして悪戯っぽく笑った。

**********

「本当に何もない島ね・・・」
結構広い島の中央を飛びまわりながら、ルウリアは自分の手の平の上に話しかける。

「ああ、太古のエルフの遺跡があるだけらしい。」
手の平の上に胡座をかいて、調査地図を描きながらロイは返事した。
ルウリアは先ほどよりふたまわり小さい姿(といっても2リムル近い巨大さだが)でロイと手荷物を手の平に乗せて飛んでいた。

「ここがその遺跡ね?」
ルウリアは巨大さにも関わらず、音ひとつたてずに優雅に着地した。

偉大な文明の痕跡だけがあった。
山をくり貫いた巨大なトンネルや、何百段にも積み上げられた巨大な人工石造りの住居。
馬車が百台くらい並んで走れそうな舗装道路は海岸まで続いている。

「どうして、エルフたちはいなくなってしまったのだろう?」
大木のような指の間から下を覗き込みながらロイは不思議そうに言った。

「あたしが昔、ママから聞いた話だと・・・昔はここも大きな大陸の一部だったんだけど、気候が変わって寒冷になりはじめたの。
それで大地の下の炎を掘り出して大陸を暖かくしようとしたんだけど・・・」
「失敗して大陸は沈み、エルフたちは脱出するしかなくなった、というわけか・・・」
今は風だけが太古の大都市の住人らしい。

「ロイ、ちょっと待っててね。ここに住んでる精霊たちに挨拶してくるから。」
「それなら僕も一緒に・・・」
「いいの、いいの。ここでキャンプの用意しといてね。」
荷物とロイをそこに置いていくとルウリアは飛び立ち、すぐに山の向こうに見えなくなった。

この時ロイは自分たち以外にこの島に来ている者がいるとは思ってもいなかった。

**********

「鬱陶しいピクシーは行っちまいやしたぜ。」
「伯爵様、ロイフォードの野郎を殺るなら今だ!」
十数名の人相の悪い男たちが廃墟の影からロイたちの様子をうかがっていた!

「まあ、待て・・・あいつを殺ってもピクシーがすぐ戻ってくる!
そうすりゃ俺たちは島ごと潰されちまうだろうが!逃げ出す暇もねえ。」
伯爵と呼ばれた男は髭を弄くりながら偉そうに答える。

「じゃあ、手をこまねいて見てるだけですか?」
「いーや・・・あいつらは今朝方、結婚式を挙げたばかりの新婚さんだ。今夜は当然・・・」
「燃えるわけでやんすね、ヒヒヒヒヒ・・・・・」
「そして励みすぎて疲れ切ったトコロをバッサリ・・・」
「流石、親分だ、考えることが汚いや・・・」
「フッフフフフ・・・」
「ヘッヘヘヘヘ・・・」
悪党風の下卑た笑い声を意識しながら悪だくみする悪党たち。
いかにもやられ役といった風情である。

「あのー・・・何がそんなに面白いのですか?」
女の子の鈴の音のようにかわいい声だった。

「何がって?そりゃあ、アンタ・・・って、誰だ?!」
声はすれども姿はない。慌てて見まわす悪党たちの足元から・・・

「ここです、ここです!」
「ここです、っては・・・」
腰を屈めて、小さな草むらの影を覗く偽伯爵の鼻先に・・・

「はじめまして!縁結びの女神・・・様の使いでラミラナと申します。」
「あ・・・どうも・・・ハラグール伯爵と申します。」
小指ほどの身の丈の女の子が草の長い葉の上にちょこんと座ってお茶をすすっていた。
薄いピンク色の髪にピンク色の制服風のスカ−トの少女はペコリとお辞儀した。

「ところで、何が面白いのですか?」
「何がって・・・」
どう答えていいのか分からず偽伯爵は口篭もった。

「まずいですぜ、親分!」
「親分じゃねえ、伯爵様と呼ばんか!で、何がまずいんだ?」
「こいつは妖精族だ、ロイフォードの仲間かもしれやせん。」
伯爵は青ざめた。姿は小人でも只の人間が妖精族相手に勝てるわけがない。

「あの、ひょっとしてロイフォード様のお知り合いの方ですか?」
声をひそめてラミラナは尋ねた。

「ああ?ええ、その知り合いといいますか何と言うか・・・」
少し安心したらしい小人の少女は声をひそめて続けた。

「じゃあ・・・わたしと会ったことはロイフォード様には内緒にしてくれませんか?」
「あ、は、はい・・・?」
「では、先を急ぎますので・・・」
少女はティーセットを片付けると、風呂敷包みを背負って生い茂る雑草の中へ立ち去った。

「なんだったんだ、一体・・・」
悪党どもはポカンとした間抜け面で小妖精を見送るばかりだった。

「さっ、休んでいる場合じゃないわ!エルリア様のお声ががりの仕事なんですもの!」
小妖精ラミラナは気合を入れた。
彼女が妖精界親衛隊隊長・エルリアより依頼された仕事とは・・・

「娘夫婦、つまりルウちゃんとロイさんの初夜を影からサポートし欲しい、か!
やったことないケド・・・がんばらなきゃ!」
彼女が張り切っているのには理由があった。
彼女は愛の女神配下の『御使い』なのだ。

縁結びの女神の御使い、といえば聞こえはいいが、正確には御使いの『見習い』なのである。
ロマリア大陸のいたるところに愛の女神や縁結びの女神を祭った神殿はある。
しかし、そういう大きな神殿は地方の村や町からは遠いので、人々が恋愛成就を祈願するのは地方の小神殿や村の小さな祠が普通なのである。
そこには女神様配下の下級神がいて、恋人との『出会い』を演出したり、デート中のムードを盛り上げたりと、日夜地道な仕事をしている。
ラミラナの母も現在、とある地方の神殿で霊験あらたかな縁結びの神様として活躍中なのだ。
そして、彼ら下級神の指揮下で実際に活動をしているのが『御使い』なのであるが・・・
ラミラナの場合、縁結びの御使いどころか、今だに雑用しかやらせてもらえない半人前なのである。

「でも、このお仕事に成功すれば、正式に『御使い』採用・・・
うまくすれば祠のひとつくらい任せてもらえるかも!
やるわ!縁結びの達人と呼ばれた婆ちゃんの名にかけて!」
小妖精の瞳に情熱とささやかな野望の炎が燃えた・・・

**********

ロイは石造りの建物の中を調べていた。
50階建ての箱型の大きな建物なのだが巨人たるエルフたちの体格に合わせて作られた部分もあるので、ちょっとした山くらいの高さである。
あちこちで壁が崩れていたが、基礎はしっかりしている。
上の階に上がると景色もいい。

「この建物の中なら夜露もしのげそうだな。ん?」
最上階まで来たとき、人の気配がした。
崩れた壁から部屋の中を覗くと・・・なにやらゴソゴソとやっている作業服姿の女性がいた。

「誰だ!」
「キャッ!」
驚いて振り返る女性の顔はロイの良く知っている人物、いや妖精であった。

「君は・・・エミリア?!」
ルウリアの双子の妹・エミリアが何故かベッド・メイクをしていたのだ!

「え、エミリアって誰のことかしら?私は只の通りすがりのルームサービスでーす!」
「エミリア、何を言って・・・?」
「では、頑張ってくださいねーーー、新婚さんいらっしゃーーーーーい!!」
笑ってごまかしながらエミリアは窓から飛び去って行った・・・

「どうも・・・よくわからんが・・・」
飛び去った後には綺麗にシーツを引いたベッドと薔薇の花束を活けた花瓶、ロマンチックなデザインのランプ。
シーツには香を焚き染めてあるようで、甘いよい香りがする。
ランプの、揺れる光も心を落着かせるようだ。

「まあ、好意に甘えるとするか・・・」

**********

小さな旋風を巻き起こしながら、ルウリアは軽やかなステップで空き地に着地した。

「さっさと出てきなさい!」
ヒュゥゥゥゥゥ・・・あたりには誰もいない。

「パパ!」
怒気をはらんだ声に空気が震えた。
同時にルウリアの眼前の景色が揺らいだ。

「よくぞ見破った、我が愛しき娘よ・・・」
威厳に満ちた声が響いて一匹のドラゴンが姿をあらわした。

「我が隠形の術を見破るとは・・・」
「パパ!なんでついてきたのよ!」
ドラゴンの姿は仮の姿、ルウリアの父・ロックバードであった。
叱り飛ばされて、ロックバードは萎縮した。

「その・・・だな、お前のことが心配で・・・」
「さっさと帰りなさい!」
凄い剣幕で怒鳴られてロックバードは身を更に縮こまらせ、上目遣いにルウリアを見上げた。

「では、これだけでも受け取ってくれ。」
ルウリアの前に霧のような物が発生し、凝固して酒瓶の形をとった。中には赤い液体が入っている。

「何?お酒じゃないの?」
「20レムル物の我が秘蔵の酒だ。大切な夜に酒のひとつもなくては格好がつかぬであろう。」
優しい笑みを浮かべて、ロックバードは酒瓶を手渡した。

「ふーん、じゃあ、貰っておくけどさ・・・・・おかしな仕掛けはしてないでしょうね!?」
緑の愛らしい瞳がドラゴンをギロリと睨む!

「・・・悲しいぞ、我が娘よ!今まで私は父親らしいことをしてこなかった・・・
その埋め合わせを少しでもと思っただけなのに・・・」
わざとらしく首をうなだれるロックバード。

「ふうん、怪しいケド・・・まあ信用してあげるわ。」
ルウリアは軽く地面を蹴ると、ふわりと浮き上がった。

「じゃあ、さっさと帰りなさいよ!それから・・・たまにはママのところにも顔出しなさい!」
「ああ、分かっておるとも・・・」
ロックバードは飛び去る娘を見送った。

「やれやれ、父親を疑うとは情けない。エルリアの奴、娘にどんな教育をしておったのだ?
『おかしな仕掛け』だと?『当たり前の仕掛け』しかしておらんというのに・・・」
・・・父親をあまり信用してはいけないかもしれない・・・
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■ 第1章・宴の始まり
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日も落ちた。
夜の帳が静かに島を覆って行く。
空には星が瞬き、静寂の時間がやってきた。
だが、エルフの古代遺跡の一角にはひとつだけではあるが、灯りがともり楽しそうな話し声が聞こえてくる。

「ホントなのぉ?初めて聞いたわ。」
「ああ、本当さ。あの船長の顔からは想像もつかないだろう?」
ほのかなランプの光の中で若い男女の笑い声だけが聞こえてくる。
のんびりした平和な光景であった。

・・・・・だが、その周囲に身を潜めている人々(一部『人』でない方々もいるが)は緊張を高める一方であった。

「ロイフォードのやつらはこの塔の最上階にいるんだな?」
「へい、親分!」
バキッ。

「し、失礼しやした!は、伯爵様。」
ハラグール自称伯爵は50階建ての塔を見上げた。高さは3リムル(約300m)というところか。

「いいか、気づかれないよーに静かぁーに近づくんだぞぉー・・・」
声をひそめるハラグール伯爵。

「へぇーーーぃ・・・・・」
部下まで声をひそめて応じる。
崩れた壁から塔に侵入した彼らは、足音をたてないようにそろりそろりと階段を登り始めた。

**********

塔の近くの草の影ではせっせと祭壇を組み立てる小人の女の子がいた。
愛の御使い(見習い)のラミラナだ。
カブトムシくらいの小さな体に大汗をかきながら一生懸命である。

「ふう、やっとできたわ!愛のエナジィを極限まで高める儀式の祭壇!」
嬉しそうに、楽しそうに、満足そうに完成した祭壇を眺める。

「後はこの・・・」
鞄の中から彼女が自信を持って取り出した物は?

「愛の呪いのワラ人形で・・・違った。これは恋敵の呪うときだった・・・」
本業の縁結びの仕事がない時は、恋敵の足を引っ張る裏のアルバイトもやってるらしい。

「この先祖伝来の魔法の水晶玉で・・・至高の愛はこのラミラナちゃんにお任せ!
幼馴染のルウちゃんの超強力な呪術を使うのは心苦しいけど・・・
お供え物のケーキを得るためには犠牲はつきもの!
ルウちゃん、貴方の尊い犠牲は、違った、協力は無駄にはしなからね!」
ささやかな夢(野望?)に瞳を輝かせながらラミラナは最後のチェックに取りかかった。

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「鏡よ、鏡・・・ルウリアお姉様を映し出しておくれ。」
林の木陰で手鏡に命じているのはエミリアであった。
エミリアの顔が鏡面から消え、楽しそうにおしゃべりする二人の姿が映った。

「そろそろ効いてくる筈ね。ランプに仕込んだスペシャル・ブレンドの香が・・・」
彼女は手にした小瓶を見た。
小瓶のラベルにはこう書いてあった。

『愛をもたらす秘薬・夜の女帝』

「ママの隠し金庫から失敬してきた香水だけど、効果は絶大だって友達は言ってた・・・ん?!」
何気なく、小瓶の底をみたエミリアの顔が引きつった。

「消費期限が3レムル(300年)前に切れてる?!ちょっと、まずい・・・かも。」

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荒涼とした岩肌の影に一匹のドラゴンが身を潜めていた。
前足の硬そうな爪先に琥珀色の液体に満ちたブランデー・グラスを軽く揺らしながら。

「どれ、もう一杯やっておくか。」
鋭い目つきでブランデーの水面をひとにらみすると、グラスの中に波紋が生まれた。
その波紋の中心に酒を酌み交わすロイとルウリアの姿が映った。

「子供とばかり思っていたが・・・、我が愛娘も人妻となったか。」
感慨深げにドラゴンの姿を借りた精霊の目が潤んだ。

「差し出がましいとは思うが、今宵のためにささやかな手助けもさせていただいた。
婿殿、どうか我が娘を末永くお頼み申す・・・・・
しかし、娘が他の男の元へ行くというのはちょぴり悔しいのう。」
父親としての複雑な心境にやや苛立ちつつも、ロックバードはブランデーを喉に流し込んだ。

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会話が途切れた。
押し黙ったまま酒を機械的に注ぎ、機械的に呑む。
ロイもルウリアも何か言わなくては、と思いつつ言葉が思いつかない。
やがて、うつむいていたルウリアが顔をあげた。

「・・・・・ねえ、ロイ?」
それきり言葉に詰まった。ロイの顔が目の前に迫っていたから。
荒々しく抱きしめられ、唇を奪われた。
普段の彼からは思いもよらない強引さであった。

「ロ・・・イ・・・・・」
驚いてロイを突き飛ばそうとした。だが彼女の両腕は彼女の意思に反して彼を抱きしめた。
そこはかとなく漂う、甘い香りが思考を鈍らせる。
奇妙なくらい全身から力が抜けて、まるで骨がなくなってしまったみたいに、ルウリアの体は干草のベッドに倒れこんだ。

「ルウ・・・・・」
その上にロイの逞しい肉体がおおいかぶさった。

「・・・ロイ・・・・・ロ・・・イ・・・」
「愛しているよ・・・ルウ・・・ずっと昔から・・・」

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「・・・・・」
祭壇に火を焚いてラミラナは精神集中して何やら念じ続けている。
チラリと水晶球に映る二人の姿を見る。


「へぇーーー、男の人ってあんなになっちゃうんだ!
初めて見たけど、凄いんだわ!おっととと、いけない集中、集中!」
目を閉じ、再び一心不乱に念じ・・・

「わぁっ!?お婆様から本で教えられたのと全然違う!本物はこうなのね・・・」
ちなみにラミラナ自身は異性体験は(キスさえも)ない。
下っ端の、それも修行中の妖精には恋愛の余裕さえないのだ!
・・・・・淋しい青春である。

「余計なお世話よ!・・・・・???空耳だったのかしら。
はっ、いけない集中集中集中!!・・・・・
まあ、ルウちゃんたら・・・大胆・・・・・」


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「ルウ姉様ったら・・・激しいのね。でもとっても綺麗・・・」
エミリアは手鏡に映るルウリアたちの姿を顔を赤らめながらみていた。

「あ!ロイ義兄様ったら、あんなことを!あああ、ルウ姉様ったらあんなに痛そうに・・・
でも、あんな嬉しそうなお姉様は初めて・・・
羨ましいわ。どーして私には素敵な白馬の王子様は来てくれないのかしら?」
エミリアは先日98回目の失恋に散った。3桁の大台を目前に少々自信喪失気味である。

「余計なお世話よ!・・・やだ、気のせいだったかしら?
でも、私もいつかは素敵な殿方ときっと・・・・・
その日のためにも、ルウお姉様を見てしっかり勉強しなくちゃ!」
大義名分を掲げて、妹は姉の初夜の生中継を食い入るように見つめていた。

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「ふっ・・・ふふふ。若輩と思っておったが、ロイ殿よ。なかなかやるではないか。」
ブランデーの水面に映る娘夫婦を覗き見しているのは花嫁の父、ロックバードであった。

「ロイ殿、いや婿殿よ、立派でありますぞ。まるで我が若き日を見ているかのようだ。」
人は自分の青春を美化して思い起こすのであろうか。それは妖精族でも変わらないらしい。

「ふっ・・・モテナイ男がどこかでヤキモチを妬いているような気がするな。」
・・・・・うるさいぃぃぃ!・・・失敬。
しかし、冷静な淡々とした口調ではあったが、彼の指先は微かに震えていた。

「・・・嫁の貰い手がないとまで言われたお転婆娘も、今宵ついに『女』となったか。」
嬉しそうな、淋しそうな、ちょっぴり不機嫌そうな独り言を呟きながら、ドラゴンの姿を借りた妖精族の戦士はブランデーをあおった。

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「ルウ・・・・・」
「・・・・・・・・・なぁに?あなた・・・」
ルウリアから『あなた』と呼ばれてロイは照れた。
シーツに包まれたルウリアの体のラインは輝くほどに美しい。

「痛かったかい。」
「うん、少し・・・ううん、とっても。」
ルウリアは身を起こそうとして、ふらついた。痛みのためかまだ腰に力が入らないのだ。
支えてくれたロイの顔を見上げた。

「大丈夫かい?」
「平気!さっきから、なんだか体の奥から力が沸いてくるみたいなの!」
彼女の笑顔には確かに元気が満ち溢れているかのようだった。
事実、ルウリアは全身を熱い炎が駆け巡るような高揚感を味わっていた。

「ロイ・・・大好き!」
「ウワップ!?」
柔らか乳房がロイの顔面に密着した。呼吸もできないほど抱きしめられロイはちょっぴり焦った。

(ルウ・・・いい香りだ・・・あれ?なにか妙だな?)
ロイは座ったり寝転んだりいるわけではないし、ルウリアも空中に浮かんではいない。
それなのに・・・長身のロイの顔の位置より少し上にルウリアのバストがあった。
なんとか、二つの乳房を押し分けて見上げると・・・頭二つ高い位置にルウリアの紅潮した顔があった!

「る、ルウ?!」
「あれえ、ロイが縮んじゃった?子供みたいでかっわいーーー!うふふ。」
楽しそうなルウリアの笑い声。

「違うよ!君が大きくなって・・・」
「おおっと、今度は赤ちゃんみたい。うーーーん、可愛い可愛い可愛い!」
ルウリアの体はまた一回り大きくなり、天井に届きそうなくらいになった!

「ど、どうしたんだ、ルウ!いきなり巨大化なんかして・・・わわ?」
「さあー、ロイちゃん、ママのオッパイでちゅよぉーーー」
「ムグッ・・・」
顔面を樽ほどもある乳房にめり込まされてロイは喋れなくなった。
・・・・元来、妖精族の体の大きさはいい加減なものである。
ルウリアクラスの上級精霊ともなれば羽虫ほどの小さな姿から、山をも一跨ぎし雲を手の平で払いのける巨大な姿にもなれる。
しかし現在のルウリアは何かがおかしい!

「ルウ!ちょっと待・・・」
「さー坊や、キレイキレイしましょーね!」
「ぼ、坊や、うわぁ、やめてくれ!」
ペロペロペロペロ・・・・
ルウリアは母猫が子猫を舐めてきれいにするように、ロイの全身を舐め始めた!

「く、くくく、くすぐったいってば!」

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■ 第2章・真夜中狂騒曲
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階段を登りつづける男たちがいた。
延々と上に続く階段を無言で、息を切らせながら・・・

「はぁ、はぁ・・・おい・・・ここは、はぁ、はぁ、何階・・・なんだ?」
「ひぃ、ひぃ・・・た、確か25階の・・・ヒィ、ヒィ・・はずです、親分。」
「馬鹿・・・野郎、『親分』じゃなくて『伯爵』だと・・・」
この塔にはエレベータの類などなかった。
本来の主たるエルフたちはそんな物を必要としない魔力と技術があったのだ。
最上階のロイたちを暗殺するにはひたすら階段を登りつづけるしかない。

「首を洗って待って・・・ハァ、ハァ・・・いやがれ、ロイフォード!
今日が・・・フゥ、フゥ・・・き、貴様の命日だ。」
最上階に行きついたとしてもロイたちを暗殺するほどの体力は残りそうもない。
ロイが息ひとつ乱さず、この塔を登って行ったことを考えれば鍛え方が根本的に違っている。

「お、親分、ちょっと、待って、くだせえ・・・」
「馬鹿・・・野郎、伯爵様だと、何度、言ったら・・・で、何だ?」
「何か聞こえませんか?上の方から。」
確かに何か物音が聞こえる。

ドスン!ドカン!
物音というより破壊音が上のほうから聞こえる。
ドカン!ドァカン!ドカァァァン!
それも近づいてくる!

「何だ?ウォッ!?」
伯爵の背筋を冷たいものが走った!頑丈な一枚岩の天井に亀裂が入ったのだ!

「危ねえ!」
ドコォン!
慌ててその場に伏せた彼らの上に大量の埃と小さな石の欠片が降り注いだ。
濛々たる埃で視界がまるできかない。

「一体なにが起こっていやがる・・・な、な、な、ななななんだと!?!?」
ようやく天井の崩壊が止まってから、立ちあがった伯爵は見た。

「あ〜ら、どなたかしら。お客様かしら?」
「な、な、なんでお前が・・・」
伯爵は見た!目の前に聳え立つ、赤ら顔でやけに陽気な10階ぶち抜きの巨大ピクシーの裸体を!

「あいたたた、ルウ、一体どうしたんだ。」
伯爵の側で若い男が立ちあがった。
着ている物は腰の周りに巻いたシーツだけで素っ裸という若者だった。
フロアをぶち抜いてきた巨大ピクシーと一緒に落ちてきたらしい。

「ああ?貴様はロイフォード!」
「やあ!ハラグール伯爵ではありませんか!奇遇ですね。」
ロイは照れくさそうに笑いながら挨拶した。

「お世話になっています、伯爵。」
「いえ、その節はこちらこそお世話に・・・違う!」
つい挨拶をかえすところからすると律儀な悪人かもしれない。

「誰?ロイ、あなたの知り合い?」
「ああ、ハラグール伯爵だよ。以前に話さなかったっけ?」
「思い出したわ!サラマンダーの襲来にビビッって領民見捨てて逃げ出したあの伯爵様ね!」
蒼白だった伯爵の顔が恥辱で一気に真っ赤になった!

「そ−そー、私たちがサラマンダーを倒したのを聞いて舞い戻ってきたけど、領民に恨まれて追放されちゃった伯爵様なのよね!」
「ルウ、そんな言い方しちゃ可哀想だよ!」
慌ててルウリアをたしなめるロイであったが、時既に遅し!

「やかましい!俺がここまで落ちぶれたのも貴様らのせいだ!ここで会ったが百年目!」
「嫌だなあ、一ヶ月前に会ったばかりですよ。」
一応断っておくが、ロイは嫌味で言っているわけではなかった。
ロイとルウリアは傭兵やってた頃から『驚異の天然大ボケ漫才コンビ』としても有名だった。

「じゃかましぃぃぃ!!野郎ども、やっちま・・・」
部下に命令しようとして振り返ったが・・・誰もいない。
はるか下の階段を駆け下りて行く大勢の足音だけが聞こえている。

「あいつら、俺を見捨てて逃げやがった・・・」
「危ない!伯爵、こっちへ!」
いきなりロイが伯爵の腕を掴んで走り始めた!
この時、ルウリアの体が銀色に光はじめた。

「お・おい、ロイフォード!?」
「説明は後だ!今は逃げるんだ!」
「逃げるって・・・そっちは窓だぞ?!」
ロイは無言で窓に体当たりし、ガラスを破って外へ飛び出した。
地上25階、1.5リムル(150m)はゆうにある高さから!

「ウワァァァァァァァァァァァァァ・・・・・・・・」
バサッ!
伯爵の絶叫は地上に着く途中で止まった。
ロイの右手から緑の巨大な葉が4枚生えてパラシュートの役割を果たしたのだ。
ドサッ!
それでもかなりの勢いで地面に着地し、二人は無様に転がった。

「いててて・・・」
「怪我はありませんか?伯爵。」
苦痛に顔を歪める伯爵にロイは肩を貸して立ち上がらせた。

「ててて・・・やい、一体全体てめえら夫婦はこの俺様に何を・・・」
「えっ『夫婦』?・・・照れるなぁ、あらためてそう言われると・・・
おっとそれどころじゃなかった!走りますよ!」
ロイは暗い荒地を伯爵を引っ張りながら走った!

ゴゴゴゴゴゴ!
彼らの背後でついさっきまでいた巨塔が崩れていく!

「貴方の仲間も無事逃げられたようですね。本当によかった。」
ロイの目は暗闇の中でも海岸に向かって逃走していく男たちの姿をとらえてた。

「一体なにが起こっているんだ?ええ、おい!」
「それが・・・その・・・妻にちょっと・・・お酒を飲ませすぎたみたいで。」
伯爵は開いた口が塞がらなかった。

そのとき塔のあった場所から銀色の光の柱が立ち昇った!
光の中に輝く妖精の巨大な美しい肢体があった。

「伯爵、あまりジロジロ見ないでください!・・・僕の、僕だけの妻なんですから!」
ロイが不機嫌そうに言った。
伯爵は自分の理解を超える『のろけ話』というものをはじめて聞いた。

**********

「やーーーん、どうしちゃったのォ?」
ラミラナはパニックに陥っていた。
家宝の水晶球は眩しく輝くばかりでラミラナのコントロールなど全く受けつけない!
しかもさっきからルウリアたちのいる方角から破壊音や爆発音が聞こえてくる!

「ああ〜、このままでは御供のケーキが、じゃない、ルウリアちゃんが大変なことになっちゃうよォ!」
彼女の脳裏にお菓子の城が崩れゆく不吉なイメージが浮かんだ。

**********

「ルウ姉様!どうしたの!何が起こったの!」
先ほどまでルウリアたちの姿を映していたエミリアの手鏡は無残に砕け散っていた。
血相を変えて予備の手鏡を取り出したエミリア。

「鏡よ・・・キャッ!」
パリン!
手鏡は今度も一瞬で砕けた!大気中に凄まじい精霊力が充満しているためだ!

「心配だわ!姉様、今そちらへ行きます!」
エミリアは背中の羽を振るわせて林の中から飛び立った。

**********

「うーむ?どうも様子がおかしいな?」
ロックバードは首をかしげた。さきほどから随分と派手な破壊音や叫び声が聞こえてくる。

「まあ、心配はなかろう。使った媚薬酒は一番効果が軽い奴だったし・・・」
彼の指先が弧を描くと空中に酒瓶が出現した。
その酒瓶を覗きこんだとたんに彼の目が険しくなった。

「うむ?・・・しまった!分量を間違えてしまった。・・・まあよいか、大は小を兼ねると言うし。」
彼が仕掛け人3名のうちで一番呑気であった。

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「ロイちゃん!新妻ほっぽといてお散歩ォ?駄目よォ、そんなことしちゃ。」
ケラケラ笑いながらルウリアは必死で走るロイたちを追ってきた!

ズシン!ズシン!ズシン!
男たちの全力疾走も彼女の一歩にも満たない。
たったの3歩であっさり先回りされた!

「オ、オイ!どうすんだよ、ロイフォード!」
「とにかくこっちへ!」
急転換してルウリアの両足の間を駆け抜ける!

「おおっと、逃がさないわよ〜!」
ズズン!
今度もやっぱりたった一歩で追いつかれてしまった!

「やっぱり歩幅のハンディキャップはきついな。」
「落着いてる場合か!お前の嫁さんだろう、なんとかしろ!」
伯爵は半泣き声でロイにくってかかった!

「よし、二手に分かれましょう!どっちを追うか迷っている間に隠れるんです!」
「分かった・・・」
ロイと伯爵は互いに逆方向へ走った!するとルウリアは迷う・・・
ことなくロイの後を楽しそうに追いかけていった。

「ウワァァァァ!!追ってきたぁぁぁ!」
「ロイちゃーーーん、お待ちなさい!いいコトしたげるわよ!」
残された伯爵は呆然としていたが・・・・・

「あっ、そうか。追われていたのは俺じゃなかったんだっけ!」
安心した伯爵はとたんにいい気分になった。

「わはぁはっはっはっ!こんな簡単なことにも気づかぬとはな!
『片翼の荒鷲』と呼ばれたロイフォードも堕ちたものよ!
知略家の俺様に比べれば所詮間抜けな阿呆に過ぎんということか!ふはははは・・・?!」
高笑いをしようとした時、気がついた。ルウリアが立ち止まり伯爵の方を睨んでいることを!

「・・・?」
ズシン!
「・・・・・!」
ズシン!ズシン!
「・・・・・・・・(冷や汗)」
ピタリ!
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「ちょっと、そこのあなた!間抜けってロイのことかしら?」
「あ・・・聞こえてました?」
「聞こえてましたとも!阿呆とも言ってたわね!」
「そ、それはその・・・」
「よくもあたしの夫をけなしてくれたわね。オマケに馬鹿だのお人好しだの低能だのボケだの・・・」
「そこまでは言って・・・グェェッ!」
巨大な指が伯爵をつまんだ。
彼女からすれば蟻に等しい伯爵の体は、たちまち地上2.5リムルの高さに持ち上げられた。

「あたしの最愛の夫をここまで侮辱するからには覚悟できてんでしょーね!!」
腸がはみ出そうな圧力で伯爵の顔色は紫色に変色していく。声など出るはずもない。
強風が吹きつける中で下を見ると地上は遥か彼方。
このまま超巨大妖精の人差し指と親指の間で押し潰されるのか?
それとも地上に落とされてトマトみたいにひしゃげるのか・・・

「あんたなんか・・・飛んで行っちゃえ!フゥーーーーーッ!!」
ルウリアは口をすぼめて思いっきり息を吹いた!

「うわーーーーーーーーーーーーーーーー・・・・・・・・・・・・・」
伯爵はタンポポの種みたいにどこか遠くへ飛ばされて見えなくなってしまった。

「さあ、ロイ!馬鹿はいなくなったから追いかけっこの続き・・・あれ?ロイ!どこ?」
ロイの姿は何処にもない。

「そーか!追いかけっこの次はかくれんぼね!よぉーーーし!」
ルウリアはあたりを見まわしてから、自分の背丈ほどの四角い建物遺跡に近づいた。
建物の端に手をかける。

「ここだぁ!!」
メリメリメリ!
ものすごい力で建物を前に引き倒した!

ドドドドーン!
「あっれーーー?いないわね。」
崩れて瓦礫と化した建物を残念そうに見下ろした。

「じゃあ、こっち!」
隣の建物の基礎部分に指を突き刺した!そして土台ごと建物を持ち上げる!
持ち上げられた建物に無数のひび割れが入り・・・
ガラガラガラ!
直後に崩れ落ちた!

「あっちゃーーー、またしてもはずれか・・・この下かな?」
ベリベリベリ・・・
続いて彼女は石造りの道路を地面から引っ剥がしはじめた・・・

**********

ルウリアが破壊の限りを尽くすエルフの遺跡から離れた山中の洞穴にロイは身を潜めていた。
岩の裂け目から圧倒的なパワーで貴重な古代遺跡を破壊するルウリアが見えた。

「危ないところだった、伯爵が注意を引いてくれなかったら今ごろ・・・」
ロイは吹き出る汗をぬぐった。

「ありがとう、伯爵!身を犠牲にして助けてくれたご恩は忘れません!
とにかくルウの酔いがさめるまではここに隠れていよう。」
ロイはこの洞穴の中でルウリアの様子をうかがうことにした。
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■ 第3章・怒れる妖精?
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「ロイ・・・どこいっちゃたのよぉ・・・・・」
ルウリアは悲しそうな顔をしていた。

「あたしを・・・置いて・・・行っちゃ・・・やだよォ。」
ルウリアの大きな緑の瞳に涙が光っていた。
ロイはつい、彼女の前に出て行こうとしたが、思いとどまった。

「まだ、ルウの酔いは醒めていない。今、出て行くのは危険すぎるか。」
とは言え悲しそうな妻の声が聞こえるとロイの心は痛んだ。

「ウ、ウ、ウ・・・フェーーーーーーーン!」
ルウリアは涙を流しながら大声で泣き始めた!
ビリビリビリ!
同時に島全体が凄まじい振動に襲われた!
ロイの潜む洞窟も例外ではなかった。
壁が震え、天井からは握りこぶしぐらいの石がロイの頭に落ちてくる。

「うわわっ!ルウが泣きやむ前に、この洞窟崩れるかもしれん!」

**********


「ルウ姉様、凄い声だわ!このままじゃ近づけない。」
エミリアはオロオロと、空中で立ち往生していた。
ルウリアの姿が見えるところまで飛んできたのだが、ものすごい泣き声に阻まれてそれ以上接近できない。

「お姉様!お願い、ちょっとだけでいいから泣き止んで!!」
「フゥェェエエエェェェェェェンンンン!!」
ビリビリビリ!
泣き声、というより衝撃波が壁となってエミリアを軽々と跳ね返す!

「よぉーーーし、こうなったら・・・エィッ!」
エミリアは淡い光に包まれた。その姿は見る見るうちに本来の大きさ、現在のルウリアとほぼ同じ5リムル級(500m)の超巨大妖精へと変化する!

「これならそう簡単に吹っ飛ばされたり・・・」
「ウェェェェェェン!!」
パシン!
「キャァァァ・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ドボォーーーーン。
あっさり跳ね飛ばされてエミリアははるか彼方の海面へと落ちていった。

**********

「ああああああ、どうしましょ、どうしましょぉぉぉ!」
ラミラナは草の影でウロウロとうろたえていた。
彼女お得意の祈祷も呪い?もこの状況下では役に立ちそうにない。
第一、地面はルウリアの泣き声の振動で不安定に揺れ、ひっきりなしに倒れかかってくる木々を避けるのに必死で何とかする余裕なんかはない。

「でもぉぉぉ、なんとかしないとぉぉぉ、怒られるだけじゃ済まないもぉぉぉ!!」
もし、この一件が親衛隊長か女王陛下にバレでもしたら、縁結びの『御使い』免許剥奪、いや妖精界追放ということもありえる。
そうなれば年老いた祖母がどれほど落胆し、第一線で働く母がどれほど肩身の狭い思いをするかは想像にかたくない。
しかし、今の彼女にできることと言えば、倒れてくる木から逃げ回るだけなのだ・・・

**********

「お、親分!無事でしたか!」
「・・・・・親分じゃねえ、伯爵様だろうが!」
ずぶ濡れの姿でハラグール伯爵は岩陰に停泊していたボロ船によじ登ってきた。

「それで伯爵様、どうしやす?もうロイフォードをブッ殺すなんて・・・」
「撤退だ!」
「逃げるンでやんすね。」
「逃げるンじゃねえ、撤退だ。間違うな!」
大気を激震させる泣き声の中で
水夫たちは錨を引き上げ、必死になって帆を上げた。

**********

「ん?」
ロイは暗闇で目を凝らした。
洞窟の入り口から何者かがこちらの様子をうかがっている。

「おお、ロックバード!来てくれたのか?」
ロイの愛竜・ロックバードが心配そうにこちらをのぞいていた。

「助けにきてくれたのか!しかし、今飛び立つとルウに見つかってしまうしなぁ・・・オイ?」
ロックバードはパタパタと翼をばたつかせながらルウリアに向かって飛んで行った。

「囮になる気なのか?危険すぎる!」
ロイが心配して目で追って行くと・・・

「あら?」
ルウリアは目の前にやって来たロックバードに気がついた。

「ねえ、ロイがどこに行ったか・・・知らない?」
ルウリアの問いにロックバードは『知らない!』とでも言うかのように首を振り・・・
尻尾でロイの潜む洞窟を指差した!

「あの裏切り者・・・!!」
瞬間、ルウリアと視線があった。

「ローーーーーイーーーーー・・・そんなとこに隠れてたのね!」
ニヤリと笑ってルウリアは立ちあがった。
彼女の身の丈は更に倍の高さになった。
ズシン、ズシン!・・・・・ズシィン!
途中の岩山を軽々と一跨ぎし、たった3歩で彼女はロイの潜む岩山の前に来た。
ロイは一目散に洞窟の奥へ駆け込んだ。

「この洞窟なら狭くて今の彼女なら指一本入らない・・・ハズだ。」
しかしロイもそれくらいで楽観できるような相手ではないことは知っていた。

「もーおー逃がさないんだからネ!」
ルウリアは山の左右に両腕の指先をめり込ませ、両足を踏ん張った。
メキメキメキ!
岩が砕け、引き裂かれる音が空気をつんざいた!

「ウワァァツ!」
洞窟の壁の両側に水平方向の亀裂が走り天井から大粒の石塊が降ってくる!
砂煙が濛々と立ちこめ、視界が閉ざされ息もできない!

「・・・・・?静かになったな。」
ロイは立ちあがった。洞窟の天井は、というより山の上半分が持ち上げられてなくなっている。
土煙がおさまってくると、周囲の景色が少しずつ見えてきた。

「ルウ?何処へ行ったんだろう?」
たった今まで洞窟の前にいたルウリアの姿が見えない。
あんな超巨体では隠れる場所などないはずなのに。

「小さくなって隠れているのかな?」
山のふもとの方を見下ろしてみたが何の気配もない。
ふと妙な気がして海の方を見た。
かなり離れた海上に柱が・・・巨大な柱のような物が突き出している。

「何だ、あれは。あんな物なかったはずだぞ?」
月明かりに照らされた柱は丸みを帯びた緩やかな曲線で上の方がやや太くなっていた。
下の方、海面付近の細い部分でさえ小さな島くらいはありそうな太さだ。

「?反対側にも?」
島の反対側を見ると、やはり同じような柱が海から突き出している。
目でその柱を追って行くと、海面からずっとっずっと伸び、雲の高さに達し、やがて頭上で・・・

「ブッ!?」
ロイは見た。彼のちょうど真上、月に届く空の高みに、今しがた彼自身が『開通』した『トンネル』を!
ルウリアは消えたのではなかった。さらに巨大化しつづけ島を跨ぐほどの大きさに達していたのだ!
ルウリアの唇がパクパク動いた。数秒遅れで振動を伴う大きな声が降ってきた。

「ロ・イ・君、花嫁をほったらかしにした罪は重いわよ!」
背中の羽が月の光を乱反射しながら軽やかに羽ばたいた。

グオォッ!
空気が渦巻いた。

「うわぁっ!た、竜巻か!」
吹き飛ばされそうな突風の中でロイは何十もの竜巻が生まれるのを見た。
ルウリアの羽ばたきひとつで起こされた竜巻群が島中を駆け巡った。

「ルウ姉様!だめだわ、とても近づけない。」
エミリアもかなりの精霊力を持ってはいるが、彼女でさえ島には近づけなかった。

「きゃぁぁぁ・・・・ひぃぃぃぃ・・・・ほえぇぇぇ・・・・」
小さな妖精・ラミラナは風に吹き飛ばされ目を回しているだけだ。

「うーーーーーむ、我が娘ながら派手じゃのぉ・・・」
ロックバードだけは吹きすさぶ烈風の中でも変わらず酒をチビチビやっていた。

「うわぁぁぁ・・・・・」
岩にしがみついていたロイも持ち堪えられなくなり、空中に吹き上げられていった・・・

いくつもの竜巻がぶつかり合い、数本がひとつにつながり、縒り合わされてひとつの巨大竜巻になっていった。
大竜巻は蛇のようにルウリアの肢体に絡みついた。
足首から太腿に巻きつき、背中を這いあがり、首まわりを一周した。
それから突き出した乳房の間を流れ落ち、臍の上を通過して両足の隙間に潜り込み、そこで消えた。

「と、ゆーわけで!ロイ君はルウちゃんの中で無期懲役でぇー・・・す・・・・」
酔いが完璧にまわった。ルウリアはグラリとふらついた。

ズゥッシィィーーーン・・・・・

ゴオォォォ・・・吹き荒れる突風にロックバードも吹き飛ばされた。
ザザァァァ・・・全島が揺れ砕け、ラミラナは海に投げ出された。
ドドォォォ・・・エミリアは自分の背丈を遥かに越える大津波に押し流された。
島はルウリアの尻に完全に覆い尽くされ、潰され、海に沈んだ。
後には大海原のまっただなかで大いびきをかいて眠りこけるルウリアだけが残された。

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■ 第4章・愚か者たちへの報い
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「親分!津波がきますーーー!」
「親分じゃねぇぇぇ!伯爵様だぁぁぁ!」
ハラグールたちが乗ったボロ船はルウリア転倒の際の大津波に呑まれようとしていた。
高さ2リムル以上の大津波は既に船尾に迫っていた!

「逃げ切れませーーーーーん!」
「もーおー駄目だぁーーー!」
船体が大きくかしいだ。こんなボロ船など一瞬でバラバラだろう!
だが、波に砕かれようとした瞬間に奇跡が起こった。
フワリと浮き上がるような感覚がしたかと思うと、傾いていた船体が元に戻った。
そして船は静寂に包まれたのである。

「なんだ?どうしたんだ?」
船員たちは海面を見下ろした。
海面は遥か下、高い山から見下ろしているほどの距離にあった。

「やれやれ、貴様等に構わなければあんな津波など我が力だけで消し去れたものを!」
間近で女の声がした。
船首の方を振向くと巨大な女の顔があった。
かなりの美人でルウリアによく似ていたが、ものすごい目でハラグールたちを睨んでいる。

「娘の婚礼の夜を血で汚すわけにもゆかぬ故、貴様等を助けたが・・・
このままでは周辺の島や沿岸の町まで津波に呑まれてしまう。
・・・・・仕方ない、アクア殿お願い致します。」
「お任せ下さいな、エルリア。」
海の底から優しい声が応えた。

5本の白い柱が海面から、音もなくスッと現れた。
太さだけで小さな島ほどもある柱は海面にさざなみひとつ起こさずに海面から突き出され、音一つたてずに天に向かって伸びて行く。
それらは柱でなく指だった。
天に向かって何処までも伸びて行く腕は透き通るほどに色白で美しい。
まるで夢か幻のようだが、幻でない証拠に指先に触れた雲は散り散りに分解して消えた。

「止まれ・・・」
穏やかな声の響きで世界を呑みこむかに見えた大津波が凍結したかのように停止した。

「鎮まれ・・・」
優しい声の一言で山のような大津波はサラサラと崩れ、静かな夜の海が戻った。
巨大な腕はユックリと海中に戻って行った。

「お手数をおかけしました、アクア殿。なにぶんお転婆娘ゆえ・・・」
「あらあら、エルリア殿。貴方の若い頃に比べれば随分大人しい方だと思いましたが・・・」
「御戯れを・・・」
エルリアは顔を赤らめて黙ってしまった。身に覚えは・・・・・かなりあった。

「では、エルリア殿。この海域は封鎖致しました故、ご心配なく・・・」
「かたじけない・・・」
エルリアは海に向かって一礼した。それから手にしたボロ船を睨んだ。
伯爵たちは恐怖のあまり身動きもできない。

「我が娘の婿を狙ったばかりか、いらぬ手間をかけさせおって!消えうせるがよい。」
片手で無造作に船を放り投げた!

「たーーーすーーーけーーーてぇぇぇーーーー・・・・・・」
船は船員たちの絶叫を残して水平線の向こうまで飛んで行った。
数日後、大陸中央部の夏でも雪を頂く高山地帯の山頂で、難破船の残骸の中で飢えと寒さに震える遭難者たちが発見されたという。

**********

「ここは・・・どこだ?」
ロイは暗闇の中で意識を取り戻した。
竜巻に巻き込まれたところまでは覚えているのだが、その後、気を失ってしまったようだ。

「くぅ・・・とっと・・・」
立ちあがろうとしてぬかるみで足を滑らせた。
足下の感じが何かおかしい。岩や土ではなく何か・・・柔らかな・・・暖かくて・・・
まるで巨大なナメクジかカタツムリの背中にでも乗っているようだ。
立って歩くことさえ難しい。

「参ったな、頭がガンガンするよ。ルウのやつ随分暴れたな。そうだ!ルウ!」
少しずつ聴覚が戻ってきた。

ドクゥン。ドクゥン。
まるで雷鳴のような規則正しい音が柔らかな床と壁を振動させている。

「ルウ?ルウ!どこだ!」
暗闇の中に返答はなかった。

**********

「さて・・・娘に少しは母親らしいこともしてやらねば・・・」
エルリアは眠り続けるルウリアの上空にやって来た。

「我が娘ながら・・・大した成長振りというべきなのでしょうかねぇ・・・」
呆れながらも感心した口調でエルリアは大海原に寝そべる娘を見下ろした。

「100・・・いや500リムル(50km)はありそうね。」
ルウリアの体は妖精としても常識外れの大きさに達していた。
見事な脚線美は広範囲な群島を軽く一跨ぎ。
豊満な乳房は文字通りの大山脈となり、乳首には雲がかかっている。
島をひとつお尻でぶっ潰した妖精などエルリアも聞いたこともなかった。

「ルウリア、起きなさい。」
つとめて優しく、エルリアは我が子に呼びかけた。
・・・反応なし。

「早く起きなさい。お寝坊さん・・・」
「・・・・・むにゃむにゃ・・・もうちょっと・・・」
「・・・・・あのね、ルウリア・・・」
「フフフ、ロイったら・・・だーめーよぉ・・・」
幸せそうな寝言を洩らすルウリアの寝顔を見ていたエルリアの額にピクッと青筋が浮いた。
天を指差したエルリアの指先に銀色に光るリングが現れた。

「とっとと起きなさい!このねぼすけ娘!」
ドカーン!
怒声一発、ルウリアの顔面で大爆発が起こった!

「きゃっ!なによ、なにが・・・あれ?ママ、なんでこんなトコにいるの?」
「寝ぼけてるんじゃありません!大切な夜だというのに・・・」
いきなりの母親の怒声にルウリアはビクッとして沈黙してしまった。

「そんなに怒んなくてもねえ、ロイ・・・ロイ?どこにいるの?」
ルウリアはロイを探したがあたりは一面の暗い海。夫の姿は見当たらない。

「心配はいりません。ロイ殿は貴方とずっと一緒にいますから・・・」
「一緒ってどこよ?どこにもいないじゃない?」
そこまで言ってルウリアは自分が体験したことがないほどに巨大化していることに気づいた。
そして、さっきまでいた島が自分の尻の下で陥没していることも・・・

「ロイ?!まさか私・・・貴方を・・・」
「ご安心なさい。ロイ殿は怪我一つしていません。ずっと貴方と一緒にいらっしゃいます。」
蒼白になったルウリアを安心させるように、エルリアは優しい声で答えた。

「で、でも、何処にも・・・」
「説明する前に、済ましておかなければいけない事があります。」
エルリアの指先から二筋の光が発せられた。
光はサーチライトのように海面の二箇所を照らし出した。その中に浮かびあがった姿は・・・

「エミリア!」
「は、ハァーイ、ルウ姉様、お元気?」
海面から首だけ出したエミリアは笑って誤魔化そうと無駄な努力をした。

「貴方が、なぜここにいるのよ!それにそっちは・・・ラミラナ?!」
「ルウちゃん、ごめなさいです・・・・・」
こっちは木の葉の上に乗っかって、がっくり首をうなだれている。

「それから貴方もです!」
エルリアは何もない空中で何かを捕まえるような仕草をした。

「痛い、痛い!エルリア、放してくれ!」
エルリアの指の間に一匹のドラゴンが姿をあらわした。
エルリアの夫にしてルウリアとエミリアの父、ロックバードである。

「パパ!帰ったんじゃなかったの?!」
「い、いや、その・・・」
問い詰める娘にしどろもどろに弁解する父親。

「ルウリア、貴方はしばらく黙ってなさい。」
まだ何か言いたそうなルウリアを制してエルリアは海上の二人の方を向いた。

「まず、ラミラナ。私は依頼の時にはこんな大騒ぎにしてくれとは言わなかったはずですね。」
「申し訳ありませぇん・・・」
ラミラナは小さな体をさらに縮こまらせた。

「これでは、『愛の守り神の祠』の推薦状は書くわけにはいきませんね。」
「ううっ・・・」
ラミラナは泣いていた。脳裏に浮かんでいたお菓子のお城は音を立てて崩れて行く・・・

「ですが、全て貴方の責任とは言えないのも事実です。
推薦状は出せませんが代わりに、貴方のお母様の神殿で実務を担当できるよう取り計らいましょう。」
「えっ!本当ですか?」
ラミラナの顔がパッと輝いた。
神殿での実務担当は愛の妖精『見習い』から『正式採用』への昇格を意味する。

「早速、神殿へ向かいなさい。お母様がお待ちですよ。」
「ハイ!」
エルリアの優しい言葉と優しい微笑みにラミラナは天にも昇るような心地で返事した。
蝶々のような虹色の小さな羽を広げ、夜の海の上へ浮かびあがる。

「では、すぐに神殿へ行きます!ありがとうございました!」
「よかったわね、ラミラナ。途中まで私が送ってあげるわ。」
エミリアも羽を広げて飛び立とうと・・・したのだが。

「待ちなさいよ、コラ!」
険悪な声が呼びとめた。同時に羽を巨大な指先がつまんで引っ張った。

「いたたたっ!痛いわ、ルウ姉様!」
「逃げようたってそーはいかないわよ!大体なんでアンタがここにいるのよ?」
エミリアの巨体すら羽虫のように摘み上げるルウリア。

「いえ、その、ルウ姉様が心配で・・・決して初夜を見学しようなんてつもりは・・・」
「・・・・・!の・ぞ・い・て・た・の・ね!」
「あああ、姉様恐い・・・」
ちょっとした島くらいの広さの巨大顔面に詰め寄られては無敵の妖精のエミリアだって恐い。
ましてや噴火直前の火山みたいに激怒している姉の顔となれば恐ろしさも尋常ではない。

「ルウリア、それくらいにしておきなさい。」
「でも、ママ、こいつったら・・・」
「処罰は私の仕事です。」
エルリアはピシッと言いきった。

「しょ、処罰?そ、そんな・・・」
エミリアはマジでビビっていた。
自分の母親の最大級の怒りがどんなものかは物心ついたころから嫌というほど体験していた。

「エミリア、つまらぬ手出しをした罰として魔力の一部封印の上、辺境警備を命じます。」
「辺境警備!?それは勘弁してよォ!!(泣)」
辺境警備、それは単独で妖精界を離れ、地上界で現地在住の妖精のもめごとを調停したり、地上を荒らす雑魚魔族を追い返したり、危険な遺跡に近づく人間を追い払ったりする重要な仕事である。
と言えば聞こえはいいが、人間界で言えば「部下なし予算なし装備なし権限なし」の左遷にあたる。

「ねー、お母様〜!恋人もつくれないよーな辺境だけは勘弁・・・」
「(怒)・・・加えてスニオン岬の懲罰洞窟に30日間の禁固刑!」
「ひえっ?!」
ガシャン!
エミリアのまわりに金属製の檻が実体化した。

「あ〜!あんまりよォ!ルウ姉様もなんとか言って下さい。」
「達者でね、エミリア。」
とっても冷たい返事をすると、ルウリアは檻をピンと指先で弾いた。

「キャーーー・・・・・」
ピューーーっと飛んでった檻はすぐに見えなくなった。

「さて、残ったのは娘におかしな酒を飲ませた・・・」
エルリアは十分の指先につまんだドラゴン・・・の姿を借りた者をジロリと見た。

「ろくでなしのパパだけね・・・」
ルウリアも、ものすごーく刺のある言い方をしていた。

「いや、わしはな、ただ・・・娘の大切な夜が確実に・・・ぐえぇぇぇっ!」
無言のエルリアが指先に力を少しこめたらしい。

「あら、ごめんなさい。久しぶりにアナタに会えたものだからつい嬉しくて・・・」
「グエェェェ・・・」
実ににこやかな顔ではあったが手の筋肉はプルプル震え、怒りの激しさを物語る。
「2レムル、いえ3レムル(約300年)ぶりだったかしら?
大変よねえ、妻も娘もほっぽっといての単身赴任も・・・」
「・・・シ・死ぬ」
ロックバード、妖精界で最も切れ者と呼ばれ『女王陛下の切り札』として恐れられる妖精戦士も妻と娘の前では地上最弱の男に過ぎなかった。

「アナタには後でゆっくり相談したことがあります!しばらく大人しくしてて貰いますわ。」
「うわわ!エル、ちょっとタンマ!」
エルリアは聞く耳もたなかった。
薄く紅を塗った唇の大きく開けると、その中へドラゴンの姿をした自分の夫を放り込んだ!

「わぁぁぁ・・・・・」
ゴクン。
「ふううう、用が済んだら出してあげるから胃の中で暴れないでね。」
胃のあたりをさすりながらエルリアはようやくルウリアの方を向いた。

「さあ、ママ!話の続きよ、ロイは何処にいるのよ?」
エルリアは黙ってルウリアの腹部を指差した。
ルウリアの顔がサッと青ざめる。

「あたしの・・・お腹?まさかあたしロイを食べて・・・」
「いいえ違います。その、なんと言うか、受け入れた、とでもいえばいいのか・・・」
エルリアも少し顔を赤らめて、表現に困っているようだった。

「?・・・意味わかんないよ!・・・アッ?!」
ルウリアは思わず声を洩らしていた。
痛みとかではない、むしろ稲妻が走るような感覚が下腹部に走った。
まるでロイに抱かれていた時のような・・・
自分の体の内側で小さな何かが、とても小さな虫か何かが動いたような気がした。

「ロイ殿もお目覚めになられたようね。」
「ロイ?なんなおよ?さっきから何ワケわかんないコトいってんのよ!」
「ええい!はっきり言いましょう。ロイ殿はそこから貴方の体の中に入っていったのです。」
エルリアはルウリアの腹部を差していた指先をさらに下げた!

「・・・・・・・・!!」
意味を正確に理解した瞬間ルウリアは恥ずかしさに全身真っ赤になった。

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■ 第5章・小さな冒険者
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「分からない、ここはどこなのだ?ルウは何処にいるんだ?」
完全な暗闇の中でロイは呟いた。
生暖かい空気と、まるで軟体動物の上に載っているかのような地面。
ネトネトした液体で覆われたツルツルと柔らかな不思議な岩の感触。
遠くから響くドクンドクンという規則正しい音。

「まるで巨大な化け物の口の中にいるような感じだが・・・」
だが口の中にしては牙もなく舌もない。
呑み込まれたとするなら時間経過からしてロイの肉体は骨も残さず解けてしまっているはずである。

「かなりまずい状況だな、丸腰・・・というより丸裸だしな。」
ロイは人間界で屈指の剣士、というより妖精界・魔界・ドラゴン界を含めても5指に入る剣士なのだが、今は剣はおろか鎧も服も下着すら身につけていない。
とはいえジッとしているわけにもいかない。とりあえずルウリアを捜し出し合流しなければならい。

「おーーーい!ルウ、聞こえるかぁーーー!」
怒鳴りながら柔らかな壁をピチャピチャと叩いてみた。

ズズズズズ!
「ウワァッ!」
いきなりの大地震がロイを襲った!
地面が海原のように波うつ!
生ぬるい液体が雨のように叩きつけられる!

「やはりただの洞窟ではないな!」

**********

「あっ・・・ウッ・・・・・」
体の奥からの微妙な刺激がルウリアの繊細な部分を走る。
母親の前であることも忘れてつい、身をくねらせる。

「あらら、旦那様は頑張ってるわね、いいわねー、若いって・・・」
エルリアの口調は先ほどまでとはうって変わった、くだけた話し方になっていた。

「か、からかわないでよ!なんなのよ、これ?さっきから・・・」
「なんなのって・・・ロイ殿よ、当たり前じゃない。」
「ええっ・・・・・じゃあ、やっぱし・・・この中に?」
ルウリアは再び真っ赤になって自分のその部分を凝視した。

「こんなコトになっちゃうなんて。どうしたらいいのよ、初夜なのにぃ・・・」
途方にくれるルウリアだが、エルリアは不思議そうにこう言った。

「どうって・・・別におかしいコトはないわよ。」
「で、でも夫を吸いこんじゃう妻なんて・・・」
「そんなの・・・・・」
当たり前の愛し方だ、と言いかけてエルリアは口をつぐんだ。
体の大きさを自在に変えられる妖精たちにとって、女性が男性を自分の中へ吸いこんでしまうのは珍しいことではない。
事実、エルリアの部下の中にも職務中に恋人を胎内に隠し住まわせていた者もいて厳重注意を与えたこともある。
エルリア自身も結婚後、何度も夫・ロックバードを自分の奥深くまで探検させては楽しんだ。
だが、そんな当たり前のことさえ娘たちには教えていなかった。

「そうね、私は母親として・・・」
ルウリアたちが生まれたばかりの頃、エルリアは親衛隊の隊長に任命されたばかりで激務に追われていた。
夫も極秘任務で妖精界に不在のことが多く、やむを得ず知り合いの老木の精霊に二人の娘を預けていた。
二人ともお転婆ではあったが素直なよい娘に育ってくれたが・・・
女性として教えるべきことを教えなかったのは自分の怠慢だった。
だが、今になって悔やんだとて仕方なかった。

「とにかく貴方の旦那様を誘導してあげるのよ。」
「どーっやってよ?」
エルリアは黙って両手をかざした。
小さな光の玉が手の平の前に生まれる。

「さあ、ルウリア、同じようにやってごらんなさい。まず光の粒を集めて・・・」
「こ、こう・・・?」
ルウリアの指先にも不安定に明滅する光の球が生まれた・・・

**********

「なんだ、あの光は?」
ロイは目を凝らした。チカチカと点滅する光る球体がユラユラしながら空中に浮かんでいる。

「おおい!誰かいるのか?」
声をかけると光球は停止した。それからスーッと滑るように移動してくる。

「人・・・ではないな、妖精でもなさそうだが。むっ?」
ロイの前に来ると光球は停止し明るさを増した。暗闇は一転して昼間の世界になった。

「ここは・・・」
小さな太陽に照らし出された『洞窟』の内部をロイはようやく見ることができた。

「・・・・・美しい・・・・・」
ロイはそれっきり言葉を出せなくなった。
傭兵として活躍していた頃は洞窟に潜入することなど珍しくはなかった。
危険な魔物が潜む洞窟。伝説の宝が眠る洞窟。
古代遺跡を透明な岩に閉じ込めた鍾乳洞の美しさに時がたつのも忘れたこともある。

・・・・・だがそれらも、目の前の洞窟の美しさに比べればなんとつまらぬ美であろうか。
大理石のようになめらかな桃色の岩の連続は、巨大な真珠のように輝き!
滴り落ちる水滴はダイヤモンドの煌きをはなつ。
あちこちで水音が音楽を奏で、暖められた水面からは霞みが立ち昇り、光を乱反射して虹を生み出す。
美を越えた神秘がそこには存在した。

光球がユラユラ揺れて再び動き出した。
まるでロイを誘導するかのように。

「こちらへこい、と言うことか。」

**********

「未熟者。」
「・・・分かってるわよ。」
エルリアの厳しい一言にルウリアはムッとなった。

「不器用。」
「・・・・・」
今度は黙り込んだ。

「この術はね、光の粒子を集めて自分の姿の分身を作って恋人を誘導する術なのよ。
本来なら自分の体の中をモニターしながら胎内の恋人と会話もできるという高度な魔法なのよ!
それが・・・不細工な光の玉を作っただけで会話も満足にできないの?」
自分の娘のあまりの不器用さにエルリアは呆れていた。

「エミリアと違って魔法は苦手なんだもん・・・
そ、それにロイが動くたびに・・・あ・・・あん・・・」
ロイが一歩歩くたびに微妙な刺激と快感がルウリアの中を走る。
それが精神の集中を妨げるのだ。

「なんでこんなに感じるの?人間サイズだったときはここまでは・・・う・・・ん・・・」
「巨大化しすぎたせいね。」
エルリアは考え込みながら答えた。

「巨大化・・・し過ぎ?」
「私たちはね巨大化すればするほど『内側の感覚』が鋭敏になっていくのよ。」
「どうして?!」
「だって、そうでなきゃ・・・愛する人の居場所が分からなくなっちゃうじゃない。」
エルリアはこともなげに答えた。

「とくに今の貴方は規格外れに巨大化してるから感度が限界超えちゃったのよ。」
「じゃあ、もう少し小さくなれば少しはおさまるのね?」
だがエルリアはく日を横に振る。

「いいえ、ダメダメ!体の大きさを今変えるのは危険だわ。
貴方の中に入った旦那様が大きさの変化に巻き込まれちゃうでしょ?」
「うっ・・・」
エルリアの指摘にルウリアはグウの音も出なかった。
確かに微妙な動きでさえ内部のロイにとっては地殻変動並みの脅威となるだろう。

「とにかく我慢よ、我慢!誘導することだけに集中しなさい。」
「で、でもぉ・・・分かった、我慢する・・・」

**********

「風だ・・・外が近くなってきたのか?」
ロイの頬を冷たい夜気が撫でた。前方に目を凝らしてみた。
盛り上がった粘膜状の岩の間から前方の壁に裂け目が見えた。
ヌラヌラした壁面を縦一文字に遥か頭上まで亀裂が入り、わずかながら月明かりが洩れてくる。

「外だ!ルウのことが心配だが、今はここから脱出することを考えねば!」
ロイは裂け目に向かって這い進んだ。

**********

「ルウリア?あなたもしかして・・・外へ連れ出そうとしているの?」
「もしかしなくても、そうに決まってるじゃない!」
術の制御だけで手一杯のルウリアはエルリアのガッカリした様子に気がつかなかった。

「ふぅ・・・ま、初心者じゃしかたないか・・・」
なぜかエルリアはすっかり気落ちしたようだ。

「どーゆー意味よ、ママ?」
「あなたたちはまだまだ、ってことよ・・・」
「?と、とにかく今はロイをあたしの外へ・・・?!な、何!」
ルウリアの体に何か妙な感覚と緊張、そして痙攣が走った!
同時に・・・膣口付近まで近づいていたロイをこれまでで最大の大地震が襲った!

「ウォッ!今度の揺れはでかいぞ!」
ロイは慌てて近くの突起にしがみついた。

「ア!ダメ!そこは・・・」
ルウリアは思わず身を震わせた。
島よりも巨大な肉体の痙攣は海面をザワザワと波立たせ、海底を激しく揺さぶった。

ゴゴゴゴゴ・・・・・
「ま、まずい!出口が・・・閉じる!」
ロイの目前で亀裂のような『洞窟』の出口はゆっくりと閉じて行く!
駆けだそうにも柔らかな床、生暖かいぬかるみ、激しい揺れに阻まれて進めない。

ゴウン・・・
洞窟の入り口は大音響を立てて閉じられた。
ロイは裂け目に腕を突っ込んでこじ開けようとしたが、もはや人間の力では開きそうにない。

「完全に閉じ込められたわけか。」
窮地に追い詰められたロイではあったが冷静さは失わなかった。
幾度も死線を越えてきた彼は決して取り乱すことはない。
・・・もっとも自分の居場所がルウリアの秘所の内側だと知れば冷静ではいられなかったろうが。

「あー!?閉じちゃった!」
ルウリアは自分の秘所を覗き込んで素っ頓狂な声を上げた。
船一隻くらい指先に乗せられるような巨大な指で、堅く閉じられた『門』を押し広げようとした。

「あ、開かない・・・何故なの?」
指先にいくら力を入れても『門』は開くことを拒んだ。
そんな娘の狼狽ぶりをエルリアは嬉しそうに見ていた。

「まあ、よかった・・・今夜はグッドタイミングだったみたいね。」
エルリアは嬉しくて嬉しくてたまらない、という感じでそう言った。

「ぐ、ぐっど・たいみんぐぅ?なんなのよ、それ?ロイはどうなっちゃうの?」
「慌てない、慌てない。これはね、ルウちゃんの体がロイ殿を『まだ帰せない』って言ってるの。」
「あたしの体が?」
「心配しなくても用事が済んだら外へ出られるわよ。」
「よ、用事?」
混乱するルウリアを虫してエルリアはルウリアのヘソの少し下に着地した。
娘のお腹の上で膝をつき、手の平を広大な腹部に押し当てた。

「ロイ殿、聞こえますか?」
妙に優しい猫撫で声でエルリアは呼びかけた。

「その声は・・・エルリア様!」
返事がルウリアのお腹の中から返ってきた。

「ロイ!無事・・・」
「シッ!ルウリア、あなたは黙って!話がややこしくなるから・・・
ご無事でしたか、ロイ殿。」
「ええ、なんとか。それにしてもここは一体どこなのです。いや、それよりルウリアは?」
ロイの声には戸惑いと焦りがあった。

「詳しい説明をしている暇はありませんが、貴方のいる場所は『神秘の洞』という洞窟です。」
エルリアは真面目くさった顔で、でまかせを言った。

「ママ?なによ、それ・・・」
「シッ、静かに・・・そうゆう呼び方も本当にあるのよ!」
「エルリア様、そちらに誰か他にいるのですか?」
ロイにはエルリアの声しか聞こえなかった。

「いえ、なんでもありません・・・実はルウリアが大変なことになっているのです!」
「えっ!」
「事情を説明する余裕はありません!急いで救出して欲しいのです。」
「分かりました!しかし・・・丸腰も同然のこの状態では・・・せめて武器のひとつでもあれば・・・」
「あら、武器なら立派なモノがお腰に・・・い、いえ、なんでもありません。」
ルウリアがものすごい形相で睨んでるのに気がついてエルリアはちょっとビビッた。

「は、はぁ?で、どうすれば・・・」
「洞窟の奥へ進めるだけ進んでください!一番奥へ到着すれば・・・」
「到着すれば?」
「やるべきことはおのずと分かります!」
「は?はぁ・・・」
要領を得ない返事であったがルウリアのことが気がかりだ。
とにかく進むしかなさそうだった。

「どーゆーつもりよ、ママ!」
怒り出すルウリアをエルリアは無視した。

「では娘をよろしく頼みます、婿殿。」
「はい!」
気合の入った返事がルウリアの中から響く。

「いつのまにか婿殿って呼んでる・・・」
ルウリアがジト目でエルリアを睨んでいた。

「別に悪ふざけしているのではありません。婿殿が貴方の体の中から脱出するには一番奥まで進む必要があるのです。」
平然とエルリアは言いきった。

「だからなんでそーなるのよ!」
「いいですか、ルウリア。奥まで到達すれば全てが分かります。
今は婿殿を無事誘導することだけを考えなさい!」
「・・・・・はぁい。」
ルウリアは渋々、母の言葉に従うことにした。今は信じるしかないのだ。

「では、私はこれで帰ります。」
「えっ?あたしを一人で放り出していく気?」
「一人じゃないでしょ。それに新婚さんをこれ以上邪魔するほど野暮じゃないわ。」
「で、でも・・・」
「・・・・・もう、甘えんぼね。」
娘の心細い顔を見たエルリアは懐から一冊の古びた書物を取り出し、投げた。
ルウリアの手の平に落ちたその本は見る見るうちに大きくなり、ルウリアの体のサイズに合わせた拡大された。

「貴方の知るべきことは全てその書に記されています。」
「ママ・・・」
「では、後は婿殿とゆっくりと楽しみなさい。おやすみなさい、愛しきルウ。」
「ママ!」
エルリアの姿は眩い光に包まれ、一瞬で虚空へ飛び去った。

「ママ・・・・・手抜きするなってゆーのよ!(怒)」
怒るルウリアの手に残された書、『家庭の医学・第3版』しかも古本・・・
子供の性教育に手を抜いてはいけない・・・

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■ 第6章・身近な『迷宮』
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「ふうぅ・・・奥へ進め、とはいうものの、大変だよ。」
ロイは額の汗を拭って呟いた。
光球に照らされて視界は良好だが、足場が悪すぎる。
クッションを幾つも重ねたようなやわらかな床は歩きにくく、腰まである温い粘液の水溜りや不安定に揺れる足場が行く手を阻む。

「この右腕の『守り蔦』がなければ密閉された洞窟で窒息していたかもしれないな。」
ロイは自分の右腕をさすった。正確には右腕の義手の形をした蔦の束だった。
一見、普通のつる草だが、少年時代に失われた右腕の代わりにルウリアが植え付けた妖精界の植物だ。
宿主の危機に反応し、宿主を守るために様々な変化をする。
現在はロイが窒息しないように彼の肺の中に枝を伸ばし、空気を浄化して供給していた。

「ルウのおかげで命拾いしたな。」
危機に落とし入れてくれたのもルウリアだったわけだが。

「それにしても先はまだ遠いのかな?」
ロイはひょいと伸び上がって前方を見た。光も届かない闇が見えただけだった。

「ウッ・・・ク・・・・・」
ルウリアは必死に内側からこみ上げる快感に耐えていた。
ロイが一歩進むたびに針のような小さな快感が頭にまで響く。

「な、なんとか持ち堪えなきゃ・・・今、感じちゃったらロイが、あ、危ないし・・・」
今、快楽に身を委ねてしまえば、中にいるロイはどんな危険な状態になるか分かったものではない。
とにかく光球をちゃんと操作し、ロイを安全に誘導するのが重要なのだ。

「ああ、で、でもぉ・・・ん、ん。」
ルウリアの先進がうっすらと紅にそまり、全身から大量の汗が滴り落ちて海面に何千という波紋を起こす。
絶え間なく押し寄せてくる快感のさざなみはゆっくり確実にルウリアを追い詰めていた。

「ここは?」
ロイは声を張り上げた。

「ここは、さっき通りすぎた場所じゃないか!」
洞窟内は同じような岩が続いてはいた。だが目の前の突起には確かに見覚えがあった。
さっきの揺れの時にしがみついた突起だ。

「えっ?嘘!やばい!」
ルウリアも焦った!

「本さかさまだったぁ?!」
エルリアから託された本『家庭の医学・第3版』の解説図を見ながら誘導していたのだが・・・
途中から本をさかさまに持っていたことに気がついていなかったのだ!

「くそ、騙されたのか?」
バキッ!ロイの怒りの拳が目の前の肉の突起に叩きつけられた。

「ヒィッ?!」
稲妻のような感覚がルウリアの下腹部の奥から脳天までを一気に貫いた!
ルウリアがやっとの思いで保っていた理性は一撃で吹き飛んだ。

ゴゴゴゴゴゴ!
「し、しまった!刺激してしまったか!」
ロイをこれまでで最大の大地震が襲った!
滑らかな粘膜の床は大きくうねり、洞窟全体が激しく収縮と拡張を繰り返した。
ザァァァッ!
透明な粘液が豪雨となって天井から降り注ぐ!
ドドドドドォッ!
四方の肉壁からも染み出した液体が鉄砲水となってロイに殺到した。

「クゥッ!」
不安定な足場をものともせずロイは跳躍した!
一瞬の差でロイがいた半球状の肉の隆起は湯気を上げる液体に水没した!

バッ!
鍛え上げられた見事な体術で隣の突起に着地する。だが!

「ア!アアアーーー!」
彼の激しい動きがルウリアの身に新たな快感を呼び起こした。
ルウリアは思いきりのけぞり、声を上げた。
声は大気を激しく振動させ海の表面で広範囲に水泡が弾け、上空の雲が分解消滅した。
人魚の長・アクアが施した空間封鎖がなければロマリア大陸全土の住民の鼓膜が破られていたであろう。

「ウオッ!?」
壁と地面が急速に真紅に染まり、ボンッと膨張した!
押し潰されそうな圧力の隙間を、ロイは迫る肉壁の反動を利用して間一髪逃れた。

「ロ・ロイ・・・あたし、もう・・・」
ルウリアの巨大な手が近くの小島を掴んだ。
巨大な指が鉤のように曲がり、岩だらけの島の岩盤へと食い込み、脆い土器のように握り潰した。
大山脈に匹敵する質量を備えた乳房が激しく上下する度に、小さな竜巻が発生して海面を乱舞した。
広大な海域はルウリアひとりの為に姿を激変させていった。

「しまった!」
着地体勢を崩したロイが叫ぶ。
ただでさえ滑りやすく不安定な足場が水量を増した洪水でさらに滑りやすくなっていた。
連続しての跳躍と着地には無理があった。

「うわぁぁぁ!」
ロイは粘膜の斜面をツルツルと滑り落ちて行った!
バシャァーーーン!
暖かな液体は彼を無傷で受け止めた。だが幸運はそこまでのようだった。
津波のように押し寄せる愛液の洪水が彼を襲った・・・

***********

「はぁはぁはぁ・・・は・・・ぁ・・・」
ルウリアは虚ろな目をなんとかこじ開けた。
自分の内側から吹き出した激しいエネルギーの余韻はまだ残っていたが、なんとか理性は戻ってきた。

「あちゃーーー、やっちゃたわ・・・」
ルウリアは思わず頭を抱えた。
月明かりに照らされた海は表情を一変させていた。
近くにあった島は全てルウリアの体の下敷きになり海面下に没していた。
無事な小島も津波に洗われて木も草も失い、岩が剥き出しになっている。
ついさっきまでロイとルウリアがいた島など岩礁さえ残っていない。

「あっ、そうだ!ロイは?」
ルウリアは両手を向かい合わせた間の空間を見た。
そこには誘導光球の捉えた自分の胎内の映像が手の平の間に映し出されていた。

「ロイ、ロイ!どこ?」
映るのは水浸しとなった粘膜。なおも蒸気を吹き上げる肉襞。急流のように流れる愛液の川。
愛する夫の姿はどこにも見えない。

「ロイ!おお、ロイ!無事でいて・・・」
ロイの姿を必死に探す光球の視界が開けた。
雄大な大河を思わせる透明な愛液の流れの上に出たのだ。

「・・・・・ロイ!よかった、無事だったのね。」
川面から霧のように立ち上る湯気の隙間から船のような影が見えた。
接近してみるとそれは船に匹敵するほど大きな木の葉だった。
その上にロイは胡座をかいて座っていた。

「やれやれ、参ったなァ。またこいつに助けられたよ。」
巨大な木の葉の船は彼の右腕の『守り蔦』から生まれた物だった。

「陸上を進むのは危険だな。となるとこのまま川を進むか。」
そこでロイは言葉を切った。

「しかし・・・どちらへ向かえば、おや?」
ロイはあたりをキョロキョロ見まわした。

「何か聞こえたと思うんだけど・・・呼び声だったような?」
そして緩やかな川の流れの上流に目を向けた。

「確かあちらの方からだったと思うんだが。行ってみるか!」
ロイは自分の右手に目をやった。小さな若芽が指先に出た。
若芽は急速に成長し、ロイの身長の倍くらいに長く伸びた葉となった。

「では行くか!」
長い葉を櫂の代わりにしてロイは木の葉の船を漕ぎ出した。

「ふう、一時はどうなることかと思っちゃった。
このまま水面を進んでくれれば、あたしもコレ以上感じなくてすみそうだし。」
ルウリアの操る光球もロイの後を追って行った。

**********

「ここで行き止まりか。」
ロイの目の前は赤みがかかったソフトな岩肌の崖に塞がれていた。
上は2リムルか3リムルか、光球の灯りすら届かない高みは暗黒に消えている。
ツルリとした表面は足がかりも少なく登るのは至難の技であろう。

「岩肌に走る赤い網目模様などまるで血管じゃないか!
この鼓動みたな揺れといい生暖かい壁や床といい、まるで巨大生物の腹の中にでもいるみたいだ。
・・・ま、そんなわけはないがな、鯨だってこんなにでかくはない。」
ロイは苦笑した。この辺境にいる生き物で鯨よりでかいのは妖精くらいなものだ。
妖精に呑み込まれたのなら、とっくの昔に彼の肉体は消化されてカスも残らないだろう。

・・・・・まさか自分の新妻の下の口から呑み込まれた、などとは思いつきもしなかった。

「ええっとぉ、ここがロイの現在位置だから、この先は・・・『子宮』?」
ルウリアは首をかしげた。
ロイのいるあたりに『子宮』への出入り口があるようなのだが・・・

「ん?なにこれ、妙な感じ?」
お腹の中がムズムズする。自分の内臓が勝手に意志を持って動いてるような感じだ。

ゴゴゴゴゴ!
「おお!崖が動いている?」
ロイの目の前で崖の中腹がググッと盛り上がりせり出してきた。
そして、その中心部がに小さな穴があらわれた。

「すごい・・・何かの仕掛けなのか。これは天然の洞窟ではなかったのだろうか?」
驚くロイの目の前で穴は大きく広がり、外洋帆船でも悠々通り抜けられる大きさになった。

「来い、というのだな、この僕に!」
ロイは決意を固めた。必ずや謎の洞窟の最深部に辿りつきルウリアを救うのだ、と・・・
彼は黙って右腕を掲げた。

シュルシュルルル・・・
右腕はほぐれて絡み合う蔦となり上へと、口を開けた暗黒の穴へと伸びて行った。

「待っていてくれ、ルウ!」
ロイは蔦をロープがわりに滑りやすい粘膜の崖を登り始めた。

「なんか・・・あたしの体の中って不思議なんだな。」
ルウリアはちょっぴり複雑な心境だった。

**********

「来た・・・」
ルウリアはお腹をさすった。今、ロイは彼女の体のほぼ中心にいた。

「ここは・・・」
ロイの目の前には広大な空洞があった。
港町がひとつ、いや島がひとつ収まりそうな広大な空間。
足もとの床は緩やかな曲面を描いて壁となり、天井へと連なる。
肌に優しい気温と湿度の大気がそよ風となって彼を迎えた。
鼓動のような轟音と振動は先ほどよりも力強い。
荘厳で神聖な殿堂を前にロイはしばし見とれていた。

「ん、さっきまでの・・・『膣』だっけ?にくらべれば感じ方も少ないわ。
今なら精神集中しやすいから通話できるかな・・・ロイ、ロイ!聞こえる?」
ルウリアは自分のお腹に話しかけた。

「ルウ?ルウなのか!無事だったんだな!」
お腹の中から答えが返ってきた!

「ええ!そうよ!」
「よかった・・・で、今どこにいるんだ?」
ルウリアは答えに窮した。まさか「貴方のまわり全部があたしでーす!」とは言えない。

「ええっとね、貴方のすぐ近くだと思うんだけどよくわからないの。」
「そうか・・・でも、すぐに見つけ出すからね!安心してるんだよ。」
ルウリアはポッと赤くなった。自分の夫がとても頼り甲斐のある男だと思えた。
自分の方がロイより何十倍も年上で、何百倍も強い。
だが、そんな物は本当の『強さ』ではない。
短いながらも人間たちとともに暮らした日々がそのことを教えてくれた。

(ロイ・・・不思議。貴方はあたしの体の中にいるのに・・・
まるで、貴方に抱かれているみたい。とっても安心する。)
ルウリアは内側から伝わってくる、何か暖かいものに安らぎを覚えた。

「ルウ?」
「・・・・・」
「ルウ!どうしたんだ!」
「エッ!あ、な、なに?」
ロイの声でルウリアは自分の世界から引き戻された。

「僕の今いるところも『神秘の洞窟』の一部なのかい?」
朴念仁のロイはエルリアのでまかせを信じきっていた。

「え、あ、そこはね『子・・・」
子宮と言いかけてルウリアは考えた。
ロイが女性に内部構造を知っているとは思えないが、もし知っていればパニックを起こすかもしれない。

「そこはね『子供たちの宮殿』っていう場所よ。」
「ふうん?ロマンチックな名前の洞窟なんだね。目的地はこの先かい?」
「ええ、そうよ。『卵の通り道』っていうところを抜けて『卵の巣』っていう・・・」
ルウリアの声に困惑が混じる。

「どうしたんだい?」
「その・・・同じ名前の場所が二つあるのよ。」
ルウリアの読む『家庭の医学・第3版』の解説図には『卵の巣』すなわち卵巣は左右二つ描かれていた。

「どっちへいけばいいのかしら・・・」
「ちょっと待って、ルウ・・・・・」
ロイは背伸びした。柔らかな床に両足は膝上までめり込んでいた。
しばらく薄暗がりの向こうをじっと凝視する。
洞窟の斜め上、窪んだようなポイントが二箇所見つかった。
これが『卵の通り道』なのだろう。

「多分、左だと思う。」
「えっ、どうして分かるの?」
「そちらから呼んでいる・・・ような気がするんだ。」
「誰が?」
「いや、声が聞こえるわけじゃないんだ。気がするだけかもしれない。」
ルウリアは少し気味悪くなった。ロイ以外の誰かが自分の胎内に侵入したのだろうか?

「行かないほうがいいわ!何か怪しいし・・・」
「心配はないよ、邪悪な気配はないし。それに・・・」
ロイは再び暗がりの向こうに目を凝らした。

「ずっと僕を待っていた誰かがそこにいる、そんな気がするんだ。」
ロイ自身にもよく分からない予感めいたものがあった。

「でも・・・分かったわ、先に進まなきゃいけないみたいだし。」
「ああ、でも問題はどうやってあそこまで登るかだな。」
ぼんやりと見える『卵の通り道』への扉は天井近くにあった。
蔦のロープくらいでは届きそうにない。

「それならあたしが何とかするわ。」
「えっ?どうやって・・・」
「こうやって!」
「おおっ?!」
ロイが立っていた床がグラリと傾いた!巨大な空洞全体が大きく傾いているのだ。
急角度になっていく斜面をロイの体はツルツルと滑り落ちて行った。
床の傾斜はドンドン大きくなり先ほどまで立っていた床が壁となり、逆に壁が床になった。
長い長い滑り台をどこまでもどこまでも彼の体は滑っていく。
やがてロイは『卵の通り道』の前まで滑り下りてきた。
さっきまで立っていた『子供たちの宮殿』の入り口は今や天井近くにまでなっている。

「すごいな、ルウ!どうやったんだい?」
「え、えっとね。説明するほど、たいしたコトじゃないわ。」
確かに彼女にしてみれば、たいしたコトじゃなかった。
座りこんだ姿勢からゆっくりと寝そべって体を少しひねっただけである。
背中の羽の片側が大渦巻きを起こしながら海底へ沈み、もう片方が海中から水飛沫を上げながら浮上してきた。

サァァァ・・・
羽から滴り落ちる海水が雨のように海面に降り注ぐ。
光を乱反射しながら宙を漂う水滴は星の川のようだった。

輝くような緑の髪も海の中で大きく広がって、暗い海を明るい緑色に染めかえていった。
この場に人間がいたならば、水平線まで緑に輝く美しい海を見たことだろう。

「じゃあ、先に進んでみるよ。」
「・・・気をつけてね、あなた(キャッ!はじめて『あなた』って呼んじゃった!)」
ルウリアは少しだけ気恥ずかしくなった。
既にそんなレベルの話ではないはずなのだが・・・
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■ 終章・生命の舞踏
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ヌメヌメとした粘膜で形成された狭い通路を通りぬけると、今までとは違った雰囲気の世界が広がっていた。

「ここが・・・『卵の通り道』なのか?」
ロイはいまだに自分が新妻の胎内にいると気づいていなかった。
(国宝級の間抜けと言えるだろう。)
薄暗い不気味なトンネルがどこまでもどこまでもずっと続いている。
現在位置付近はかなり狭いが奥の方は広がっているようだ。
デコボコした大きな物につまずきそうになった。足場は思った以上に悪い。

「なんだろう?この大木のような・・・柱のような物は?」
柔らかで巨大な物体が何千、いや何万本も床・壁・天井に敷き詰められている。
敵意などは感じられないが、何か不気味な感じがする。

「ルウ、ここはどういう場所なのか分かる?」
「ごめん、あたしにもよく分からないの。」
ルウリア自身も自分の体の内側を見たことなど今まで一度もない。
例の『家庭の医学』には卵子とかいうのがどーのこーのと書いてはいるが要領を得ない。

「気をつけて進んだほうがよさそうだな・・・」
ロイは幾重にも重なった柔らかな柱を乗り越えながら進んだ。
だが、足もとの気を取られるあまり背後で起きつつあった異変には気づかなかった。

ピクン。倒れていた柔らかい柱の一本がかすかに動いた。
ザワザワザワ・・・あちこちで柱が蠢きはじめた!まるで何かの意志が突然宿ったかのように・・・

「ムッ!?なんだ・・・」
おかしな気配に気づいた時は既に遅かった。既にロイは蠢く柱の群れの真中に来ていた。

ビン!
「うわっ!」
「どうしたの?ロイ!」
「ル、ルウ、足元の柱がいきなり・・・うわわっ!」
足もとの柱がいきなり動き出し直立したのだ。
ピン!ピン!ピン!
次々と跳ね起きる大木のような柱を避けるだけでロイは手一杯になった。

「おっと!ととっ!わわっ!?」
一人では抱えきれない程の太さの柱に突き飛ばされてロイは転倒した。
柔らかな肉の床の上だったので怪我一つせずにすんだが・・・

「何が起こったんだろう?」
起きあがったロイが見たのは一本残らず直立した柱の群れ。
天井に至るまで全てが枝一つない奇妙な大木に覆われた森。
頭上も見えないほど生い茂った奇怪な森に迷い込んだような錯覚に陥りそうだ。

グルン。大木の一つがしなり、弧を描いた。

「?・・・・・うわっ?」
ビシャッ!
ロイの顔面に生暖かい液体が叩きつけられた。

「これは?毒液ではなさそうだが・・・ワッ!」
ビシャ!ビシャ!ビシャ!
あちこちの柱がめまぐるしく回転し、生暖かな液体を撒き散らした。
たちまちロイは全身を妖しげな液体で濡らすはめになった。

「ロイ!大丈夫?」
「ああ、大丈夫だが・・・なんだか体が・・・」
ロイは奇妙な感覚にとらわれていた。
体の芯から熱く、激しいものがこみ上げてくるような・・・

「ううっ・・・!」
ロイは膝をついた。熱いものが血の流れに乗って全身を駆けた。
思いがけない力がドンドン湧き出してくる。全身が命のエネルギーで弾けそうな感覚!
股間がカァーッとなった。彼の一物は充血し鉄の硬さとなって起立した!

「ロイ?どうし・・・あ?」
ルウリアにも同じ変化が起きた!
ロイのいるあたりがカァーっと熱を持ち、それが血流に乗って全身に広がった。

「あ、あ、あ?なにが・・・どうして・・・」
ルウリアはのけぞり、倒れた。
ザッパーン!
体の周囲で大陸をも呑み込みかねない超大津波が発生した!
津波はルウリアの体を離れ、ロマリア大陸に向かい・・・
何かにぶつかって停止し、消滅した。
まるで見えない壁にでも阻まれたように。

**********

「空間封鎖をしておいて正解ね。もう少しでロマリア大陸が沈むところだったわ。」
少し楽しそうな人魚の長・アクアの声が海の底で響いた。

「ほんとに、たいしたお嬢さんだわ。先が楽しみなこと・・・」
空前の大災害が起こる寸前だったと言うのに、アクアはそれを楽しんでいるようだった。

**********

「う、う、うおおおぉぉぉおお!!」
ロイは獣じみた雄叫びを上げた。
全身を野生の荒々しい力が駆け巡る!
本能が叫ぶ、ひたすらに『進め!』と叫ぶ。


ズゾゾゾゾゾ!
ロイの雄叫びに応えるかのように触手と化した柱の群れがロイを取り囲み、巻きつき、抱え上げた。
何千何万という巨大な肉の触手がロイのちっぽけな肉体を力強く、それでいて優しく運んだ。
彼が向かうべきゴールへ、約束の地へ・・・

**********

ルウリアは朦朧する意識の中で空を見上げていた。
彼女の上昇した体温で海水が熱せられ水蒸気となり、霧となって空を覆った。

何故か不安はなかった。
けだるい熱さの中で霧の中に何かが映っているのが見えた。

天に届くほどの高い奇妙な形の塔。
視界の果てまで延々と続く四角いガラス張りの建物。
大勢の人のざわめき。
笑ったり泣いたりしながら行き交う何万人ものエルフたち。

「これって失われた大陸の・・・」
ぼんやりした意識の中でルウリアは考えていた。
どうやら、海に没した大陸の幻らしいのだが、何故そんなものが見えるのだろう?

**********

「流石は『大いなる力』を秘めし妖精ね!海水に残った太古の記憶を蘇らせましたか。」
アクアは心底、驚嘆していた。
ルウリアの発した生命のエネルギーが海に残された残留思念を増幅しているのだ。
しかし大陸一つ分の幻を出現させた実例はアクアの長い長い生涯にもなかった。

**********

「今度は・・・何?」
滅び去った都市の幻が消え、別の影が空に映った。
羽を広げて空を駆ける妖精の姿。どこかで見たような・・・

「あれは私?」
映ったのはルウリア自身の姿。
手に何かを抱えて必死に飛んで行く。

「もう少しの辛抱よ!この先に知り合いのエルフの家があるの。
そこへ行けば、手当てしてもらえるわ!頑張って、ロイ!」
幻のルウリアは手の中に話しかけていた。

「あれはあたしなの?ロイと出会った頃の・・・」
幻が崩れて、また別の幻に変わった。

オギャー、オギャー!
「生まれたよ、元気な双子の女の子だ。」
聞き覚えのある男の声。

(パパの声だ。あたしの古い記憶が映し出されているんだ・・・)
空一杯にルウリアと似た面差しの妖精の、疲れ切った、それでいて喜びに溢れた笑顔が見えた。

「あなた、姉はルウリア、妹はエミリアと名づけましょう。」
「いい名だね、エルリア。」
愛情に溢れた両親の声であった。
幻はさらに変化した。
渦巻く黒雲と稲妻の海に鎧に身を固めた完全武装のエルリアの姿が見えた。
見たことがないほど厳しい表情から緊張感が伝わってくる。

「二番隊、正面の結界を破壊しろ!一番隊は前進!『黒き者』ごときに遅れをとるな!」
エルリアは部下と共に何者かと戦っているらしい。
しかも苦戦しているようだ。

「しまった!」
エルリアの背後の雲から暗黒の影が吹き出した。
虚を突かれたエルリアに不可視の闇が迫る!

バリバリバリ!
数千もの紫の稲妻が乱舞した。
闇は一瞬で焼き払われて消滅した。

「大丈夫だったかな?新任副隊長のエルリアちゃん?」
姿は見えないが、エルリアをからかうような声がした。

「ふん!いらぬお節介だ。確かお前は・・・」
「我が名はロックバード、と覚えていただこうかな。」
「ああ、有名な『女泣かせのロックバード』か!」
「これは手厳しいな・・・」
ルウリアは奇妙なことに気がついた。
会話しているのは確かに自分の父と母なのだが、会話からすると彼らは初対面らしいのだ。

(これはあたしの記憶じゃないのかしら?パパとママの記憶?)
映像はぼやけ、また別の映像が映った。
今度は、ガラス瓶や見なれぬカラクリ仕掛けが所狭しと並べられた実験室らしい。
実験機材の向こうに一人のピクシーの姿が見えた。
見知らぬぴクシーであったが、顔つきはなんとなくルウリアに似ていた。

「ついに完成したわ。」
そのピクシーの手には小さな男の子が立っていた。
無垢な瞳で見上げる少年を妖精は愛しげに撫でた。

「妖精を凌ぐ繁殖力と生命力、あらゆる世界を探求する旺盛な好奇心。
寿命と魔力が少ないのが欠点だが・・・新たな種が誕生したのだ!
全ての命のある者の間を繋ぐ者!そう、お前を『人間』と名づけよう。」
(これはあたしの・・・先祖の記憶?)
光が全てを包んだ。
果てしない星の光の海を何千万という妖精たちが飛んで行くのが見えた。

「グローリアスの宇宙に栄光あれ!我らが新たなる大地・ロマリアに栄光あれ!」
全ての妖精たちの歓声が一つの音楽となって、暗黒の空にこだました。
妖精たちの群れは光の大河となって遥か彼方の緑の星へと流れ落ちて行った。

幻は消えた。ルウリアの内側からこれまでで最大のエネルギーの大波が放出された。
「あ、あ、ああ!あああああぁぁぁぁぁーーー・・・・・ロイ!」

その夜、世界中に輝くオーロラが出現した。
煌くオーロラの下、ロマリアの人々は北の空に眩しいばかりに輝く巨大な光の柱を目撃した。

**********

液体とも気体とも定かでない濃密な媒体の中にロイはいた。
熱で頭が麻痺して何も考えられない。

「あれは・・・?」
暗がりの中に星のような何かが光っていた。
両手でまとわりつく液体をかき分けて、ロイはそれに近づいて行った。
這い進むようなスピードがなんとももどかしい。

「これが・・・」
それは半透明な巨大な球体だった。ロイの身長の何倍もの大きさがあった。
ロイは知っていた。この球体こそが自分を呼んでいたのだと。

「ああ、会いたかったよ。」
正体も分からぬ球体に向かっているというのに、そんな言葉が自然と口に出た。
彼はそれに触れ、しがみつき、抱きしめようとした。
とても抱えきれる大きさではなかったが。

−早ク、早ク!−
それは熱烈に要求していた。何を?

「今すぐだ!今すぐ全部、君にあげるよ。」
ロイは極限まで怒張した自分の一物を滑らかな球面に突きたてた。
球面はゼリーのように柔らかく彼を受け入れた。

−早ク、頂戴!−
熱望する声に応えるかのように、ロイは放った・・・
ピクン!
変化は劇的に起こった!
球体の内側にスッと立てに切れ目が入った。
同時に柔らかな球体の表面に硬い膜状の物質が発生した。
それが風船のように膨らみロイを軽々と弾き飛ばした。

「おおお・・・」
弾かれて、来た道を戻って行くロイが見た物。
光の粒を撒き散らしながらクルクルと回転する透明な球体。
歓喜に満ち溢れる輪舞を踊るかのように球体は回りつづけた。
遠ざかりゆく球体から最後の声が聞こえた。

−アリガトウ、ソシテ・・・はじめまして!パパ!ママ!−
「?!」
ロイは穏やかなぬくもりに抱かれて意識を失った。

**********

ブバッ!
『卵の通り道』からロイは押し出されるように転がり出した。
『子供たちの宮殿』の内壁の粘膜は、千枚の毛布を重ねたように柔らかく、彼を受け止めた。

「・・・・・ううっ?」
半ば意識を取り戻したロイはピンク色の広大な粘膜の上を滑るように転げ落ちていった。

プシュッ!
『子供たちの宮殿』からも勢い良く吐き出されたロイは空中高く飛び、落下した。

バシャァーーーン!
暖かい液体の大河に水柱を上げて彼は落下した。
ヌルヌルした感触の液体が妙に心地よい。
ゴウゴウと音をたてる急流をロイは何処までも流れ下って行った。
時折、突き出した岩や分厚い襞に叩きつけられたが、その全てが柔らかく彼を跳ね返した。

やがて冷たい外気が彼の頬に吹きつけるようになった・・・

**********

ドドドドドドド・・・・・・・
流れ落ちる粘液の大瀑布が暗い海面に降り注ぐ。
その中をロイも流れ落ちた。

ごぼごぼごぼ・・・
本来なら海面が鉄板と化す高さなのだが、粘液の塊に包まれたロイは怪我一つせず海中に投げ出された。

「こ・・・ここは!?」
冷たい海水に触れて、たちまち意識が覚醒する。
必死に海水をかいて海面へ浮かびあがる。

「プハッ!・・・なんだったんだ?」
最後のほうは記憶が曖昧でよく思い出せない。
とても大切なことがあったような、誰か大事な人に会ったような・・・

「それにここは一体どこなんだ?」
ロイは頭を海から出してキョロキョロと見まわした。
しかし見えるのは暗い海面に寄せる小波だけ、島はおろか岩ひとつない。
左右は高い崖らしきものが延々、視界の彼方まで続いている。
ルウリアの姿が見えないことにロイは焦った。

「ルウ!どこだぁーーーーー!」
沈黙の数秒が過ぎた。

「ここよぉ〜・・・・・」
遠くから返事が返ってきた。

「無事か、よかった!でも何処に・・・?!」
ロイはようやく気づいた。
左右の高い高い崖がとても生物的な質感をしていることに。
その崖の遥か先のほうに見える山の頂が・・・指をそなえたつま先にそっくりなことに。

「まさか・・・」
ロイは背後を見上げた縦方向に走る巨大な亀裂は彼が閉じ込められていた洞窟であろう。
その上は生い茂る緑の密林らしきもの。
そしてその上にツルリとした草も木もない垂直な壁が雲の高さまで続く。
雲の切れ目からのぞく滑らかな壁面の中央に小さな窪みが見える。
その上に二つ横並びになった、すり鉢型の大きな山。
そしてその二つの山頂の間、星空を完全に覆い隠す、恥ずかしげな妻の顔・・・・・

「これは・・・?」
ポカンと天を見上げるロイの目にルウリアがパクパクと唇を動かすのが見えた。
数秒後、大きな声が天から降ってきた。

「ハ・・ハァイ、ロイ!どもごくろーさま!」
ちょっぴり恥ずかしそうな、それでいて嬉しそうなルウリアの声だった。

「じゃあ、僕がいた『神秘の洞窟』ってのは・・・ルウ、君の・・・」
この時やっとロイは自分が大冒険を繰り広げた舞台が新妻の胎内であったことに気がついた。
耳たぶまで真っ赤になったロイはブクブクと波間に沈みそうになった。

**********

「ああ、これで私も『お婆ちゃん』と呼ばれる身の上か・・・
哀しいような嬉しいような複雑な気分だな・・・」
エルリアは遥か下方での大騒ぎを振りかえりつつ感慨深い溜息を洩らした。

「ん?・・・あら、いけない!忘れてた・・・」
エルリアの胃のあたりで何かがモゾモゾと動いたのだ。
エルリアは口を大きく開けて、自分の手を突っ込んだ。

「ム・・・グ・・・」
腕を肘まで突っ込んで自分の胃の中を手探りする。
やがて手が止まり、一気に腕を引き出した。
指先には小さな(と言っても人間からすればかなり大きな)ドラゴンを捕まえている。

「プハァーッ!!もう少しで消化されちまうとこだった。」
不機嫌な顔でロックバードはエルリアと顔をあわせた。

「あらあら・・・『煮ても焼いても食えない』ロックバード様が私の胃液ごときで消化できるかしら?」
エルリアは全く動じない。

「だいたい、妻を3レムル(約300年)もほったらかしにして大きな顔しないでね。」
「それは・・・その・・・」
ロックバードは流石に返す言葉がなかった。

「まあ、いいわ。それより相談があるのよ。」
「相談?そう言えばさっき、そんな事を言っておったな。何を相談したいのだ?」
「ん・・・とね、その前にルウリアに一服盛ったお酒、まだ残ってる?」
「ん?ああ、残ってるが・・・」
エルリアの目の前に一瓶の酒が実体化した。
彼女が手を伸ばすと酒瓶は彼女の大きさに合わせて巨大化した。

「なーんだ、昔あなたが私に一服盛ったのと同じ惚れ薬じゃないの!進歩ないわね。」
「あれはお前じゃなくて親衛隊の新入隊員の・・・い、いや!なんでもない!」
殺気のこもった妻の視線に射抜かれては女王陛下の懐刀・ロックバードとて沈黙するしかない。

「こ、この酒がなにか・・・・・って、エル?!何を!」
ゴク、ゴク、ゴク・・・・・
驚くロックバードの目前でエルリアは・・・瓶に半分残ってた酒を一気飲みしてしまった!
酒瓶を唇から離した時、『親衛隊長のエルリア』も『2児の母のエルリア』もいなかった。

「え、える・・・?」
「ウフ・・・どーなさったの?ア・ナ・タ・・・」
部下にも娘たちにも見せたことのない、女としてのエルリアの顔。

「お、おい!どーゆーつもりだ?」
「うふふ、それでぇー、そーだんなんれすけどぉ、娘もどーやら独り立ちしたよーれすしぃ、
ここらでもーひとりくらい生みたいかなーなんちって・・・」
「エ、エル、そんな急に・・・」
「こんろはぁ、男の子が欲しいかなーなんちゃったりしてさぁ・・・」
ろれつの回らないエルリアだが嬉しそう楽しそうなこと、この上なし!
彼女は全身を被う半透明なベールの端をちょっぴり摘み上げた。
素早くベールの中にロックバードを押し込む。

「エル!エル!ちょっと待ってくれ・・・」
ロックバードの焦る声は神秘のベールの内側へと消えた。

「さーあぁー、ア・ナ・タ!婿殿に負けぬようお久しぶりにィ、頑張ってねぇ・・・」
心地よく酔っ払ったエルリアはクルクルと踊るように天を舞いながら、雲の向こうへと飛び去っていった。

**********

ロイの小さな大冒険はこうして終わった。
ほどなくルウリアは懐妊し、女の子を出産した。
可愛い緑の髪の妖精の娘はティルニアと名づけられた。
この後、ロイは、いや後の『建国王』ロイフォード一世はその生涯に9人の娘と息子を一人もうけた。
後の世にいう、『英雄王』レイロードと『ピクシー・プリンセス9姉妹』の物語はここに始まった。

余談であるが、ルウリアの母・エルリアもまた待望の男の子・ラプラースに恵まれた。
彼もまたロイフォード王を義兄としてよく助けたが、同い年のティルニアから『叔父様』と呼ばれる不幸な青春を過ごすはめになった。

最後に、ロイフォード一世とルウリアが自分たちの夜の生活を綴った著書『小さき恋人との交わり』は異種間結婚を望む多くの恋人たちに広まり、性の入門書の『聖典』とされた。
現代の性教育書にも頻繁に引用される名著であるが、初版本および第2版は戦禍で散逸し、レイロード王時代に出版された第3版(王立博物館所蔵)が現存する最古の完本とされていた。
しかし近年、ある大手観光会社を経営するエルフの手元に初版およびロイフォード一世直筆の原稿が保管されていることが判明した。
研究のための貸出を交渉中であるが、現在はまだ非公開となっている。

歴史家たちは誰もがこう書き記している。
『現在のロマリアはこの夜から始まった。』と・・・

−終−