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■ 第1夜・遭難者と救助者
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人類はその日、遠い銀河からの友好使節団を迎えた。
地球に新たな歴史が始まったのである!
体長5mもの青黒い大トカゲと昆虫を混ぜ合わせたような異星人は姿こそ不気味なものの、知的で友好的かつ陽気な隣人となった。
会場となった日本の首都・東京では華やかなパレードが行われた。
道行く人々はロボットを思わせる宇宙服姿の彼らに驚き、新しい時代の到来を予感した。
友好条約が締結され、歓迎のセレモニーも無事に終わった。
後は翌日からの世界各地の訪問である。だがこの夜、事件は起こった。

「王子はまだ見つかりませんか!?」
大トカゲ型異星人のひとりが、困ったような情けない声を出した。

「はい、地球上の全警察機構が全力をあげて捜索中であります。!」
地球人の接待役が、やはりやつれた声で答える。

「まずいぞ…ヌー王子は好奇心旺盛な方。問題など起こさねばよいのだが…」
宇宙服を着なければ動けぬ異星人たちは、自ら王子を捜索することともできず、ただ待つしかなかった。

「まずい…はしゃぎすぎたか。」
当のヌー王子は既に問題を起こしていた。
退屈なレセプションに飽きて、こっそり脱け出して東京の空を空中散歩としゃれ込んだまではよかったのが…・・
面白がって宇宙服の飛行機能で都内を飛びまわって遊んでいるうちに、操縦を誤って墜落してしまった。
怪我は軽かったものの歩けなくなった。小さな公園の木陰で助けを待つしかないのだが、悪いことに宇宙服が破損していた。

「ダメだ、駆動装置も通信装置もイカれた。私のテレパシーでは100mも届かないし…」
王子は自分の軽率な行動を心底後悔した。
友好条約締結という重大な仕事を初めて任されて張り切っていたのに…

「生命維持装置もあと3分で機能停止か。」
彼の肉体は地球の大気中では1分ともたない。助けを呼ぼうにも近くに知的生命体はいないようだ。

「父上、母上そして兄弟たちよ。もはやお会いすることはかないません…おや?」
かろうじて生きていたセンサーに反応があった。

「極めて小さいが私が生存可能な環境がある!こっちへ近づいてくるぞ!」

*********

その日、平凡な女子高生、山陽ノゾミは学校の帰りに近所の公園にいた。少なくともその時までは平凡だった。

「嫌になっちゃう…」
手にはクシャクシャの便箋。今日こそは美術部部長の東海 ヒカリ先輩に渡す…予定だったラブ・レター。

「なんで私…こんなに臆病なんだろな…」
キィコ、キィコ…・・一人で寂しくブランコをこぐ姿が哀れを誘う。

(そこの…人…)
「はい?」
呼ばれたような気がして返事をしたが、あたりには誰もいない。

「空耳かな?」
(助け…て)
やはり聞こえる。そう木立のあたりから。
ブランコを飛び降り、彼女は木々の間に駆け込んだ。

「な、な、な!」
半ば壊れたロボットのような物体がうずくまっていた!

「驚かないでください…怪しい者ではありません。」
苦しげな声が聞こえた。

「私は…銀河連邦より派遣された・・親善大使・・ヌー王子と申します。」
弱々しいテレパシーが伝わってくる。

「あっ!?テレビでやってた…でも、どうしてこんなところに?」
「恥ずかしながら…・・散歩中に事故を起こしてしまいまして…
このままでは間もなく、私は…死んでしまいます。」
「大変!すぐに助けを…」
「待って!行かないでください。」
助けを呼ぶために駆けだそうとしたノゾミをヌー王子は止めた。

「もう間に合いません。貴方に助けていただくしかないのです。」
パカン。
宇宙服が二つに割れて中から、奇怪な姿の生物が転がり出てきた。
ヌラヌラした体表を持つ昆虫のような感じの大蜥蜴といったところだ。
テレビや新聞で何度も目にしたノゾミも実物を前に思わずたじろいだ。

「怖がらないで・・あなたがた地球の方には不気味な姿でしょうが…」
「は、はい…でも、助けるといってもどうすれば…」
戸惑うノゾミの目をヌー王子が覗きこんだ。

「受け入れてください、私を…」
「…・・えっ?きゃぁっ!!」
ヌー王子の額に目のような物が開き、眩しい輝きを発した!
輝く光の大海の波間でノゾミは意識を失った。

*****

心地よい冷たい夜風が頬を撫でる。
「ん…」
ノゾミは意識を取り戻しつつあった。

「…うっ、まだ、頭がボンヤリする…・」
目を開けるともう真っ暗だ。道端にかなり長いこと倒れていたようだ。
ガヤガヤと人々のざわめきも聞こえてくる。

「誰か…いるの?」
ノゾミはのっそりと起き上がった。

「おおーーー!」「起きたわ?!」「すっげぇー!!」
どよめきがあちこちから聞こえた。

「?私が起きたくらいでどうして騒ぐの…?それに、ここはどこなのかしら?」
近所の公園にいた筈なのだが…
日があたらないほど林立していたオフィス街の高層ビルが見あたらない。
公園入り口の、学校帰りによく立ち寄るパン屋さんも見えない。
暗いながらも見間違えるはずはない。
あたりにあるのは人の背丈ほどのいくつかのダンボール箱みたいなものと、乱雑に積み上げられた小さな無数の菓子箱みたいなものだけだ。
大勢の人の気配はあるのだが人影は何故か見えない。

「寒い…ヤダ!私・・裸じゃない!」
慌てて右手で小振りな胸を、左手で両足の間を隠す。

「見られたかしら…でも誰もいないし…
それにしても何なのかしら、このダンボール箱?」
彼女は立ち上がった。どよめきは大きくなり歓声さえ上がっている。

「何なのよ、もう?」
ダンボール箱らしきものに顔を近づけてみた。

「これ…ダンボール箱じゃないわ?!とっても良く出来たビルの模型だわ!」
実にリアルに作られた模型らしかった。
外面はキチンと塗装され、窓には本物のガラスがはめ込まれている。
窓から中を覗くと、僅かな非常灯の灯りで机や椅子、パソコンまで配置されているのが見えた。

「すっごく精密に出来てるわ…サラリーマンのフィギュアまで置いてあるなんて!」
彼女の胸くらいの高さの窓に、残業中のサラリーマンらしき小さな人形が置いてある。

「このお人形も精巧だわ、何かに驚いてるみたいな表情がとってもリアル…?!」
人形がいきなり背を向けて走り去ったのだ!
ノゾミは自分の目を疑った。

「何よ、これ…トリック?それとも夢?」
「そのどちらでもありませんよ。」
「えっ?!」
何処からとも知れない声が聞こえた。

「回線をつなぐのに手間取ってしまって…これで貴方とお話ができます。」
「誰?どこなの?」
「先ほど自己紹介しませんでしたか?銀河連盟より親善大使の任を果たすべく地球に来たヌーと申します。」
「じゃあ…夢じゃなかったのね。でも、どこにいるの?」
「先ほどからずっと貴方と一緒にいますよ。」
見まわしてみたが、人影はやはりない。

「ここは何処なの?!」
「何処って…場所も最初から移動していませんよ?」
「でもここは近所の公園じゃ…」
パッ!パッ!パッ!
明るいサーチライトの光が地面からいくつも投射された!
ノゾミは眩しさに思わず手で顔を覆った。
ピカッ!
頭上で明るい光が生まれた!証明弾のようなものが投下されたらしい。

「なんなの・・!!!」
光は周囲を昼間の明るさに浮かび上がらせた。

「模型の…街?それに…こんなに沢山の小人?」
足元にはミニチュアの家、自動車、環状線の踏みきり、道路…
そして人差し指にも満たない何千もの小人の人形たち…
いや!人形ではない!動いている。
何事か喋りながら、ノゾミを驚きの目で見上げている!

「夢よね?見知らぬ小人の街でハダカにされて…」
何かが自分の中で崩れて行く…

「見知らぬ街ではありませんよ!お会いしたときから移動しておりませんってば!」
ヌー王子の声にもう一度ミニチュアの街を見た。

「何…これ…」
ビルは…大きさはともかく形に見覚えがあった。登校中にいつも見上げる銀行のビルだ。
足元を見た。ミニチュアの公園の入り口の向かいに、パン屋のミニチュアがあり、よく知っている店構えだ。
ノゾミは血の気が引くのを感じた。

「何で…みんな…縮んじゃったの?」
「あー、それは違います!周りが縮んだんじゃなくて貴方が大きくなったんです!」
ノゾミの頭の中は真っ白になった!

「私を貴方の体内に受け入れてもらうためには仕方なくて…」
「…」
「いやー、それにしても助かりました。地球人の体の中に母星と同じ環境があるなんて。」
「…・・」
「私が体を縮小できたらよかったんですが、生憎、私には自分以外を『拡大強化』する能力しかなくて。」
「…・・」
「おおっ?私の家来たちが来てくれた!助かったぞ!」
「……・」
「地球人の少女よ、礼を…どうしました?!」
「………………」
ノゾミはユックリとへたり込み、それから…

ズドォォォォォン…・・
気を失って倒れた。銀行のビルを道連れに、民家38件をピチピチした張りのあるお肌で押し潰しながら…
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■ 第2夜・大いなる旅立ち
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「大体、殿下には自覚がなさ過ぎるのです!」
「…・・反省しておる。」
「いいえ!ご幼少のみぎりより、教育係として殿下をお世話してまいりましたが、今日という今日は呆れました!もっと王家の一員として…」
「分かっておるよ、爺。第一そう長々と説教されてはノゾミ殿に失礼であろう。」
青い金属製の大型宇宙服を着たドラゴンはノゾミを見上げた。
体長5mの大型爬虫類タイプ異星人も、身長80mの巨大女子高生から見たら、お人形か縫いぐるみ以下である。
彼女は今、東京湾に設置された人工島にいた。異星人宿泊のための特別施設である。
身を隠すものは彼女の大きさに合わせて王子が拡大しれたバスタオル一枚。

「ああ、これは失礼をいたしました!」
「どうでもいいですから…早く元に戻して…」
ベソかきながらノゾミは懇願した。

「それが…大変申し上げにくいのですが…」
「君の体から出るためには宇宙服がないといけないんだが…わたしの宇宙服は特注品なので、母星でないと修理できないのだ。」
爺に代わってヌー王子が彼女の体内から答える。

「予備はないの?!スペアくらい持ってるでしょ!」
ノゾミは自分のお腹に向かって怒鳴った!

「そ、それが、予備の宇宙服は地球へくる途中にね。火星での古代遺跡探査作業中に故障…」
「殿下!言い訳もいい加減になさいませ。」
怒りの限度に達した爺が王子の言葉を遮った。

「遺跡探検などと言って遊んでいるうちに、壁にぶつけて壊してしまったのです。」
「じゃあ、せめて他の人と代わってもらってよ!」
ノゾミは苛立ちながらも自分を押さえようとした。

「そう思って、何人かの政府関係者にあたってみたのですが…」
「共生している腸内細菌が適合しないんだ。これでは私は生きられない。」
爺が言いにくそうな言葉をヌー王子が続けた。
ノゾミは自分の頭の中で「ブチッ」と何か切れるのを感じた!
彼女はすっくと立ち上がった!

どごぉん!
高さ50mしかなかった仮設ドームの天井はあっさりブチ抜かれてしまった。

「どーして?どーして、私が大馬鹿間抜け王子様の尻拭いしなきゃいけないのよ!
しかも花も恥らう乙女の素肌もあんな大勢に見られて…」
「うう、そう言われると…」
「面目次第もございませぬ…」
爺は長い首をがっくりとうなだれ、王子の声もトーンが落ち込んだ。

「ううっ…・・ウェ…ウェェェ〜ン!」
ノゾミは大声で泣き始めた。
その泣き声は関東平野に一晩じゅう響いたという…

*****

あくる朝、ノゾミは和服姿で成田空港に颯爽と立った。
白と銀とで統一された豪勢な着物は1000年の伝統を誇る京都の老舗が仕立てた物を、ヌー王子の特殊能力で拡大したのだ。
彼女を含むヌー王子一行は大勢の日本人に見送られて表敬訪問ツアーに出かけるのだ。
勿論、彼女は最後まで同行を渋った。

「なんでこんなみっともない姿で世界一周しなきゃいけないのよう…」
「どうか、お願いいたします!」
「王子がいなくては表敬訪問の意味がなくなります!」
「そうなっては、せっかくの友好条約が台無しです!」
「地球の、いや宇宙の平和のために是非!」
異星人+地球政府の大統領や総理大臣全員は彼女に土下座し、王子の教育係の爺にいたっては「引き受けて貰えねば腹を切る!」と言い出す始末。
ノゾミの選択肢はなくなってしまった。

「公式発表では、地球人をよく知るために王子はノゾミ様と一時的に『融合』していることになっております。」
ノゾミの耳元を飛行する爺の小型宇宙艇からノゾミにだけテレパシーが送られる。

「そうでしょーね、体に『寄生』してますとは言えないもんね!」
幾分、毒を含んだ不機嫌な答えが返る。

「『寄生』はひどいな、我々は宿主の肉体の健康も守っているのです。『共生』といって欲しいですよ。」
体の中からは王子の声。こちらはノゾミの神経に回線を繋いで直接、ノゾミの脳に信号化された彼の脳波を送っているそうだ。

「あの…ノゾミ様、間もなく離陸でございますので…」
足元から声がする。異星人ではなく地球人・空港のスタッフであろう。

「まあ、素敵な着物着られたのはちょっと嬉しいけど…」
「あの…ノゾミ様。」
「これじゃ見世物よね…」
「ノゾミ様!」
「は?はい!」
『様』づけで呼ばれることがないので気づいていなかったのであろう、あわてて返事するノゾミ。高校生らしい元気のいい声だ。

「それでは…・・」
係員らしい若い青年はノゾミを見上げたまま、黙ってしまった。

「どうしたの?」
「…・・」
青年の顔は真っ赤になり、目は見上げた一点を凝視している。
着物の裾の僅かな隙間を。ノゾミからすればほんの僅かな隙間だが、普通の大きさの人間には結構広い。

「…・・まさか。」
ノゾミには思い当たることがあった。着物を着るときは正式には下着は…つけない!
彼女は腰を屈めると若い係員をキッと睨みつけた。

「…見た?」
「?!はい…いえ、いいえ!」
「…・・見たんでしょ!」
「少しだけ…でも暗かったんでよくは…」
可愛いけど巨大な顔の怒りに燃えるような瞳に係員は怯えていた。

「…忘れなさい!」
「了解いたします!」
係員は逃げるように管制塔に戻って行った。

「それでどの飛行機に乗ればいいの?それとも宇宙船?でも私が乗れそうな大きさの…」
「飛行機など必要ないよ。宇宙船もね。」
「きゃっ?」
王子の声と同時にノゾミは淡い光に包まれて空中に浮かび上がった。

「宇宙船用の防御シールドと重力制御の応用だよ。この惑星上ならどこでもひとッ飛び、お望みとあらば宇宙空間でもOKさ。」
「わぁ…天使になったみたい!」
ノゾミは巨大化させられて以来初めて、楽しい気分になった。

「おっと、下から覗かれないようにしなきゃ…」
なにしろ見送りの大観衆が彼女の一挙手一投足に注目しているのだ。
キラキラ光る銀糸の袖をなびかせて、彼女は燕のように軽やかに飛行した。
サービスということで笑顔を見せながら観衆の間近をゆっくり通過する。

「あ…・・」
大観衆の中に知っている…とてもよく知っている顔を見つけた。

形ばかりの営業スマイルを浮かべて、護衛の戦闘機と親善使節団の乗り込んだ輸送機を従えて彼女は飛び去った。
日本列島を横断中も、日本海上空へ出た後も、彼女は黙り込んだままだった、。

「ヒカリ先輩…」
「?知り合いでもいたのですか?」
神経と接続している間、ヌー王子はノゾミが見た物をそのまま見ることができる。
観衆の中の一点を彼女が見つめているのにも、当然ながら気がついた。

「ええ…同じ学校の先輩です。」
何時も優しいヒカリ先輩は今は何故か不機嫌な表情をしていた。
当分会えない、そう思うとノゾミは寂しくなった。

「あっ、そうだ!聞こうと思ってたんですけど。」
話題を変えようと、彼女は王子に話しかけた。

「私の体のどの辺に寄生しているんですか?」
「共生だといっておるのに…ちょっと待って、地球人の医学辞典で私がいる器官の名称を調べるから。」
王子はノゾミの体内に持ち込んだ機械を操作し、データベースらしきものを検索した。

「ああ、これだ!現在位置の名称は…・・『直腸』だな!」
「イッ?!」
ノゾミの顔が形容しがたい表情に引きつった!
医学知識のないノゾミでも『直腸』がどういう場所かは知っていた。

「それから、寝泊りしたり食事したりしてるのが『大腸』ですね。」
「あの…つかぬことを伺いますが…」
「何かね?」
「私の体に入ったり機械を持ちこんだ時の入り口って…どこでしょうか?」
予想される、そして聞きたくない回答に怯えながらノゾミは恐る恐る尋ねた。

「ええと、う〜む、ここだ!『肛門』!」
「やっぱりぃぃぃ!!」
「かなり強く閉じられていたので入り込むのに苦労しましたよ。ハハハハハ…
うわっ、なんだ!?爺、どうした!」
「うああっ、ノゾミ様が暴れておりますぞ!」
「ノゾミさん、何があったんです?落着いて!」
「もういやぁぁぁぁぁ…・・!!」
…・・前途多難な旅立ちであった。
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■ 第3夜・万里の長城暗殺未遂事件!
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延々と続く山々よりも長く、長く続く石の壁。
中国4000年の歴史を語るに欠かせぬ世界最長の建造物。
世界7不思議のひとつに数えられる万里の長城。
その悠久の歴史の中で最大の来訪者を今日、迎えていた。

「そこ!踏まないように気をつけてください!貴重な文化財なんですから。」
「あらごめんなさい…よっと!」
チャイナ・ドレスの女の子は万里の長城を軽くひとまたぎした。

「わぁ〜、すごいわ!ほんとに地平線まで続いてる。」
足元に広がる人類最長の建造物を一望する巨大娘は勿論、ノゾミだ。

「う〜む…確かに古い物らしいな。ノゾミさん、もう少し近づいてくれませんか?」
男の声がノゾミの腰のあたりから響く。ノゾミの体内、正確には直腸内にいる異星人の王子ヌーの声だ。

「これくらいですか?」
「いえ、そっちじゃなくてもっと左…そうここです。」
ノゾミは長城の側…ではなく観光客用駐車場の真中に来ていた。

「ふむ、実に興味深い。油を燃やして動く交通手段とは!」
「ただの自動車なんですけど…」
ズラリと並んだ自動車の列をノゾミの目を通してヌー王子は興味深く見ていた。

「内燃機関など我が星には考古美術館にも数点しかない!それがこんなに沢山…」
「ようするに『旧式』ということですか?」
「いやいや、これほど美しいフォルムの機械も宇宙には少ない。
息子たちへのお土産に2・3台貰って行こう。」
「じゃあたしの好きなの選びましょ!リンカーンとポルシェとワーゲン…」
ノゾミは適当に自動車を拾い上げると、鞄にしまい込もうと…

「殿下、ノゾミ様!何をやっておられるのですか!みだりに現地の物を持ち帰ってはいけませんぞ!」
ノゾミの頭のすぐわきを飛行する恐竜ロボットのような宇宙服。
王子の教育係の爺さんである。

「言うことがおかたいのう、爺は…少し位大目にみてほしいな。」
「あのぉ…ヌー王子様。」
「何かね、ノゾミさん?」
「あんまり大声で喋らないで…お腹がくすぐったくて。」
ノゾミの腸内に寄生、いや共生しているヌー王子だが、ノゾミと神経接続している間は体内でも外の声や物音が聞こえる。
外と音声で喋るときは、ノゾミの腹部の皮膚を振動させて音声を発生させて話しかけている。

「大体ですな、今回の目的は地球側の歴史に触れることで相互理解を…」
「分かっておる、分かっておる!」
「あのーーーーー?」
自分の体の内と外で交わされる会話にノゾミが口を挟んだ。

「何ですかな、ノゾミ様?」
「お昼ご飯…まだですか?」
キュルルルル…・・
ノゾミのお腹の虫(ヌー王子のことではない!)が鳴った。数キロ離れても聞こえそうな音にノゾミは恥ずかしそうに身をすくめた。

**********

「すっごーい!これが満漢全席っていうやつ?」
特設広場一杯に数百枚の大皿が並べられ、山盛りの中華料理が盛り付けられている。

「いっただきまーす!もぐもぐ…いけるわ、これ!こっちは…パリパリ…うーーーん、極上の歯触り!…パクパクパク…」
中華といったら春巻きとギョーザしか知らないノゾミにとっては未体験の美味ばかりである。大皿は次々と空っぽになり3000人分以上の食事はあっという間になくなった!

「あーーー、美味しかった…あれ?そう言えば王子様の食事はどうしてるんですか?」
「ああ…今、君が食べたのがそうだよ。」
「…・・えっ?」
「消化されて私のところに届くまでまだだいぶかかるかな。」
ノゾミは嫌な予感がした。思い当たることもある。
巨大化してヌー王子が腸内に住み着いてから一度も…『お通じ』がない!

「あの…あたしの体の中で何を食べているんですか?」
「君からすればただの『排泄物』だ。日本エリアの言葉で言えば『大べ…」
「キャー!キャー!キャー!」
ノゾミは聞きたくない言葉を悲鳴でかき消した。

「ななななななななにもそんなモノ食べなくても!」
「ああ、食べると言っても残留している栄養素だけを抽出しているのだ。
実に衛生的なものだし味もなかなかだ。栄養素を抽出した後の残りカスは原子分解して、君の体内に持ちこんだ機械のエネルギー源に変換している。」
ノゾミの顔色は一層悪くなった。

(スカトロ異星人王子…)
喉元まで出かかった禁断の言葉をノゾミは呑みこんだ。

「さあ、午後からはインド・エリアへ移動だ。ノゾミさん、準備を…」
「はい…」
げっそりした顔でノゾミは立ちあがった。

「ソノ前に、記念写真いかがデスカ?ニッポンのビューティフーなお嬢サン。」
いつのまにか足元に丸々と太ったおじさんが来て、妙な発音の日本語で話しかけてきた。

「万里のチョージョーをバックに記念写真!今なら豪華額縁サービスするヨ!」
「記念写真か…どうしよっかな?」
怪しげな日本語でペラペラまくし立てるおじさん相手に迷うノゾミ。

「さあサ、そこに立って…おお、万里のチョ−ジョーをまたぐジャパニーズ・ガール!ベリィベリィビューティフーよ!」
「えへへへ…そう言われると照れちゃうな。あれぇ?」
ノゾミはかがみこんで、指先で長城の一部をつついた。

「どうしたのカネ、ニッポンのお嬢サン?」
「この万里の長城…なんか変?」
「ギクッ!」
記念写真屋のおじさんの大袈裟に顔色が変わった。

「へへへ変なんてとんでもない!これぞ中国4000年…」
「どこがどう変なのかね?ノゾミさん?」
体の中からヌー王子も不思議そうに聞いてきた。

「うん、ここんとこ…金属で出来てるでしょ?」
「ふむ…だが地球でも昔から金属は使われていたというし、錆加減もこんなものではないか?」
「そ、そうアルヨ!不審なトコはぜんぜーん…」
異常に焦って取り繕おうとする写真屋のオヤジ!

「でも、万里の長城は確か石造りだったはず…」
「なんですと!ではこの長城は!」
全員が驚き、写真屋のオヤジに疑いの目が集中する!

「写真屋さん、貴方は一体…」
「分かりましたぞ、ノゾミさん!こいつの正体は!」
「ふっふっふっ…ばれてしまっては仕方ないアルネ!」
不気味な含み笑いをしながら身構える写真屋!

「我こそは…」
「インチキ観光業者だな!贋物の長城をバックにしたインチキ写真を売りつけるつもりか!」
王子の的外れな告発に写真屋はズッコけた。

「違うアルネ!我こそは秘密暗殺結社『死ね死ね団』の刺客!ミスター・張!」
いつのまにか拳法着に着替えた写真屋のオヤジがニセ長城の上でふんぞり返って立っている!

「なんだと!」
「ヌー王子よ、お前の命を頂きにきたアルヨ!バーニング・ドラゴンロボ!発進!」
贋物の万里の長城が動き出した!地面から身を起こし、大蛇のようにうねる!

「なに?なんなの?『死ね死ね団』って…」
「ノゾミさんは知らぬでしょうが、宇宙でもっとも恐れられる暗殺団です!
現地文化に溶け込んで怪しまれずにターゲットに近づき、目立たぬように暗殺するという恐ろしい奴らです。」
「溶け込んでもいないし、目立ってるじゃない!」
「そこは地球人との感覚の違いというやつでして…」

「ふははは!…巨大パンチラ写真を撮り損ねたのは残念だったアルが…」
「暗殺宇宙人じゃなくて変態宇宙人の間違いじゃないの?」
不信の目でミスター・張を見るノゾミ。

「やかましいアル!それくらいの楽しみなしでやってられる仕事じゃナイね!」
ミスター・張は怒りながらドラゴンロボのハッチに姿を消した。
ドラゴン型ロボットの目が光りだし、顎が開かれる。
ゴォォォォォ!紅蓮の炎の舌がノゾミを襲う!

「キャァァァ!…あ、あれ?なんともない…」
「安心なさい、ノゾミさん。貴方の体は宇宙戦艦に匹敵するバリアに守られているのです!」
落着いたヌー王子の声。

「おのれ、なかなかやるアル!ならば奥の手でいくアル!」
ピカッ!ドラゴンロボの全身が眩く光った!

「ま、まぶしい!何も見えな…」
「ノゾミさん!敵が接近してくる!避けて!」
「痛い!」
時既に遅し!ノゾミの全身に蛇のようにドラゴンロボが絡みついた!

「おお、バリアを突破するとは?!特殊な装備をしているのか?」
ギシギシギシ…
「クッ…苦し・・い…」
ノゾミの顔が苦痛に歪む。見上げるような巨大娘の体に蛇のようなロボットのボディが食い込んで行く。

「大変だ!王子とノゾミ様をお救いせねば、だが…こう密着して絡みつかれていては攻撃できぬ!」
爺は悔しそうに歯軋りした。

「グヘヘヘ…ニッポンのお嬢サン、このまま絞め殺してあげるアルネ。」
ミスター・張が勝ち誇る。
ベキッ!嫌な音が響いた。

「やったアルか…ありゃ?!」
折れたのはノゾミの骨…ではなかった!
ドラゴンロボのボディのほうがへし折れてしまったのだ!

「なにこれ?このロボット錆びてボロボロじゃないの?」
ノゾミがのぞきこんでみると折れ口は錆びついて脆くなっている。

「しまったぁ!古びた感じを出そうと思って本当に錆びさせていたアルヨ!」
頭を抱えて悩むミスター・張!

「なるほど!ディティールに凝りすぎたのだな!」
「単なる馬鹿じゃないの?」
納得する王子と呆れるノゾミ。

「エイッ!」
バカン!
ノゾミが力を込めるとロボットはアッサリとバラバラになってしまった。
地上に落下したロボットの、10メートルほどの大きさの頭部をノゾミは拾い上げた!

「さあ、どうしちゃおうかな?」
ちょっぴり楽しそうに、ちょっぴり残酷にノゾミは頭だけになったドラゴンロボを握り締めた。脆くなったロボットの装甲にピキピキとひび割れが走って行く。

「危ない、ノゾミさん!そいつを捨てろ!」
「エッ!」
ボン!ロボが自爆した!
その煙の中から自動車くらいの大きさのメカが飛び出した!

「キャッ?ム、ムカデ!!」
「最後の切り札・ムカデロボ!突撃アルヨ!」
銀色の金属のムカデが振り払おうとするノゾミの腕に貼りつき、走る!

「だ、駄目!私、虫とか蛇とか…やん、服の中に入っちゃった!」
ムカデロボは剥き出しの肩口からチャイナ・ドレスの中に潜り込んだ!

「フッ、これならかわせないアルヨ!主砲発射!」
レーザーの閃光が暗い服の内側で閃く!危うし、ノゾミ!

「アチチチ!」
服の一部、わき腹のあたりが焦げて穴があいた!
だがノゾミは声を上げたものの火傷もしていない!

「無駄だ、刺客よ!ノゾミさんの肉体は拡大されただけではない!
王家の秘力により、強度も戦艦の装甲以上になっているのだ!」
堂々たるヌー王子の声!

「何だと!ならば弱点が見つかるまで撃ちまくるアルね!」
「そ、そんな!キャッ?キャッ!キャァァァ!!」
ノゾミのチャイナ・ドレスのあちこちが火を吹いた!
その度にチャイナ・ドレスに大穴が開き、ノゾミの素肌はドンドンあらわとなっていく!

「やん!駄目!やめてぇぇぇ!」
必死に服の上からムカデロボを捕まえようとするが、敵も素早い!

「最大出力アルヨ!」
ボカァン!ひときわ大きな閃光がノゾミの胸のあたりで走る!

「イヤァァァァ!!」
爆発は服と一緒にブラジャーも吹き飛ばし…
一瞬だが小振りな乳房が宇宙生中継で公開されてしまった!
ノゾミは成長途上の胸を片手で隠すはめになった。

「ぬぬぬ…全然通じないアル!エネルギーももう残り少ないアル…」
ムカデロボはノゾミの背中に避難していた。ここならノゾミの手は届かない。

「ううううう…乙女の素肌を汚してくれたわね!(ヒカリ先輩以外には見せないと誓ってたのに…)
コ・ノ・ウ・ラ・ミ・ハ・ラ・サ・デ・オ・ク・ベ・キ・カァァァ!」
あたりを見まわしたノゾミの目に修復工事用の機材とおぼしき物がうつった。

「これだわ!」
ノゾミは運搬用の大型クレーンを掴んで鉄骨部分をむしり取った!

「な、なにアルカ?!」
背中にへばりついていたムカデロボの頭上から鉄骨が突っ込まれた!
クレーンを孫の手代わりにしてムカデロボを叩き落す気だ!
突き出される鉄骨をやっとの思いでかわすムカデロボ。

「ヒィ!ヒィ!ぜ、絶体絶命アル!むっ、この反応は!」
センサーのひとつが微かに反応していた。

「この地球人の体の内側に別な知的生命体の反応があるアル!
王子はここに隠れていたアルネ!」
「何をする気?」
ノゾミはムカデロボが下へ向かって全力疾走するの感じた!

「王子の居場所に乗り込み、直接射殺するしかないアルヨ!」
ミスター・張は超巨大花柄パンティーに突入を敢行した!

「あああああ!」
ノゾミの絶叫を無視して『桃割れの谷間』を疾走!麗しの菊門に突進した!

「グヘヘヘ、いただきアルね!」
噴火口を思わせるソコにムカデロボの頭が突っ込まれた!

「あ・あ・あ・あ…」
「むむ?意外とかたいアル!だが突破は時間の問題…ホェッ?!」
ムカデロボはいきなり進めなくなった!それどころか逆行している。

ズルリ…パンティーの中から引きずり出されたムカデロボの眼前に激怒した巨大娘の顔!
背中なら手が届かなくてもパンティーの中なら手を突っ込むくらいはできたのである!

「よくも…よくも…よくもよくもよくも!!!」
「あのーーーノゾミさん、出来れば死なない程度に…」
王子の一言は怒れる女子高生には届かなかった…

ビキビキビキビキビキビキ…・・
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………・・」
ノゾミの手の中でムカデロボはひしゃげ、ミスター・張の悲鳴が長く長く長ーーーーーーーく続いた。

「お前なんか…消えちゃえ!」
ビュゥン!
スクラップに成り下がったムカデロボはブン投げられて、音速を遥かに凌ぐ速度で空の彼方へ消えていった。

「あーーーーーーん、もう嫌ぁ!」
ボロボロになったチャイナ・ドレスを押さえて泣き出すノゾミ…
ヌー王子は落着いて通信機のスイッチを入れた。

「宇宙艦隊、聞こえるか?私だ!たった今、大気圏外へ飛ばされて行ったヤツを拿捕しろ!
それから大至急ノゾミさんの着替えを地上に転送してくれ。女の子の気に入るような可愛いヤツを頼むぞ。」
それから中国全土に聞こえそうな大声で泣き喚きつづけるノゾミの直腸内で、ヌー王子はノゾミの機嫌を直してもらうにはどうしたらいいかと真剣に悩み始めた。
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■ 第4夜・聖なる川の流れに…
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パクパクパクパクパクパク…・・
じっくり煮込まれた魚、カラリと揚げられた鶏肉、柔らかな羊肉、数々の色とりどりの野菜…
彼女の目の前にはインド料理の極が勢ぞろいしていた。
スパイスのたっぷり効いた香りが食欲をそそる。
異国情緒溢れる豪勢な料理はざっと3000人分。
全てが彼女一人のために供されたものだ。

パクパクパクパクパクパク…・・
「あの…・・ノゾミさん。」
彼女の80m強の肉体を維持するには食事量も半端ではなかった。
着ている物は普通サイズのドレスを50倍に拡大したものだが、食べ物は体を維持するエネルギーの関係上、普通サイズの食品を大量に摂取する必要があるのだそうだ。
接待役の政府関係者はダンボール箱一杯の請求書の束を見て真っ青になっていたが、彼女の知ったことではない。

「…・・ノゾミさん、少し食べ過ぎでは?」
ピタッ。
お皿の中身を次々と口の中へ放り込んでいた手が止まった。

「…・・」
「…あ、あの…」
彼女は無言で自分のお腹を睨みつける。
お腹の中からしどろもどろの言葉が返ってくる。

「…・・文句あるの!」
「い、いえ!何でもありません…・・」
彼女のお腹は恐る恐る答えた。
正確には彼女の大腸内に寄生、いや共生している宇宙人のヌー王子が答えた。

「全く、どうして?どうしてよ!何であたしが殺し屋に狙われなきゃなんないのよ!」
ノゾミの怒りはおさまっていなかった。
無理矢理、ウルトラマンサイズの巨人に拡大された上に肛門から侵入してきた宇宙人に寄生され、おまけに暗殺の巻き添えをくいかけて怒らないほうがどうかしていた。

「いえ、狙われてるのは私の方でして…」
「同じコトでしょ!あーあ…平凡な女子高生のあたしがなんで…」
ノゾミはまた泣きたくなった。
数日前まではラブレターを東海ヒカリ先輩にどうやって渡すか悩んでいた、平凡な高校生だったのに!

「暗殺の依頼人には心当たりはないの?」
「…・・すいません。私も王族の一員ですから、心当たりはいくつも…」
ヌーがお腹の中で身をよじったのをノゾミは感じた。多分、大腸内で手をついて謝ったのだろう。

「ご安心くださいませ、ノゾミ様。今宵より警護は3倍の人員が投入されます。
明日には宇宙艦隊の増援も来ます!中国でのようなの失態はもはやございません!」
傍らの空中に浮かんだ5mほどのロボットみたいな宇宙服を着こんだ異星人が叫んだ。
王子の教育係である爺さんである。
名前は…発音が複雑すぎて地球人には発音できないので『爺』で通している。

「クスン…」
泣きながら、ノゾミは傍らの杯を持ち上げた。
急ごしらえながら、タンクローリー1台分以上の容量がある世界最大のグラスである。

「ん?そう言えば…」
中身のチャイを飲もうとして、ふと、あることを思い出した。

「ねえ、王子?」
「公式行事以外ではヌーと呼び捨てにしてください。堅苦しい呼び方はどうも苦手で…」
「じゃあ、ヌー…聞きたいんだけど…」
モジモジしながらノゾミはお腹をさすった。

「何でしょうか?」
「その、言いにくいんだけどあたしの…排…泄…物のことなだけど・・」
「?」
「おっきいほうは分かったけど…その小さいほうは…」
「ああ!液体状排泄物のことですね。確か日本エリアの言葉で『小べ…」
「キャー!キャー!キャー!」
「違いましたか?では『おしっ…」
「はっきり言わなくていいから!」
「は、はぁ…?」
ヌーはポリポリと頭をかいた。排泄行為を恥ずかしがる習慣は彼らにはなかった。

「その…巨大化してから全然…してないんだけど…」
「ああ、その件ですか。それでしたら当方で処理しております。」
「処理?」
「ええ、失礼ながら地球上には現在のノゾミさんの排泄量を処理できる施設はないと聞きましたので…」
確かに身長80mの女性用のトイレなど建設はおろか、設計されたこともないだろう。

「一体どうやって…」
「膀胱内に溜まった液体を直接、大気圏外に停泊中の宇宙艦隊に転送しています。
それから艦隊の補給艦7号にて浄化処理を行います。
処理済の水分は宇宙船の外に建設した直径250mの球形タンクに保存しています。
表敬訪問が終わる頃にはほぼ満タンになっているでしょう。」
「…・・壮大なのね…」
ある意味では人類の歴史はじまって以来の最も壮大なトイレといえるだろう。

「処理した水分はただの真水ですから、母星への帰りの航路での水の補給分に使わせてもらおうかと思っています。
宇宙航行では水は貴重な必要物資ですからね。」
「…・・(顔真っ赤!)」
「勿論、これは地球側の資源ですから、要求があればすぐにノゾミさんにお返しいたしますが。」
「いいえ、要りません!結構です!!(汗)」
浄化されたとはいえ、250mのタンク一杯の元『排泄物』を返却されては堪らない!

「では友好の証としてありがたく使わせていただきます。」
「…ご自由に!」
(ううっ…帰りたい、帰りたいよう…ヒカリ先輩…)

**********

雲一つない青い空が広がっていた。
強烈な日光が燦々と降り注ぐ中を大勢の日焼けした人々が空を見上げていた。
いや、空を見上げていたのではない…ふいに日が翳った、雲などないのに。
「オオッ!」
人々の目前に巨大なサンダルをはいた足が降ってきた!

ズシン!
叩き固められた地面が1m以上沈んだ。
降りそそぐ陽光を遮って立つのは、インドの民族衣装・サリーに身を包んだ巨大な日本人の娘。
青いサリーは日焼けしていない肌に意外とマッチしていた。

ズシン!ズシン!ズシン!
「凄い…!」
大地を揺らしながら、歩く勇姿に人々は畏敬の視線を送った。

「王子、ご覧ください!あれがタージ・マハールにございます!」
耳元を飛ぶヘリコプターから現地ガイド役が拡声器で怒鳴っている。
ノゾミの足元にはタマネギ型の屋根を持つ壮麗な白亜の建築物があった。

「ふーむ、ふーむ…面白い形をしているなぁ!どうです、ノゾミさん?」
「不思議な感じだけど、綺麗な建物ね。描いてみたいなぁ。」
彼女も一応は美術部部員である。珍しい建物や美しい風景を見ると絵筆をとりたくなってくる。

「画材一式を用意させればよかったですかな?」
足元を先行してあるく爺が振り返って見上げながら尋ねた。
ノゾミはちょっぴり照れ笑いした。

「無理ですよ…絵の具を置く場所もないかも。」
雑然とした街中では建物や人を踏み潰さないように歩くだけでも精一杯!
三脚を立てるスペースを探すだけど一苦労だし、絵筆やパレットなど落っことしたら大惨事だろう。
第一、あまり上手でもない絵が世界中継、いや銀河系中継されてしまう。

「中に入れないのは残念ですね、ノゾミさん。もう少し近づいて見てみましょう!」
「はい…・・あれ?あの人…・・変?」
ノゾミは近くの路上で怪しげな民芸品を売る男を見ていた。

「ニッポンのお嬢さん、インドのお土産イロイロあります。買いませんか?」
若い男の声だが、顔はわからない。流暢な日本語で話しかけてくる。

「変…って、普通のインドの方ではありませんか?頭にターバンまいてるし。」
「でもヌー王子、顔に覆面して額にキラキラ光る変な物つけて全身白タイツのインド人なんて?」
巨大な不信の視線が露天商を射た。

「ギ、ギクッ!そ、そ、そんなことないですね!私、インドの珍しくない露天商です!」
「それに売っている土産物が…木彫りの熊!?それ日本の北海道のお土産じゃないの!」
「何ですと!それでは貴様は!」
ヌー王子もようやく怪しい露天商の正体に気がついた!

「フッフッフッ…ばれてしまってはしかたないな…我こそは!」
「観光客に贋物の土産を売りつける悪徳土産物屋だな!」
ヌー王子の大ボケぶりにノゾミと白タイツ男はその場でずっこけた。
ちなみにノゾミがずっこけた瞬間、猛烈な地震が起きて周囲の民家が少し…20〜30軒くらい倒れた。

「税関で注意されていなければ危うくインチキ土産を買わされるところだった!」
「そーゆー問題じゃないでしょ!」
立ちあがり、埃を払いながらノゾミは不機嫌に言った。

「全くだ…我こそは『死ね死ね団』の刺客!
路上で華麗なる陰謀をめぐらす謎の男!名づけてレ・陰謀マン!」
全然売れていないインチキ土産の山を背景に決めポーズを取る殺し屋!

「…・・またこのあいだと同じパターンの変態だわ。」
ノゾミは呆れていた。宇宙にはこんな殺し屋しかいないのであろうか?
そんなノゾミには構わずに口上を続けるレ・陰謀マン!

「我はこの日が来ることを予知してインドの山奥で修行し、必勝の陰謀を完成させたのだ!」
覆面変態男が腕をかざすと、彼の前の道路に一本の線が走った!
線に沿って地面が左右に分かれ、地の底の空洞が現れた。

「出でよ、我が最高傑作!宇宙技術と現地文化の完璧なる調和!見よ、究極兵器を!」
ゴォーーーン!
お寺の鐘の音とともに奈良の大仏より中国の摩崖仏より巨大な『仏像』が現れた…?
ノゾミは驚きのあまり(というか呆れるあまり)ぽかんと口を開けたままだった。

「ふはははは!驚きのあまり声も出ぬのか!」
格好つけながらレ・陰謀マンは仏像の頭頂にジャンプし…頭部に開いたハッチへ飛びこんだ!

「あのね…この仏像がどうしたの?」
「ふっ…貴様の家系が仏教徒であることは調査済み!畏れおおくて、この大仏ロボを攻撃は出来まい!
戦いとは相手の弱点をつくことにあるのだ!ハハハハハ!」

「ぬう、まさかノゾミさんの弱点をついてくるとは…」
「王子、ノゾミ様だけではありませんぞ、まわりの地球人も…」
爺の言う通り、群衆の中にも突然現れた大仏を前に手を合わせたり、念仏を唱え出したり、賽銭を投げる者までいた。

「ふははは!大人しく倒されねば仏罰がくだるぞ!わはははは…ん?!」
ノゾミはツカツカと大仏ロボの前まで歩いてきていた。

「おい、地球人!何をする気だ?」
バキッ!
大仏の顔面に強烈な右ストレートが炸裂した!

「ウゴォツ!?」
バシャーン!
大仏ロボは家々の上空を軽々と飛ばされて、小さな川に無様に落下した!

「ううっ?この娘…仏像をぶつぞぉ?」
フラフラと立ちあがる大仏ロボ、金メッキの顔面は無残にへこみ、首も少し曲がってしまった。
くだらない駄洒落をかました、その顔面に…

ボコッ!
巨大サンダルの足の裏がめり込んだ!
大仏ロボは濁った川の水に潰れた頭部を突っ込んだ。スパークが飛び散り、白い煙が上がる!

「な、何故攻撃できるのだ?!仏罰が恐くないのか?!」
完全に目算が外れて焦るレ・陰謀マン!

「調査が甘いわね…確かに日本人は葬式は仏前であげるけど…
元旦には神社に初詣して、12月にはクリスマスを祝うよーな民族なのよ!」
「なんだと?!」
レ・陰謀マンは絶句した。
調査の甘さ、というより日本人の無節操さを見落としていたのである!

「そんな民族に仏像の格好してるからって通用すると思っていたの?」
ベコ!
起き上がりかけた大仏ロボの脇腹に、情け容赦なくサンダルのつま先が蹴り込まれた。

「よくも花の乙女の命を散らそうなんて考えたわね!」
「ち、違う!狙ったのはお前じゃなくて王子の…」
ガン!ガンガンガン!
ノゾミはその辺にあった岩を握り締めて、大仏ロボの胸板を殴りつける!

「命を狙われたのも、巨大化させられたのも、変な宇宙人に寄生されたのも、
物理で赤点取ったのも、何もかもみぃーんなあんたたちのせいよ!」
「うわぁぁぁ!なんか違うぞ!」
ドコベキドコベキドコベキ!
文字通り、やつあたりの標的にされる大仏ロボ!危うし、レ・陰謀マン!

「今だ、反撃開始!」
爺の号令で空中からは小型宇宙船と軍用ヘリ、地上からは民家を踏み潰しつつ戦車部隊が殺到した!

ドカン!ドカン!バリバリバリ!
飛び交う軍用ヘリからミサイルが、小型宇宙船から青い閃光が大仏ロボに集中する!
既にボロボロの大仏ロボは炎に包まれ、金メッキが溶け落ちて行く。

「おのれ、罰当たりな日本人め!仏罰を下してやる!見よ、御仏のお力を!」
大仏ロボはかなりガタのきたギクシャクした動きで立ちあがり、座禅を組んだ。
それから印を結んで呪文を唱え出した。

「アノクタラサンミャクサンボダイアノクタラサンミャクサンボダイアノクタラサンミャクサンボダイ!
レ・陰謀・バリヤーァァァァ!」
怪しげな呪文とともに大仏ロボの背後から金色の後光が射して来た!

パァァーーーッ!
「おおっ?攻撃が届きません!」
ヘリノパイロットが驚きの声を発した。

「これ以上は大仏ロボに近づけなくなったぞ!」
戦車部隊も光の壁の手前でキャタピラを空回りさせている。
ミサイルも粒子ビームも金色の光に阻まれて、光の壁の表面で虚しく爆発するだけだ!

「な、なによ?これ!」
「危ない、ノゾミさん!敵のバリアに捕まったら…」
ヌー王子の警告は遅かった!ノゾミの体は広がった光の壁に閉じ込められた!

「捕らえたぞ、もう逃げられん!バリアの外からは助けにも来れないぞ!」
レ・陰謀マンの声が勝ち誇る。

「アノクタラサンミャクサンボダイ!遠当ての術!」
ドドドドド!
ボディから離れた大仏ロボの両腕がロケット噴射で飛んできた!

「キャツ!」
ドシーン!
両肘をロケットパンチに掴まれてノゾミは後ろに倒れた!
彼女の背中の下敷きになった幾つもの家々が一瞬で潰れ、土煙が上がった。

「ノゾミさん、ノゾミさん!大丈夫ですか?」
ヌー王子は焦った。だがノゾミの体の中にいる彼には何一つできない。

「う、動けな…い。」
猛烈な噴射を続ける腕がノゾミの体をしっかりと大地に押さえつける!

「ふっふっふ…馬鹿王子よ、貴様の最後の時がきたようだな!主砲発射準備!」
「おお、あれは大口径超粒子ビーム砲!」
「え…キャーーーッ!!」
ノゾミは悲鳴を上げた。主砲に怯えたわけではない。問題は主砲の取り付け位置だった。
銭湯の煙突みたいな太くて長い主砲は大仏ロボの…・・股間から突き出していた!

「変態!変質者!ストーカー!強姦魔!」
「おい、失礼な地球人!私は強姦魔じゃなくて暗殺者なんだぞ!」
不機嫌に言い返すレ・陰謀マン。

「じゃあ、その凶悪なモノをどう使うつもりなのよ?」
「どうって…お前の体は王子の秘力とやらで戦艦の装甲以上に強化されているから、普通に撃っても効果ないしなあなぁ。
王子の潜む下半身に砲身を無理矢理にでも押し込んで体の内部で発射…」
「やっぱり強姦じゃないのよ!」
「だから、違うと…」
必死に言い訳しようとするレ・陰謀マンとノゾミのやりとりを聞きながら、大腸の中のヌー王子はコンソールパネルを見ていた。

「転送によるバリア外への脱出は不可能か。武器に使えそうな物は何かないのか…・・
あった!まだ転送していなかったこいつを我が秘力で拡大して撃ち出せば…」
ヌー王子の4つの目玉がキラリと光った。

「何?!また、あの光が…」
ノゾミは驚いた。自分の体が白く輝き始めたのだ。先日、ノゾミを巨大少女に変えたのと同じ光だ。

「むっ?!目くらましのつもりか。」
レ・陰謀マンは警戒した。だがそれ以上の変化はない。

「最後の悪あがきか、時間稼ぎか…いずれにせよ付き合ってやる気はない!」
ズシン!ズシン!
大仏ロボは重い足音を響かせてやってくる。
股間にそそり立つ極太主砲を振りかざしながら。

「どうしよ、どうしよ〜!」
「ノゾミさん、奴と真正面から向かい合って!」
「え?」
「説明は後で!とにかく正面で向かい合うんです。」
言われるままにノゾミは正面を向いた。

「それから両足をもう少し開いて!」
「えっ、そんな!…は、恥ずかしい…」
「他に助かる道はありません!急いで!」
「…はい…ウッ!?」
言う通りにしたノゾミの下半身を、ある…久しぶりの感覚が襲った。

「あ、あの…」
「もう少し我慢して!ターゲット・ロック!」
「そ、そうじゃなくて…ウッ!」
ノゾミの全身がヒクッとした。下半身を襲う紛れもないこの感覚は!感覚はァッ!

「水圧上昇中、放水可能まで後5秒!」
「放水?!ま、まさか!」
「3、2、1!」
「やめて!お願い、こんな目立つところでそれだけは!」
「…ゼロ、放水開始!」
「やめてぇぇぇ……・・あ…・・」
シュゴォォォォッ!
熱いものがほとばしった、ノゾミの両足の間から…

「なんだぁ?!」
レ・陰謀マンは何が起きたのかさえ分からなかった。
一瞬、全ての計器、全てのスクリーンが警告表示一色に染まり、すぐに沈黙した。
彼の目に見えたのは目も眩むような光の中からほとばしった、一条の金色の線だけだった。

「何が起こったのだ?…こ、これは」
大仏ロボのボディに、右肩から左腰部にかけてスッと切れ目が入った。
音もなく金属製の巨重が斜めにずれる。

「馬鹿な…暗殺マシンの最高傑作ともいうべき、この大仏ロボが?
たったの一撃でオシャカに!」
ゴトン…チュドォオォオォオォーーーン!
袈裟懸けに斬られた大仏ロボは倒れ、激しい爆発の炎に包まれた!

「…・・オダブツだぁぁぁ…・・」
情けない駄洒落とともにレ・陰謀マンの声は消えて行った。

「勝った…」
緊張から解放されたヌー王子の声。

「うううっ、あたしに何をさせたのよぅ…」
泣きそうな声でノゾミは訊いた。というより詰め寄った。
彼女のパンティには…ちょうど『その部分』に小さな穴が開き、周囲が生暖かい液体で濡れていた。

「知りたいですか?まずですね、ノゾミさんの膀胱に残留していた液体状排泄物を…
我が秘力でもって最大限に拡大したんです!」
「うっ…」
「続いてノゾミさんの体に注入しておいたナノマシンを使って、尿道を収縮させ細くして…」
「ウウッ……」
「膀胱内で超高水圧となった排泄物は尿道で極細の水流となり…」
「……いや!」
「超合金をも切り裂くウォーター・レーザーとなって暗殺者を撃退したのです!」
「聞きたくなぁぁぁい!」
絶叫が町を揺るがした。

「もういや…公衆の面前で放尿シーンを見られるなんて…」
ノゾミはシクシクと泣き始めた。

「心配いりませんよ、秘力の輝きに包まれて外からは見えないのですから…」
ヌー王子はなだめたが、ノゾミは声もなく泣くばかりであった。
だが彼女の受難はまだ終わっていなかった!

「いかん!ノゾミさん見てください!」
「…大変、町が燃えてる!」
大仏ロボ爆発炎上の余波で町の各所に飛び火し、町全体が猛火に包まれようとしていた!

「エーーーン!お母さん!どこにいっちゃったの!」
「恐いよォ!お願い、誰か助けてェ!」
「うわあっ!私の家が燃えてしまう!」
逃げ惑う民衆!泣き叫ぶ子供たち!
消防車だけでは消火しきれる火災ではなかった!

「早く消火せねば!ノゾミさん、協力してください!」
「えっ!」
驚くノゾミの全身を先ほどにも増して強烈な輝きが押し包む!

「宇宙艦隊!補給艦7号、聞こえるか?例のものを元の場所へ緊急転送しろ!」
「例のもの?って何…ウッ!?」
聞きかけたノゾミの下半身を再び…強烈な尿意が襲った!それも前以上の…

「や、やめて!もうやめて!」
「大丈夫です、安心してください!
浄化し終えた液体状排泄物をノゾミさんの膀胱内に転送して戻してるだけです。
今度は浄化し終えた単なるの真水ですから、環境汚染にはなりませんよ!」
「そーゆー問題じゃなぁぁぁいぃぃぃ!……あっ…」
ズドォン!
炸裂音が響き、白い輝きの中から凄まじい水流が天をめがけて発射された!

ザァーーー……
水流は空中で扇状に広がって、豪雨となって炎上する町に降り注いだ。

「見てください、あれほどの大火災が鎮火していきます。ノゾミさんのおかげです。」
「……」
ノゾミは何も答えなかった。
放水の衝撃でパンティはおろか、着ていた民族衣装の下半身も吹き飛んでいた。
秘力の輝きに隠れて、誰にも見られていないのがせめてもの救いか…

「さて秘力をそろそろ止めて…」
「えっ、駄目!駄目よ!いま輝きが消えたら…見られちゃう!」
「でも、もう放水をやめないと町が水浸しですよ。」
「駄目ったら駄目!」
「そうはいきません…秘力解除!」
輝きは消え…なかった!?

「あっれーーー?おかしいな、解除できないぞ?練習不足かな。」
「ホッ…」
ノゾミは少しだけ安心した。事態はさらに悪化することも知らずに…

「仕方ないな、補給艦7号!転送中止!…おい、どうした!」
宇宙艦隊からの返答がない。

「おい、聞こえないのか!転送を中止しろ!」
「ザーザー…こちら…補給艦、転送機の故障…ザーザー」
雑音混じりに、あわただしい返答が返ってきた。

「おい、どうした!どうなっている?」
「王子…転送機のトラブルで全部が強制的に転送されて…もう止められませ…」
ジュドォン!
一段と増量された水柱がノゾミの両足の間から吹き上がった!

「とめてぇ!誰か私をとめてぇぇぇ……!」
悲痛の絶叫さえ、豪雨にかき消されて誰にも聞こえることはなかった…

そして町を水没させた大洪水は濁流となって、聖なる大河・ガンジスを襲った。

*********

「床上浸水五万8千戸、床下浸水12万4千戸…」
被害を読み上げる爺の声は、怒りで震えていた。
ここは国際空港に仮設された『ノゾミ様専用宿泊所』、普段は大型旅客機の格納庫に使われている。

「堤防の決壊72箇所、橋の倒壊17箇所…王子!何をやっておるのです!」
「ま、まあ、そう怒るな、爺…ちょっとしたミスだ。」
「どこがちょっとしたミスですか!大体、普段から秘力の練習をさぼっているから…」
「こ、これはそもそもだな、暗殺者など送り込んでくる奴が…」
必死に弁解する王子だが、爺の怒りは止められない!

「よいですか、王子!貴方様のお父上の若い頃などは…」
「やばい!昔話になると一晩中お説教を食らうはめに…ノゾミさんも何とか言って下さい!」
だが毛布にくるまった彼女は身動きもせず、何かブツブツと言い続けている。

「…ぶつぶつぶつ…」
「あのー、ノゾミさ…」
「うふ、うふふふ…ブツブツブツ・・明日から私は世界史の教科書に載るんだわ。
…ブツブツブツ…『おもらし大洪水女』として…うふふふ…」
時折、乾いた含み笑いをしながら虚ろな瞳でうわごとのように繰り返すノゾミ。
精神構造が少し…かなり壊れたかもしんない。

「幼少のみぎりより誠心誠意お仕えしてきたわたくしがですな…」
「駄目だ、こりゃ…」
爺の説教に頭を抱えつつ、ノゾミの社会復帰のアイデアを明朝までに何とかせねば…
ヌー王子の眠れぬ夜はまだ始まったばかりなのだ。
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■ 第5夜・スカートの中の戦争
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親善大使
第5夜・スカートの中の戦争

宇宙…暗き闇と冷たき星の輝きの中にさらに暗く冷たい世界があった。
灯りのない部屋の中に数十人の人影がうずくまっている。
彼らは闇の世界の住人・暗殺者。

「…ミスター・張に続き、レ・陰謀マンまで倒されただと!」
「我ら秘密暗殺結社『死ね死ね団』始まって以来の失態ではないか。」
「とにかく、一刻も早く次の刺客を送り込まねばならん!誰が行く?」
「この私、インターナショナル・キッドにお任せを!」
「いや、ここはムーンライト・マスクこと私の出番である!」
「待て待て、この俺様を、快傑ハリマヤを忘れるな!」
一斉に暗殺者たちが名乗りをあげた!
…暗殺業は歩合給制なので、仕事がとれないと生活費も貰えないので必死なのだ。

「黙っておれ!貴様らごときでどうなる敵ではない!」
荒々しい大声が闇の中に響いた!

「あ、あなたは…!」
「ナンダース大佐!七色星団戦線で戦っておられたはずでは?!」
恐れ知らずのはずの暗殺者たちの声が震えた。

「ボス、この私にお任せ下さい。」
ナンダース大佐は暗闇に向かって敬礼した。
闇の一角にはカーテンに隠された玉座があった。

「ナンダースか。『砂漠の猫』の異名を持つお前なら奴を倒せるであろう…」
陰気な、かすれた声がカーテンの向こうから聞こえてきた。

「お任せを!わが配下・特殊工作部隊・日光が必ずやヌー王子の首を持ち帰りましょう。」
ナンダース大佐は振りかえり、彼の背後にいた十数名の人影に号令した。

「特殊工作部隊!『砂漠の猫作戦』開始!」

**********

乾いた熱い風が頬を撫でて行く。
雲一つない青い空。
容赦なく照りつける砂漠の太陽!

「エジプトって暑いのねーーー」
ノゾミは吹き出る汗をタオルで拭いた。
タオルといってもカイロ市内からかき集めた数百枚の布地を縫い合わせたものだ。
小さなビル程度なら覆い隠せそうな巨大な布なのだが、今のノゾミにすればハンカチより少し大きい程度でしかない。
今日の彼女は「暑い、暑い!」を連発しながらも、長袖シャツに薄いピンク色のロングスカート姿である。

「そーなんですか?ここからは外の気温は分かりませんが。」
彼女のお腹のあたりで声がした。
同時に体の内側、ヘソの少し下あたりでモゾモゾと何かが動く気配。

「もー暑いなんてもんじゃないわよ!あーあ、クーラーのきいた部屋で休みたい!
こーゆー時、巨大サイズって不便なのよね。」
「申し訳ありません…夕方までには大型大気温度調節器を持ってこさせますので。」
ノゾミのご機嫌とりの為につぎこまれた費用はすでに国家予算の域に達していた。
ヌー王子の母星が並外れて豊かな星でなければとっくに破産していたであろう。

「でも、そんなに暑いならせめて半袖になされては?」
「……だって…日焼けしたくないもん。次の訪問地ではパーティーがあるし。」
ノゾミは少し恥ずかしそうにポツリと言った。
次の訪問地ではノゾミを激励するため、彼女の通う高校のクラスメートが来てくれることになっていた。
その出席予定者の中には美術部の先輩の東海ヒカリの名前もあった。
……ノゾミの憧れの人である。

彼らは今、エジプトに来ていた。
今日の午後は有名なクフ王のピラミッドやスフィンクスを見学することになっていた。
ジープに乗った現地ガイドの誘導のもと、巨大化しているノゾミでさえ少し見上げてしまう巨大なピラミッド群が彼らの目前にあった。

「ほほう、機械設備を一切使わずこれほどの建築を可能としたとは大したものだ。
そう思いませんか?ノゾミさん…ノゾミさん?」
ヌー王子の声にもノゾミは返事をしなかった。
彼女は黙ってうずくまってしまった。

「どうなされました、ノゾミ様。」
ノゾミの足元で恐竜ロボットみたいな宇宙服の異星人がノゾミを見上げた。
王子の教育係、というよりお目付け役の爺である。
度重なる暗殺者の襲撃に備えて、今日から戦闘用の宇宙服を着用していた。

「……もういや!」
「あの…?」
「また、殺し屋なの!もういい加減にしてよ!」
爺はあたりをキョロキョロと見まわした。護衛の軍隊以外にいるのは…
ピラミッド。スフィンクス。観光ガイド。土産物屋。農協の団体観光客。

「別に怪しげなものはなさそうですが…」
「あれよ、あれ!」
ノゾミは眼前の動物をかたどった巨大な像を指差した。

「あれでございマスデスか?ご存知ないデスか、ニッポンのお客さん?」
サングラスをかけた、よく日焼けした観光ガイドさんがニコニコしながら応えた。

「あれハ我がエジプトの象徴・スフィンクスでございマスデス、はい。」
自慢げに解説しようとするガイドさん。しかし…

「どこが『スフィンクスでございマスデス。』なのよ!
後足で立って!前足で『おいでおいで』して!お腹に『千客万来』なんて書いて!
どこをどー見ても純日本産の開運招来の招き猫じゃない!」
ノゾミの決定的な指摘にガイドは一瞬沈黙した。そして不気味な含み笑いを始めた!

「ふっふっふっ…こうも早くばれてしまうとはな…」
「ガイド君!君はまさか…」
熱砂の砂漠に緊張と冷たい殺気が走る。ヌー王子もようやく異変に気がついたようだ。

「君は…道を間違えてしまったのだね!」
……気づいてなかった。

「はい、申し訳ありま…って違う!」
「気にすることはないよ。間違いは誰にでもあることさ。」
ボケもここまでくるとアホと言ったほうが正しいかもしれない。

「だから違うと言っておろうが!俺の名はカーネル・ナンダース!貴様等の命を貰いに来た!」
「まあ、そんな無理な言い訳で取り繕わなくても…」
「ええい、アホ王子の御託につきあってなどいられん!グレート・スフィンクス始動!」
巨大招き猫…もとい、自称スフィンクスは身震いし、ゆっくりと立ちあがった。
招き猫のお腹に丸い穴が開き、中から黄色い光が放射された。
ガイドさん、いいや、ナンダース大佐はその光に包まれて巨大招き猫に吸い込まれていった。

「ノゾミ様、お下がり下さい。ここはこの爺にお任せを!」
完全武装宇宙服の爺が招き猫の前に立ちふさがった。

「邪魔をする気か…ジジイ!」
「貴様の相手なんぞワシひとりで十分じゃよ、若造!」
睨みあう重装備強化宇宙服VS超巨大招き猫!
空中で見えない火花が散った。

「ノゾミさん、今のうちに避難しましょう。」
「そうね、そうよね!」
ヌー王子に賛成してその場からソロリソロリと忍び足で離れようとするノゾミ。

「コラ…逃げる気か?」
気づいたナンダース大佐が声をかけた。

「しまった、気づかれちゃった!」
苦笑するノゾミ。

「当たり前だ!そんなでかい図体してて気づかれないと思ったか!この脳味噌真空の馬鹿娘!」
「……なんですってぇぇぇ!!」
ノゾミの表情が引きつった。大股でズカズカと砂漠を陥没させながら招き猫の方へ歩いていく。

「だ、だめですノゾミ様!うわっ!?」
ポコッ!ドシャァッ!
慌ててノゾミを止めようとした爺は、ノゾミに蹴飛ばされて砂丘にめり込んだ。

「誰も好きで巨大娘になったんじゃないわよ!
どこぞの阿呆王子がドジ踏んだ巻き添えくった被害者なのよ!」
「あの…阿呆王子って私のことでしょうか?」
おずおずとヌー王子はお腹の中から尋ねた。

「あんた以外にどこに阿呆王子がいるって言うのよ!黙ってなさい!」
「……はい……」
ノゾミの怒りに気押されて、ヌー王子は黙り込んでしまった。
ビシッと招き猫の顔面を指差してノゾミは言い放った。

「貴方も覚えときなさい!馬鹿なのは私じゃなくて、私のお腹の寄生虫のほうなんですからね!」
「は?はい…って、ノコノコやってくる貴様も馬鹿じゃないか!」
招き猫の両手がまばゆく輝いた!

「ま、まぶしい…キャツ!?」
ノゾミの巨体がフワリと宙に浮いた!

「な、なによ、これ?」
「しまった!は、反重力装置です!」
ヌー王子は焦ったが既に手遅れ。ノゾミは空中で身動きが出来なくなってしまった。

「そうら!」
「キャァッ!キャァッ!!」
ナンダース大佐の掛け声でノゾミはスーッと空中を滑るように移動した。

「アイタタタッ!」
ドシーーーーン!
ピラミッドのひとつに顔面から突っ込まされた。

ガラガラガラ…
「いったぁーい。ううう、女の子の顔を何だと思って…グゥゥゥ!?」
ピラミッドの崩れた石組みを払いのけて立ちあがろうとしたノゾミは金縛りになった!

「な、なんで?体が急に重く…」
「ノゾミさん…ダイエットに失敗したのでは?」
「何馬鹿なこと言ってんのよ!アグググ…・」
ドシン!
ノゾミは半壊したピラミッドの上に仰向けに倒れて、そのまま動けなくなった。
ゴゴゴゴゴゴ!
超重量の加わったピラミッドは完全に崩壊し、数千年を耐えた巨石すらも潰れていった。

「分かりましたよ、ノゾミさん!あのロボットは重力操作兵器です。」
「じゅ・重力を?」
全身を見えない力で押さえつけられて、ノゾミは口をきくのもやっとだった。

「地球上の100倍近い重力をノゾミさんの体にだけかけているのです!
ノゾミさんの体が巨大化パワーアップしていなければ今ごろはペチャンコです!」
「でも、このままじゃ、動けなくて、やられちゃうわ!」
だが招き猫ロボも動こうという様子がなかった。
ロボットを操縦するナンダース大佐はしかめっ面になっていた。

「あの小娘、じゃねえ大娘、とんでもねえヤツだ。
押さえ込むだけでこっちのエネルギー限界だとは…後は部下だけが頼りか。
ノーマッド少佐、聞こえるな。全員突撃!目標、巨大地球人娘!」
「了解!」
ナンダース大佐の命令に応じたのは…農協の団体さん!
カメラを放り出し、旅行鞄から銃を取り出してノゾミに向かって突撃してきた!

「えっ!ええーっ!」
農協の襲撃を受けて驚くノゾミ!だがヌー王子は至って冷静に指示を出した。

「シークレット・サービス!迎え撃て!爺はノゾミさんを死守せよ!」
「心得ましてございます!」
宇宙服のロケットを噴射しながら爺はノゾミの足元に着陸し、ビームライフルと迫撃砲を突き出した戦闘形態を取った。
同時に、土産物屋の店主たちが屋台の下から自動小銃や手榴弾を取り出した!

ダダダダダ!ドカン!ドカーン!
襲撃者数名が爆風で宙を飛んだ!

「チッ!そんなところに護衛が隠れていたか!」
悪態をつくナンダース大佐の前で、農協Vs露天商の激戦が始まった!

「第1小隊突撃!第2第3小隊は目標の前の武装宇宙服を排除せよ!」
「左、弾幕を張れ!ノゾミ様にそれ以上近づけるな!」
「特殊工作班!バリケードを爆破せよ!」
「コレ以上一歩も下がるな!なんとしても押し戻せ!」
「グレネードで突破口を開け!」
銃弾の火線が、青いフェーザー光線が砂漠の空気を加熱した。
爆発の炎があちこちで花開き、何人も人間を熱い砂の上に吹き飛ばした。

「爺、危ない!」
ドカァァァン!
「ウワァァァ!!」
ノゾミの近くでミサイルが爆発!爺は吹き飛ばされて宇宙服の破片を撒き散らしながら砂の上に転がった。

「爺!大丈夫か、爺!!」
「は、はい…なんとか。」
ヌー王子の呼びかけにこたえたものの、宇宙服からは煙が上がり、ところどころ火花が飛び散っている。

「チャンスだ!第1小隊、突入せよ!」
銃を振りかざした兵士たちが爺の抜けた布陣の穴から突入してきた。

「あああ!!あんたたち何する気?!」
ノゾミは慌てた!敵の兵士たちは、ノゾミのスカートの中へもぐりこんできたのだ!
「ヒッ!?やめて!やめなさい、この痴漢!」
だが身動きもできないノゾミには抵抗の術はない。数十人の男たちがノゾミのスカート内に殺到した!

「大佐、目標地点占拠しました!」
「よし、最終目標・ヌー王子はそいつの腹の中に潜んでおる!侵入して抹殺せよ!」
「了解!侵入口を探します!」
歴戦の兵士たちはスカート内に散らばり侵入できそうな穴を探し始めた。

「ひっ!?あわっ!だ、だめ、くすぐったい…」
太腿の内側を大勢の小さな手にまさぐられてノゾミはもだえた。

「ノーマッド少佐、左右には侵入可能な穴はありません!」
部下の報告を聞き、突入部隊の指揮官、ノーマッド少佐は考えた。

「ではやはりここか!この布で隠された内側だ!探せ。」
彼の眼前には白い布で被われた聳え立つ曲面があった。

「イ、イ、イ、イヤーーーーーッ!」
パンティの内側に虫が入り込んだような感触!そしてそれが大切な部分を這いまわる感触!

「どうした、まだ見つからんのか!」
パンティの内側でもぞもぞやっている部下に少佐は発破をかけた。

「それが、この大きな布が邪魔で…」
「それにこの巨人の体毛が絡みついて進めません!」
「やむをえんな、この布を爆破してしまえ!」
パンティの中にいた者は一旦外へ出て、代わりに小さな箱がパンティの中に残された。

「な、何をする気なの?」
異常を察してノゾミは震えた。

「3、2、1!」ドドォォーーーン!
「キャァァァ!あたしのスカートが爆発したぁぁぁ?!?!」
スカートだけではない、パンティも木っ端微塵となってしまった!
ヌー王子の超能力で強化されているノゾミの肉体は無傷だったが、腰から下の衣類は完全に吹っ飛んだ。

「な、ななな……なんでこーなるのぉぉぉぉ!」
ノゾミの下半身は照りつける砂漠の太陽の下に完全にさらけ出されていた。

「少佐、巨人の体内に侵入可能な穴らしきものを3箇所発見しました。」
「うむ、下からA穴、B穴、C穴と名づけよう。調査せよ。」
少佐はさらけ出された少女の秘所を仰ぎ見た。

「C穴は狭すぎてヌー王子には通れないはずで…ウワワッ!」
バシャッ!
穴から吹き出してきた生暖かい水に兵が弾き飛ばされて落下した。

「C穴は排水口だったのか…B穴はどうか?」
「入り込めるくらいの大きさはあります!」
垂れ下がった体毛にぶら下がった部下が応えた。

「よし、突入して調査せよ!」

「あ?ああ!だ、だめよ!そこだけはまだ駄目ぇぇぇ!」
無理矢理こじ開けようとする動きにノゾミは思わず声を上げた。

「むっ、あやしいぞ!王子はこの奥か?」
「うわっ、滑る、滑るぞ!」
つい、刺激に反応したノゾミの体はヌルリとした液体を分泌していた!

「ぎゃぁぁっ!」「ひいぃぃぃっ!」
砂の上に転落した兵士たちが骨折の激痛に悲鳴を上げた。

「B穴はトラップだったか…では本命はA穴だ!」
「少佐、A穴は強力な力で閉じられています!」
「やはりな、A穴にだけ強固なエアロックがあるのか。王子はその奥にいる!」
バリケードを死守する以外の敵兵全員がノゾミのお尻に集結した。

「ハルク軍曹、お前の怪力でこじ開けろ。」
「了解!」
緑色の皮膚の筋肉を盛り上がらせた大男が閉じられた肛門に両手を突っ込んだ…

「うっ……」
のぞみが浮かべた表情は形容しがたいものだった。

「ぐおおおおおおお!!い、今です、は、早く!」
ハルク軍曹は渾身の力を込めて門を押し開いた!

「よくやった、ハルク軍曹。」
ノーマッド少佐はハルク軍曹を誉めながら銃を構えなおして、軍曹の背中を踏み台にノゾミの肛門へもぐりこもうとした。

「ウッ!?だ、だめえぇぇぇぇぇ!」
グッ。ノゾミはありったけの力を下腹に込めた!

「ギャァァァッ!」
「グエェェェ……・・!……」
グチャッ。
絶叫と何かが潰れる音と感触。そして沈黙。

「しょ、少佐が…潰された。」「軍曹殿まで…」
「おのれ地球人の小娘め!」
「強行手段だ、もう一度こじ開けて爆弾を放り込め!」
怒りに燃える全員の手が突っ込まれ、閉じられた肛門は再びこじ開けようとした。

「あっ、あっ、あっ……」
「ノゾミさん、もう少しだけこらえてください!爺、撤退はまだ完了しないのか?」
冷静なヌー王子の声にも焦りが見え始めた。

「只今、シークレット・サービス全員撤退完了しましたぞ。」
爺の声が通信機から返ってきた。

「よし、ノゾミさん、目を閉じて!」
「えっ、何?何をする気なの!」
「説明は後でします。急いで!」
「あああああ、神様仏様!無事先輩に再会できますよーに!」
ノゾミは必死に祈りながら目を閉じた。
そしてヌー王子は号令した。

「目標、ノゾミさん!宇宙艦隊、主砲発射!」
青空は青い光のシャワーにかき消された。
一瞬、轟音が聞こえたが、それも消えた。
砂漠は波打ち、ピラミッドを構成していた石群は宙に浮かび、溶けて、分解した。

時間にして5秒足らず。
青光のシャワーの後にはクレーター状地形とえぐられた岩盤だけが残っていた。
そしてノゾミはその底に横たわっていた。
超パワーを与えられた彼女の巨体は宇宙戦艦の主砲にも耐えきったのである!
ただし、服は完全に燃えつきて全裸にされた挙句、全身下着のあともないくらいに日焼けしていたが。

「なにやったのよ…」
「艦隊の大気圏外からの一斉射撃です。大気に邪魔されてるとは言え軽装備の歩兵には耐えきれません。」
「日焼け嫌だったから苦労してきたのにぃ…」
「…えっとですね、ノゾミさんには重大な被害は及ばないと判断できる…」
「おまけにまた、素っ裸にされて……」
「その…………………・ごめんなさい……」
泣きながらもノゾミは立ちあがった。

ズザザザッ!
砂の中から何かが立ちあがった!

「部下の仇だ、逃がさん!」
ナンダース大佐の駆る超巨大招き猫ロボだった。
高熱で機体の半分が溶けかかりながらも、執念でズシンズシンと向かってくる。

「貴様もろとも自爆して…じ・ば・く・し・て…?」
ノゾミと視線が合った瞬間に大佐は金縛り状態になった。
戦場で死線を乗り越えてきた彼をも恐怖させるほどの、殺気が半泣き顔のオールヌードの超巨大女子高生から吹き出していた。

「…」
「い、いすくめられただと?」
「……」
「こ、この俺が!戦場を潜り抜けてきたこの俺が?」
「…………………(怒怒怒怒怒)」
「馬鹿な!」
ブゥン。
ノゾミは大きく足を後方に振り上げて…

「失せなさぁぁぁぁいぃぃぃぃぃ!」
バキッ!
招き猫の股間を思いっきり蹴り上げた!

「ウオォォォォ!!」
招き猫は垂直にぶっ飛び、青い空の中をどこまでもどこまで飛んでいった。

「ヌー王子よ、俺は貴様ごときに負けたのではない!」
炎と煙を吹きながら上昇していく招き猫からナンダース大佐の声が響いてきた。

「俺は、俺はその小娘の…肛門括約筋に敗れたのだ!」
「恥ずかしい捨て台詞残さないでよ!」
ドカーーーーーーーン!
砂漠の空に炎の花が大輪を咲かせた…
歴戦の戦士は戦場に生き、戦場に死んだ。

**********

砂漠のど真ん中に作られた超大型プールに匹敵する浴槽もノゾミにはユニットバス程度にすぎない。
ここに海から水を運ぶだけで大型貨物宇宙船を使うはめになった。

「あのーーー、ノゾミさん?」
「……」
ヌー王子の呼びかけにも不機嫌な顔をしたノゾミは返事しようとしない。

「日焼けは今夜中にナノマシンで元通りにしますから。」
「当然ね。」
石鹸で体を洗いながら冷たく突き放す。

「後、つぎの訪問地でのパーティー・ドレスはご指名のデザイナーに作らせましたので…」
「それも当然ね!」
「ですから…ご機嫌を直していただけないかなと…」
「……」
王子は思った、地球の女性を扱うのは親善大使の仕事より難しいな、と。
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■ 第6夜・Queen in Paris
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闇に包まれし宇宙の片隅、強力な兵器とエネルギーで要塞化された小惑星の一室。
その生物は煮えくりかえるような怒りを見せ掛けだけの冷静さで隠して、部下に言葉をかけた。

「ミスター・張もレ・陰謀マンも倒された。ナンダース大佐の部隊も全滅した。」
闇の中のシルエットしか見せないその生物は、平静を装いつつも苛立ちを隠しきれなかった。

「存じ上げております、首領。」
応える声も冷静さの中に憎悪を滲ませている。

「他の手下どもときたら、うすらでかいだけの地球人の小娘に恐れをなして手を出そうとせん!」
不機嫌な首領の声だけが闇に響く。

「我ら秘密暗殺結社『死ね死ね団』の面目丸つぶれだ!
やはり頼れるのは直属部隊のお前たちだけだ。この仕事、断るまいな?」
首領の命令に応じて闇の中で五人の人影が立ちあがった。

「役立たずの下っ端どもと我ら直属部隊とを一緒にしないでいただきたい。」
「リーダーの言うとおりだぜ。安心しな、首領さんよ!」
「そうよ、最初から私たちに任せてくれればよかったのよ。」
「地球の下等生物に真の恐怖を学ばせて差し上げましょう。」
「まっ、わしらの実力を見ててください!」
絶大な自信と底知れぬ残忍さをうかがわせる5人の若い男女の声。

「フッフッフッ…そうであったな、頼もしい奴らよ…」

**********

「ね、ねえ、ヌー王子…本当に、これ着ていいの?」
胸をときめかせつつ、ノゾミは自分のお腹に聞いてみた。

「もちろんですとも!ノゾミさん。」
お腹の中からヌー王子の返事が返ってくる。
ノゾミは今、ビルの谷間に張り巡らされた超大型テントの中で着替えていた。
ブラとパンティのみの姿で用意された着替えを小さな胸にきゅっと抱えている。

「素敵!まるで王女様が着るドレスみたい。」
うっとりと金糸銀糸に彩られたシルクのドレスをノゾミは宝物のように抱きしめた。

「地球の高名なデザイナーがノゾミさんのために仕立てたのだそうです。
さあ、ノゾミさん…着てご覧なさい。」
「うん…」
ヌー王子に言われるまま、ノゾミは夢見心地で袖を通した。
テントの裏手に出て、陽の光の下でドレスを着た自分のボディラインをチェックする。
そして高層ビルの前に立つ。
全長100mを越すミラーガラスを姿見の代わりの、全身を映し上から下まで視線を何度も走らせる。
クルリと半回転して背中を映し出す。スカートの布地が突風をビル街に巻き起こす。
もう一度正面を向き、ニッコリ微笑み、それから可愛くアカンベしてみる。

「私じゃないみたい…でも、似合わないような気がする…」
「そんなことはない。よくお似合いですよ。」
再びお腹の中からヌー王子の声。

「そうかなぁ?」
「ノゾミさん、貴方はもっと自信を持っていいのですよ。おっ?届いたな。」
その時、足元に小さなトラックが走り寄ってきた。
いや、『小さな』ではなく普通の大型トラックなのだが、身長80mのノゾミの側にくればどんな車両でもオモチャくらいにしか見えない。
荷台にはジュラルミンの大きなケース数個が載っている。

「ケースを開けて御覧なさい。我が母星よりノゾミさんへのささやかな贈り物です。」
「……まあ、これは!?」
一つ目のケースには赤い宝石のブローチが入っていた。
しかも洗面器ほどの大きさの巨大な宝石である。
二つ目には真珠のネックレス、これもひとつぶひとつぶがサッカーボール大の見事な真円真珠である。
三つ目のケースには煌く指輪。数十個のダイヤモンドが星座の形に美しく配されている。
このダイヤモンドも小さいものでさえ野球のボールより大きい。

「綺麗だわ、透き通るような感じ!よくできてますね、とてもイミテーションとは…」
「え?ああ、それは本物のルビーとダイヤモンドですよ。真珠は養殖物ですが。」
「ええ!じゃあ、あの、これも普通の宝石を拡大してるんですね?」
「ハハハ…そんなセコイことはしませんよ!母星から一番大きいのを送って貰ったんです。」
ノゾミは応えるべき言葉を失った。
恐らく地球上で最大の宝石もこれに比べれば砂粒にもあたらないだろう。

「あ、あ、あの!私、こんな高価な物は…」
「ノゾミさん、本日の晩餐の主役は貴方なのです。これくらいは当たり前というものですよ。」
ヌー王子の優しい言葉が魔法使いの呪文のようにノゾミの心を揺さぶった。

「で、でも…」
「さあ、身支度はこれくらいにしましょう。日本から招いたクラスメートの方々もお待ちかねです。」
夢見心地でノゾミはネックレスを身につけ、ブローチを胸に留め、指輪をはめた。
(これって…プリンセス気分?)

**********

「さあ、お集まりの皆様!本日のヒロインの登場です!プリンセス・ノゾミ!」
タキシード姿の司会役がマイク片手に宣言すると、ざわめいていた広場は静寂に包まれた。
オフィス街の高層ビルから張り巡らされた七色のレーザー光線のカーテンがスッと左右に開いた。
そしてその向こうからノゾミは登場した。
足元の通りは全てイルミネーションが敷き詰められ、プラチナと宝石でできた砂浜のように輝いている。

「オッ!」「オオーッ?」
「綺麗!」「素敵だわ…」
広場のあちこちでどよめきが巻き起こり、歓声があがった。
白を基調としたクラシックなドレス。陽光に輝く精緻な刺繍。
ともすれば悪趣味に堕ちやすい巨大宝石も決して美しさを損ねることがなかった。

「これはお美しい!」
「あれが噂に高いジャイアント・ヤマトナデシコですか?」
足元にいる人々が色々な国の言葉で賛辞をおくる。
彼らは各国の政府要人や王族・貴族である。地球外からのゲストも多い。

「オーイ!ノゾミ!」
足元で彼女を呼ぶ声がする。
よくみると大きな眼鏡をかけた三編みの女子高生がこちらを見上げている。

「あっ、コダマちゃん!お久しぶり!!」
クラスメートの山陰コダマという女の子だった。ノゾミは腰を屈めて右手を彼女に近づけた。
トラックの荷台ほどの手の平に少し躊躇いつつも、コダマはノゾミの手の平に飛び乗った。

「わーっ!高いー!目が回りそー!」
手の平で大騒ぎするコダマにノゾミは顔を近づけた。

「見違えちゃったよー!ノゾミってマジで王女様しちゃってんだもん。」
「っていっても全部、貸衣装なんだけどネ!」
照れ笑いするノゾミ、こいう時は彼女は普通の女子高生に戻る。(大きさ以外は…)

「ご学友の方ですかな、ノゾミさん?」
「えっ、ああ!コイツはね私の悪友の山陰コダマっていうの。」
「親友に向かって『悪友』はないでしょ!それより今の声は…」
コダマはあたりを見まわしたが、声の主の姿らしきものはない。

「はじめましてマドモアゼル!私の名はヌー。お見知りおきください。」
「えーっ?じゃあ貴方がノゾミと合体してるっていう異星の王子様ですか?」
「ハハハッ、そういうことになりますかな。」
ヌー王子の地球でいう『実に紳士的な応対』にはノゾミの方が面食らった。
なにしろおちゃらけたところと間抜けなところしか見たことがないのだから。

「ねーっ、ねーっ合体ってどうやるんですか?」
「簡単ですよ、まず『肛も……」
「ストップ!ストーーーップ!それは最重要機密事項よね!」
慌ててノゾミはヌー王子の次のセリフを遮った。

「えっ?別にそういうわけでは…」
「絶対喋っちゃダメ!」
「そ、そうですか。分かりました…」
危ないところだった。友人とはいえ、『ノゾミさんを拡大して肛門から潜り込みました』などとバラされてはたまったものではない!

「なーんだ、教えてくんないのか。つまらない…ところでノゾミ、知ってる?」
「?何を?」
「東海先輩、ここに来てるよ。」
「ええっ!?でも招待されたのはクラスメートだけのはずじゃ…」
ノゾミの憧れの人、東海ヒカリは美術部の先輩である。
今回のパーティの招待客は、同じクラスの生徒だけなので彼は含まれないはずであった。
その疑問に回答を与えたのは…

「ああ、彼なら来ているはずですよ。確かに招待客リストに入れるように取り計らっておきました。」
ヌー王子はこともなげに断言した。

「な…なんで!?」
「えっ?だってニホンを出発する時にノゾミさんがジッと見つめておられた方でしょう?
ノゾミさんの寝言にもよく出てくるし…いけませんでしたか?」
驚くノゾミにヌー王子は当然のように続ける。

「キャハハハ!王子様、ナイス!」
コダマにからかわれてノゾミは真っ赤になった!

「じゃあ、この会場のどこかに…先輩が?」
「ん、さっきから足元にいるのが彼じゃないかな。」
「…ええっ!」
ヌー王子のいうように足元にタキシ−ドを窮屈そうに着込んだ青年がいた!
ノゾミと視線があうと、青年は照れくさそうに笑った。

「ひ…久しぶりだね、山陽さん。」
「東海先輩…」
それっきり二人とも言葉が続かない。
ノゾミの手の平に座っていたコダマはニッと笑った。

「私を降ろしてよ、ノゾミちゃん。あとはごゆっくり…ネ!」

**********

パーティの喧騒を離れて会場の片隅に二人は腰を降ろした。(もう一人、ノゾミの中にいるわけだが)
東海ヒカリ先輩はベンチに、ノゾミは大きなテント布をかぶせたビルに座った。

ギギギ……
宇宙技術で強化された鉄筋コンクリートのビルでさえ、ノゾミの大質量には悲鳴を上げている。

「いやいや、そうでしたか。東海殿は将来は画家を目指しておられるとか…」
「いえ、殿下。そんな大したことは…」
「ご謙遜を、コンクールではいつも上位入賞とノゾミさんから伺っておりますぞ。」
「えっ、私、いつそんなことを…」
とりとめのない会話がしばらく続いた後、

「おっ?爺から極秘通信だ!すみませんが、しばし失礼いたしますゆえ、お構いなく…」
と言ってヌー王子は通話を切った。
ノゾミとヒカリ先輩は、いきなり二人きりになってしまった。

「……あ、あの!せ、先輩!」
「え、えっと、山陽さん……」
二人とも再び顔を赤らめての沈黙。

「あ、その……山陽さん、元気だった?」
「え、はい!とても…元気です!」
全然会話になっていなかった。

**********

「ええい、まどろっこしい!地球人とはこんなに奥手な種族なのか?」
ここはノゾミの大腸内、ヌー王子専用?特別控え室。
用があるといいながら、きっちり盗み聞きしているヌー王子であった。

「男なら一気に押し倒すくらいはせんか!全く…」
我が事のようにやきもきするヌー王子。
身長178cmのヒカリ君に身長80mのノゾミちゃんを押し倒せるかどうかは疑問だが。

「殿下、殿下!」
通信機のスピーカが耳障りな声を発した。

「何用だ、爺!今、いいところ…い、いやなんでもない。」
「諜報部より例の件、報告がきましたぞ!」
ヌー王子は真顔になり目をキラリと光らせた。

「それで…何といってきたのだ?」
「やはり今回の暗殺には『奴』が絡んでおるようです。
『奴』の隠し財産を全て注ぎこんで、暗殺結社『死ね死ね団』を買い取ったらしいのです!」
「そうか、やはり『奴』なのか…それで居場所は?」
「残念ながらそこまでは…」
ヌー王子は考え込んだ。
敵の正体は掴めたが、それだけでは暗殺者を食い止めることはできない。
やはり、当面は防衛策を強化するしか…

ビーッ!ビーツ!
警報が大腸内に鳴り響き、赤いランプが明滅する!

「暗殺者か!」

**********

「僕はね、いつかパリに来たいと思っていたんだ。留学して本当の絵を学びたいんだ。」
「じゃあ、先輩はやっぱりプロの画家に?」
ノゾミと東海先輩はいつのまにか将来の夢を話していた。

「うん、子供のころからずっとね…」
「叶うといい…いいえ、きっと叶います!先輩ならきっと!」
「山陽さん…」
「先輩…」
ふたりは見つめあった、少し恥ずかしげに、頬を林檎のようにほんのりと赤く染めながら…

ビーッ!ビーッ!
無粋なブザーの音が甘く切ないムードをぶち壊した!

「なによ、この音は?!」
「山陽さん!君のお腹のあたりから聞こえるみたいだ!」
「ええっ、なんで?」
「そ、それになんか君のお腹に赤い光が!」
「きゃあっ!?なんなのよ!」
白いドレスの布地を通してお腹のあたりに赤い光が明滅してる!

「ノゾミさん、緊急事態です!」
「ヌー!?じゃあこれは…」
「緊急警報です!この都市の警備網内に暗殺者が侵入しました!!」
「とにかく…この警報止めてください!」
せっかくいいムードだったのに、ヘソのあたりを赤く光らせながら腹の底で警報ブザーを響かされてはぶち壊しである。

「先輩、避難して!私から離れてください!」
「でも山陽さん!君は?」
「私は大丈夫!先輩が巻き添えをくったら大変です!」
ノゾミは近くにいた警備員を手招きした。
二人の警備員がやってきて東海先輩の腕を掴み、避難させようとする。

「いや、僕もここに!」
「無茶を言うんじゃない!」「死にたいのか?!」
「し、しかし!」
警備員はなおも留まろうとする青年を問答無用で仮設防空壕へと引っ張って行った。

「……どこかしら暗殺者は?」
パリの空は晴れ渡り、街角にも人影はない。
ノゾミが見まわす限りでは怪しげな人間も物体もなかった。

「もしかして誤報だったんじゃ?」
「そんなはずはありませんよ、ノゾミさん。この街のどこかにかならず…」
「どこだ?」
「どこだ、どこだ?!」
警備員も護衛の軍隊も必死に敵の姿を捜し求める。

「あっ!あそこだ!」
誰かが聳え立つエッフェル塔を指差した!

謎の人物たちのシルエットがかろうじて見えた。
塔の基台部に2名、展望台の屋根の左右に2名、そして塔頂点のアンテナに1名。
塔頂点に立つ赤一色のコスチュームの男がバッと決めポーズを取った!

「銀河の果てからお命頂戴!コロシレッド参上!」
「神出鬼没に依頼を遂行!コロシブルー参上!」
「狙った獲物は逃さない!コロシグリーン参上!」
「百発百中貴方のハートを狙い撃ち!コロシピンク参上!」
「パワー爆裂男はでっかい噴火山!コロシイエロー参上!」
(声を合わせて全員決めポーズ!)
「我ら究極暗殺戦隊!コロシヤーズV!!」
チュドーン!
エッフェル塔を背景に五色の爆発が起こり、五色の煙がパリの空を鮮やかに彩った。

「何なのあの人たち……」
呆れたように呟くノゾミ。
しかし、ヌー王子は明らかに余裕をなくしていた。

「うぬぬ!噂だけかと思っていたが、伝説の秘密暗殺戦隊とは奴等なのか!」
「……」
あれのどこが秘密戦隊なのか、とつっこみかけたノゾミだったが、言うのをやめた。
経験上、言うだけ無駄な相手だというのを思い出したのである。

「で、どーすんの?」
「爺!警備陣にエッフェル塔を取り囲ませろ!陸軍戦車部隊は砲撃準備!空軍に出動要請!」
「御意!市民の避難が完了次第攻撃に移りますぞ!」
重々しい音をたてて進軍する重戦車。
無表情に駆け抜ける完全武装の兵士。
白い飛行機雲を残して飛来するジェット機。
パリの街かどは突然の臨戦体勢となった。
だが、恐らくはリーダー格であろうコロシレッドは迫る軍勢を一瞥しただけだった。

「だめだダメだ駄目だ!そんなセンスのない連中などと戦えるか!」
……エッフェル塔を包囲した全軍が沈黙した。
コロシレッドの手には『台本』と書かれたコピー紙の束が握られている。

「序盤戦は下っ端戦闘員との小競り合いと決まっているんだ!さっさと戦闘員を出したまえ!」
「いいか、黒ずくめのコスチュームで『イーッ!』とか『キキーッ!』とか奇声を出しながら戦うんだぞ!」
コロシブルーも偉そうに注文をつける。
取り囲んだ軍隊も唖然として動けない。

「うーむ!デザイン面の弱さを突かれては相手にはならん…爺、軍隊を引き上げさせよう。」
「御意、殿下。総員撤退!」
爺の命令で軍隊は撤退を始めた。全員「納得いかないなあ?」という表情である。

「ど−して、こーなるワケ?」
ノゾミにいたっては怒る気力さえなかった。

「ノゾミさん、男には譲ってはならぬ一線というものがあるのですよ。」
「……」
ヌー王子の一言を聞く気力さえノゾミにはなくなった。

「仕方ない、戦闘員との序盤戦は後で撮影して編集する!
次は敵と5対1での格闘戦、追い詰められた敵が巨大化するところまで一気に…」
「リーダー!あいつ、とっくに巨大化してるぜ。」
バシッ!
ブルーの指摘にリーダー格のレッドは怒りをあらわにして台本を地面に叩き付けた。

「話にならん!地球人は一体、何を考えてるんだ?」
「それはこっちのセリフだわ…」
ノゾミはそれだけ言うのがやっとだった。

「仕方ない、クライマックス・シーン行くぞ!バラス・メカを呼ぶんだ!!」
五人全員が腕を振り上げた!右手首のブレスレットが五色の光に輝く!

「カム・ヒア、マッサツフェニックス!」
グォーーーン!レッドの呼び声に応えて真っ赤な怪鳥型戦闘機が雲間から飛来した。

「カム・ヒア、シャサツアタッカー!」
「カム・ヒア、コウサツクラッシャー!」
ブルーとグリーンの叫びに高速道路を爆走する巨大なトレーラーが!
脱線してきた超特急列車が地を駆ける!

「カム・ヒア、ドクサツマリーン!」
「カム・ヒア、シサツクルーザー!」
海上を突っ走る高速艇が陸上に乗り上げて突進!
飛沫を上げて浮上した潜水艦が何と宙を飛んでイエローとピンクの元へと向かう!

「搭乗!」
コロシヤーズVの5人が足につけたジェット噴射で空を飛び、メカに飛び乗った。

「バラスメカ・超変形合体モード起動!!」
大型戦闘機が変形し真っ赤なボディ部となった。
高速艇の船首から巨大な鋼鉄の手が、潜水艦から超大型ドリルが突き出した。
大型トレーラーと超特急は直立し、巨大な2本の脚部となった。
最後に二つに割れたボディからロボットの頭部がせり出してくる。

ガシン!ガシン!ガシーーーン!
「合体!スーパー・ダイバラス!!……あれ?な、なんだ!?」
ズッテーーーン!
ポーズが決まる瞬間に巨大ロボは無様に転倒した!

「いってて…どうしたんだ?」
「大変よ、リーダー!コウサツクラッシャーが合体してないわ!」
「何だってぇ!おい、グリーン!どうした?何があった…!」
見た瞬間、レッドは言葉を失った。

「へーえ、ここのとこが曲がって関節部になるんだ。」
「よくできてますねえ、ノゾミさん。日本製でしょうか?」
ノゾミの手には右足に変形した大型トレーラーがしっかりと握られていた。

「おいこら、やめろ!放してくれ!」
運転席のグリーンが必死に抗議しているが、すっかり夢中のヌーとノゾミは全然聞いてない。

「そこから飛び出しているのは通信アンテナでしょうか?」
「違うわよ、ヌー。ほら、きっとレーダーか何か…あっ?」
ポキ。
ノゾミが力を入れすぎたのか、通信だかレーダーだか分からないアンテナは根元から折れてしまった。

「ご、ごめんなさい!すぐに直します!」
折れた部分をもう一度くっつけようとするが、接着剤もなしにくっつくはずもない。
慌てて、無理矢理差しこもうとするうちに…

ポキ。
今度は安定翼も折れてしまった。
敵味方全員の無言の非難の視線がノゾミに集中する。

「……もういい、返せ。」
「ごめんなさい……」
ノゾミは深々と頭を下げて、差し出された巨大ロボの手に大型トレーラーを渡した。
刺々しい空気の中でロボは長靴でも履くように右足を取りつけた。

「気を取りなおしてっと…合体!スーパー・ダイバラス!」
バリバリバリ!ドカーン!
背景に過剰なまでに派手な稲妻が走り、数十発の花火が花開いた!
ビルが次々に吹き飛び、パリは業火に包まれた!

「ブッコロス・ミサイル!」
ドカーン!ドカドカドカーン!
「キャッ!?」
ロボットの指先から発射されたミサイルがノゾミのまわりで爆発した!

「ミナゴロシー・パルスレーザー!!」
シュバシュバシュバババ!
「キャァァァッ!」
両眼が発した赤い光がパリの市街を乱舞した!
シャンゼリゼ通も切り裂かれ、炎上する!

「や、やだ!せっかくのドレスが!」
ノゾミのドレスは爆炎で焦げ、レーザーに切り裂かれボロボロにあった。

「ノゾミさん、ドレスどころじゃない!次の攻撃が……来ませんね?」
ヌー王子が不思議そうに言うように、追い討ちのチャンスに巨大ロボ・ダイバラスは動こうとしない。

「リーダー?とどめのチャンスじゃないのか?」
ブルーも不思議そうに尋ねた。

「いいや、その前にこちらもピンチになって盛り上げなきゃ。そこから大逆転でフィニッシュだ。」
「あ〜あ、面倒なのね…」
ピンクが溜息をつく。

「弱音を吐くなよ、俺たちはプロなんだぜ!おい、そこのでかいの!」
「えっ、私?」
敵から呼びかけられて、ノゾミはキョトンとした。

「お前以外に『でかいの』なんていねーだろー?さっさと来い!」
「(ムカッ!)なんなのよ!」
ズシン!ドカン!ズシン!ドカン!
足もとに散乱する自動車を踏み潰してるのにも気づかないで、ノゾミはツカツカと歩いて行った。

「よおぉーし!何でもいいから俺たち攻撃してみろ!」
「いいの?」
「つべこべ言わずにさっさとやれ!このウスノロ!」
「(ムカムカムカッ!)じゃあ遠慮なく…とっといけない先輩が見てるんだった!」
握り締めたゲンコツでぶん殴ろうとしてノゾミは思いとどまった。
東海先輩の目の前である。女の子らしくない攻撃は慎まなくては!
ノゾミは仮設防空壕にいる先輩の視線を意識して、渾身の右ストレートを無難な平手打ちに切り替えた。

「エイッ!」
可愛い声とかわいい動作を意識して、いかにも非力な平手打ちを一発だけ繰り出す。

ドゴォン!
「グワァッ!?」
スーパー・ダイバラスの超合金の顔面が陥没し、亀裂が入った!
ヴォン!
首の捻じ曲がったロボットの巨体は軽々と宙を飛んだ!
バコン!ボコン!バカン!
真横に大回転しながらぶっ飛んでいくスーパー・ダイバラスに巻きこまれて、途中にある高層ビルが次々なぎ倒され消し飛んで行く!

ズゴォーーーーン!
最後にオフィス街のど真ん中に頭から落下したスーパー・ダイバラスは、両足を天に向けて動かなくなった。
……史上最強のビンタであった。

「やるわねー!ノゾミちゃん。」
防空壕に避難していたコダマは感心したように言ったが、隣で見ていた先輩は…

「すごいや、山陽さん…」
それっきり何も言わなくなった…

「な…なんでこうなるの!?」
「フッ…愚かな。我々がこのような事態を想定してしないと思ったか。」
呆然とするノゾミに答えを返したのは当然ヌー王子!

「こんなこともあろうかと、ノゾミさんの食事に筋力増強剤プロテインZを配合しておいたのだ!」
「もう、いやぁぁぁ!私の体に勝手なことしないでよぉぉぉ!」
「心配には及びません。先端科学の粋を凝らした薬品ですからオリンピックでもバレません!」
「そーゆーことじゃなーーーい!!」
ますます普通の女の子から遠ざかりゆく乙女の悲痛な叫び!
だが悲劇はまだ序章に過ぎなかった!

「み、みんな…無事か?」
レッドは割れたゴーグルの隙間から流血しながらも立ちあがった。
コクピット内は煙が立ちこめ、あちこちでショートの火花が散っている。

「ああ、なんとか…」
「ヒドイ目にあったわ。」
「ピンチっていうか、ちょっとやばいかも…」
「かなり、…大ピンチ。」
返事したものの、全員ダメージ大だった。

「よ、よし、ピンチはこれくらいでよかろう!クライマックスだ!」
「カム・ヒア ゴッド・ドラゴン!」
一瞬にして空が曇り、雨が降りだし、雷鳴が轟いた!

「今度はなによ?!」
「ノゾミさん!あれを!」
ゴォォォォォ!
竜巻を突き破って巨大なドラゴン型宇宙船があらわれた!
同時に大地に突き刺さっていたダイバラスは立ちあがった。

「ファイナル・フュージョン!ゴッド・ダイバラシン!」
ドラゴンの首が巨大な大砲となり、2枚の翼が2本の巨大な青龍刀に変形した!
ドラゴンの胴体は分厚い鎧となってダイバラスのボディに装着され、七色の光が闇を裂いた。

「超次元二刀流、銀河真空切り!」
2本の青龍刀の冷たい光が二筋、虚空を走った。

「えっ…」
ノゾミが感じたのは胸元をかすかに撫でる、そよ風のみ。だが!
その胸元の白い布地に縦一筋の線!

ハラリ!
「エエッ!?」
ドレスは見事に真っ二つ!左右に分かれて地に落ちた。

「おお〜…!」
見事な太刀筋に、物陰から見つめる大観衆にどよめき巻き起こる。
いや、それだけではない!

「アアアッ!」
「オオオオオォッ!!」
ブラジャーもパンティも真っ二つ!ノゾミは一糸まとわぬ姿になってしまった!
全世界の視線が乙女の美に集中する!

「キャァァァ!なんでこーなっちゃうのよぉ!?」
ノゾミは悲鳴をあげ、胸と股間を押さえて座りこんでしまった!

「ノゾミ…私が知らない間に成長してたのね、うらやまし…」
しんみりと、のたまうコダマちゃん。

「……」
東海先輩は無言で噴出する鼻血を押さえていた…若いぞ。

「ノゾミさん、落ちついて!ひとまず逃げましょう!さあ、立って!」
「いやいやいやぁ!今、立ったら丸見えじゃないぃぃぃ!」
冷静なヌー王子の声も、恥ずかしさでヒステリー状態のノゾミには通じなかった。

「しかしね、ノゾミさん…な?あ、あれは!」
ヌー王子はモニターに映る敵の姿に愕然となった!

「あれって、まさか…」
ノゾミもまた恐怖した。巨大ロボ・ゴッド・ダイバラシンの主砲・ドラゴンの顎からのぞくもの!
ガラス状の巨大な円筒に怪しげな液体を充填したその形状は?!

「まさか…………浣腸器ィィィ!?」
ノゾミの言葉の語尾は悲鳴に近かった。
直径10m長さは100mを越すであろう超巨大サイズのそれは、大型浣腸器そのものであった!

シュルルルル!
「キャァツ!」
ロボットの腕から発射された鎖がノゾミの体に巻きついた!

「アア…痛い!アアアッ!」
ギリギリと銀色の鎖がノゾミの柔肌に食い込んで行く。

「そのとおり、貴様の体格に合わせて作った宇宙最大の浣腸器よ!もう逃げられまい。」
完全に自由を奪われたノゾミに対し、レッドの勝ち誇る声!

「これを貴様にブチ込み、ヌー王子を体外へ排泄させて完璧に抹殺してやる!」
ガシャン!ガシャン!ガシャン!
金属的な足音を響かせて、巨大浣腸器背負った巨大ロボが迫り来る!

「こ・こ・こ・こっちに、こ・来ないで!ヌー、なんとかしてぇぇぇっ!」
「……」
ヌー王子は答えなかった。ただ、ノゾミの大腸内に設置されたモニターの一つを凝視していた。
モニター上ではさきほどから数本の曲線が激しく踊り狂っていた。

「いや…いやよ、そんなの…・」
このままでは憧れの先輩の目の前で、晒し者された挙句の緊縛浣腸プレイ!?
追い詰められたノゾミちゃんに未来はないのか!

「あと、少し…もう少しだ。振幅がマックスに達した時、地上最強の戦士が降臨する!」
ノゾミの感情に反応するようにモニターの輝線が一段と輝く!
それに呼応するかのようにヌー王子の背中から幾本もの管状の物が突きだし、周囲の腸壁に突き刺さった。

「さあ、観念するがいい!」
ガシッ!
ゴッド・ダイバラシンの鋼の指がノゾミの首筋をガッチリと押さえ込んだ。

「…あっ。」
プツン。
切れた。ノゾミの精神の中で決定的な何かが…

「き…来ったーーーぁっ!」
ヌー王子の目の前で全てのモニターが白く輝いた!
ドクン!
音をたてて管から『何か』がノゾミの腸壁へと注入された!

ザワッ…
ノゾミの髪の毛が風もないのに揺らめいた。
涙に濡れた顔が奇妙なくらい空虚な表情へと変化をする。

ドンッッッ!
「グワァッ!?」
何かの力がノゾミを中心に発生し、ダイバラシンを弾き飛ばした!

「……ふ…ふ…ほ…ほほ…」
うつむいたノゾミの唇から叫びとも言葉ともとれない声が洩れてくる。

「何事だ!?」
体勢を立て直すダイバラシンのコクピットから見えたもの、それは…

「…ほ・ほ・・ほほほ・・ホ、ホーッホッホッホッ!」
狂ったように高笑いするノゾミの立ちあがる姿だった!

「今だ!宇宙艦隊、ノゾミさん専用コンバットスーツ!転送!」
ヌー王子の命令で、ノゾミに向かって天空から白銀の光が降り注いだ!

「蒸着!」
光の中で輝くノゾミの裸身に実体化したコンバットスーツ!それは…
黒光りする手袋!黒光りするハイヒール!黒光りするコルセット!

「うおおっ?あれは…」
「ボンテージ…」
スゴイ物を見なれた観衆をも驚愕させるメタリック・ブラックのボンテージ・SMスーツであった。

「ホーッホッホッ!……女王様とお呼び!」
すでに人格はノゾミの物ではなかった…

「成功だ…極限の精神の中で、我が分泌液によって肉体が持つ120%のパワーを引き出す。
地球の民族資料にあった『あらゆる者どもをひざまずかせる最強の戦士』の誕生だ。」
ヌー王子の満足そうな微笑み。傍らの資料棚をチラリと見る。
腸壁の襞を利用した本棚には『緊縛、炎の女王様』『奴隷愛』などの『民族資料ビデオ』が並んでいた。
ブラックアウトしていたモニター全てにメッセージが表示されていた。

『王女様は『女王様』にクラスチェンジしました!』

「フッ…」
あからさまに見下した目でノゾミはダイバラシンを見た。

「気をつけろ、リーダー!得体の知れないパワーを感じる…」
「了解、グリーン…うわっ!」
ガクン!何かがダイバラシンの首に巻きついた!
凄まじいパワーに重量級のロボットがたやすく引きずられていく。
それは、ノゾミの右手から飛び出した鞭のような稲妻であった!

「サンダー・ウィップ!」
ヌー王子が叫んでいるのが武器の名前らしい。

「ホーッホッホッ!女王様の元へ参上しなさい!」
楽しそうにノゾミは稲妻の鞭を手繰り寄せる。
敵も必死にふんばってはいるが、コンクリートで固められた道路にえぐられた溝を作るだけだった。

「バインド・ロープ!」
ノゾミの左手に光が集まり、光の中に『荒縄』が出現した。
蛇のように空中に踊る荒縄が巨大ロボを捕捉した。

ギシギシギシ!
キリキリと締め上げる荒縄が巨大ロボの股間に食い込んで行く。

「ヒート・キャンドル!」
今度は腰の皮ベルトから射出された白い棒状の物体が右手に握られた。
聖火台のように燃え盛る炎を灯した電柱サイズの巨大ローソクだ!

「ホーッホッホッホッ、お熱いのをお浴び!」
身動きできないダイバラシンを抱きしめてノゾミはローソクを高く掲げた。
溶けた白い滴がタラリタラーリとダイバラシンの顔に胸に滴り落ちる。

「グワァァァッ!」「熱っちち!!」「や、焼け死ぬぅ!!」「リーダー、なんとかしてくれ!」
ダイバラシンのコクピット内は熱風と焦げ臭い匂いに包まれた。
電子回路がスパークしてパイロットランプが赤く輝いては消えて行く。
滴り落ちた熱い蝋が超合金の装甲をも溶かして駆動系に大ダメージを与えているのだ。

「みんな、…アレをやるぞ!」
「エッ……」
レッドの一言に全員が絶句した。

「アレってまさか、ファイナル・モードを?!」
「アレはマズいんじゃないの、リーダー。」
コロシヤーズV全員のマスクの下の顔色が蒼白になった。
数多くの重火器を搭載するダイバラシンにおいて、唯一使用禁止の技として封印されたのがファイナル・モードであった。

「今、使わずにどうする?今がその時なのだ。」
「分かったよ、リーダー」
ブルーが胸の隠しポケットから鍵を取り出した。
他の全員もカードを取り出した。

「ダイバラシン、ファイナル・モード!セィフティ・ロック解除!」
4枚のカードがスロットに滑りこんだ!
「最終セィフティ解除!」
レッドの右手の鍵が鍵穴に差しこまれ、グルリと半回転した。

「パスワード、DO−GE−ZA!ファイナル・モード、発動!」
ウオォォォン!
ダイバラシンが吼えた!金属製のボディが七色に輝いた!

ブチ!ブチブチ!
動きを封じていた荒縄が引き千切られた!

「ムッ?ノゾミさん、様子が変だ!下がりましょう。」
ヌー王子は警戒してそう言ったが…

「ホホホ…この私に愚かで哀れな肉奴隷から逃げろとでも言うの?」
既に女王様モードのノゾミは全然取り合わない。

ガッシャン!
何かの衝撃に持ち堪えるためであろうか、ロボは両膝をついた。
エネルギーを集積して光の粒を撒き散らす両腕が、祈りを捧げるかのように高々とあがった。

「ファイナル・フォーメーション・セット!ファイナル・シューティング!」
大気中にプラズマ放電しながらダイバラシンはゆっくりと両腕を振り下ろした!
光の粒子をまといつかせた指先がピタリとノゾミに向けられ…
そのまま何もせずに、さらに下ろされた。そして両腕も頭も地面に接触。

「ごーめーんーなーさぁぁぁいぃぃぃ…」
妙に間延びした声で巨大暗殺ロボ、ゴッド・ダイバラシンは謝った。
最終モード=『土下座』、つまり勝てそうにないので謝って許してもらおうという非常手段である。
防衛軍の兵士も宇宙艦隊の乗組員も呆れかえって声もなかった…

「フッ、これで地球人には手だしできまい。」
レッドは小気味よさそうに鼻で笑った。

「謝っている者を攻撃できないという弱点を突く、か…」
ブルーは考え込んでいるようだ。

「なんか情けない気もするけどなあ?」
頭をボリボリ掻いてるイエロー。

「とにかくこの場は引き上げて…」
グリーンが席を立とうとした時だった。

「リ、リーダー!!」
「どーした、ピンク…あ、あわわわっ?!」
頭上から巨大な黒いハイヒールの踵が迫ってきた!

「ホホホ…『ごめん』で済んだら女王様は要らないのよ!」
「ヒール・クラッシュ!」
ドゴッ!
ダイバラシンの頭部は無惨にも黒いハイヒールに踏まれ、ヒールの先が頭部を貫通して地面にめり込んだ。

「ホーッホッホッホッ!!女王様にひざまずくのは当たり前なのよォォォォォ!」
めり込んだ頭をさらに踏みにじる、目が完全にイッちゃってるノゾミ!

ピーッ、ピーッ、ピー……
全てが機能停止したコクピットの床に、コロシヤーズV全員が倒れていた。
リーダーのレッドだけが、かすかに動いた。

「ううっ、き、貴様は何者なんだ?」
「ホーーーーーーーッホッホッホ!何者ですって?もちろん……女王様とお呼び!」
ノゾミは巨大ロボを跨ぐように立ち、惨めな姿さらす敵を見下ろした。

バクン!
SMコスチュームの一部、ちょうど股間の部分の装甲が開いた!
その内側に精密描写禁止の『黒き草原』が…

「さあ、最後よ。女王様の黄金水をタップリとお飲み!!」
「とどめだ!ゴールデン・シャワー・ショットガン!!」
ちょータカビーなノゾミの声とノリにノッてるヌー王子の声がハモッた。

シュゴォォォォ!!
『黒き草原』から黄金色の光の雨が地上へと降り注いだ!

ビシッビシッビシッビシッビシッビシッ!
ゴッド・ダイバラシンの宇宙合金の装甲を、黄金の光の矢が貫いた!
超音速にまで加速加圧された『黄金水』の数千本もの矢が!

ドグォーーーーーー……ン!
爆発の大音響と閃光と衝撃波がパリの市街を駆け抜けて行った……

「あいたたた……凄い爆発だ。」
仮設防空壕を揺るがす衝撃波に東海ヒカリも山陰コダマちゃんもコンクリートの床に投げ出されていた。

「山陽さん…山陽さんはどこだ?」
東海先輩は小さな窓から必死に探すが、濛々と立ちこめる爆煙は視界を完全に塞いでいる。

「あ、先輩!あそこです!」
コダマちゃんが指差す方向、爆煙の薄らぎ始めたその先に、ノゾミの姿があった。

「無事だったか…」
ホッとする東海先輩。
先輩の気持ちを知ってか知らずか、ノゾミは高らかに勝ち誇っていた。

「ホーッホッホッホッホッホッホッ!!!女王様とお呼びなさぁぁぁい!」
凱旋門を足蹴に高笑いするノゾミの姿は、その日の全地球の夕刊トップを飾り、明朝の全宇宙のニュースで放映された。

**********

昼間の騒ぎでパリ郊外の宿舎まで吹っ飛んでしまったので、ノゾミ様宿泊所として広場に周囲300mという超大型テントが設営された。
ベッドの中でノゾミは頭から毛布をかぶり、ジッしていた。

「やりましたね、ノゾミさん!全宇宙に貴方の活躍が伝わりましたよ!」
「…」
やや興奮気味のヌー王子の声にもノゾミの反応がない。

「賛辞のメールが次々と届いています!
『我々の女王様になってくれ!』『哀れな犬と呼んでください!』
『ご主人様、忠誠を誓います!』『どうか踏んでください!』
『食い込むほど縛ってください!』『溺れるほど飲ませて!』
地球の言葉の意味はよく分かりませんが、とにかく賞賛の声ばかりですよ、ノゾミさん!」
「……」
毛布にくるまってノゾミは思った。
先輩に見られた、もう駄目だ、死んでしまいたい…

**********

「あの…やっぱり、面会は駄目ですか?」
仮設テントの前に警備員に頼み込んでいる東海ヒカリ君の姿があった。

「残念ですが、ノゾミ様はお休みになられています。明朝お越し下さい。」
「いえ、今夜の便で日本に帰ることになってますから…」
東海先輩の声のトーンがこころなしか下がった。

「そうですか、しかし規則ですから…」
「分かりました、じゃあ、これを渡してくれませんか。」
彼は一冊のスケッチブックを警備員に渡した。
受け取った警備員は念のため中を調べ…目を見開いた。

「オオッ…素晴らしい!分かりました、必ずお渡しします!」
「がんばって、と伝えてください。」
それだけ言うと、東海先輩は後ろを向いて走り去った。
警備員は青年の後姿を見送ると、今度はじっくりとスケッチブックを鑑賞した。

白い紙の上に鉛筆の線が描きだしていたもの。
そこには…白いドレスをまとった、愛らしい笑顔の黒髪のお姫様が描かれていた。