旅はおまかせ!シルフィナ観光!!

−湯煙攻防戦−

BY まんまる

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「紹介状」
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「世界のどこでもどなたでもお引き受けします。」
これがシルフィナ観光のモットーである。
依頼があれば、危険地帯でないかぎりは人間界・妖精界・ドラゴン界のどこでも行く。
そうでなくては弱小観光会社など、到底やってゆけない。
そして『どなたでも』の言葉が示すようにお客様は人間とは限らない・・・
よく晴れた冬のある日、シルフィナたちはちょっと変わった客を迎えていた。

「そこをなんとか頼めんかのう?」
爽やかな風の中で、白髪頭の老人はニコニコ笑いながら頭を下げた。
お付きの二人のゴツイ男たちも老人のわがままに困り顔である。

「いえ、ですから本日は既に先約がございまして。」
長く尖った耳に銀髪、丸い眼鏡の奥のライトグリーンの瞳。
出発時間を待つだけの筈だった小高い丘の斜面で、エルフの娘は応対に苦慮していた。

彼女の背後には3名の女性が芝生に座っている。
こちらは3人とも緑の髪に緑の瞳、透明な4枚の美しい羽。
典型的な妖精界の住人、ピクシーである。そして・・・
彼女たちを頭上から見下ろす、5人の子供たち。
ただし子供といっても5リムル(約500m)を超す巨大なピクシーたちである!

彼女たちが本日のお客様の『妖精界ママさんスポーツクラブ』の親子3組であった。
これから『スキーと温泉満喫の旅三泊四日』に出発する所だった。
お気楽なピクシーらしく、楽しそうに老人とエルフ娘のやりとりを見物していた。

「私たちは相乗りでも構いませんよ。一緒に乗せてあげてはいかがです?」
ピクシーの母親の一人は傍らにいた青年に話かけた。

「いえ、そういう訳には・・・
それに何かあったら、貴方がたを紹介してくれた方にも申し訳ありませんから。」
ドラゴンの背から下りながら青年は答えた。
今日のお客様は小さな観光会社にとって恩人というべき人、いや妖精からの紹介なのだ。

「ですから、飛び入りで参加というわけには・・・」
「そこをなんとか!目的地は同じなんじゃし・・・どうかのう、シルフィナさん?」
何時までたっても埒があかない。
エルフ娘のシルフィナは意を決した。老人にそっと耳打ちする。

「実はですね。今日のお客様は・・・妖精界のある超大物の妹様でして。」
「ほう?誰じゃね、その超大物とは?」
「はい、妖精界の親衛隊隊長、あのルウリア様の妹・エミリア様でございます!」
「ええっ?!」「なんと!!」
老人の付き人二人は驚きの声を上げた。それほどルウリアの名は人間界でも有名だ。

「ですから、ルウリア様のご機嫌を損ねるような事はできれば避けたいと・・」
「御隠居、あまり困らせてはいけないと存じますが・・・」
「妖精界と問題になっても困ります。ここは他の案内人を雇ったほうが・・・」
付き人二人も見かねて口をはさんだ。

「だまらっしゃい!スケさん、カクさん!超大物の紹介状ならこちらにもありますぞ!」
付き人を一喝してから老人はヨレヨレの手紙を差し出した。
老人の強情ぶりに呆れ顔のシルフィナに代わり、青年がそれを受け取った。

「デューク、誰の紹介状なの?」
「ちょっと待って、今読むから。えーっと・・・下手な字だな・・・
『拝啓、デューク君、シルフィナちゃん、お元気ですか?』
・・・知り合いかな?」
「馴れ馴れしい奴ね!『シルフィナちゃん』なんて・・・」
「それから・・・と、
『ミートミの爺さんが無理を言ってると思う。
申し訳ないが私の顔を立てると思って引き受けて欲しい。じゃあ元気でね。』
・・・・・これだけ?」
「手抜きよねえ・・・それで誰からなの?」
「・・・えっ!?このサインは?・・・凄い、ラング様だ!勇者様直筆の紹介状だよ!
見てくださいよ、社長!ほら間違いなく勇者様の・・・社長?」
シルフィナは巨大な漆黒の翼を持つハーピー・レビィの背後に隠れて震えていた!

「社長サン?どうかしたカ?」
ハーピーのレビィが不思議そうに震えるシルフィナを覗き込んだ。

「どうしたのよ、いきなり・・・」
ドラゴンのフレイナも怪訝な表情でシルフィナを見ている。

「どうしたんですか、シル・・・えっと社長?」
デュークがシルフィナを抱きかかえるようにして立ち上がらせた。

「まさか、まさか・・・あいつからの紹介状だなんて・・・」
「?そりゃ、勇者様からなんて凄いと思うけど・・・そんな脅えるようなことじゃ・・・」
「・・・昔、私がちょっぴりグレてた時期があったの知ってるよね?」
「ああ、今日の宿泊先のオユキさんとか10人くらいと組んで暴れまわってたんだっけ?」
「そうよ、『死神妖精』エルピスとか『血も凍る恐怖』のオユキとか妖精界でもドラゴン界でも恐れられたものよ。」
「そういえば君も『皆殺し』のシルフィナって・・・」
「でもある日ね、『生意気な冒険家がうろついてる』って聞いてさ。シメてやろーと思って全員で待ち伏せしてたんだよね。」
「シメてやるって・・・ハッ!その冒険家ってまさか?」
「そう・・・有名になる前のラングだったの・・・」
「それで、どうなったの?」
「・・・・・負けた。たった10分で、一方的に。」
エルフや妖精たちの戦闘力は一人でも一国の軍事力を軽く上回る。
そんな彼等を10人も相手にして圧倒的勝利を決めるとは・・・

「私たちをボロボロにしても『うん、いい汗をかいた!』なんて爽やかな笑顔で余裕かましてんのよ。アイツ絶対人間じゃないわ、怪物よ!
どうしよう?断わったりしたら・・・私叩き殺されちゃうかも。」
「まあ、叩き殺されたりしないと思うけど。」
デュークはちょっと頭痛がした。無名時代とはいえ、勇者様に喧嘩ふっかけるような女を嫁にしている自分が何だか場違いな存在に思えたのだ。

「さあ、お分かりいただけたかな?」
「はっ、はい!今すぐにでもお引き受け・・・」
「いえ、やはりお引き受けしかねます。」
デュークはキッパリと断わった.

「ほう・・・何故断わるのかね?」
「あーっ、どーして断わっちゃうのよ!」
シルフィナの抗議を無視してデュークは話し続ける。

「如何なる場合でも、申込書に虚偽の記述が判明した場合には受け付けられませんから。」
「虚偽?はて、なんのことやら・・・」
「この申込書によれば貴方は『トクガ村の古着商のミートミ様』となっておりますが。」
「今は隠居の身じゃが・・・なにかおかしいかね?」
「トクガ村、というよりロマリア国内には・・・古着商を営む『ドラゴン族』の方は住んでいらっしゃらないと思いますが?」
その場にいた全員に緊張が走った!
ドラゴン界とは和議が結ばれているが、身元を隠して人間界に潜入しているとなれば・・・

「フォッフォッフォッ、ばれてしもうたか。」
人のよさそうな老人の笑顔に凄みが宿った。
老人とお付きの二人の足元から白煙が立ち昇り、たちまち3人の姿を隠す。

「オオッ!」
白煙が晴れた時、そこには白いたてがみの巨大なドラゴンがいた!
翼のさしわたしだけでも6リムル近いその勇姿には、並のドラゴンにはありえない威厳と風格があった。
側には2匹の赤いドラゴンが従っている。こちらは7リムルを超える大型ドラゴンだ。

「ええい、控えい!控えい!控えおろう!ここにおわすお方をどなたと心得る!」
「ドラゴン界副将軍ミートミ・ツクニ公にあらせられるぞ!頭が高い!」
思わず、その場にいた全員が平伏していた。
人間界や妖精界の者が平伏せんでもいいのだが、つい勢いで・・・


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「雪女の里」
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「いやぁすまんのう、デュークさんとやら。」
「はあ・・・」
「ドラゴン界の温泉同好会の仲間と現地で落ち合う約束なんじゃが、わしらは人間界の地理には不案内でのう。」
レビィに並んで飛ぶ、ミートミ爺さんが言い訳している。

「いえ、もう気にしてませんから。」
フレイナの背中でデュークは溜息をついた。
(平凡な観光会社のハズなんだがなぁ?どうして場違いなお客様ばかりくるんだろう?)
事実、シルフィナ観光には妙な客が多い。
ルウリア様と彼女の配下の親衛隊の激安買物ツアーだとか、小人族の若者の『夜這い』のお手伝いだとか・・・

「ねえ、どらごんのおじーちゃん!おはなしのつづきは?」
彼等の後に続いて飛ぶ、ピクシーの子供たちがおねだりをする。

「おっ?そうじゃったのう。あれはワシがまだほんのヒヨッコのころじゃったが・・・」
老ドラゴンの語る昔話は、少々誇張ではないかと思われるフシもあるのだが、ピクシーの子供たちにはおもしろいらしい。

「それにしても壮観だよなぁ!」
デュークは振り返って、ちょっと感動していた。
先頭を飛ぶ飛竜のフレイナに続く、漆黒の巨翼を広げるキング・ハーピーのレビィ。
その後に、超大型の真っ白なドラゴンと真っ赤な2匹のドラゴン。
そして5人のジャイアント・ピクシーの子供たち。
これほどの超大型の生き物数種類の編隊は滅多にお目にかかれない。

「ところでデューク殿。」
「はっ、ミートミ副将軍殿?何でしょうか?」
「副将軍はいらんよ、今日はただの観光客として来たのじゃからな。
それより先ほどは、何ゆえ我らがドラゴン族の者と気がつかれたのですかな?」
「えっ・・・いや、何となく分かるんです。昔から・・・」
「ほほう?」
興味をひかれたようだが、それきりミートミは何も聞こうとはしなかった。

「社長!そろそろ見えてきましたよ。」
「了解、デューク君!皆様、長らくおまたせしました。
ただいま眼下に見えます雪をいただいた山々がシューグノー高原でございます。」
シルフィナはレビィの胸のゴンドラの中で、同乗するピクシーの母親たちを前にガイドを始めた。

「かつて、この地は真夏でさえ吹雪と豪雪で誰一人通れぬ魔の峠と呼ばれました。
それといいますのも、魔界より追放されし氷の魔神がこの地を支配し、通りかかる者全てを凍りつかせていたからでございました。
恐ろしいことにこの魔神は当時、流浪の途にあったロマリアの姫に一目惚れして姫を誘拐してしまいした。
誰も近寄れぬこの山に、姫を救うべく何人も勇士が乗り込みましたが、誰一人として帰ってはきませんでした。
しかし!皆が諦めたとき、一人の勇敢な少年があらわれて魔神に挑みました。
誰もが制止しようとするのを振り切って、少年は魔の山に挑みました。
そして精霊たちの助力で魔神の城に辿り着き、見事に魔神を討ち果たし、姫を助け出したのです!
少年は名を告げる事無く立ち去りましたが、数年後、姫は成長した少年と再会いたします。
そのとき初めて、姫は少年が伝説の始祖王・ロイフォード一世の息子、レイロードであることを知りました。
これより始まるラブ・ロマンスは吟遊詩人たちによって語り伝えられ、皆様もよく御存知のお話かと思います。」
シルフィナの話に耳を傾ける中でエミリアだけは懐かしそうな遠い目をしていた。

「そうか、あの腕白小僧のことも昔話になっちゃったのかぁ。」
エミリアは楽しそうな寂しそうな笑みを浮かべていた。

「あの、エミリア様どうなさいました?」
「いえ、なんでもありません。ただ・・・懐かしくてね。」
「は・・・ぁ?」
シルフィナは合点がいかぬものの、それ以上は客のプライバシーに踏み込むわけにはいかなかった。

真下には白一色の世界が広がっている。
山も森も湖も、全てが白い衣をまとい、日の光に輝いている。
山の身を切るような冷たい空気が、不思議と心地よい。
雪原にはスキーで滑降する人々の群れ。
山肌にはいくつもテント。
岩肌にはりつくように登っていく登山者たち。
シューグノー高原はウインター・スポーツのメッカなのだ。

「まもなく、本日の宿泊先、温泉旅館『雪姫』が見えてまいります・・・」
「おーい、社長サン!」
「どうしたの、レビィ?」
「あれオユキさんと違うカ?」
前方の雪山の影で何か大きな物が動いている!まるで氷山のような何かが・・・
いや!氷山のような、ではない!氷山そのものだ!!

「あっ、ホラ・・・やっぱり!」
ズゥン、ズゥン、ズゥン・・・
目を凝らすと、山のように巨大な氷の塊を、これまた山のように巨大な人影が背負って歩いてくるのが分かった。
真っ白な長い髪を束ねた、雪のように白い肌の異国の美女。
身につけている真っ白な服はロマリアでは珍しい『キモノ』とかいう東方の民族衣装だ。
身の丈は4リムルはありそうだが、穏やかな表情は風格さえ漂わせている。

「おーい、オユキさぁ〜ん!!」
デュークは大声で呼んでみた。
白い巨人は顔を上げた。そして嬉しそうに笑った。

「あんれまぁ、デュークさんでねえか!もう着いたのケ?ほんに久しぶりじゃねえ!
シルフィナちゃんも一緒ケ?懐かしかねー!」
思いっきり『田舎のおばちゃん』化した雪女の人懐っこい笑顔がそこにあった。

「皆様、こちらの方が本日の宿泊先旅館『雪姫』の女将・・・」
「女将のオユキでごぜぇます!皆様、長旅ご苦労様でごぜぇます!」
物静かな美女、のイメージをぶち壊しながらもオユキさんの笑顔は快いものだった。

「はじめまして。『妖精界ママさんスポーツクラブ』のエミリアです。」
ピクシーのママたちの代表が挨拶した。

「これは遠いところをわざわざ・・・」
「それから、こちらは・・・」
ドラゴンを紹介しようとしたシルフィナをオユキは無言で制した。

「存じ上げております。ドラゴン界副将軍のミートミ様ですね?」
「ほほう、ご存知でしたか・・・」
何故か雪女とドラゴンの間に見えない火花が飛んだ!

「貴方様の『同好の士』の方々は昨日よりお着きになっておられます。」
「そうですか・・・」
謎めいた微笑みを旅館の女将とドラゴンの客はかわした。
だが・・・その瞳には笑っていなかった。

「ところで、オユキさん?あなたはもしや、東方の・・・」
「んだ!ずーっと東の国の雪の精霊『雪女』だべ!
うーんと小さい頃におっかあと二人で引越してきただよ!」
ニコニコ笑いながら、エミリアの質問に明るく答えるオユキさん。
しかしシルフィナの表情は一瞬だけかげった。
気軽に『引っ越してきた』と言ってはいるが、実はかなりつらい状況での移民であったことを知っていたからだ。

「それじゃあ、宿に案内するだでついてきてくれや。」
オユキさんは氷山を背負ったまま、先頭に立って歩いていく。

「その氷どーすんの?」
シルフィナは聞いてみた。

「ん?ああ、オン・ザ・ロックに使うんだべ。
山向こうの氷河の氷でねえと、水割りの味が落ちるんよ。」
「オン・ザ・ロック?旅館でそんなのも出してんの?」
「うんにゃ、今年から始めたペンション『スノー・ホワイト』のパブで出しとる。
若いスキー客も多いで、旅館よりペンションの方がええって人も多いんよ。」
「手広く商売してんのねー・・・」
「冬場は稼ぎ時じゃもん、ウチの人は来年はレストランも始めるって言うとるとよ。」
「へぇーっ、旦那様もやり手なのねぇ。ところで旦那さんは?それに・・・」
「ウチの人もコユキも薪を集めに行って・・・ああ、戻ってきおった。」
オユキさんの視線の先、黒々とした森の向こうに大きな山が揺れている。
いや、山ではなく山のように積み上げられた薪を背負って何かが近づいてくるのだ。

「おーい、コユキちゃーん!」
デュークが声をかけると薪の山はぴたっと停止した。
ヒョコっと森の木々の上に可愛らしい女の子が顔を出す。

「あっ!デュークおじちゃん!!」
可愛い声がこだました。おじちゃんと呼ばれたデュークはちょっぴり傷ついたが。

ザク、ザク、ザク・・・
息を切らせながら、コユキちゃんが急ぎ足でやってくる。
まだ5才か6才の可愛い盛りの女の子だ。ただし・・・

「こんにちわー!」
ニコニコしながら少女は、葉を落とした森の木々をヒョイと一跨ぎした。
推定身長2リムルの発育のよい巨大な『雪ん子』である。

「ほら、おとうちゃん、デュークおじさんがきたよ。」
「おおお!デュークさん、久しぶりでねえか!」
近づいてきたコユキの手の平には、防寒着に身を固めた髭面の男が乗っかっている。
髭だらけの顔で笑うと、冬眠から寝ぼけまなこで出てきた熊みたいな顔だ。
もちろん熊などではなく、宿の主人でオユキさんの夫・イザクさんだ。

「お久しぶりです、イザクさん。ええと・・・ロマリア王立小学校の林間学校のガイド以来でしたね。」
「あっ、シルフィナおねえちゃん!おひさしぶりです。」
「シルフィナさんもきてくれたかや!よし、今夜は名物・熊鍋をご馳走するだよ!」
再会を喜ぶ会話の影でひとりデュークは落ち込んでいた。

「どうしたのパパ?」
「あ?フレイナ、何でもないよ・・・」
(俺が『おじさん』でどうしてシルフィナが『おねえちゃん』なんだ?
シルフィナの方が俺の20倍は年上なんだぞ!)


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「雪玉の恐怖」
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「ここが私どもの旅館『雪姫』でございます。」
オユキさんの案内で一行は無事、旅館に到着した。
オユキさんの母親が始めたこの旅館は、鄙びた通好みの由緒ある老舗としてロマリア中の温泉マニアによく知られている。

「わあ、ふしぎー?」
「ほら、木でできたたてものってあたしはじめて!」
ピクシーの子供たちは珍しそうに旅館を見ている。
木造の建物というのは石造りの建築が一般的なこの地方では珍しい。
その古い東方国風のたたずまいには人々を惹きつける何かがあった。

「ねえ、オユキ?ピクシーのお母さんたちは小さくなれるから旅館に泊まれるけど・・・
子供たちは小さくなる魔法はまだ使えないわ。旅館に入れないんじゃ・・・」
「心配はいらねーで、ホレ!あれを見るといいだよ。」
旅館の背後をオユキさんは指差した。
そこには雪におおわれた山がいくつも続いている。

「雪山で野宿?そりゃピクシーは丈夫だから風邪なんかひかないだろうけど・・・」
「もっとよーく、見るだよ。」
言われてみれば確かに奇妙な山だ。いずれも山というよりドームのように稜線が丸い。
しかも横には大きな洞窟が口を開けている。

「わぁーすごい!」
「ゆきのおうちだぁ!」
子供たちは初めて見る『雪でできた家』に歓声を上げた。

「あっ?ひょっとして・・・」
「そう、夕べのうちに作っといた『かまくら』だべ。」
雪国の子供たちは雪でドーム状の家を作り、その中で様々な冬の遊びを楽しむ。
これを『かまくら』と言う。
保温性に優れた内部はわずかな火種でも暖かく、雪国古来の風物となっている。

「それでは、部屋までご案内しますだで・・・」
シュルルル・・・
オユキさんの姿は一瞬で人間なみの大きさに縮んだ。

「では、皆様。こちらへ・・・?」
ヒュルルル・・・ドカン!
旅館の屋根になにか大きな物が衝突した!

「な、なにが・・・?」
ドカン、ドカン、ドカン!
旅館だけではない、庭にも雪の斜面にも白い巨大な塊が激突し砕け散っていく。
うろたえるデュークを尻目にイザクはボソリと言った。

「やれやれ、さっそく始めただべ・・・」
彼の目前には家の1軒や2軒くらいはありそうな巨大な雪玉が飛び交っている!

「よぉーし、くらえ!」
「きゃっ!しゅーちゅーこーげきなんてずるーい!」
「すきあり!れんぞくはっしゃ!」
「ゆきぐにそだちをあまくみるなぁ!」
キャッキャッと楽しそうに遊ぶ子供たち。
ピクシーの子供5名とオユキちゃんが3対3に分かれて雪合戦を始めたのだ。
ただし、5リムル級の子供たち同士の雪合戦となるとスケールが尋常ではない。
小さな丘ほどもある巨大雪玉が空中を飛び交うものすごさなのだ!

「いくぞぉ!ゆきだまふぶき!」
オユキちゃんはピクシーの子供に比べれば、ひとまり小柄なのだが・・・そこは雪女!
一度に数十発もの雪玉を飛ばしてくる!

「うあわわわ!危ない!」
デュークはひっきりなしに飛び散る雪片を必死によけた!

「元気ねぇー、子供って。」
「んだ、子供はやっぱ雪ン中で遊ばにゃ・・・」
シルフィナとオユキは・・・のどかに雪合戦を見物している。

「デュークの旦那、心配いらんで!このあたりの雪はウチのかーちゃんが支配しとるで、命中してもちょっくらイテェだけだで・・・」
「そんなこと言ってもイザクさん・・・ああっ、フレイナお前まで参加するんじゃ・・・」
「おもしろいよ、パパもいっしょにやろうよ!」
飛竜の姿から半人半竜の女の子の姿になったフレイナが参戦していたのだ。
ブルーの髪を北風になびかせ、背中の翼をはためかせる少女に近い娘。
身の丈は十数メートルとピクシーたちに比べると、小鳥程度の体なのだが・・・
自在に飛び回る機動性とスピードで互角に渡り合っている!

「だから、裸で雪の中を飛び回るんじゃない!風邪ひくぞ!」
「平気、へーき!」
飛竜の姿から人間に近い姿に変じたものの、ポシェットに入れてあるセーターに着替えるのも忘れてフレイナは雪合戦に興じていた。

「ええでないか、デュークさん。元気が一番じゃ。」
「あのですね、イザクさん・・・」
「・・・・・もう、私は我慢できません!」
すっくとエミリアが立ち上がった!その目は子供たちを睨みつけている!

「あの、エミリアさん?子供のすることですから・・・」
「いいえ、黙っているわけにはいきません!」
止めようするデュークの目の前でエミリアは一瞬で巨大化した!
雪をいただく山々よりも高い彼女の姿に、子供たちも雪玉を投げる手を止めた。

「あなたたち!それでも誉ある戦士の子ですか!」
一括された子供たちはシュンとなった。

「まったく・・・雪合戦とはこうするものです!」
ドコッ!ドコッ!ドコッ!ドコッ!ドコッ!ドコッ!
エミリアは隠し持った雪玉を子供たち全員の顔面にぶつけた!

「わーい、命中、命中!」
「あーっ、エミリアおばちゃんずるーい!」
「へーんだ、勝負に油断は禁物よ!」
「私たちも見ていられません!」
「おう、どこからでもかかってらっしゃい!」
残るピクシー・ママ2名も参戦し、雪の平原は一大戦場と化した!

「ああ、もういい加減にして・・・」
ドコッ!
とりわけ大きな雪玉の直撃でデュークは雪中に深く埋もれた。

「デューク殿、戦場では気を緩めてはいけませんぞ!」
ちゃっかり参戦していたドラゴンのミートミ爺さんの放った雪玉だった。

「・・・デューク殿、まことに申し訳ない。」
「・・・うちのご隠居がとんだご迷惑を。」
実に申し訳なさそうにミートミ爺さんお付きのレッド・ドラゴン、スケさんとカクさんは埋もれたデュークを掘り起こし始めた。


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「新たなる戦場」
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「いやー、参った参った・・・」
「いやはや、失礼した。子供たちとおると、どうもはしゃいでしまっての・・・」
熱いお湯につかりながら、デュークは大きく伸びをした。
そばにはミートミ爺さんが翼をたたんで、広大な湯船に身を沈めている。
ここは露天風呂『王竜の湯』。ドラゴンでも入れる巨大さから名づけられた名湯である。

「ご隠居、ハメをはずすのもいい加減になさいませ。」
「そうですよ、騒ぎをおこすと人間界に迷惑がかかりますぞ。」
湯船から出て体を洗っているレッド・ドラゴンのスケさんとカクさんは少し怒っているようだ。

「分かっておるわ!二人とも口うるさいんじゃから、もう・・・」
ミートミの前には人間が100人は乗れそうなたらいが浮いている。
その中には灯台くらいはありそうな大きな徳利と巨大な杯が入ってる。

「ふむ、銘酒『雪見酒』か。デューク殿、どうですかな一杯?」
「はあ、いただきます。」
デュークは一番小さな杯を受け取った。それでも洗面器ほどの巨大な杯なのだが・・・

「ふう、やはり温泉はいいなあ・・・」
「ほう?お若いのに温泉のよさが分かりますか?」
「ええ、旅先で入る機会も多いので・・・」
「ふむ・・・では伝説の『女神の湯』もご存知かのう?」
この時、ミートミの瞳がキラリと光ったのにデュークはまだ気づいていなかった。

「ええ、知っていますよ。
『世界を創造していた女神は、半ばにして疲労困憊してしまった。
彼女は疲れを癒すべく、地の底より熱き湯を導き出した。
7日7夜の間、湯の中に身を横たえた女神は再び天地の創造を再開した。
これをもってロマリアの温泉の始まりと言う。
それゆえ女神は温泉の始祖であり、守り神でもある。』
立てば天に頭が届く女神様が入れるのだから、この世で一番大きな露天風呂ですね。」
古い伝承の一節を語りながら、デュークは語られていない秘密を心に思い浮かべた。

「その伝説の温泉が実在することは知っておるかな?」
「えっ!ええ・・・まあ、知っています。」
その秘密の湯のことは聞いていた、この宿の女将・オユキさんから・・・

「知っておったか?さすがは勇者ラング殿ご用達のガイドさんじゃな!」
「ご隠居、部外者にそれ以上話すのは・・・」
「だまらっしゃい、カクさん!実はな・・・・・
ワシはある古文書よりその伝説の湯の秘密を発見したのじゃ。
長年の研究により、幻の名湯がこの旅館にあることをつきとめたのじゃよ!」
上機嫌で話しつづける白竜にデュークは驚愕のまなざしを向けた。

「そんなことまで・・・貴方はいったい?」
「フォッフッォフォッ・・・」
デュークの問いには答えず、ミートミ老ドラゴンは含み笑いをするだけだった。

「ところで・・・行ってみたいとおもいませんかな、その伝説の湯に?」
「残念ですが、不可能ですね。」
デュークは言いきった。

「なにゆえに?」
「なぜなら、伝説の湯を作った女神に敬意を表して、その湯は『女湯』つまり男子禁制とされていますから。」
「おおお、やはりよくご存知じゃのう・・・
しかし、男子禁制といわれるとよけいにのう・・・」
「はぁ?」
老ドラゴンの意図をはかりかねつつ、デュークは杯をあおった。

ポチャン!
そのとき、となりの湯船に波紋が広がった!
ひとつではない、いくつもいくつも・・・

「なんだ?」
「ようやく来おったか・・・」
驚くデュークを尻目に老ドラゴンの目がギラリと光る!

バシャッ、バシャッ、バシャッ!
湯船から何匹もの巨大なドラゴンが飛び出した!

「ご隠居、いえ会長!準備は整いましてございます。」
9匹のドラゴンが鋭い目でミートミの前にひざまずいた。

「うむ、ご苦労じゃった。」
「あの・・・ミートミさん、貴方たちはいったい?」
呆気にとられるデュークの胸に不安がよぎる。
ドラゴン界の副将軍にその側近2名、ドラゴンの屈強の戦士9名。
和議が成立しているとはいえ、ドラゴン界とは過去に何度も大きな戦があった。

「フォッフォッフォッ・・・正体を明かすときがきたようじゃ。
ドラゴン界副将軍御一行とは世を欺く仮の姿!」
「なんですって?!」
デュークは驚き、緊張した!
ただならぬムードがのどかな露天風呂の空気を一変させた。

「ご老公、『仮の姿』じゃなくて一応は本業でございますよ!」
スケさんのツッコミを無視して老ドラゴンは胸をはる!

「その真の姿は!・・・・・『ドラゴン温泉見学会』御一行なのじゃ!」
緊張していたデュークはフッと意識が遠くなりそうになった。

「な、なんなんですか、その・・・見学会って?」
「うむ、世界各地の温泉を見学し、異民族間の理解を深めるための秘密結社じゃよ!」
「そ、そうなんですか・・・」
あまりにも壮大で、あまりにもくだらない会の趣旨にデュークは返す言葉もなかった。

「・・・それで、こうして温泉に集まっているわけですね。」
「そう、だが会の真の活動はこれからじゃ!」
老ドラゴンは虚空を指差して宣言した。

「目指すは伝説の秘湯『女神の湯』!」
デュークは呆けたように老ドラゴンと一行を見上げた。

「あのですね・・・あそこは女湯で男性はドラゴンといえど・・・」
そこまで言ってデュークはハッとした。
温泉見学会?温泉の一体、何を見学するのか?

「まさか・・・女体見学?!」
「そのとおり!異民族の女体の美を知ることで、より深い理解を・・・どうなされた?」
デューク君は湯船につっぷして浮かんでいた。
温泉見学会=女湯覗き魔の同好会だったのだ!

「ここで出会ったも何かの縁、どうですかな?デューク殿あなたもご一緒に・・・」
「・・・いえ、結構です・・・」
それ以上、答える気力もうせていた。

「そうですか。では、止めんでくだされ。我らは命も捧げる覚悟!」
「・・・・・」
デュークは黙って手を振った。
ドラゴンたちも黙って整列する。

(まあ、ここの警備を突破できるとは思えないけど・・・)
デュークは知っていた。有史以来『女神の湯』を攻略した覗き魔はいないことを。
いかなる警備陣が守っているかは知らないが・・・

(ハッ、待てよ!この時間なら確かシルフィナたちも!)
そう、シルフィナたちも入浴している時間だ!
そして、屈強揃いのドラゴンが相手では鉄壁の警備陣といえど万一ということも・・・!

(女房の裸を見られてたまるか!)
「ミ−トミさん!ちょっと待って!」
湯船から飛び出し、腰にタオルだけ巻いてデュークは走った!

「おお、デューク殿!」
「はぁはぁ・・・ちょっと待て!」
「我らに賛同していただけましたか!」
「えっ?いや・・・ムグゥ?!」
デュークの全身を白い糸のようなものが絡めとった!
ミートミ老ドラゴンの真っ白なたてがみが伸びて巻きついたのだ。

「心意気はうれしいが、そなたは素人。
同行を許すかわりに声を立てられぬようにさせていただく。」
「・・・・・」
「さあ、皆の衆!出陣じゃ!」
バサッ!バサッ!バサッ!バサッ!バサッ!
勇猛なるドラゴンたちは天を目指して(正確には女湯を目指して)飛び立った!


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「脱衣場の攻防」
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「そろそろ元の大きさに戻ったら?」
オユキさんがシルフィナに声をかけた。
ここは、『女神の湯』の脱衣場。のれん一枚向こう側は湯煙ただよう露天風呂である。
『女神の湯』とそこに続く脱衣場は一種の亜空間とでも言うべき場所で、旅館内にありながら旅館よりも遥かに広大な場所となっている。


「えっ?それもそうね。」
シルフィナはロッカーを見上げた。
身の丈10リムル以上の妖精たちを想定して作られた脱衣場のロッカーは最上段など雲がかかっているくらいの壮大さなのだ。
他のお客さんたちも既に服を脱ぎ始めている。
町ひとつ覆い隠せるほどのシャツやスカートが巨大な籠に放り込まれていく。
彼女たちが素肌を隠すバスタオルときたら、帆船の帆が何千枚つくれるか分からないくらい大きいのだ。

「おふろ?おふろ!」
「すごくおっきーいおふろなんだって!」
子供たちは裸のまま飛び回って、はしゃいでいる。

「あたしねぇー、しるふぃなおねーちゃんとおふろはいるのたのしみなの!」
足元のコユキちゃんがシルフィナの裾を引っ張る。
いまのコユキは人間の子供と変わらぬサイズになっていた。
雪女一族はピクシーと違って子供の頃から体の巨大化・縮小を自由にできるのだ。

「コユキ、お風呂は後だよ。」
「えーっ!かあちゃん、どうして?」
「先にかあちゃんの片付け物を手伝ってくんな。」
「はーい」
コユキはいう軽い音とともに巨大化し、散らばっていた手桶やタオルを片付け始めた。

「かわいいわよね、コユキちゃんって。」
「ああ、あの子の顔を見るたびに、この国にきてよかったと思うわ。」
オユキは遥か東の果ての国で生まれた。
彼女たち雪女一族が代々暮らしてきた山は一年中雪が残る高山地帯だった。
雪女一族には男性というものがない。
年頃になった雪女は百年に一度の祭りの日に一夜限りの夫婦の契りを麓の村の若い男性と結ぶか、人間になりすまして旅人と結ばれるかで血筋を絶やさぬようにしていた。

しかし、時は流れて村はさびれ、祭りも行われなくなった。
新しい街道が開かれると旅人も通らなくなった。
オユキの母、ミユキは生まれたばかりの娘のために新しい安住の地をさがす決心をした。
ロマリアで精霊とも心通じ合える人間たちが多く生まれる可能性が出てきたことを知り、苦労の旅の末にこの山奥に住みついて旅館を始めたのである。

「でも・・・あの子を母上に一目会わせたかったよ。」
「・・・そうね。」
オユキの結婚直後、コユキがまだお腹にいる頃に、孫の顔を見ることなく母は死んだ。
精霊としての長い寿命も数々の苦労に削り取られていたのだろう。

「グレたりしなきゃよかったかな・・・」
少し、うつむく幼馴染の肩にシルフィナは優しく手を置いた。

「シル、先に行っとくれ。私とコユキは片付けがすんでから行くから。」
「分かったわ。」
シルフィナは巨大なロッカーの前に歩いていった。

「ふぅ・・・・・」
眼鏡を外し、深呼吸するとシルフィナの体は輝き始めた。
目も醒めるような金色の輝きの中で、シルフィナの肉体は上へ上へと伸びて行く。
恍惚とした表情で彼女本来の体の大きさに戻っているのだ。
輝きが消えたとき、5リムル(約500m)に達する美しきエルフの美がそこにあった。
帯を解き、浴衣を脱ぎ去るとそこには・・・透けるような肌と豊かなプロポーションの均整のとれた肢体。

「ワーォゥ・・・シル・ママすってきぃ!」
半人半竜の裸のままで飛び回っていたフレイナが歓声を上げた。

「おだてたって、お小遣いはアップしないわよ。」
「チェッ!」
「さあ、レビィも行きましょう。」
「大きイおフロ、とっても楽しみネ!」
右肩にフレイナを、左肩にレビィを小鳥のように乗せてシルフィナは脱衣場を出た。


「さあ、片付け物をしなきゃ・・・ね。」
オユキは廊下の方を睨んだ。もちろんそこには誰もいない・・・はずだった。

「お客様、ここは女湯ですので、殿方はお引取りを・・・」
「さすがは老舗の女将、見破っておったか・・・」
無人の廊下から返事が返ってきた。
そして床板が、壁が、天井がムクムクと膨らみ盛り上がった!
布切れ一枚に身を隠し、その下から現れたのは不敵な面構えのドラゴンの戦士たち!

**********

「何時から、気づいておられたのかのう?」
「この旅館に来たときからでございます。」
「ほう?」
「ロマリア温泉協会より業務連絡がございましたの。
要注意人物№1・ミートミ副将軍とその御一行様とね。」
「それはそれは・・・我輩も有名になったものじゃ。」
緊張した会話が続く・・・もっとも、これが覗き魔と宿の女将の会話でなかったら、さぞ緊迫した光景だったろう。

(ウウウ・・・あれはオユキさんの声!やばい、こんなトコを見つかったら・・!)
ミートミ副将軍のたてがみの中でデュークは焦った。
覗きの現行犯で捕まれば、どんな目にあうか分かったものではない!

「では、お帰りくだいさいませ・・・」
「いやだと言ったら?」
「実力行使・・・」
「よかろう・・・」
雪女とドラゴン。双方の口元に凄みのきいた笑みが浮かぶ。

「撃てぃ!」
シュゴォォォ・・・
ドラゴンたちの口腔から紅蓮の炎が飛び出した!

「はああっ!」
ヒョォォォ・・・
霧のように半透明な姿で拡大したオユキの体から吹雪が噴出した!

「くっ、なかなかやりおるな・・・」
一瞬、ドラゴンたちの炎が乱れた!

「コユキ、今よ!」
「はあい、おかあちゃん!」
ギョッとして元気のいい声のした方向を見たドラゴンの顔面に無数の雪玉が着弾した・・・

*********

「何匹退治したかねぇ?」
「ひい、ふう、みい・・・6ぴきだよ!かあちゃん。」
凍りついたドラゴンを籠に放り込んで男湯に叩き込んだ後、雪女親子は脱衣場に戻った。

「半分以上も突破されちまったかい。
まあいいか、ちゃんと入り口をくぐんなきゃ露天風呂への直通コースは通れない。
後は警備陣、いや警備神に任せてあたしたちもお風呂にしよう。」
「わぁーい!」
コユキは嬉しそうに走り回った。覗き魔の駆除など日常茶飯事な仕事であった。

**********

「残ったのはこれだけか、スケさん?」
「はい、ご隠居!」
「さすがは伝説の温泉、脱衣場突破だけでこれほどとはな。同志デューク殿!ご無事か?」
「ううっ・・・」
いつのまにか同志に昇格したデューク君だが、たてがみの中に縛りつけられた挙句、全身しもやけで口も聞けない。

「倒された者たちには気の毒であった・・・だが彼らの犠牲を無駄にはせぬ!ゆくぞ!」
「おおう!!」
ドラゴンたちは一同、心をひとつにして湯煙の中に飛び込んだ。


**********
「温泉の守護神!」
**********

「遅かったじゃない!オユキ、何やってたのよ?」
「ごめん、ごめん。『片付け物』が意外と手強くって・・・」
オユキが湯船に足を入れると高波が生じ、浴槽の縁(というより堤防)をあっさりと乗り越えた。
腰まで湯につかるとちょっとした津波が押し寄せて、小さな姿の妖精たちを押し流した。
暖かな湯煙の中で親友同士は肩を並べて温泉につかった。

「ふーっ、労働の後のひと風呂は、ほんと生き返るわ。」
自分の肩をマッサージしながら手足を伸ばすオユキ。
文字通り雪のような素肌が目に眩しい。
プロポーションも子供がいるとは思えないほど立派なものだ。

「言うことがおばさんしてるわよ、オユキ。」
「いつまでも小娘じゃいられないわよ。一児の母なんだし。」
オユキは愛しげに愛娘の方を見た。
コユキちゃんはすっかりピクシーの子供たちと仲良くなったらしい。

「すごぉい、このお風呂って水平線があるんだ!」
「わー、ここ急に深くなってる!」
「お船がたくさん浮いてるよー!」
初めて見る大きな露天風呂に子供たちははしゃぎまくっている。

大きな、と言っても並みの『大きな』ではない。
向こう岸までの距離約5000リムル(約500キロメートル)、
最深部80リムル(約8000メートル)!
外部からは見えない、亜空間に造られたロマリア世界最大の露天風呂!
それがこの伝説の『女神の湯』なのだ。(サウナ有り・マッサージ有料)

「ほんと、フルサイズの私たちがゆったりできるお風呂ってここくらいよね。」
「そうよ・・・母さんが女神様より任されたこの温泉。きっと守り抜くわ!」
遠い目をする親友をシルフィナは感慨深げに見守った。
ほんの少しだけ年上の雪の精霊は、彼女にとって頼れる姉のような存在でもあった。

「ねえ、オユキ、あれ何かしら?麓の方で噴煙みたいなのが・・・」
見ると、露天風呂の遥か下方で盛んに白い煙か水蒸気のようなものが噴出している。

「ああ・・・あちらでも『片付け物』が始まったんだろ。」
怪訝な顔のシルフィナにオユキは悪戯っぽい微笑みを見せた。

「ところでさ、オユキ。あなたって私と喋る時は方言が出ないのね?」
「ああ、あれね・・・あれはお客様を応待する時のサービスよ!」
「・・・へっ?」
「方言の方が山奥の秘湯のムードが出るでしょ?」
親友の答えにシルフィナは思った。
(聞かなきゃよかった・・・)

**********

「会長、前方に誰かいます!」
手前を飛ぶドラゴンがキビキビと報告する。
なるほど、水蒸気のカーテンを透かして人影が見える。

「ぬう、シルエットからして女性であるな。サイズは・・・
身長8.7リムル(770m)、
バスト4.2リムル(420m)、
ウエスト3.1リムル(310m)、
ヒップ4.3リムル(430m)。
ナイス・プロポーションかつ入浴中とみた!」
「では、ご隠居!ここが伝説の『女神の湯』?」
「我々はついにやったのですね!」
ドラゴンたちの目が喜び(とスケベ心)に輝いた!
だが、ミートミ副将軍いや会長の表情が翳った。

「おかしい?手応えがなさ過ぎる。それに・・・」
一陣の風が吹いて湯煙を押し流した。
ハッとしたその女性が慌ててバスタオルを体に巻いた。
均整の取れたプロポーションの素肌が一瞬だけ見えた。

「おおお〜!」
ドラゴンたちが鼻の下を伸ばしたその瞬間!

「危ない!散れ!」
ミートミの怒号に全員が驚いた。それでも散らばろうとしたが・・・

シュゴォォォォォ!
真下から大量の水蒸気とともに、水柱いや熱湯柱が突き上げた!

「ギャアアア・・・・」
ドラゴンの一匹は熱湯の直撃を受けて墜落していった。

「ご隠居、これは!?」
「間欠泉じゃよ、カクさん。どうやら我々は罠にかかったようじゃな。」
「ふふふ・・・その通りですわ、お客様!」
胴体をバスタオルで隠し、長い赤髪を東洋風の手ぬぐい巻いた巨大な美女が岩肌に穿かれた風呂から上半身を出して超然と構えている!

「我名はタン・サーン!『女神の湯』の守護者なり!
無謀なる勇気のドラゴンと人間よ!ここが貴様らの終着点となるのだ!」
「ほほう、一人で我ら全員を相手にする気か。おもしろい・・・」
不敵にほくそえむドラゴンたちだが、デューク君はそれどころではない。
(ヤバイ!一緒にいるのがバレちまった!)

「では、温泉の露と消えよ!」
「飛べ!一箇所にとどまるな!」
ドシュゥゥゥ!
ドラゴンたちが身をひるがえすのと同時に、数カ所から湯柱が吹き上がった!

「ウワッ!」「ギャアァァ!」
熱湯の直撃を受けたドラゴンが失速して墜落する!

ドォゥゥゥン!

「ウウ・・・ハァハァ・・・」
「・・・か、会・・・長。」
墜落したドラゴンは死んだわけではなかった。
だが、茹で上がったように真っ赤な顔で苦しげにもがいている。

「おおっ?熱い湯で鍛え上げた部下が一瞬でのぼせるとは!ただのお湯ではないな。」
「フッ・・・我が操る間欠泉は体が温まることでは並みの温泉の比ではない!
湯あたりしても醒めればサッパリ気分は爽快、二日酔いにも効果絶大。
そして肌の美容にも良く、神経痛にも効能ありなのだ。」
「おのれ、それほどとは・・・」
余裕で答えるタン・サーンに驚愕するミートミ会長!

「そういう問題なのか?」
人智を超えた、というか、ついていけない展開に苦悩するデューク君。

「すきあり!くらえファイア・ブレス!」
ゴォォォォォ・・・
打ち落とされたふりをしていたドラゴンが灼熱の火線を吹きかけた!

「あまいわ!」
バシュ、バシュ、バシュ!
タン・サーンが腕を一振りすると彼女のまわりにも間欠泉が噴出して、お湯の壁となった。
その壁に灼熱の炎はあっさりと食い止められてしまった!
かくして湯煙の中を恐るべき戦いが開始された!

「ゆくぞ、フォーメーションBで攻撃じゃ!」
「了解!」
横一文字に並んだドラゴンの一斉火炎攻撃!だが、しかし!

「遅い!」
タン・サーンの周囲を取り囲む湯柱に阻まれる!

「くっ、いかん!下がれ!」
間一髪ドラゴンたちのいたあたりの地面から灼熱の間欠泉が吹き上げる!

「ご老公、思った以上に手強いですぞ!」
「ぬう・・・ならばカクさん、フォーメーションJを使うぞ!」
今度はドラゴンたちはスケさんカクさんを先頭にして、空中に一列縦隊をつくった。

「ほほう、なにやら秘策ありというところか。
だがそんな小細工が我に・・・ムッ?あの白竜は何処だ?」
「食らえ、天空の疾風と呼ばれた我が羽ばたきを!」
湯煙の中からミートミの声!
同時に猛烈な羽ばたきが巻き起こす強風がタン・サーンの視界を奪う!
一瞬の隙を突いて回り込んでいたのだ!

「ゆくぞ、ジェット・ストリーム・アタック!」
自ら吐き出す炎に身を包んで、ドラゴンたちは一本の炎の矢と化した!
まっしぐらに態勢を崩したタン・サーンの巨体へと体当たりを敢行する!

「ぬおぉぉぉ!」
気合一閃!タン・サーンの両手の掌から何かが噴出した!
「くぅ?これは『冷たい水』か?」
炎が消火され、先頭を飛んでいたスケさんカクさんが弾き飛ばされる!

「まだまだぁ!」
続くドラゴンたちがタン・サーンに肉薄する!

「おのれ!」
腕を交差させて守りを固めたタン・サーンのまわりに湯柱が吹き上げかける!

「同じ手が何度も我らに通用するか!」
ドラゴンの一匹が自分から湯柱に突っ込んだ!

「ギャァァァ・・・」
熱い湯の直撃に顔を真っ赤にしながらも湯柱を自分の体で遮断する!

「後は頼むぞ、同志たちよ。」
「おうよ!」「任せろ!」
犠牲となった仲間の体を飛び越え、2匹のドラゴンがタン・サーンに襲いかかる!

「見事な攻撃だ・・・褒美をあげましょう。」
落ち着き払ったタン・サーンのとった行動は・・・
なんと身にまとったバスタオルを惜しげもなく大きく広げたのだ!

「おおっ!」「すごい!」
2匹のドラゴンは間近で見る迫力の裸体に目を奪われた!

「あああ、こらぁ、お前たちだけ見て!」
「どけよ!影になってこっちから見えんじゃないか!」
「まったく会長のこのワシをさしおいて・・・」
後方のブーイングも煩悩に支配された若いドラゴンには届かない!だが・・・

「捕まえた!」
「ワッ!」「しまった!」
完全に動きを止めてしまったドラゴンはアッサリとタン・サーンに捕まってしまった。
彼女は両腕でドラゴンたちを首を抱きかかえるように捕らえて、自分の体ごとバスタオルでくるんでしまった。

ギュウゥゥゥ・・・
「おおお、熱い女体の肌がぁぁぁ!!」
「柔らかな感覚がぁぁぁ、駄目だ、脱け出せん。いや脱け出したくない!」
バスタオルから首だけ出してドラゴンたちの(嬉しそうな)悲鳴が響く!
男性の心理を見事に突いた脱出不能な捕獲技であった。

「おおお、なんと羨まし・・・いや恐ろしい技よできればワシが代わってやりたい。」
ミートミの目に羨望の色が浮かぶ。

「それでは我の必殺技もお見せしよう!『湯山昇竜覇』!」
ドゴォォォ・・・!!
足元の岩肌すべてから、大瀑布が逆流したかのような湯が噴出し全てが湯気に隠れた!

**********

「少々歯ごたえがあるかと思っていたが、脱衣場を突破した程度でのぼせ上がっていただけのドラゴンどもだったようだな・・・」
余裕たっぷりでドラゴンたちを見下ろす魔神!

「ぬううう、攻撃は強力!防御は完璧!流石は伝説の秘湯の守護神よ・・・」
ミートミは悔しそうに歯噛みした。部下は次々と倒されて残るはスケさん、カクさんだけ。
・・・おっとデューク君もまだ無事だけど。

「会長、分が悪すぎます!ここは降参して隙を見て反撃したほうが・・・」
「黙らっしゃい、カクさん!誇りあるドラゴン族がそのような卑劣な策など・・・」
「誇りあるドラゴン族は覗きなんかしないのでは?」
デュークのツッコミに3匹のドラゴンは沈黙した。

「人間よ、種族を超えた男のロマンと言うものをだな・・・」
「喋っている余裕があるならかかってこい!フハハハハハハハハハハ!」
タン・サーンは上機嫌で高笑いしている。
もはや、雌雄は決したかに見えた。

「あの・・・こうゆう手はどうでしょう?」
もはや覗き魔軍団と運命共同体となったデュークは何やらミートミに耳打ちした。

「ふむ?ふむふむ、なるほど・・・」
「何をゴチャゴチャ言っておるのか!」
バシュッ!
足元からの熱湯を避けて一旦は三方に分かれたドラゴンたち!
無数に吹き上がる湯柱の間を縫うように飛びぬける!

「ゆくぞ!スケさん、カクさん!」
「おう!」「はい!」
3匹のドラゴンは一箇所にかたまった!

「馬鹿め、一網打尽に・・・」
「トリプル・ショットじゃ!」
ブォォォッ!
3匹の放つ炎がひとつとなり、超高温の青い火線となってタン・サーンを襲う!

「ふん、少々温度を上げたところで同じことよ!」
落ち着いてお湯の障壁を出現させるタン・サーン!
青い炎が湯柱に激突する!

「このファイア・ブレスが弾かれたときが、貴様たちの最後・・・?!」
ドグワアァァァン!
驚天動地の大音響とともに湯柱全体が爆発した!
真っ白な水蒸気が衝撃波となってドラゴンたちをも吹き飛ばした!

**********

湯の流れる音を除いてすべてが静寂に戻った。

「勝った・・・」
満身創痍ながらミートミたち3匹は再び空に舞い上がった。

「ご老公様、今の爆発は?」
「水蒸気爆発というのだそうじゃ。同志デュークが教えてくれたのじゃ。」
白い巨竜はたてがみにしがみつく小さな人間を尊敬と感謝の目でじっと見た。
炎を一点に集めることで超高熱を一瞬だけ作り出し、湯柱の湯の一角を瞬間的に気化して大爆発を起こしたのだ。

「・・・やったか。おお絶景・・・」
タン・サーンの巨体は彼らの眼下に倒れていた。
爆風で身を被うタオルは飛ばされて、素っ裸でうつ伏せになっている。
丸い乳房が岩肌の隙間から見えるのがなんとも色っぽい。

「それにしても・・・どうして戦うのにバスタオル一枚なんてきわどい格好で?」
「お若いのう、デューク殿。」
「・・・・その通りだ。」
ドラゴンたちはギクッとした!気絶していたタン・サーンの目が開いていた。

「安心せい、私の・・・負けだ。どうやら・・・のぼせ上がっていたのは・・私の方だったようだな。人間よ、ええと・・・デュークとか言ったな。
確かに・・・バスタオル一枚で戦うなど、お前たちには・・・奇妙に・・・思えるだろう」
「はぁ・・・」
「だが、温泉においては・・・この姿こそ・・・正式ユニフォーム!
我らの・・・・・誇りでもあるのだよ。」
「はぁ・・・・・」
「それに・・・この格好だと・・・いい男が声をかけてきてくれるときもあるし・・・」
「・・・・・」
「というわけで・・・ここを通るがよい。」
「どうも・・・すみません。」
「お前たちの・・・健闘・・を・祈・る・ぞ・・・ガクッ。」
タン・サーンは再び気を失った。いや湯あたりしてのびてしまった。

「はあ・・・なんなんだ、この温泉は?」
デュークは頭痛がしてきた。

「敵ながら天晴れであった。健闘を祈るか・・・・・健闘?」
ふと不安を感じたミートミは顔を上げた
湯気がまるで噴煙のようにたちこめて視界がきかない。

「おっ?ご老公、あれを!」
スケさんが指差す先、湯煙のカーテンを透かして大勢の人影が見えた。

「むむっ、全て女性!しかも入浴中と見た!」
「では、今度こそ!」
「・・・」
ミートミは黙ったままだった。先ほどのタン・サーンの言葉が引っかかっていたのだ。

ヒョォォォ・・・
吹き抜ける風が湯気を払いのけた。

「おおっ!・・・・・?」
大浴場ではなかった。
斜面にくりぬかれた無数の湯船のひとつひとつに、精霊たちとおぼしき美しい女たちが入浴している!

ザバァッ!
女たちは恥ずかしげに湯船から上がると、ムードたっぷりにバスタオルを裸身に巻いた。
まるでタイミングを合わせたかのように全く同時に。
先ほどのタン・サーンと同じように。

「我名はイオ・ウ!」
「我はラ・ドーン!」
「私はラージ・ウム!」
「我こそは・・・」
・・・・・
延々と続く自己紹介をドラゴンたちとデュークは呆然と聞いていた。

「よくぞ、今日の当番であるタン・サーンを倒した!」
「今日の当番って・・・」
顔面蒼白のスケさん。

「汝らの強さを認め、これより先は我ら全員でお相手致す!」
「全員・・・て、こんなに大勢?」
引きつった表情が戻らなくなったカクさん。

「当温泉の守護神『温泉百姉妹』を突破できるかな?」
「・・・100−1=99人・・・」
ミートミ爺さんも言葉が続かない。

「ご老公、もはや我らに戦う力はございませぬ!」
「ここは、勇気ある撤退を・・・」
浮き足立つお付きドラゴンコンビ。だが・・・

「スケさん、カクさん。・・・ワシに仕えるようになって何年になるかのう?」
「はっ?」
「ドラゴン族の戦士に後退はない。前進あるのみじゃ!」
「・・・了解!」
満身創痍のドラゴンたちは雄々しく飛び立った!
一点の迷いもなく温泉目指して突撃する!

「流石はドラゴンの勇士たちよ。」
「では我らも全力でお相手を!」
「見よ、必殺『破魔熱水槍』!」
「奥義『流星百桶嵐』!」
「秘技『シャンプー・アクア・イリュージョン』!」
「秘伝『湯の華乱舞』!」
・・・・・
かくして、力と技の全てが炸裂する最後の戦いが始まった!

「俺はどーなるんだぁぁぁ・・・」
デューク君の悲痛の叫びが湯煙の中にこだまする・・・

**********

「あれ?」
「どうしたの、シル?」
キョロキョロするシルフィナを不思議そうにオユキは見た。

「うん、デュークの声が聞こえたような気がしたんだけど・・・」
「聞き間違いじゃないの?さっきから、下の方がやかましいし。」
露天風呂の少し下あたりでは湯気が立ちこめ、お湯飛沫やら手桶が飛び交い、花火みたいなものも光っている。

「今日はお祭りかなにかなの?」
「まあ、そんなものよ。それより私とコユキは仕事に戻るわ。」
「えっ、もう?」
「ピクシーのママさんたちの宴会の準備があるし・・・」
「あのさ・・・」
「分かっているわ、すぐに呼んできてあげるから・・・」
悪戯っぽい顔でオユキは立ち去った。


**********
「戦士たちの哀歌」
**********

「ううっ・・・」
立ちこめる湯煙の底で微かに身動きする者がいた。

「スケさん、おるのか?」
答えはない。

「カクさん、どこじゃ?」
やはり答えはない。

「デューク殿、ご無事か?」
ここには彼一人しかいないらしい。

「残ったのはワシだけなのか。」
フラフラと立ちあがる老兵竜・ミートミ。

「ここはどこだ?天国か?地獄か?それとも・・・」
「ここは『女神の湯』でございますわ。」
「なに!ではワシはついにやったのか?あの伝説の露天風呂に辿り着い・・・」
ふと、顔をあげたミートミ。視線がシルフィナとぶつかった。
『旅館 雪姫』というネーム入りバスタオルを体に巻きつけた彼女は、とても色っぽく微笑んでいた・・・瞳に激怒の炎を燃やしながら!

「・・・その・・・」
「奇遇ですわね。こんな場所でお会いするなんて・・・」
ズイッとシルフィナが詰め寄った。
尻餅をついたままズリズリと後退するミートミ副将軍。

「あのシルフィナさん、これはですね・・・」
「分かっておりますわ。道に迷っただけなのでしょう?」
「・・・その、我輩の妻には・・・内密ということで。」
「勿論ですわ。貴方が女湯に紛れ込んだ。などという事実はございません。
お客様の立場を考えたサービスが我が社のモットーですの。」
顔面引きつりっぱなしの白竜にシルフィナは手を差し伸べた。

「あっ、こりゃどうも・・・グェッ?!」
差し出された手を掴もうとしたミートミの首筋をシルフィナが掴んだ!

ミシミシミシ・・・・・
首筋をガッチリと掴まれた巨大なドラゴンの体が宙吊りにされた。

「こ、これ!シルフィナさん!!年寄りに手荒な・・・」
「あら、空耳かしら?首を締め上げられたドラゴンのジジイの声がしたような・・・」
「ちょっ、ちょっと!」
「気のせいね。ドラゴン界副将軍ともあろうお方が女湯を覗こうなんてあるわけないわ。」
シルフィナの空いてる方の手は硬く握り締められプルプルと震えていた。

「あのシルフィナさん・・・かよわい年寄りをブン殴ろうなんて・・・」
情けない声で訴えかける白竜だが・・・

プッツン。
「やかましい!このドスケベジジイドラゴンめ!地獄へ落ちやがれ!!」
バキィィィ・・・ッ!

ギェェェェェェェ・・・・・
強烈な右ストレートの一撃で歴戦の老将は空の彼方へ吹っ飛んでいった。

「まったくもぉー、男ってどーしよーもない生き物なんだから・・・」
「ねーねー、シル・ママ!」
フレイナがシルフィナの顔の前に飛んできた。
これでも人間の10倍以上の巨大な半人半竜の姿なのだが、現在のシルフィナの大きさからすれば蝶々みたいなものである。

「なあに、フレイナ?」
「あそこに寝てるのパパじゃない?」
見ると岩陰から人間の男性の足だけ見えている。

(やばい・・・)
岩陰にいたのはまさしくデュークであった。墜落のショックで気を失っていたのだ。

「ねえ、デュークなの?」
(逃げようにも・・・)
実は少し前から意識を取り戻していたのだが、ミートミの最期を見て恐ろしくなったのだ。シルフィナに見つかったらどんな目にあわされるか・・・

「あっ、ホラ!やっぱりパパだ!」
「ほんと、デュークだわ。」
ズシン!ズシン!ズシン!
シルフィナが岩場を震わせながら歩いてくる!

ピタッ。
デュークが隠れている岩場の前で立ち止まった!

「デューク・・・」
頭上から声がかかる。デュークは答えることもできなかった。

「遅かったわね。何かあったの?」
「えっ?」
「オユキに呼ばれて来たんでしょ?」
「で、でもここは女湯・・・」
「?今夜は貸切にしてもらったの。貸切の場合は家族の許可があれば男性でもOKよ。」
「はぁぁぁ・・・」
デュークの全身から力が抜けていった。今回の温泉は疲れることばかりだ。

「さ、今夜はゆっくりしましょ。」
言いながらシルフィナはデュークを指先で摘み上げると・・・

「わっ?!」
バスタオルの胸元に放り込んでしまった!

「おっ、おい!シル、恥ずかしいじゃないか!」
「気にしない気にしない、私たちだけなんだから・・・」
「さあ、パパ!一緒に遊ぼー!!」
人間とドラゴンと巨大エルフの家族は湯煙の中へ消えていった。

ありがとう、ミートミ副将軍!
ありがとう、温泉見学会の諸君!
うらやましいぞ、デューク君!
君たちの勇姿は決して忘れない・・・

湯気の彼方から微かに聞こえるドラゴンたちの雄叫び・・・
「あい しゃる りたぁぁぁぁん・・・・・」

−完−